未来へ続く物語の記憶 January-I

 恋人はいつだって可愛いが、クリスマスと正月の寝起きは特に可愛い。

 いつものように彼女より先に起きてその蒼い瞳が開かれるのを見守る。ときおり頬を撫でてやればくすぐったそうに身をよじった。それに笑みをこぼしてから。

「クリスティア」
「んぅ…」
「起きろ」

 やさしくやさしく声を掛け、起床を促す。

「んん…」

 俺の呼びかけに、まるで反射のようにそのまぶたはそっと持ち上がっていく。

「クリス」
「ん…」
「おはよう」
「んぅ?」

 可愛いうめき声に笑いそうになりながら髪を撫でてやれば。

 普段寝起きが悪い彼女は数度ぱちぱちとゆったり瞬きをして、今日が何の日か気づけば瞬きと同じようにゆったり起きあがる。

 恋人がするであろう行動に俺も合わせるようにベッドに足を上げた。

「りあすさま」
「ん」

 眠たそうにしているクリスティアはきちんと正座をして、ちょこんと両手を膝に乗せる。

 そうして眠たそうな声で。

「あけまして、おめでとー、ございます」

 きちんと新年の挨拶を口にしながら俺にお辞儀をする。そのまま眠るんじゃないかと思うくらいこてんと頭を垂れる姿に顔の緩みは止まらない。
 毎年見れる可愛い姿を目に焼き付けながら、彼女に挨拶を返すことも忘れない。

「明けましておめでとう」
「ことしも、おねがいします」
「こちらこそ」

 頷いて手を広げてやれば。

 それを捉えた恋人は大層幸せそうに破顔して俺に抱きついてくる。寝起きでいつもよりほんの少しだけ上がっている体温が心地良い。今年最初のハグをして、彼女の匂いを肺いっぱいに吸い込み。

 腕の中でこくりこくりと船をこぎ始めている愛しい恋人の背を叩き、再度起床を促した。

「そろそろ起きろ」
「もうちょっと…」

 甘えた声に負けないように自分には心に鞭を打ち、手は優しく彼女の背を打つ。

「午後にはレグナ達も来る」
「んぅ…」

 けれど未だ起きそうにないクリスティア。恋人から時計に目を移せば午前九時。さすがに起こしてやらねばなるまい。もう一度恋人を見て。

 正月にだけ使える取っておき。

「星繋ぎをするんだろう」

 そう、言えば。

 船をこいでいたのが嘘のようにかっと目が開いた。
 相変わらず可愛い奴めと微笑みながら、何度目かわからないが背を叩いてやる。

「うちでも準備をするものがあるんじゃないのか」
「ある…!」
「出迎えの準備もしなければな?」
「うん…!」

 子供のように従順な恋人をうまくコントロールしてベッドから追い出し、先ほどと打って変わってうきうきとしているクリスティアに手を引かれながら部屋を後にして。

 これから来るであろう幼なじみ達を出迎える準備を始めた。

 そうしてクリスティアと共に星繋ぎの準備をして、午後になる前にやってきた双子を出迎えたわけだが。

「……年々豪華になっていないか?」

 主に幼なじみ双子の妹が持ってきたものに今年も顔が引きつっている。

 星繋ぎとは、願いを描いた紙に糸を通して空に掲げる日本特有の正月遊びである。星に願いをというようなコンセプトで、掲げた願いが叶うんだとかどうとか。

 昔カリナがやろうと言ってから、クリスティアも気に入り以降は日本以外でもやっていたのだが。

「今年はスパンコールまで持ってきちゃったか」

 星繋ぎに使う装飾品が年々豪華になっている。何故スパンコール。

「今年はちょっときらきらに挑戦をと」
「願いを書く場所あるのか?」
「普通に考えれば願いを書いたあとにスパンコールなどで飾るでしょうよ」

 普通に考えればスパンコールなどは飾らないと思うんだが。

 すでに願いを書き始めてるクリスティアはご満悦そうなのでいいけども。

「あまり重くすると上手く飛ばないんじゃないのか」
「お兄様がいらっしゃいます」
「ズルする気満々じゃん」
「星に願いを届けたい妹のこの気持ちはずるではないはずです」
「その気持ちは立派だが願いを届けたいならもっと軽くしろ」
「きらきらしていた方が星も気づくでしょう?」

 奴らには目でもあるのか??

 もう正月のこいつには話は通じまいと心の中で納得し、視線は愛しい恋人へ。
 こんな馬鹿な会話の中でもクリスティアは一心に星型の画用紙に願いを書いている。気にしない力は今年も顕在かとこちらも馬鹿なことを思いながら、その頭を撫でてやった。

「なーにー」
「願い事は何を書いたのかと思ってな」

 適当に言葉を返してやれば、クリスティアはぱっとこちらを向いた。

 そして、なかなか気づかれにくいがその口角を上げて。

「ないしょ」

 なんとも可愛らしい言葉を返してきやがった。毎年恒例だとわかってはいつつ、これを聞きたくて毎回何を書いてるのかと聞いてしまう。愛しい恋人のことは強く抱きしめ、そのまま膝の上へと移動させた。

「クリスティア天使……」

 目の前で鼻を抑えている馬鹿な幼なじみも毎年恒例なので放っておくとして。
 俺達に願いが見えないように必死に隠しながら書く恋人に頬を緩ませながら後ろに手をつく。いつもなら抱きしめて肩に顎を乗せるが、今日は無粋だろうとやめておいた。

