未来へ続く物語の記憶 May-I


 今年同じクラスになった人たちはよく喋る。妹は言わずもがな。

「おはよう波風! 合同演習に行くぞ!」

 そう明るく笑って演習場までの道中、昨日あったことはだとかどうだったなんて喋ったり。

「ねぇGWの予定どうかしら! あとはそっちの最強四人組さんたちの予定がわかれば遊べるのだけど!」

 楽しそうにほんのりと浮上してた予定を確定にして話したり。

 そして。

「こ、この前の新しいゲームが面白くてですね!」
「うん」
「ソシャゲで今スタートダッシュキャンペーンをやっていて」
「んー」
「あ、な、波風くんやりましたか?」
「……いや」

 演習中でもその人らは、よく喋る。

 話を聞きながら、二年になってから常に喋ってる声を聞いてるなと違うことを考えて思わず苦笑いがこぼれてしまった。

 二年ともなれば当たり前になったほぼ月一の合同演習。できれば去年組んでないペアで行きたいねということで、基本は途中から仲良くなったウリオスを中心に組んでないペアに。ただクリスティアだけは、無事幻覚症状とかは消えたのだけどしばらくは勝手がわかってる人が相手の方がいいかもねということで、しばらくは幼なじみが対戦相手になることに。本日はリアスとクリスティアで。

 俺は去年組んでなかった雫来なんですけども。

「あ、そ、そういえばGWはやっぱりお忙しいんですか? 美織ちゃんも言ってた通り、み、みんなで遊ぼうねって話していて……あとは、な、波風くんたちのご予定聞ければなって」
「うん——」
「そ、それでよければみんなでお泊まり会はどうかなと」
「しず——」
「前回は、み、美織ちゃんとは一緒になれなかったので。じょ、女子全員でも集まれたらなって」
「……」

 対戦中もその口がまぁ止まらない止まらない。
 口を挟む隙がないわ。

 っていうか。

 どうですか? なんて聞いてきたところを見計らって。

「……雫来さ」
「はい!」
「……」

 今日は話したいのかそれとも肉弾戦の能力向上なのか、武煉先輩よろしく武術で戦っている雫来に、一言。

「……戦闘中にそんな喋っててよく舌噛まないね」
「ぅ、うるさかったですか!?」
「いやそういうわけじゃないんだけども」

 一瞬脳裏に浮かびかけた人は記憶の奥に封じ込めて。昔知ってる人思い出すなんて言葉は一回喉を鳴らして飲み込んで。

「……なんかこう、すっげぇ口回るから舌噛まないか心配」
「そ、そうです、か?」
「うん」
「っわ」

 頷きながら、頭の中を振り払うように突きをかます。一瞬雫来は怯んだけどすぐに体勢を整え直して俺に回し蹴りしてきた。

「中見えるんじゃない」
「見えてもいいもの、履いてるのでっ!」

 いやそういう問題じゃないでしょ。
 照れて怯むのを狙ったけれど、何回かこの戦術を見てる雫来にはもう通用しないようで。蹴りは後ろに飛んで避けて、手には千本を出しておく。

「っ」

 体をひねりきったあと一回転してから俺に向かってくる雫来の足元に千本を投げて、進行を封じた。
 それに一瞬止まりかけたけれど、すぐに状況を判断した雫来はしなやかに側転して千本を超える。

「うわ体やわらけー」
「じ、自慢ですっ!」
「さいで」

 確かクリスの氷刃の嵐も結構軽々避けてたな。動体視力もいいんだろうから手数で攻めても意味ないか。

 じゃあ。

風蛇ヴェントセルペンテ
「!」

 指を鳴らして、雫来の足元に透明な風の蛇を出す。そいつらは雫来の足元に巻きついて——って。

「……なんでそんな顔赤くしてんの」
「は、ハレンチですっ!」
「はっ!?」
「お、女の子に蛇を巻きつけるなんてっ!」
「華凜も似たようなこと言ってたけどそういうんじゃないから!!」

 あぁもうペース乱される。誰になんていうのは明確にはせず、女性陣にと自分に言いつけて。
 心の中で舌打ちをして、もう一回指を鳴らして合図した。

「きゃっ!」

 それを聞いた蛇たちは雫来の足を引っ張って転ばせる。そのまま首に千本突き立てれば終わりだと走っていって、雫来の上に馬乗りになった。

「はいこれでおしまい」
「み、美織ちゃんと華凜ちゃんに、波風くんがハレンチだと言っておきます」
「最低なレッテルつけないでくんない」

 あとカリナは正直まじでやめてほしい。社会的に死にかねない。

「あ、そういえば」
「なに……」

 千本を突き立てているのに恐怖の「き」の字も見せず喋り出す雫来にそろそろ呆れの顔が出てきてしまった。

「GWの予定! まだ、き、聞けてないです!」
「それ今必要?」
「ひ、必要です!」
「そうは思わないけど。あとで喋ればいいじゃん」
「む、向こうではゲームの話とかももっとしたいので! 新しく出たソシャゲの話とか」
「さっき聞いたよ」
「それ以外にも、です!」

