日本ではサンタ到来というイメージだけのクリスマスは、フランスの方では正月も同然のシーズンである。
正月と言えば、日本では実家に帰り両親や親族に挨拶をし、学校はどうだなどと会話を重ね、少々重苦しいイベントではあるけれど、フランスではあまりそういったものではない。
家庭によってはもちろん違いはあれど、どちらかと言えば家族よりも恋人を優先する方のフランス。仕事や家族よりも恋人を優先するというのもあるし、クリスティア宅も捩亜という日本人がいるからこそ日本の風習の方が強く出ることもあるが、義父のアシリアに至っては大変寛容で、現に正月同然のこのシーズンでも誕生日に一報よこした程度である。むしろクリスティアとの時間を優先させろと言われたくらい。
だからだな。
「……あんたも恋人を優先したり、こちらの恋人の時間を優先させてくれたりしたらどうだ?」
そう、呆れたように。
半年近く離れて少々馴染みがなくなってきたフランス語で電話の向こうへこぼせば。
《もーっ、そういうところはほんっとにかわいくない弟ねっ!》
言葉とは裏腹に嬉しそうな声の”義姉”から、同じくフランス語で言葉が返ってきた。
クリスティアの誕生日も無事に過ぎた年末。明日は同級生で遊ぶ日かとスマホに登録したカレンダーを見て思っていればぱっと画面が変わった。それを捉えたクリスティアがすぐさま手を伸ばしたのをかわし、応答ボタンを押してからスマホに耳を当てれば。
その声は、こちらに来てからもよく手紙を送ってくる今回の俺の義姉・エイリィ。
生粋のフランス人で彼女自身恋人もいるのだが。
「可愛くないと言われても恋人優先のはずのフランス人がこうも義弟に頻繁に連絡をしてくると思わないのだから仕方ないだろう」
《それはあくまで一般的っ! 誰も彼もが当てはまると思わないで!》
おいクリスティア、小声で「一般的じゃないなんてリアス様みたーい」とか言うな。聞こえているからな。
余計なことを言う可愛い恋人は頬を引っ張り咎めてやり。
恨めしげに睨んでくる目はスルーして、言葉は義姉へ向ける。
「で? 用件は。誕生祝いなら当日に手紙とプレゼントを贈ってきただろう」
《きみがなかなか返事をしてくれないからこうして電話にしてきてるんでしょ!》
日記同然の手紙にどう返信しろと?
二、三ヶ月に一度送ってくるがお前一度も「最近どう?」だとか聞いたことないじゃないか。延々と恋人のセフィルとこんなとこ行っただとか今日の花がきれいだったとか返信に困るものばかりじゃないか。
「……返信が欲しいならもう少し返しやすい文章にしてくれないか」
《きみたちも同じように返せばいいんだよ?》
「生憎日記を書く習慣はなくてな」
クリスティアが自分も話すと手を伸ばしてくるがいったんかわし。
「こちらに付きっきりだとセフィルが拗ねるぞ」
《今日は夜からデートだからいいのっ》
「ならさっさとめかしこめよ」
《まだ時間あるからいいんだよっ! それよりも手紙の返事が全然ないからきみたちのこと全然知れてなくて寂しいのっ!》
それを手紙で言えよ。
その言葉はすぐさま彼女の言葉が続いたので飲み込まざるを得なかったけれども。仕方なく耳に届く質問に答えていくことにし、恋人もそろそろ我慢の限界だろうからスピーカーに切り替えてスマホをテーブルに置いた。先ほどより大きくなった声で明るく聞いてくる声に答える。
《日本だと歳の数え方違うんだよね? クリス何歳になったの?》
「じゅうろくさーい…」
《わぁクリスっ! お誕生日おめでとう!》
「ありがとー…」
《一月になったらガレットも送るからたっくさん幸せになってね!》
「うんっ…」
ということは俺が甘さで死にそうだな。来るガレット尽くしに双子を必ず呼ぶと密かに心に決めた。
《夏には海も行ったんでしょ? あとそっちは秋にブンカサイっていうのもやるんだよねっ。楽しかった?》
「とっても…」
「楽しかったが何故あんたが夏の旅行を知ってるんだろうな?」
《ふっふっふ……きみが連絡くれないことを見越して、カリナが写真付きの手紙くれるんだよっ!》
もはや手紙を送らなくてもいいと思うのは俺だけだろうか。
「カリナから行っているなら十分じゃないか」
