また新たな試練がやってくる

 クリスティアと共に療養で過ごした三連休が開けて、月曜日。本日から第二予選、そして参加者が大幅に減ることにより今月からまた合同演習が再開と少しせわしない日となるのだが。

「……」
「『……』」

 ただでさえ第二予選からは対戦者が当日発表というだけで面倒くさいのに、同級生からは疑わしい目で見られていてなお面倒くさい。

 最近よく行動するようになった閃吏達を始め、他クラス組である雫来やウリオス達と集まって合同演習のペアを決め、順番まで待つ間上にあがってきたものの。いつもなら騒がしくしている道化でさえ静かにして俺と、その隣にちょこんと座るクリスティアを見ている。

「……言いたいことがあるなら言ったらどうだ」

 その視線に耐えきれず、問えば。口を開いたのは道化──ではなく少し意外な雫来。

「か、看病イベントが効果絶大だったようで……」

 しかし返ってきたのはわけがわからない言葉。首を傾げてみるが、雫来は顔を赤くして帽子で顔を隠すようにうつむいてしまう。何なんだと後ろに手を着いた瞬間。

『旦那と嬢ちゃんが看病につけこんでヨロシクやってたって聞いてよ』

 ウリオスからのとんでもない言葉に勢い余ってずるっとバランスを崩してしまった。

 待て待て待て。

「どういうことだ」
「どうもこうも、波風と愛原がそう言っていたぞ?」

 祈童の言葉に、ばっと双子を振り返る。しかし二人はきょとんとした顔。

「何を言った」
「あなたからのメサージュをそのまま口にしましたが」
「俺からの?」

 聞いて、思い返す。俺がしたメサージュ。

 内容、は。

 クリスティアと抱き合っていたら熱がうつった。

 抱き合って──

 そういうことか。

 納得した瞬間に顔を手で覆ってしまう。うちではクリスティアとただただ抱きしめ合うことが当たり前だったが、今のご時世では抱き合うとなるとそういう変換になるのか。クリスティアが後ろで「なーにー」と聞いてきているが今回はあとでごまかすとして。

 とりあえず、と。

 隣に座る同級生達へ。

「……言っておくが、誤解だからな」
『そんな見え見えの嘘つかなくて大丈夫だよー!』
「嘘でなく」
「いいじゃないか炎上、仲むつまじいことはいいことだ」
『ですが炎上さん、時と場合を考えねばなりませんよ』

 どんなに違うと言っても、そうだと思ってしまっている同級生達は聞いてくれない。

 これは「いっさいそういうことなどできていない」と言っても通用しないのだろうかと。

 それ以降もとやかく言ってくる彼らに、何も言うまいを口を閉ざした。

「えっと、よろしくね」

 その後クリスティアには適当にごまかしながら過ごすことしばらく。連番となっている俺達の順番がやってきたので、一番である俺と閃吏、二番手のレグナとユーアと同時にスタジアムに入り、中央近くに立つ。閃吏には頷いて返し、魔術を練った。

 さぁやっと解放もされたし切り替えを、と。

 前を見据えると。

「……っ」

 目の前には、少し顔を赤らめた閃吏。

 お前一番真に受けていないか。

「……お前これから演習だぞ」
「わ、わかってるよ! 大丈夫っ」

 と言いつつも構えたクロスボウの先にいる閃吏の目はうろうろとしている。今日は簡単に終わりそうだなと息を吐いて。

「始めっ」

 合図の声に、走り出した。

 得意の短刀を出して即座に斬りかかる。

「うわ、わっ」

 キンッと音を立てながら弾かれ、閃吏はそのまま少し距離を取った。その距離をすぐさま詰めて下から斬り上げていく。身を引いてかわされ、距離を取られ矢が放たれた。
 刺さった先は俺が踏み出そうとした場所。確かに陽真達の言うとおり観察力があるのか、引きもうまいし狙うところも的確。

 これが、

「っ」

 こんなにも動揺をしていなければもっとよかっただろうに。残念に思ってしまうのは仕方がないと思う。距離を詰め斬りかかりながら、近づいたことで顔がさらに赤くなった閃吏に溜め息を吐いた。

「……刹那とのことがそんなに刺激が強かったか」

 なんて言えば、放たれた矢は大きく俺から逸れていく。図星か。

 刃はクロスボウに当てて押し合いに持って行く。それで少々余裕ができたのか、顔は赤らめつつも小さく頷いた。

「だ、だってそりゃあ……同級生が、ほら、ねぇ? 俺たちまだ一年生なのに……」
「……さっきも言ったが誤解だからな? 何もしちゃいない」

 そもそも何もできねぇよ。押しの力を強めて、一歩前に出る。

「でもあの、同居とかも……」
「家の事情というものがあるだろう」
「だってほら、恋人同士じゃない? 事情があってもほら、いろいろ自由で……兄妹っぽいのが強かったけど、こう……しっかりやることはやるんだね……」

 しっかりやることができてたなら何も苦労はしないわ。風呂場で手出したかったわ。
 段々虚しくなってから笑いしてしまった。

「……どうせ言っても信用されないんだろうなこれは」
「え」
「いや何も」
「うわっ」

 溜め息を吐いて、振り払って距離をとる。何を想像しているのか、なんて明確にわかっているその「何か」でまだ顔を赤らめている閃吏はそれでもしっかりクロスボウを構えた。
 動き出そうとすれば、すぐさま矢が踏み出す一歩先に飛んでくる。それと同時に言葉も飛んできた。

「あのっ同居ってどんな感じなの?」
「演習の最中にそんなこと聞くのか?」
「えっ演習の最中だからこそだよっ! さっき炎上君だって動揺してたしっ」

 要するに戦術か。
 先ほどのように動揺した瞬間を狙って獲ると。まぁ考えは悪くない。

 ならば乗ってやろうかと、笑んで短刀を握りしめた。俺の笑みが不敵だったのか、閃吏の顔には照れに緊張が追加される。

 踏み出せばすぐさま矢が撃たれるが、俺の元に着く前に軌道を読んで避けながら閃吏の元へ走っていく。距離を詰めて、短刀とクロスボウを交えた。

「お前のこれは近距離武器になっているな」
「周りがっ、近距離多いからだよっ」

 あぁ確かに。けれど近距離もできた方が後々楽だろうと納得し、再び押し合っていく。

 少しきつそうな閃吏に、話題はこいつから出たものへ。

「それで、同居がどんな感じか、だったな?」
「っ、うんっ」
「だいたい想像するようなものと同じだ。四六時中一緒で、食事は一緒にとって。休みの日は共にソファに座って本を読んだりテレビを見たり」

 普通だろう? 笑えば、予想通り「そんなありきたりなの」というような表情に変わった。

 その、気が緩んだところに、

「当然寝るときも一緒だな?」

 なんて言ってしまえば、閃吏は大きく目を見開いて顔を赤くした。どうせまた「何か」を想像したんだろう。押される力が緩んだが、こちらが押し切ってしまわぬように俺の方も力を緩めてやる。