 違うゲームの話だとか、この前道化とかエルアノと言った場所の話だとか、そこはクリスティアが好きそうだったのでどうですか、だとか。

 あれこれ自分のことを、この状況で話してく雫来。

 ——よくもまぁ。

「……よくもまぁそんな知らない男にそうペラペラと自分のこと話せるね」

 なんて。

 いつか誰かに似たようなことを言った気がすると、心の中で思う。その心の中で見えた人は、知らないふりをして。

 きょとんとした顔の雫来に。

 しまったと思わず空いてる片手で自分の口を塞いだ。

 そんな知らないってなんだ。
 確かに笑守人だと授業がみんな別だからしっかり話す回数とかって実際はあんまりなかったけども。

 それでもほぼ一年の付き合いで「そんな知らない」とはちょっといかがなものか。しかもなんかこう、言い方絶対よくなかったじゃん俺。いや正直本心なんだけども。

 よく喋るし聞いてもないことペラペラ喋るし。

 それでもこの言い方はないだろ。ましてやクリスティアが復活するまで気にかけてくれてた人に。

「あー、えっと」

 けれど弁解の言葉も浮かばなくて、千本を突き立てたまましどろもどろしてしまう。
 いやなんでこんな焦ってんの俺。戦闘中だからちょっとしたほら、心理戦みたいな感じでもいいのに。

 頭とは裏腹に、目はうろうろと雫来の目以外を見る。

「……」
「いやその、悪気があったわけじゃなくて」
「……」
「気、悪くしたらその、申し訳ない……」

 未だうろうろと千本だったり、雫来の首だったりを見ていると。

 ふっと、雫来が笑った。

 手は緩めないまま、見れば。

「そ、そんな焦らなくても大丈夫ですよ?」

 穏やかに笑う、雪。

「し、知らないのは確かですけど……これから知っていきたいので」
「……」
「美織ちゃんとかもみんなきっと、そ、そう思ってますから」
「……そう」
「はい! だからその、知るための機会が増えればなと」

 そこでGWの予定に繋がるのかと心の中で推測して。

「……これさ」
「は、はい!」
「……俺がGWの予定言わないと雫来降参しない感じ?」
「そ、そうです、ね!」

 さっき気を使わずに千本進めてもよかったんじゃないかなって思ってきた。雪が降る目はなんとなく確固たる意志を感じる気がするので言わないと終わらないんだろうけども。

 ため息を、吐いて。

「……俺も、華凜たちも。いつでも空いてるよ」
「ほ、本当ですか!」
「嘘言ってどうすんの」

 わぁっと嬉しそうな雫来に呆れ笑いを溢して。

 千本を、ほんの少し進める。

「じゃあ終わりにしよっか雫来?」
「はい!」

 にっこりと笑う雫来に、降参を促すように千本をさらに進めた、

 瞬間。

「——!」

 顔の笑みはそのままに。

 雫来の胸のあたりが少し膨らんだ気がした。息を、吸うような。

 そうしてその笑みを作ってた口が開かれ始めたのに、嫌な予感がして。

「っ」

 反射的に、耳を塞げば。

「み、美織ちゃん! 予定聞けましたー!!」
「わぁ本当っ!?」

 下の雫来と、今違う区画で閃吏と戦ってる道化からバカでかい声が。耳を塞いでもかなりでかく聞こえる声に、頭がくらっとする。

「おっまえティノのやつしっかり見てたなっ……!」
「も、もちろんです!」

 耳を塞いだことでできた俺の隙に、待ってましたと言わんばかりに雫来は起き上がる。そうして今度は俺を押し倒してっ——て待って待って揺れる気持ち悪い。

「っぐ」
「け、形勢逆転です!」

 してやったりというような顔の雫来が、俺の上に乗った。

 予定聞くことに執着してたのはこれのためか。今更気づいても遅いけど。

「こ、降参しなければもっとおっきい声、出します!」
「いやそれはまじ勘弁……」

 次こそまじで吐く。
 今その胃の上に乗られてんのも割とギリギリなんだけど。

「とりあえずまじでどいてくんない……」
「言うこと言ったら、です!」
「まじか……」

 ティノほどの声じゃないから前回よりかはまだ楽なのが救いだけども。二度目はないのは相変わらず。これは耳の調整もう少ししっかりした方がいいなというのはあとの反省として。

