未来へ続く物語の記憶 March-I

 一年というのも早いものでもう三月。
 三月と言えばクリスティアがかわいいお雛様やバレンタインのお返しがあるホワイトデー、そしてあと二年あるけれど我々が消滅した日。たくさんのイベントがあります。
 そんな長年続けているイベントに加えて。

「す、進まないわっ!!」
「頑張りなさいな」

 エシュトで行われる月始めの合同演習も恒例となってきました。
 一年最後のお相手は美織さん。彼女の武器であるメイスを受け止め、今は私の刀と押し合い状態です。

「力強くないかしらっ!?」
「あらあら標準ですわ」
「嘘よっ……! 全然押せないわ!」
「今日はほんとですよほんとに」
「あたしの力が弱いのかしらっ!?」

 いえむしろこれが標準ですよ。我々の周りがおかしいんですよ。

「私としては同等の力の方と久々にバトルというのは楽しいんですが」
「絶対同等じゃないわっ……!」
「私だって一応あまり進めませんからね?」

 ほら、と押してみれば。

 あ、ちょっと思った以上に美織さんが後ろに下がってしまった。

 待ってくださいごめんなさいそんなつもりなかったんです口角上げたまま「嘘つき……」みたいな目なさらないで。

「今のはほら、ちょっと間違えてしまって」
「普通の子はあたしだけだわ……」

 いや正直それだけは聞き捨てなりませんわ。

 あなただってなかなかでしょうよ。

 それを言う前に、目の前の子が動き出す。

「っ!」

 押し合いを諦めた美織さんはぱっと身を引きました。押されまいと力を入れ続けていた私は当然前のめり。バランスを取ろうと一歩踏み出そうとしている間に彼女はメイスを振りかぶる。

 そのモーションは、まるで祈童くんが刀を振り上げるかのよう。

 思い切り振り上げて。

「それっ!!」

 祈童くんよろしく一気に振り切る。さすがに力は彼女自身のものなので祈童くんのように地面がえぐれたりはしませんけれども。それでも思い切り振るうとなれば一撃は重い。バランスを崩した状態では耐えきれないと、踏み出した足に力を入れて横へ飛びました。
 美織さんは私を追うように踏み出し、メイスを振るう準備をする。

 その、構えは。

「今度は陽真先輩ですか」

 大剣を手に楽しそうに駆け回る先輩を彷彿とさせますわ。つくづくこの学園の方って恐ろしい方たちばかりですのね。

 先輩方は言わずもがな。成長速度が超越しているエルアノさん、観察眼が優れ相手の動きを読む閃吏くん、一撃がほぼ即死級の祈童くん、戦闘向きではないですけれど鍛冶スキルが長けているティノくん。本人はそれを心理戦にも使うという器用さ。クリスティア並のスピードを持つユーアくんに防御力が高いウリオスくん、雪の魔術だけでなく物理も強い雪巴さん。

 そして目の前の、見た人たちの動きをトレースしている美織さん。

 武器がメイスとマジックショーで使う道具なので一見するとわかりにくいけれど。

 こうして対で戦ってみるとよくわかりますわ。

 構えも走り方もよく似ていらっしゃる。力までトレースされないのが救いですわね。

 走ってくる彼女に、私は刀を構える。

「行くわよっ!」
「どうぞ」

 ご丁寧にお声を掛けていただいたので応じ、足に力を入れた。笑顔の彼女はそのまままっすぐ私の刀へ切り込むようにメイスを払う。ほんの少し手がしびれたのは気づかなかったフリをして、振り切ったことでできた隙に美織さんに踏み込んだ。

「わっ!」
「陽真先輩はもうちょっと観察が必要かもしれませんわね」

 彼ならこんな隙はできない。笑って、魔力を練りながら刀を振るうモーションに入った。

 ちょっと悔しそうな美織さんに一気に距離を詰めて──

「あら」

 とさらに一歩踏み込めば、視界から美織さんが姿を消す。彼女がテレポートなどできないというのはよく知っているので、下を見れば。

 足を払おうとしている美織さんがいました。

 私がもう一歩行こうとしているところを狙っていらっしゃる。

「その手には乗りませんよ」
「っ!」

 すかさず踏み出そうとした足は引っ込め、後ろに体重を掛け足払いされるのは阻止。彼女は止まれなかったのか思いっきり足を振り払ってまた隙ができました。

「では終わりにしましょうか」

 後は練った魔力を使って終わりと、引っ込めた足を再び地面につけようとしたとき。

「あっ!」

 下の美織さんが私を見て声を上げました。

 そうして。

「この体制だと中が見えちゃうわね!」

 勝負を掛けるような顔で、一点を見つめて笑う。

 彼女が見つめる先は。

「まぁ」

 私のスカートの中。実際見えているかは謎ですけれど。雪巴さんがクリスティアにやられて引っかかったものですね。本当によく見ていらっしゃる。

 けれど。

 赤面するのはあなたですわ。

 太ももにかかるスカートの裾を持って。

「そんなに見たいのなら──」

 指で、弾く。

「存分に見てくださいまし」

 妖艶に微笑んで中が見えるかのようにめくって見せれば。

「っえ、!?」

 さすがに予想外だったのか、彼女は顔を真っ赤にした。

「あらあら見たそうにしていたのでお見せしましたが……」

 そんな美織さんと視線を合わせるようにかがみ。

「刺激が強かったかしら」

 そう言えば、美織さんはさらに顔を真っ赤にする。リュミエールでめくらましをして降参に持って行こうとしましたがさっきので十分だったかしら。できれば目はあまり潰したくないので嬉しい誤算ですかね。

