朝起きて、腕の中で丸くなっている愛しい恋人を起こす。いつもなら可愛くうなりながら抵抗をしてくるけれど、今日はすんなりと飛び起きて。
おはようと交わしてから、すぐさま彼女はカレンダーを見にリビングへ走っていく。
今日の日付を確認して、何千年も見慣れたその水色の頭は、やはり今年も。
「♪」
いつも以上に周りに花を咲かせるような雰囲気を出すので、思わず口元綻ばせた。
「……ふわふわしてないかしら?」
冬も本番となってきた十二月一日。笑守人の一年は合同演習の日。
待ち時間の中で珍しく小さな声で話しかけてきたのは道化だった。
そしてその言葉に、近くに座っていた閃吏やウリオス達も頷く。
「えっと、ふわふわ、してるね」
『ユーアの坊ちゃんと一緒っつーのもあるが、それにしちゃぁいつもよりふわふわしてんな』
口々にふわふわふわふわと言う、彼らの視線の先。
「…♪」
話題である恋人は、言葉の通りふわふわと花を舞わせているような雰囲気で足をパタパタさせながら目の前のいすに座っている。
「……そうだな」
「そして炎上」
「……」
頷いた直後、ぐっと左肩に重みがかかった。どこぞのメッシュ男がやりそうな仕草に反射的にめんどくさそうな顔になり、違うとわかっていつつもその顔のまま声の方に顔を向ける。
もちろん正体はメッシュ頭ではなく藍色の男。祈童はにっこりと笑って。
「君は妙にそわそわしているな?」
「……」
普段わかりづらいと言われるのにまんまと言い当てられ、目をそらした。
「あらあら、そういうのがわかるようになったんですね」
「なんとなくだけれどね」
そのなんとなくで当てられるのだから自分はまだまだ未熟な気がする。溜息を吐いたところで、周りに座る同級生達は「で?」と詰め寄ってきた。
『旦那、今日はなんか楽しいことでもあるんですかい?』
「実はやっと大人の階段上るとかかしら!」
「えっと、今日が記念日だったとか?」
「いやここは変化球でもしかしたら今二人は喧嘩しているかもしれないぞ!」
「その場合お前どうやって刹那のあの機嫌の良さを説明するつもりだ……」
おいカリナ、わからないようにしているが肩震えているのわかっているからな。そんなに楽しいか俺が詰め寄られているのが。
なんてもし聞いたなら絶対にイエスが返ってくることはわかっている。
そんな思考に飛んでいる間にも祈童達はこれかあれかなどと言い合っていた。収集のつかなくなってきた状態に、助けを求めるように斜め前のレグナを見る。
が。
「ぁ、あの部分どうでした!?」
「あーー、うん、やっぱ感動はしたよ」
「そうですよね! とくに主人公がヒロインを助けるところ、ぉ、王道だとはわかっているんですけど今までの部分も含めるとじんわりきて……! あ、ラストまで行ったんですよね、難易度とかはどうだった?」
「ノーマルでやったから結構楽だったかも」
「じゃ、じゃあ次はハードとかどうでしょう? 確か隠しダンジョンの方もクリアしてましたよね。じ、実はハードモードでしか出ないクエストがあって、ぃ、意外と知られてないので、攻略情報もぜんぜんなくて……た、倒し甲斐もやりがいもあると思います!」
親友は雫来の弾丸トークに付き合っていてこちらにはやって来れない様子。反射で見てしまっただけであっていつも華麗に裏切られる手前期待もしてはいなかったが。あんだかんだ話に付き合うところは昔から変わらないと、左右で余計なお世話ばかり言ってきている同級生達から逃げるような思考に陥りかけたところで。
「……!」
くいっと、服が引っ張られた。その方向を見やれば、大変機嫌のいいクリスティア。
「どうした」
「出番…」
言われて上を見ると、俺達のグループが連続で入る頃だった。教えてくれたことに礼を言うようにクリスティアの頭を撫でて、喧嘩なら機嫌取りはどうするだとか、準備はしているのだとか、未だ的外れな回答ばかりする祈童へ。
「行くぞ祈童」
「む? 僕らか」
今回は俺と祈童ペアから始まるということで、声を掛けて立ち上がる。
「波風くん行きましょ!」
「はいはーい」
『行こうぜティノの旦那』
『お互いがんばろーねー!』
俺達を合図に、順番が続くレグナや道化、ティノやウリオス達も立ち上がってともにスタジアムへと続く通路へ入って行った。
「お手柔らかに頼むぞ炎上」
「悪いが今日は手加減できそうにないな」
