未来へ続く物語の記憶 November-VI

 いつも通りの日常の、はずだった。


「ねぇやっぱりあたし沖縄の方に行ってみたいわ!」
『ですがこの時期ですと海に入れないのでは?』

 武闘会の予選が終わり。二年は本当に休む間もなく次の行事、修学旅行の準備が始まって。

『沖縄行くなら海に入りたいですっ』
「でも氷河さんのこと考えるなら夏より今の時期の方が沖縄行きやすくない?」
「わたしのこと考えるなら北海道がいいと思うの…」
「僕らを凍え死なせるつもりか氷河」

 すべての種族が楽しめる場所を選んだからあとは各々好きなところを選べと、ある意味笑守人らしいと言えば笑守人らしいことを告げられ、説明会が行われた金曜の次の日。

「龍にくっついてたらあったかいよ」
「それはわたしの特権…!」
「あら刹那、龍蓮などで考えたらどうでしょう」
「捨てがたい…!」

 班も自由、寝るメンバーも節度が持つならば自由。それならば俺も行けるだろうと背を押され、ローテーブルを同級生全員で囲む。
 いきなり腐の方向で節度を破ろうとしている恋人には「そこは捨てろ」と頭を叩いておき。

「ぃ、一番無難なのは京都とかです、かね……?」
「修学旅行と言えば定番だね。僕は行っていないが」
『定番なのってヒト型組だけじゃないかな? ボクら京都の方とか行かなかったよ~、たぶん』
「えっと、ティノ君たぶんなの」
『中学は修学旅行なんて行ってないですっ』
『わたくしもですね』
『オイラもでい』

 揃って言うビースト組に、若干の予想もあったが。

「……それは学校の方針でそもそも修学旅行がなかったという話か?」

 あえて、そう言えば。


 揃って四人、首を横に振って。

『『行く意味を見いだせなかったので』』

 おいヒト型組、自分にも思い当たる節があるというような顔でそっと視線を逸らすな。


 待てよ?

 ということはだ。

「……ここのメンバーは全員修学旅行は行ったことがないと?」
「炎上くん、あれって友達がいる人が楽しめる行事なのよ?」

 やめろ道化、口元が笑っているのに目が死んでるぞ。

『全員ってことは炎上クンたちもー?』
「俺が行くとでも?」
「堂々と言うものではありませんよ龍。刹那にもう少し悪びれなさいな」

 悪くは思っているけども。

「お前だって修学旅行に行くんだったら四人で旅行に行った方がましだと休んで別で旅行を手配するじゃないか」
「修学旅行なのに刹那と同じ班じゃないとかありえないでしょう?」

 何故うちの女性陣は顔は笑顔なのに言うことなすこと狂気じみているのか。その類は絶対友を呼んではいないと、心の中でしっかり首を振って。

「海には入れないけど沖縄行くか、凍え死ぬの覚悟で北海道行くか、あえての定番、京都奈良あたりに行くか……とりあえず一回多数決行ってみる?」

 そう、隣のレグナには首を縦に振る。

「今回多数決で負けたところは、どっかの個人旅行で陽真達を巻き込んで行けばいいだろう」
『お金持ちの考えですっ』
「この双子のおかげで感覚がマヒしていてな」
「あなただってそこそこのお家柄でしょうよ。我々のせいではありませんー」

 いや世界的な財閥と比べるものでもないだろ。確かに親は世界的な研究者ではあるけども。
 そこは口を閉ざしておき。

「先に炎上くん、聞いていいかしら」
「なんだ」
「ぉ、沖縄に行ったら刹那ちゃんの水着って見れますか!?」
「さすがにお前らが入らないのに俺達だけで入ることはしないな??」

 むしろ、

「北海道だとかで温泉の名所でも行けば水着で混浴くらいできるだろうよ」

 なんて言えばクリスティア以外のヒト型女子の顔が輝く。
 それが「混浴ができればの話」というのはあえて言うまい。

「意地悪だな炎上」
「どのみち行くとなればそこの妹がなんでもやるだろ」
「旅行までのこの一週間くらいでやり遂げるから怖いよね」
『そういうのを止めるのが兄であるあなたの役目ではなくて?』
「無理無理」

 そう笑って手をぱたぱたと振るレグナに笑って。

 女子で一旦話し合いをし始めたのを、残りのメンバーで待つ。

 何気ない日々。穏やかで、くだらない話をして。主にヒト型の女共が発するバカみたいな言葉に突っ込んで。ときどき、味方だろうと思っていたこちらの男性陣に華麗に裏切られ。

 いつの間にか、当たり前になっていた日々。

 きっとこのまま、今日も、明日も。


 こんないつも通りの日常が、続くんだろうと。どこかで勝手に思い込んでいた。



「……!」


 その、音が鳴るまでは。



 ローテーブルに置いていたスマホが、真っ黒な色から白に変わる。
 同時に無機質な着信音。電話だと気づいたのは、画面をのぞき込んで。

「エイリィー」

 恋人が嬉しそうな声を上げてから。
 彼女がぱっとスマホに手を伸ばしたのを一旦制し、着信音と共に震えるスマホを手に取った。

「出てくる。行先は勝手に決めていてくれ」
「おっけ」
「ごゆっくり炎上君」
「氷河、炎上が呼ぶまで僕らと話していようか」
「?」
「どこ行きたい刹那」
「ほっかいどー」
『寒いのが好きですか氷河っ』