 彼女が書き終わるまで、幼なじみ達で正月の話題へ。

「そういや年賀状来た?」
「ほとんど知り合いもいないここに来るとでも? お前らは家の関係上来るだろうが」
「向こうではあなたも結構なお家柄でしょうよ。それこそクリスティアのご家族とか」
「年賀状を送り合うということも知らないだろうな」
「教えてやんなよ」
「どうせ明日以降から年賀状代わりのガレット祭りだ。必要ない」
「あぁー」
「それは我々もおつきあいするものですよね?」
「当然だろう?」

 頼むぞと笑ってやれば何度かそれを経験している双子は苦笑いをするも頷いたので言質は取ったということで、話は双子の家の方へ。

「お前らは正月、家の方どうなるんだ」
「三が日は特に何もって言われたかな。そこは日本ならではなちょっとゆったり家族でどうぞみたいな」
「ただ四日目からが地獄ですね、新年会祭りです」

 正月に帰国する身内のもてなしだとか、親しい家との新年会だとか、夏休みにもあったであろう多少でかい規模での新年会パーティーだとか。聞いただけで同情の念が湧く。

「……連絡をくれれば家は開ける」
「ガレット祭りの際は無理にでもお伺いしますわ」

 これは今年は四人そろいつつも比較的静かな正月になりそうだと確信した。その静けさは仕方ないとはいえどつまらないなと思ったのは内に秘め。

「できたー…」

 ちょうどクリスティアの願掛けが終わり、とりあえずは先のことより今を楽しもうかということで。
 願い事をさりげなく紙で隠しているクリスティアへと全員意識を向けた。

「ではここからは私の出番ですわ!」
「ほんとにスパンコールとかそのフリルとかつけんの?」
「もちろんです。完成をお楽しみにしてください」
「飛ばなかったら覚えてろよ」
「ちょっと物騒なこと言わないでくださいよ。大丈夫ですって」

 小さい声で「検証済みです」とか聞こえたぞ今。お前どんだけ用意周到なんだよ。準備万端にしたくなるのもわかるけども。

 星に装飾を始めた女からクリスティアへ目を向けると。

「♪」

 恋人はうきうきとした様子で星がめかしこまれていくのを見ている。これを見てしまったらもう頑張るしかあるまいと思ってしまうのは甘すぎか。

「かわいくしてねカリナ…」
「お任せ下さいな! 少々お時間は掛かりますけども」
「んじゃクリス、その間にマシュマロのお雑煮食べる? 作るよ」
「食べる…!」

 そんな恋人の意識はすぐさまレグナの方へ。親友を追って俺の膝から立ち上がりキッチンへと追う彼女を見届けてから。

「……メイクアップは見せなくてよかったのか?」
「そんなところも愛しております」

 若干歯ぎしりが聞こえるがこの幼なじみも大層恋人には甘いと知っているので、「そうか」とだけ返しておいた。

 代わりと言ってはなんだが俺がそのメイクアップを見届けていたんだけれども。

「……星じゃなくて星人だったのか?」

 できましたと俺に突き出してきたのを見て第一声がそれである。

 黄色の星型の画用紙。
 クリスティアが願いを書いた中央は大きなリボンが貼られ、その下には服かというようなフリルやら布がドレスのように広がっている。律儀に腕と思われる部分から星のトゲまで出して。そのドレスにはこいつが持ってきたスパンコールが散りばめられ、頭をイメージしたらしい上のトゲにはひらひらとビニールテープ。おそらく髪の毛。

 星もびっくりすぎるだろ。

 しかもだな。

「……お前この願い確認するとき服脱がせないとダメじゃないか」
「ハレンチですわリアス」
「構造的にどう考えてもその考えに至るわ」

 見ろレグナの顔。「やったなこいつ」という顔してるぞ。
 これは恋人的にも大丈夫かと、俺の膝上に戻りマシュマロ雑煮にがっついていた恋人へ目を向けた。口に含んだマシュマロをもしゅもしゅと食べながら彼女はその星人を見ている。

 そうして、こくんと飲み込んでから。

「かわいー」
「さすがクリスティア!」

 お気に召してしまった。

 いいのか? 星もびっくりするようなこれでいいのか?

「クリスのかわいいは相変わらずわかんないわ」
「同感だな」
「かわいーじゃん…」

 どこが? という顔がわかったらしくクリスティアは頬を膨らませ、星を手に取った。

「洋服着てるのがかわいい…」
「自信作です」
「すてき…」

 うちの女共の感覚が心配になる。

 けれども彼女らはうっとりとその星人を眺めていた。こはもう手遅れだなと親友と頷き、クリスティアの腹に回した手で恋人を促す。

「そろそろ揚げないか」
「今の風ちょうどいいかもよ」

 お前そんな風読む力ないだろうということは秘めておいて。
 男で揃って言ってやれば、クリスティアの気はすぐにこっちへ向く。ぱっとこちらを振り返った少女はこくんと可愛く頷き立ち上がってベランダへ。俺達も立ち上がってそれを追った。

「♪」
「今年は餅つきはしないの?」
「クリスティアがやろうとするから困る」

 正確にはやろうとして結果的に臼を壊すから大変困る。木くずだらけの餅はもう勘弁願いたい。さすがに正月早々骨は折られたくないので言わないけども。察してくれた親友は「あー」とから笑いしてそれ以上口を閉ざした。

「さぁクリスティア、高く高く舞いあげましょうね」
「うんっ」

 肌寒く感じる外へ出れば、一足先に準備を整えたクリスティア達が星を揚げようとしている。
 風はレグナの言う通りちょうどいい。

「よく揚がるかもな」
「揚がんなかったら風で押してあげるから任せて」
「ああ言っておきながら自分もずるする気満々じゃないか」
「俺は別にダメだなんて言ってませんー」