暗い通路の中、きょとんとした顔の祈童に笑う。
「今日はそわそわしているんでな」
なんて言ってやれば、その顔は引き気味の笑みに変わった。
ご愁傷様というようなレグナ達の雰囲気にならうように祈童の肩を叩き。
「精々生きろ」
珍しく自分でしっかり笑みを作って、わめく祈童を引っ張ってスタジアムへと向かった。
♦
「…♪」
あの後も外野がとことんおちょくってきた合同演習を終え、夜。多少祈童に本気でぶつかったおかげですっきりはしたものの、好奇な視線はやはり堪える。風呂に入った後もその気疲れは取れることなく、ソファに深く背中を預けた。
しかしいつものごとく俺の隣にちょこんと座りテレビを眺める恋人は、俺と違って変わらず機嫌が良い。足をぱたぱたと揺らしながら流れているテレビ番組を見たり、俺を見たり。視線が合えば首に腕を回してきてうりうりとすり寄ってきた。それに今日の疲れも吹き飛ぶくらい癒される。
ただ別に、彼女がこうもご機嫌なのは道化の言うように今日どうこうするだだとか、閃吏のように記念日だとか、ウリオスのように今日楽しみがあるだとか、そういうものが理由ではない。
一応記念日のようなものは今月にあるけども。
”今日”という特定の一日ではなく、”十二月”という月は、愛しい恋人の機嫌がとてもいい。
過ごしやすい冬。大好きな雪も場所によっては見られるし、クリスマスもあって、記念日だってある。
そして、彼女の誕生日も。
クリスティアにとっては心躍るイベントがそれはもうたくさんある月。
ただまぁ、大昔はこれほどまで機嫌が良くなるというのはなかった。せいぜい日付が近づくにつれてそわそわとするもの。
彼女がこうしてうきうきとし出すようになったのは。
《クリスーマスーがーやってーくるー》
”奴”が一番の要因である。
「!」
件の曲が流れた瞬間。
俺にすり寄っていた彼女はぱっと反応しテレビを見た。そしてそれを捉えるとクリスティアはぱぁっと嬉しそうにし、ソファから駆け出す。普段テレビCMになど欠片も興味を示さない恋人がだ。
そうして画面に映る”奴”に、視線は釘付け。
真っ白な髭を生やし、真っ赤な服を着て陽気に踊るじいさん。
そう、サンタである。
「♪、♪」
べったりという言葉が似合うくらい、恋人はテレビに張り付き、そのじいさんの陽気なダンスを眺めている。
それを見て思うことは一つ。
大層可愛い。
一般的な考えならば、恋人が自分以外の男に釘付けになるというのは不快だったり複雑だったりするだろう。正直クリスティアが陽真に懐いていることが複雑に感じていた。
けれどこれに限ってはそんなことはない。
クリスティアがサンタを好きな理由は、俺にあるのだから。
俺の紅い目が好きなクリスティア。
いつからか、目だけでなく紅が好きになった愛しい恋人。アクセサリーなんかはこちらが「これが似合う」などと言わない限り必ず紅を選ぶし、食べ物だって食えないものでも紅いものの方向に行ったりするほど。
そして彼女を虜にしたサンタ。
奴はもう全身紅である。紅が大好きなクリスティアが目を引かれないなんてことはないわけで。そしてそんな興味を引いていたじいさんに町中で、しかもちょうど誕生日にプレゼントをもらったなんてことがあればそりゃあもう大好きになってしまうわけで。
こうしてサンタが現れるとテレビだろうが町中だろうが、出逢えば釘付けなのである。
大層可愛い。
しかし。
《それでは次のニュースに入ります》
「…」
テレビCMが終わると、クリスティアは嘘のようにテレビに興味をなくし、こちらへとやってきた。
「♪」
「ん」
今度は俺の紅を見つけ、吸い寄せられるようにとことこ手を広げながら歩いてくる。
そんな恋人に、愛しさを覚えながらも。
これから発するであろう言葉に、内心でどこか落ち着かない。
「リアスさま」
そんな俺の内心など知らない彼女は甘ったるい声で俺を呼び、ソファに膝立ちになりすり寄ってきた。
「……どうした」
言葉などわかっているくせにそう聞いてやると。
俺の首に腕を絡めながら身を離した恋人は、どことなくきらきらした瞳で俺を見る。
そうして、コテンと可愛らしく首を傾げ。
「今年も、サンタさん…来る?」
俺の、今日の同級生の言葉を借りるならば”ソワソワ”する原因である言葉を、こぼした。
「……」
いつもならば即座に頷くけれど。
今回は、無意識にぐっと詰まってしまった。
