未来へ続く物語の記憶 September-IV


 おかしいと思うんですよ。

 そう、目の前のお方をにらむ。きっと私の目を見れば言いたいことわかると思うんですが、よければ口からも出しましょうか。

「おかしいと思うんですよ」
「口に出していただかなくてもわかりますよ」

 けれど不満げに言っても、目の前の美少年に見えるお方はにこやかに笑うだけ。そうして、ほんの少しだけ懐かしく感じる、髪を落としたその姿で、本へ目を落として。

 弧を描いた口はゆっくりと開いていきます。

「君は何度もおかしいと言うけれどね」

 楽しげに笑って。

「俺も何度も言うけれど、偶然なんですよ」

 そう言うから。

 私も何度でも言いたい。

「それでもやっぱりおかしいと思います」

 あなたのエンカウント率が大変おかしいと。

 そう言えば、そのお方は暗がりでもわかるくらいさわやかに笑いました。

 文化祭の出し物が決まり、ひとまずは明日水曜の定例会議に向けて。スタンプラリーの中心メンバーとなった私たちはばたばたと準備をしておりました。先週のHR終了から三連休を使ってスタンプの数や大まかなポジションをざっくりと決め、そこの使用許可を取り。許可が確実に取れているところを中心に再度ポジションを絞っていき。その中でルールの変更もしていって、無事に定例会議であらかたのものを説明できる段階となりまして。

 定例会議前日、そして文化祭準備期間が始まった本日は、定例会議でみなさまにスタンプ台の設置場所のご意見を聞くべく。放課後にそのポジションの写真を撮りにそれぞれ散り散りになって予め決めていた場所に足を運んでいましてですね。

 私は図書室に来たんですけれども。

「……毎回このエンカウント率はおかしいんですよやっぱり」

 私が行くと毎度のごとくいらっしゃる武煉先輩を見て、どうしてもこぼしてしまった。

 けれど本日ポニーテールを下ろして美少年に見える武煉先輩はその言葉にいつものように笑うだけ。

「華凜が俺のところに来ているんじゃないですか?」

 どうして私今凶器を持っていないのかしら。

 あふれ出る殺意を隠すことなくにらめば、武煉先輩は動じることなく「冗談ですよ」と笑う。絶対冗談じゃないでしょう、知ってますからね。

「……やはりあなたが私をストーカーしてきているという説が有力だと思いますわ」
「俺はそんなに暇ではなくてね」
「まるでさぼっているかのように悠々と読書をしていらっしゃる方のお言葉とは思えませんわ」
「俺が休憩しているときに君が来るからそう見えるだけですよ」
「常に休憩しているのではなくて?」
「失礼だな、仕事はしていますよ」

 どこがでしょうか。そんな雰囲気を感じ取ったのか、武煉先輩は肩をすくめる。それはどちらの意味でしょうかね。

 なんて普段ならば追及していますけれど。
 本日はそのお時間も惜しいということで、息を吐いて。立ち止まっていた足を動かしました。

「もう行くのかい?」
「えぇ、私はお仕事中ですので」
「少しくらい休憩していけばいいのに」
「そのお時間が惜しいんですよ」

 このあと写真を印刷してまとめて、明日の定例会議で言うことをみなさんでまとめて……。やることはまだたくさんあるのですから。

 そう、少しずつ遠くなる武煉先輩に言いながら五人で決めていた場所に歩いていけば。

「ときには休息も必要だよ」

 なんて。
 遠くなるはずの武煉先輩の声が近くに聞こえました。

 近くに聞こえました?

 思わず立ち止まっちゃったじゃないですか。なんか少し陰ってませんか私の視界? あ、今後ろ向きたくないです絶対何かいらっしゃる。

「……これは振り向かないが吉ですよね?」
「華凜のそういうところ俺は大好きですよ」

 私はあなたのそういうところが苦手なんですけれども。

 ちょっと後ろの気配が横に移動して私の横にある本棚に見覚えのあるおててがそっと置かれたじゃないですか。

 これ絶対この下くぐれってやつですよねわかりますよ、決して横に振り向くやつじゃないです。

「今ゲームをしたい気分ではないですわ」
「俺もそういう気分ではないんだ」
「甘い雰囲気の気分でもないんです」
「知っているよ。あいにく俺はずっと休息をしたい気分でね」
「お一人でしてくださいな、私はお時間がないので」

