──魔術。
それは魔力を持っているハーフやビーストが扱うことのできる術。けれど、魔力を持っている”だけ”では実は魔術は使えないんです。魔力とは能力を会得し、そして具現化させるための手段となるもの。
私たちは”魔力結晶”と呼ばれる、能力を結晶化したものが体内にあることで初めて魔術を使えます。その魔力結晶を作るには、欲しい能力に魔力を流し込み結晶化させたあと、体内に取り込みます。ちなみに魔力を有する者には体の中に”結晶器官”というものがあるので体に影響もないですよ。結晶も自分の魔力を自分の中に戻すだけなので違和感だったり痛みだったりもなにもありません。
その魔力結晶に自分の魔力を流し共鳴させることで、能力を具現化できるようになります。熟練の魔術師であるならば魔力結晶はいくらでも体内に入れることはできますし、”この能力を使う”というイメージさえあればいつでも自分の使いたい魔術を使うことができます。
さて、何故私がこんな話をしているかというとですね。
本日は五月一日、一年生による合同演習の日だからです。
エシュト学園は人の笑顔を守るというコンセプトを掲げた学園。そのために、日々の見回りやボランティア活動が盛んに行われています。生徒それぞれ行く道は違えど、学園に入った以上、その方針には従わなければならない。なので日々の活動は全員参加。そして万が一、活動中にビーストやヒューマンの争いがものすごいことになったときには、武力行使でもなんでもそれなりに対処ができないといけません。
そこで、最低限の戦闘力をつけるために、エシュト学園ではほぼ毎月のはじめに、丸一日使った学年別合同演習があります。
と、いうわけで。
「相変わらず広いですねぇ」
「スタジアムに立つと、なおさら…」
一年生全員が動きやすい服に着替え、学園の離れにある演習場までやって来ました。クリスティアと二人、揃ってぐるりと見回します。
洋風なエシュトの校舎に合った外装、中はまるでコンサートホールを思わせるような広さ。入学説明会で観覧席から見たときは広いですねぇくらいでしたが、スタジアムから見上げてみると圧巻の一言に尽きますわ。全校生徒が入れるくらいはあるって言ってましたけど、見渡した限りそれ以上の人数が入りそう。視線を一周させて隣の男性陣に目を移すと、彼らはその広さに心なしかわくわくしているご様子。ただうちの男性陣の場合、初めてこんな広さを体感した、というようなかわいいものでなく。
「全力で走っても余裕あるね」
「まぁ、暴れるのには十分な広さだな」
「これなら千本思いっきり投げられるわ」
「楽しみだな」
思いっきり戦闘ができるという嬉しさですよね。知ってましたわ。
「さてペア決めでしたよね」
切り替えるように手を叩いて、幼なじみへと促す。
朝のHRによると、演習は二人一組。今回は初回ですし、全員が互いの実力を把握していないだろうから同性同士、そしてヒューマンはヒューマン、能力者は能力者同士で組むこと。それを守ればペアは自由。ちなみに何故この場で決めるかというと、種族の割合上、クラス内だと余りが出たりなんなりあるからだそうです。
さてペアが決まり次第のスタートになるので、まずは相方を決めなければなりませんね。まぁ自由となればもう決まったも同然。
「この四人で異議はないです?」
「あぁ」
「おっけー」
「へいき…」
聞けば、三人も即座に頷きました。さすが幼なじみ、考えることは一緒ですわ。
では同性同士という縛りがあるので。
「私が刹那で?」
「俺が龍かな?」
「そうなるな」
「うわぁやりたくない」
「とか言いながらなんだかんだ気楽だろう?」
「まぁ手加減するよりはね」
なんて笑いつつ、ぱぱっと決まったペアを報告しにスタジアム中央へ向かう。
報告の順番待ちの列に少し並んだところで待っていたのは、我らが担任江馬先生。四人一緒に報告をして、
「え~、愛原・氷河ペアと炎上・波風ペアですね~。ではこれをお渡しします~」
彼女がタブレットに入力したあと、間延びした声で渡してきたのは、番号が書かれた紙。
「私たちが20ですね」
「俺たちは21」
「あなた方がこのスタジアムで戦う順番になります~。ひとまず九番目以降は一度上の観覧席で待機。スタジアム中央のモニターに、次降りてきて欲しい番号が出るので~」
「それが出たら降りて来いと?」
「はい~。それまでは観戦するなり、裏に書いてあるルールを読んでいてください~」
言われて裏を見ると、少し細かに演習のルールが。
「質問がなければ移動をお願いしま~す」
「行きましょうか」
「はぁい…」
促され、ひとまず我々は待機組になるので観戦席へと向かいます。
その道中で、先ほどちらっと見た、番号裏のルールへ目を走らせた。
「えー、ルール説明。”制限時間は三十分。勝利条件は、相手の戦闘不能もしくはリタイア。合同演習での武器・能力の使用は問わない。ヒューマンで武器を未所持の場合は貸し出し武器場で借りることも可──。”あとは先生が止めに入ったら素直に従うことだそうですわリアス」
「何故俺に言うんだろうな?」
「あなたが一番厄介なので」
「自分の能力の扱いは心得ているから大丈夫だ」
まぁそうですか、と軽く流して階段を上がりつつ次へ。
「で、待機中の指示も書いてありますわね」
「”待機中は他の生徒を見て勉強、もしくは各々の授業に戻ることも可”だって。ただし今回の初回だけは演習場内にいること」
「授業に戻っていいとは随分良心的だな」
「まぁ自分の夢の方に少しでも多く時間割きたいやつもいるだろうしね」
「加えて制限時間ぴったりで交代が続くとなると待ち時間も相当ですわ。今日だってぴったり終われば二時間半待ちですもの」
「時間を有効活用しろということか」
「そういうことですわ」
話しながら階段を上がりきり、観覧席へとやって来ました。早めに報告に行った甲斐もあって席はガラガラ。順番も早めなのですぐ移動できるところにしましょうかと、通路を出たすぐのところに腰を落ち着けました。