 都合のいい親友に笑って。

「行きますよー!」

 カリナの掛け声でそっと放たれた星を見る。

 洋服を着たようなそいつは風に乗って少しずつ空へと向かっていった。

 願い事は毎回教えてはくれないが、何を書いたかなんてわかっていて。

「今年も届くといいね」

 同じくわかっている親友の言葉に。

「……そうだな」

 どうか少しでも長く、その願いが叶い続けるようにと願いを込めて。

 空へと消えていく星を見送った。

『星繋ぎ』/リアス


 男として生まれるというのは、正直な話面倒なことも結構ある。

 とくに。

「そろそろ見合い話なんてどうだ」

 養子とはいえど、その家の長男という立場なら。

 いわゆる家族団欒のひととき、俺の一番嫌いな時間に嫌いな言葉を言われて、世話になってるにも関わらず嫌な顔を隠さずに溜息を吐いた。

 正月と言えば、家族揃って過ごす数少ない日でもある。うちでは財閥のトップである義父が家で過ごせる数少ない日。
 本当なら元旦に家族三人で食事会、という予定だったんだけれども。俺にとっては幼なじみと過ごす方が大事なので一日だけはお断りしたところ、こうして三日の日の夜に食事会になり。

 金持ち特有の長いテーブルの向こうにいる義父に、申し訳ないことに顔が変わってしまう。

「お前もいい年になるだろう?」

 うわこれ大昔言ったわ。あの頃のリアスにごめんと心の中で謝りながら、目の前のサラダに手をつけた。

「……見合いとかはする気ないんで」

 そもそも。

 義父さんが口を開こうとした直前に続ける。

「今は大卒の方がいいのでは?」
「何も高校卒業後すぐに結婚なんて言ってないさ。せめて許嫁でも作ったらどうだと、グレンの当主からも言付かっている」

 うわ超作る気ねぇわ。
 許嫁とかリアスとカリナのハプニングで十分だわ。やっべ思い出したらちょっと笑いそう。とりあえず嫌な顔からは脱出できたということで、笑みはそのままに。

「お断りしたいです」

 肩を竦めて困ったように言った。そうなれば当然返ってくるのは。

「蓮、他に気になる方でもいらっしゃるの?」

 こういう言葉。なんで断ったらイコール他にいるとでも思うかな。こちとら作る気すらねぇわ。
 顔は崩さずに首は横に振った。

「今は学業に専念したいんで」
「気持ちは立派だが、せめてお逢いするだけでもどうだ? いくつか話が来てるんだ。とくにフランス側だが」
「その逢ってる間に勉強が遅れたら困ります。幼なじみや同級生達のように共に学ぶわけでもない」
「けれど——」

 なおも続けようとした義父の言葉は、席を立って遮る。自分の口からはいつもより低い声が出た。

「……世話になるときに言ったはずです。過干渉はしない、そちらの事業も学ぶ代わりに好きにさせてもらう」

 とくに、

「そういった話に関しては、断る権利を予めもらったはずですが」

 しんと静まり返った部屋で、少し遠くの義父を見据えれば。

 若干納得は行かなそうだけど、何も言えずに黙ってる。

 だってそういう契約だもん。グレン家とも。
 そっちが望む経営だとかは言ってくれればなんでも手伝う、パーティーとかだってちゃんと出る。幸い学業は自由にしていいって言われてたから元からやりたかった医療中心に行かせてもらったけど、それだって最初は向こうが指定したものでもいいって言った。

 そしてその代わりに、幼なじみとの時間を優先させてもらうこと、そういう面倒な見合いとかを断る権利をくれることを了承してもらった。

 それを覆す権利は向こうにない。

「俺は別に恋愛とか結婚とかしたいわけじゃないんで。ゆくゆく必要だとしても自分で選ぶ」

 異論はと見つめれば。

 まだ、納得は行かなさそうだけど。

「……出過ぎた真似をした」

 引いてくれたので、いいえと笑って席について食事を再開。皿にとったサラダを食べながら、フォローも忘れない。

「俺の好みに合う人が現れたら、もちろん進んで恋愛くらいしますよ」

 なんて言えば二人は顔を見合わせて嬉しそうな雰囲気を出す。のちのちは跡取りだって必要だからそりゃそうなるよね。

 まぁどうせ、その跡取りは残念ながらできないんだけど。

 そんな人ができたら紹介してねだとか写真だけでも見てみないかという義両親の言葉は丁寧に断りながら、少しだけ味のなくなったサラダを飲み込んだ。

「はーー……」

 あれから学業はどうだとか笑守人では友達はどのくらい出来たんだとか散々質問攻めにあい、気疲れしてぼふんとベッドに倒れ込む。親ってあんな感じなのかね。グレンのとこでも学校どうだとか聞かれたな。

