五月二日、夜。学校を終え、クリスティアと食事を済ませ家で待機していると、インターホンが鳴った。後ろに彼女を引き連れて出迎えようと扉を開けると。
決して一週間弱の泊まりでは必要ないであろう荷物を携えた双子が立っていた。
「……山に籠もりにでも行くのか?」
「そんなわけないじゃないですか」
「結構絞った方だよ?」
「嘘だろう?」
そんな彼らの後ろでは、荷物運びに駆り出されたらしい愛原家と波風家の執事がせっせと車から荷物を出している。
荷物を出している?
待てまだあるのか。知っているか、あんたらが仕えている双子の足下にはキャリーケース三つに登山用リュックサックが二つあるんだぞ。それなのにまだあるというのか。
……さらに登山リュックが二つだと?
「……何を入れてきたんだそんなに」
「みなさんで楽しめるもの、ですわ」
にっこり笑う女が企んでいるようにしか見えない。
訝しげに荷物を睨みつけていると、やっと全て出し終えたらしい執事が彼らの一歩後ろまでやって来た。
「カリナお嬢様、お荷物は中に入れましょうか」
「結構ですわ、リアスが運んでくれるそうなので」
「聞いていないが」
「かしこまりました」
「お前のところの執事はお前にそっくりだな」
「まぁ、ありがとうございます」
「褒めていない」
話をスルーするのはそっくりだぞ本当に。
「レグナお坊ちゃま」
「いい、自分で運ぶよ、ありがと」
「左様でございますか」
その点この兄は基本は常識人だから自分で運ぶ。何故双子の性格にここまでの違いが出るのか不思議でならない。
「カリナ、運ぶ…?」
「あら、いいですわクリスティア。こういうものはリアスが運んでくれるので」
「自分で持てる量を持って来い」
「全部必要なんですー。ほら運んでくださいな」
「お前仮にも客人なんだから遠慮くらいしたらどうだ」
「あなたに遠慮することなんてないでしょうに」
追い出してやろうかこの女。
「ここに置いておくぞ」
「ありがとうございます」
二人の執事を見送ってカリナとレグナを家に招き入れる。カリナのリュックサックとキャリーケースを何回かに分けて家に運び入れた頃には少し体が汗ばんでいた。リビングの端に置き終わって向けられた笑顔にはだいぶ殺意しか湧かない。
「外から見てばっかりだったけどやっぱり中も広いね」
それはなんとか押し殺してひとまず飲み物を、と冷蔵庫から麦茶を出して飲んでいると、レグナがそう言ったので頷く。
「部屋は全部で四つ?」
「あぁ」
「そしてその中であなた方は一つの部屋を使っているんでしょう?」
「おいなんで知っている」
「予想がつくんですよ。どうせ引っ越す前は各部屋の家具を揃えてもらってベッドも二つあるけれど、あらかじめ片方が大きめのサイズを買っておいてそれで寝ているんでしょう」
その通り過ぎて寒気がした。
「でも部屋余らない?」
「いや、書庫やアルバム入れに使っているからそこまで」
「アルバムは多いですもんねぇ」
「そろそろ時代に合わせて電子化でもするか?」
「それもありかも…」
まずその電子化に骨が折れそうだが。
なんて、今あるアルバムの量を思い返し苦笑いを浮かべながらリビングへと戻ると、左側手前の部屋を見ていたレグナがわくわくした様子で聞いてきた。
「ねぇ書庫ってマンガとかラノベとかもあんの?」
「マンガは少ないがラノベはまぁ」
「まじでー」
左側奥の部屋を指さしてやれば、奴は嬉々として向かって行った。扉を開けて中に入りしばらく。歓喜の声が上がったのでお眼鏡に適うものはあったらしい。
「見るのは構わないが先に風呂にでも入ってこい」
「はーい」
そう声は返ってくるが、一向に部屋からは出てこないので恐らく後で引っ張り出さないと無理だろうと納得し。
「風呂行ってきたらどうだ」