そうして四人で裏の注意事項を読むことしばらく。
「…!」
ビーッという電子音が鳴りました。見上げると、中央上部に設置してあるモニターに開始という文字が。あら始まりますのねと、下を見る。
スタジアムの方では電子音と同時に始まったようで。四組がすでに己の武器を交えていました。
ヒューマン同士は基本的に組み手。場所によっては竹刀を持って闘りあってるところもありますね。ハーフやビーストは比較的魔術合戦が多い様子。
しかし、魔力結界で分けられたどこの組も、その戦い方はどうしても拙い。魔術は立派なのに、相手に当てるのが怖くて大きく外したり、組み手も勢いがない。
これは──。
「三十分も保ちそうにないですね」
「十分くらい…?」
「まぁそこらへんが妥当だろうな」
「一年のときは、仮に順番が後ろでもここにいるのが賢明かもね」
「下手したら戻ったときに自分の順番が過ぎてそうですものね」
そう話している間に、案の定次々と決着がついていくスタジアム。その大半は、ペアの降参。ギブアップする方が多いようです。
交代してまた始まるも。
「あらら、またギブだ」
「十分どころか五分も保たずに交代ですわね」
まぁほとんどの生徒は戦闘のために来てるわけじゃないのだから当然ですかと納得してしまう。これはやっぱり──。思った言葉は、隣の兄がつまらなそうに言った。
「四人で組んで正解だったね」
「ノってきたところでギブアップだと萎えるしな」
「よっきゅーふまん…」
「不完全燃焼だ」
さらにギブアップが続く中、ふとモニターを見上げる。四つに分かれた円の中には、11、12、13、14。スタジアム前待機の欄には、15、16、17、18。呼び出し欄には19。そしてたった今リタイアが出て、数字が動き。
呼び出し欄が20に変わりました。
「クリス、行きますよ」
「はぁい…」
私たちは20なので、変わったと同時にクリスティアに声をかけ立ち上がる。
「俺たちももう行く?」
「その方が早そうだな」
この早さならすぐ呼び出し欄変わりそうですものね。あまり順番は詰まらせては行けないので、次の出番のレグナたちも連れ少し駆け足で下に向かった。
そうして階段を下り、パタパタとスタジアムへと抜けると、
「あら」
「…終わったね」
ちょうど手前側で行われていた演習が、片方のギブアップで終了しました。ナイスタイミングなのかなんなのか。座る間がなかったのは少々惜しいですが、少し乱れた息を整え、クリスティアに声をかける。
「行きましょうか」
「ん」
「刹那、手加減するなよ」
「わかってる…」
「頑張れよ華凜」
「はーい」
次の順番を待つ二人にエールを送られ、スタジアムに入ります。お互い配置についたところで、まずは魔力結晶にしてある刀を具現化しました。クリスティアも自分の能力、氷を刃にして両手に持つ。
さぁ、頑張って参りましょうか。
「はじめっ」
準備を整え、先生の合図と共に同時に走り出した。
我々が配置された区画の中央。軽快な金属音を奏でて、刃が交わる。
「っ……」
「…」
私の刀とクリスティアの氷刃による押し合い。パワーはこちらがほんの少し上。両手でしっかりと柄を握って踏み込めば、彼女は一歩下がった。
このまま押し進めようとさらにこちらが踏み込んだ、瞬間──。
「──!」
感じた魔力と、冷気。下を見れば、地面が少しずつ凍っていく。
──あ、やばい。
反射的に後ずさるように跳ぶ。直後、氷の結晶が地面から勢いよく飛び出してきました。危ないですね。気付かなかったら串刺しですか。
「これ私じゃなかったら死んでますよ?」
「手加減はだめ、って言われたから…」
あの男余計なことを。あなたに従順なこの子にそんなこと言ったら実行しちゃうじゃないですか。目の前の子ではなくこれを見守っている男に若干の殺意が湧く。
「ふぅっ……」
ただ彼への恨み言はこれが無事終わってから。息を吐き、体制を整え、魔力を練る。
さて魔術とは、魔力結晶に魔力を流して能力を具現化したもの。熟練した方ならば、いつでもどこでも能力を使うことができます。
でも、どんなに優れた方でも能力を引き出せるのは八割方まで。
生物みな頑張っても雑念が入ったりするし、戦闘時なんてなおさら集中力は術だけには持っていけない。そんなとき、魔力結晶と100%共鳴するため”言霊”というものが必要になってきます。今で言ったら”詠唱”ですね。
この能力を使うためにはこの言霊を言う、というのを自分と魔力結晶の間で決めておけば、能力を使うとき最大限に引き出すことができるのです。
たとえば──。
【舞い散る華よ、刃となりて敵を貫け!! ブロッサムレイン!!】
魔力を練るのと同時に”言霊”を発する。そうすると、私の能力、桜の華は鋭い刃と化して、雨のようにクリスティアへと降り注いだ。
「っ…」
まぁ身軽なあの子には跳んでよけられちゃいましたけど。こんな風に、言霊に呼応して技が打てるんです。ちなみに同じ魔力結晶にいくつかの言霊を決めておけばそれに応じて技も変化してくれます。自分の好きなようにカスタマイズできてとっても楽しいんですよ。
なんて紹介してる暇はもうなくなるんですけどね。
【…宵闇に浮かぶ夢幻の世界】
聞こえた詠唱に、やばいとこちらも魔力を練る。集中して、できるだけ強度を高めるように。その間に、暗くなっていく視界。
【迷い子には幻想を、あらがう者には凍てつく刃を】
【聖なる光よ、我が身を守れ──】
【無限氷夢】
【バリアー!!】
寸でのところで自分を覆うように結界を張る。同時に、真っ暗な世界で無数のはじかれる音が聞こえた。見えはしないけれど、恐らく無数の氷の刃が私を串刺しにしようと攻撃してるんでしょう。本来ならとどめを刺すときに使う彼女の奥義とも言えるような無限氷夢。暗い世界に閉じこめ、無数の氷の刃で相手を貫く技。演習で出しますかこれ。冗談抜きに私じゃなきゃ死んでますよ??
