未来へ続く物語の記憶 September-I


 月の始めに土日が入ったから、ほんのちょっとだけ長かった夏休みが終わって。

 九月。

 今月は、文化祭。きっとエイリィとセフィルも来て、去年よりももっとわくわくな文化祭が来る月。

 でも、そのわくわくの前に。

「わたしはきっと負けてしまう…」
「が、頑張ってください、刹那ちゃん!」

 月の一発目にある合同演習でわたしはもう負けてしまいそうです。
 ガッツポーズでエールを送ってくれるゆきはにはありがとって言って。

「…」

 目の前に立ちはだかる敵。

『勝負です氷河っ』

 もふもふなユーアに、また「負けちゃう…」ってうつむいた。

 いやなことがあってから、合同演習はわたしのことがよくわかってるヒトとペアになってた。最初がリアス様、次がレグナ。三回目になる今日は、順番的にはカリナなんだけど。

「頑張りなさいな刹那」
「はぁい…」

 復帰の最終テストってことで、カリナは外れて。
 わたしはユーアとバトル。

 ただテストだけど、ちょっとだけわたしにやさしい仕様にもなってた。

 この前の肝試しで、たまこが見えたとき。陽真が思いのほかちょっと心配してしまって、ほんとはランダムで決める予定だったんだけど、今日のわたしのテストは万が一を考えて。

 わたしが止まってしまってもけがをしないヒトにってなった。

 武器でこう、わーって攻撃しようとしたとき。

 うん、攻撃しようとしてすぐになんかあったなら、向こうも止まれると思うんだ。わぁやばいって。

 でももしも。

 直前で、止まったら?

 もうカリナとかゆいみたいな刃物だったら真っ二つだよね。レグナが持ってる千本だったらまぁ、ちょっとえぐれるくらいで済むんだろうけど、でもレグナとかリアス様が持ってる魔術なんてくらったらもう再起不能だよね。
 なので魔術とか武器メインの子はなしになって。

 唯一、持ってる魔術が自己能力上昇で、武器が自分のかわいい爪っていうユーアになったのだけども。

「…」
『出番です氷河っ』

 もうわたしこのもふもふで負けてしまいそうなのだけど。むしろ負けてもいい。このもふもふに勝てるものなんてなくない??

「むり…」
『氷河サンまたしゃがみこんじゃったよ』
「一年のときもいざ戦うとなったらしゃがみこんでいたね氷河」
「だってむりじゃない…? このもふもふは世界を救うためにあるのにわたしみたいなのがこう、気軽にバトルしていいものじゃなくない…?」
「ユーアくんへの評価がどんどんすごいものになってるね氷河さん……」
「それくらい尊い…」
『お言葉ありがとうですっ』
『ユーアの坊ちゃんも慣れてんな相変わらず……』

 何人かが苦笑いの中、また「むり」ってこぼす。いやがんばるけども…。もうちょっと心の準備をしたい。

「刹那ー、お前行かないと後詰まるんですけどー」
「あと一分…」
『わたくしたちだけでしたらそれで構いませんが、他のお方もいらっしゃいますわ。お心を決めてくださいまし』
「うぅ…」

 顔を上げたら、「さぁ」って言うみたいに仁王立ちしてるユーアがいる。えっもうそれだけでかわいい。

「ユーアの不戦勝では…?」
『納得いかないですっ』
「かわいいは正義でしょ…。正義は勝つ…」
「俺からしたらお前の方が正義な感じがするが」
「またベクトルが違う…」

 顔がかわいいと存在がかわいいは違う。

 でもだだこねてたらだめなのもたしかで。

「がんばる…」
『応援してるよー!』
「うん…」

 そろそろ、って自分にエールを送って立ち上がる。ちょっと足が進みづらいけど、それでも歩くために足を上げれば。

「刹那ちゃん!」
「はぁい…」

 みおりに呼ばれて、振り返る。そこにはきらきらした顔のみおり。
 なぁに、って首をかしげれば。

「勝ったら炎上くんがご褒美をくれるそうよ!」
「言っていないが??」

 みおり、今日相手のリアス様がすごい「は?」って顔してるよ。気づいてないよね、めっちゃ顔きらきらしてるもんね。
 あ、やばいゆきはが近づいてった。

「勝ったらごほうびですか美織ちゃんっ……!」
「そう! こういうシチュエーションならよくあるご褒美よっ!」
「そ、それはもちろん……!」
「プレゼントは……!」
「「炎上くん!!」」
「行こっかユーア…待たせてごめんね…」
『あちらのお相手はよいですかっ』
「だいじょうぶ…」