 明らかに動揺して目をそらし始めた閃吏へ、言葉の追撃。

「俺は過保護だしな。着替えは知っての通り。あとは風呂だって一緒に入る」
「おっ、風呂!?」

 これ絶対レグナ聞いているよな。後で笑いながら帰ってきそうだと、新鮮な反応にこちらも楽しくなってしまう。

「そ、それは水着とかバスタオルとかっ」
「あるわけないだろう」
「なっ……!!」

 こいつ今日顔ものすごく赤くなっているな。大丈夫かと思いつつも自分で招いた結果なのだから頑張れとエールを送っておく。

「は、裸の、まま……!?」
「そりゃもちろん。あいつは甘えただから対面で抱きついてもくるが?」
「!!?」

 これはもう未知すぎる世界なんだろう。明らかに処理が追いついていないな。

「み、美織ちゃんじゃないけど淫らだよ!!」
「同居していて恋人なんだ。そのくらいする。お前だって言っていたじゃないか。しっかりすることはしているんだと」
「そうだけどっ、淫らすぎてびっくりだよっ!!」
「おっと」

 キャパオーバーをおこした閃吏は勢いでクロスボウを振り払う。力を緩めていたのでその勢いのまま押され、距離を取った。目の前の閃吏は対して力を使っていないはずなのに大きく肩を上下させている。おかしくて口元がとても緩くなっているのが自分でもわかった。
 本当ならばもう少しくらいその反応を楽しみたいが、俺達の連番の最後にはクリスティアと道化の番もある。注意事項も含めて話さねばならないこともあるので、畳掛けをとばかりに魔力を練った。

 たまにはこういう使い方もいいだろう。

【舞え】

 前に出した手に乗せるように、紡ぐ。

水女フェアリー

 瞬間に出てきたのは、水で形作られた手のひらサイズの小さなヒト型の妖精。そいつは閃吏の元へと飛び立っていく。

「え……」

 自分の元へと飛んでくるそいつに、閃吏は思うところがあってか、大きく目を見開いた。

 水色の姿、腰まで伸びているように見える髪のような部分。前髪部分も、すべて。

「ひょ、氷河、さん……?」

 俺の恋人に似ていると。

 そんな愛しのフェアリーは閃吏の周りをくるくる楽しそうに回る。それを目で追っている閃吏に。

「可愛いだろう?」
「!」

 愛しいものを見るように、微笑んで。

「何もかもを知っているからこそ、愛しの恋人に似せた奴を作ることだってできるんだ」

 なんて、あながち間違えではないことを言ってしまえば。

「何もかも……っ!?」

 想像力豊かなそいつは、当然顔をさらに真っ赤にした。笑った俺に連動して、フェアリーもくすくす笑う。

 その、瞬間に。

「、わっ!?」

 パチンとフェアリーは水の雫となって消えていく。元からそういう風に作っているので。

 弾けたときに閃吏の目が閉じた一瞬の隙を狙って、大きく踏み込んだ。

「!」

 足音に気づいてか目を開けるが、もう遅い。

【ディストレス】
「うわっ」

 懐に入り込んだ瞬間にしゃがみ、閃吏の足を引っかけて転ばせて。
 即座に立ち上がれないようにまたぐようにして立ち。

 銃口を、額に向けた。

 それにやっと緊張だけの顔になったところで。

「次はどんな話題でも動揺しない精神を持って来るんだな?」

 引き金を引きつつ、そう言えば。

「っ……こ、降参、です」
「勝者、炎上!」

 閃吏の言葉を確認して、勝利の合図がかかり。

 演習の連勝記録更新中だなと、銃を下げて笑った。

『この記録が、恋人という名のラスボス攻略への足掛かりにもなればいいのに』/リアス


「刹那ちゃんと目を離しちゃいけない、だけはきっちり守ればいいのね?」
「えぇ」

 リアスと閃吏くん、兄とユーアくんが演習をしている最中。熱の件もあってか本日同級生方はリアスのお話をきちんと聞いてくれなさそうなので、注意事項をお先に美織さんへ話す。首を傾げながら美織さんはクリスティアを見ますが、当の彼女は首を動かしながらある二点を見るばかり。リアスともふもふのユーアくん、どちらを見るか悩んでいるんですよね。できればリアスだけ見てあげなさいな。

「あなたが刹那に勝つにしても、負けるにしても。龍が”終わり”と言うまで絶対に目をそらさぬよう、お願いしますわ」
『そらしちゃったらどうなるのー?』

 ティノくんからかかった声に、主に道化さんへ向けてにっこり笑って。

「死にますわ」

 そう、言った瞬間に。

 道化さんの笑みがぴしりと固まった気がしました。

 その後兄とリアスはほぼ同時に演習が終わり。

「し、死にに行ってくるわ!」
「落ち着け道化、言いつけさえ守れば死にはしないじゃないか」
『焦らないようお気をつけくださいませね』

 男性陣が対戦相手の方々を連れて帰ってくる傍らで、エールを送られた美織さんが若干震えながらも勇ましく立ち上がる。
 それにつられるわけではないけれど、私も立ち上がりました。