「……」
まるで永遠とも言えるような時間をなんとかバリアーで耐えしのいでいると、音が止む。
直後、クリスティアが術を解いたんでしょう、空間に光が射しました。どんどん広がっていくその光のまぶしさに目を細めながら、自分の結界を解く。
さぁ空間が開ききった瞬間に反撃へと移りましょうか。
そう、勇んで踏み出した足は。
「──っ!」
──それ以上、進めることはできなかった。
「つかまえた」
目の前にはまぁ珍しいちょっと楽しげなクリスティア。
いつもならかわいいなんて思いますが、今はその笑みに冷や汗が流れる。頑張って笑みだけは返して、状況を確認しようと目だけを動かしてみると。
私の首もとには、彼女の氷刃の切っ先。
反射的に後ろに身を引きたくなるけれど、それはぐっと抑える。見なくてもどうなってるかなんてわかりますわ。この戦術を嫌と言うほど知っているから。恐らく後ろには、下がれば突き刺さるように氷の刃が展開されているはず。リアス直伝の戦闘術。
これを、打破するとなると──。
そう考えてすぐ、心の中だけで首を振った。これ以上は”本気の領域”に入ってしまう。それをするとこの後がいろんな意味でやばいと、長いつき合いで知っているから。
「……今回は降参ですわ」
カランと刀を落として降参と手を上げる。
しかし、この刃はすぐに解かれることはないことも私は知っていた。
「しょ、勝者、氷河」
そしてそれは、審判が「終わり」だと告げても。身を守るための戦い方を散々恋人から教え込まれているこの子は、ただ一人の許しがなければ「終わり」を認識しない。降参だと告げた相手が、術を解いた瞬間に反撃をしてこないように。面倒なことを教え込んでくれましたねと、解かれることのない術にため息を吐いて、助けを待つ。
「刹那」
決してクリスティアから視線を逸らさず、降参の手を下げぬまま立っていれば、案の定彼女の後ろにその男は来た。
「”終わり”だ。もういい」
「…!」
彼のその一言。たったそれだけを、合図に。
「…わかった」
解かれる彼女の魔術。きらきらと雪が降るように消えていく氷の中で、無意識に張りつめていた緊張の糸が切れた。ほっと胸をなで下ろしていると、肩を叩かれる。そちらに目を向けると苦笑いの兄がいて。私も苦笑いを返した。
「お疲れ」
「ありがとうございます」
「もうちょい遊ぶと思っていたんだがな」
「あなたが手加減するなと言わなければもっと遊びましたわ」
むくれたら素知らぬ顔で肩を竦められたので、心の中だけで彼にグーパンをかましておく。
「では刹那、行きましょうか」
「はぁい…」
こんな男は放っておき、すぐに交代だからとクリスティアとスタジアムを出ようと歩き出しました。
「……」
「……」
そこで、周りが妙に静かなことに気付く。見渡すと、ぽかんとした様子の生徒たち。演習を行っていた生徒もこちらに見入っていたのか、先生に注意されて模擬戦を再開させていました。あら、刺激が強かったかしら。これ結構優しい方なんですけども。たぶん全員が本気出したらこんなものじゃ済まない。
「龍、がんばってね…」
「刹那さんエール送るのまじやめて」
「どれくらい強くなったか見てやろう」
「そんな大したことないんでお手柔らかに、ほんとに」
「頑張ってくださいね、死なない程度に」
そんな周りのことは気にせず、スタジアムを出る直前にエールを送って、私たちは観覧席へと向かいます。
廊下を少し急ぎ足で歩きながら、前を歩くクリスティアに声をかけた。
「また強くなってましたねぇ」
「そう…? 華凜もだよ…」
「あら、お褒めに与り光栄ですわ」
肩を竦めて笑うと、振り返ったクリスティアも少し機嫌が良さそうに微笑んだ。
「たまにはこういうのもいいね…」
「まぁ普通ならあんな遊びませんものね。新鮮でしたわ」
互いに本気だったらあんな刃を交えるなんてしない。始まった直後に一瞬で首を狙うでしょう。そこは演習ならではの遊び。次の彼らの闘いではどうなるか知りませんが。
「向こうも、ちゃんとお遊びで済むといいね…」
「そうですねぇ。レグナがそんなに乗り気じゃなさそうでしたし、リアスも自分の力の扱いは心得てると言ってましたし。大丈夫じゃないですか?」
うん、たぶん。笑ってはみるけれど自信はない。互いにノってしまって本気に、なんてことはとてもありえる。できれば、というかぜひにそうならないことを願いたい。なにかあっても戦力的に女子二人では止められない。
「あら、ちょうど始まりますね」
「ん」
上にあがって前の方の席に座り目を向ければ、互いに構えていた兄とリアス。タイミング良かったですね。準備が整ったところで、先生のかけ声で同時に走り始めました。顔は、表向きは憂鬱そうだったりしていますがどことなく楽しそう。こういった演習みたいなものはここ最近ではあまりしませんでしたものね、気持ちはわかりますわ。楽しむことはとてもよいこと。それを見れるのもこちらとしては嬉しい。ただまぁとりあえず、