 キリないから。

 ハイテンションな二人のおかげで頭も切り替えられたってことで、九月、このメンバーでの合同演習第一回戦をするために下に向かって行った。

 二年生になったからか、だんだんと一回のバトルが長くなってきて。周りのスタジアムにまだ他の生徒たちがいる中で、ユーアといっしょにスタジアムに入ってストレッチ。

「…」

 手首ぐいーって伸ばして、そのついでにわきばらも伸ばす。

「…」

 反対もやって。

「…」

 腕ぐるぐる回したりしながら。

「…最高…」

 変わってくストレッチの中で、目線だけはずっと変わらずにユーアを見る。

 もふもふふわふわな体があっち伸ばしてこっち伸ばしてって揺れてる。かわいい。今どこ伸ばしてるのそれ。

「ユーア今どこストレッチしてるの…」
『氷河とおなじことしてるですっ』

 あ、今やってるこれ? 手組んで上にぐいーって伸びるこれ?

 えっユーア、バンザイしてるようにしか見えないよ。超かわいいよ。

「今日も超かわいいねユーア…」
『ありがとうですっ』

 あっ待って待ってそれ前屈?? かわいすぎない?? おなかもふもふして床届いてないよやばいやばいやばい。

「華凜写メッ…!」
『パシャッて音が聞こえたです』

 さすがカリナ愛してるっ。

 今日も親友の写真スキルは絶好調ってことで。

『始めてもよいですかっ』
「よい…!」

 わたしのテンションも絶好調なので、さっきと違ってすぐうなずいた。もふもふに負けちゃいそうだけどパワーももらってるのでがんばれそう。

 二人してうなずいて。

「氷河、ユーア用意っ!」

 審判の声に、頭を切り替える。

 もふもふかわいいけど。

 しっかり、敵を見据えて。

 魔術を練って、武器を出した。

「…」
『…』

 お互いに見つめあって。

「はじめっ!」

 審判の声で、一気に跳ぶ。

「それっ…!」

 そうして詰めた距離ですぐさまユーアに氷刃を振り下ろした。
 でも見切ってたユーアは横に跳んでそれをかわす。

『甘いですっ!』
「ちゃんと対策あるもんっ…!」

 一回戦ってるからよく知ってる。

 ユーアはわたしみたいに足が速くて、体も小さいからとってもすばしっこい。一直線のおいかけっこなら追いつけるけど、こういう場面だといろんなところに動かれたら基本的に追いつけない。向こうは小回りが利くから。

 だから、逃げられたら。

天使の羽エール

 天使の羽を出して、飛び上がって。

「それー…」
『!!』

 上からたくさん攻撃すればいい。どこに行くかもわかるし、すぐ対応できる。

【リオートリェーズヴィエ】

 下でちょこちょこ走り回ってるユーアに攻撃するために、氷刃をたくさん出す。

 それを、なるべく逃げ場をしぼるみたいに。

「れっつ、ごー…」

 数本ずつ、地面に向けて発射。
 わざと避けられるようにもしてるから、ユーアはわたしが行ってほしい方向に走ってく。

「♪」
『っ』

 たまに思ってたのと違う方向行くけど、それでもすぐ軌道修正できて。これはわたし結構戦術もよくなったのでは? なんて思いながら、もう数本地面に落としてく。

 最後は氷刃の前になるようにして、飛ぶ感じにもってけば…そしたらユーアはきっと飛ぶと思うから、テレポートでユーアの目の前に行ってキャッチ&リリース――はしちゃだめだからキャッチしてから地面にどーん。
 もふもふも堪能できて勝負も勝てる。