 順番はクリスティアと美織さんの前なので。

「では祈童くんも参りましょうか」
「よろしく頼むぞ愛原」

 対戦相手である祈童くんに微笑み、頷く。

「道化」
「あら、お帰りなさい炎上くん!」

 さて行きましょうかというところでレグナたちがご帰還。おそらく注意事項だと予測がついたので、手を緩く上げてリアスの言葉を制した。

「すでにお伝え済みですわ」
「そうか。……なら」

 リアスは抱きついてきたクリスティアを撫でながら。

「もうひとつ忠告がある」
「もうひとつ、かしら?」
「あぁ」

「我々はひとまず参りましょうか」
「そうするか」

 美織さんへということなので私と祈童くんは先に歩き出す。すれ違ったレグナからのエールには頷いて答え、後ろで聞こえてくるリアスの声にほんのり耳を傾けました。

「やるかはわからないが、一応。動揺を狙って話をすることもあるだろう」
「えぇ!」
「そのとき、同居の話題は出してやるな」

 死ぬぞ、と。声が聞こえた後に。

「今日は命日ね!」

 なんて明るく声が返ってきてしまったので、思わず祈童くんと笑ってしまった。

「相変わらずなんでも明るく言う方ですのね」
「そういう家系の者らしいからな」
「家系です?」

 尋ねても、肩をすくめて返された。これは触れてはいけないことかと、自分の中では明るい家系ということで納得し。

 クリスティアと美織さんがスタジアムの方に向かってくるのを横目で見ながら、ひと足先に我々はスタジアム中央へ立つ。

「祈童くんも刀でしたよね」
「あぁ、まだ始めたばかりだけれど」

 携えている刀を鞘から取り出し、祈童くんは構えました。

 ──武闘会を見たところ、祈祷をするような不思議な型だったはず。振り下ろさず、ただただ上側で振っているだけ。
 

 一瞬が勝負かしら。

 懐を狙って討つ。

 参りましょうか。

【リザルチメント】

 狙いを定め、愛刀を手元へ召還。

「愛原、祈童ペア始めっ!」

 合図と同時に、走り出しました。

 狙うは一点。身を屈めながら向かっていく。

「っ」

 祈童くんが急いで刀を振り上げました。両手で持った刀を頭上までめいっぱい上げて構える。身を屈めている私に対しては少々おおげさすぎる構え。

 やはり祈祷のような型が彼の攻撃パターン。おそらく下げきることもない。

 そう、一歩踏み込んだところで。

「っ!!」

 それが油断だと、知った。

 スイングが早い気がして、急いで踏み込んだ足に力を入れ、その場にとどまる。

 瞬間に、

「はっ!!」

 勢いを付けて、私の目の前で刀が下に振り下ろされた。
 重い音がして下を見れば。

「……嘘でしょう?」

 まるで大剣にように。地面に刀がめりこんでいらっしゃいました。思わず引き笑いになってしまう。

「まともに食らっていれば両断されていましたわ」
「身を引いてくれて助かったぞ!」

 ということは身を引かねば真面目に両断されていたと。考えただけで心臓がひやっとしましたよ。
 抜けかけた体の力を取り戻し、愛刀を支えに立ち上がる。

「武闘会では祈祷のような型なのかと思いましたけれど」
「あぁ、あのあと紫電先輩たちにアドバイスをもらってね。まずは振り下ろせと」

 あのお方たち意外と観察眼もすごいですわね。閃吏くんの武器も彼らのアドバイスだったはず。

「……あなどれませんわねいろいろと」
「先輩たちか?」
「あなたのお力もですわ」

 まさか大剣並に地面えぐると誰が思いますか。クリスティアじゃないんだからもう。本人に言ったらほっぺをかわいらしく膨らませられそうだけれど。

 とりあえず、と。

 これは真っ向勝負では勝ち目がない。力負けは確実。いったん戦略も練りますかと、祈童くんの傍から距離をおきました。
 けれど置いた距離を縮めるように、祈童くんはこちらへと向かってくる。

「あらあら、少し距離を置きたいんですけれども」
「僕は愛原たちと違って近距離だからね、詰めなければ攻撃すらできないさっ」

 言いながら、また刀を振り上げた。横からという選択肢はまだないのかしら。それともあえてしないだけ?

 陽真先輩たちがどこまで助言しているかはわかりませんが、油断だけは禁物。最初してしまいましたけれども。あぁこれはリアスから冷たい目もらいそう。屈辱過ぎるっ。

 振り下ろしていた攻撃は飛び退いて避け、後ろに下がりながら考えていく。

 攻撃モーションは早いわけではない。刀を振り下ろすまでには多少時間もある。おそらくそれは狙いを定めているからでしょう。大きく振り上げる分隙も大きい。

 型に入った瞬間に光魔術でめくらまし。ないしは峰打ちで刀を弾くか。後ろで不意打ち──は横での攻撃ができたときに私の体が上下でさようならする可能性も大。どこまで彼が反応するかもまだ未知数。だったら前者の一つ目が一番有効かしら。
 それなら──

「こんなのもあるのよっ!」

 そうこんなのも──

 と思ったところで思考が止まる。

 こんなのもあるのよ?

 いや私はありませんけれども??

 声にきょとんとしたのは目の前の祈童くんも同じ。お互いに違う違うと首を振る。

「この声は……」
「道化だな」

 あの子こんな壁隔てていても声通りますか。すごいですわ。お互いに気になったのか、視線は美織さんとクリスティアのスタジアムへ。
 視線の先では氷刃を持っているクリスティアとメイスらしき棒を持っている美織さんが押し合いをしています。

「そういえばメイスが武器だと言っていましたわね。女の子では少々珍しいような」
「確か彼女の父親が防犯にと持たせたはずだよ」

 なんて物騒な。お父様心配なのはわかりますけれども。

 いつもならまぁおしゃべりはこのくらいにして、と切り上げるけれど、これはこれで隙を狙うにしては十分な策略ではと話を広げてみました。

「美織さんと言えば」
「うん?」

 彼も話しに応じる気があるのか、刃の勢いが緩くなる。これならば受け止められるので、彼女らと同じく押し合いに変えようかと祈童くんの刃と合わせた。
 さりげなく聞こえる美織さんの声というBGMの中、話題は策略でもありつつちょっと気になったこと。

「同居の件、意外と静かですのね。もっと”淫らだわ!”と騒ぐかと思っていましたのに」
「僕はいなかったが、テストのときに炎上に釘を刺されたんじゃなかったか? 閃吏から聞いたぞ」
「釘?」

 釘……あぁ。

「刹那に教育の悪いお言葉はやめてくださいとのやつですね」
「お前らは氷河を子供扱いしすぎじゃないか……」

 緩い押し合いを続けながら、祈童くんは呆れたように言う。失礼ですね。

「別に我々は子供扱いしているわけではありませんー」
「読み聞かせ然り、そういった話題然り、小学生低学年あたりの子にしているようなことじゃないか」
「彼女はちょっと特殊な子なんですよ。けれどいざというときは誰よりも大人になってくれますわ」
「ギャップというやつか」
「惚れてしまいますわよ?」
「気をつけねばな」

 互いに笑いながら、隙を伺う。心なしか押される力が強くなってきた気がしますね。そろそろ一回引こうかしら。

 そう、思ったところで。

「刹那ちゃん見てなさいっ!」

 再び、通る声が聞こえて思わず二人でそちらを見ました。

 視線の先には先ほどと違ってちょっと距離を取ったクリスティアと美織さん。首を傾げているクリスティアに、美織さんはメイスを置いてぎゅっと手を握りしめています。今度は武器でなく肉弾戦なのかしら。それだと美織さん骨折れちゃいそうですね。

 けれど予想は大きく外れ。

「行くわよ!」

 準備ができたのか、美織さんは両手を突き出し。

「1,2──」

 カウントをして。

「3っ!!」

 と声と同時に、ばっと手を開きました。

 その瞬間彼女の両手から飛び出してきたのは。

 まっしろい二羽の鳩。

 鳩???

 おそらくその現場を見ていた全員、止まってしまった。そりゃ止まりますよね。

 一応彼女がマジックするのは知っていますよ。道化師という家系ですものね。いきなり鳩が出たのもびっくりしましたわ。おそらくおもちゃなんでしょうけれどまぁ本物さながらに動くというのはすごいです。それよりもですね。

 仮にも戦いの場でマジックをする彼女の度胸とタイミングに止まってしまった。

 ある意味不意をつくという点では最高な案でしょう。けれど落ち着いて考えてみましょう美織さん。

 別にあなたを真面目じゃないというわけではないんですよ? ないんですけれども。

 真面目に戦っているところでいきなり鳩出してきたらどう思います?

