未来へ続く物語の記憶 March-II

 三月三日はひなまつり。おひなさまとおだいりさまを並べて、女の子の成長をお祈りする大事な日。

 でももうひとつ、大事なこと。

 大好きな親友たちが生まれた日。

 なんだけれども。

「みんな誕生日はなにもいらないって言う…」

 そんな大事な日を明日にひかえた金曜日の夜。わたしはみけんにしわを寄せている。

 何故か。

 双子の誕生日プレゼントが決まらないから。

 誕生日が近づけば、必ず聞く。「誕生日に何が欲しい?」って。
 もちろんわたしたちも同じで、毎回聞くのだけれども。

 長年生きてきてここ数百年。

 今回誕生日の双子も、そして隣にいる恋人様も。毎回「いらない」って言うようになった。

「お前だって物は迷っただろう。長年生きてきてたくさんもらったからと」
「そうだけど…。いらないっていうのも困る…」
「物をあげるだけがすべてじゃない」

 自分の誕生日のときにも言ったことをまた言って、わたしの頭をなでる。

 でも、わたしの気持ちも前と一緒。

「…二人が生まれた日に感謝して、お礼ができる日…」

 こぼせば、変わらないなって笑った。

「だってみんながいたから今があるもん…」

 リアス様が引き留めてくれたから繋がれたわたしの命。
 カリナが笑ってくれているから楽しいわたしの毎日。
 レグナが分かち合ってくれるから軽くなるわたしの心。

 ひとつでも無かったら、わたしはここにいない。

「お礼が、したい…」
「言葉で十分だろう。お前の言葉ならとくに」
「んぅ…」

 ソファに座ってるリアス様の膝の上に寝ころんで、みんなみたいに頭いいわけじゃないけどなにかできないか必死に記憶を探ってく。

 カリナとレグナが喜びそうなこと。カリナとレグナが。

「んー…」
「おめでとうでいいじゃないか」
「なんかもうちょっと…」

 特別感、みたいな。

 レグナはゲーム? みんなでゲームしたら楽しいかな。いつも通りだなそれ。
 じゃあカリナは? カリナは、わたしのかわいい格好とか好き。なんかかわいい服着て…だめだそれもいつも通りだ。

 なんかないかな。

 喜びそうな…。

 膝の上でごろごろしながら記憶を探っていって。

 思い出す。

「カリナだけかもだけど喜びそうなのあるかも…」
「何だ」

 カリナ発案。

「わたしがプレゼント…」
「それだけは本気でやめてくれあいつは冗談じゃ済まない」

 名案だと思ったのにリアス様がすっごい苦い顔してしまった。

「絶対”持ち帰りますね”とか言うだろ……」
「どうせ持ち帰られてもついてくるじゃん…」
「そうだが」

 言葉も濁さず否定しないところがさすがすぎる。

「あいつの前でリボン巻いてそんなこと言ってみろ、大歓喜だぞ」
「誕生日なら良いことじゃない…?」
「そのあと俺に見せつけるようにしてくる」
「誕生日なら許してあげなよ…」
「それに仮に、万が一それにするとしてだ」

 すっごい”万が一”強調した。

「レグナはどうするんだ」
「レグナはわたしがプレゼントって言っても逆に遠慮されそう…」
「笑顔で言うよな」

 ちょっと傷つきそう。

 あ、でも待って。

「わたしがプレゼント的な感じをレグナが喜ぶ感じに変えればいい…」
「例えば」
「レグナが喜ぶものと言えば、コスプレ…」

 となれば。

「誕生日にレグナの自由にコスプレさせてあげるって言えばすっごい喜ぶ」
「互いにお前を取り合って喧嘩する未来しか見えないんだが」
「どうしてリアス様は自分もコスプレさせるってならないの…カリナがわたしといるときレグナにコスプレさせてあげればいい…」
「一応言っておくがあいつは男のコスプレで喜ぶわけではないからな??」
「誕生日に秘密の扉をあけても…?」
「よくない却下だ」

 わたしとカリナにとっては最高のプレゼントになりそうだったのに。心の中で舌打ちをして、振り出しに戻ってしまったので起きあがる。リアス様がなんかとがめるようにほっぺつねってきてるんだけどこの人まさか心の舌打ちまで聞こえるようになったの?
 その手はちょっとどけさせてもらって、リアス様のひざの上にちょこんと座った。

「わたしは真剣に考えてる…」
「恋人とその親友の新たな扉を開けるというifルートの前にお前と俺の正規ルートにもっと真剣になって欲しい」
「今年の誕生日プレゼント…?」
「願えるなら是非そうしたい」
「考えとく…」
「それこそ真剣に考えておいてくれ」