《私はきみたちから聞きたいんだよーっ! ハロウィンはお友達とパーティーしたんでしょ!? ゴールデンウィークだってきみたち幼なじみで泊まりしたって言うじゃない!》
情報がとんでもなく漏れている。
とりあえず報告の手間が省けたのを喜ぶべきか、そろそろあの女をとっちめるべきかは後で自分の中で協議するとして。
悲しそうに俺達から聞きたかったという義姉に、謝罪の言葉を落とす。
「……悪かったよ、連絡無しで」
「次は、お手紙書くって…」
「そこまでは言っていない」
《本当っ!?》
「おい言っていないからな」
《わぁ楽しみにしてるね!》
「……何故俺の周りの女は話を聞かない奴ばかりなんだろうな?」
「リアス様がなんだかんだちゃんとやってくれるって知ってるからだよ…」
自分の甘さについても一旦協議する必要があるかもしれない。
なんて馬鹿なことを考えている間にも、エイリィは楽しそうに話していく。
《ほんとなら手紙じゃなくて直接逢っても話したいんだよねっ。クリスティアにも逢いたいし! 結局今年のブンカサイには行けなかったしー》
「来るつもりだったのか……」
《セフィルの絵画展が入らなければ二人で行く予定だったんだよっ! どうしてもそこに入っちゃって……セフィルも悔しがってた!》
紡がれていく言葉に、膝の上の恋人がそっとこちらを向く。目を見やれば、蒼い瞳は「来て大丈夫?」と言いたげ。
まぁ来られても正直困りはする。
フランスのクロウ家と言えば世界的に有名な研究者・ハイゼルの家。異種族との仲介に関する研究を主にし、笑守人で試験的に使われている異種族翻訳イヤフォンの開発者でもある。
義理とは言えその息子が通っているとなれば面倒なこともあるだろう。向こうの学校で何度も面倒を被ったのでできればバレることは避けたい。こちらで日本名で通しているのもその理由のひとつ。
けれど、エイリィを無碍にできないのも本音である。
何の因果か、俺は昔から世話になるところでも家族関係がよろしくない。とくに父親とは。他の家族もその父に倣って扱いが雑になるのが今までだったけれど。
今回のエイリィに関しては驚くほど俺に家族として好意的で、世話にもなっているのであまり無碍にはできない。
向こうではクリスティアの面倒も見てくれて、というかクリスティアとやけに遊びたがり、将来は自分の義妹だと謎の自信を持って可愛がり。
他にも、俺が義父から逃げたい時は部屋に匿ってくれたり、自分が怒られるかもしれないのに逃がしてくれたり。
この日本での生活も、名前も。彼女が後押ししてくれたから成り立つもの。
だから。
騒がれると面倒だということを知っている恋人には頷き、そっと頭を撫でて。
「……来ることは構わないが、せめて日本語くらいは覚えておいてくれ」
こうして甘くなってしまう。
つくづく人に甘いと思うが、愛しい恋人の口角が上がったので良い回答だったと自分に納得させる。
《今セフィルと勉強中だよっ♪ 逢ったときにはびっくりするくらいぺらっぺらになっちゃうんだから!》
「それはそれは楽しみだな」
笑って、一度画面の時計を見やる。時刻は十六時。夜から出かけるのならそろそろ頃合かと、声を発しようとしたとき。
ちょうど同じタイミングで言葉を発したのは画面の向こうのエイリィ。
《ねぇ?》
「なーにー…」
クリスティアの声に、ほんの少しだけ彼女は黙る。割とはっきり言うタイプの義姉が言いづらそうにするときは、だいたい家の事だろうと短い年月でわかっていた。
「……家にあまり帰りたいとは思わないが?」
《そー、だよねー……》
先手を打って言えば、やはり家のことだったようで。苦笑いのような声が返ってきた。多少心は痛むものの、帰りたくないというのも本音。
エイリィには逢いたいと思うが、義父には逢いたくない。
「……義父に逢わないのであれば構わないんだがな」
《うーん……》
心配そうにこちらを見上げてくるクリスティアには大丈夫だと伝えるように頭を撫でる。
擦り寄って首に腕を回してきた恋人のされるがままになりながら、電話の向こうに続きを促した。
「何か用事でも? 話ならこうして電話でまた聞くが」
《その……》
妙に歯切れが悪いな。
まさかその件の義父に何かあっただとかか?