 すぐさま武器を持って戦闘再開したなら「あぁしまった」とその戦略に顔をゆがめたでしょう。けれど美織さんのように「どうだ」と言わんばかりに鳩出したまま止まっていたらですね。

 そこのクリスティアと同じようにただ単に「遊ばれている」というような感覚を受けると思うんですよね。愛する親友のようにぐっとスイッチ入っちゃうと思うんですね。さぁ早く構えてください美織さん。

 飛んでいきますよ。

 そう思ったのより一足早く。

「っきゃぁぁああああ!!」

 愛する親友は美織さんへ飛びかかっていきました。

 美織さんがメイスを構える間もなく押し倒し、その首元へと氷刃を突きつける。

「……あれは自業自得しか言いようがありませんわね……」
「同感だな……。氷河の沸点の低さは文化祭で知っているだろうに……」

「待って待って刹那ちゃんあたしが悪かったわ! 別にからかったわけじゃないのよぉっ!! こういうのも策略だって先輩たちが言ってたからぁっ!!」

 先輩方、あなた方の教えで死人が一人出そうです。

「ほら刹那ちゃん、いったん、ね? あの仕切り直ししましょっ? ちゃんとほらっ、武器を構えさせてほしいのっ! ねっ!?」

「武器を構えさせてくれる敵はいらっしゃると思います?」
「よほどの戦闘狂かバカだろうね」
「ですよねぇ」

 いけないとわかっていつつも、二人の行方が気になって押し合いのまま見つめてしまう。顔は笑顔ながらもあわてているのが見てとれる道化さんは、今度はぱっと閃いたという顔になりました。

「そうだ刹那ちゃんっ!! 魔法の言葉があるの!!」

 なんて本人に言ってはそれは意味はあるのかと言いたくなるけれど。おもしろくて動向を見守っていく。

「…?」

 いきなりそんな言葉を言われたクリスティアも刃はそのままに首を傾げました。それに、美織さんは勇ましく。

「い、一緒に帰りましょうっ!!!」

 強く強く、クリスティアへ言いました。

「……いきなりどうしたんです彼女」
「僕らの方では少し話題になった、対氷河への魔法の言葉でね」
「刹那の」
「紫電先輩があぁ言って氷河とのバトルに勝ったじゃないか」
「あー」

 あの不思議な現象。未だに我々すらもわかっていないあれですか。普段リアスが言うまで戦闘モードから抜けないのに、陽真先輩のあの言葉には反応した。リアスが複雑そうでしたがそこは今はおいといて。

 あれで片が付くなら今後演習もしやすくなるのは確か。仮にリアスがいない、なんてことはないんですけれども万が一そうなっても止められる。

 これは見ておかなくてはと刀は未だそのままに意識を少々お二人方へ。

「…?」

 クリスティアはよくわからないのか、また小さく首を傾げる。それに負けじと美織さんも言葉を返しました。

「炎上くんのところにっ! これを終わりにして一緒に帰りましょう?」

 ね? と。言いつけは守ってしっかり目を見て言う美織さん。

「…」

 そんな彼女をじっと見つめること数秒。

 クリスティアは、

「っきゃーーーーーー!!!」

 行かないと言うようにぐぐぐっと刃を進めておりました。

「魔法の言葉は効かないようですね」
「これは勉強になったね」

 なんて二人で他人事に言いながら笑いあう。

「待って待って刹那ちゃん刃を進めるのはだめよ、ほら、ね? ゆっくり下げて──違うのよ進めるんじゃないの、うわぁぁぁああん炎上くんんんん!! うそつきぃぃいいいいっ!!」

 とんでもない濡れ衣に思わず祈童くんと吹き出してしまいましたわ。リアスが言ったんじゃないでしょうに。腹筋が徐々に痛くなってきております。

「道化は大丈夫か?」
「負けを認めれば助けが入るので大丈夫です」

 さて、と。

 眉だけが下がっている美織さんから、祈童くんへと目を移す。彼は未だ向こうへ目を向けたまま。

 その状態に、にっこり笑って。

「こちらも参りましょうか」
「!!」

 親切に声を掛け、動き出す。言葉に反応してこちらを向いたけれど一瞬遅い。ぐぐぐっと彼の胸のあたりまで刃を押してしまえば力が入れづらいのか、抵抗が弱くなりました。

「この抵抗力なら力負けしそうにありませんわ」
「っ……!」

 負けじと押し返してくるけれど、体重を掛けて封じていく。お互いに力はめいっぱい。

 さぁ参りましょう?