 頭をなでられながら笑って。

 話は本題へ。

「双子の誕生日プレゼント…」
「俺は言葉で十分だと思うが?」
「んー…」
「プレゼントだなんだは日曜日の誕生日パーティーで知らない奴からももらうだろ」
「それちょっと恐怖だよね…」
「顔も知らない奴からおめでとうだけでなく愛していると来たりするからな」

 お金持ちならよくある話なんだろうけどなんか影で見られてる感じがして背中がぞっとしてしまった。

 ぞわっとしたのは腕をさすってごまかして。

 また考えようとしたときだった。

 あごを指でトントンって叩かれて、リアス様を見る。

「なーにー」

 そのまま抱きかかえられて、リアス様とご対面。首をかしげたら、こつんっておでこが合わさった。

「……特別なものは別にいらない」
「…」
「俺は、俺達は。お前がいつも通り笑ってくれて、いつも通りの思い出を作れればそれでいい」

 背中をさすられながら、やさしい言葉を落としてく。

 長年いっしょにいるから、その思いもちゃんとわかってた。わたしだって、たくさんのプレゼントより、たくさんのサプライズより。みんなとただただいつも通りの思い出が好き。

 でもどうしても。

「…大切なヒトたちに、お礼がしたい…」

 生まれてくれて、いっしょにあそんでくれたことにも。

 わたしのわがままにつきあって、ここまでいっしょに生きてくれてることにも。

 言わなくてもきっとわかってくれてるリアス様の声は、やさしい。

「礼は別に何かをあげることだけじゃないだろう?」
「…うん」
「いつも通りでいい。レグナも、カリナも。それが一番喜ぶ」
「…」

 今までだってそうしてきたのに、やっぱりいつもと同じく「本当に?」ってリアス様を見て確認してしまう。
 それにリアス様はほほえんでうなずいてくれた。

 なにかをあげたいって気持ちはまだあるけれど、押しつけになっちゃうのもいやで。

 ちいさく、うなずいた。

 リアス様はいい子だって言うようになでてくれて、体を離してく。

「ほら」
「ん」

 そうして代わりにわたしの前にやってきたのは、リアス様のスマホ。お昼にカリナには決まったら連絡するねって言ったから、スマホを手にとって電源を入れる。
 パスコードはリアス様の親指をお借りして解除させてもらって。

 メサージュをつけて、カリナをタップ。そこからメッセージじゃなくて、電話ボタンを押した。

「…」

 リアス様がすかさずスピーカーに切り替えたのを確認してから、前を向いてリアス様によりかかって画面を見る。

 二、三回音が鳴った後。

《はいな》

 画面が通話中に変わって、カリナの声が聞こえた。リアス様と思ってるっぽくてちょっと不機嫌そう。このあとのことが目に見えてるので笑いそうになりながら。

「カリナー」

 名前を呼べば。

《まぁクリスっ!!》

 予想通り大変ご機嫌がよくなったのでリアス様と笑う。

《あなたからお電話が来るなんて素敵な誕生日ですわっ!》

 あ、気が早い。

「お前の誕生日は明日だろ」
《前倒してもいいくらい幸せです》
「さいで……」
「でも当日はもっと幸せ…プレゼント決まった…」
《まぁ……! クリスティアがプレゼントですか?》
「絶対やらないからな」
《とても嬉しいことですのに……レグナにはリアスのコスプレがいいじゃないですか》

 ほらやっぱり望む物はこれじゃん。

「わたし間違ってなかった…」
「俺とレグナには大間違いだ。それだけは却下だからな」
「プレゼントは本人が喜ぶ物を…」
「レグナが喜ばない」
《わかりませんよ、新たな扉が開くかもしれません》
《カリナほどほどにしとけよ》