 義父の件もあるんだろうと踏みクリスティアの気を引いてくれる同級生達に、先に心の中で礼を言って。


 一人、廊下の方へと向かって行く。

 キッチンと廊下を隔てているドアを出たところで止まり、頭の中で言語を切り替えてから。


 未だ鳴り続ける、通話ボタンを押した。


「……もしもし」


 最近の恋人のそわそわ具合を見ていたからか。それとも自分もあのアルバムを作るのを頑張ったからか。思いのほか反応を楽しみにしていたらしく、自然と顔がほころんで声が出た。
 それに自分も変わったなと思いながら、向こうの返事を待つ。


《……》
「……」
《……》
「……?」


 けれど、いつもならすぐに「リアス」とでかい声で呼ぶはずの義姉は、俺の声に返事をしなかった。
 ほんの少し電話の向こうがざわざわとしているのを聞きながら、顔の綻びは疑問に変わって、また口を開く。

「エイリィ?」

 外だから聞こえづらかったのか。先ほどよりも少し声を張って、言えば。

《……あっ! リアス?》

 ぱっと、明るい声で名前を呼ばれた。

 けれどそれに、どことなく違和感。


 今、明らかにハッとしたような言い方じゃなかったか。

 一瞬の疑問は、義姉の明るい声が一度消した。

《ご、ごめんね! ちょっと聞こえなくて》
「……そうか」

 けれど、またすぐに疑問は湧く。

《うん! あ、えーと、それでね? なんだっけ……えーと》

 いつもならばすぐにぺらぺらと喋り始めるのに、変に言葉を選んでいるようだった。
 それにも疑問だし。


 なにより。


「なんだ、約二週間ぶりの義弟への電話にらしくもなく緊張か?」
《あ、あはは! そうみたい! えーっとね……》

 明るい声が、素ではなく。


 無理をしているような音に聞こえる。


 そう思ってしまえば、頭の中では疑問ばかり。

 何故そんな無理をしたような声なのか。
 そんなに言葉を選んでいるようなそぶりでどうした。
 遠くでざわついている声が聞こえるが、今どこにいるんだ。何か困りごとがあっての連絡か。それならセフィルは。


 ――なぁ。


 言葉に紛れて聞こえる、機械のような音はなんだ。


「……」

 未だに「えーと」だとか、「あのね」という言葉しか言わない義姉に、疑問はあふれるだけ。


 これは聞いてもいいものだよな。
 自分の中だけで答えを出してはいけないというのは、数か月前で散々学んだ。もう同じ思いはしまいと、息を吸って。

 努めて優しめの声で、義姉を呼んだ。

「……エイリィ」
《えっ、なになに!?》

 また無理に明るい声で行ってきた彼女に、回り道せず。


「……何かあったか」


 そう、聞けば。

 ほんの少し、息を詰めたような音が聞こえて。何かあったということが的中してしまったことに、軽く息を吐く。
 これが、単にセフィルとケンカしただとか。いつも通りの日常の中の、些細なできごとであればいい。

 ときおり大きく聞こえる、奥のざわつきもあって。心の中で強く願いながら。

「力になれるなら聞くが?」

 爪をいじり、彼女の返答を待つ。

《……》
「……」
《……っ、……》
「……」

 ただよほど言いづらいことなのか。すぐさま返答は来ない。

「直接言いづらいか」
《え、っと……》
「メサージュとか、文字なら打ちやすいか? 落ち着いて話せるならなんでもいいが」
《……》
「……」

 案を出して促してみるも、彼女はまた黙ってしまう。ときおり変な機械の音と、奥のざわつきが沈黙を破り続けていた。

《……》

 彼女が息を吸えば、ギギッと音がする。

《……》

 落ち着くように吐けば、ガシャッとまた機械音。
 異様な機械音ではあるが、よくよく考えれば家だったならハイゼルの機械があったか。珍しく研究室にでもいるのか。いやそれだと奥で聞こえるざわつきの説明がつかないか。あそこは地下だ。さすがに電話越しでそんな外のものは聞こえない。
 たまたまハイゼルの機械が近くにいるだけか。多少異質に聞こえるのは変わらないが、あのロボ達との接触は俺達はまだ少ない。知らない音もあって不思議ではないだろうと、納得して。

《……あの、ね》

 彼女が言葉を発したので、思考は切って声に意識を傾けた。

「どうした」

 優しめに聞けば、ほんの数秒、また悩むような声を出した後。


 ようやっと、彼女はしっかりと言葉を紡ぐ。


《リアス、ってさ》
「あぁ」
《テレビって、見る?》
「…………、……は?」

 思わぬ言葉に素っ頓狂な声が出たのはしょうがないと思う。
 ここまで悩んで「テレビ」と来たか。合ってるよな?

「……テレビで間違いないか?」
《うん……》
「テレビは、見るが」
《見るが?》
「あぁいや、普通に、見る。夜、とかに」

 一応ニュースだとかそういうのを確認するために。
 とぎれとぎれながら言えば、彼女からは「そう」と返ってくる。


 ……これはなんだ、テレビ関連で言いづらいことか?

 実はセフィルの作品がテレビに出たんだとかそういう話か? それにしては暗すぎないかエイリィのテンション。
 いや悩んでいても仕方ないだろう。

「……今テレビを付けた方がいいという話か……?」

 なんて言えば、クリスティアをこちらに向かわせるタイミングをうかがっていた親友にばっちり聞こえたらしく。
 リビングの方で会話とは別に音が流れた。「いきなりどうした波風」とかも聞こえるが、今はまた意識をエイリィに向ける。

「何かあるのか、テレビ」
《つけちゃった?》
「? 今リビングの方でレグナが付けたが」
《……そ、っかぁ……》

 なんで今そこで泣きそうな声をする?

 何故、また彼女は黙る?