 よし、いける。

 ユーアのことしっかり見ながら氷刃を落としていって、がんばって一番最初の氷刃のとこに誘導してった。当然目の前に障害物が来たからよけようとするけど。

「えいっ」
『!』

 よけようとした左右に最後の氷刃を刺せば。

 やっぱりユーアは逃げ場がなくなって、勢いもあって後ろにも下がれないから飛んだ。

 ここ。

 ぱっと魔力を練って、ユーアが飛んだ先になる場所にわたしも飛ぶ。

 景色は変わってつららの前。

 そうして少ししてから。

『氷河ですっ!』
「やっほー…」

 かわいく飛んでるユーアの姿が――待って待ってかわいいかわいいすごい。

 もふもふの毛がなびいていらっしゃる。

 えっ、そのもふもふやばい、なんか、なんかっ。

「前よりもふもふ度上がってない…!?」
『日々手入れをパワーアップしてるですっ!』
「なにそれ最高…!」

 ぜひまたドライヤーさせてもらわなきゃっ。

 心に決めて、先にそのもふもふをキャッチするためにわたしもユーアのところに向かう。

 その、途中。

 ユーアが笑った気がした。

 なに、って一瞬、身構えたら。

『手入れのパワーアップしてるです』
「うん、聞いた…」
『でもパワーアップは手入れだけではないですっ』
「…!」

 気迫みたいのが感じられて、キャッチするのはやめて武器を構えた。
 なんか来るかも。

 腰を低くして、翼も解除して。すぐ対応できるようにユーアを見れば。

『怖かったら申し訳ないですっ』
「…?」

 そんなこと言うから、また首を傾げる。その間に、ユーアは着地して。

 わたしの方に、歩いてきた。

 とってってって、みたいな効果音が付いてるみたいに。

 そうしてわたしの方にとことこ歩いて来て。

 ユーアは、ぽふって。

 わたしの足に、しがみついてきました。

 えっしがみついてきました??

 あっ待ってなんかもちもちしてない?? これは、これは。

 肉球では――?

 ちょっとそれ触りたい、わたしの手と場所変わってわたしのふくらはぎっ。

 え、え、ずるい。

「わたしのふくらはぎずるいっ…! わたしもユーアの肉球もちもちしたいっ!」
『ユーアは愛嬌と交渉術をパワーアップしたですっ、今なら肉球とユーアの毛のもふもふ権あげるですっ』
「なにその大サービス…!」

 最高では??

 あ、あ、待って待ってさりげなく肉球押し付けないでもちもちしてる、誘惑に負けるこれっ。

「ユーアずるいっ…!」
『これもひとつの手段ですっ』
「そうだけども…!」

 わぁちょっと、素肌の方にユーアのもふもふな毛当たってる。だめだよそれはもふもふやばい。

 いいな、いいな、もふもふいいな。

 ――でも、

 これが普段だったならもっとよかったな。

『っ!』
「とても残念…」

 普段なら、迷わずユーアにもふもふして降参って言うのに。
 今日はそれができないから、とても残念。

 困ったように眉を下げて、体に魔力を練ってく。

 それと同時に、ぱきぱきって音がした。

 場所は、ユーアのところ。

 たぶん今、おなかのところから凍ってってる。せっかくもふもふなのに。

「このまま行ったら、かちかちなっちゃうね…」

 そこまで行かなくても。

「氷とけたら、もふもふがしなってなっちゃう…」

 でも、それでもかわいいね、なんて。

 自分のふくらはぎとユーアのおなかを氷でくっつけたまま、しゃがんだ。

 さっきより近くなったもふもふのユーアの目には恐怖が見える気がする。

 でもごめんね。

「龍のとこに帰らなきゃいけないから、簡単には負けられないの…」

 笑って、もふもふをそっとなでて。

 何回かなでたあと、手をおでこのあたりで止めた。

 それと同時に、また。

 魔力を練る。

「…いま、降参したら、もふもふのまま帰れるよ」
『っ……』
「それとも」

 氷の中で、わたしとあそぶ?