愛しい恋人は、テレビに食いつくくらいサンタが好きだ。
そして一度町中で、実際にサンタにプレゼントをもらったことがある彼女は。
可愛いことにサンタを信じている。
俺達が奴を知ったのは起源となる四世紀頃から少し経ってからだったか。ただまぁ少なくとも千年くらいの付き合いはあるだろう。
そんなときから延々とサンタを信じているクリスティア。大層可愛い。初めてサンタにプレゼントをもらったときの喜びようがあまりに可愛く忘れられなかったので、レグナとカリナと三人であの手この手を使い現代まで「サンタはいる」と信じ込ませたものだ。
今後もこの可愛いクリスティアが見れるのであればサンタにでもなんでもなってやろうという気持ちはある。
あるのだが。
今世、この高校時代。
大きな問題がある。
今までならば、クリスティアの家族にも協力してもらいながらこっそりとプレゼントを用意し、俺と一緒に寝ている間に家族に部屋に置いてもらう、というのがセオリーだった。もっと昔ならばたまには別行動を、ということで単独行動をして用意し寝ている間に置いておくこともあった。
しかし今回。
それがすべてできないのである。
何故なら無駄に過保護が加速した結果、家には結界を掛け行動は常に一緒になったから。
まだ、そう、まだ、同棲しているだけで、なおかつ行動が一緒だけならばよかったんだ。
レグナやカリナにプレゼントを用意してもらって、当日までベッドの下にでもなんでも隠して、当日寝ている間にそっと置くことができたんだ。
一番の問題は家に結界をかけていることだ。
不審者対策にと今回から始めたものである。戦争などがなくなったとは言えど、日常にだって危険はたくさんある。たとえば宅配便に扮して犯罪を犯すだとか。高校生のみの同棲だとわかった場合なお狙うことだってあるんだろう。クリスティアの安全も踏まえてさせてもらっている同棲。何かあっては困る。
なのでインターホンが鳴ってもモニターで顔を確認しない限り開けないということはもちろん、向こうが無闇に入って来れないように結界まで施した。そのことは当然家に住むクリスティアだって知っている。毎日俺が開けては閉じてというのをやっているのだから。
俺のそんな過保護さを嫌と言うほど知っている彼女ならば、仮にサンタが来たとなればどうやって入ったのという疑問が当然出るだろう。
恐らく今はサンタのことで頭がいっぱいになっているのでその疑問は消されているがそこは幸いということで置いておいて。
今回。
サンタをどう登場させるかというのが未だ解決していないのである。
しかしそろそろ猶予がない。どうするか。
「……サンタは、だな」
そもそもこのほぼほぼ詰んでいる状態をどうにかできるものなのか。仮にできるとしてもそういう方面であまり頭が回らない俺は現時点で打開策が見つからない。
思わず口ごもってしまった俺を見て、クリスティアは段々と不安げな顔になっていく。
やめろそんな顔をするな。
「リアスさまー…?」
「……」
小さな口が、悲しげな声で紡ぐ。
「サンタさん、来ない…?」
その声にぐさりと心臓を刺された俺は。
「……来るに決まっているだろう」
反射的にそう返してしまう。
やってしまった。
いやいいんだ、サンタは来させねばなるまい。どうにかしてでも。今回はもう後がなくなっただけだ。
それに。
「来るっ?」
「あぁ」
「…♪」
「来る」というその一言だけでこの嬉しそうな顔が見れるのならば。
サンタの理由などいくらでも作ってやろうと、そう思ってしまう俺は恋人に心底甘いのだろうけれど。
「……楽しみだなクリスティア」
「うんっ…♪」
年に一度の楽しみくらい、心おきなく楽しんでほしいから。
今年も頑張るかと心の中で気合いを入れて。
嬉しそうに抱きついてくるクリスティアを、強く抱きしめた。
『さぁまずはあいつに相談だ』/リアス
「それでは本日はこの前のアンケート結果とそれぞれが向かうテストの説明用紙を配る」
レグナのこだわり抜いたマフラーと手袋が手元にやってきてごきげんの水曜日。
今日は、十月に入ってすぐに配られたテストアンケートの結果発表の日。今回からは自分の好きなのを選んでよくて、リアス様が心配しちゃう人混みがない護衛テストはやめて。四人で一緒にとってる体育球技を第一希望に出してみた。その結果と、前は体育館でやった説明を紙にして配ってくれるんだって。