例えば体調を崩しただとか。
──いやいやいや。
自分の考えにはすぐさま心の中で首を振る。
研究に没頭して四、五日くらい徹夜しても平然としている奴だぞ? 義母が寝た方がいいんじゃないかと言っても全く聞かず、言ってしまえばそのまま外に元気に資料集めに行くような奴が?
あぁでもそういう奴ほどぽっくり逝くというのもあるのか。
好きではないが拾ってくれた恩がないわけではない。それなら必要ないだろうけれど顔を見るくらい──。
なんて、思考が勝手に飛び始めたところで、エイリィの声がかかってそれが中断された。
《け、結婚を!》
「義父が?」
《違うよっ!!》
思わず頭で義父を考えていたのでとんでもないことを言ってしまった。俺に抱きついていたクリスティアがばっと体を離して信じられないと言った様子でスマホを見ている。勘違いだからなクリスティア。
《ママがいるでしょっ!!》
「もうひとり…?」
《もう一人ってわけじゃないけどパパの第二の恋人は研究っ!!》
「三人目か……」
《もーっ!! 二人とも意地悪しないでよっ!》
途中からの悪ふざけにはこちらでクリスティアと笑って、電話越しでもわかるくらい照れて怒った様子のエイリィへ。
「結婚をすると?」
《……考えては、いるの。セフィルと》
「手紙には書いてなかったね…」
《きみたちには直接言いたかったの!》
それでね。
《できれば、やっぱり、大好きなきみたちにも、結婚式とか、見て欲しいな、って……》
歯切れ悪く言う言葉に、思わず視線が行くのは目の前の恋人。
けれどとくに気にした風でもなく、クリスティアは頷いた。
「エイリィ、絶対きれい…」
《ほんとっ? あっ、でも来れそうにないならもちろん写真送るだけとかでもいいの! エシュトっていろいろ忙しいんでしょう? そういうのもあるし、もちろんリアスがイヤっていうのも知ってるし、できたらってことで》
「……」
再びこちらを見上げてきた少女に、返答が詰まる。
家は確かに好きではない。下手をしたらクリスティアだってあいつの研究対象にされるし、そもそもあの義父はどうも好きにはなれない。
けれどエイリィの見送りがしたくないわけではない。
世話になっているのはもちろんのこと。
たった一度の晴れ舞台を愛する者に見て欲しいという気持ちは、痛いほどわかるから。
ただ多少なりとも目の前の少女が気がかりなのも確かで。
すぐさまイエスと言い切れない。
とりあえず、ずるいとはわかっているけれど。
「……予定が合えば」
いつもの確定ではない言葉を返答として送った。
《ほんとっ? 日本だと一番長い夏休みあたりがちょうどいいのかな》
「多分な」
《じゃあ予定も組んでみるね! 日程ある程度絞れたら手紙出すから! 今度は返信してねっ!》
「今度は返信しやすい形にしておいてくれ頼むから」
こいつの場合絶対に日記調にしそうだけれども。
ひとまずわかったと言葉はもらったので、息を吐いてソファに背を預ける。
再度時計を見て、今度こそ。
「……そろそろ準備をしないと行けないんじゃないのか」
《えっ、わぁほんとだ! ありがとうリアスっ! クリスも! お話しできて楽しかったよ!》
「わたしも…デート楽しんできて…」
《うん! きみたちもここからの二人の時間楽しんでねー!》
そう言って、ぷつりと電話が切れた。
「まるで嵐だな……」
「いい嵐…」
「お前がいいならいいんだが」
スマホの電源を切ってから再びソファに背を預け、膝の上で俺の髪をいじり始める恋人を見やる。
少女のような彼女は久々にエイリィと話せて嬉しい様子。それはいいんだけども。
また何かあればこちらから連絡してもいいかと思うんだが。
蒼い瞳に疑問をこぼす。
「……いいのか」
「なにがー」
「結婚式」
昔やりたかったそれを、目の当たりにするのは大丈夫なのかと、目で問う。
それなりに人生をこなしてきて兄妹ができることも多かった。
ただ歳が近かったり、すでに結婚してるくらい離れていたりというのがあって、結婚式を目の当たりにするというのは今までに一度もない。
ないというのか、無意識に避けていたというのか。