 今までがどちらかというといい環境にはいなかったので、調子が狂う。

 あぁでも王族のとこに拾われたとこは結構過干渉だったな。財閥特有なのか。

「……めんどくさ」

 目に入った枕元に置いてあるノートを手にとって仰向けになる。

 ぱらっと開いた中にはびっしりとした文字。数字が結構多いページもある。

 今までカリナを救うために作ってきた薬とかの調合メモ。

 どれも効果はなかったもの。ただ、これから先諦めるつもりは毛頭ない。

「……恋愛なんてこの先する気もないよ」

 たぶん来年再来年になればもっと聞いてくるだろうけど。

 進むにつれて俺はもっとする気はない。

 カリナを救うのに手一杯なんだから。

 まぁ、

「カリナを救える方法を教えてくれるなら、恋愛でも見合いでもしてやるけどね」

 なんて笑った矢先。

 文字ばかりのはずのノートにふっと光景が浮かぶ。

 夜みたいな黒い髪。きれいな着物。

 振り返ったその人の顔は、ぼやけて見えないけれど。

 まるで戒めるようにときおり浮かぶその光景。

 その想いにも、映った光景にも蓋をするようにノートを閉じて。

「……なんてね」

 誰に言うでもなく、呟いて。

 閉じたノートを本棚の奥にある部屋に戻しに行った。

『レグナにお見合い話』/レグナ


 お正月というものはなんて面倒なものでしょうか。

「華凜さん、今夜お食事でもいかがかな?」

 男性ものの香水の匂いを撒き散らす年上に。

「いいえ、僕と行きましょう」

 自分ならと思っているであろうちょっと年配な方。

「今日は星がきれいだそうで。ドライブにでもどうでしょうか」

 そして女性が好みそうなものばかりチョイスをしてくる見た目ダンディな方。

 見てくれは全員違えど、誰もが手に花を持っているような装いで私の前に現れる。

 それに、ため息を吐きました。彼らに半分。

 そして。

「お断りします、俺と先約があるんで」

 兄妹の癖に恋人面をする兄に半分。呆れながら、引き寄せられる肩に体重を預けました。

 ゆったりできる三が日が過ぎればある程度人々はいつも通りの生活に戻るというもの。うちも例外ではなく、今年も新年会パーティーに参加しております。そもそも三が日すらゆっくりできていないのですがそこは置いときまして。

 パーティーとは社交場。
 お仕事での関係を持ちたいというのはもちろん。

 こういった場で恋愛の縁、ゆくゆくは会社の縁を持っておきたい方もいらっしゃるわけで。

「「華凜さん!」」

 大企業の傘下とは言え、愛原家の息女である私にもお声がかかっております。
 お声は別にいいんですけれども。昔何回か貴族のお家にお世話になったこともあるしお話や交渉って私が受け持つので交わす術は身につけておりますし。

 ただね?

「……」

 うちのお兄様の殺気がたいっへん怖いんですよ。もうリアスに見せてあげたいくらい。普通は愛しい人に声がかかったらこんな感じなんですよって。我々兄妹なんですけれどもね?

「っ……」
「やばいって行こうぜ」

 しかし効果はてきめんなようで。
 お兄様がひと睨みすれば先程の男性たちも、そしてこちらにやって来たがっていた男性たちも去っていく。そりゃ去りたくなりますよね。

「……そろそろ真顔で目を見開いて牽制するのはおやめになったらいかがです?」
「気のせいだろ」

 その顔ですよその顔。
 けれどもお兄様は気にも止めない様子。離れていった男性陣に息を吐いて、近場のテーブルに置いてある飲み物の入ったグラスをふたつ持ってきました。手渡されたそれにお礼を言いながら口へ含む。ワインに似せたグレープジュース。喉が渇いていたのでちょうどよかった。

 喉を潤してから、未だ警戒するように周りを見ている兄へ。

「……怖い顔なさってますわよ」
「そりゃ妹に不埒なやつが近づくとなればそうなるでしょ」
「あなたのは過剰なんですよ」

 どこの世界に妹に手を出したら千本で刺そうとする兄がいますか。隣にいましたわ。
 転生直後は遠ざかるくせに傍にいればこうなる、相変わらずな矛盾さにため息は吐くけれど。

 別にお兄様だって好きで離れようとしているわけではないと知っているので吐くのは息だけにし。ちょうど舞台の方に人が上がってきたので兄の服の裾を引っ張る。

「あなたがお隣にいるので男性の方はもう大丈夫ですわ。ほら、気分転換にパフォーマンスでも見ましょう?」
「勝手に離れていくなよ」

 真顔で低い声やめてください。脅迫されてるみたい。

 身震いから逃れるように舞台を見ると。

「……あら」

 パフォーマンスをしてくれる方々、おそらく服装的にサーカス団なのでしょう。その中に、見覚えのあるピンクの子が——。

「美織さんではないです?」
「ん?」

 再度服の裾を引っ張りながら指をさせば、兄は話しかけてきていた女性をかわして同じく舞台を見る。女の子の声残念がってますよ。相変わらずおモテになることでなんて思いながらも顔はそのまま舞台に釘付け。

 何人かのパフォーマンスの方の中で、ペイントに合うようなピエロ衣装を身にまとっている美織さん。

「ほんとだ道化」
「道化師の家系ですし、パフォーマンスの依頼でもあったんでしょうかね」

 言いながら、こちらを見ないかしらと双子でじっと見つめてみます。

 けれども彼女はお仕事モードなのか、はたまた視線にはあまり気づかないタイプなのか。他の方と揃ってお辞儀をしました。

「ねぇ、もうちょっと前に行きましょうよ」
「いいけど」
「お隣の似ている方はご姉妹かしら」
「あの道化と逆のペイントの人?」
「そうですそうです。あ、ほら」

 少しだけ舞台に近づいている間に始まったパフォーマンスでは、美織さんと彼女に似た方がペアを組んでジャグリングをやっています。

「息のぴったりなところも見てこれは姉妹ですわきっと」
「そういや夏休みはお姉さんとサーカスの手伝いとか行ってたんだっけ」
「まぁ……玉乗りとかできるのかしら」
「リクエストしてみれば?」
「今日やらなかったらお願いしてみます」

 笑って、軽快な音楽と共にパフォーマンスをしてくれるサーカス団へと意識を向けました。

 美織さん姉妹のジャグリングはおそらくお姉様と思われる方に引き継がれ、彼女は四つのピンを軽々ジャグリングしていきます。
 一度離れた美織さんがさらにピンを持ってきて——