 口をぱくぱくとさせている彼女をそっと押し倒して。

 その首元に、刃をあてがう。

「あ……」
「来年はハニートラップにも動じないあなたを期待していますわ」

 ぐっと、促すようにあてがった刃を喉に押し込めれば。

 我に返った美織さんは笑みのまま、だんだんと目だけを悔しそうにして叫ぶ。

「っ降参だわ!!」
「楽しかったですよ」

「勝者、愛原華凜!」

 一年生の合同演習、最後に勝利を掲げて終われたことに笑みをこぼして。

 練っていた魔力は解除し立ち上がって、大変悔しそうにしている美織さんに手を差し伸べる。

「交代ですわ、参りましょう」
「うーーっ、悔しいわ……!」

 言いながら私の手を取り立ち上がった美織さんにまた笑って、共に観覧席ではなく出口へと歩き始めました。
 仲良くさせてもらっているグループでは今日我々が最後。ちょうど二時限目が終わったところですし、このまま移動すれば授業に行けますわ。

「雪ちゃんと刹那ちゃんので使えると思ったのに……!」
「私と刹那は中が見えるというのは通用しませんわ。普段ならば別でしょうけれど」
「まさか見せて来るとは思わなかったわよ!」

 びっくりしたわ! と思い出して、暗い廊下の中でもわかるくらい真っ赤な彼女に笑う。
 後ろで話し声が聞こえてきたのを聞きながら、

「戦闘中ですからね。恥じらっていては命を落としてしまいますわ」

 そう、言えば。

「お前元から恥じらいなんてないだろう」

 隣に追いついてきた男がとんでもないことを言っていらっしゃる。

「失礼ですわね龍、私は恥じらいを持っていますわ。むしろ持っていないのはあなたでしょうよ」
「俺だって恥じらいくらいはあるが?」
「あなた別に普段でも下着見せることくらいたいしたことないじゃないですか」
「その下着を見てもお前はなんの恥じらいもなく写真を撮るじゃないか」

 ちょっとそれクリスティアの話でしょうよ。いかにも自分が撮られてるみたいな感じに言わないでくださる?

「華凜ちゃんと炎上くん……?」

 ほらこうやって誤解される。

「すべての誤解はあなたの言葉足らずからですわね」
「そこはたまに申し訳ないと思う」
「普段から思ってください」

 隣の男にはそう返し。

 美織さんだけでなく、後ろで聞こえていたらしい誤解している同級生たちに振り返って。

「違うんですよみなさん。私が龍のいけない写真を撮るなんてあるわけないじゃないですか」
「たまにある…」
「それはあなたにあげるためですからノーカウントでお願いします。私はあなたと違って龍の下着姿にこれっぽっちも魅力は感じません」

 リアスの隣にいるクリスティアには一旦黙ってもらいまして。

 にっこりと笑い。

「刹那の下着姿の方が断然魅力がありますわ」

 そう言えば。

「華凜ちゃんの下着も魅力があったわ!!」

 おっと予想外の方向から返答が来てしまった。

「く、詳しく!!」

 しかも食いついたの雪巴さん。

 どうしてうちの女性陣こうも食いつくんですかね?? 私もヒトのこと言えませんけれどもっ。ひとまず。

「華凜ちゃんは──」
「待ちましょう美織さんそこからはいけませんっ!」

 ぱっと口走ってしまいそうになっている美織さんを全力で阻止。口をふさげば彼女は不思議そうなお顔。

「恥じらいがないんじゃないの?」
「ありますよっ、そこの男より断然ありますわっ!!」
「俺だってあるわ」
「その問答はまた振り出しに戻るのでお答えは控えさせてしまいますっ」

 若干火照ってきている体をなんとか落ち着けて。

「さすがにこの場で下着を公表されては私もいたたまれませんっ」
「そうだぞ道化、それに中身によっては僕らも今後愛原とどう接していいのかわからなくなってしまう」
「そこまで過激なものは身につけておりませんけれどもっ」

 待ってクリスティア、横で思い出すようなフリしないで。ちょっと何ハッとした顔してるんですかありませんよ。ありませんよね!?

 これはいけない。

「ほら美織さん早くしないと授業遅れますよ?」
「早く言わないと?」
「違いますよどう考えても早く歩かないとでしょうよっ」

 彼女を前に向けさせぐいぐいと背中を押す。

「照れちゃうけれどとっても素敵だったのに!」
「その光景は心に秘めておいてくださいまし。さぁ行きましょう!」
「か、華凜ちゃんどうかその素敵なエピソードの共有はっ……!」
「機会があればっ!」

 なくて結構ですがっ!

 隣にやってきた雪巴さんも前に来てもらってその背を押す。後ろでうちのお兄さまと幼なじみが笑っているような雰囲気ですがあとで制裁させてもらいましょうか。
 まずは彼女たちをこの話題から遠ざけて──。

「ゆきは、だいじょうぶ…」

 と、彼女たちを押していると雪巴さんの横にクリスティアが。えっと見ればその子はきらきらと輝いた目をしていらっしゃる。

 待ちましょうクリスティア。

 その小さなお口を開いてはいけない。

 けれど気づいたときにはすでに遅く。

「わたし今日の華凜の下着、知ってる…」
「本当ですかっ!!」
「刹那!!!」

 ぐっと親指を立てたクリスティアに後ろで数名吹き出したのを聞きながら。

 ひとまず彼女のお仕置きからと、後ろに逃げていった彼女を追いかけました。

『合同演習カリナvs美織』/カリナ