再び下に降りることだけはなければいいなぁと思いながら、その戦いを見守った。
『どうか男性陣のテンションが上がりませんように。』/カリナ
「はじめっ」
かけ声と同時に、目標に向かって走り出す。
さぁやってきました地獄の時間。お送りするのはもちろんレグナです。カリナたちの演習が終わって入れ替わるように俺とリアスの演習になりました。気持ちは楽だけど体はきつそうなので少し憂鬱です。
「さっきは四人で組んで正解とか言っておきながら憂鬱そうじゃないか」
「いやぁ、体がきっつそうだなぁって思うと段々ね」
俺の千本とリアスの短剣が交わる度にガキンと金属音を鳴らす。いつもなら始まりの合図で首をとろうとするけれど、リアスが短剣を出したから俺も走り出してお遊びに応じた。刃を受け止めては弾いて、俺が踏み込んではリアスに受け止められて。軽快な金属音を奏でながら、会話も弾む。
「本気出せる分気は楽だろう?」
うん、そうなんですけども。
「最強チートの相手は楽じゃないんだよ。ラスボス魔王め」
「俺が魔王ならお前は勇者か。お似合いだな」
「魔王に勝てない勇者って何??」
勇者って最後は勝つんじゃなかったっけ。俺ほっとんどリアスに勝てたことないんだけど。
さぁ今日は勇者になれるかねと、リアスの斬撃を千本で軌道を変えるように振り払ったとき。
「まぁ魔王は今日、勇者と戦えて機嫌がいいからな」
ゾッとした。あ、もう余裕なくなるわ。俺今日が命日に変わるかもしれない。なんて苦笑いがこぼれた。
「頑張れよ」
ひゅうっ魔王スマイルいただきました。
「努力はします──よっとっ!!」
振り下ろされた短刀を、千本で思い切りなぎ払う。ひときわ大きな金属音を奏でて弾かれた俺たちの武器。その勢いに任せて、互いに後ろに飛びずさる。俺は息を整える間もなく、魔力を練り始めた。
【吹き荒れる嵐よ、敵を撃ち抜け!!】
手で銃の形を作って、練り上がった魔力をリアスに向け、放つ。
【ストームショット!!】
詠唱の直後、三つの風の弾丸が勢いをつけてリアスに向かって行った。撃ったと同時に俺も走り出す。通常の弾丸よりも速いこの弾は普通のやつなら止められないし、避けられもしないのでこれで終わるから何もしなくていいんだけど。
相手は普通じゃないとよく知っているので。
【あらがう全ての力を無に帰せ──。リフレイン】
リアスが詠唱を唱えて俺の技に手をかざせば、弾丸はなかったことのように消えてしまった。魔力を”打ち消す”系の技が得意なリアスだから、止められる。うん、わかってた。
「おっと」
だから弾丸を追うように走って、消えた瞬間にリアスの懐に入り、顔を狙って千本で斬りあげる。けれど、こいつは驚くこともなく余裕そうに身を引いて、俺の千本を受け止めた。リアスの顔の前でギリギリと武器を押し合う。
「ちっ」
「甘い」
「ぅぐっ!」
体勢を立て直そうかと身を引こうとした瞬間。思い切りなぎ払われて、ついでに腹を蹴飛ばされて。俺の体は宙に浮いた。めっちゃ痛いんですけど。でもリアスから離れたし結果オーライかと思って着地しようとした、そのとき。
【轟け雷鳴】
聞こえたリアスの詠唱。同時に俺の上には雷雲。まじか。え、幼なじみ相手に容赦なくない?? 宙に浮いたままの状態で、急いで魔力を練り始める。
「あーもうっ!!【風神よ我が呼び声に答えよ!!】」
【我が身にあらがうその全てを貫け】
【仇なす者に制裁を、力なき者には汝の加護を!!】
【ライトニングスピア】
【ウインドプロテクション!!】
リアスが呼んだ雷の槍が体に届く直前。俺が唱えた技で、その槍ははじき返されていった。風で自分の身を守りつつ、敵の攻撃を全部弾いてくれる技。覚えといてよかった。これのおかげでなんとか一命取り留めた。ほっと一息をつく。
「いてっ」
安心して着地失敗したけど。
「ほら立て勇者様」
「魔王さまは楽しそうですねー」
「まぁな。お前も表情の割には楽しそうじゃないか」
「うん、それは否定しないかな」
久々に魔術がんがん使えるし。
「ただやっぱりお前の相手めんどくさい」
「そんなにか?」
「なんだろ、楽しいんだけど精神的に疲れる」
死ぬか死なないかも考えさせられて。それが面倒。立ち上がって、埃を払いながら恨めしげに睨む。それにリアスはんーと悩んで、
「俺が相手じゃなきゃ疲れないのか?」
「は?」
ひらめいたとばかりに聞いてきた。俺がきょとんとしているとリアスが魔力を練るのを感じる。待ってね、なんか嫌な予感しかしない。
「俺の相手が嫌なら他の奴を喚ぼう。それなら満足だろう?」
「待ってリアスさん何する気」
【我が身に眠る覇者の魂──】
「聞いて!?」
リアスは俺の言葉なんて聞かず詠唱を続けてく。俺これ初めて聞くんだけど何するの??