「以前話したとおり、休みだなんだと連絡漏れや伝達ミスがないようにここからは用紙で説明を行っている。わからないことがあれば説明用紙に書いてある担当教諭の場所へ質問に行くこと。いいな」
みんながうなずいたのを確認して。
「それでは順番に配っていく。出席番号一番から」
一人一人名前を呼び始めて、もりぶち先生の一言と一緒に一番の子から紙をもらってく。
その光景を見ている間も、話を聞いてる間も。
「…♪」
わたしの心は、とても弾んでる。
だって十二月。うれしいことがいっぱいあるんだもの。
誕生日、記念日、クリスマス。
お祝いしてもらうことももちろんだけど、みんなで一緒なことがなによりもうれしい。
きっと今年は今世でとってもすてきな誕生日なんだろうなって、想像するだけで無意識に足がぱたぱた動く。
「♪、♪」
二十四日に集まって、お祝いしてもらって、クリスマスパーティーも一緒にやって。
みんなでお話ししながらお泊まりして。そしたら、
「…サンタさん」
みんなでサンタさんからプレゼントをもらうの。
カリナも、レグナもリアス様も。いつも、運命のことでいっぱいいっぱい辛い思いもしてるから、その日だけは。
好きなものもらって、いっぱい笑顔でパーティーする。
一年でとってもとっても大事な日。
あとわたしから渡すみんなへのプレゼントどうしようかな。
カリナはかわいいお花のなにかがいいかもしれない。レグナは…ゲーム? リアス様はなにがいいんだろう。
どうしよう、どんなのがいいかな。それを考えるだけでもわくわくする。
あ、でもきっとこれ言ったらリアス様は「まず自分のプレゼントを考えろ」って言うと思うから先に自分のも考えておかなきゃ。
「…」
でもいざ欲しいものって言われると意外と思いつかないよね。アルバムはゴールデンウィークのときにもらったし。
おでかけは、リアス様は絶対却下だし。そもそもクリスマスは人が多いし貸し切りも難しいよねって昔レグナが言ってたからわたしから断りたい。
じゃあ、お菓子? リアス様の検閲が大変そう。そしたら洋服…。でも洋服はレグナが作ってくれそうだよね。それにお菓子も、買わなくても作ってくれると思う。
…なんだろう。
しかもわたし誕生日プレゼントだけじゃなくてサンタさんからもらうプレゼントも考えなきゃいけない。大変じゃないか。
わくわくしてたのがどんどん悩みになっていって、うんうんうなりながら考えてるとき。
「氷河」
「はぁい」
名前を呼ばれたので、一回考えるのはやめて先生のとこへ。
先生の机に行くと、ぱって紙が渡される。タイトルみたいなとこには、おっきな文字でわたしの名前。
その下にある文字に先生が指をさす。
「氷河のテストは第一希望の体育球技だ」
「ん」
「こっちが説明用紙になる。きちんと読むように」
「はぁい」
二枚の紙を渡されて、以上って言われたからその紙を持って自分の席に向かう。
えーっとなんだっけ。
頭の中を探っていって、席についたとこで答えが出る。
プレゼントの話だ。
先にサンタさんからのプレゼント決めなきゃいけないって話だよね。サンタさんに伝えなきゃいけないから。
お義母さんとかもこの時期から結構聞いてたし──
──ん?
前はお義母さんたちが言ってくれてたけど、今年は? 誰が言うの? 今お母さんもお父さんもフランスにいるし…あ、電話。電話でそのうち聞きに来るかもしれない。じゃあ大丈夫。
とりあえずおっきいくつした用意して…
ってまたわくわくしかけたところで、止まった。
「…」
うん、待って?
くつした用意するのはいいと思うの。電話でプレゼントこれがいいって伝えるのもいいと思うの。
でもわたしは重大なことを忘れていた。
「蓮…」
「んー?」
これはいけないと前に座るレグナの服を引っ張って、呼ぶ。
どしたの、って言うレグナに、小さな声で。
「…今年、サンタさん来ないかもしれない…」
そう言えば、レグナはびっくりした顔。
「は? なんで?」
「だって、」
だってないんだもの。
一番重要な、
「サンタさんの侵入ルートが、ない…」
さっきよりも小さくこぼした言葉に。
「あーーーー……」
レグナの顔が「やべぇ」ってなったように見えたのは、気のせいじゃないと思う。
大好きな十二月、みんなが幸せになれるはずのクリスマス。
けれど今年は。
完璧すぎる過保護様によって、サンタさん追い出し案件…?