妹の方に声を掛けた。
「お二人方はすでに?」
「ん…」
寝間着の薄紫のネグリジェを見せるようにしてクリスティアが頷く。それにほんの少し残念そうな顔をしたのは見逃さない。
「……何持ってきたんだお前」
「あら、かわいらしいお洋服ですわよ」
「それは今度にしてさっさと入ってこい」
「まぁ残念ですわ」
珍しく心底残念そうな顔をして、でかいリュックサックから風呂用品を出しカリナは浴室へ向かって行った。
それを見届けてから。
「寝床の準備でもするか」
「はぁい」
仮にも客人に手伝わせるわけにはいかないだろうということで、俺とクリスティアは寝床の準備をするため、普段使わない方の元クリスティアの部屋へ向かった。
「一応聞くが、ベッドじゃなくていいのか?」
あの後、カリナが出てきてもまだ書庫に篭もっていたレグナを風呂に入れさせ、夜十時頃。
明日からどうせ遊ぶんだからと気持ち少し早めに全員で床につく。薄暗い視界の中、床に敷いた元クリスティアの部屋のベッドから持ってきたマットレスに並ぶ双子に聞くと、当然と言ったように頷かれた。
「家主より優遇されるのはいかがなものかと」
「お前家主に荷物持ちさせただろう」
「それはそれ、これはこれです」
「都合のいい女め……」
「気になるならローテーションでもすりゃいいじゃん」
「メンバーのローテーションですか?」
「場所のローテーションですカリナさん」
メンバーのローテーションなんて俺がまったく得しないじゃないか。
そんな考えなど仮に言ったとしても意に介さないその女は、うつ伏せでスマホをいじりながら楽しそうに口を開く。
「ねぇ、せっかくですしなんかお話ししましょうよ」
「カリナさん布団の中で足上げないで、めくれて寒い」
「どうせ夜中に掛け布団なくなるんで今の内に慣れておいてください」
「布団奪う気満々じゃんか」
ひとまず風邪を引かないよう心の中だけで祈りつつ。
「カリナ」
「はいな」
「話をしましょうかと言ったところで悪いが、残念ながらうちの姫様は時間切れだ」
「そんなばかなっ」
ほとんど夢の中に行ってしまっている腕の中の恋人の状況を伝えると、カリナはがばりと起き上がる。おいレグナ大丈夫か。咄嗟に目を向けたが、うつ伏せで恐らくソシャゲのデイリーをこなしている奴は慣れているのか、気にしていなさそうなのでクリスティアへと目を戻した。
深い蒼の瞳はもう閉じてしまっている。
「見ての通りだ」
「せっかくお話ししようと思ってましたのにーー」
「とか言いながらしっかり写真を撮っているじゃないか……」
悔しそうにしながらも目の前でパシャパシャ連写している女は顔と相反して喜んでいるようにしか思えない。
「そもそも話なんてすることもないだろう」
もうやめてやれとスマホを遮りながら言うと、とても小さく舌打ちをして手を引っ込め布団に戻って行く。おいその舌打ちちゃんと聞こえてっからな。枕を投げてやろうかと思ったが、さすがにそれは隣の兄がガチギレしそうなのでなんとか抑えた。
「ある程度は知っていますが雰囲気で楽しみたいとかあるじゃないですか……こう修学旅行! みたいな感じで」
「それは学園の修学旅行でやれ。俺は寝るからな」
「連れない男はモテませんよ」
「恋人にモテているから大丈夫だ」
それだけ言って、まだ不満そうなカリナを無視して布団を肩までかける。
寝息を立てて安心したように眠る恋人にすり寄って、俺も目を閉じた。
「薄情な男ですのね」
「別に明日から一週間近く一緒なんだからいいじゃん。いくらでも話せるよ。話す内容がほぼないのがあれだけど」
「それですよね」
なら何故持ちかけたと数刻前の女に聞きたい。
目を閉じてもほんのりと感じていた光がふっと消えたことで、レグナもカリナもスマホの電源を切ったのだろうと知る。布が擦れる音が落ち着いたところで。