【呼び声に応え、その力を示せ】
リアスが詠唱を終えると、地面には魔法陣が展開された。ん? 召喚技?
『グルルルル……』
光り輝く魔法陣からその姿が現れる。まぶしさに目を細めながら、正体を確認するようにゆっくりとそいつの体を見た。
宝石みたいに青い瞳。
硬そうな、真っ黒い体。
それと同じ黒い翼──って待って。
「ドラゴン来ちゃったよ!!」
光が収束してしっかり目を開くと、目の前には俺たちの数倍の大きさのドラゴンが佇んでいた。この幼なじみはドラゴンまで手懐けちゃいましたか。
いやいやいや。
「ダンジョンのヌシみたいなんですけど!?」
「なんかすごい奥の方にいたぞ」
「でしょうね!」
「ちなみに名前は”冴楼”だそうだ」
「ネーミングセンス!!」
付けたのはクリスティアか!! 格好良いドラゴンが台無しだよ!!
「つーかこんなのいつの間にっ!?」
「前々回あたりだな。お前達双子が多忙すぎて言うタイミングがなかった」
あぁ、それなら納得。
じゃなくって。
「せっかくだ、挨拶がてらフレアショットでも行っとくか?」
「待ってそいつがなんか技出すとスタジアム吹っ飛ぶから! しまって!」
「俺が相手じゃない方がいいんだろう?」
「ドラゴン来るなんて思わねぇよ! いいから早くしまえ! 風がすごい!」
「ここなら遊ばせられると思ったんだが」
「人々の命を犠牲にするつもりですか!?」
翼が羽ばたくだけで吹っ飛びそうだ。俺の抗議に、リアスはものすごく不服そうにドラゴンを自分の中に戻す。数秒の登場だったけどごめんな冴楼。さすがにここではやばい。そして逆に疲れたよリアスさんや。
「で、今何分だ?」
そんな俺のうんざりとした目なんて意に介さず、リアスは試験官の杜縁先生に聞く。そういえば結構時間が経った気がすると、俺も先生の方に向いた。先生はリアスの術にびっくりしてたんだろう、声をかけられて少しわたわたとしながら腕時計を見る。
「今、は十五分が過ぎたところだ」
あと半分。
自然と目が合って、リアスが楽しそうに笑った。
あ、そろそろ仕掛けてくるんですねわかります。うわぁ時間が経つにつれてさらに憂鬱になってく。
「遊びすぎたな」
「ドラゴンお披露目するからだろ」
「たまには外に出さないと可哀想だろう?」
「もっと広くて人的被害が出ないとこで散歩させてやって──ってぇ!?」
俺が話してる途中で数メートル離れてたはずのリアスがいきなり目の前に現れて短剣を振り下ろしてきた。反射的に跳びずさる。ナイス俺の反射神経。髪の毛数本斬られたけど。さらば俺の毛。
「あっぶねぇな!」
「一応戦闘中だというのを忘れてないか?」
「お前がびっくり行動ばっかりするからだろ!」
声を荒げながらも体勢を立て直してから両手に千本を構え、リアスに立ち向かう。お互いになぎ払った武器が勢いよく合わさって、ガキィンと再び金属音が響いた。
そしてまた押し合いが始まる──
ことはなく。
「っ」
今回は、俺が受け止めて、ただただ押される形になった。
何故か。
「お前ほんとに左弱いな」
とっさに苦手な左手でリアスの刃を受け止めてしまったから。俺のバカ。
「利き手じゃないから苦手なんだって。力入れにくい」
「甘えたこと言うな」
言って、リアスは一度思い切り押し込むように武器をなぎ払う。押された勢いで体が離れ、解放されたのもつかの間。すぐにリアスは隙ができやすい左手を集中的に攻撃してきた。わざとらしい小さな動きに対応するのでいっぱいいっぱいで、防戦一方になってしまう。
「リアスだって、っ利き手以外、そんな使わないじゃんっ!」
「それでも右も使える」
見せつけるように、短刀を右手に渡して俺の千本をなぎ払った。そのままクルッと逆手に持ち替えて、踏み込んでくる。まぁ器用なこと。力だって全然抜けてなくて、重い斬撃でなぎ払われた。びりびりとしびれる左手を軽く振りながら、勢いに任せて飛びずさる。
「さすがチート……」
「褒め言葉として受け取っておく」
ごめん全然褒めてねぇわ。
今度はきちんと体制を整えてリアスに向かう。利き手の右でリアスの首めがけて千本を横から払おうとしたときだった。
「だから左が弱いと言っている」
リアスが、刃なんて構わず思い切り踏み込んできた。狙った先は、
──俺の左目。
「──っ!」
すかさず右手の攻撃はやめて、左手の千本で受け止めた。左目から見える数センチ先の刃に、冷や汗が背を伝う。
あっぶなかったー。
受け止めらんなかったら左目が逝ってた。もちろん本気で潰そうなんて思ってもないんだろうけど、「やられる」と思わせるくらいの気迫で来るからまじで焦る。そりゃとっさに身も引くよね。
これ以上刃が進んで来ないようになんとか耐え──ってちょっと待って押してこないでまじ怖い。
できれば体制を整えたいところだけど、さすがリアス、そんな隙は与えてくれない。さて状況確認。