 わぁレグナもいたの。レグナの冷たい声に一気に体温下がってしまった。

《冗談はさておきまして》
「レグナがいなかったら冗談とか言わないだろ」
「リアス様今だけは口閉じてあげて…」

 今レグナに一番近いのカリナだから。なんかあったらカリナから行くから。

 電話越しの咳払いのあと。

《プレゼントが決まったと!》
「そー…」
《お聞きしても?》
「うんっ」

 さっきのはなかったことにして、リアス様の言葉を思い返しながらスマホをにぎる。

 いつも通りが一番幸せ。

 わたしができる”いつも通り”。

 息を吸って。

「明日、あそぼ?」

 言葉をこぼせば、後ろでふっと笑ったような雰囲気がわかった。そのままぎゅって抱きしめられながら、返事を待つ。

 ほんとにたったの数秒。

 すぐに、電話越しからも笑ったような音が聞こえて。

《……えぇ》

 うれしそうな、声で。

《最高のプレゼントですわね》

 そう言ってくれたから、わたしの顔もほころんでく。

《明日学校終わってからそっち向かうよ》
「あぁ」
《そしたらたくさん遊びましょう?》
「うんっ」

 電話越しの、大好きなカリナとレグナにうなずいて。

 お知らせはしたから、今日はもう終わり。

 あとは。

「またあした…」

 そう言えば、二人のうれしそうな声が聞こえて。

《また明日》
《おやすみなさいクリス、リアス》
「おやすみー」
「おやすみ」

 小さな約束とあいさつをして、電話が切れた。

 電源を切って真っ暗になったスマホから、リアス様の方を向いて紅い目を見上げる。

 顔は、きっと双子たちもしてくれてたであろうほほえみ。

「…うれし?」
「あぁ」

 カリナたちの代わりにうなずいて、わたしを抱きしめる。そのあったかい体温に埋もれながら。

「…あした、たくさんたのしもうね…」

 そう、言ったら。

「……そうだな」

 約束が苦手なあなたが珍しくすぐにうなずいたから。

 自分の誕生日じゃないのにうれしくなって、あったかい体温を強く強く抱きしめた。

『双子バースデー前リアクリ』/クリスティア


 三月三日は私がこの世で一番好きな日だ。

「クリスが遊ぼうですって」
「そ」

 大好きなあなたと生まれた日で、必ずお祝いをしてくれる日だから。

 クリスティアとの電話も終わり、兄がいる私のベッドへと歩いていく。
 ポスンと少し勢いをつけて座って、ベッドヘッドに寄りかかってゲームをしている兄へ近づいた。

 三月三日は雛祭り。お雛様とお内裏様を飾り、少女の健やかな成長をお祈りする日。

 そして私とレグナの生まれた日。

 兄はいつからか私の幸せを思って、人生が始まると必ず行方をくらます癖がつき、昔ほど一緒にお祝いをするということは少なくなりました。けれどこの日が一番好きだと胸を張って言える理由がある。

 どんなに離れていても、必ずお祝いの連絡をくれたから。

 今のように携帯がなければ手紙で。配達なんてものがなければ自らの足で手紙を届けに来ていたのを知っている。

 一緒にお祝いすることもなく、ただただ一言。「誕生日おめでとう」の文字が綴られた手紙が毎年届いた。

 そして傍にいるときは。

「何」
「いいえ」

 必ずと言っていいほど、兄は私の家に泊まりに来たりしてその日を迎える。

 寄り添ってその肩に頭を預ければ素の兄は冷たく言うけれど。嫌がっていないのはわかるのでそのままもたれた。やっているゲームはストーリーものではなさそうなので、ちょっとした意地悪を。

「おうちには帰らなくていいんです?」

 聞かなくてもわかっていることを聞けば。

「グレン家にいたときの知ってるだろ。うるさいからやだ」

 すぐさま返ってくるのは半分の本音。それには笑いながら乗る。

「愛のこもったプレゼントのオンパレードですものね」
「愛のこもったように見せた機嫌取りの、ね」
「そろそろ何人かに本命に思われていることを認めなさいな」
「金持ちのなんてだいたいが結婚とか家柄のための機嫌取りじゃん」
「私に対しては本命だと突き通すくせに」
「俺はカリナほど鈍感じゃないんで」

 どの口が。
 いや私も人のこと言えないんでしょうけれども。

「鈍感じゃなかったらご自分が本命にされていると気づきそうですけれどね」
「あいにく興味ないことは気づかない」
「そう言うと男に興味あるように聞こえますわ」
「カリナ最近耳大丈夫?」

 正直自信ないですが女性の視線には興味なくて男性の視線に興味あるみたいな感じになったらそりゃ疑うでしょうよ。

 けれどどうせ「カリナがおかしい」というのは知っているので。

「どのみちおうちに帰らなくても四日のパーティーで来そうですけれどね」

 話を逸らしつつ言えば、横目で見た兄の顔は大変めんどくさそうな顔。

「ばっくれたい」
「主役がばっくれないでください。頑張ってくださいねレグナ様?」
「俺お前狙いのやつ追い返すのに忙しいんだけど」
「本来パーティーのプログラムにないことをしないでいただきたい」