『サンタさん来ない!?』/クリスティア
くいっと服を引っ張られたら、クリスティアが話しかけてくる合図だ。
内容は、ただ単に話しかけてくるだけだったり、わからないことがあって聞いてくるだったり、当然ながら様々。
「蓮…」
今日も、俺の裾が引っ張られた。若干悲しげな声に何も予想ができぬまま、体育球技のテスト案内プリントから目を離して「んー?」と聞きながら後ろを向く。
そこには声と同じ、悲しげな顔をしたクリスティア。
やべぇと反射的に血の気が引いたのはリアスの影響だと思う。
思わず固まってしまって何も言えずにいれば、その小さな口から出たのは。
”サンタさんが来ないかもしれない”との、悲しげな声。
普通のヒトならここで「なんだそんなこと」だとか「まだサンタさんいると思ってるの?」なんて言うんだろう。実際隣で話が聞こえてたらしい道化も祈童も突然のサンタさん発言に耳を疑ってる様子。
けれど俺たち幼なじみからしたら一大事である。
クリスティアはリアスの紅い目の影響で紅が好きで、中でもサンタが大好きだ。一緒にいたときなんてそりゃあもうわくわくしながら靴下を用意して眠りについていたのを何度も見てきた。
そんな姿がもう可愛くて可愛くて、全員で「サンタはいるものだ」と周りを巻き込みながら彼女の夢を壊さずに生きてきたのは記憶に新しい。前世だってそうだったんだから。
それは当然今世も、今年もそしてこれからも同じだと思っていたんだけれど。
緊急事態らしい。
「……は? なんで?」
なるべく平静を装いながら聞けば、「だって」と眉を下げる。
「だってないんだもの」
「何が」
「サンタさんの侵入ルートがない…」
あーーーーーー。
そうきたかーーーー。
え? でも別に侵入しなくても行けんじゃね? だって侵入って煙突とかそういうのがあってでしょ。今はそういうのないんだからお宅訪問系じゃんか勝手にそう思ってるだけだけど。
だから今年だってサンタはお宅訪問──。
「……」
そこまで考えて、ふと思い至ってしまう。
あの家お宅訪問無理じゃね、と。
その答えはYESですと言うように水色の子はまた悲しげに言う。
「おうち、結界張ってる…」
「ですよねー……」
「…サンタさん、来れない…?」
すとーっぷ待とうかクリスティア、そんな悲しい顔はしてはいけないな??
俺の心がずっしり重くなっちゃうから待って待って。
「そもそも氷河」
「ごめん祈童あとで全部話すからちょっと今黙ってて」
「お、おぉ」
明らかにそのあとに続くの「サンタのことまだ信じてるのか」じゃん。言わせてたまるか。
俺の気迫についでに道化も黙ってくれたところで、考える。
ひとまずリアスのバカ過保護って言うのはあとで本人にど突かせてもらうとして。
今この場を切り抜ける打開策。
訪問は無理じゃん?
他にサンタがこう、来れそうな感じ。実は今回ちょっと忙しいからって俺とカリナが預かります、みたいな? いやそれはちょっと夢がないな。結局俺たちからのプレゼントみたいじゃん。プレゼントだけれども。
サンタがちゃんとあそこに入れるようなできごと。
リアスの過保護が発生しないような──
あ、あるじゃん。
思考を回して、思い浮かんだものに俺が笑顔になり。
「大丈夫刹那、今年もサンタさんちゃんと来るよ」
「…?」
未だ悲しげにしている純粋な親友へ。
「今までずっと黙ってたんだけどさ、龍ってサンタと友達なんだ」
純粋でない友人二人が吹きだしたけれど構うことなく笑顔を保つ。
「おともだち…?」
「そう。じゃなきゃあの龍が見知らぬヒトからのプレゼントなんて受け取らせるはずないでしょ?」
なんて言ってしまえばリアスに手なずれけられてるクリスティアはそっかと信じていく。ありがとう親友今だけはその過保護に感謝するわ。とりあえず隣の奴らの肩が震えているのを見せないように、クリスティアに詰め寄って。
「だから刹那がいい子にしてれば大丈夫。サンタさんはちゃんと玄関から来るよ」
「ほんと!?」
「ほんとほんと。あとで龍に聞いてごらん」
「わかった!」
一気に笑顔になったのにほっと一息。笑いをこらえている友人にはあとで釘を指しておくとして。
「波風」
「はぁい……」
話を広げてしまったことを心の中で親友に謝りながら、背後から聞こえた低い声に背筋を伸ばす。
そっと振り返ると。
まぁ無表情な杜縁先生。
「話しているが、テスト内容の確認はちゃんとしているのか?」
やめてその圧のこもった声地味に怖い。けれどもこちらも事情があるので、両手を合わせながら苦笑い。
「あーーと、ちょっとサンタの件で緊急事態が起きたので先にそっちをと……」
「サンタ?」
そりゃいきなり十六歳の生徒からサンタ発言来たらびっくりしますよね。初めて見たよそのびっくり顔。
けれどそれは一瞬で。うきうきなクリスティアを見てなんとなくの状況を判断したらしい。
あぁ、って納得した先生はクリスの視線を合わせるように机の前に膝を着いた。
膝を着いた?
「氷河」
「…」
え、待って何言うの。サンタ信じてないで夢の方頑張れって?