前に進むのは言わずもがな無理。目に刺さりますね。
左はうまい具合にいなしづらい角度なのでこっちに逃げるのも無理。後ろは、刃の進行をなんとか押さえてる手の力を緩めて身を引く、という案もあるんだけど、もれなくリアスの刃が勢いよく前進してくるというおまけがついてくる上左目はさようなら。というわけで却下。
右は──。
「だいぶいっぱいいっぱいになってきたな」
なんて笑いながらいつの間にか出していた銃をスタンバっているので無理。
詰んだわ。
「誰のせいだよっ……!」
「俺だな」
往生際悪く、どうにかここから抜け出そうと魔力を練ろうとするけれど、絶妙なタイミングでそれを妨害される。テレポートもできないし通用しないの知ってるけど猫騙しみたいなのもできないし。こいつ敵に回すとまじでめんどくさい。だから嫌なんだよこいつと闘うの。心の中で悪態を吐きながら、頭を回転させる。
そのとき、こいつの殺気が膨れ上がるのを感じた。
ついでに魔力を練り始めていらっしゃる。リアスさんの口角なんてさらに上がってるじゃないですか。ああこれ確実にやばいなと思うも、俺は弧を描いた口が動くのをただ見ることしかできなかった。
【冥界の扉よ開け──】
ギリギリと押し合いを続けているまま、リアスは詠唱を口にする。よくもまぁこの状況でそんな奥義が打てるものだと、この詠唱を知ってる俺はその場に似つかわしくない尊敬の念を抱いた。ただこのまま行くと技の避け方を知らない俺は確実に冥府行きなので。尊敬はそこそこにリアスがくれるであろう最後のチャンスに全神経を集中させる。
【罪ある者に裁きの業火を。その魂償う余地さえ与えず焼き尽くせ】
「、ぅぐっ!!」
詠唱が終わった瞬間、リアスは勢いをつけて俺をなぎ払い、腹を蹴飛ばした。再び俺の体が宙に浮く。
──ここだ。
痛みと吐き気を抑えて、急いで魔力を練った。
【炎舞滅永葬】
リアスの声と共に、俺の周りに展開される業火。まともに喰らったら生きてられるやつなんていない。ついでに言えばこれを防御できたなんてやつも聞いたことない。俺を飲み込むように迫り来る炎に反射的に身を縮める。
炎が、俺にたどり着く、その直前。
【──テレポート!】
やっと練り終わった魔力で転移魔法を展開し、リアスの背後めがけて飛んだ。
運が良ければこのまま反撃に入れる。
「お、ラッキー」
着地した場所は狙った場所ドンピシャ。
このまま顔を上げれば、リアスの背後が見える
──はずだった。
「──!?」
そのリアスを確認する前に、体に一瞬の衝撃。
ああ、ちょっとダメージ喰らってたのかななんて思いながら目を開ければ。
「…………は?」
リアスが、いない。目に映るのは、見慣れない天井だった。え、俺気絶した? よくある病院でした的な? 今何がどうなってんの。
わけもわからず、とりあえず起き上がろうと首を少し上げる。
「──!!」
だけど、それ以上上げることは許されなかった。
首元には、鋭いものが突きつけられているような気配。そして額には、冷たい感覚。
あ、俺これ知ってる。
なんとなく、状況がわかってきて。反射的に動こうとする体をぐっと抑えて、目だけを横に動かしてみた。
そこには、あと一ミリでも動いてれば刺さっていたであろう無数の剣。
ゆっくり視線を首元に移すと、リアスの短刀の切っ先があるのを確認。
最後に額の方に向けたら、リアスの愛銃に巻かれている鎖とペンダントが見えて、額に銃が押しつけられているのがわかった。
そして、背後に感じるもう一つの気配。多分、人。背が地面についている状態なので刺さるものはないだろうと、その気配を追ってゆっくりと顔を上に向ければ。
「よぉ、残念だったな、勇者様?」
きれいに微笑んだ、リアスの顔。その、顔を見て。
完全に状況を理解した俺は冷や汗がどっと吹き出た。
一瞬の衝撃はリアスの炎を喰らったんじゃなくて、こいつがテレポートした直後の俺を倒しただけ。姿が見えなかったのも、そのせい。
もし俺がこいつの敵だったのなら。
このまま額を撃ち抜かれるか首を落とされるか、あるいは両方か。それを想像させるほどの殺気に、冷や汗は止まらない。若干手ふるえてるし。
やっとこさ口を開いてこの楽しそうな親友に言えたことは。
「……やりすぎじゃねぇ?」
存分に暴れまわったことへのお咎めの一言だけだった。常々思ってる疑問はこいつの地雷だから、絶対言わない。
『むしろここまで強くてどうして恋人を守れないの』/レグナ
「大丈夫か?」
武器はそのままにして、レグナを見下ろす。その目には恐怖。額には冷や汗。見た目は全然大丈夫そうには見えないが、一応そう聞いておいた。
「……大丈夫に見えます?」
「いや、全くもって」
「だったら聞くなよ……」
返ってきた言葉も大丈夫そうではなくて、魔術を解いてこいつを自由にしてやる。そうすると一気に力が抜けたのか、レグナはその場に崩れ落ちた。おいすぐ交代になるんだが。そこ邪魔だぞ。