「足下ががら空きですよ」
「っ!」

 なんて言ってしまえば目は一瞬下に行く。けれど足下では何も起こしていない。

 その、下に行った瞬間を狙って。

「ぅおわっ!?」

 ぱっと、体を横へ移動させました。

 押していたものがいきなりいなくなれば、生物は反動で前に倒れてしまう。なかなか力を入れていたんでしょう。バタンと痛めな音が耳に聞こえました。

 それを聞きながら、くるりと体を回転。

「っ」

 瞬時に起きあがってこようとこちらを見上げた彼の顔の横に。

 ガッと、愛刀を突き刺した。

 そっと、祈童くんの目が彼のすれすれにある愛刀へ行くのを見ながら、兄が好きだという笑みを浮かべて柄の先端へ手を添え、顎を乗せる。

「とても楽しかったですわ、祈童くん。私ももっと精進せねばと再確認できました」

 自分の力の弱さ、そして甘さ。

「次回はもっと強くなっておりますので、またお手合わせ願えます?」

 こちらへと目を戻した祈童くんに、そう言えば。

「こ……こちらこそ、よろしく頼むよ愛原」

 死の恐怖に声を震わせながらも、ご了承いただきましたので。

「勝者、愛原!」

 演習初勝利に笑い、祈童くんへと手を差しのばす。

「お怪我はありません?」
「あぁ。僕は大丈夫だが」

 立ち上がった祈童くんは案外足腰も平気な様子。あらもう少し追いつめてもよかったかしらと思いながら、祈童くんが顔を向けた方向へと私も向く。

 視線の先には、クリスティアと美織さんのスタジアム。そこにはリアスも。”終わり”を言われたであろうクリスティアがリアスに抱きつき。

 美織さんは屍のように倒れていらっしゃる。

「……道化は大丈夫か?」
「……お怪我は、ないようなんですけれどもね?」

 いかんせん首元に刃を突きつけられるという現代ではなかなか体験しないことをがっつり経験した彼女。

 ちょっと精神的に大丈夫かしらと祈童くんと歩きながら道化さんを見ていたら。

 突然何事もなかったかのようにばっと立ち上がり。

「次はもっと頑張るからね!!」

 いつもの笑顔ですがすがしくクリスティアに言ってくださいました。

「……あれでもあのポジティブさは崩れないか……」
「あの子の強靱な精神は目を見張るものがありますわね」

 二人して少し引き笑いをしながら。

 演習初勝利ということで足取り軽く、スタジアムを後にしました。

『次はあの強靭さを携えて、戦場に舞い降りましょう』/カリナ


 武闘会第二予選は対戦者が当日発表。

 加えて、企業のお偉いさんたちが用心棒候補や護衛依頼の参考にとエシュト学園にやって来るらしい。

 ”来る”ということは当然エシュト学園にヒトが増えるわけで。

「…」
「……」

 俺の親友はエシュトに入ってから笑みも増えた分死にそうな顔も増えています。

 顔色若干悪くしながらも、クリスティアを後ろから抱きしめるようにして第二予選を観戦しているリアスはそろそろ勇者を名乗っていいと思う。

「えっと、炎上君平気……?」
「生きている」
「”平気”ではなく”生きている”と返すか……」

 段々リアスの過保護に慣れてきている同級生たちも苦笑い。

 そんな死にそうなリアスの腕の中では、抱きしめられていることになのか、それとも本日の出場メンバーがうれしいのかは謎だけどご機嫌なクリスティア。
 彼女の視線の先には、

【フレアバースト】

 小柄ながらも大きな火の玉を口から吐いて、大柄な対戦者に善戦している、初日出場者のエルアノ。
 武器である斧を持参しているからたぶんヒューマンの相手が攻撃しようとすれば持ち前のスピードで逃げて、隙を見て炎や光魔術で応戦。かれこれそんな戦法で戦うこと約二十分。確かに善戦して追いこんではいるんだけれど、相手も上級生、場外へとまでは押し出せていない。

「もー! 惜しいわ!」
『エルアノさんガンバレー!』
『頑張るですーっ』
『そこだーっ!!』

 主にビースト同級生たちの応援の傍ら。

 リアスに近い側にいる祈童、閃吏、雫来と、武闘会中よく見かけるフィノア先輩含む上級生の目はどうしてもリアスへ。

「炎上、お前も頑張れ」
「何故笑守人は外部との関わりが多いんだ……」
「そりゃヒトを笑顔にしましょうねっつー学園だからだろーよ」
「はぁ……」

 親友は少し疲れたようにクリスティアを抱きしめた。それに苦笑いをこぼして、第一予選よりはヒトが多くなっている演習場を見回す。

 観覧席には生徒っぽい子らが変わらず。けれど入り口付近とかの上の方にはスーツ姿のヒトや年齢的に大人であろうビーストたちが真剣にバトルを見ていた。

「説明会のときに”来るよー”とは聞いてたけど、第二予選でも案外来るんだね」
「第二予選からはサシで見やすいですからね。それに第一と違ってリタイヤ目的の者もいない」
「本戦に向けてどんどん多くなっていくんじゃなぁい?」

 やめてあげてフィノア先輩、リアスがクリスティアの首絞めちゃいそう。ぎゅってなったぞ今。
 若干緊張が強まったリアスに、陽真先輩が苦笑いで。

「オマエなら帰るっつって来ないかと思ったんだケド?」

 たぶん俺たち以外の誰もが思ったであろうそれを、代表するかのように言うと。

 少しだけ、悩んでから。

「……刹那と仲良くしてもらっている奴のものを見ないのも、失礼だろう」

 そう、昔から変わらない律儀な親友は小さく小さくこぼした。

 その言葉に、幼なじみ全員口角が上がってしまうのは仕方ない。こういうところは相変わらずで、絶対に曲げなくて。かっこよくも、そしてあまりの律儀さが逆にかわいくも思ってしまう。

「あは、なんかきゅんとしちゃうね炎上君」
「オマエ案外カワイートコあるよな」
「男にそういうことを言うとうちの女子の餌食にされるぞ」
「え」
「あら龍、今からでも地獄を見ますか?」
「華凜さんやめて、龍が悪いのわかってるけどたぶん刹那の首が折れる」
「もーくるしー…」

 ぺしぺしとリアスの腕を叩いているクリスティアに気づいたリアスがようやっと力を緩めて、また抱きしめ直す。

 それに笑ってから、またスタジアムに目を戻した。

 あれから約十分。エルアノも相手も少しずつ疲労してきてる。そろそろ勝負が着く頃かな。

「ぇ、エルアノちゃん、勝てますかね」
「うーん、なかなか勝敗見えないね」

 変わらず大きな声で応援しているビースト組と道化の声やかわいいだなんだと話しているリアスたちの声も聞きつつ、エルアノを見ながら隣の雫来の声に答える。

 スタジアムの中の二人は走っては攻撃し、避けて、エルアノが魔術を撃って、また避けての繰り返し。

 こうして見ていると。

「エルアノ、魔術の連発苦手なのかな」
「れ、連発、ですか?」
「うん、一回撃った後しばらく逃げに入ってるなぁって」
「あ、俺もそれ思ってたかも」

 肘をついた手に顎を乗せて言えば、雫来の隣にいた閃吏や、周りも聞こえていたのか話に入ってくる。

「おっきい魔術撃つからなのかな。あの、撃ったあと一定時間逃げ回ってるよね」
「魔術の連発は炎上たちが強いからできるものではないのか?」
「雪ちゃんは連発できたりするのかしら」
「わ、私は基本的に範囲魔術一回きりとかで使うのが、ぉ、多いので……」

 困ったように雫来が俺を見たので、流れでリアスを見たら。

「……連発できる云々は魔力のコントロールの問題だ。強さも何も関係しない。ゲームで例えればわかりやすいんじゃないか」

 なんで俺見るのリアス。俺が説明頼んだのに返って来ちゃったじゃん。
 けれど投げられたのをスルーもできないので。

「ほら、ゲームのMPとか、術使うためのゲージってあるじゃん? でかい術使うと一気に減って、次使えるまで時間かかるけども」
『小さい術なら次のターンも使えるですっ』
「そういうこと」
『今エルアノさんはおっきい魔術使ってるってことー?』
「つってもエルちゃん元から小柄だからなぁ。相手もでけぇしそれなりにでかい魔術になってくんだろ」

 それは確かにと陽真先輩に頷いた。エルアノ、相手の顔くらい小さいし。さっきから使ってるフレアバーストはこっから見ても相手の半分くらいの大きさになってるけど、口から吐いてるってなるとほんとはもっと小さいはずだよね。小柄だからって魔力量が少ないとは限らないけれど、エシュトに来て本来使っていた大きさと変わっているのはたしかなはず。