 ――なんだ。


 なんだこの違和感。


 おかしいことは明らかにわかる。ただその”おかしい”が。



 いつも通りの日常にあふれる”おかしい”では、ない気がする。


「エイリィ」

 それを理解して。きちんと知るために彼女の名を呼んだ。先ほどまでの優しい言い方じゃない。答えを促すよう、強めに。

《……》
「何があった」
《……》
「セフィルはどうした。ケンカとか、そういう話じゃないだろ」
《……》

 沈黙に、心臓が嫌に大きく鳴り始めている。何故話さない。

 何故、いつものようにぺらぺらと喋らない?

「エイリィ」

 少しずつ痛く感じる心臓を抑えて、また強めに名前を呼んだ。

《……》
「黙っていちゃわからない」
《……》
「おい」

 義姉さん。

 ときおり呼ぶと喜んだ、姉弟らしい呼び方で。


 最後に、強く呼べば。





《……事故に、あった》




 ぽつり、こぼされた言葉に。



「……、……は……」



 一瞬、頭が真っ白になった。

 事故。

 事故と言ったか。


 いつ? 誰が。セフィルが? エイリィが? けれど今エイリィは話していて。
 ならセフィル。セフィルが。

 何か、取り換えしのつかない――?


 そう、考えに陥るのを制すように。



 違う。




 さらに悲しみを深くするかのように。





「リアスッ!!!」



 親友が、自分の名を呼んだ。
 四人以外じゃ絶対に呼ばない名で呼ばれたことに、顔を勢いよく上げる。その勢いのまま、ローテーブルの方にいるそいつを見れば。


 俺の名を呼んだ親友が、焦ったようにこちらを見ている。


 心なしか、口が震えているような気がした。

「……どうした」


 小さくこぼしても、誰も何も言わない。
 電話の先にいる義姉も、段々と涙がにじんでいるように見える親友も。


 なんなんだと、頭の中の警報を聞きつつも。無意識に水色の恋人を探した。


 先ほどまで祈童たちに囲まれていた少女は、ソファの近くにはいない。ユーアやティノたちの近くにもいない。探しながらさりげなく見回せば、全員テレビにくぎ付けだった。


 それを、追うように。

 嫌に心臓がバクバクするのを聞きながら、テレビへと目を向ける。


 そこには、小さな恋人。まだ早いはずなのに、まるであの真っ赤な服を着たじいさんが映っているときのように、水色の頭は俺に背を向けてテレビを見ていた。

「……クリス」

 名を呼んでも、珍しく反応しない。


 嫌な予感がする。

 彼女が見つめる先を、見てはいけない気がする。


 けれど。



「…エイリィー」



 ぽつりと、こぼされた言葉に。


「……」


 ゆっくり、自然と顔が上がって。


 壁についている、やけに大きく見えるテレビに、視線が行った。

 その、瞬間に。


 ひゅっと、自分の喉が鳴った気がする。


 ただはっきりとは聞こえていなかった。
 手からスマホが滑り落ちていった音も。”緊急速報”と出ているニュース画面で、キャスターが喋っている内容も。その声に混ざって、言葉をかけてくる親友たちの声も。

 何もかも、はっきり聞こえない。


 ただ、ただ。
 今、はっきりとしていたのは。




「……なんだ、これ」



 画面に映る、”ハイゼル氏、疑似ハーフ化計画緊急発表”という文字と。




「……エイリィ?」



 左半身のほとんどが機械と化した、




 ――自分の義姉の、姿だった。

『悲しみの天使には、穏やかな日常などきっと、幻でしかないのだと思う』/リアス




 何もかもがよくわからないまま、時間だけが過ぎていった。

 普段よく聞こえるはずなのに、何も聞こえない感覚。脳が受け入れたくない感覚。
 けれど現代社会じゃ、すべてが情報にあふれていて。

 脳は受け付けないまま、嫌でも目からいろんなものが入ってくる。

 情報というものが、いろんな形で、歪んで。


 エイリィさんとセフィルさんが事故に遭ったらしいということ。

 それを、復活が見込めないと勝手に判断したハイゼルさんが。

 自分の親族でありながら、実験として生物の機械化を進めたこと。

 きっと普段のあの人を見ていたなら絶対そんな風に歪んだりなんてしないのに。
 ”自分のところの方が”と上に行きたい奴らは、面白おかしく情報を歪めて何が真実かわからなくする。

 そうして、短い時間のはずなのに、何度も何度もそれを見ていってしまえば。


 生物は段々と、それが真実なんじゃないかと思い込みをしていく。


 本当のことがわからない。けれどいろんな情報が頭に入ってくる。
 理解をしたくなくて、ちゃんと受け止めきれなくて。


「……はよ」
「おはよう」
「……おはようございます」


 その、受け止めきれないまま、時間は過ぎて。
 あっという間に新しい週が始まろうとしていた。

 いつもの待ち合わせの場所に行けば、リアスとクリスティア、そしてカリナの姿。三人ともどこか顔は暗いし、目の下はほんの少しだけ隈っぽくなってる気がする。
 それは人のことは言えないけれど。


 土曜のことがあってからうまく寝付けなくて頭がぼんやりする中、まだ来ていない先輩たちを待つために電柱に寄り掛かった。

「……」
「……」
「…」
「……」

 その間は、ただただ沈黙。静かに時間が流れてく。
 ときおりクリスティアが俺たちのことを心配そうに見上げて、けれど何も言えなくてうつむいて。それを横目で見ながら、ただただぼんやり道を眺めてた。