「おい、決着が着いたらすぐに交代だろ。起きろ」
「いや立てなくしたのあなたなんですけど」
「知るか、立て」
「ぐはっ!?」
交代の奴らがこちらに向かって来ているのを見て、レグナを急かす。けれど中々起き上がらないので、わき腹を蹴飛ばしてやると、瞬時に奴は起き上がった。なんだ動けるんじゃないか。
「お前立てなくなるくらい恐怖で怯えさせた親友を蹴る!?」
「交代だと言っているだろう」
「俺さっきから立てないって言ってません!?」
「這いずってでも来い」
「お前ほんとに天使?」
失礼な奴だなこいつは。れっきとした天使なんだが。
「クリスティアのときみたいに担いでいっても罰は当たらないと思う」
「さすがに男は片腕じゃ担げん。両腕でいいなら担ぐが?」
「姫抱きの未来しか見えないんで遠慮しときます」
さすがに男を姫抱きはしねぇよ。なんて話している間に入れ替わりの奴らが俺達のブロックまでやって来た。レグナは起きてはいるもののまだ立てない様子。
仕方ない奴め。溜息を吐いて、手を差し出す。
「ほら」
「何?」
「肩なら貸してやるが」
「最初からそうしてほしかった……」
「置いて行っていいんだな?」
「嘘ですごめんなさい置いていかないで」
俺の手を掴んだので、引っ張って起き上がらせる。そのままこいつの腕を自分の肩に回して支えてやった。
「すまない、待たせた」
「あ、いえ、大丈夫です」
あとの奴らに謝罪を言って、レグナを引きずるように歩き出す。「龍さんもう少しゆっくり歩いて」と言っているが気にしない。上にあがる階段付近まで行かないと邪魔になるんだっつの。
「お疲れさまでしたわ」
「おつかれさま…」
「降りて来たのか」
「兄の安否を確かめようと」
「生きているぞ」
「顔、死にそうだけど…」
階段付近まで行くと、クリスティアとカリナが丁度下に降りてきたらしく迎えられた。レグナを見て苦笑いをこぼしてから歩き出した彼女達について行くように、親友を引きずり再び観覧席へと歩き出す。だいぶ震えは治まって歩けるようにもなってきたらしく、先ほどよりかは軽くなった。
「こいつひどくない? こてんぱんにした挙げ句蹴飛ばし引きずり……親友をなんだと思ってるの」
「蹴飛ばしたのも引きずったのも次に迷惑がかからないようにするためだろうが」
「だったら初めからもうちょっと手抜いてくださいまじで」
「戦場では手加減なんて許されないだろう。良い経験したと思え」
「二度としたくないこんな経験」
「まぁまたさらに強くなってましたわね」
「そうか?」と首を傾げると双子は同時に頷いた。
「ドラゴン出てくるなんて思ってなかった」
「ごろー…?」
「このネーミングセンスにも驚きだよ」
「かわいいでしょ…?」
「残念すぎる」
俺もこいつが名を付けたときの衝撃は今も忘れない。
若干苦笑いで階段を上り始めると、カリナがこちらを見下ろして聞いてくる。
「それにしてもどこにいたんですのあんなドラゴン」
「あ、俺も気になってたそれ。奥の方って言ってたね」
あー、と思い返している間に答えたのは、共に俺達を見下ろしているクリスティア。
「アメリカの…カドー湖」
「待って秘境からドラゴン捕って来ちゃったの??」
「合意の上だ、捕って来たわけじゃない」
契約証明も持っているし。
「でも守り神だったのではなくて?」
「さぁな。祠やら神棚らしきものはあったが」
「めっちゃ守り神じゃん。何してんの」
「そこから出たいと言ったのはあいつだ」
俺はそれを手助けしただけ。
そう言えば、レグナ達は若干呆れも入っているがなるほどと納得の声をこぼした。
「もっと広い場所なら、遊ばせてあげられるのにね…」
「うわぁ町一個は吹っ飛びそう」
「本気出したら島一つはいけるでしょう」
いや多分あいつは国一つはいける。というは黙っておく。
上に上がって、ちょうど四人空いている席にレグナを先に放ってから腰を落ち着けた。
「いろんな意味で生きてて良かったですね蓮」
「ほんとにな」
「親友を手に掛けるバカがどこにいる」
「手を掛ける寸前まで持ってったバカは俺の隣にいるけど?」
「実践演習なんだからあの位はする」
「お前の頭に手加減するって文字はないもんね、知ってた」
「お前だってねぇだろうが」
とくに妹が関わったときは。
そう言うが本人にはそれが息をするかの如く当たり前のようで。隣に座った親友は不思議そうに首を傾げてしまったので、溜息を吐いて、スタジアムの方に目を向けた。
♦
「ねぇ龍」
それから、二時間弱が経った頃。演習もだいぶ終盤に入ってきたが、まだ残りは三十組ほど残っている中。
凝り固まっていた肩をほぐしていたら、クリスティアを挟んで左側に座るカリナが声を掛けてきた。
「なんだ」
「ゴールデンウィークのご予定って、決まってます?」