 どんな顔で笑ってたんだろう。
 自分じゃちょっと、わからないけれど。

 こてんと首を傾げたら、初めてユーアの目に、涙がにじんでるのが見えた気がした。

 あれから。
 リアス様に終わりの合図をもらって、ユーアといっしょに上に上がってきて。

「……何故お前の方が落ち込んでいるんだろうな?」

 勝負には勝ったのに、わたしはひざを抱えて落ち込んでる。
 戻ってきたリアス様がすごいわけわからんって声してる。

 あ、顔上げた先のリアス様もわけわからんって顔だった。

 わけわかんなくないよ。

「重大…」
「重大」
「ユーアが…」
「ユーアが?」

 リアス様はわたしを自分のひざの上に乗せながら言葉を繰り返してく。
 ぽすんって座った先に見えるのは。

 もふもふなしっぽ。

 それを見るだけで悔しさがこみあげる。

 その悔しさでぎゅーってリアス様の服掴んで、ひざに埋もれる代わりにリアス様に埋もれた。

「なんなんだこれは……」

 ほんとにわけわからんって声で言うリアス様に答えたのはせんりの声。

「えっと、ユーアくん、自分が勝ったらもふもふしていいよって言ってたでしょ?」
「あぁ」
「あの、氷河さんが勝っちゃったから……」

 苦笑い交じりの声で止まったそれに、続くように。

 そして思いの丈をぶつけるように。

「もふもふ権がなくなっちゃった…!!」

 リアス様絶対「そんなことかよ」とか思ってるでしょわかってるからね。
 そんなことじゃないもん。

「世界の宝・もふもふが…!」
「宝まで行ったか……」
「炎上のもふもふ権じゃだめなのか氷河」
「龍はもふもふしてない…」

 そっと顔を横にしたら揺れてるしっぽが目に入る。あぁ、もふもふ…、触りたかった…。

「次はいつになるんだろうもふもふ…」
『予定でいったら冬ではないでしょうか』
『坊ちゃんがドライヤー権あげりゃだけどな』
「ユーアっ…!」
『なにかで交渉ですっ』
「手作りお菓子っ…!」
『乗ったです!』

 やったもふもふ権手に入れた。

 瞬間にぱっと自分の顔が笑顔になったのがわかって、心がうきうきして。

 やったって、リアス様を見上げたら。

「…?」
「……」

 紅い目が、わたしを見てた。それになぁにって言うみたいに首を傾げる。
 ゆきはがスタジアムで騒いでるの聞きながら、リアス様の手がわたしのほっぺに来たのを受け入れた。

「どーしたの…」
「いや」
「嫉妬か炎上」
「断じて違う」

 じゃあなぁに、ってリアス様を見たら。

「俺をイケメンだというだろう」
「言う…龍はいけめん…」
「ふと」
「ふと…?」
「お前の大好きなもふもふが世界の宝ならいけめんは何になるのかすごい気になった」
「こういうところだよね炎上君が天然って言われるの」
「恋愛漫画だったら”俺の方も見ろよ”っていうところよ炎上くん」
「刹那は俺しか見ていないからそこは心配ないが」