 何か言った方がいいのかもしれないけれど、何も言えない。
 大丈夫? なんてもっと聞けない。

 大丈夫なんかじゃないのなんてわかっているから。

 たとえ血が繋がっていなくとも。
 姉弟が、事故に遭って、機械と肉体のつぎはぎな状態で出てきたなんて、何がどうあっても「大丈夫」なんて言い切れることじゃない。決して今回のことを否定する気はない。ただそれが最善だったとしても、どうしたって受け入れるのには時間がかかることは。

 よく、わかっているから。


 わかっているからこそ、口は閉じてしまって。

「……」
「……」
「……」
「…」

 四人の時間には、ただただ沈黙が走る。
 リアスが爪をいじって、俺とカリナはぼんやり道や電柱を眺めて。クリスティアはときおり俺たちを見上げる。

 どんくらい経ったんだろう。たぶんそんなに長くはないはずだけれど、妙に長く感じた。
 その長く感じていた沈黙を破ったのは、

「…来ないねー」

 こういうとき、さりげなく空気を読んで動くクリスティア。いつも通りののほほんとした声を作って、カリナや俺を見上げては、「ねー」
と力なく微笑む。

 相変わらず強い子だなぁと、思わず三人、顔が綻んで。

 沈黙を消して、頷いた。

「陽真先輩寝坊かね」
「寝起きが悪いのは武煉先輩じゃないですか」
「確か休みの日は陽真の方が武煉を起こしに行っているとか言っていたな」

 案外陽真先輩の方がしっかり者だよね、なんて。

 もしかしたら、ニュースのことがあったからここに来ないんじゃないか、っていうことは全員言わず。当たり障りないことを話してく。

「でも遅刻なんて珍しいよね」
「もしかしたら二人お楽しみかもしれませんわ」
「フィノアに写真お願いしなきゃ…」
「そもそも夢ヶ﨑はあいつらの家から結構離れているじゃないか」
「となるともう確定ですわね、その遅刻は仕方ありませんわ」

 力なくもしっかり腐の話をするカリナには「そうねー」と適当に返しながら、さりげなくスマホを手に取った。遅刻なら連絡来てるだろうか。
 こっそりと画面をのぞきこんできたクリスティアの頭を撫でておいて、暗い画面に明かりをつける。
 ロック画面にも速報として「疑似ハーフ化宣言が」とニュースが入っているのは気づかなかったふりをして。

 通知が来ていないか、ロック画面をスクロール。
 けれど目的の人から連絡は来ていない。

「なーい…」
「ねー」

 一応ロック画面を外して、メサージュのアイコンにも目を向ける。そこに通知はなし。俺の方には来てないのかなと思いつつ、アプリも開いて連絡が来てないか確認。
 けれどやっぱり、誰からも連絡なし。

 これはまだ寝ているのかそれとも連絡せずなにかあったか。

 連絡がないってことに若干、先日のエイリィさんのニュースを思い返してしまって。無意識に頭を振った。
 さすがにそんな続くなんてことはないだろ。そもそも事故がほんとかもわからない。

 でも不幸なことって続くって言わないっけ?

 引っ張られるような、って。

「……」

 だめだ何もかも悪い方向に考えてる。勝手にネガティブに言ってしまう頭を制すように顔を覆った。視界が暗くなればもっと暗い方向にいくなんてわかっているくせに。あぁやっぱり。

 ふっと浮かんでしまうのは、上級生たちの嫌な場面。

 連鎖するように、この前のニュースとか、妹の最期の場面とかが次々と浮かんでいく。

 ぼんやりとする頭に、まだ受け止めきれないたくさんの情報があふれてきて。

 あぁちょっとやばいかも、眉間をつまんだ時だった。


 ガタガタガタッとなんかとんでもない音が聞こえて、全員で体をびくつかせる。
 暗くなっていた視界から抜け出して、まず目の前のリアスを見た。

「……何の音だ」
「……わかんない」

 けれどリアスも、カリナもクリスティアもわからないようで、驚いたように揃って首を傾げる。その瞬間に。

「いって!!」
「焦りすぎだよ陽真」

 またバタバタと大きな音。それと一緒に聞こえた声に自然と安堵して。
 ようやく、今まで聞こえてた音が足音だとか、荷物を落とした音だとかを知った。

 さっきまでの嫌な予感はとりあえず的中しなかったことに、顔も少しだけ綻んで。

 未だばたばたとこっちに向かってきてる音に、目を向ければ。

「おはようございます後輩さん方」
「ワリィ遅れた!」

 ひょこりと角から顔出したのは、武煉先輩、陽真先輩。
 そして。

「はぁい元気ぃ?」
「え」

 フィノア先輩? 思わぬ人の登場に挨拶の手が途中までしか上がらなかった。

 けれど三人はそれを気にもとめずこっちに向かって――って待って。


 なんでそんな走ってんの?
 待った待った勢いそのままじゃん。

 え、待って?


 これ道開けないとぶつかるやつ。


「ちょっと先輩勢いがっ!?」
「刹那が危ないんですけれどもっ!?」
「わー…」

 未だ勢いが止まらない先輩たちには頑張ってそれだけ文句を言って、主にクリスティアを守るようにしながら道を開ける。
 その開けた道を、先輩たちはビュンっと音を立てながら通って行きまして。

 え、行きました?