自分達がやりたかったそれを、特に愛を伝えられない彼女に見せたくなくて。
けれども目の前の恋人はきょとんとした顔で俺を見る。
大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、俺の疑問がいまいちぴんときていない様子。
「……結婚式を見ることは辛くないのかと」
「なんでー」
「やりたかっただろう」
それは俺もだけど。
水色の髪をいじりながら言えば、恋人はするりと俺の手から抜けて自分から抱きついてくる。
「わたし、」
それを抱きしめ返しながら、彼女の答えを聞いた。
「ヒトの幸せがイヤなわけじゃないよ」
迷いのない声に、心が溶かされて自分の浅ましさが見えた気がした。
「…リアス様が大切だと思う人が幸せになること、わたしはつらいとは思わない…」
むしろ幸せなことでしょう?
耳に落ちる優しい声に、愛しい恋人を抱きしめる。
「それに、現代の結婚式って、次はあなただよっていう風習もある…」
「……」
「次はわたしたちかもしれないね」
なんて。
叶うかもわからない「明日」を笑って言うから。
彼女は本当にかっこよくて強いヒーローだと、思わず笑ってしまう。
「……悪い」
「…」
「行きたくない理由をお前にするところだったな」
「ううん…」
抱きしめ返されて、彼女の肩に体重を預けた。
そうして、優しい声で。
「お見送り、ちゃんとしようね…」
リアス様のことを大切にしてくれた、大事な人だから。
そう言う彼女に。
俺にとっても、クリスティアを大切にしてくれた大事な人だからと。
「……あぁ」
約束が苦手なくせに珍しく、すんなり頷いて。
できれば生きているうちに彼女を見送れるようにと、届くかわからない思いを心の中で義姉に送っておいた。
『エイリィとの電話』/リアス
なんだかんだ楽しかった同級生と遊んだ日から数日経って、大晦日。
「……」
基本的にはこういう日ってばたばたしているんだけれども。
俺は優雅に雫来から借りたゲームに勤しんでいる。
家の人たちからは一応ご実家でどうのこうのとは言われたけど、せっかく日本にいるし、どうせあのカップルたちは帰らないだろうし。夏休みにも帰ってるので、大事な幼なじみたちと過ごしたいと言えば特に反対もなく。
グレン家の子息としては大変穏やかに年末を過ごさせてもらっている。
たぶんカリナも同じなんだろうなとボタンをポチポチ押しながらストーリーを進めていった。
今回雫来から借りたのは恋愛ゲーム。しかも男を落とそうみたいなやつ。いや俺男なんだけども? とは言ったものの、雫来による「このキャラのこのストーリーがとてもおもしろくて!」っていう弾丸プレゼンに負けてしまいこうして進めていまして。
率直な感想を言えば、大変おもしろい。
病弱な主人公(女の子)が運命のヒトを捜してーみたいなちょっとありきたりな設定だけれど、落とすキャラクターによって微妙に設定も変わるし、ちゃんとそれぞれのストーリーがしっかりできてるので読み応えがある。
これは小説とか好きなあのカップルたちもハマるのではと密かに勧めることを決意しつつ、ゲームのBGMを聞きながらじっくり読んでいると。
イヤホンの外から、遠くでインターホンが鳴った。
普段なら気にも止めないけども、今は年末。あれもしかして親戚泊まりに来るとかってあったんだっけ。うわそうしたら年始からめんどうじゃね。明日はカップル宅に行く予定もあるんだけど。親戚となると子息はとくに離してもらえないことが多い。
まだ誰が来たかもわからないのに顔がどんどんめんどくさそうになってく。一応すぐ逃げられるように聞いといた方がいいかな。
そう思って、ちょうどキリもいいのでゲームはセーブ。雫来にはあとで途中経過を送るとして。
ゲームをベッドの上に置いて、そのまま寝転がって目を閉じた。
玄関の方に意識を向ければ、さっきよりも音が大きく聞こえる。
聞こえた声は義母さん。
「いらしてくださってありがとうございます。お待ちしておりました。よければお顔をお見せになってきては?」
これは義父さんの仕事関係かな?