 周りの「ないんだ……」って視線は置いときまして。

 ほんとに不思議そうにしてるリアス様に、わたしも首を傾げてちょっとシンキングタイム。

 もふもふは世界の宝。とってもすばらしいもの。ヒトを幸せにするもの。
 イケメンもそう。ヒトを幸せにしてくれる。

 でも。

「…」

 ”リアス”は、世界の宝じゃない。
 わたしだけを幸せにしてくれるお宝。

 ということは。

「イケメンは、っていうより…」
「うん?」
「イケメンの龍は…」

 そっと、金色の髪に触れて、

「刹那の、宝…?」

 そっと、ほほえんだら。

 リアス様も口角が満足そうに上がりまして。

「満足だ」
「♪」

 大好きなわたしのお宝は、うれしそうにわたしのこと抱きしめてくれました。

 そのお宝を堪能するようにうりうりする。
 リアス様もうりうりしてきて、それをまた堪能して。今月も絶好調だねって言葉には首を傾げながら。

「あ…」
「ん?」

 ひとつ、思い出す。
 合同演習の前にゆきはたちが言ってた言葉。

 ごほうび。

「どうした」
「…」

 勝ったしごほうびあるんだったって思い出して。うん、まぁリアス様言ってないけど。とりあえず思い出したので言ってみようと思って、体を離した。

「?」

 見上げた先には、首傾げてるけどごきげんそうな紅い目。
 ずっと見つめあってれば「なんだ」って甘ったるく目元をくすぐられる。

 なんかもうそれだけで幸せすぎて。

 いつもならクッキーとかおねだりするんだけど、もふもふ効果かな。いいやって、手を伸ばした。

「もう…」

 甘く甘く、大好きなヒトにすりよって。

「あなたの存在がわたしのごほうび…」

 なんて言う。

 もふもふも触れて、イケメンに甘やかされてとっても幸せな時間。

 そんな幸せな時間を堪能していたからか。

「……っ」

 照れて顔真っ赤にしてるリアス様に気づけたのは、カリナがシャッター音出したあとでした。

『今月もわたしの小悪魔っぷりは絶好調らしいです』/クリスティア

 


 風呂上りにも関わらず冷えている体温を背中で楽しみながら、手元のスマホを見た。

「♪、♪」

 真っ黒な画面に映るのはご機嫌な恋人と、その恋人に髪をいじられている自分の顔。
 画面に明かりが灯ることはなく、ただただご機嫌な恋人が俺にみつあみしていく姿が映し出されるだけ。

 ……別に構わないんだが。

 そう思いながらも、置いてはまた画面に目を落として息を吐き、再びソファに置いてを繰り返す。

 けれど何度繰り返しても。

「……あいつ連絡してくるとか言わなかったか?」

 夏休み、「また言う」とメサージュをよこしたっきり一切連絡のない捩亜から、追伸はなかった。

 バタバタとしていた夏休み。
 フランスに行ったり、同級生と遊んだり。そのばたばたに伴ってスマホも騒がしかった。

 毎日のようにポンポンとメサージュが鳴り、本人的には緊急の内容らしく道化やら雫来やらから時折電話もあり。スマホがおとなしくできていたのはその用事の最中だけだったのではと思うほどである。

 その騒がしい日々の中で、一度だけ。
 今では身内とも呼べるようなメンバー以外からの連絡があった。

 夏休みの終わり頃、クリスティアの義母から。

 とある調査のために、ハイゼルと共に日本に来ると。

 忙しかったのか、連絡は俺にとって一番重要であろう義父が来るということと、夏休み中最後のやり取りとなった「また言う」の文字だけで。
 そのときは、クリスティアとの行動療法の軌道修正で頭がいっぱいだったので、本人が言う通りまた連絡が来るんだろうと置いておかせてもらったが。

 待てども待てども、連絡が来ることはなく。

 学園にも、それらしき人物達は見当たらない。

 まぁあの広い学園内で偶然エンカウントというのも正直難しいっちゃ難しいのだが。

「……」

 連絡すると言われた手前、一切連絡もなく、そしてそれらしき人物達が見当たらないとなると。

「どーしたのー…」
「……少々心配にはなるわな」
「?」
「捩亜達」

 髪いじりは満足したらしく膝にぽすんと座ってきたクリスティアにそれだけこぼす。恋人は思い至る節があったのか、少々心配そうに眉を下げた。

「ずっと、連絡ない…」
「……あの人らなら忙しいんだろうが」
「…」

 約一週間ほど音沙汰がないと多少心配も募ってくる。それほどまでに忙しいのかというのももちろん。

 何かあったのではというのはという懸念も出てくるわけで。

「……」

 これはそろそろこちらから連絡をした方がいいかとも思ってくる。しかし返事がなかった場合それはそれでなお心配になることは自分がよくわかっていた。

「……すでに日本に来ていて、その調査で連絡する暇がないほど忙しい、ならいいんだが」
「ねー…」

 変わらず心配そうな顔をしているクリスティアの目元をくすぐってやり、重くしてしまった空気をほんの少し軽くしてもらう。身をよじる恋人に微笑んで。

「まぁ、昔も連絡なく何日も帰らないことがあったし、今回もそんなところだろう」
「うん…」
「それまでにもう少しこっちに慣れておくか」

 こんな中で無粋であることはわかっていつつ。正直なところ、ここまで長くはなかったが似たような現象は言った通り今までに何回かあったので。過保護から来た心配性は今はしまっておき、クリスティアの額にキスをするようにすり寄った。
 察した恋人は顔を紅くして恥ずかしそうににらみ上げてくる。
 その顔が男を煽るだけだということを知らない彼女に、意地悪に微笑んで。