 言っても絶対やりそうですけども。

「追い返してご両親に言われて仕事に支障が出たなんてなったらどうするんですか」
「その程度なら切った方がマシ」

 お兄さま、その「切る」って物理的じゃないですよね。関係切るでいいんですよね。

「……物騒なパーティーにはしないでくださいね」
「お前に何もなければもちろん」

 神よどうか今度こそ兄のフラグを回収しないでくださいませ。

 心の中で願いつつ、時計を確認。

 時刻は零時数分前。

「……!」

 同じく確認したらしい兄の体重が私にかかる。それに微笑みながら、レグナがゲームの電源を切るのを見届けて。

 先ほど違って静かになった部屋の中、ベッドの正面にある時計を見つめた。

 針はどんどん進んでいき、残り一分。

 秒針がチクタクと響くほどに、繋がれた手の力も強くなる。

 二人でその秒針を見つめて。

 十二へと到達したときと同時に。

「カリナ」

 時計の鐘がなったかのようにぴったりと、名前が呼ばれました。

 兄のことは見ずに、応じる。

「はいな」

 その秒針がまた十二へと変わる前に。

「誕生日、おめでと」

 大好きな兄からの”一番”をもらって。

「レグナも、お誕生日おめでとうございます」

 私からもあなたに”一番”を送る。

 傍にいるときの、暗黙の約束。

 兄からの言葉を心に噛みしめて。

 暗くなった部屋で、二人。長い針が一つ動いたのを確認してから、手を繋いで眠りについた。

 そうして兄と眠ることから始まった誕生日。

 朝起きれば目の前に兄がいて、笑みをこぼし。土曜は我々が授業があるので手を繋いだままの兄を揺すって起こす。起こされたことに若干不機嫌そうですが慣れているので手を引っ張り、ようやっと離れてそれぞれの支度へ。

 愛原家の方々に祝われながら共に朝食を食べて、時間になったら共に学園へ向かい、授業を受けて。

 いつもなら同じく土曜に授業がある美織さんやエルアノさんたちと昼食を取りますが、今日は予定があるからをお断りし。

 メサージュで一言伝えてから、兄と揃ってテレポート。

 向かう先は、もちろん。

「カリナー」
「クリスっ!」

 カップル宅。

 ぱっと変わった先に見えたベランダには愛する愛する親友が。走ってくる彼女に合わせるようにしゃがみ。

「おめでとー」
「ぅっ、ありがとうございます!」

 少々かわいらしくない音を立てながらしてきた親友の愛のある突撃を受け止め、強く抱きしめました。

「あそぼ」
「もちろんですわ! なにして遊びましょうか」
「こっちー」

 後ろで男性陣もお祝いやお礼をかわしあっているのを聞きながら、クリスティアに手を引かれて玄関へ。

 お邪魔させてもらい、手を引かれるまま廊下を歩いていき、いつものリビングへとつきました。

 そこに広がっていたのは、

「まぁ……」

 この前まではなかった、お雛様。しかも。

「うわ超立派じゃん。何段だこれ」
「七段」
「買ったんです?」
「まさか。俺達がここに来るとき捩亜れいあが持ってきたんだ」
「そろそろ恋人のお義母様を呼び捨てにするのはやめなさいな」

 咎めつつ、やってきたレグナと共に部屋と部屋の間にそびえ立っているお雛様へと近づく。

「七段ってフルセットですよね」
「間近だと初めて見たかもね」
「見た中で最高って三段くらいでしたっけ」
「五だーん…」

 それでもやはり七段は初ですか。すごい圧巻。高さだってリアスやレグナの身長とほぼ同等じゃないですか。

 圧倒されながら上から見ていると。

「あら」

 お雛様とお内裏様はヒトなんですが五人囃子たちがさりげなくビーストですわ。しかもクリスティアが好きそうなちょっともふもふとした。

「こんなお雛様あったんですね」
「異種族交流にというやつらしい」
「ビーストの方に行くと逆なんだって…おひなさまたちがもふもふなの…」

 おそらくもふもふだけではないですよクリスティア。ひとまず彼女には「ぜひ見たいですね」と返しておきまして。

「雛祭り用のケーキとかもあるが」
「うそ、買ってくれてんの? 作るのに」
「主役はおとなしくしてろ」
「ごはーん」

 後ろでカチャカチャと音が鳴ったので見れば、リアスとクリスティアが今日のためにと用意してくれていたらしい料理が並んでいます。

「炊き込みご飯に唐揚げに……ずいぶん豪勢ですわね」
「明日に比べればささやか過ぎるが?」
「いや十分すぎるでしょ。これにケーキもあんでしょ?」
「ピンクのケーキ…」
「まぁ……遊ぼうというお言葉だけで十分でしたのに」
「元々はその予定だったんだが」