 よろしいです? と。目の前の腕ににこやかに微笑んで。

 緩く、かがんでそこをくぐろうとすれば。

「……」

 くいっと、髪が引っ張られる感覚がありました。
 犯人なんてわかりきっていますわ。深く深く溜息を吐いて。

「……あのですね」

 今度こそ、横に振り向けば。

「――!」

 声は笑っていたはずなのに、そのお顔が笑っていない武煉先輩がいらっしゃいました。真剣なお顔にどきっと何かがなってしまったのは気づかない振りをして。

 なんとか笑みを携えて、首を傾げる。

「どう、しました?」

 ちょっとうわずってしまった気がする声も気づかないフリ。動揺したのを悟られないように笑っていれば。

「……」

 ぐっと、お顔が近づいて――って待ってください近い近い近いっ。

「ちょっと、近っ……!」

 いったい体引いたら頭打ちましたわっ。
 けれどその痛みと、不意打ちに高鳴る心臓は今は置いときまして。

 すかさず目の前の方の胸に手を置かせていただき、その体を押し返す。

「なんですかいきなりっ……!」
「いや、少し」

 ちょっと押し返してるのにこっちに来ないでくださる?? 力つっよいですねこのヒトっ。

「華凜少し力弱めてもらっても?」
「抵抗してるんですよわかりませんっ!?」
「その抵抗を緩めてほしくてですね」
「断じてしませんけどもっ」

 それしたら絶対あれじゃないですか、お口とお口がくっつきそうなあれじゃないですかっ。お断りですよっ。
 そうぐいぐい押し返しているのに、武煉先輩は負けじと私の方に迫っていらっしゃる。心なしかなんか手が私の頬に添えられていません?
 え、嘘でしょ? なんで倒れてくるんですか。

 ちょっと待ってくださいよ。

 それはまずいでしょう。

「れっ――」

 無意識に、目を強く閉じて。
 兄の名を呼んだときでした。

「、――」

 ぼそりと何か耳元で聞こえて。

「、え」

 肩に、何か重みが……。

 え、重みが?

 あ、ちょっと待ってくださいごめんなさいほんとに待って。

「ちょっと肩おっもいです武煉先輩待ってください!」
「……」

 このヒトなんでいきなり全体重肩にかけてきてっ――あっ待って待ってほんとにお待ちになって。そのずるずるとずり落ちていくのはほんとにいけない。

「落ちますってば!」

 手に持っていた資料を落としスマホはすかさずポケットに突っ込み、武煉先輩を支えました。

 支えたんですけれども。

 男のヒトの全体重ってほんとに重いんですよね。こんなか弱い女性が一人で抱えられるはずもなくてですね。

「ちょっ――!」

 武煉先輩が床にダイブするのは免れたんですけれども。

 代わりに私が思いっきりしりもちつきましたわ。

「った……」

 今日いろいろぶつけてばかりですわね。あざになったら絶対レグナ心配しますよこれ。なんて後々の追及に空笑いをこぼしながら。

 そのあざやこぶの元凶になるであろう、武煉先輩を見ました。

 肩に体重をかけてきていらっしゃる武煉先輩。そっとその人をのぞき込むと。

「……」

 なんと穏やかなお顔で眠っていらっしゃるじゃないですか。どういうことなの。

「ぶ、武煉せんぱーい……?」
「……」
「ほんとに眠っていらっしゃいます……?」
「……」
「あのー……」

 ほんの少しだけひそめた声で、ゆすりながらお声をかけてみるけれど。武煉先輩は寝息を立てていらっしゃいます。完全に寝てますわ。

 えっどうするんですかこれ。どうするんですか?

 さすがに置いてなんていけませんよね。ただこのまま起きるのを待つのもちょっと私もこのあとまだやることあるので難しいんですよ。
 え、起こして大丈夫ですよね? 大丈夫ですよね?

 そう何度かちらちらと武煉先輩を見て。

「武煉せんぱーい……?」

 控えめにその背中を叩いたり、声をかけたりと起こすことを試みます。

「起きてほしいんですけれどもー……」
「……」
「困ってしまうんですけれども……?」
「……」

 けれどその控えめなものが逆に心地いいのか。

「ん……」

 可愛らしいお声出してぎゅってされちゃったじゃないですか。違うんですよそうじゃないんですよ。心の中で地団太を踏んで。

「えぇ……?」

 どうしようもなくて頭を抱えてしまいましたわ。
 えぇ、どうするんですかほんとに。これ絶対戻ってこないからって心配したレグナあたりが来てやばいことになるやつですよね。来るなら祈童くんあたりが来てくれないかしら。兄も雪巴さんも美織さんも全員違った方向でやばいことにしかなりませんわ。

 あ、指定したいなら呼べばいいんじゃないです? そうですよ今からこっそり祈童くんに連絡して来てもらえばいいじゃないですか。妙案です私、頭打ったからかいい案出ましたわ。いやそんなことないでしょうよ。

 なんて。よくわからない現状から現実逃避をするようにばかみたいな会話を頭の中でしつつ。

 武煉先輩が落ちていかないように気を付けながら、ポケットに突っ込んだスマホを取ろうとしたときでした。

 ふと、前にもこんなことなかったかしらと。忙しさと焦りで気づかなかったことを思い出す。

 去年。
 同じ文化祭の時。こうして図書館でエンカウントしましたよね。そろそろトラウマレベルのエンカウント率なんですが今はそこは置いておきまして。
 去年はたしか、そう。奥の方で資料を読んでいたら男女がやってきまして、告白&よろしくないことを始めようとしまして。やばいと思っていたら今と同じ髪を落とした武煉先輩が助けてくれて。

 そうして、文化祭について悩みを打ち明かしていたりしたら。

 さっきと同じように、倒れてきた。

 あのときは体調不良かと思って人を呼ぼうとして、そしたら武煉先輩はすぐ起きてそれを止めていたんでしたっけ。
 とてもとても、眠そうに。

「……」

 この方もしかしてあんまり眠れないのかしら。あ、でも四月のお泊り会は普通に眠ってましたよね。ちょっと寝起きと機嫌が悪そうでしたけど。

 となると。

 とある一定の時期に眠れないとかそういう感じのお方です?