「おい陽真!」

 思わず呆けてしまったのはリアスの声で引き戻されて、通り過ぎていった先輩たちの背に目を向ける。その人たちは未だ勢いを止めずに走っていた。

「ちょっと!? どこ行くの!?」
「オマエらも早く! 行くぞ!」
「はい!?」
「がっこぉ!!」

 受け止めきれない状況の中、必死に声をかければ。

 だんだんと遠くなっていく先輩たちが、こっちを向く。
 そうして、いつもの楽しそうな顔で笑って。


「君たちの義姉を助けに行きましょう!」


 なんて、武煉先輩が言うから。


「「――はい!?」」


 限界だった頭は完全にパンクしてしまって。


「と、とりあえず……?」
「参り、ます……?」
「しか、ない、よな……?」
「れっつ、ごー…」

 一番に走り出したクリスティアを反射で追うように。

 脳はまだ理解していないけれど、体の動くまま。陽真先輩たちを追うために走って行った。




 そうして思いのほか全力疾走で学園まで猛ダッシュしまして。


「っ、げほっ、死ぬっ……」
「お疲れ様です後輩さん方」
「なんでっ、息ひとつっ、乱れてっ、ないんですか……!」
「鍛え方違うんじゃなぁい?」

 うっわむかつく。
 でも息ひとつ乱れてない先輩たちに今はなにも言い返せない。クリスティアなんか見てよ、途中で体力尽きてリアスに抱えられて今沈黙してるよ。陽真先輩が「大丈夫か」なんて声かけてるけど何も声発せてないよ。リアスも珍しくぜえはあ息上げてるし。

 なんなんだ今日。考えてみるけどぼんやりしてたのに加えて体力使いきったからなお理解できないわ。とりあえず話しかけられても絶対口悪い言葉しか出ないことだけは理解してるかも。
 そう、ときに咳をしながら息を整えていれば。

「連れてきてくれましたか~?」

 のんびりとした声が聞こえて、同じ目線にいた先輩たちからさらに上を見上げた。

 そこには、にっこりと笑ってる江馬先生。
 え、何事? なんか「連れてきてくれましたか」みたいに言わなかった? だめだ今日ほんとになんも理解できないかもしれない。とりあえず一回息しっかり整えなきゃどうにも返事ができないので、意識的にゆっくりと深呼吸をしようと息を吐く。

「え~、リアス=クロウくん、クリスティア=ゼアハードさん、レグナ=グレンくん、カリナ……シフォンさんですね今は~」

 その深めに吐いた息がそのままひゅっと喉に戻って来てもっと咳出たわ。いって器官入った。

「ちょっ、待ってせんせ――ごほっごほっ」
「あら~大丈夫ですか~?」
「ちょっとあのっ、先生のせいで、大丈夫でなくっ……」

 リアス大丈夫か、咳しすぎて過呼吸っぽくなってるぞ。生きて。

 その過呼吸気味のリアスは復活したクリスティアが背中をさすってあげて。
 彼女がリアスの背をさすってる動作に、俺たちもようやっと呼吸が落ち着いて来る。「大丈夫?」とリアスに聞いているのを自分の中で「なんとか」と返して、苦笑いを浮かべながら。

「……えーと、先生……?」
「いろいろと処理が追い付かないのですが……」

 江馬先生を、見れば。

 そのヒトはにっこり微笑んで。

「とりあえず緊急なお話をあなた方にしたいんで、お時間よろしいですね~?」

 そう、あくまでもう「決まってます」というような風に言うので。
 今日とことん頭の処理ができていないことはもう諦めまして。カリナと苦笑いで一度見合ってから。

「……よ、」
「よろしい、でーす……」

 本能に従うように、江馬先生にうなずいて。

 ついてくるように言う江馬先生に、リアスを引きずって歩き出した。






 歩いたり走ったりしたからか、気持ち頭がすっきりした感覚で、笑守人の廊下を抜けていって。
 ついたのは、生徒指導室。何話されるのかは予測できないままだけど、とりあえず話を聞かないことには何も始まらないんだろうと諦めて。
 江馬先生に促されるまま、中へと四人で入っていく。

 そのまま、ここまでついてきた上級生も続けて入ってくるんだろうと思って後ろを振り向けば。

「んじゃ、オレらはまたあとで、な」

 そのヒトたちは教室の外で微笑んでいて、驚いた。

「え、入ってかないの?」
「やることもあるしぃ」
「俺たちがいない方が喋りやすい話もあるでしょう」

 いやもう本名ぶっちゃけられた時点で隠し事もなにもないとは思うんだけども。何かしらはあるかもしれないということで、頷いて。

「またあとでー…」
「おー、ちゃんといー子で聞いてろよ」
「はぁい…」

 まるで兄妹のようなやりとりに本日ようやっと癒しの息を吐いてから。
 お礼とかはとりあえず話を聞いてからということで、教室から離れていく先輩たちを見送って。

「ではこちらではお話に入りましょうか~」

 少しだけ真剣な雰囲気がうかがえる江馬先生の方に、四人で向いた。
 生徒指導室の中には椅子が四つ。どうぞと言うように手を差し伸べられたので、一度四人で見合ってから椅子へと歩き出す。
 クリスが中心、リアスがその隣の中心に行ったことを確認して、とりあえず俺とクリスで挟めればいいだろうと、俺はリアスの隣へ。カリナが視線の奥でクリスティアの隣に座ったのを確認してから。

 四人、前を向いた。

 気持ち背筋を正して、笑う江馬先生の言葉を待つ。

「準備は大丈夫そうですね~」

 頷けば、彼女はさっきよりも真剣な目をして、俺たちを見据えて。


「ではまず、今回のハイゼル=クロウ氏の行動の真実からお話していきましょうね~」


 のんびりとしながらも、思わず耳を疑うような言葉に。一気に江馬先生に注目した。

「し、んじつって」
「わかったんですか!?」
「ひとまず今現段階で、ですが~。きちんとした情報源から確かなものは集められております~」

 この約二日で? いやその前に。

 真実ってことは、リアスは内容を嫌でも知ることになるのでは?

 それが残酷なものだったら?
 今の段階でもう精神は限界だろうに。

 これ以上ダメージ負わせるの?