「すごいです蓮、六つです六つ!」
「道化もうちょい持ってきてるよ」
「八つになりましたよ! すごいです!」
「華凜さんもうちょい声抑えようか」

 これは興奮せずにはいられないでしょうよっ。

 そうして八つのピンを再び姉妹で分け、彼女たちは笑顔でもう少しジャグリングをし。

「「はいっ!」」

 それぞれ四つのピンを両手に乗せて、かわいらしくポーズ。直後に歓声と拍手が響きました。その中で私もぱちぱちと手を鳴らす。

「間近で見れるというのも楽しいですわね。刹那にも見せたいですわ」
「今度の自習期間にでも頼んでみなよ」
「えぇ!」

 今年度末にあるテストまでに交渉をと心に決め、彼女たちが去った後すぐさま始まった違うパフォーマンスにまた釘付けになる。

 手からどんどん花が出てきたり、美織さんではありませんでしたが玉乗りをしてくださったり。

 数々のパフォーマンスに子供のように夢中になり、何度もすごいですねと兄の裾を引っ張った。

「美織さん?」

 そのあとも美織さんが再登場したりして興奮しながらそのパフォーマンスを見届けたあと。

 きっといますからと兄を連れてやってきたのは控え室。
 ひょこりと顔を出せば、目が合ったその子はパァッと顔を輝かせました。

「華凜ちゃん! それに波風くんも!」
「やっほ、お疲れ」
「パーティーだからもしかしたらと思ったのだけど、ほんとに逢えて嬉しいわ!」
「私もです。それとパフォーマンスお疲れ様でしたわ。とても素晴らしかったです」
「わぁ本当!? 嬉しいわ!」

 駆け寄ってきて、ほんの少し汗ばんだ顔でかわいらしい笑顔をいただきました。それに笑ってから、一度申し訳なさに眉を下げる。

「すみません、お休みの途中でしたよね」
「いいのよ気にしないで! 華凜ちゃんたちこそ抜けてきて大丈夫だったの?」
「えぇ、むしろパーティーのときは抜けたいです」

 なんて言えば、当然ながら美織さんは首を傾げます。それに肩を竦めて、私の一歩後ろにいる兄を指さしました。

 すると彼女は「あぁ」と苦笑い。

「炎上くんも大概だけど、波風くんも過保護よね」
「違うと言っているのに周りの方が私に気があるといつも警戒するんです」
「実際気があるんだから警戒するのも当たり前だろ」
「ご自分へのご好意は気づかないくせに」
「あれはご機嫌取り」

 兄の目がおかしい。

 しかし言っても意味が無いというのはわかっているのでそこまでにし、美織さんににっこり笑う。

「というわけで、心配性なお兄様はパーティーだと機嫌が悪いので、こうして抜けてきたいんですよ」
「参加しないっていうのは無理なのかしら!」
「お家柄厳しいですわね」

 何分養子としてお世話にもなっていますし。そこは言わないけれども。

 厳しいといえば、未だピエロ姿の彼女は腕を組み何かを考えている様子。汗も引いてきたらしい彼女へ、ひとまず。

「美織さん」
「なにかしら!」
「こちらから来たわけですけれども、ここでお話してても大丈夫です?」

 ここ、と指をさしたところはちょうどドアのところ。

 首を傾げれば、彼女はぱちぱちと何度か瞬きをして。

 ぱっと後ろに振り向きました。

「ちょっと友達と話してくるわ!」

 すぐさま了承の声が聞こえたので、双子揃って一度中に礼をしてから一歩ずれる。

「飲み物とか飲みます?」
「いいえ、平気よ! しばらく休憩したら移動があるからここでも大丈夫かしら!」
「俺らはいいけど。移動の準備とか大丈夫なの?」
「もちろん! 予め準備してるもの!」

 笑ってから、美織さんは続けます。

「波風くん!」
「はい」
「要は華凜ちゃんに悪い虫がつくのが嫌なんでしょう?」

 一瞬びっくりしましたが、要はそういうことですよねと兄を見ると。

 兄も少し驚いたようにぱちぱち目を瞬かせてから、我に返って頷きます。

「まぁ、そうかな?」
「ほんとは雪ちゃんの方がいい案浮かぶと思うのだけど、ひとまず!」

 びしっと指を突きつけて。

「華凜ちゃんに恋人がいるって言っていけばいいんじゃないかしら!」

 まぁ名案。

 なんて思ったのもつかの間。

 兄妹揃って思い切り首を横に振ってしまった。

「道化、普通なら名案だけどうちじゃそれはやばい」
「あら?」
「ご想像ください美織さん、名家の息女に恋人がいるなんてあったら業界で大騒ぎです」

 家の人に理解はあってもパーティー行く度に逆に面倒すぎる。

「それに意外と恋人がというだけでは落としにかかってくるものですわ」
「フィアンセとか!」
「どこぞの馬の骨とも知らないやつに?」
「お兄様真顔やめてください」

 怖いですって。

 けれども美織さんはとくに怖がる様子もなく、どちらかというと残念そう。

「ちょっとは軽減できるかと思ったのだけれど……」
「お気持ちはとても嬉しいですわ。ただちょっと難しいかもしれませんね」
「うーー……木乃先輩あたりなら王子様系の顔だし、結構ヒトが遠ざかりそうなのにね」

 顔は良くても女癖悪くて逆に有名人ですよ。

「武煉先輩はダメでしょ、うさんくさすぎる」
「お兄様、仮にも先輩ですわ」

 気持ちはわかるけれども。

 それに、と一瞬出かかった言葉は兄の前なのでごくんと飲み込む。

 けれど一瞬「そ」と出てしまったので二人がこちらを見てしまった。

「どしたの華凜」
「いえ、えーと」

 ”そ”から始まるなにかっ。

 頭をフル回転させたとき。

「美織ー? そろそろ支度しなさいよー?」
「あっ、はーい!」

 ちょうどドアの中から声が掛かったので心の中でガッツポーズ。ありがとうございますサーカス団の方っ。

 その声でこのお話も終わりということで、美織さんがこちらを向きました。

「ごめんなさい二人とも、行かなきゃだわ」
「とんでもないです。おやすみ時間にありがとうございました」
「パフォーマンスも楽しかったよ」
「今度はぜひ刹那たちにも見せてあげてくださいな」
「もちろんよ!」

 じゃあねと言って中へと入っていく美織さんを見送って。

「戻りますか」
「うわやだわー」
「私だって気乗りしませんわ」

 ドアが閉まったのを確認してから会場へと歩き出す。

 こつりこつりと私のヒールが響く中で、兄はめんどくさそうにまっすぐ前を見て歩くだけ。

 さっきの言葉の続きは、聞かれない。

 これは忘れてくれたということでいいですよね。いいですよね?