 リアスはクリスティアの頭を撫でながら。

「どうせパーティーではまともに食えない上にお前らの好きな物も出ないんじゃないかと至り、ならば食事くらいはと」

 的確なご意見によるお気遣いをいただきました。

「誕生日は、たのしく…」

 ね? と言われてしまえば、今までもそうして来たので無下にすることはできず。

 レグナと目を合わせて笑い。

「じゃあお言葉に甘えて」
「頂きますわ」

 主役はおとなしくという言葉にも甘えさせてもらい、二人、寄り添ってソファへと腰を落ち着けて。

「はっぴばーすでー…」

 クリスティアのかわいらしい歌声と共に、四人のパーティーが始まりました。

 

 そうしてパーティーをしながら、クリスティアと約束したとおりカップル宅に置いてあるゲームなどでたくさん遊び、夜も更け。

「お邪魔しましたわ」
「お邪魔しました」

 夜八時頃。レグナと共にカップル宅の玄関に立つ。いつもなら「帰っちゃうの」と寂しそうにするクリスティアも、今日ばかりはそんなことは言わず。リアスの腰に抱きついて微笑んでいます。

「たのしかった…?」

 そうして彼女の問いに、あっという間だった時間を思い返しました。

 四人でレーシングゲームをして、置いておいた罰カードを使って。レグナに再び女王様カードやメイド服カードが来たのを笑い。さりげなく追加されていた男装カードは今回クリスティアが引き当て、写真に収めさせていただき。
 協力ゲームをやったり、また物語チェスをやったり。

 いつも通りの、当たり前のような日々。

 答えはもちろん。

「楽しかったですわ」

 微笑んで言えば、クリスティアはとてもとても嬉しそうな顔をしました。レグナも? と聞いている間にリアスにはお礼を込めて笑う。それに微笑み返されたのとレグナが同じように楽しかったと伝えたのを確認して。

 私はしゃがみ、手を広げる。

「クリス」

 クリスティアはぱっと嬉しそうな顔をして、また勢いをつけて抱きついてきました。冷たい体温をぎゅっと抱きしめる。

 そうして、彼女には言葉で。

「ありがとね」

 変わらず私とレグナに”一番”をくれたこと。
 変わらない時間をくれたこと。

 そしてこれから、変わらず今日の最後をレグナと共に過ごさせてくれること。

 たくさんの思いを込めてお礼を言えば、クリスティアは「どういたしまして」と伝えるようにすり寄ってきました。

「幸せよ」
「うんっ」

 嬉しそうな声に微笑みながら、背を緩く叩く。うりうりとほっぺをこすりつけてくる小さなヒーローがとても愛おしい。

 ずっと抱きしめていたいけれど、今日この日は残り四時間弱。それをわかっているクリスティアは、そっと体を離しました。

 少しだけ見上げる少女の瞳は、幸せそうにゆがむ。

「…またね」
「えぇ。また連絡しますわ」

 そう言えばうんっとかわいらしく頷いてクリスティアはリアスの元へと戻っていく。その小さな背を見届けてから、立ち上がった。

「ではおいとましますわ」
「明日あれだったら匿って」
「わかった」

 レグナの冗談に笑って。

 二人には手を振って、歩き出しました。

 門から出たところでドアが閉まる音を聞いてから、足は共に愛原邸へ。

「今日もお泊まりですか?」
「言ったじゃん、うるさいんだって」

 いつもより気持ち寄り添って、薄暗い道を歩いていく。

「別に構いませんけれど、明日の準備は大丈夫なんです?」
「二日の時点で全部持ち込んどいた」
「用意周到ですねあなた……」
「誰かさんに似てね」
「あらどちら様でしょうか」

 言葉のあとに、まるで私と言うようにこつんと指が手のひらに当たり、笑いあって。

 ゆったりと歩く中で、当たった兄の指が私の手を握る。

 笑っているのにどことなく弱々しいその指を握り返し。

「家に帰ったらまたプチパーティーですかね」
「俺もう腹いっぱいなんだけど」
「安心してください、こういうこともあろうかと控えめにと言っておきましたわ」
「お前こそ用意周到じゃんか」