 顔はわざと苦笑いを浮かべながら目をそらして、さりげなく魔術を練っていった。

 甘い自分にイラついたしいけるだろ。

「時間も、も、もうちょっとですよ!」
「そーね……」
「一緒に言いますか?」
「いやそれだと雫来が先に降参扱いになるでしょ……」

 それ狙っても面白かったけども。道化あたりの方が反応楽しそうなのでとっておこう。

 少しだけ気持ち悪い頭で決めて、魔力も練り終わって。

 雫来を見上げた。

 言う気になったのかと顔を明るくする雫来に。

 苦笑いはぱっと消して、妹よろしく微笑んだ。

「雫来」
「は、はい!」
「“これ”の方だったら、あとで華凜にでもハレンチだなんだって報告していいよ」
「……はい?」

 大きな帽子が落ちそうになるほど、こてんと首を傾げた雫来の後ろに。

闇蛇ソンブル

 闇だからか、割と悪戯気質なそいつを少し大きめに出してやる。

「……?」

 急に自分の視界が陰ったことを不思議に思った雫来は当然後ろを見上げた。

 その、先には。

 獲物を喰らいたいと今か今かと待ちわびている大蛇。

「俺のは別にハレンチなことなんてしないけど」
「、……」
「代わりに喰われるくらいじゃない?」
「も、もっとダメな、気がします……」

 引きつった声の雫来に笑って。

 上に乗られたままだけどなんとか起き上がって、雫来を逃さないよう、後ろからその肩とあごに手を回した。

「じゃあ雫来?」
「……!」

「言うこと、言ってみよっか」

 耳元で囁けば。

 震えた口から小さく、「降参です」と聞こえた。

 そのあと腰を抜かしてしまった雫来を引っ張って観覧席に戻って。

「悔しい……」
「まだ甘い証拠でしょ」
「波風くんだって一回隙を見せたくせに……」
「持ち直したから不問」
「有罪かと……」
「罪まで行く?」

 カリナとウリオス、ティノとユーアが戦っているのを見ながら、恨めしげに言ってくる雫来に呆れ笑いを溢した。

「これは、ぉ、オンラインゲームに付き合ってもらう刑です」
「雫来がやりたいだけじゃん……」
「波風くんの今の装備すっごいいいんですもん! ぼ、ボス討伐と収集に!」
「いいけども」

 GWの夜はゲーム三昧かなと頭の中で予定を立てつつ。

 あぁでもと、この前来てたメールを思い出す。

「新作ゲームののチェック頼まれてるからしばらくは長くいれないかも」
「し、新作ですかっ!!」

 そして言う相手をミスったかもしれないと今思った。

 けれどもう遅い。

「な、波風くんが携わっている……!?」
「なんだ波風、ゲームを作っているのか」
「わぁやりたいわ!」
「いや今回は俺ではなく……」

 クリスティアの義父が作ったのをチェックするだけなんだけど。聞いてないよねもうそのお喋り三人で盛り上がってるもんね。

「いつ出るのかしら!」
「えぇ……いつだっけ。刹那ー」
「らいねーん」
「だそうだけど」
「それを波風が今チェックするのか?」
「チェックというよりは仮段階で遊んでみてねみたいな」
「ぉ、お金持ちならではですね……!」