「んじゃおやすみ」
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
こちらに投げかけるようにして言われた挨拶に、小さく返した。
数分して聞こえ始める寝息。
一度目を開き、恋人が寝息を立てていることを確認して、再び閉じる。
彼女を守るように抱きしめて。
どうせ明日からろくなことはないんだろうなと思いつつも、どこか楽しさに期待を込め、浅く、意識を沈めて行った。
『一週間後には多分後悔してる』/リアス
それじゃあお泊まり会一日目。レグナがお送りします。
全員で十時過ぎ位に布団から出て、朝昼兼用の飯を食い終わり十三時。
「トランプ、チェス、スゴロク……あとはレグナが持ってきてくれたゲームが数点ですね」
ゲームが入ってるリュックやらキャリーケースやらを開けて、全員で今できるゲームを確認。
さて。
「何やる?」
「トランプ…」
「チェス」
「ではスゴロクで」
うわすげぇバラバラ。
けれどこれはわざとだと知っているので。
「意見まとめてみよっか、さんはい」
「「「トランプ」」」
というわけで全員一致のトランプを手にして他のものを一旦片す。リアスは向かい合い、右にカリナ、左にクリスティアと四人で輪になって座り、トランプを開けた。赤い裏地のトランプを取り出して、適当に切り始める。
「ゲームは?」
「私はババ抜きで」
「ポーカー」
「…神経衰弱」
「すでに出たワードを言っちゃいけない呪いでもかかってんの?」
俺もあっち側ならやるけども。
まぁどうせ一通りのゲームはやるだろうと、まずはジョーカーを一枚抜いてから十分に切り終えたトランプを配っていった。
「とりあえずババ抜きね」
「同じ数字か?」
「…同じ色?」
「それとも同じマークですか?」
「今まで同じ数字以外でババ抜きしたことなくね??」
なんてツッコミながら四人分配り終え、手札を見る。同じ数字を捨てていって、俺が六枚、クリスティアが七枚、リアスが五枚、カリナが九枚……カリナ多いな。
「カリナ全部捨てた?」
「えぇ。ちょっと多いですが、準備オーケーですわ」
「いつでも」
「…だいじょうぶ」
「んじゃじゃーんけーん」
ほいっとみんなで手を出すと、勝ったのはリアス。時計回りが楽だからということで、リアス→カリナ→俺→クリスティアの順で、ゲームスタート。
「クリスティアがなかなか揃い辛そうですわねー」
「リアス三枚だもんな」
「ねー…つらい…」
「だからといって俺も揃いやすいわけではないんだがな」
「手持ちが少ないからね」
相手の手札から引いて、揃ったら山へ捨てていく。心理戦とはいえど流れ作業なので話も弾んだ。
「この四人でこういう心理戦に適したのって誰でしょうね」
「言葉が入らないならリアスじゃない?」
「そうか?」
「ポーカーフェイス…」
「そうそう」
お、また揃ったラッキー。山へ捨てて、クリスへ手札を差し出し、カードが引かれていくのを見届ける。
「表情が読みづらいと言ったらカリナもそうだろう、ずっとにこにこしているし」
「あらまぁ、光栄ですわ」
「レグナは、遊びとかじゃなければ心理戦得意だよね…」
「あーまぁ、やるってなったらね」
「お前のあの笑顔や無表情は恐ろしいよな」
「そう?」
肩を竦めて、リアスが言う笑顔を見せたら引いた顔された。ひでぇ。
「でも」
いつもの表情に戻して、リアスたちが引いたカードを山へ捨てて行くのを見届けていると。
隣の少女が声を上げて、三人でそちらに顔を向けた。
その少女の目は、少しきらきらして、自信に満ちあふれている。そうして小さな口から、目と同様自信たっぷりに、
「ポーカーフェイス、無表情なら、わたしが一番…」
俺たちが口を引き結ぶ言葉が放たれた。