 よくよくお顔見てみるとちょっと目元にくまちゃんがいらっしゃるんですよね。ということはまぁここ最近眠れていないというのは確定でしょう。あまり人のことを詮索するのはあれですけれども。去年は助けてくれたから不問にしましたが、二年続けて同じ時期にこういうことにエンカウントしてしまうとさすがに勘ぐってしまう。

 そうして考え出すと、他のことも思い出してもいって。
 そう言えば、と。今度は体育祭のことを思い出しました。

「……複雑なおうちだってティノくん言ってましたっけ」

 もしかしてそういうお家のこととかも関係あるんですかね。確か結構有名なおうちなんでしたっけ。うちやレグナの家と交流があるタイプのおうちじゃないそうなんでちょっと知らなかったんですけれども。
 有名なおうちって結構めんどくさいですよね、なんて。
 動けないからか、だんだんと焦りや毒気も抜かれていって。どうしましょうかとは思いつつもふっと息を抜いて、本棚にもたれかかりました。

 肩にもたれかかる先輩は未だすうすうと寝息を立てたまま。普段の少し大人びた表情と違って、どこか幼く感じます。
 さぁどうしましょうかと、先ほどと違って緩んだ頭で上を見上げました。

「……とりあえず連絡くらいしましょうかしら」

 帰ってこないとなるとやっぱり心配しますものね。冷静になった頭でそう納得して。

 先ほどピックアップした人物に一度連絡を取りましょうかと、再びスマホに手をかける。

「……」

 今年はぐっすり眠っているから起きませんよね? いきなり手掴んでくるとかありませんよね。

「ん……」

 あ、そうやってぎゅっとしてくるのもびっくりするんですけれども。

 どことなくクリスティアが寝起きで甘えているような感覚を思い出す。リアスいいな、毎回こんな風にすり寄られているんですよねうらやましい。私も今度甘えてもらいましょうか。

 そう、また現実逃避するような考えをしつつ。

 スマホの電源を入れれば。

「あら」

 メサージュが入ってるじゃないですか。
 送り主は……。

 ――兄。

 あ、待ってくださいやばい。

 ”レグナ”と文字を捉えた瞬間にどっと心臓が鳴った気がしました。

 いやいやいや。
 焦ってはいけませんよね。そうですよね。とりあえず文字を追ってみましょうか。メサージュを開きまして。

 レグナから――。

 ”今どこ?”

 この文字が私には今とても怖く感じますわ。
 なんでしょうこの圧。いやたぶん錯覚ですよ。そうですよ。だって兄が、優しい兄が圧を込めるなんてそんなわけないじゃないですか。
 そうですよね、と画面に向かって笑っていれば。

 ぽんっとまたメッセージ。

 そっと目を向けると。

 ”図書室いる? まだいるならそっち向かうけど”

 これはやばい。

 本能がもうやばいと頭に告げましたわ。スルーしたかったけれどメサージュを開いている時点でもう既読がつくので私が読んでいることは確定。
 となればやることはもう一択。

「武煉先輩起きてください」
「ん……」
「ほんとに、今あなたの生死がかかっていますからほんとに起きてください」

 ほんとに。

 先ほど抜いた力が嘘のように入って、がばりと本棚から頭を上げて武煉先輩を揺する。空いている手ではレグナに「大丈夫です」と送るのも忘れずに。けれどそれも時間の問題。あの人はたぶん大丈夫と言っても恐らくチェックに必ず来る。それはいけない。

「武煉先輩っ」
「あと五分……」
「五分あったら死にますからっ」

 緊急だったとは言えこの状況が見られたら武煉先輩の命がないっ。

「本気でやばいんですよ起きてくださいっ」
「うん……」
「お兄様が来ますのでっ」
「俺に兄はいませんよ……」

 そんな寝言を言っている場合ではなくてですね。ただ若干起き始めた感があるのでそのまま意識をこちらに持ってこさせるように必死に話しかけていく。

「私の兄が来ますので」
「うん……」
「起きないと武煉先輩の命がありませんわっ」
「おもしろいこと言うね華凜……」

 私全然今面白くないんですけれども。

 このヒト四月の時も思ったんですけど結構寝起き悪いですよねほんとに。今だけは勘弁願いたい。

「武煉先輩っ」
「ん……」

 だめです目が開きませんわ。なんかこう、起こすなんかありませんか。クリスティアがいたら氷でひやっとできるのに。

 あ、似たようなことできません?