 三月三日、この世で一番大好きな日。

 大好きな日だからこそ、この先のことはお互い口にせずに。

 この日だけはと兄妹で外にも関わらず手を繋いで、他愛ない話をしながら薄暗い道を歩いて行った。

『二年後は手を繋いでは歩けないね』/カリナ


 三月三日は雛祭り。お雛様とお内裏様を飾って、女の子の成長を祈る日。
 同時に愛する妹と共に生まれた大事な日で。

 人生に「金持ちの養子」とオプションがついた場合。

 俺が一年で一番疲れる日でもある。

「華凜様、蓮様、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「これからも健やかな健康をお祈りしています」

 三月四日、今回は誕生日の次の日。
 比較的広い会場を貸し切って行われる誕生日パーティー。グレンの養子になってから毎年行われるそれはいつの日からかカリナと一緒に祝われるようになった。フランスではカリナのシフォンが分家、日本の愛原はうちの傘下になるし、元々親同士が仲が悪かったので本来なら一緒になんていうのはなかったのだけど。

「ありがとうございます。嬉しいですわ」

 俺たちが普段から一緒にいて仲が良いっていうのと、この人当たりのいい妹を義父たちが気に入ったのもあり。いつの間にか仲良くなった親たちがこうして一緒のパーティーにしてくれるようになった。

 それはいいんだ。
 傍にいるときはこうやって一緒にいれる時間が多いと嬉しいし。自分の遠ざけたい思いと嬉しい思いが矛盾してるのには今はとりあえず置いとかせてもらって。

 問題は、そのパーティー。

「今日もお美しいですね華凜さん」
「誕生日は一段と輝いて見える」
「まぁ」

 うちの妹に近寄ろうとしている下心満載の男が多すぎる。

 何が「まぁ」だよカリナ、人当たりが良いのはいいことなんだけどそうやってかわいく笑うから勘違いされるんだって。

「蓮様、お誕生日おめでとうございますっ!」
「あの、プレゼントをお持ちしたんですがっ」
「ありがと、あとで家に送っといてくれる?」
「はい!」

 周りにやってくる機嫌取りの女の子たちは軽くあしらわせてもらいながら、意識はカリナの方へ。妹はいつも通りにこにこしながら褒め言葉や祝いの言葉に対応中。その対応されてる男たちを見れば。

「……」

 なんとまぁ笑いかけられてデレデレしてらっしゃる。
 あれを自分に気がないという妹はやっぱり鈍感すぎると思う。

 金持ちの交友と言えば、結構機嫌取りや建前というのが多い。それこそ今俺の周りでいろんな話をしてくれてる子たちもほとんど俺の機嫌取り。カリナは本気の子いっぱいじゃないですかって言うけど、それはただの建前でその奥にあるのは波風とかグレンの恩恵を受けようという下心。何回か交流してその下心より慕ってくれる気持ちが大きい子もいるから本気に見えるだけ。だいたいの子が俺ではなく家柄にご執心なのは聞こえているのでよく知っている。

 ただ機嫌取りとかが「多い」ってだけで、中にはもちろんその下心が家柄じゃなく本人に向けられていることだってある。

 そしてそのターゲットはだいたいうちの妹である。

 うちの妹は贔屓目なしに美人だと思う。本人の勉強の賜物で口調や仕草はきれいだし、リアスとクリスティアの前以外はおしとやかで品もある。いつだって笑顔を絶やさないし、話を聞くのもうまい。ヒトを立てられるから男だって悪い気はしない。スタイルだって良いし、正直クリスティアへのあの行きすぎた愛が見えなければ完璧だと思う。

 だからこそ。

「よければ今夜二人で食事でも」

 こうして悪い虫が付くのである。

 即座に女の子たちの輪から抜けさせてもらって、足は妹のところに飛んでいった。

「困りますわ」

 ほんとに困るわ。

「たまには君とゆっくり話したいんだけどな」

 待て待て待て待て手を伸ばすな。カリナも引けよ体をっ。

 歯をギリッと噛みしめて。

「すみませんが」

 大きく踏み出し、妹の肩を抱いて。

「夜は家の方で食事があるんで」

 きっと笑っていないであろう顔で、言えば。

 目の前の男はひっと喉をひきつらせる。それと同時に妹からはため息。俺がため息つきたいんですけど??
 とりあえず文句言うのは後にして、カリナに手を伸ばそうとしてる男を始めとした下心満載の男たちを睨む。今取り囲んでる奴らはそこまで度胸がないのか。