みんな同じ表情だったんだろう、クリスティアは首を傾げる。
「わたし、ポーカーフェイス、でしょ…?」
「うーん」
うん、……うん。まぁたしかに表情は変わりにくいね。
楽しいよーって言ってるときびっくりするくらい無表情なこと多いし。
けれどクリスさん。あなたのその言葉には頷けないんだわ。
ちょうど俺がクリスのところから引く番なのでやってみましょうか。
「……んーとね」
迷わずに、ある一枚のカードに手をつける。
その、瞬間に。
「…♪」
無表情な彼女はまぁ可愛らしく周りにお花を舞わせるじゃありませんか。
そして、今度はそのカードを”避けて”、違うのに手をつけると。
「…!」
あら不思議、マンガの効果にあるようなどよんとした雰囲気が漂うじゃないですか。
わっかりやすすぎるんです。
「ごめんなクリス、俺やっぱりさっきのには頷けないわ」
「どーしてー…」
「なんだろうね、顔はポーカーフェイスなんだけど雰囲気がポーカーフェイスじゃない」
「意味わかんない…」
ごめん俺もなんでそうなるのかよくわかんない。可愛いけど。
「結局どれにするの…」
ぐいっと押しつけるようにしてカードを引けと促される。待ってだいぶばればれだけどそれ以上はカード見える。
さてどうするか。
試しにもう一度普通のカードであろう場所に手をつけてみる。
途端に彼女はまた、とても悲しげな雰囲気になってしまった。
うわこれすっげぇ心いてぇ。しかも本人気づいてないから質わりぃ。
どうしたものかと、ちらっと横目でリアスとカリナを見てみると。
「「……」」
あ、めっちゃ心痛そうな顔してるわ。
「あー、……じゃあこれで」
彼女に目を戻し、悩んだ末、スッと抜き取ったのは。
「…!」
裏返すとこちらをあざ笑うかのように見ている、ジョーカーのカード。やっぱりあなたでしたか。
「♪、♪」
から笑いしつつクリスティアに目を向けると、ジョーカーが去ってとても嬉しい模様。ついでに言えば隣の保護者たちも安堵のご様子。果たして勝負の意味はあるのかと問いたいけれど、この子に悲しい顔はさせたくないので大人しく手札にジョーカーを混ぜた。
「リアス、上がりませんねぇ」
それからも引いて捨てての繰り返し。みんなの手札が減ってきて、俺とクリスが二枚、カリナが三枚、リアスが一枚となった頃。カリナが少し楽しげに言って、リアスに手札を差し出した。
「中々合わないからな」
当の本人は意に介さない様子でカードを引いては手元に残す。クリスが引いた後に最後の一枚にはなるけれど、中々上がることはない。ババ抜きって最後になってくると合わないよね、なんて話しながら、カリナに手札を差し出した。
お。
「あら、合いませんわ」
「残念だったな」
「えぇまったく」
先ほど俺の元へやってきたジョーカーがカリナの手によって去っていく。残念と笑うけれど、一瞬”あっ”て顔をしたのは見逃さない。それは恐らくリアスも。さりげなく警戒心が高まったリアスに、どちらに向けるでもなく頑張れとエールを送って。
さて今のところジョーカーが回ってくることはない俺は楽しく続けましょうかと、クリスティアのカードを引こうと手を伸ばした。
瞬間止まった。
「まじかクリス」
「ん」
どれにしようかと向けた視線の先には、
カードが一枚。
「え、もしかしてさっきのターンでリアスから引いたときにカード合った??」
「うん…」
「捨てていたぞ」
まじかよ見逃してた。
止まった俺に、クリスティアは若干嬉しそうな顔でカードを差し出してくる。引けよ、と言うように。
えぇめっちゃ引きたくない。
これを引いたら必然的にあっちの戦いに参戦決定じゃん。
「えぇ……? ババ抜きってパスなかったっけ?」
「ねぇよ」
「おいでませジョーカーの戦場へ」