 こう、服の中にお手をいれさせてもらって――?

 だめでしょうよどこの変態ですか。それはいけません戻って私の正常な思考っ。

 起こす、起こすのは、えっと……!

 必死に頭を回していき。

 そういえばと、もうひとつ思い出しました。

 このお方も、そして陽真先輩も。

 フィノア先輩から逃げていたのではと。

 よぎった瞬間に大きく息を吸って。

 図書館というのもあるので響かないよう、けれどしっかり聞こえるようにと、耳元で。

「ふぃ、フィノア先輩が!!」
「!!!」

 言えば、そのお体ががばっと離れました。

 そうしてすぐさま目の前のお方はあたりを確認。

「……」

 きょろきょろと暗がりの中を何度も見回し、その人を見つけられなかったのか、首を傾げ。けれどまた探すために何度か顔が左右に動く。

「?」

 眠そうな目をしつつも、来るのではないかと警戒しているのか。武煉先輩はその目に警戒も含めて目を凝らしています。
 どんだけフィノア先輩に見つかりたくないんですか。あ、ちょっと笑いそうです。頑張って私。

 そんな私のことを知らない武煉先輩は、未だ眠そうな目で、こちらを向いて。

「……フィノア姉が」

 と。普段片割れさんが呼ぶような愛称を、若干舌ったらずで呼ぶ。

 突然のかわいさに焦りやなんやらすべて忘れてしまいましたわ。ちょっときゅんとしてしまった。
 とりあえずスマホを起動させるのはなんとかこらえまして。

 寝ぼけた顔で未だ周りを確認している武煉先輩へ。

 こみあげてくる笑いもなんとかこらえて。

「、っふ、冗談、ですわ」

 そう告げれば。

「? ……?」

 だんだんとしっかり目も覚めていったんでしょう。

「……っ!!」

 そのお顔が若干赤みを帯びて「しまった」という顔をしたとき。

 私の腹筋はちょっと限界を迎えました。

 そうして真っ赤になりながらも、ご自身の記憶をしっかりとたどって行った武煉先輩は。

「本当に申し訳ない……」

 ご本人的にほんとにやらかしたんでしょう。珍しく本当に申し訳なさそうなお声で、あれから何度もそうこぼしています。大丈夫ですよと言ってもなかなか覆ったお顔を上げてくださりません。
 そのあまりの申し訳ないという態度に笑いも収まりまして。とりあえずもうすぐ来るでしょう兄を待っている間、苦笑いで武煉先輩の肩をさすりました。

「あの、先ほどから言っている通り体調が大丈夫ならいいんですけれども……」
「そこは問題なく……」
「でもあの、去年もこんな感じだったので若干心配してしまいますわ」

 本当に大丈夫ですか? と聞いてみるも。武煉先輩は顔を覆ったままこくりと頷くだけ。

 そうしてまた、

「申し訳ない……」

 その言葉を繰り返すのみ。

 どうしましょうかね。いくらここ最近忙しくて、明日まで確かに時間がないと言えどこの状態のお方を置いてくことはさすがにできませんわ。
 それは兄が来てからも同じ。

 とりあえずどうにかしていつもの武煉先輩に戻っていただきたい。

「武煉先輩」
「……」
「あの、もうお眠りになった件は大丈夫ですので……」
「うん……」
「……」
「……」

 どうしましょう言葉が続きませんわ。

 仮に続ける言葉があったとするならば。

 眠れないんですか、なんて。
 詮索をしてしまうような言葉だけ。

 恐らく私には聞く権利はあるんでしょう。偶然のエンカウントとは言え、その偶然で。二回も同じようなことがあったのだから。
 けれどどことなく。

「……」

 覆っている手からほんの少しだけ見える、顔が。
 深入りを拒んでいるようで。

 クリスティアだったならのほほんと「どーしたのー」と聞いてあげるんでしょうけれど、私にはできなくて。

 必死に、話題を逸らすようなものを探した。
 何かあるでしょうかと武煉先輩や周りのものを見回して。

 ふと。

「……!」

 恐らく私にもたれかかっていたからでしょう。乱れている髪の毛が目に入り。

 自然と、足が動きました。

「?」

 武煉先輩の後ろに回って、なにも言わずにその下ろしている髪を手に取る。男のヒトにしてはきれいなその髪をすくって。

「手櫛で申し訳ないのですけれども」

 痛くならないようにと、髪をすきながら長い髪をまとめていきました。されるがままの武煉先輩は、一度こちらを向こうとしたけれど。諦めたのか、体の力を抜いて身を預けてくださいます。その彼の髪を、丁寧にまとめていった。