「疲れを吹き飛ばすような安心を与えるためだろう」
「そうだけども…」
「ほら」

 若干身を引きつつある恋人の腰を引き寄せて。

 おやすみ、と。

 風呂上がり、自分と同じ匂いのする恋人の額へ、キスを落とした。

 そうして、少しの不安もまだ抱えつつ迎えた次の日。

「……」

 ここ数日の心配が嘘のように、俺は今気が気でない。

 金曜日の五、六限目。
 ティノとユーアという、クリスティアが大変喜びそうなメンバーで取っている工芸実習の時間。

 普段なら。そう普段なら。

 刃物は控えさせているが、工芸ともなれば他にも危険と言える道具はあるわけで。使っている道具で怪我をしないかクリスティアの手元を見ていることが大半の二時間である。

 けれど、この日だけは。

「……」

 俺の視線は、窓の外へとくぎ付けになりそうになっている。

 何故か。

 いるんだ、見知った顔が。
 見知ってはいつつもこの学園の生徒ではない者がいるんだ。この一階の技術室の窓から遠くにちらちら見えているんだ。

 恐らく、というか十中八九、メサージュで言っていた調査をしているんだろう。あっちこっち歩きまわっては止まって、何かを話してはまた歩き出してを繰り返している見知った集団。

 ほぼほぼ後姿ではあるが、水色の髪に白衣の女は捩亜。隣にいる灰色の髪でこちらも白衣を着ている男はハイゼル。そしてハイゼルの隣にいる紫の髪はアシリア。
 ここまでは予想していたメンバーである。仮に彼らだけだったのなら、あぁいつも通り忙しかっただけで無事に来れていたのかという安堵で済んだと思う。

 問題はその三人の横にいる奴らだ。

 アシリアの横にいるピンクの髪。かんざしを刺したハーフアップの団子頭の女性。夏に見た義母にそっくりである。そして芸術家らしい奇抜な服装の男に、かがめば地面についてしまうくらい長い髪の毛を揺らしている女性。

 後ろの二人は七月に結婚式で見送った夫婦ではあるまいか??

 見間違いかと何度かちらちらと窓の外を見るも、正直なところ見間違えるはずがないと思っている。割と特徴的なんだよ、とくに義兄と義姉が。義兄は奇抜な服装が特徴的だし、義姉はその長い髪が特徴的過ぎて見間違えるはずもない。

 ここで思うことは当然一つ。

 何故後半の三人がいるんだろうな??

 いやまぁ、文化祭に来るとは言っていたから遠からず日本に来るということはわかっていた。けれど文化祭はまだ先だぞエイリィ、セフィル。よくあるデートの「ちょっと早く着いちゃった」どころではないくらい早いんだが。どういうことなんだこれは。
 あまりにも予想外すぎるメンバーにクリスティアが「見てー」と言って突きつけてきているものがあまりよく見えない。こいつが押し付けすぎて視界にいっぱいになっているのも原因ではあるが。
 というかお前なに作ってんだこれ。白い球体に紅い宝石みたいのがついて目玉のようにしか見えないんだが?? なんてホラーなもの作ってやがる。
 ツッコみどころ満載だが窓の外が気になる。けれど気にしていれば知り合いだと思われる可能性も高い。
そして恋人にも答えてやらねばだんだんと「どーしたのー」と悲しそうな顔になってしまっている。

 秒で頭を回して、とりあえず、と。

 膝に乗ってきたクリスティアに向きなおり。
 若干視界から遠くなってしっかりと見えたその作品を見て。

「いいと――」

 ”思う”まで出せなかった。
 いや目玉だろうこれ。なんでお前白い球体に紅い宝石くっつけたんだよ。せめて中に入れてくれホラーすぎる。
 恋人の狂い具合が少々心配にもなるが、この悲しい顔の状態でいろいろツッコんでしまうとさらに恋人のテンションが下がってしまう。けれど褒めてしまえば恐らく二個目ができあがるな?
 どうするんだ目玉取り換えようねとか言われたら。大変困る。