 そう思ったら、口は勝手に開いた。

「あのっ」
「は~い」
「リアス――龍には、その、まだ真実とかは、ちょっと」
「レグナ」
「まだ頭追いついてないし、理解しきってないし……もう少し落ち着いてからじゃ、だめ、ですか」

 自分で思った以上にたどたどしいけれど、言葉を紡いで。
 リアスが制すように手を差し伸べてきてるけれど、見なかったふりをして、江馬先生を見た。

 そのヒトはしっかり俺を見て。

 一度、頷く。

「レグナ=グレン」
「、はい」
「あなたの意見ももっともです。ときに真実というものは残酷すぎることがありますね~」
「……」
「けれど、ときに、残酷であっても。今知ることで、”いつか”の何かが変わるかもしれない」
「……!」
「私はそう思うんです~。それに、今回のことは~、下手に他の情報でいっぱいになる前に真実を知った方が良いのではないかと思いまして~。早いとわかってはいますが、事が事でして~お呼びたてに至ったんですね~」
「……」
「友人を思うあなたの気持ちもわかった上です。……今回は私にお譲りいただけますか~?」

 やさしく、優しく。そう言われて。きっといつもだったらもっと歯向かってたんだろうけれど。もう頭がいっぱいだからか、江馬先生の言葉に納得できたからか、「あぁ、大丈夫か」なんてすとんと心が落ち着いた。
 落ち着いてるのかそうじゃないのかわかんない頭で、自分なりに納得して。
 浮きかけてた腰を、下ろす。

「……邪魔してすみません」
「邪魔だなんてとんでもないです~。友人思いの素敵な行動ですよ~」

 若干気恥ずかしくなっているのだけは自分で意識的に理解せず。

「では本題に入りますね~」

 江馬先生の落ち着いた声に、耳を傾けた。


 江馬先生の声が妙に落ち着いていることもあって、話はすんなり耳に入ってきた。


 まず、事の始まりは。
 エイリィさんとセフィルさん夫婦が事故に遭ったというところから。

 帰ってから少しした頃だったらしい。江馬先生が聞いた話によると、プレゼントみたいなものがその場に散乱していたそうで、買い物のときに事故に遭ったのではないかと。

 その、事故の状態はなかなかのものだったそうだ。

 車が突っ込んだ先に、二人がいた。
 そのときセフィルさんが、エイリィさんをかばうようにしたらしい。

 けれど勢いがひどくて。


「その先に壁もあったことから、お二人とも被害は甚大とのことでした」
「……」

 隣でリアスがまたクリスティアに背中をさすられているのを横目で見ながら、俺とカリナだけはしっかりと江馬先生へと目を向ける。先生は俺たちに少し悲しげに微笑みながら、また口を開いた。

「結論から言えば~」
「……」
「お二人とも、命はなんとか取り留めています」

 その言葉に、ほっと息を吐いて。
 けれど、と続いた言葉にまた気を引き締めた。

「セフィル=グリィナ氏は今も生死の境をさまよっている状態です~。……そしてエイリィ=グリィナ氏は、あなた方も見た通り」

 機械と肉体でつぎはぎな状態と、なった。

 ぐっとこみあげるものがあるけれど、今は制して。

「ひとまず、事の経緯は大丈夫ですか~」

 横でリアスが小さく頷いたから、俺も頷いた。
 それに江馬先生は微笑んで。

「では一番重要なハイゼル氏の行動に参りますね~」

 机に広げていた資料をめくる。

「今現在様々な憶測が出て市民もパニック状態に陥っていますね~。その憶測はだいたいが実験台として娘を使ったであるとか、ネガティブなもので~」
「……」
「真実とは程遠いものばかりです~」
「!」

 その言葉に、落ちかけていた視線を上げる。その先にいた江馬先生はさっきみたいな悲しい感じじゃなくて、慈しむ、みたいな言葉が合うような顔をしてた。

「真実…ちがう…?」
「はい~。ご安心ください~」

 あの人は、

「あなた方が今まで見てきたハイゼル=クロウそのままですよ~」

 その言葉だけでもう、またこみあげてきそうなものがあったけれど。自分たちの中のハイゼルさんと先生の中のあの人が違っていないことを確かめるために、耳を傾ける。

「少し昔話になりますが~、彼とは私が実習のときに笑守人に来たときから知っていまして~。私が情報を司る部門にもいたことから~、ちょっと長いお付き合いになるんですね~。その中で~、彼は大変、種族間の平等を願い。そして生物すべての平和を願う、愛にあふれたお方でした~」

 まるでこの、セイレンが作った世界をヒトにしたかのように。

「とくにエイリィさんというお子さんが生まれてからはその愛情がとても加速していったそうでですね~! 奥様であるシェイリスさんがいつもそのことを楽しそうに話しておりましたよ~」

 想像ができて思わず顔が笑ってしまった。

 研究だと結構怖い部分もあるけれど、子供好きで。リアスはちょっとその怖い部分ばかりを直接見てきたからトラウマの方が強いけれど。
 はたから見ていれば、よくわかる。

 自分の身の回りを愛し、そのヒトたちが愛する者も愛し。世界にあふれるすべてのものを愛して、その愛するものたちが平和に過ごせるように、いろんな研究をしている人。

 だからこそ。
 今回のいろんな憶測を、受け入れたくなかった。それを受け入れなくて正解だとわかって、さっきよりも言葉が鮮明に入ってくる。

「彼の根本は今回の騒動でも変わっていません~」
「……」

 ハイゼルさんは、


「どうにかして、エイリィさんやセフィルさんに”未来”をあげたくて。まだ研究途中でありながらも今回のことに踏み切りました」


 隣で顔を覆った親友に。よかったなんてまだ言えないのかもしれないけれど、変わらない事実があったことに心の中で「よかったね」と投げかけて。
 やさしく笑んでいる江馬先生をしっかりと見た。