「それにしてもエルアノ体力すごいよね」
「陽真たちが言う大技ばかりなら、相当体力使っているでしょうからね」
「飛ぶのもやっとなんじゃなぁい?」

 かれこれもう四十分。視線の先のエルアノは大きく旋回して逃げ回るように時間を稼いでいた。こっからだとさすがに小さくて表情は見えないけど、最初のときより飛ぶ速度は遅い。

「頃合いだろうな」

 リアスがこぼした、直後。

「あっ!!」

 道化の声と共に、相手が動き出す。
 相手は息が上がっていたのが嘘のように走り出し、斧を振り上げてエルアノに向かって行った。

『エルアノ頑張るですーっ!!』
『ファイトー!』
『逃げろー!!』

 ビースト組が声を張り上げるも、エルアノの羽ばたく力は弱い。

 それでも負けじと口を開けた。

【フレアバースト】

 けれど口から出たのは小さな火の玉。そしてふよふよと浮いたそれは、相手に届くことなく消えて。

 斧を振り落とした衝撃で起きた風で、エルアノは場外へ飛んでいった。

『お見苦しいところをお見せしてしまいましたわ』

 第二予選初日が終わって、ヒトがまばらになってきた演習場。上級生は今日は寄るところがあるからと三人仲良く帰って行き。

 俺たち同級生組は帰れるくらいヒトが少なくなるまで観覧席で話している。

 話の中心のエルアノは、ちょこんと座ったユーアの頭の上にとまりしょんぼりと羽を落としている。そのちょっとした癒しの光景にクリスティアと共に口が緩みそうになるのをなんとか耐え、ヒトが出て行くのを見ながら同級生たちの会話に耳を傾けた。

「見苦しくなんてないわ! 互角に戦っていてすごかったじゃない!」
『そうだぜエルアノの姉さんっ、もうちょっとだったじゃねぇかっ』
「えと、紫電先輩たちが言ってたよ。エルアノさん、相手が大きいから魔術も強いのばっかりになって体力だってぎりぎりのはずなのにすごいって」
『しかしわたくしの力不足は否めませんわ。もっとうまい戦い方があったはずですもの。これはもっと演習を頑張らなければいけませんわ』

 向上心が高いのはさすがというか、やはりというか。
 けれどそういうのは嫌いではないので。向けられたエルアノからの視線をそらすことはせず。

『次回はどなたかお相手をお願いしますわ、氷河さんたち』
「そういうことなら、こっちにどーぞ」

 ぽんっと、親友の肩を叩いた。

「……何故俺の肩を叩くのかをまず聞こうか?」
「龍がぴったりでしょ」

 強くなるために努力は惜しまない姿がそっくりだから、なんてことは言わない。

「うちで身長も大きくて」
「魔術もいっぱい…」
「ついでに知識量も化け物並ですので戦術の勉強にもなるかと」

 幼なじみ息ぴったりで言えば、エルアノの顔が輝いていく。
 そうしてリアスの前まで飛んでいき。

『ぜひ勉強をお願いしますわ!』

 珍しくテンション高く、エルアノがそう言った。

 ところで、

「そうよ!」

 今度は道化が声を出す。このタイミングでどうしたと全員で彼女を見ると。

 エルアノ同様、輝いた顔の道化が。

「勉強会よ!」
「どうしたの美織ちゃん」
「雪ちゃんと話してたの! 炎上くんと刹那ちゃんのラブラブな同居生活を見るためにはって相談していたらね、勉強会がいいって!」
「待て動機が不純すぎないか」
「大丈夫よ!」

 何が大丈夫なんだという顔のリアスなんて意に介さず。

「学びたいことはちゃんとできたわ!」

 そう言うので、首を傾げると。
 彼女の言いたいことがわかったらしい同級生たちは、

「ま、魔術量のコントロールとか」
「天使の特徴とかもだな!」
『長生きなら歴史も詳しいんだろ?』
「あとはえっと、戦術もそうだし」
『勉強ってわけじゃないけど、波風くんから手芸教わりたいなぁ』
『医療も教わりたいですっ』

 なんてさっきの俺たちのように息ぴったりに言っていく。

『……というわけで、みなさま』

 そしてエルアノが、まるで「せーの」と言うようにそういった直後。

「『勉強会しませんか!』」

 笑顔でそう言われ。

「「「……は!?」」」

 ようやっと理解して出た言葉は、とても素っ頓狂な声だけでした。

『その目に映るのは、向上心か、好奇心か』/レグナ


 まっしろな胴着を着れば、すぐに手が回ってくる。

「苦しくありません?」
「へーき…」

 きゅって帯を締めてもらって、えりに手が伸びてきた。

 いつもどおりえりを正してもらってるのを見てから、顔を右へ向けて。

「いつものごとく至れり尽くせりねー」
「つ、付き添いだけじゃないんですね」
『炎上さんだけでなくみなさま過保護なんですのね』

「そもそもなんでいるの…?」

 なぜかいらっしゃる同級生の女の子たちに、こてんと首をかしげた。

 火曜日の一時間目はわたしは弓道の日。今までは、つきそい兼着替えさせてくれるカリナだけだったのに。

「みんな弓道になったの…?」
『途中で授業は変えられませんわ氷河さん』
「今までいなかったんだからそう思うのも当然…」
「女性陣でお話がしたいそうですわ」
「おはなし…?」

 後ろに回ったカリナが髪を引っ張りながら答えてくれる。それにまた首をかしげたら、今度は「動かないでください」って言われちゃった。
 顔をまっすぐにして、引っ張られる力に負けないようにちょっと足を踏ん張る。今日はポニーテールかな。

「普段女子同士で話なんてできないでしょ?」
「そう…?」
「あなたの傍に過保護がいる限り無理でしょうよ」

 カリナ、悔しいのはわかったから髪の毛ぐいってしないで。抜ける。
 髪をさわる手がすぐにやさしくなったのにほっとして。

 女子同士で話したいのはわかったけど、どうしてもまた首をかしげたくなった。とりあえずまだ動いちゃだめなので言葉で。

「…女の子同士で、なに話すの…?」
「男の子がいるとできない話があるわ!」
「男の子がいるとできない話…?」
「た、たとえばその……女の子特有の体の悩みとか……」
「…?」
「だめですよみなさん、このカップルには”普通”というものがありませんから。そういったことはすべて筒抜けです」
「ふつうじゃないとか失礼…」
「胸が小さくなっただの変わらないだのを平然と話すののどこが普通ですか」

 えぇ、ふつうじゃん。

 髪から手が離れてった感じがしたから文句言うようにカリナの方ちょっと向いたら。

 あ、みんなすごい「!?」って顔してる。え、これふつうじゃなかったの?