「……いきなりどうしたの」
「普段よく私の髪を触ってくるので。お返しにと」

 なんて笑ってあげれば、目の前の方も切り替えできたのか。ほんの少し肩が揺れました。それにこっそり微笑んであげて。
 切り替わった話をつなげていく。

「髪、随分きれいなんですのね」
「うん?」
「長いのに、毛先までいたみひとつありませんわ」

 ユーアくんも毛並みきれいなんですよね。うちの男性陣って毛の手入れに力入れているのかしら。そう、まじまじと髪の質も見ながらまとめていけば。

「唯一褒められたものなんだよ」
「!」

 先ほどと違って穏やかに話す武煉先輩の声が聞こえて。手は止めぬまま耳を傾ける。

「母にね。今はもう疎遠なんだけれど」
「……」
「唯一褒められたものだったから」

 大切にしているんだと、言った声が。

 穏やかなはずなのに。少し寂しげに聞こえるのは気のせいなのかしら。

 きっと気のせいよね、なんて。
 気づかれたくないでしょうから自分に言い聞かせて。

「……そうですか」

 それだけこぼして、ヘアゴムを求めるように手を差し出す。武煉先輩はそれ以上何も言わないまま、ヘアゴムを私の手に置いてくれました。

 それを握りしめて。

「……」

 大切にしていると言った、髪へと手をかける。

 大切なものならば、ぞんざいにはしてはいけませんねと。先ほどよりも丁寧に扱うように、髪をくくっていった。

 痛くならないように気を付けながらヘアゴムから髪を出して、何回かだけ引っ張らせてもらって整える。
 そうして、最後に。

 一度頭を撫でるかのように、ゆっくりと手をすべらせて。

「……終わりましたわ」

 切り替えるように、その肩をトンっと叩きました。そうしたら。

「ありがとうございます」

 いつも通りに戻った武煉先輩が、いつも通りの笑みで振り返りました。そうして立ち上がり、倒れたときに落としていた紙たちを取ってくれました。

「お礼をしなければいけないね」
「こちらを拾っていただいただけで十分です」
「つれないな」

 なんて対応もいつも通りに戻った武煉先輩には愛想笑いを返して。
 拾ってくれたことにお礼を言って、立ち上がりました。

「では時間もないのでこれにて失礼しますわ」
「思いのほか引き留めてしまって悪かったね」
「えぇ、おかげで気持ちに余裕はできましたけれども。今度お詫びはお願いしたいですわ」
「俺が今度髪の毛を結んであげるでも?」
「刹那においしいお菓子をお願いしますね」
「君は関係ないじゃないか」
「刹那が喜んで私も嬉しいです」

 そう肩をすくめてあげれば、武煉先輩も笑って。お互いいつも通りににこやかに笑う。

 決して眠れないことには触れないまま、一歩歩きだして。

「ではごきげんよう」
「うん」
「……思わぬお怪我にはお気をつけて」

 さりげなく、それだけは言って。

「気を付けるよ」

 わかってくれたであろう武煉先輩には微笑んでから。

 こつこつと、もともと行こうと思っていたポジションへと足を進めました。

 そうして本棚を何個か越えたところで。

 ぴたり、足を止めて左を見る。
 視線の先には光る銀の長い針。けれど投げることも、とびかかることもしなかった兄へ向けて。

「……今日はお優しいんですのね」

 それだけ言って。

 「お前もだろ」なんて言葉は聞かなかったことにして、私は最後の写真を撮るため、また歩き出しました。

『武煉先輩の髪』/カリナ


 笑守人学園の校門前。
 目の前に立つ小さな少女へ向けて、口を開く。

「いいか刹那」
「ん」

 その少女の視線の下に自分が来るようにしゃがみ、指をひとつ立てた。

「俺の手を離さない」
「はなさなーい…」

 二つ。

「いいもふもふがいても駆けださない」
「ない…」

 三つ。

「争いを見たら一言言ってから動く」
「うごく…」

 可愛らしく反復する少女に頷いて。

「守れるな?」

 最終確認で問うも。

「いえっさー」

 どうしようもなくこの間延びした「いえっさー」に信頼を生み出せないのは俺の過保護故だろうか。
 それともこいつの目がまだ見ぬもふもふへの好奇心に輝いているからか。

 どっちにしろ信頼性のない恋人に。

「……はぁ……」

 深く深く、溜息を吐いた。

 文化祭の準備期間が始まり早くも四日が経った金曜日。いくら人を笑顔にするための準備とは言えど、日々の活動を怠るなんてことはなく。

 二年になって、久々とも言えるような見回りの出番がやってきた。

 若干トラウマを抉られた一年目の見回りから一年と少し。

「……」
「いこー」

 俺は正直とても行きたくない。

 絶対こいつまた俺のトラウマ抉るだろ。本人にその意思がないとは言えども。
 生憎と恋人の頭と体は少々どころかかなり一致しない。本人が「だめだ」と思っていても体が動く不思議な生物である。

 そんな恋人を見回りに出していいのかというのがここ最近の疑問である。

 だめだろう絶対。俺の過保護がなくてもだめな気がする。人のことは言えないが争いを悪化させる自信しかない。
 ビーストが毛物だった場合明らかにお前そっちの味方しかしないだろう。