と思ったのも束の間。
「ご学友ですよね」
続いて聞こえた義母さんの声に飛び起きる。
ご学友??
え、義父さんってまだ学生だったっけ? いやいやいや。今年で──あーーいくつだったっけ覚えてねぇや。いやでも明らかに大学も何もかもゆうに越えたはず。
あ、待ってこれはあれだ、”元”ご学友ってことかな?
そうだよね、心なしか二人っぽい足音が俺の部屋の方に来てるのは気のせいだよね?
義母さん、義父さんの部屋はもっと手前だぞ。
おっとなんで俺の部屋の前で止まったの??
え、義母さんが親しい俺の学友って誰??
ベッドで硬直しながら、ノックの音にはきちんと返事をして。
その扉が開くのを待つ。
がちゃっと開いた扉の先にいるのは。
「……祈童」
「やぁ波風」
いつもの黒い服とは違う、白い神主姿に身を包んだ祈童だった。
え、祈童なにしてんの??
「俺のあの、呪いの人形たちはもう離れてったけど?」
「安心しろ、そもそも僕はそういった祓いはできないな!」
自信もって言うことじゃない。いやヒューマンだからってのも知ってるけど。
なんでって答えは本人からはすぐにもらえそうにないので、困ったように義母さんを見たら。「知らない?」って言われたので頷く。
「ではそれも含めてお願いしますね祈童様」
「承りました」
「え、嘘でしょ待ってよ」
けれど伸ばした手は虚しく。義母さんは笑って部屋を後にする。
「えーーーと」
残った祈童に目を戻して、どうしようもできないでいると。
祈童は仕事用なんだろう、いつもとはちょっと違う大人っぽい笑みで笑って答えをくれた。
「”祓い参り”、というものだ」
「祓い、参り?」
「まぁ実際”祓う”というとまた違ってくるんだけどね。祈童神社の者が総出で祈りを捧げに来る風習だ。長年生きているのに初めてか?」
「祈童神社の近くにいるのが初なもんで……」
そうかってとくに気にする風でもなく。とりあえず立ってるのもなんなのでと手招きすれば、祈童は部屋に入って来て近くのイスに腰掛ける。
「まぁ簡単に言えば、祈童の者が年末に各家庭を回って、今年の感謝と来年の幸福の祈りをかけるもの。祈童はもっとも神に近い家らしいからね、なかなか効果が高いらしい」
「で、うちは祈童が担当ってこと?」
「いや、本来は僕ら未成年が祓いに参ることはほとんどないんだ。大人の仕事になるからね」
そう言われて当然出てくるのは、
「じゃあなんで祈童ここにいんの?」
もちろん祈童も予想してたらしく、肩をすくめて笑った。
「僕は家の仕事が好きでね、よく手伝わさせてもらっているからこれも勉強にと誘われて」
そしてもう一つ。
「大層過保護な学友がいるからそこの家と、だったらついでと言うとあれだが、僕の友人たちは自分で行かせて欲しいと」
「うちの過保護が申し訳ない」
「もう慣れたさ。おかげで毎日楽しいよ」
「それならいいんだけれども」
後ろ手をついて苦笑いをこぼせば、祈童は立ち上がる。
「というわけでだ、もれなく僕の友人認定されたお前のところもこうして祓い参りに来たわけだが」
「なんか俺がすることある?」
「いいや、基本は家の中心で祈りを捧げるだけだから本来はない」
けれども、と。
言いながら、俺に近づいて。
そっと、神主姿の祈童がひざまづく。