 いやたぶんそんなことない。俺がゲーム好きでたまたまクリスの親がゲーム会社という繋がりってだけだと思う。

「じゃあ来年買わなきゃだわ!」
「まじか買うの?」
「友達が携わっているものだもの!」
「見てみたいな!」

 携わるってほどでもないと思うんだけどな。言わないのはおそらく聞かないだろうなというのがわかっているから。
 まぁいいやと、雫来に目を戻し。

「……」
「開発段階……!」

 きらきらと目を輝かせている彼女に、何を思ったのか。

「……聞いてみてオッケーだったらさ」
「は、はい!」
「一緒にチェック、する?」

 雫来ゲーム詳しいし。

 そう、聞けば。

「も、もちろんです!!」

 目の前の雪の少女は笑い。

 その奥にいる親友は意味ありげに笑い。

 ひとまずその親友にはあとでなにかしら一発入れるということで、自分も大概お喋りだなと、自分に呆れ笑いを溢した。

『レグナvs雪巴』/レグナ


 刃を振り下ろしたとき兄ほど耳は良くないけれど聞こえた会話に、そっと口角が上がる。

『ごきげんですかい姐さん』
「えぇ、兄がかわいらしくて」

 刃をかわして突進をしてきたウリオスくんの攻撃は横にずれてやり過ごし、振り返りました。

 二年最初の合同演習。本日私はウリオスくんとの対戦。
 小柄な体格に合わせ、いつもと違って目線をずっと下にやりながら。聞こえていた兄の会話を思い出して笑いました。

「周りにおしゃべりだなんだと言う割には自分も結構おしゃべりなんですよ」

 普段もしゃべるけれど自分のことは深く言わないくせに。

「とくにああいうおしゃべりな子が周りにいるとぽろっと自分のこと言ってしまうんですよね」
『兄貴のかわいいところですかい?』
「えぇ」

 かわいいでしょう? と刃を振り下ろしながら首を傾げれば、ウリオスくんはそれをかわしながら同意するように笑いました。

『ところで姐さん』
「はいな」
『GWの方の予定は大丈夫なんですかい? 兄貴は大丈夫そうだが』
「えぇ」

 再びの突進をかわして、頷く。

「元々去年同様、四人で遊ぼうかと計画は立てていたんですよ」
『お邪魔しちゃワリィ感じもすんな』
「いいえ。刹那の件が落ち着いてからだったので……その予定もつい先日決まったものなんです。良ければ、とみなさんもお誘いしようかとは出たんですが、ギリギリなのでもう予定が決まったかなと」

 思い過ごしでしたね、なんて。
 穏やかな会話とは裏腹に屈んで、刃を横に振り切りました。華麗にかわしたウリオスくんが着地するタイミングを見計らって足を払えば、ぐっと地面を蹴ってウリオスくんは宙返り。

「まぁ素敵」
『褒めてもなにも出やしねぇぜ姐さん』
「残念ですわ」

 残念さも見せず笑って立ち上がり、追撃をするためウリオスくんに走っていく。着地した直後で少しバランスを崩しているところを見計らって刃を構えれば、ウリオスくんから魔力の気配がしました。

「先ほど我々以外のみなさんは予定をもう合わせているとお聞きしましたが」
『おうよ』

 目の前に出された盾に応えるように刃を振り下ろし、しばしの押し合い。

「みなさんはいつ頃空いているんです?」
『全員予定が合ったのは四日と五日だったぜ。主に結坊の予定に合わせて』

 この子の呼び方ときおり可愛くて笑いが出そうになりますね。たしかこの前武煉先輩も「坊ちゃん」って呼んでいた気がしますわ。何か呼ぶ基準があるのかしら。

『姐さんたちとどっちか予定が合えばその日丸々遊んで、もし両方とも合うんなら泊まりはどうですかいっつー話だ』
「お泊まりですか」

 ひとまず基準はまた今度お聞きするとして。刃でぐぐっと盾を押し返しながら予定にも思考を飛ばす。

 日程的には問題ないですよね。彼に言った通り元々GWは去年同様空けていますし。おそらくリアスももう予感はしているでしょう四人でまた最終日まで泊まろうかという話がレグナと出ていましたし。
 それが同級生で泊まりとなってもとくに不都合はないでしょう。メンバーはその日によって違いましたが四月で全員と一度夜は明かしていますから。

 問題は場所。

 全員で集まったとき、リアスたちの家だとちょっと手狭だったのは実証済み。前回の時点で次全員で集まるときは我が家かレグナの家にした方が都合がいいということも出ました。遊ぶ分にはもちろん問題ありませんわ。
 ただお泊まりとなるとちょっと勝手が違うのはありますよね。とくにリアス。あの男どこまでも話題の中心に出てきますね。仕方ないのはわかってますけども。

 あの男の過保護がちょっと心配……いや心配というか気になるというか。気にしなければいけない点かなと。誰に弁解してるんですか私。あの男が過保護だからですよねと心の中に言い聞かせて、場所のお話。

 波風や愛原の屋敷となれば人の動きが多い。
 日中ならば別に構いやしないのでしょうが、夜寝るときという無防備なところで動きがあってというのはリアスはさすがに気になるはず。いやあの男基本的に寝てないので変わりないんでしょうけども。
 それにクリスティアが復活して間もないこのとき。彼女への負荷もできる限り軽減はさせたいところ。そう、彼女への負担を考えたいんですよ。
 なのでできる限り彼女の見知らぬ人がいない場所に。
 けれどもさすがに今からホテルとかを貸し切ってというのは大変難しい、というか無理ですよね。異空間を作るにしてもなにかしらあって魔術の維持ができなかったときが危ない。私そろそろリアスの深く考えるくせうつってきたかしら。全然嬉しくない。いやだから今はそうではなく。

 何か、何かいい場所——。

『そんでですね姐さん』
「はいっ!?」

 思考の旅に出ていたら、ウリオスくんから声がかかって素っ頓狂な声が出てしまいました。なかったことにするように咳払いをして、にっこりと笑う。

「なんでしょう?」
『姐さんそろそろ咳払いでごまかそうとする癖やめてもいいと思いやすぜ』
「自分の気持ちの切り替えもあるのでお構いなく」

 それで、と促すように、少し押されかけていた盾を押し返せば。

『場所なんですがね』
「えぇ、お泊まりとなるとちょっと考えたくて」
『美織の嬢ちゃんの別荘はどうかってなってやして』
「そう別荘——」

 別荘。あ、その手もあったかもしれませんね。
 あれでも待って今ウリオスくん誰かのって言いませんでした? どなたの?