「まじかよ……」
しかし引く以外の選択肢はないので、諦めてクリスティアの手からカードを引き抜いた。
「上がった…」
「よかったですねクリスティア」
「ん」
直後、勝利というように彼女は両手を上げ、それにリアスがよかったなと頭を撫でてあげている。嬉しそうに撫でられている彼女は大変微笑ましい。それを見るがために、全員さりげなくクリスティアを勝たせるようにしたであろう。彼女のことが大好きな俺たちには、この嬉しそうな雰囲気はある意味ご褒美。そのためならいくらでも勝たせてあげてもいい。
けれど、それはクリスティアに対してのみである。
ここからはそんな甘さなど一切ない。
「レグナ」
リアスに名前を呼ばれて、諦めたように二人を見た。
手加減という制限がなくなり、それはまぁ美しく微笑むラスボス二人。
「では続きと参りましょうか」
自称勇者、ファイナルステージに行って参ります。
以下、一部ダイジェストでお送り。
「あら、今リアスがジョーカー持って行きましたよ」
「なんで言うんだお前は」
「敵ですもの」
「待って俺も引いたわ」
「残念だったな」
「ちょっと私に回さないでくださいよ?」
「それはカリナの運次第でしょ、実力のうちって言うじゃん」
「まー、ご自身に返ってこないことを祈りなさいな」
「フラグ回収者だもんな」
「うるさい」
「あ、上がりますわ」
「嘘でしょ!?」
なんて話しながら引き引かれを繰り返すこと数十分。
「……」
「……」
「……」
「……早く引け」
「待って悩む」
長かった最終決戦が終わりを迎えようとしてまいりました。
カリナが上がり、絶望したのもつかの間。
ついに俺の手持ちは一枚となり、リアスの二枚の手札から引く番がやってきた。
ここでリアスから俺のペアのカードを引けば上がりなわけで。やることがなくなって山札でタワーを作っているクリスティアを横目に、透視する気迫で、カードを睨みつける。
「潔く引いた方がいいだろう」
「だって俺がペア引いたら上がりだしお前負けだもん、絶対引きたい」
「”だもん”じゃねぇよさっさと引け」
「うー……絶対上がってやる」
しかしどんなに睨みつけてもカードは見えないわけでして。リアスの言うとおり潔く行くかと意を決し。
「せいっ!」
俺から見て、右のカードを引っこ抜いた。
ただ、このとき俺はすっかり忘れていた。
──自分がフラグ回収者だと。
「最後の最後でジョーカーかよっ!!!」
何度目かのご対面に思わずジョーカー床に叩きつけたわ。
「そうして上がるのは俺か」
「あっずるい!」
そしてリアスは、俺がまだ手に持っていた方のカードを引いていく。
こっちに、揃ったカードを見せつけるようにしてきれいに笑い、
「運も実力のうち、勝負は無情、な」
立派なトランプタワーを築き上げているクリスティアに渡して、勝負は終了となりました。
クリスには手加減思いっきりしたくせにっ。
けれど自分がリアス側だったら同じことしたし同じ言葉も言ったので。
「では負けたレグナにはこれを」
「はーい……」
ひとまず視界の端にやってきた黒い物体の正体を暴くことにしようかと、意識をそっちに向けた。
「えぇ、黒くね……」
全体を見てみると、真っ黒だけれどとりあえずボックスだというのがわかる。どこにこんなの詰めてたのって言うのは置いといて、
「……カリナさん、このBOXは」
「お仕置きBOXです」
「罰ゲームBOXじゃなくて??」
負けた上にさらにお仕置きされるってどういうことなの。疑問を投げかける前にカリナは移動してしまい、もう一つの白いBOXをタワー崩しをしているクリスティアに差し出した。
「勝者にはこれを」
「…ごほうびBOX」
「お前わざわざ両方作ってきたのか」
「楽しめるかと思いまして」
えっ敗者楽しめなくない?