 聞かないでくださいよまだ”そ”から始まるなにかが思い浮かんでないんですから。

 気づかれないように息を吐きながら、今はいない先輩へと思いを馳せる。

 ねぇ先輩、あなたいつレグナに言ってくれるんです?

 女遊びも含め、気があるかもしれないと。

 そろそろ思わず口から出そうで怖いんですよ早くお話の場作ってくださいよっ。

 心の中で地団駄を踏みながら。

 ひとまず兄に気取られないよう、なんとか笑顔を作って、レグナについて会場に戻っていきました。

『過保護兄とパーティー』/カリナ


 目の前には、何十枚かなんてわからない紙の束。

「……溜まっているな」
「…たまってるね」

 アルバムの隣に積み上げられてるそれは、みんなの思い出。バタバタしてたからってアルバムに入れずに積み上げてたもの。ほこりだけかぶんないように袋には入れてたけど。

 この量はやばいよねって、リアス様を見上げる。ちょうどリアス様も同じことを思ったみたいで、わたしを見た。

 こくんとうなずいて、同時に口を開く。

「「整理整頓」」

 年始なのに年末みたいな整理整頓、始まります。

 あんまり使ってない、基本的にアルバム置き場にしてる部屋から写真と空いてるアルバムを持ってきて、ローテーブルに広げる。

「なんかなつかしー」
「ゴールデンウィークか」
「ん」

 積み上がってた写真の下から見ていったら、ちょうどゴールデンウィークくらい。ほんとに整理してないなと思いつつ、みんなで撮った写真がなつかしくて見入っちゃう。

「レグナのメイド…」
「あいつ言葉じゃ嫌がるくせに写真を撮るときノリノリだよな」
「めっちゃ女子だよね…」

 カリナと双子っていうのもあるからどっちかっていうと中性的だし。わぁこの女の子みたいな裏ピースほんとに女の子。

「これほんとは性別女の子だったんじゃないの…?」
「身長百八十近くの女か。でかいな」

 バレーボール選手かな??

 思い出話するならせっかくだし冴楼もって誘ったけど結局出てこないので、リアス様と二人で笑いあって。
 一枚一枚ていねいにアルバムに入れてく。

「レグナが女子っぽいならさ…」
「うん?」
「カリナも男装、かっこいい?」
「そういえばそっちは見たことはなかったな」
「昔カモフラでどっかでやったとは言ってたけど…」
「まだ写真を撮る癖がなかったから残っていなかったんだったな」

 ちょっと残念。絶対かっこいいのに。

「次は女の子コスだけじゃなくて男の子も入れよう…」

 リアス様にも当たったら最高だし。

 次やるんだったらゴールデンウィークかな。その前に春休みかな? ちゃんと要望言っとかなきゃ。

 まだまだ先なのにワクワクしながら写真を入れて。

「体育祭」

 目の前に出された写真に意識を向ける。

 はるまとぶれんも一緒の六人でピースしてる写真。

「またの名をもっと仲良くなりましょうの会…」
「まぁあそこである程度交流は深くなったな」
「あそこの二人おいしいからわたしはとてもうれしかった…」
「気持ちが邪すぎる」

 ちょっと聞き捨てならない。

「リアルで供給してくれてるBLを楽しむことのどこが邪なの…」
「楽しむ時点で邪だろう。カリナとことある事に騒いで」
「レグナとリアル供給してくれればもっとおとなしい」
「お前と俺の供給が増えたら考えてやる」

 言質は取った。

 あっでも録音しとけばよかった。

「…カリナだったら最後まで手を抜かなかったのに…」
「何をとまではわかっているから聞かないが、自慢の記憶力で十分じゃないか」
「いざというときの証拠が欲しい…」
「お前だけはカリナのようにならないでくれよ」

 あっこれカリナにやられてたやつだな? なにやられてたんだろ。

「声のデータだけもらわなきゃ…」
「そこだけは言葉にしてはいけないだろう」

 しまったミスった。
 これはいけない。

 なにか逃れられるもの。広がってる写真をばっと見て。

 これだと手に取った。

「ほらリアス様、みんなのすてきな薄着…」
「次回からはもう少し話の逸らし方を上手くするんだな」

 わかっていながらもそらされてくれたリアス様にはぺろっと舌を出して、二人で写真を見る。

 夏休み前に一組と二組、あとはぶれんとはるまも一緒のプール掃除。
 いつもはワイシャツとか着てるのに、この日はとくに男子が薄着で。

 黒いタンクトップ、いつも見てるはずの筋肉のついた二の腕。やっぱりリアス様のタンクトップ最高。
 うっとりしながら見ていけば、ある一枚が目に入る。

 リアス様の後ろ姿、ちょっと伏し目がちで暑いのか髪の毛かきあげてて。

 えっやばいなにこれ。

「最高…」
「お前が鼻を抑えて言うのは余程だな」
「イケメンって鼻血出るよね」

 そろそろカリナのこと言えなくなってきた気がする。でもわかるよカリナ、最高なもの見ると鼻血出そうになるね。

「カリナともっと仲良くなれそう…」
「一万年で新たな発見でなによりだ」
「こっちの白スーツもいいと思うの」

 苦笑いのリアス様に続けて見せたのは同じ七月のパーティーテストのやつ。
 みんなでドレスとかスーツ着て、カリナの家で撮った写真。

「いけめんだよねリアス様…」
「もう少しレグナや閃吏も見たらどうだ。普段と違うのあいつらもだろ」
「わたしの眼中には金髪紅目のイケメンが飛び込んでくる…」
「さいで……」

 おかしいわたしの愛が伝わらない。

 写真を見ながらぷくっとほっぺをふくらませた。

「こんなに自分なりに想いを伝えてるのに…」
「伝え方が変化球すぎる」

 えっこんなにストレートな伝え方なくない??