いやいやいやそれは困る。がたっとイスから腰を浮かせて。
「せんせ──」
思わず千本を手にした瞬間。
その口から、優しい声が出た。
「今年もサンタさんが来るのか」
まるで小さな子に語りかけるような声に拍子抜けして、上がりかけていた腰がすとんとイスに落ち。千本もしまう。
そんな俺のことはかまわず、クリスティアはうれしそうにうなずいた。
「いい子にしてたら、来るって…」
「そうか」
お父さんかな? って思いたくなるくらい初めて聞く優しい声で先生は頷くと、微笑んでとんとんっと、テスト内容プリントを指す。
そうして優しい声のまま、言い聞かせるようにその口を開いた。
「サンタは十二月になったら子供達を見るという」
「…?」
「きちんとこのプリントを読んで、テストを自分なりに頑張って受けられたなら。サンタは君をいい子だと褒めて、プレゼントを豪華にしてくれるだろうな」
「…!」
ごめん親友、今年のクリスマスのハードル上がったかもしれない。
「ほんと…?」
「炎上は詳しいんだろう。あとで聞いてみるといい」
「うんっ…!」
”リアスは”なんて言葉も付け加えられたら効果は絶大。クリスティアさん簡単に信じて頷いちゃったよ。ごめん親友。
でもこれはさすがに止められなくない??
これ言ったら絶対「お前いつも止める気ないじゃないか」って言うんだけども。
こんな嬉しそうなクリスティア見たらもう親友に頑張ってもらうしかないでしょ。俺も手伝うから今年は本気でちょっと頑張って欲しい。
嬉しそうに頷いたクリスティアを確認して去っていった杜縁先生の背中を見送ってから、目の前のもう一人の親友に目を戻す。
とりあえず危機は回避できたので杜縁先生に感謝をしながら、じゃあ一緒に読もうかとクリスティアと共にプリントに目を落とした。
瞬間。
「……」
目に見えたのは、テスト項目のところ。
そこに、”体力テスト”との文字。
え、これどういう体力テスト? 基本的な体力テスト? それとも持久走的な体力テスト?
クリスティアさん持久系もっぱら苦手じゃないですか。後者だとやばいじゃないですか。え?
これは全員ハードルが上がっているのでは??
しかし嬉々としているクリスティアはぜんぜん気にも止めていない様子。そうだよね、頑張ればサンタさん、プレゼント豪華にしてくれるもんね。でもクリス目の前の壁は結構高いぞ。
さてどうすると血迷った結果。
「……この体力テスト、祈童か道化替え玉ならない……?」
ばっと隣を見て小さくこぼしたけれど、二人は頷いてくれませんでした。
これは緊急会議が必要かもしれないというのがようやっと浮かんだのは、もう少し頭が落ち着いてから。
『リアスとサンタはお友達』/レグナ
「冬休み、せっかくならみんなで遊ばない?」
そうHRのときに言ってきたのは閃吏くん。リアスと一度目を合わせてから、お隣に座る方々へ目を向けました。
「みんなで、ですか」
「うん、美織ちゃんたちと話しててね」
『夏休みは遊べなかったから冬休みこそ遊ぶですっ!』
まぁなんと学生らしい。なんて考えが浮かぶのは高校生らしくないかしら。魂年齢的には越えに越えてますからね。そう思ってしまうのはちょっと許してほしい。
そんな的外れな考えは置いときまして。
恐らくは四人一緒でしょう、すでにチェック済みの体育球技テストの説明用紙を二つ折りにしながら。
「遊ぶとなりますと……年末になってしまいそうなのですが」
『クリスマスはだめですかっ』
「そうですねぇ」
困ったように肩をすくめて、頷いた。
「イブと当日はとても忙しいんです」
「えっと、やっぱりパーティーとか? 愛原さんも波風くんもお金持ちだし」
「いいえ、その二日間はそういったものにはいっさい参加しませんわ」
パーティーというのはあながち間違えではないのですけれど。
笑うと、じゃあどうして? と言うようにお二人は首を傾げる。その答えは、未だ口を開かない目の前の男に代わって私が告げました。
とても、とても。
「大事な日──刹那の誕生日があるんですよ」
大切な物を扱うように、丁寧に伝えれば。
二人はぱちぱちと目を瞬かせてから驚きました。
「えっ」
『クリスマスにですかっ』
「誕生日はイブなんですけれどもね。毎年お祝いしているんです」
我々双子はお逢いできないこともありますけれど。それでも住所を聞いてプレゼントを贈ったり、電話でお祝いの言葉を告げている。
そんな今年は、小学生以来。四人で久し振りにそろう日。
「久しぶりに幼なじみ水入らずでパーティーをするんです」
きっとレグナが作るであろうパーティードレスに身を包んだクリスティア、そしてレグナが作る大きなバースデーケーキをほおばるクリスティア。主に用意がお兄さまの名前しか挙がってませんが本人も楽しげにしているので良いとして。
幸せそうな彼女を想像して、自然と顔もほころびます。
そんな私を見てユーアくんも嬉しそうに頷きました。
『それはおじゃましてはなりませぬなっ』
「そうだね──あれ、でも」
お話を続けるために閃吏くんたちがいる方向を向かうように座り直すと、彼は何かに気づいたご様子。
「? どうしました?」
「えっと、二日とも忙しいってことは……イブにお祝いして、次の日はクリスマスパーティー、ってことかなって」
「あぁ──」
かわいらしくこてんと首を傾げた閃吏くんに、私は首を横に振る。
「いいえ、クリスマスも誕生日もイブの日にやりますわ」
『当日はおでかけですかっ』
「まさか。この過保護がそんなこと許すはずないでしょう?」
そうリアスを向いて言えば至極当然というように彼はスマホをいじっている。少しくらい悪びれなさいよ。
どうせ伝わっていることは知っているのでまた閃吏くんたちの方を向くと、また「どうして」というような表情。
何故「どうして」なのかしら。クリスマスでしょう?