「……どなたのです?」
『美織の嬢ちゃん』
「美織さんの」

 美織さんの??

 え、美織さん?

「別荘なんてあったんですか美織さん。初耳ですわ」
『なんでもじいさんあたりが持ってたやつらしい。ヒューマンの地区に入ってる森の方だとか』
「まぁ……」

 そういえばあの子のお父様っておもちゃメーカーやってましたよね。日本のパーティーに出ているとかは見たことありませんけど。一回パフォーマーとしては逢いましたが。

「その場所をお借りして良いとのことです?」
『らしいぜ。GWに遊ぶかもってほんのり浮上してから手配してたみてぇだぞ』

 なんと気が早い。

 けれど大変ありがたいのはたしか。
 初めての場所というのは緊張もありますがクリスの性格ならそこは超えられるでしょう。一番の問題であった人の動きがないという点ではクリア。
 あとは移動方法だとか正確な場所をお聞きできれば。

 ——よし。

「ではとりあえず龍に一通り話してみますわ」
『明日までには答えは出そうですかい?』
「明日までとは言わず、今日のうちに」

 必要なものがあれば学校のあとに買いに行かねばなりませんし。ちょっとバタバタしそうですね。けれど嫌なバタバタではなくて。
 もっとクリスティアが楽しめるのではないかと思えば、口角が上がってきます。今年のGWもとても楽しそうですわ。

 ということで。

 押し合っていた状態から後ろに飛びずさり、着地して高く飛ぶ。

『おっ!?』
「龍の説得に行かねばなりませんので」

 相手は男性なのでスカートを気持ち抑えながら降りて行き。

『っぅわっと』

 ダンッと音を立てて、ウリオスくんを挟むように着地。手に持った刃を勢いよく背中のふわふわな毛をかすめて地面に刺して。

「終わりにしてもよろしくて?」

 私の周りにも花の刃を展開し、にっこり笑って言えば。

『こ、降参だぜ姐さん……』

 逃げ場がなくなって苦笑いのウリオスくんが降参を申し出てくれたので。

 二年次第一回目の演習は、無事勝利ということで。心の中で、密かにガッツポーズをしました。

 そのあとすぐさま復活した大変頼もしいウリオスくんと観覧席に帰ると。

「それでねっ、ここにはアスレチックもあるの!」
「うんっ」
「もちろん遊ばなくても大丈夫よ! そっちよりおすすめの場所があってね」
「♪、♪」

 イスの上で向かい合い、紙を広げ嬉々として何かを話している美織さんと、楽しそうに聞いているクリスティア。

 そして彼女の後ろに。

「……」

 引き気味に笑っているリアスが。

 なんとなく聞かなくてもわかりそうなんですが、一応状況をお聞きしたいですね。兄は——。

「じゃ、じゃあ来週にはオンラインの方をっ」
「あーうんわかった」
「チャットの部屋作っておくので!」
「うん」
「あとは——」

 だめですね雫来さんに捕まっていますわ。相変わらずのマシンガントークにレグナも苦笑い。それにまたそっと笑みをこぼして。私の状況をみかねて隣にやってきた閃吏くんへ。

「これはどういった状況でしょう」
「えっと……遊ぶことはオッケーした炎上くんに、泊まりの方も許可もらいたくて美織ちゃんが今全力のプレゼン中、かな」
『地図やらスマホやらでたくさんいいところ説明してくれたですっ』
『炎上クンに言うためにって万全の準備して、練習までしてたよー!』
『あまりの隙のなさに炎上さんもあの引き笑いですわ』
「まぁ……」

 閃吏くんに続いて状況を説明してくれる同級生たちに私もちょっと引き笑いしてしまった。

 そうして最後に、祈童くんが隣にやってきまして。

「去年結構道化と同じ授業があったんだけれどね」
「はいな」
「僕らが心理関係を取っていたのは知っているか?」
「まぁ、多少」
「道化はそれを活用して炎上にNoと言わせずかれこれ二十分ほど経ったぞ」

 心理学の活かし方そこであってました?

 絶対違うでしょうよ活かす場所。こう、パフォーマンスのときにいかに相手の心掴むかとかそういうためのものではなくて?