「……ちなみに作品名は」
「きれいな目…」

 龍の目をイメージしたと恍惚とした顔で言われてしまったら。

「それは大変嬉しいが」
『そこで嬉しくなっちゃうの炎上クン』
「恋人が自分を想って何かを作るのは大変好ましいだろう」

 さりげなくユーアがこぼした『狂ってるですっ』という言葉はスルーさせてもらって。
 器用だからか無駄にリアリティの高い目玉を取り上げて、クリスティアの額に自分の額をすり合わせる。

「これはもらっておくからお前は本物の俺の目で満足していてくれ」
「だって龍取り出させてくれない…」
「再起不能になるからな目が」

 いや恐らく再構成できるけども。そんなグロい贈り物があってたまるか。

 少々不服そうなクリスティアの頭を撫でてやり。

『氷河、いっしょに炎上への贈り物作るですっ』
「刹那の目?」
『目玉はお断りですっ』

 相変わらずこいつはっきり言うなと尊敬しながら、目玉から気を逸らしてくれたユーアに心の中で礼を言いつつ、クリスティアはクリアとして。

「……」

 そっと、また視線を窓の外にやった。

 そこには、遠くに血の繋がらない身内が――って待て待て思いのほか近くなってないかお前ら。さりげなくこちらに近づいてきていないか?

 いや気のせいか。そりゃあ調査ならばいろんなところを回るだろうしおのずとこちらにも近くなる。当然のことだろう。心音が少し大きくなったのは気づかなかったふりをして。

 来てしまった以上気にしてもしょうがないだろうと、息を吐く。
 どうせ向こうは軽い知り合い程度で通してくれる。何度もそう思っただろう。

 不必要に緊張することなどないと、自分にまた何度も言い聞かせて。クリスティアがくれた目玉のアクセサリーをいじる。
 未だ気にはなるが、向こうが気遣ってくれるのに自分がこれではいけないと叱咤して、ユーアと楽しそうにまた新たな作品を作っているクリスティアへ、ようやっと目線をしっかり向けた。

 作品を削ったり切ったりする音が大きく聞こえるようになった教室で、再び息を吐き。

『炎上クンなんかそわそわしてるねー今日』
「……少しな」

 やすりで怪我をしないように見張りながら、目の前に座るティノへ頷いた。

『クリスマスみたいななんかドキドキなコトがあるの?』

 正直違う意味でどきどきな奴らが窓の外にいるが。
 ティノには、首を横に振る。

「……昨日少し眠れなかっただけだ。気を少し張っている」
『えー、夜しっかり寝なきゃだめだよー?』
「あぁ」
『ユーアのもふもふに埋もれるですかっ』
「ずるいっ、わたしが埋もれたいっ…!」
「お前は俺に埋もれてくれ」

 他の男に埋もれようとすんな。
 こいつの中ではもふもふイコール可愛いもので男として認識してもいないだろうから関係ないんだろうが。
 苦笑いをこぼして、再び膝によじ登ってきたクリスティアを受け入れる。見上げてくる蒼い瞳は、しっかりティノとの会話を聞いていたのか心配がにじんでいた。

「……平気だ」
「うん…」

 頷いたもののやはり心配は抜けないのか、クリスティアはそのまま抱き着いてきた。いや別にまったくもって眠くもないし睡眠に関しては問題ないんだが。他に言える理由もなかったし、結果的に恋人が俺に埋もれてくれているのでよしとし、冷えた体温を楽しむ。
 どことなく落ち着いた心で、クリスティアがくれたアクセサリーへと目を落とした。
 やはりリアリティがあるな、なんて。冷静になって思考でアクセサリーを手で遊んでいれば。

「…!」

 腕の中の恋人が、何かに反応したように体を動かした。何だと、俺は当然クリスティアを見る。

 彼女の視線は俺ではなく横を見ている。

 横を見ている?

 横と言えば――。

 身内がいる窓ではあるまいか??

 そう確信して、彼女の視線を追った。そこには未だ調査のため歩きまわっているらしい身内らがいる。

 なんとなく、腕の中の恋人が息を吸ったような感覚が胸辺りに伝わった。

 待てお前それは絶対名前呼ぶ気だろ。主にエイリィの名前呼ぶつもりだろ?