「言葉を言えない割にはとてもわかりやすい伝え方じゃない??」
「言葉を言えないと思っているからこそ変化球に思うんだ」
「照れた?」
「それなりに」

 もっと表情で見せて。人のこと言えないけど。

 リアス様がテーブルの上の写真に視線を移していったので、わたしも次の写真を見るべく七月のを先にアルバムに入れる。
 最後にいれたみおりたちと六人で移ってる写真の横には「リアス様イケメンでした」ってコメントを書いておいて、ローテーブルに置いてある次の写真を見る。

 次は八月。

 はるまとぶれんとアミューズメントパーク行ったやつもあるけど、やっぱり旅行の写真が多い。

 先にビリヤードがメインになってるアミューズメントパークのをアルバムに入れながら、目線は旅行の写真へ。

「上脱いでもいけめんだよね…」
「お前俺のことになるとイケメンしか言わないな」
「かっこいいも言ってますけど…?」
「そうではなくてだな。お前のそれは最大級の褒めだと知ってはいるが」
「さては違う言葉を欲しいとな…」
「違う照れるからやめろと」
「ご所望ならば授けてしんぜよう…」
「力みたいに言うないらんわ」

 いらないって言われながらも、たしかにリアス様にはイケメンとかかっこいいばっかりだなって思って、写真を見ながら考える。

 考えてはみるけど、やっぱりイケメンなのは変わらないし、頭の上からつま先まですべてが好きしか出てこない。
 ただ「好き」は言えないので。

「イケメン最高しかなかった…」
「通常運転で何よりだ。ほら写真」
「はぁい…」

 リアス様に手渡されて、一枚ずつアルバムに入れていく。

「旅行は水メインだったよね…」
「まさか海にも行くとは思わなかった」
「でも楽しかった…」
「そうだな」

 みんなで久しぶりの海とかプール。
 一枚一枚見る度に思い返してく。

「水着も新鮮…」
「水に潜るのも久しぶりだったな」
「カリナがボールの遊び考えてくれて…」
「遊び以前に遊具もあいつ発案だ」
「そう、波のプールも楽しめたし…」
「ウォータースライダーも——」

 思い返したところで、二人で止まる。

 写真はちょうど下から見上げてるみたいなウォータースライダーの一枚。リアス様とわたしが乗り始めて少ししたところ。

 これの、もう少し後に。

 初めて自分からキスを、しよう、と。

 思い出した瞬間にぶわっと体が熱くなる。今思い返してもすごいことした気がする。

 あのときはびっくりしてたけど。

「…」

 今、は。こうやって振り返ってみると。
 どう思ってたんだろ。

 そっと写真からリアス様を見たら。

「……」

 隣の恋人様は、ほんのちょっとほっぺを紅くして。照れたように視線を口元を覆ってた。

 それだけで答えがわかっちゃって、もっと体が熱くなる。

「…」
「……」

 なんとも言えない空気が流れて、視線がうろうろ。
 でも目に映るものすべてが”それ”を思い出させた。

 みんなでの海も、リアス様といい雰囲気になった。
 水着で、水に濡れてるリアス様を見るだけでぜんぜん関係ない写真なのにそのときばっかり目に浮かぶ。

 これは行けない。

「し、しまわ、なきゃ…」
「……そうだな」

 どきどきしながらアルバムに写真を入れてく。
 リアス様が渡してくれたのを受け取って、また入れて、また受け取って──

「…!」

 その受け取るときに指先が触れて、心臓がはねた。

 恋する乙女かなんてつっこみが心の中で入るけどどっかで冷静なのかちゃんと「恋する乙女だよ」っと言葉が返せる。

 あったかい指とわたしの冷たい指は触れたまま。

 え、これどうするべき?

 こんなのなったことないんですけど。心臓どっきどきなんですけども。
 わーありがとーでいいの? それともこう、少女マンガよろしくこのまま相手を引き寄せて──それ違うなやるのは男子側だな。

 え、え、でもなんかこのシチュエーションだとそれはベタすぎるのかな。助けてゆきはなら絶対なんか案浮かぶじゃん。カリナも、みおりも、エルアノもフィノアも。なんか案。

 どうすればいいのかわかんなくて心の中で知ってる女子を呼ぶけど、みんな答えはない。

 結局固まった写真とふれあった指をじっと見てたら。

「……クリス」
「はいっ」

 名前を呼ばれて反射的にリアス様を見る。

 紅い目はちょっと気まずそうなまま。

 何度かうろうろして、最後にわたしをまっすぐ見て。

「……このまま抱きしめても?」

 さいっこうにときめくシチュエーションになりましたありがとうございます。

 どきどきが加速しながら必死にこくこくうなずく。

 また写真と指先に目を向けてたら、ふれあってる指とは反対側の手が伸びてきた。

 そっとほっぺに触れて、いとおしそうになでて。
 そのまま首の後ろにあったかいのがまわってく。

 これ少女マンガ描けるのでは?? やばいのだけどこの今のどきどき。
 よくあるあの、このまま抱きしめあったらどきどき伝わっちゃうみたいな、え、ほんとにあるんだそんなこと。