思わぬ行動に止まってしまって、身動きがとれなかった。
そっと目をあげた祈童の顔に、ほんの少し、目が見開く。
「個人的に”君の”祓い参りをさせてもらおうと思ってね」
言い方も、いつも通りのはずなのに。
どことなく。
主のセイレンを思い出した。
「……」
「波風蓮」
「っ」
名前を呼ばれて、すっと背筋が伸びる。
目の前のヒトは変わらず。愛に満ちた笑みで俺を見た。
そうして、まるで”最初”のときのように穏やかに紡いでいく。
「今年、君と出逢えたことに感謝する。そして来年も」
──どうか、この先の未来も。
「君に、君たちにとって、幸あらんことを。心から祈ろう」
まっすぐ向けられた目に。
「……ぁ、りがとう、ございます」
思わず敬語で言葉が落ちる。
それを聞いた祈童は、ふっと。
何かが抜けたように、いつも通りの笑みに戻った。
「まぁこんな感じの祈りを家の中心で捧げるわけだ。この家の中心にあたる場所に案内してもらっても?」
「え? あ、あぁ、うん、おっけ」
あれが仕事スイッチだったのか、それともほんとに一瞬何かを降ろしたのかはわかんないけど、立ち上がって歩き出す祈童には聞くタイミングもなく。
つられるように立ち上がって。
「……?」
包まれるような愛情に不思議な感覚を覚えながら、祈童を連れて家の中を歩き出した。
♦
「ありがとね祈童」
「あぁ」
それから家の中心で祈りを捧げてもらって、もう少しだけ談笑して夕方。そろそろと立ち上がった祈童を見送るため玄関へやってきた。
「だいぶ引き留めちゃったけど、この時間から他のとこも回んの?」
「いや、後は愛原と炎上カップルのところだけだ」
「そ」
「とくに炎上のところは入るのが難関そうだからな!」
「うちの過保護が申し訳ない」
笑って、それじゃあと言う祈童に頷く。
歩き出そうとした友人に、この数時間を思い返して。あぁそう言えばと思い至り。
「祈童」
足をあげかけた祈童を呼び止めた。
「どうした?」
「今までの年末は、幼なじみとか家の人間と過ごしてたけど」
こんなに長く生きてきてきっと初めて。
「友達とこうやって過ごすのも、結構楽しかったよ」
思ったことを素直に言えば。
祈童の口角があがっていく。
「来年は同級生全員で年越しだな!」
「まじかよ、泊まり必須?」
「プチ修学旅行みたいなイメージで」
「うちの過保護は行かなさそうだしね」
まぁそれもありかななんて思うのは、この半年でほだされてしまったからか。それにもまぁいっかと思う自分がいて、奥にいるもう一人のような自分が笑う。
どうせあと二年くらいの付き合いのくせに。
悪魔みたいな声は、耳がいいくせに聞かないフリをして。今度こそ歩き出した祈童に意識を向ける。
「なんだっけ、良いお年を?」
「あぁ、良いお年を!」
その笑顔にふっと顔がほころんで、普段とはちょっと違う背中を見送る。
門から出た直後、こっちを振り返って手を振る祈童に手を振り返して、その背中が見えなくなるのを見届けた。
体が案外冷えてたって気づいたのは見送りきって家に入ってから。
柄にもなく結構楽しんでるなと苦笑いをこぼして。
もう一人の友人から借りたゲームを再開しますかと、部屋へと戻っていった。
祈童本人が祓い参りに行ったのは俺たち幼なじみだけだと知ったのは、まだ先の話。
『祓い参り』/レグナ