 その無意識はいけないなクリスティア。

 そう思った瞬間に、恋人よろしく体が動いた。

「エ――むぐ」

 予想通りエイリィの名前を口にしそうになった恋人の口を、少々パンっといい音を立てながら塞ぐ。それに恋人はしまったと気づいてくれたんだろう。すぐさま俺を見て、目が「ごめんなさい」と物語っていた。それはいい。仕方あるまい、お前の反射はよくわかっているし、ここが日本じゃなかったなら俺も同じように呼んだ。お互い様だと目で言い聞かせ、いい子だと頭を撫でてやる。

 けれど俺の反射の方はよくなかったらしい。

『どうしたですかっ』
『すっごいパァンって音鳴ったケド……』

 耳のいい同級生が俺の反射の行動に気づいてこちらを向いてしまっている。その目は本当に「どうした
」という顔。そりゃなるよな。いきなり恋人の口を勢いよく塞いだのを客観的に見ていたら俺もそうなる。

 しかし今は俺がそれをしている側で。

 クリスティアと二人、さぁどうすると目配せをする。

 ここで当然浮かぶのは「何かでごまかす」。けれどごまかすものが見つからない。
 何がどうあって口をふさぐ事案が出る。だいたいが言ってはいけないことを言わせないようにするためだろう。あとはなんだ、あれか、クリスティアに菓子を――いやだめだな、口に突っ込むには勢いがよすぎるだろ。飴なら喉から胃に一直線レベルの勢いだったぞ。

 互いに目を泳がせながら、言い訳を探す。しかしこういったことが得意な双子がいないので思い浮かぶこともなく。だんだんと、クリスティアの口をふさぐ手の力が緩んでいった。

『なんかあった?』
「いや……」

 ティノ達がだんだんと心配そうな顔になる中、さぁどうすると、再び思考を回したとき。

 クリスティアが、息を吸った。

 そうして、

「そ、外、に…」
『外ですかっ』
「外に、その、知ってるヒト、がいて…!」

 これはもう言い逃れはできまいといち早く判断したクリスティアが、そう紡ぐ。けれどティノ達は一瞬「えっ」という顔をした。そうだよな、クリスティアが言うと一瞬幻覚再発だと思うよな。

 となればここの選択肢は俺も頷くというものだけ。
 俺も見えたとなれば当然幻覚でないとわかる。

 信じるようにこちらを見上げてきたクリスティアに、頷いて。

「そう、知り合いが――」

 窓の外を、見れば。

 誰もいないじゃないか。

 倣って外を見たユーア達が外と俺達を交互に繰り返し見るじゃないか。

『エート、知り合い……?』
『このお時間にですかっ』
「いや、その……」

 なんでいないんだあんたら。さっきまでは結構近くにいただろう。できれば遠くにとも思っていたけども。何故ここでそれが叶う。
 何故こうもいてほしいときにいないのか。答えは当然、向こうは俺と意思疎通できるわけではないし、今彼らは調査のために来ている。そんないてほしいときにいるわけではない。

 けれど今だけは本当にいてほしかった。

 心の中で戻って来いと叫びながら、苦笑いを浮かべたまま恐る恐る、目を戻せば。

 大層心配そうな二人が目に入る。

 あぁ、これは。

『……なんかあの、ボクらにも見えないレベルのなんか、見えてる感じ……?』
『取り憑かれたですか炎上、氷河……』

 クリスティアの幻覚再発は回避できたが、授業終わり祈童のもとへ一直線で連れていかれるのだろうと。

「……そうではなくてだな……」

 ややこしいことは一回では終わらないことに、ただただ深く溜息を吐いた。

『親族組いらっしゃい!』/リアス

 

おまけ

 

結

なんか憑りつかれているかもしれない? いや、とくに悪霊みたいなものは感じられないけれど

 

ユーア
ユーア

そしたら炎上まで幻覚が見えてしまったです!!

 

ティノ
ティノ

お医者さんはっ、波風クンはいらっしゃいますかー!!

 

結

大変だな炎上……

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