「それでね炎上くんっ」
「わかった、わかったから」
「まだ魅力を伝えるのは終わってないわ!」
「勘弁してくれ……」

 ただまぁ、あの男が少しでも行ける場所の幅を広げて、クリスティアをもっと楽しませてあげられるのならば。

「……素敵なことを学んでくれましたね美織さんたちは」
「まさか心理学もここで活かされるとは思ってなかっただろうけれどね」

 これはいい傾向でしょうと、美織さんの活躍に感謝をして。

 仲良くなった友達に翻弄されているうちの男性陣に、思わず笑みをこぼしました。

『カリナvsウリオス』/カリナ


 閉じたまぶたがほんの少し明るく感じたら、朝が来た合図である。
 浅く浅く沈めていた意識を覚醒させながら、ゆっくりとまぶたを開けていく。

「……」

 開けた目の先には、小さな水色頭。
 だいぶ触れ合うことに抵抗がなくなってきたそいつは、俺が目を開けたことなど知らず未だ規則正しく呼吸を繰り返す。
 ほんの少しだけ身を離してその顔を見やると、穏やかな、子供のような顔で眠っている愛しい恋人。思わず微笑んで、いけないとわかっていつつ。ヒトより体温が低い頬を指の裏で撫でた。

「んぅ…」

 くすぐったそうに身をよじって、また穏やかな表情に戻って。彼女にとってはまだ五月は寒いのか、暖を求めて俺にしがみついてきた。
 確実に戻ってきている日常に、頬を緩ませて。

 今日は明日に向けての最後の準備があるが、もう少しこの穏やかな時間を堪能しようかと、目を閉じた。

 その目を閉じたと同時に。

「……!」

 家に、インターホンの音が響いた。

「誰だ——」

 その来訪者を確認しようと起き上がり。

 待て、と体が止まる。

 インターホンの音が響いた?

 自問をすればそうだと答えを言うかのようにまた家にその音が響く。

 鳴るのはいい。うちのインターホンは正常なんだろう。問題はそこではなく。

 何時だ今は。

 ある程度の時間はわかっているつもりだが確認として、しがみついているクリスティアを起こさぬようにスマホを取って時計を見る。デジタルな数字で書かれているのは、

「……六時」

 ばかじゃないのか誰だこんな時間にインターホン押す奴は。

 明らかに宅配便ではない。
 では知り合いか。だがスマホにはなんの通知も入っていない。緊急時以外ならば比較的そういった礼儀は重じている奴らばかりなのでおそらく笑守人の身内ではないだろうと判断し。

「……」

 ならば誰だと、警戒心を持ってベッドから起き——おい一旦離してくれクリスティア。

「クリス」
「んー…」
「来客を確認したいから離してくれないか」
「んぅ…」

 起きていないなこれは。
 いつもなら起こすが、乱れていた睡眠が戻ってきてようやっと安眠できている恋人を起こすのも大変頂けない。しかし移動ができん。テレポート——は俺がいなくなった瞬間にクリスティアがドサっと落ちるな。ベッドの上だから衝撃は吸収するが。

「……」
「んー」

 秒で考えている間にも、インターホンは続く。これは早く出ないとクリスティアも起きてしまう。
 仕方ない、と溜息を吐いて。

「……クリスティア」
「んぅ…りあす…」

 抱き上げるように引っ張ってやれば寝ぼけていても反応し、俺の腰に回していた腕を首へと回してくる。そうしてうりうりとすり寄ってくる恋人を抱えて、未だ鳴り響くインターホンの中玄関へと向かった。

 変な輩ならば適当に追い返す。知り合いならばまぁ緊急時だろうということで後に咎めるとしよう。そう決めて、モニターを見れば。

「……は」

 見覚えはある、が。

 ついこの間までこの日本にいなかったであろう二人が、家の外に立っていた。

 ひとまず知り合いだということで家に上げ、クリスティアは安眠させるため俺の膝を貸すことにし。

「何時だと思っているんだあんたらは……」

 ソファに座る来訪者——クリスティアの義父と義母に呆れた目をくれてやった。

「ごめんネ、リアス。せっかくの二人の時間邪魔しちゃって」

 右目に入った傷によって閉じられた目で、さながらウインクをしているようにお茶目にいう義父、アシリアには首を横に振る。もちろん気にするなというものではなく。

「そういう問題ではないと思うんだが」
「朝が早すぎると?」

 目の前に座る、血は繋がっていないくせにクリスティアに似た水色の髪を持つ義母、捩亜れいあには頷いた。

「もう一度言うからな、何時だと思っている」
「日本では六時かな!」
「大正解だ。そして日本じゃ連絡なしに加えてこの時間の来訪は俺は非常識だと思っているからな」

 元より寝ていないがもう少し意識を覚醒させるため、コーヒーをすすり。この義両親に常識だなんだは通用しないかと。フランスで過ごしていたことを思い返して苦笑いを溢し。

 これ以上言っても無駄だと判断して、本題へ。

「で?」
「ン?」
「用件。タイミング的にクリスティアのことだろうが」

 義理とはいえ親であるアシリア達には当然連絡だっていく。

「多忙すぎた故のGWの来訪と取っても?」

 聞けば、予想通りなのか。二人は少し申し訳なさそうに眉を下げながら頷いて、捩亜から交互に口を開いていく。

「本当はその事件が起きたと聞いたときに行きたかったんだけれどね」
「どうしても外せない案件が重なっていて……モチロン、仕事を理由にしてもいけないとわかっているヨ」
「すまない、厳しいときに保護者である我々がいなくて」