「本来ならばもっと時間をかけて、それこそ実験を繰り返してもっと確かなものにしていくはずでしたが~。緊急事態ということもあって、覚悟を決めて行ったそうです」
「……」
「というのが~、私が調べた真実になります~」

 いかがでしたかと、主に俺に向かって言われて。肩をすくめた。

「……聞いてよかったです」
「それならば安心しました~」


 では、と。

 やさしい顔が、雰囲気が。真剣なものに変わったことに。緩んでいた背筋を無意識にまた伸ばした。

「ここから本題に入っていきたいんです~」
「本題…」
「はい~。陽真たちはなんてあなた方にお声かけをしましたか~?」

 声かけ? って朝の話? 結構走ってばっかりだったから今日はそんなしっかり会話はしてない。
 その中で声かけって言うものは。

「えぇと……”お姉さまを助けに”、という言葉かしら……?」
「それですね~。本題はリアス=クロウ、あなたのお姉さま並びにご家族の保護をすることになります」
「……保護」

 ようやっとひとつ理解したばかりなのに、休む間もなく情報がやってくる。ぼんやりした頭では若干難しいけれど、しっかり気を張って耳を傾けた。さっきまでと違って凛とした声に、自然とこっちも真剣になる。

「真実はお話した通り~、あなた方にとっても我々にとっても。安堵と温かさあふれる内容になりました~」

 けれど、と。

「世間はそうではありません」

 そこで、たくさんの情報を思い出す。
 実験に使っただとか、他にも思い返したくないひどい内容。聞いた真実とは真逆と言っていいほど、嘘もたくさんな情報たち。

「今回は~、ハイゼル氏が行った内容がかなり衝撃を与えるものであったことから~、どこの報道も我先にとすべく~、本人や関係者が語る内容ではなく流れてきた情報をバーッとそのまま流してしまっているんですね~。そうしてまた拾っては流し~、また流し……。確かな真実がねじ曲がってしまっている状態です~」
「……」
「そうして~」
「?」

 いきなり手招きされて、反射的に全員で立ち上がった。
 江馬先生のところに行けば、出されたのはスマホ。

 俺たちが全員来たのを確認してから、今暗くなってる画面の端を、江馬先生は押した。

「「!」」

 その瞬間に。
 流れたのは、見覚えのある場所。

 きれいなバラ園があったはず庭の家に、種族問わず多くの生物が押し寄せていた。

「……これって」
「リアスの家、ですわよね……」
「バラ園…ぐちゃぐちゃ…」
「……暴動が起きていると?」
「その通りです~。こちらはまだ日本ではぎりぎり流れていない部分ですけれども~、遠からずこういったものも流れていくでしょう~」

 その画面を切って、江馬先生は俺たちを見上げた。

「状況を整理します~。まずハイゼル氏の親族が事故に遭い、ハイゼル氏が兼ねてより進めていた疑似ハーフ化計画が進行したこと。そして本来、生物が今回のように事故や病気に遭ったとしても、変わらずに”未来”を歩けるようにするための計画だったこれは、間違った情報により意図せぬ伝わり方をして、結果的に生物たちの反感を買っている状態ですね~。その反感は未だ急速に広がり続けておりまして~」

 遠くない未来、全世界でも暴動やデモが起こるだろうと、江馬先生は静かに言った。

 そして。

「この間違った情報で拡散され続けた場合。……リアス=クロウ」
「……」
「義理とは言え親族となっているあなたも、混乱し間違った情報で市民に釣りあげられる可能性が十分にあります」

 もちろん、それは恋人であるクリスティアや友人である俺たちも。

「……釣りあげられるって可愛いものじゃないんでしょ」

 そう言えば、江馬先生は困ったように笑った。

「一番ひどく言えば、間違った市民に間違ったまま殺される、ですかね~。世界的なお方が起こしていることですから」

 さっきまで何もかも理解できなかったはずなのに。そういうのだけはすぐに理解できて空笑いが出た。
 今回はこのままこれが進んで、一年半後に全員間違って殺される、っていうのが運命かね。そこまで予想してしまう自分はなんかもうこの人生に慣れ切っている気がする。そりゃ約千回も繰り返してれば慣れるけれども。
 そう、きっとたぶん、四人同じ考えを。今から現実逃避するように頭の片隅でしていれば。


 ガタガタガタッと、なんかとんでもない音が――


 おっとこれなんかデジャヴュだな?

 真剣に聞きすぎて気配とか察知できなかったのはちょっと悔しいけれど。さすがに二度目はそんな驚かないなと、四人で後ろを向いた。

 ドアはまだ閉まってるけど、聞いてみると外はなんか騒がしい。ときおり「待て」だとか「でも」とか聞こえる。先輩たち帰ってきたのか。あれでもそれにしてはなんか。


 道化っぽい声聞こえない?