「っ」
「す、すみません蓮さまっ」

 睨む俺の目を見ようとはせず、そそくさと去って行った。

 それを見届けて、ようやくため息。

「誕生日のパーティーくらいおとなしくできないんです?」
「お前の身を守ってる兄にその言い草ひどくない?」

 そのうち絶対食事とかに連行されそう。小さく呟けば、聞こえた妹はそんなことないですと頬を膨らませて歩き出す。

 背中を追いながらウェイターから飲み物を一つ受け取って、妹が先に寄りかかった壁に背中を預けてグラスを渡した。カリナは不服そうに、グレープジュースが入ったグラスを傾けて。

「お義父様のお仕事が減ったらレグナの影響ですからね」
「昨日も言ったじゃん。その程度なら切った方がマシって」

 自分で事業建ててある程度波に乗って妹さんを迎えにきましたくらいの度胸があるなら初めて考えるわ。

 それを言ってしまうと誰かに聞かれてた場合ほんとにやってくるやつもいそうなので言わないけれども。

 妹から飲みかけのグラスをさらって、ジュースで喉を潤す。合間に見た時計はパーティーが始まって一時間弱。残り半分くらい。多少話しがあって延びても夕方には終わるか。

 後は誕生日特有のものを乗り越えるのみ。

 ぐっとグラスの中を飲み干して、やってきたウェイターにグラスを返し。

 腕を組んで、今年来るであろう輩たちを見回した。

 そして予想通り、”それ”がやってきたのは約二十分後。

 ある程度食事も終えて、それぞれ話も落ち着いてきた頃。

 始めと同じように、俺たちの周りに人だかりができる。
 さっきと違うのは集まってる人たちが手にプレゼントを持っていること。

 年を重ねたご息子ご息女への好感度アップイベントであり。

 金持ちというオプション付きの家に世話になった俺が一年で一度、一番疲れるイベントである。

 特段俺たちが何かをするってわけじゃない。プレゼントを受け取ったり、手に持ちきれなかったら執事にでも渡してもらったり。お礼を言ったりとか至って普通なこと。

 それでも俺が疲れる理由は、

「お誕生日おめでとうございます」

 妹狙いの奴が送ってくるプレゼントの本気具合がそれはもうすごいからである。

 たとえば今目の前に来たやつ。

 手に持ってるのは真っ赤なバラの花束。もうこれだけで「プロポーズですか??」って聞きたくなるんだけれども。
 花って本数で結構意味がありまして。そっと数えてみると。

 二十四本。

 意味は、「一日中想っています」。

 怖いわ。

 ぞっとしてしまった体をさりげなくさする。

「まぁありがとうございます。素敵なお花ですね」

 妹は気づいてるのかいないのかはわかんないけど笑顔は変わらない。こういうところはさすがだなと感心しながら。

 そのカリナにプレゼントを渡した男は、今度は俺の前へ。

「蓮様にはこちらを」

 差し出されたのは、それはもう高そうな箱。ラッピングされてないところを見るとこれは開けろと言うことか。

「……ドーモ」

 リアスがいたらもっとちゃんと礼をしろって叩かれそうだけど、とりあえずお礼は言ったのでよしとして高そうな箱を受け取る。わぁ重い。見なくても箱の形的になんか中身わかるんだけど。

 ただ向こうの「ぜひ開けてください」という圧がすごいのでそっと開ければ。

「……わー……」

 予想通り、そこにはおったかそうな金色の時計が。

「ぜひ学校生活のお供にしてください」

 むしろ高すぎてできませんけど? 絶対うん十万はくだらないやつじゃん。いろいろと気持ちが重いよ。いいよ別にカリナにいいように見られたくて見栄張らなくたって。

 苦いものになるけれどなんとか笑みを浮かべながら、心の声はぐっと押しとどめて。

「……ありがとうございます」

 そう言えば、満足そうにその男は去っていった。

 けれどため息をつく間もなく。

「蓮様、華凜様、お誕生日おめでとうございます」
「こちら外国から取り寄せたお菓子になります。少し早いのですがホワイトデーも込めて」

 今度は執事付きの男性。
 執事が見せたのはこれまた高級そうな箱。それを俺たちに見せるように開けた。

 中にはキャンディーとマカロンの詰め合わせ。本人がホワイトデーってわざわざ言ったんだからこれも意味あり。

 キャンディーってなんだっけ。確か「あなたが好きです」?