即座にゲーム風の選択肢が頭に浮かんだのは、隣で親友がしているゲームの画面と似た状況だからだろうか。ただゲームと違うのは、
「…決まってなーい」
「刹那……」
その選択肢は基本的に勝手に決められるということ。まぁどうせわかってはいただろうと、俺の髪の毛をいじっているクリスティアに溜息を吐いて、肯定を示すようにカリナに頷いた。
「ではご提案があるんですけど、よろしいです?」
よろしいです? と聞くくせにこちらもどうせ言ってくるんだろうとわかっているので再度頷く。
「どうぞ」
「お泊まり会しませんか?」
そして頷いたことをとても後悔している。
「……は?」
「あなた方の家で」
「は??」
思わぬ発言にカリナを見てしまう。クリスティアが「動かないで」と言っているが仕方ないだろ。なんだ俺達の家で、しかも泊まり会って。
「ほら、遊園地のときに言ったでしょう? ゴールデンウィークにお出かけしませんかって」
「言っていたな。許可した覚えはないが」
「でもゴールデンウィークってどこも混むじゃないですか」
「……そうだな」
「だからあなた方の家でお泊まり会にしようと思ったんです」
何故そこで「やめにしましょうか」という発想がこいつにはないのかをとても隣の兄に聞きたい。
「あなたのことですしどうせどこも出かけないんでしょう?」
「……まぁ」
「お休みの日は本ばっかり読んでいるじゃないですか」
「俺お前に私生活の話したことあったか?」
「読書もすばらしいことですが、一週間弱のせっかくのお休み、たまには普段と違ったことをしてもいいと思うんです」
「頼むから聞いてくれ」
長い付き合いだし本を読むことが好きだというのは知っているだろうが、俺はお前に私生活の話をほとんどしたことないはずだが。
けれどこの妹はにっこりと笑って受け流し、さらに言葉を投げてくる。
「あなただけならそれでいいと思いますが、恋人との時間、いつもと同じはちょっとかわいそうじゃないですか?」
「そんなことは──」
「ねぇクリス、たまには違うことしたいですよね?」
「おいこの流れでクリスティア使うな」
クリスティアは絶対「うん」と言うだろうが。それをわかっててやるから本当に質が悪い。
話しかけられた当人は、選択肢を勝手に決めたくせに全く話を聞いていなかったのか、首を傾げた。
「…?」
「ゴールデンウィーク、あなた方のおうちでお泊まり会しませんか? 四人で」
「お泊まり…?」
「みんなでゲームしたり一緒に寝たりするんです」
「一緒…」
「たまには一週間くらい、昔のようにみんなで過ごしませんか?」
おいこの女さらっと一週間泊まる宣言したぞ。
「みんなで…」
プレゼンを受けた恋人は、たとえ見なくてもテンションが上がり始めたのがわかる。なんなんだこいつのこの話術は。グッと来そうなワードをさりげなく入れてくる。交渉となったときには大変助かるが、自分が交渉される側だと最悪という一言しか出ない。
「したい…お泊まり…」
綿密に包囲して、何重にも予防線を張って、確実に王手をかけてくるから。
「だそうですわ」
「お前な……」
クリスティアが「やりたい」と言ったものを、恋人に甘い俺はよほどのことがない限り断れない。けれどすぐに頷くのがどうしても癪で、助けを求めるように隣の親友をみやった。
「レグナ」
「泊まり? いいんじゃない?」
お前はそういう奴だよな。頼むから妹をどうにかしてくれまじで。
けれどどうしようもできないというのは、長い付き合いで知ってしまっている。
「リアス」
カリナに名を呼ばれ、目を向けた。また「動かないで」と言われたが気にしない。
合ったのは、にっこりと勝利を確信した瞳。
あぁまたかと引き気味の笑みを浮かべて、その口がトドメの言葉を紡ぐのを、見つめた。
「今日お答えを出してくだされば、我々双子はこのまま必要なものの買い出しに行きますわ」
きっとやろうと思えば、突っぱねられるのだろう。
「クリスティアに素敵な思い出、増やしましょう?」
けれど恋人にも、そして幼なじみのこの笑顔にも弱い俺は。
「……好きにしろ」
結局、了承してしまうのだった。
「ご了承いただきありがとうございます。とびきり楽しいゴールデンウィークをお届けしますね」
「…♪」
「いつも通りだねリアス」
「……うるさい」
溜息は吐くが、機嫌良さげな三人を見て、結局俺の顔は綻ぶのだった。
ちなみに、その後すぐに終了の合図が鳴り。
「……これにて演習を終了する」
「……」
「……えー、明日からゴールデンウィークに突入するが」
「……」
「あまり浮かれすぎないよう、きちんと自身の鍛錬に励むように。とくに炎上」
「不可抗力だこれはっ」
クリスティアは俺の髪で編み込みをしてでかいリボンを付けたらしく。
スタジアムでは大変好奇の目にさらされた。
『ゴールデンウィークの予定が勝手に決まりました』/リアス