 捩亜達は小さく頭を下げて。顔をあげれば、今度は安心したように笑った。

「でもリアスがいてくれて助かったヨ。聞いていた通り、すごい回復してるみたいだ」
「一緒に住むことを了承してよかったと心から思えたね」
「……俺は特別何もしていないが」

 見ているだけしかできなかった。

 そう溢しても、捩亜達は首を横に振る。

「それだけでも十分。娘のそばにいてくれたこと、感謝しているよリアス」
「アリガトウ」
「感謝なら——」

 俺でなく友人に、と言おうとしたが。

「それともう一つ用件があってね」

 捩亜がもう話が終わったと言わんばかりに鞄に手をかける。聞けよ人の話を最後までと心の中で舌打ちをして。友人の件はひとまずこいつらの用件が終わってからにしようと決め、ソファにもたれた。

「……なんだ」
「結婚式の件だヨ」
「なんだ二回目でも挙げるのか」
「馬鹿を言わないで欲しいな、君の姉の結婚式だ」
「エイリィ?」

 エイリィの結婚式。
 言われてみればそんな話もあったような。

 いや結構重要事項だろうそれは。思い出せと記憶を探っていき、遡っていけば。

「……言っていたな、するだとか」

 年末。エイリィと電話していたときに話していた。申し訳ないことに忙しさで少し頭の隅の隅に行ってしまっていた。

「忘れてしまうのも無理はない。三月末からはクリスティアの件で大変だったでしょう」
「……まぁ」
「落ち着いて来たところでまた忙しいかもしれないけど、エイリィの結婚式の日取りが決まってネ」
「あんたらが報告に?」

 何故、と捩亜から招待状らしき紙を受け取りながら聞く。

 目を落とせば、日取りは七月。夏休みに入ってすぐあたりの二十五日。これは確かに忙しいなと思いながら、聞こえた捩亜の声に前を向いた。

「日取り自体はちょうど一ヶ月くらい前に決まったんだ。ただ一ヶ月前と言ったら」
「ちょうどバタバタしていたところだな」
「笑守人から連絡をもらったのもその辺りでネ。エイリィが招待状をぼくらに届けてくれたとき提案したんだ」
「今は忙しくて見る暇もないだろうということと、笑守人のことを聞いて日本に行くことは決めていたから、そのときなら落ち着いているだろうしわたしたちが渡す、と」
「なるほどな……」

 エイリィには申し訳ないことをしたな。あとで連絡を入れるとして。

「一つ突っ込んでも?」
「ん?」

 エイリィの招待状を届けることはいい、クリスティアの様子を見にきてくれたこともいい。

 それは本当にいいんだが。

「……四月の頭で来ることを決めていたのなら一報入れてもらってもいいはずだが。ギリギリでも列車の中でだってできたはずだ」
「世の中にはサプライズも重要なんだヨ、リアス」
「そのサプライズは大変迷惑だ」

 ゲーム開発と研究員という多少スケジュールが確定しづらい職業であっても連絡くらいはできただろうが。しかし睨んでみても二人は意に介さず。

「しかしクリスティアが起きていないのは予想外だったね」
「残念だヨ」
「仮にも保護者ならある程度の生活リズムくらい覚えておいたらどうだ」
「GWなら早起きすると踏んだんだよ」
「生憎こいつは通常運転だ。このままならあと二、三時間は起きないだろうよ」
「なんだ、そしたら今回は話はできなさそうか」

 残念だと膝に腕を預ける捩亜に首を傾げる。

「していけばいいだろう。どうせ一日二日くらい泊まるんじゃないのか」
「泊まりはするけどここには泊まらないヨ? それにぼくらは日本でも少しやることあるしネ」
「観光か」
「それは明日時間が残っていれば、ね。向こうで使えそうな資料だとかも集めたくて」
「……一応聞くが、案内は?」
「夫婦の間に入ってくるなんて野暮だヨ、リアス!」