 ゆっくり引き寄せられてる中でばかなこと思いながら、指が離れて腰に回ってきた手で体を浮かせる。

 見上げてた状態から紅い目を見下ろす形になって、そっとリアス様の肩に手を置いた。

 こっちを見上げるリアス様はわたしの顔を見てちょっと楽しそうな顔。

「顔が紅い」
「…リアス様のせい」
「心音も早いな」
「それも、リアス様のせい、です…」
「いろいろ思い出したからではなく?」
「リアス様だって思い出して紅くなってた…」

 ぷくっとほっぺを膨らませたら、くすくす楽しそうに笑う。そのままごきげん取るみたいになでられながら引き寄せられて、こつんとおでこが合わさった。
 近くなった距離で紅い目を見る。

「…整理」
「休憩。ちょうど半分あたりだろう?」
「そう言って絶対やんなくなる…」
「後半は八月と似たようなことばかり思い出すことになりそうだしな。気力の充電だ」
「似た…?」

 九月は文化祭、十月と十一月は武闘会、十二月はクリスマス。

「全部違くない…?」
「写真に映るものは確かにそれぞれ違うが?」

 違うのに、八月と似たようなことばっかり?

 首を傾げたら、楽しそうに笑われて。

「わからないか?」

 そう聞くから、もちろんうなずく。

 リアス様は楽しそうな顔のまま。

 首の後ろに回してた手をゆっくりわたしの口の方に持ってった。

「…?」
「集中できなくなっても文句は言うなよ」

 言いながら、ちょっと折り曲げた人差し指が。

「んむっ?」

 ちょんっと唇、に──

 当たった瞬間にやっとわかった。

 八月に初めてやったのと同じ。そしてそこから始まった、行動療法。

 たしかに九月からはずっとやってる。

 わかったとたんに九月からの思い出は文化祭とか武闘会からぜんぶキスのこと。

 やっと収まったのにまた体が熱くなった。

「い、じわるっ!」
「今日はこのまま療法に入るか?」
「わ、わっ」

 ちょっとそっちに倒れていかないで。聞いてるくせにやる気満々じゃんっ。

「ま、まだしないっ…!」
「夜ならいいと?」
「そういうことじゃなくてっ! って手引っ張んないでっ」
「つれないな」

 余裕そうなリアス様が大変むかつく。超くやしいっ。
 床に押し倒した状態になったリアス様のおなかに乗って、胸をべしべし叩いてく。

「わたしだけよゆうないっ」
「待てお前のその力でそれはやばい叩くな叩くな」

 ぱしって叩く手を止められてまたほっぺをふくらましたけど。リアス様は楽しい顔のまま。
 ぐって手から逃げようとしてもできない。

 結局手は引っ張られてって、ちゅって指先にキスされた。

 最近なんか前よりキスとか積極的じゃない?

 なんて言うんだっけこういうの。

 あれだ。

「最近がっついてる…」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。生憎と正常だ」
「前はこんな感じじゃなかった…」
「そうでもないと思うが」
「えぇ…?」

 あれでもことあるごとに抱きしめてきたりはあったな?
 すぐ頭なでてきたりするし腰に手回してくるし…

「正常だった…」
「そうだろう」

 考えてたらお互い冷静になって、いつも通りの雰囲気に戻った中でリアス様に倒れてく。

 あったかい心臓に耳を当てるように寝転がって、とくとく鳴る音を聞きながら。

「…今年は、そういう思い出も、増える…?」

 顔が見えてないのをいいことに、聞いてみたら。

 ゆったり頭をなでながら、大好きな声。

「……お前が無理しなければ」
「しないもん…」
「言い間違えたな、お前が俺を変に誘惑しなければ、だ」
「もっとしないもん」

 どこがだってすごい視線感じるんですけど。

「わたしはいつも通りしてるだけ…リアス様が変に捉えるのがわるい…」
「生憎と高校生の脳はやっかいでな。少し思わせぶりをされただけでスイッチが入りそうだ」
「高校生ってたいへーん…」
「お前がもう少し思わせぶりな発言を控えてくれればいい話なんだがな?」

 痛い痛いほっぺ引っ張んないで。

 逃げるように体をひねって、リアス様の体にうつぶせる。

 また頭をなでられて、あったかい体温にちょっと眠くなった。

「そこで寝る気か」
「きゅーけー…」
「そこだと俺が動けない」

 寝ることはだめって言わないのがリアス様らしい。ずれろって言うみたいにとんとんわき腹叩いてくるから、眠くなってきた状態でがんばってリアス様から降りて横になる。
 リアス様もわたしを向いて横たわってくれたから、胸に埋まるようにぎゅってした。

 あったかい温度の中でとくとく心音聞きながら、まぶたをゆっくり閉じてく。
 これ絶対夜まで起きないやつだよね。そうなると写真整理できないや。

 あぁでもリアス様も半分までやったって言ってたし。

「…つぎ」
「うん?」

 背中とんとんって叩かれて眠たい声で。

「つぎ、せいりするときは…もっとおもいで、ふえてるといいな」

 愛情が伝えられたっていう思い出ももちろん。

 みんなで過ごした思い出がたくさん。

 去年みたいにみんなで笑顔でいられるような、そんな。

「たのしい、おもいで…」

 暗くなってきた世界でつぶやいたら。

「……そうだな」

 やさしい声が落ちてきたから、口角を上げて。

 今年、星繋ぎのときにそっと付け加えておいたお願い事をまた心の中でお願いして。

 意識をゆっくり落としていった。

『写真整理しましょうか』/クリスティア