「クリスマスと言えば大事なことがあるじゃないですか」
「えーーーと……恋人同士の時間とか?」
「それでしたら我々もご一緒にというのがいささか変ですわね」
『クリスマスもなにかの記念日とかですかっ』
「いいえ、クリスマスはクリスマスです」
えっもしかして今の子って全然そういうの信じてません? 高校生ともなるともう無縁なお話かしら。クリスティアを基準にしているからか逆に私が違和感を感じてしまう。隣を見て、
「ねぇ龍、クリスマスと言えば大事なことがありますよね?」
確認するように問えば、リアスもそうだなと頷いてくれます。そうですよね、ありますよね。
「えっと、他にクリスマスで大事なこと……」
『幼なじみでのプレゼント交換、です?』
「でもそれだとイブのパーティーのときにやりそうだよね」
「プレゼントという点は当たりですよ」
「でも交換でもない?」
「えぇ」
頷くと、再び悩んでしまうお二人。えっ本当に? 絶対子供の頃はわくわくしながら待っていたでしょう? ほら彼ですよ彼。
ちょっとリアス答え言ってあげなさいよ。あなたが言えば絶対おもしろいから。
そんな思いを感じたのかそれともたまたまなのか。隣の男が言葉を発しました。
「クリスマスは定番のものがあるだろう?」
『定番ですかっ』
未だ首を傾げている二人に。
普段からクールな彼が、答えを出した。
「サンタが来るじゃないか」
それを言った瞬間、二人どころか教室中全員がこちらを向いて信じがたい目をしていた光景は、きっと一生忘れない。
『吹き出すのを我慢するの大変でした』/カリナ
閃吏達にものすごく驚いた顔をされたHRを終え、夜。
恋人は今日も機嫌が良い。
それのおかげか行動療法にもそこまで抵抗がなく、現在は左腕の肩まで上がって来れた。クリスマス効果は絶大だなとこれを機にもう少し進めていくことを風呂の中で決め。
「♪」
風呂上がり、ソファに座っていれば恋人はすりすりと俺にすり寄りながら抱きついて来た。彼女が膝に座ったのを確認してから腰を支えてやり、ひとまずはもう一つ風呂場で聞こうと決めたことを口にする。
「クリスティア」
「んー」
「そろそろプレゼントを決めないか」
そう、言えば。
「♪」
ご機嫌な顔にさらにぱぁっと花が咲いた。あぁとても癒される。思わず綻んでしまう笑みのまま、どうすると腰を緩く叩きながら促してやった。
「決まりそうか?」
「んー…」
問いには小さく首を傾げる。それすらも愛おしいと思うのは恋人ならば当然か。
なんてバカなことを思いつつ、できればそろそろ決まって欲しいというのも本音である。
クリスマスシーズンは混みがそれはもうものすごい。街もそうだが配送も早めに注文しなければ遅れる可能性がある。
それだけはいただけない。せめて当日には彼女の手元にあるようにしたい。配送なら遅くとも来週半ばくらいまでが待てる限度になる。
が、
「今年はどうする」
「…毎年、いっぱいもらってる…」
愛しい恋人ははあまり浮かばないと、申し訳なさそうに緩く眉を下げてしまう。まぁ確かにこの何千年共に入ればレパートリーは減るだろうけれども。
やはり中々出ては来ないか。ソファに肘を預けたところで、クリスティアが聞いてきた。
「サンタさんのも、そろそろ、決めなきゃでしょ…?」
一瞬喉がぐっと詰まったのはできれば見なかったことにして欲しい。
実はあの後からまったくもって打開策が浮かんでいない。そちらもどうするかそろそろ決めなければならないのに。
「……そうだな」
ただその焦りは彼女には見せぬように頷く。幸いにも気づかなかった恋人はそのまま話を進めていった。
「サンタさんに、言わなきゃだもんね…」
「あぁ」
「どうやって連絡取ってるの?」
”どうやって連絡取ってるの?”?