 マカロンは、「あなたは特別」みたいな。

 そして。

「蓮様にはこれも」

 俺の前にもう一個出されたのは、マドレーヌ。ホワイトデー、カリナ狙いの男から俺んちによく送られてくるやつなので意味はしっかり覚えてる。

 ”もっと親密になりたい”。

 親密になって最終的に「妹さんをください!」みたいなイベントだよね。

 あってたまるか。

 顔がひきつりそうになるのをなんとか耐えながらまたお礼を言って、相手を見送る。入れ替わるようにまた男性。

 その手には白いバラと、高そうな箱。

 あぁまた時計かなーと思いつつ、現実逃避するように並んでる列に目を向ける。
 やっぱ男が多いな。俺のとこに来る子たちには元から「家に送っといて」って言ってるから毎年男多いんだよね。男にもカリナが言ってたはずなんだけどな。欲にはやっぱ勝てないんだろうか。

 なんてバカなことを考えながら、カリナとその男の会話が終わってプレゼント渡しますみたいに聞こえたのでそっちを見れば。

 白い二本のバラが、カリナに手渡された。

 白いバラはたしか、「私はあなたにふさわしい」だったっけ。んで本数は──

 ”この世界には二人だけ”。

 二人どころかこの空間にもヒトが何十人いらっしゃいますけれども。
 これ絶対チョイスミスじゃん。もっとこう、二人っきりの空間で渡す物じゃんどう考えても。まだ一本の一目惚れとかの方がよくなかった?

「ありがとうございます、嬉しいですわ」

 けれど妹にそう言われた男は舞い上がっているのが顔に出ている。喉から「建前だよ」って出かかるけどそこだけはぐっとこらえて。

「蓮様にはこちらを」

 嬉しそうな顔のまま俺の前にやってきたヒトから、高級そうな箱を受け取る。毎回毎回「開けてください」という圧がすごいので、そっと箱を開ければ。

 そこには高そうな金色の──おっとさっきも見たぞこの時計。

 買った店が違うのか入れる箱がプレゼント仕様なのか箱は違うけれど。驚いた顔で止まってしまい、目の前のヒトが少し焦ったように声を出す。

「も、もしやお持ちで……!?」

 先ほど所持済みに。

 というのは抑えて。

「いえ」

 ぱっと切り替えて、人当たりのいい笑みを浮かべた。

「この時計ずっと欲しかったものだったので、驚きました」

 にっこりと妹よろしく言えば、その人はほっとした顔になって。

 恐らく好感度が上がったんだろうと勘違いをして、俺の前から去っていった。

 それからも意味のあるプレゼントを妹に贈られ続け、夕方。

 当日は妹と過ごさせてもらったので今日はと波風邸に帰り、ネクタイを緩めながら開けられた扉をくぐる。

「お帰りなさいませ」
「うん」
「お疲れさまでした」
「……ほんとにね」

 苦笑いをこぼせば、波風で俺の面倒をよく見てくれてるメイドも困ったように笑う。
 労いにお礼を言って廊下を歩き出した。

 歩きながらジャケットを脱いでる途中に、後ろをついてきてるメイドへ。

「”あれ”は?」
「届いております」

 あちらにと手をかざされた場所は少し広めの、会議とかに使われてる部屋。

 自室には向かわずそこに歩いていって、メイドに鍵を開けてもらって中に入る。

「……うわ」

 中には、これでもかと積まれたプレゼントの山が二つ。

 片方は俺宛の。主に「後で送っといて」ってお願いした女性陣から。

 もう片方は。

「こちらがカリナ様とレグナ様に宛てられたものになります」

 昼間行列をなしてカリナに渡してきた思いたっぷりのプレゼント、宅配バージョン。

 俺の身長を超えるくらいのそれに引き笑いしか出なかった。

「これで全部?」
「我々が確認した物は」
「そ……」

 今年も多いなと、これからやることに遠い目をしつつ箱にいくつか指を這わせて住所とかを確認。

 さっき直接渡してきたやつも入ってるな。あとは遠方のヒトとか、今日予定が合わなかったヒトとか。

 これを住所とヒト確認して、中身に変な物がないか確認して。変な物は申し訳ないけど退かしてもらって安全な物だけをカリナへ。積み上げられた果てしない作業にため息をつけば、ジャケットとネクタイを回収しに隣に来たメイドが俺の顔をのぞき込んだ。

「お手伝いは」
「いいよ、自分でやる」

 それには「そうですか」とこぼして、足音が遠ざかっていく。たぶん飲み物とか持ってきてくれるんだろうと気遣い屋なメイドに感謝して。

「……やりますか」

 若干あの過保護な親友に似てきてるなと思いつつ、中身チェックをするために一番上の箱から手にとった。

『双子バースデーパーティー』/レグナ