 なんて。

 考えられる数々の可能性が頭をめぐり。

「はぁ……」
「?」

 学園内で足を止めること早数十分。クリスティアを抱きしめて溜息を吐いてしまった。

 そんな俺に溜息を吐くのは、今現在後ろで羽ばたいているであろうエルアノ。

『お気持ちはわかりますが炎上さん……』
「わかっている……言うなエルアノ……」

 数十分待たされて結局動けない俺に呆れているのはわかるから。ついでに言えば早くしろというような念もよくわかっているから。
 けれど厳しいエルアノのお小言は止まらない。

『見回りが終わり次第文化祭の準備のお手伝いをせねばなりませんよ』
「あぁ……」
『こういったものは長引けば長引くほど憂鬱になってしまうものです。氷河さんのことを心配に思うことはわかりますわ。わたくしも正直心配ではあります』
「……」
『けれど九月も後半になり、日も少しずつ短くなってまいりました』

 恐らくじとっと俺を見ているんだろう。
 圧のこもった声で。

『暗くなった、不審者率の上がる道を氷河さんに歩かせるおつもりで?』

 なんて言われてしまえば体は自然と立ち上がってしまうわけで。相変わらずの過保護さに自分に苦笑いをして。

「……すまない」
「へーき?」
「あぁ……」

 顔を覆っていた手を下ろし、クリスティアへと差し出す。小さな少女は嬉しそうに冷えた手を重ねて、ぎゅっと握ってきた。
 それを握り返し。手を繋いでいない方のクリスティアの肩に降り立ったエルアノにも向けて頷き。

「行くか」
「はぁい」
『手短に参りましょう』

 二年初の見回りへ行くべく、三人揃って、俺達はエシュトの門をあとにした。

 まぁ案の定。

「もふガエルー」
「ばか待て待て待てその水は待てっ」

 その見回りでは俺が大変苦労しているんだが。
 泥水へと足を踏み入れかけたクリスティアの手を瞬時に引っ張り、突入だけはなんとか阻止。

 それに一応「しまった」とは思ってくれているんだろう。恋人は俺を見上げて目で「ごめんなさい」と訴えている。悪気だけはいつもないということはわかっているので、責めることなど毎回できない俺は溜息を吐いた。

 そして規制線越しに俺の隣を飛んでいるエルアノも、ひとつ溜息。

『……苦労しますわね炎上さん……』
「……慣れている……」

 思いのほか自分の声は死にそうだが。
 自分の声に苦笑いをこぼして、そのもふもふとした蛙を見送ったクリスティアの頭を撫でた。恋人はそれに嬉しそうに目を細めて受け入れ、また俺の手を引いて歩き出す。
 あと何度続くかこれはと遠い目をしつつも。

 あたりを見回して。

「……思った以上に争いはないのはまぁ救いだな」

 そうこぼせば、同じ目線で飛ぶエルアノは頷いた。

『まだ半分ほどですのでなんとも言えませんけれども……去年わたくしが見回った時よりは少なく感じますわ』
「俺もだ」

 去年レグナ達についていったときは三、四件。そのあと自分たちの見回りでは五件だかそこらへんだったか。聞くだけだと少なく感じるが、笑守人の街全体ではなく「学園の周り」だけでその数はやはり多い。
 それが今回、半分の地点で未だ零。この時期はただただ少ないだけか。

 ――まぁ。

 恐らく同じことを思ったんだろう。辺りを見回していた目を、エルアノと同時にクリスティアに向けた。
 その少女は規制線越しにいるもふもふとしたうさぎにくぎ付けである。

「……去年より明らかにもふもふとした毛物率が上がってる気がするんだがな」
『知っていますか炎上さん、この辺りは両生類が多いんですのよ』

 その両生類に先ほど毛が生えていたんだがな。
 なんだこのもふもふ率。

 おかげでクリスティアが何度走りだそうとしたことか。

『氷河さんは本当に毛物さんをお呼びになるんですのね……』
「体質魔術か何かで標準で備わっているんじゃないのか……?」
「最高だと思う…」

 今だけはその機能をぜひオフにしておいてほしい。俺の気が休まらん。

 まぁそんな機能なんてあるわけないだろうと信じて、クリスティアを引っ張り。三人でどんどん笑守人の校門へと足を進めていく。
 クリスティアが名残惜しそうだが今回ばかりは心を鬼にした。

「もふもふ…」
『これはわたくしではなくティノさんの方がよかったのではなくて?』
「お前だってもふもふしているだろう」
『頭のもふもふ……というようなものは少々自信ありますが。ティノさんなら大きなドワーフということでくぎ付けにもできたでしょうに』
「まぁ否定はしないが」

 正直それで安心かと言われれば肯定もしない。

「……ティノはくぎ付けにできる点では頼もしいが、いざ走り出してしまったら効力がなくなる。それに本人も認めている通り、ティノの足じゃ刹那を追えない」
『あぁ……』
「その点エルアノはスピードで追えるだろう」
『けれど走り出したら決して彼女の目の前には降り立ってはいけないと、行く前に仰りましたね』
「もれなくお前のくちばしが刹那のどこかしらに刺さるだろうからな」
『そろそろ手錠か何かを真剣に考えた方が良いのではなくて?』
「お前がそこまで言うとなるとよほどだろうなと思う」