思わぬ言葉が聞こえてクリスティアを見るが、彼女は先ほどと違って興味津々と言った目で俺を見ている。
そして俺の驚いた顔を、”何故その発想になった”ではなく”何故連絡を取れると知っているんだ”と捉えた恋人は小さな口から言葉をこぼした。
「サンタさんと、お友達なんでしょ…?」
誰だ俺の交友関係を勝手に広めた奴は。
「……誰に聞いたんだ」
「レグナ」
あのやろう。
「レグナが、リアス様とサンタさんは友達だから、ちゃんとおうちに来てくれるって」
「ほう……?」
「杜縁先生もね、いい子にしてたらプレゼント豪華になるって」
何故そこで杜縁もやって来る。
しかもちょっと待てよ?
俺の知らない間にサンタのハードル上がってないか。
勘弁してくれただでさえ毎年大変なんだ。クリスティアの「サンタはいる」という夢を壊さぬよう、比較的毎回仲の悪い親にその日だけはと口裏を合わせてもらったり、クリスティアが俺を探して夜中起きないようにと毎年家に泊まらせてもらったり。過保護で傍を離れないからとクリスの親や双子に協力してもらってプレゼントを買いばれないよう隠したり。
けれど今回は親の助力は受けられないと来た。
その上でサンタは友達説といい子にしていたら豪華説か。
どんだけハードル上げる気だお前らは。
なんて心の中のレグナと杜縁に悪態をつきつつも。
「…?」
こんなあどけない少女のような恋人の夢を壊さないでいてくれたことには感謝しかなく。
ひとまずレグナには詳しく話を聞くとして、いつものごとく溜息を吐き、頷く。
「……そうだな。いい子にしていれば豪華にしてくれるだろう」
「!」
「ただ、友人だからと言ってあまり待ってもらうわけにもいかない」
わかるな? 小さな子供に言い聞かせるように問えば、こくりと首を縦に振った。
「サンタとしては、遅くとも来週末には聞いておいて欲しいと言っていた」
それなら今年の双子も用意できると。
毎年サンタさん違うのなんて問いには担当場所が違うだのと適当に返し、クリスティアを見る。
サンタに興味津々と言った目の奥に見えるのは、期待。
「……何かプレゼントの希望は?」
とりあえず用意できるか聞いてやる。そういかにも友達なんだと信じさせるように言えば。
彼女の目が、さらに輝いた。
きらきらと輝く瞳が大変かわいらしい。俺の首に腕を回して、どうしよう、何がいいかなとわくわく考える姿。これが愛おしいから毎回頑張ってしまう。
「決まりそうか?」
「んー」
再度、とんとんと背を叩いて促してやると。
クリスマスシーズン特有のきらきらとした目がこちらを向く。ん? と優しく尋ねてやれば。
「用意できるか、聞いてくれる?」
「あぁ」
頷いて、その口から。
「四人の、たのしい思い出」
過去最高にハードルが高い要求が飛び出してきて固まってしまう。
「……思い出か?」
「思い出」
確認するように聞いてみるも聞き間違いではなかったらしく、彼女は頷く。そうして、こてんと俺にもたれ掛かりながら紡いでいく。
「たくさんプレゼントもらってるの…」
「そうだな」
「クリス今、欲しいって思うものない…」
「あぁ」
「でもサンタさん、いきなりいらないって言ったらびっくりする」
その発想に俺がびっくりしたわ。
動揺を抑えてなんとか「そうだな」と頷く。
「だめだったら、いいの…思い出っていうのも、どこか行くとかじゃなくていい…」
緩く身を離した彼女は、残念がる様子もなく、ただただ幸せそうに。
「なにかをもらうより、どこかに行くより…四人で一緒にいるってことが、クリスにとっての一番のプレゼント」
なんて、言われてしまったら。
子供なのに、俺のこともさりげなく考えているどこまでも大人な彼女の、小さな願いを叶えてやりたくなってしまって。
クリスティアの肩に、頭を乗せて。
強く強く、抱きしめて。
「……今年のサンタへの願いは、それで通す」
珍しく、約束のようなことを口にした。
俺のその約束か、それとも願いを伝えてくれることか、どちらかはわからないけれど。
抱きしめた彼女からは嬉しそうな雰囲気が出ていて。
「うんっ」
抱きしめ返してきた子供のような彼女に、心の中で頑張る誓いを立てて。
冷えた体を温めるように、さらに強く抱きしめ返した。
『四人の思い出が欲しい』/リアス