「恋人に自分の体の話するのはふつうでしょう…?」
「そこまでとは思わなかったわ!」
『理解があることは素敵ですけれども……』
「す、すごいオープンなんですね……」
「先ほども言ったとおり彼らに普通はありませんから。はい刹那できましたよ」
「ありがとー…」

 鏡をチェックして、かわいくしてもらったことにちょっとほっぺが上がる。準備もできたし、さぁ行こっかってドアの方を向いたら。

「あ!」

 ってみおりが声を出したから、目がそのままみおりに行く。

「なぁに…」
「恋バナはするかしら!」
「恋、バナ…?」

 恋バナ。

 恋バナって言えばあの、

「女の子がよくしてる話…?」
「そうよ! えっと、……! たとえば」

 なにかに気づいたみおりは突然声を小さくして手招きする。四人でみおりの方に近づいてくと、わたしが使ってるロッカーの反対側から声がした。
 聞けばいいの? ってみおりを見たらにっこり笑ってくれたから、そっと耳を傾ける。

 聞こえてくるのは、女の子たちの声。

「ねぇ、あれから文化祭でできた彼とどこまで行ったのよ」
『結構デートはしてるって行ってたけどさー』
「えぇー?」

 これはマンガとか本によく出てくる彼氏ができたときにする会話ではっ。
 ふだんそんなの聞くことぜんぜんないからちょっとだけテンションが上がってく。

「一ヶ月もすりゃ手繋いだりなんなりしちゃうでしょ?」
『手なんてデートの初回でしょ?』

 えっそうなの。そんな早く手繋いだりするの? あれでもそもそもわたしたちつきあう前から手繋いでたな。

「家デートとかは?」
「たまーにするよ。あれって特別感あるよねー」

 あ、わたし毎日家デートだ。

 なんだそんな他の子と変わんないんだって思ったのもつかの間。

『家に行ったならもうキスなんてしちゃったでしょ』

 なんて、笑いながら言うビーストの声に固まった。

 キス。

 kiss??

 わたしたちが今できていないキスとな?

 それを? 一ヶ月半くらいのおつきあいで?

 したと??

「最近の子はみだらなり…」
「どうしたの刹那ちゃん」
「えぇ、一ヶ月…? そんなもんでキスとかってするの…?」
「は、早い子は、そうなんじゃ、ない、でしょうか……?」
「早すぎない…? せめて半年とか一年とか…」
『ちなみに氷河さんたちはどのくらいでとは聞いてもよろしくて?』
「そもそもできていませんけれど…?」

 なんて言ったら、カリナ以外が「え」って感じで固まる。え? 生まれて一万年できてませんけれども?

 どのくらいみんなで固まってたんだろう。

 目の前のみおりとゆきは、エルアノがそっとカリナを見て、

「……この前の件で誤解しているようですけれども、一切そういうこともなく。未だ清純なおつきあいですわ」

 そう、カリナが言ったら。

 おっきな「えぇえ!!」って声と一緒に、予鈴が鳴った。

 道場で、パァンッて良い音がたくさん鳴る。弓が的に当たってく音。

 弓道の時間は十分くらいのローテーションで弓を撃ってくから、自分の番まではちょっとした休憩タイム。いつもならリアス様とおしゃべりしたり、リアス様の髪の毛いじったりして遊ぶけれど。

「…恋人ってどのタイミングで手つないだり、き、キスしたりするの?」

 火曜日のこの時間は授業を入れてなくて、たまたま遊びに来てたはるまとぶれんの前で正座して。聞くのはさっきの更衣室でのこと。もれなくリアス様が飲み物ふいたけどいつもどおりだから背中だけさすってあげた。
 どっちにびっくりしたのかはるまとぶれんは目をちょっと開いて止まる。数秒だけそのままで、一回二人で目を合わせてからまたわたしを見た。

「突然ですね刹那」
「更衣室で、そんな話を聞いた…文化祭の彼がって…」
「あー、文化祭マジックで結構カップル増えっからな」

 世の中にはまだたくさんのマジックがあるの。今度カリナに聞いてみよう。

「で? その子らはどうだったって?」
「どう…」

 思い出して、ちょっとだけ体が熱くなる感じがする。だって早くない?

「ぃ、一ヶ月半くらい、で…き、すって…」
「ずいぶんその彼は手出しが遅いんですね」

 ちょっと待って聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「ぶれん、わんもあたいむ…」
「手出しが遅いなと」

 遅い? 遅い???
 早いの間違いじゃなくて??

「え、ぶ、ぶれんはどのタイミングで…」
「そもそも俺はキスとかは──」
「ちょーーーーっと待った武煉クン、オマエのソレは参考にならねぇヤツだからちょい黙ってようぜ」

 重要なところなのに、はるまがいきなりパァンって音がしそうな勢いでぶれんの口をふさぐ。ねぇそれ大丈夫? すっごいいい音したけど。リアス様もびっくりしちゃったよ。
 でもぶれん本人は気にしてないのか、そっとはるまの手を離して笑う。わぁ顔にもみじができてる。笑いそうだけどがんばって腹筋ひきしめた。

「俺が参考にならないなら陽真の場合を言えばいいじゃないか」
「オレェ?」
「なんなら俺との日々を基準にしてもいいんだよ」
「ソレは却下」

 こちらとしてはぜひお願いしたい。あ、リアス様絶対今わたしの心読んだでしょ。呆れた目で見ないでよ。

 リアス様をにらんでからはるまを見たら、いつもつけてるネックレスを大切そうに触ってる。そうして悩んでから。

「元々男らしい感じのヤツだし、あんま手繋いだりっつーのはねぇんだよな……つか恋人っぽいコトしようとすると恥ずかしがってまぁなかなか進まねぇのなんの」

 すごい見事にわたしとリアス様みたい。
 リアス様、ちょっと興味津々なのわかってるからね。絶対意識今はるまの方に向けてるでしょ。でも今はそっちじゃなくて、はるまの話に。

「それで、恥ずかしがってる子とはどのくらいでできたの…?」
「あーーーーどんくらいだっけか」

 ネックレスは大切そうに触ったまま、ちょっと上を見上げて。

「半年だかそこらへんじゃね?」

 やっぱり早い結果をいただきました。

「現代の子はみんな手が早いの…?」
「オメーも現代人だろうよ刹那ちゃんよ。天使だから長生きかもしれねぇけど」
「刹那の基準だったらどのくらいが基本なんですか?」
「わたし…?」