 恋人の優雅な朝に入って来た野暮な奴らが何を。

 舌打ちは心の中で済ませて、「それに」と言う捩亜を見た。

「君らだって用事があったんだろ? GWだしな」

 あれ、と指を指した方向を見やれば。

 廊下のところにまだ準備途中のでかい旅行鞄が二つ。
 明日明後日と同級生との泊まりに使うものである。

「あぁ……あれは明日だ。レグナとカリナ……それと笑守人の友人と」

 旅行だ、とは最後まで言えなかった。

「「友人!?」」

 言うより先にこの二人がものすごい勢いで食いついて来たから。

「ゆ、友人と言ったのかいリアス!?」
「そう言った、そして最後まで聞かなかったがそいつらと明日明後日で旅行に行き、ついでにクリスティアの復活を手伝ってくれたのもその友人達だ」
「ナンダッテ……!!」

 信じられないと言ったような二人は驚いた表情のまま、向き合って手を握り。

「あのリアスとクリスティアに友人、だと……?」
「まさか、そんな……」

 そうして俺と、膝で寝ているクリスティアを見て。

「「中学時代は不登校だったのに!!」」
「追い出すぞあんたら」

 こちとら好きで不登校やってたわけじゃねぇわ。

 しかし二人の世界に入ってしまっているこいつらは聞く耳など持たない。

「あんなに孤立してたリアスがなぁ……!」
「未来の息子の成長に涙が出そうだヨっ!」
「これは予定を変えてご友人たちに挨拶をっ……!?」
「明日にお伺いしなきゃだネっ……!」

 どことなくこいつらのやりとりに覚えがあるな。……あぁ雫来と道化かこのテンション。あとたまにカリナが加わって倍になっているよな。レグナは今年大変だろうに。
 今年声がでかい組と同じクラスの親友を心の中で労ってやりながら、恋人の髪を撫でてやる。この騒音で起きることなく熟睡しているのはさすがというべきか。

「しかし予定は詰められそうか……? どこも必要なところじゃないか」
「んんん……これは今日集まってもらって……?」
「生憎全員忙しいからな」
「だったらやっぱり明日の朝にご挨拶じゃないかい?」
「それが一番かナ……せっかく逢えるならレグナに新作も渡したいなぁ」

 スケジュールを見ながら眉間にシワを寄せている二人に溜息を吐き、クリスティアの頬を撫でる。くすぐったそうに身をよじる恋人に微笑んで。せっかくの来訪なのだから、起こすのは心苦しくもあるがまったく話せないというのもいただけない。そろそろいつも学園に行く時の起床時間ということもあるのでもう少ししたら起こしてやるかと、何度か頬を撫でながら。

「明日の予定はひとまず置いておいて」
「ん?」

 夢中になっていた二人がこっちを向いて、首を傾げる。それに俺も首を傾げて。

「今日のスケジュールも詰まっているんだろう?」
「そうだね」
「ここを何時に出るんだ」
「エート」

 日で分けているスケジュールの紙らしいものをめくって、アシリアは予定を確認。

 そうして、にっこりと笑って。

「八時かナ!」

 告げられたのと同時に、時計を見た。

 現在七時少し前。
 捉えた時間と告げられた時間で頭の中でシミュレーションしていく。

 クリスティアは比較的寝起きが悪い。そして声を掛けても起きるのが少し遅い。なんらかの衝撃があれば覚醒も早くなるが、割とマイペースな恋人はその衝撃に気づくのも少々遅い。
 ここから声を掛けて約十五分で起きればいい。義両親が来ているというので多少覚醒が早くなったとして……。

 こいつと義両親が話せるのは長くても三十分強では?

 パチンと頭の中で算出が終わり。

 すぐさまクリスティアを揺すった。

「おいクリス起きろ」
「んぅ…?」
「義両親が来ているから。一時間経たないうちにこいつらいなくなるから。話したければ起きろクリス」
「んー…」
「そんなかわいそうなことしてやるなリアス」
「かわいそうなことをさせているのはあんたらが連絡せずやってきたらだろ」
「まぁまぁ……スケジュールはあくまで予定だからリアス。今日は家にいるんだよネ? 終わったらここに食事しには帰ってくるから」
「予定が必ずしも早く終わると思うなよ」

 終わらないこと見越してこうして少しでも話せるように起こしてんだろうが。

「起きろクリス」
「んーん…」

 今だけはそんなかわいらしく首を横に振っても焦りが増すだけだわ。

 しかし焦っているのは俺だけで。

 血は繋がっていないはずなのに、ゼアハード家はどこまでもマイペースに、娘である恋人は夢見心地、その両親は優雅にコーヒーを堪能しているだけだった。

『ゼアハード夫妻突撃訪問!』/リアス

 

お見送りができました

 

クリスティア
クリスティア

一言って大事だね…

 

リアス
リアス

そうだな……

思わぬところで互いに一言伝えようと決心するきっかけになりました