 そう冗談のような会話を交わしながら、争いは見落とさぬようゆっくりと歩いていく。
 しかし周りを見回してみるも、どことなく穏やかで。気を抜くのは良くないが、去年よりかは楽に学園につけるだろうと、息を吐いた。

「りゅー見てー」
「うん?」

 緊張のようなものはあるものの、去年一度経験している分慣れたのか、それとも多少行動療法の成果もあるのか。クリスティアに応じる声もどことなく自分で穏やかに感じる。

「咲いてるー」
「あぁ」

 恐らく前までだったら見向きもできなかったであろう、花にも微笑みがこぼれた。
 歩きながらじーっとそれを目で追うクリスティアにも微笑んで。こちらに気を向けるように頭を撫でてやる。こちらを向いたクリスティアはぱっと嬉しそうな顔をして、繋いでいる手ごと腕にしがみついてきた。

『雫来さんがいらっしゃったら大歓喜ものの甘い雰囲気ですわね』
「もれなく録画されるだろうな」
『ついでに鼻血もいただけるかと……』
「何故うちの連中はこうも鼻血出そうとするんだろうな?」
「最高なものには鼻血がつきもの…」

 その感覚だけはまったく理解できないが。

 興奮するまでならわかるけども。エルアノも鼻血までは理解できなかったらしく、二人で揃って首を傾げた。それに不服そうにぷくりと頬を膨らませたクリスティアにはまた笑ってやって。空いている手でそっと空気を抜いてやる。
 抜いたついでにつまんだおかげでむっと口を突き出したクリスティアに噴き出さまいと視線をそらし。ちらりと見えた時計の時刻を確認。

 五時。
 残りの距離は四分の一弱。

「思った以上に早く帰れそうだな」

 クリスティアの頬から手を離しこぼせば、頷いたのはエルアノ。

『帰ってからは来週に向けてもう少し詰めていかねばなりませんね』
「ねー…」

 そう、クリスティアが反復してから。

 たまたまビースト側の領域に目を向けたときだった。

「!」

 隣を飛ぶエルアノが、ほんの少し。憂鬱そうに息をこぼしたのが視界に入った。ただそれは一瞬で。ぱっと顔をすぐ前に向ける。

 それに、無粋ではわかっていつつも。
 今は学園から離れているし、現在道は穏やか。好機だろうと言い訳をして、口を開いた。

「……何か決まらないことでも?」
『!』

 こちらを向いたエルアノは驚いたような顔。それに肩をすくめてから前を向いた。

「文化祭準備期間に入ってから溜息が多いような気がしてな」
『まぁ、そんなこと……』

 そうごまかそうとはしているが。図星だったんだろう。そのあとの言葉が続かない。

「どーしたのー…」

 それを見た小さなヒーローはエルアノの前に立ち、後ろ歩きをしながら首を傾げた。さすがにそれは危ないので、クリスティアに手を広げてやり。こちらにやってきた少女を抱き上げて、エルアノに視線を向ける。

「何かあるなら聞くが?」
『……』
「文化祭関連ならとくに困るだろう」

 お前自身も、結果的には俺達も。
 そう言えば、効果はあったのか。ほんの少し目をうろうろとさせてから、気まずそうに口を開いた。

『お恥ずかしながら、自分の出し物が未だ決まってなくて……』
「エルアノは物販兼景品だったか」
『えぇ。ゲームの得意分野をと言われても何も思いつきませんでしたので』

 そうして物販と景品の方に回ったのだけど。

『……こちらも自分の好きなことや得意分野で何かを作るものでして』
「決まら、ない…?」

 クリスティアが聞けば、困ったように頷いた。

『見つからなくて』
「……」
『特段お見せできるような得意分野もありませんわ』
「べんきょー…」
『それを景品や物販でお渡しするものがありませんの』
「もう読まなくなった本を渡すとかはいいと思うが?」

 よく読書をするとも言っていたし。一番いいだろうと、彼女を見るも。
 当の本人は憂鬱に加えて苦笑い。

『……六法全書は……喜ばれるでしょうか……』
「お前家にどんだけ六法全書あるんだ……」

 それだけではないだろと視線で言っても、エルアノは憂鬱そうな顔を変えることはない。

『炎上さんたちが仰ってくださったことも考えたのですが……わたくしは、幅広い方に楽しんでもらえるような本は持ち合わせておらず……勉強不足ですね』
「……」
『他に得意分野と言えるようなものも……ティノさんのようにアクセサリーを作ることもできませんし』

 だから未だに決まっていないと。最後の方の声は小さかった。

『炎上さんの言うように、文化祭で困ってしまいますよね』

 そう困ったように笑うエルアノ。

 けれどその困ったような目の先に、何かを見つけて。

 口は、自然と開いていた。

「何か趣味でやっていることは他にないのか」

 妹のような幼なじみほど口はうまくないけれど。それを言わせるように言葉を投げかける。

『趣味、ですか』
「趣味でも、なんでも。お前だってずっと勉強しているわけではないだろう?」
『そうですが……』
「息抜きでやっているようなこととか。使えそうなものはあるんじゃないか」