 わたしの基準。
 思いが通じ合ったら今まで以上にもっとお話しして、仲を深めて。
 三ヶ月とかそこらへんで、もっとお互いを知ったらいつの間にか手を繋いで。

 たくさんのものを見て、たくさんの時間を過ごして。

 傍にいたら、自然とそんな雰囲気になるような──

「…一年とか、二年くらい…?」
「すげぇじっくり行くタイプだな」
「これは龍は大変だったんじゃないですか?」
「現在進行形で大変だが?」

 リアス様が言ったら、二人が「え」って顔をする。さっきも見たなこの顔。

 驚いてる二人をよそに、リアス様の順番が来たみたいで、先生に呼ばれてリアス様は立ち上がった。そのまま歩いていきそうなところで、はるまが声をかける。

「龍クンちょい待ち、現在進行形って」
「そのままの意味だが」
「と、いうことは……?」

 そっとこっちに向いた二人に、こてんと首を傾げて。

「まだ、そんなキスとかなんてしてない…」

 朝と同じことを言えば。

「「は!!??」」

 朝と同じくらい大きな声で、びっくりした声が返ってきました。

 その後はそんな話なんてなかったかのようにリアス様の弓を射る姿を堪能しまして。

「…」

 学校を終えて、夜。お風呂に入る前に、最近日課になったことをするためにベッドに座った。

 目の前には、お風呂に入る前だからか少しワイシャツを着崩してる大好きな人。ベッドに座ったわたしの前にひざまづいて、わたしの左手をすくう。

 その人はすくったわたしの手をゆっくりゆっくり口元に持って行って。

「っ…」

 ちゅって、音を鳴らして指先にキスをした。
 毎日してるのに慣れてないのか、どんどん触れるたびに肩が跳ねる。

「、……」

 五本の指先にていねいにキスをしていったら、今度は中指の第一関節に。
 一瞬じゃなくて、少しだけ感触を楽しむように口づけられて。

「んっ」

 第二関節、指の付け根まで行ったら、少しだけ手を引っ張られて、今度は手のひら側の付け根に深くキスされた。

 どんどんドキドキしていく中で、見るのは下にある紅い目。伏し目がちになって、たまに閉じて。きれいなその顔を見てるだけで心がすごい満たされてく。

「つらくないか」

 キスしてる中でいつもより甘く出る声にも、胸がきゅうってなる。返事がなくてこっちを見た不安そうな目には必死でこくこくうなずいた。

 それに安心したように目元がゆるんで、また唇が上がってくる。腕に入ったら、着てるワイシャツのそでをゆっくり上げながらていねいにていねいに、あったかい感触が落ちてきた。

「っ」

 ちゅってリップ音を出しながらすぐに離して、かと思ったら押しつけるようにキスされて。頭がちょっとずつふわふわしていくようになったのは、ここ最近から。

 ひじの方までゆっくりゆっくり上がっていって、無意識に、空いてる右手でリアス様のワイシャツをつかむ。くいって引っ張るのは、もっとって言いたいのかな。自分でもわかんないけど、妙にこっちに来てって引っ張りたくなる。

 でも、

「……」

 わたしのそでを上げてって、ひじまで来たら。長袖だとそれ以上そでは上がんなくて、リアス様がそっと離れてく。

 終わりの合図。

「今日はここまで」

 そでを直しながら言う言葉に、残念に思ってしまうわたしはずるい。

「…」

 いつだってずるいのはわかってるけれど。

 今日のことを思い出して、立ち上がろうとしたリアス様に手を伸ばした。
 首に腕を絡めて、紅い目を見下ろす。

「きょうは、もうちょっと…」

 甘く出た声にリアス様の腕がぴくって動いたのがわかった。

「だめ…?」
「……急いても意味はないと、いつも言っている」
「ちょっとだけ…」

 わたしが苦手だからこういう風にゆっくりしているのもわかってる。でも、リアス様がたくさんがまんしているのもわかってて。こういうゆっくりなやり方も、男の人にとってすごいつらいっていうのも、ちゃんと知ってる。

 だからこそ、やっぱり少しでも早く進みたい。

「…りあす」
「……ここでそういうあまったるい声はずるいだろ」
「わざと…」
「悪い子だなお前は」
「悪い子だったら、」

 前みたいに、お仕置きみたいないたずらする?

 耳元で言った言葉に、こくんってのどが鳴る音がした。どっちのかはわかんないけれど。

 そっと体を離されて、ワイシャツのボタンにリアス様の手が伸びてきたことに、ちょっとほっぺがゆるむ。

「……少しだけだからな」
「ん…」

 ゆっくりゆっくりボタンをはずされて、左側だけするってワイシャツをおろされた。さっきとは違って、二の腕が見えて、肘から下はワイシャツで隠れてる。

 その二の腕に、リアス様はちょっとだけ体重をこっちにかけて唇を近づけてきた。一歩だけ進むことと、初めての感触にどきどきがまたやってくる。

 そっと近づいて、

「っ…」
「ん……」

 ふに、っていつもとはちょっと違う感覚。

「……柔い」
「ん…」

 そのまま楽しむように、そこに口づけが落とされていった。刻まれた呪術にそっていくようにすべってみたり、また深く口づけるように押しつけたり。

 あぁ、早く。

 こんな幸せな気持ちなら、早くこの人の唇がわたしのに落ちてくればいいのに。
 そう思ってしまうわたしはどこまでもずるい。

 でもそのくらい心地よくて、気持ちよくて。

「んっ…一ヶ月、とか…」
「うん?」
「一ヶ月、とかで、キスするの、わかる、気がする…」
「……それはまぁ同感だな」

 言いながら、ほんの少しまた唇が上がって、肩が跳ねた。

「そろそろやめるか」
「ん…」

 言いながら、また一回ちゅって二の腕にキス。

 そうして、ゆっくり。名残惜しそうに離れていった。

「…」
「残念そうだな」
「ちょっとだけ…」
「少しずつでいい」
「うん…」

 うなずいて、お風呂はいるからってワイシャツはそのまま、ちょっとだけ甘い雰囲気も残したまま立ち上がる。リアス様に背中を押されて、部屋を出て。

 リビングで、まだふわふわな状態でペットボトルの水を口に入れた。

 口から離したら、そのままリアス様が手からペットボトルを持っていって、自分の口に流し込んでく。それを横目で見ながら、考えるのはいつか来るであろう、その口がわたしに触れるとき。

 きっと他のところにキスしてるみたいに、ふわふわで気持ちいいんだろうな。

 初めてだから怖いんだろうなって思ってたけど、やってみるとぜんぜんそんなことない。

 むしろうれしくて、きもちよくて──

 そこまで考えて、ふと、思う。

「…?」

 すごくきもちよくて、幸せなのに。

 どうしてわたし、今まではあんなにこわかったの?

 キスされそうになったら、どうしてあんなに──。

「クリスティア?」
「!」

 いきなり声がかかって、ぱっと顔が上がる。そこには不思議そうなリアス様。

「どうした」

 聞かれるけれど。

 声がかかったのがいきなりでびっくりして。

「忘れちゃった…」
「? 平気なら風呂行くぞ」
「うん…」

 ふたしたペットボトルを持ったリアス様を追う中で、さっきのなんだっけって思い返してみる。

「…」

 けれど別にいいやって思ったそれは、もう頭にはない。

 まぁそのうちまた思い出したり、答えも出るでしょうと納得して。

 今日は泡風呂ってことを思い出して、足取り軽くリアス様の後を追った。

『わたしの中には、あなた以外いらないから』/クリスティア