「……道化いない?」
「しゅいの声も聞こえるー」

 あ、ほんとだ。

「止めているのは祈童か」
「エルアノさんもいらっしゃいますね」

 あぁやることってもしかしてみんな呼んでくるとかって話だったんだ。
 これは全員に本名とかもうバレたかね。いつからいたかはちょっとわかんないけど。

 さぁこのことはどうしていこうかと、四人で目を合わせたときだった。


 バンッなんて口じゃ表現できないくらいの音で、扉が開く。その瞬間に、

『痛いですっ』
「ちょっとー、重いよ~?」
「オレ今日転んでばっか」
「焦りすぎなんだよ陽真」

 ドダダダダっと流れるように同級生やら上級生やらが倒れ込んできた。その勢いに思わず足が動いて、山みたいになってる身内のもとへと駆けていく。

「何してんの全員で」
「ティノー…一番下だいじょうぶー…?」
『い、生きれない……』
「生きてくださいな、ほらみなさま一人ずつお退きになってください、ティノくんが死にそうです」
『私も死ぬぞ』
『オイラもきつい』
「何故ビースト組がそんなに下になっているんだ……」

 ひとまず立ち上がることを促すように、近くにいた祈童の手を取った。

「生きてる祈童」
「なんとか……」

 たぶん”生きてる”って言おうとした瞬間。

「あのっ!!!」

 その下にいた道化が思い切り立ち上がって祈童が吹っ飛んだよ。ごめん手離しちゃった。

「……ごめん祈童、生きてる?」
「お前の裏切りで僕は死にそうだ」
「蓮先輩……あなどれない……」
「いやこれはちょっと道化の声がでかすぎたってことで」
『言い訳になりませんわよ』

 肩に留まったエルアノにはあとで裁かれること確定だろうと心の中で苦笑い。とりあえず聞かなかったことにして。

 笑いながらもすごい真剣な目をしている道化と。

「江馬先生、あの!」

 その隣で同じく真剣な顔で起き上がってた閃吏を見た。

「どうしました~」
「あのっ、今の会話っ、聞いていたのだけど!!」
「炎上君たち、っていうか、友人とかも、間違った情報で、殺されるかも、って……!」
「あくまでたとえっていうか、最悪の場合の話だよ」
「さ、最悪の場合、そうなるんですよね!?」

 おぉ今度は雫来か。思った以上の勢いでちょっとたじろいでしまった。
 そんな俺に構わずまた「そうですよね!?」と結構な勢いで聞いてくるので、一度幼なじみを見てから。

 頷く。

「まぁ、うん、なるんじゃない?」

 そう言えば、若干泣きそうな顔になる雫来。なんでって思ったけれど。

 すぐ、あぁそっかと合点がいった。


 友人なら、この人たちも含まれちゃうのか。
 ってことは、俺たちと関わってきたこの人たちも。


 最悪の場合間違った処罰対象になるわけで。

 それを知ったから、今。

 こうして乗り込んできたのかと。



 そう俺も、間違った考えをしたと気づいたのは、道化や閃吏の言葉を聞いてからだった。

「それなら!」

 いつもより大きな声で言う道化に、どこかで生物そんなもんだよねと思ってしまいそうになった時。


「俺たちも、一緒に処罰してくれますよね!?」


 続いた閃吏が、そう、言うから。


「……は?」

 俺が思わず声を出してしまった。
 いや俺だけじゃないよね変だと思ってるの。リアスたち見ていい? あ、ちゃんとしっかり「は?」って顔してるわ。よかった。

 じゃなくって。


「ちょっと待った閃吏」
「今真剣だよ波風君!!」
「いや俺もちょっとというかかなり真剣。一回その次の言葉言ってく前に聞いていい?」
「十文字以内!」

 マジか意外と制限厳しいな。十文字? えーと。あ、足りない。いいや超えても。とりあえず。

「処罰”してくれますか”ってなに!?」

 聞けば、さも当然と見上げられて。

「俺たちも同罪になるでしょう!? 処罰してくれなきゃおかしいよ!」
「えぇと閃吏くん、間違った情報がそのまま進んだ最悪の場合、我々はそうなるかもしれませんが……」
「せんりたちは、大丈夫でしょう…?」
「大丈夫じゃ困るのよ!!」

 何故困る。だめだ今日ほんとに理解及ばない。けれどこの”友人”たちは、どんどん喋って行く。

「だ、だって私たちだって、ぇ、炎上くんの友達なのにっ……!」
『エイリィさんたちとも友達だよっ!! あたしいっぱいしゃべったよ!!』
「研究のお手伝い、しました……楽しかった、です……」
『たくさん遊びましたわ』
「炎上の友人が、間違った情報で殺されるのならば」


 自分達もそうならないのはおかしいだろうと。


 祈童が、静かに言った。

 その言葉を受け入れている間に、エルアノがいない方の肩に重み。

「ま、そういうこった、後輩クンたち?」
「やさしい後輩ちゃんたちなら、そういうのは避けたいわよねぇ」
「勝手に諦めて自分達だけそれを受け入れるというのはしませんよね」

 なんて、まるで。


 昔の自分に言うように、言われるから。


 その言葉にも、誰一人自分たちを見捨てないことにも、またこみあげるものがあって。
 今度はこらえきれそうになくて、目元を覆った。

 さっき疑った自分が恥ずかしくなる。それはいつか、きちんと謝ることにして。


「あなた方は良いご友人を持ちましたね~」

 そう楽しげに声をかけてきた江馬先生に、笑って小さくうなずいた。


 暗い視界の中でそっと頭に手が置かれた気がする。きっとリアスか。どうせ本人は見せないだろうから、今日だけは代わりにこみあげたものをそのまま一度流して。

「それでは~、重要なメンバーも全員揃ったということで~」


 凛とした声に、すぐさま頬を拭う。
 見上げれば、真剣だけれど笑みを携えた江馬先生。そのヒトから紡がれる言葉は、もうきっと、理解できないなんてことはないんだろうと。肩や背に触れている手に、そう思いながら。



「これより~、世界的研究者・ハイゼル=クロウ氏とその関係者の保護任務についてお話しますね~」


 笑う江馬先生に、俺たちは。

 しっかりと、全員頷いた。


『そのときはみんな一緒にさばかれよう』/レグナ
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