 不器用な言葉しか出ないけれど。
 なんとか言葉を繋いでいって、「どうだ」と目で問うた。

 けれど自分では力不足なのか、言いづらそうにその目はうろうろと動く。それを助けるかのように言葉を発したのは腕の中の恋人。

「エルアノなにがたのしー…?」
『たのしい……』

 のほほんと、いつもの口調のクリスティアからの問い。

 その問いの答えを。

 歩きながら待っていれば。

『……編み物が』

 小さな声で、紡がれた。

『編み物が、好きなんです』
「……」
『小さな頃から……昔、母が編んでくれたのもあったのですが……妙に、編み物が好きで……』
「それは、やっちゃだめなの…?」

 クリスティアが聞けば、エルアノの顔は自信なさげに変わった。

『だめ、ではないと思います』
「……」
『けれどわたくしなんかが、そんな……趣味程度のものですし……』

 そう、だんだんと声が小さくなっていくエルアノに。また自然と口が開いた。

「……趣味はそんなにだめなものか?」
『え……』
「蓮を見てみろ。あいつなんて趣味全開だろう」
『それはその……才能というものがありまして』

 あれを才能と言うか。
 あぁ、まぁ才能と言えば才能だろうか。

 ――努力と言う名の。

 そこは親友の名誉のために言わないけれど。

「ことわざもあるだろ、好きこそものの」
「じょうずなれー」

 俺の言葉を継いだクリスティアに笑ってやって。

「あいつだって才能だけであんなに上達したわけじゃない。……笑守人の理念と同じだ」

 喜ばせたい”誰か”がいたから。

「そういう奴がいたから、あそこまで裁縫はうまくなった」
『……愛原さんですか』
「さぁな」

 親友の話は笑みで終わりにして。

「お前もそう考えればいい。何でどう、誰を笑顔にしたいか」
『……』
「自分の得意分野でどうこうでなく、自分ができることでどう笑顔にしたいのかで考えは決まるんじゃないのか」
『……どう、笑顔に……』

 そうこぼしたエルアノの目は何度かまた迷ったように右往左往する。

 けれどそれは数秒で。

 意を決したような目は。

 クリスティアに、向いた。

「?」

 首を傾げたクリスティアに、エルアノは規制線を越えることはしないが、近づいて。目を合わせる。

 そうして、凛としつつも、少し不安そうな声で。

『……氷河さん』
「なーにー」
『……ティノさんたちのように、わたくしはきらきらとしたものは作れません』
「うん…」
『でも、あの……。もし、わたくしが何か作ったら』

 そのときは、

『ティノさんたちが素敵なものを作った時のように、喜んでくれますか』

 紡がれたエルアノの言葉に、クリスティアはじっと彼女を見つめる。
 それを見届けるのは、たったの数秒だった。

 クリスティアは、ぱっと顔をほころばせて。

「もちのろーん…」

 いつもティノたちが作品をつくったときに見せる笑顔を、エルアノにも向けた。
 それに笑みをこぼして、少しだけ足取りを緩めてやる。

『……』
「紅いの作れる?」
『……えぇ。もふもふも、作れます』
「! ぜひ…!」
『……』

 そうして落ち着いた足取りで、エルアノへと目を向けた。
 その顔は、先ほどと違ってほっとしたような、安堵した顔。

 それは無事に出し物が決まったことからなのか。

 普段から”やりたい”と思うことを許されないカナリアの家系にいる彼女が、恐らく初めて、やりたいことを許されたことの安堵なのか。

 その答えを、俺に決めることはできないけれど。

「……無事に決まって何よりだ」

 ひとまず、これでエルアノも楽しく文化祭は過ごせるんだろうと、息を吐いて。
 そう言ってやれば。

『……おかげさまで』

 いつもの大人びた顔ではなく、どことなく子供らしい顔でエルアノは笑う。

 それに幼なじみよろしくクリスティアがシャッターを切った音が聞こえた。

 目を向ければ、何食わぬ顔で親指を立てている愛しい恋人。

 それに、二人噴き出して。

「抜かりないなお前は」
『盗撮は厳罰ですよ氷河さん』
「これは偶然…たまたまスマホのカメラが起動しててシャッターが押された…」
「んなわけあるか」

 なんて、今日の見回りと同じくらい穏やかな会話を交わしながら。

 ゆっくりとした足取りで。

 俺達はいつの間にかたどり着いた笑守人の門へと入っていった。

『エルアノ出し物決定』/リアス

 

おまけ

 

リアス
リアス

ちなみに蓮も編み物好きだから、作ってやると喜ぶぞ

 

エルアノ
エルアノ

あのハイクオリティな波風さんに……!?

 

クリスティア
クリスティア

リアス様地味にハードル上げた……

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