けれど敗者は勝者に従うのがうちの暗黙のルール。文句は言わず、大人しくBOXに手を入れて一枚カードを引く。二つ折りにされた紙を開いたら、達筆なカリナの字でこう書かれていた。
”リアスと就寝(レグナ専用)”
いろいろ待とうか。
「メンバーのローテーションは本気だったの!?」
「私だってクリスティアと寝たいんですもーん」
「”もーん”じゃないよ……この歳で男二人で就寝とかねぇわ……」
「同感だ。さりげなく巻き込みやがって」
「恨むなら罰ゲームになったレグナを恨んでください」
見事罰ゲームになった自分をとても恨む。リアス睨まないで。ごめんって。
ていうか、
「数ある紙の中で”レグナ専用”引くのってどんだけ……」
「あなたもリアスと寝たかったんじゃないですか?」
「ねぇわ」
「あとで感想聞かせてくださいね」
「やらずとも言えるけど?」
なんてのは妹には通用せず、「しっかりやってくださいね」と言葉を残して、BOXを端に寄せに行ってしまった。ため息を吐いてる中で、入れ替わるようにしてやってきたのはクリスティア。
「ポーカーやろー…」
「ほら姫様のご所望だ、やるぞ」
「切り替え早いよリアス……」
「今日の夜にさっさと寝ればそれで終わるだろうと気付いてな」
「まぁそうだけども」
「ポーカー…」
「はいはい」
急かすように、こちらに山札を突き出してきたので諦めの息を吐き。
ちょっと嬉しそうな雰囲気の彼女に、カードを受け取りながら尋ねた。
「ちなみにクリスは何引いたの? ご褒美BOX」
「リアス様が甘いもの買ってくれる券…」
ここにもリアスがいらっしゃる。
「なぁ何故さりげなく俺を混ぜる?」
「恋人からのプレゼントは嬉しいと思いまして」
「さっきの仕置きBOXは」
「三位も多少なりともペナルティがあった方がおもしろいかと」
リアスが一位で俺がビリだったときはなんて言うんだろうこの異常に口が回る妹は。カードを切って、中心に置く。
「んじゃとりあえず始めよっか。チェンジは?」
「一回でいいだろう」
「勝負回数」
「人数分で、四回…」
「そして追加ルールで各回一位の方はご褒美、ノーペアの方はお仕置きのカードを引くのはいかがでしょう」
さらっと何言ってるのマイシスター。
どっちのBOXも聞く限り巻き込まれ事故多発しそうなんだけど。まぁただただゲームをしていくのはつまらないのもわかるので。
「いいんじゃない?」
「…楽しそう」
「巻き込まれ事故が自分の身に降りかからないことを祈っておけよレグナ」
「なんで俺だけ」
フラグ立てる気満々じゃんか。まぁでも何回かはしのげるはず。フラグよ立つなと念じつつ、五枚ずつカードを引いた。
「準備はいいですか?」
チェンジが必要な人は終えた後。カリナの言葉に頷いて。
「では、せーの」
掛け声で一斉にカードを出す。
俺:ワンペア
カリナ:ツーペア
クリスティア:スリーカード
リアス:ロイヤルストレートフラッシュ
まじか。
「リアスすげぇ」
「ロイヤルストレートフラッシュって確率ものすごく低いですよね」
「チェンジしたら揃った」
「勝てると思ったのに…」
「残念だったな」
しょぼんとするクリスティアの頭をカリナが撫でてあげながら、微笑む。
「ではリアスはご褒美BOXですね。今回お仕置きはなしで。BOXの中身はその日のゲームがすべて終わったら一斉開封にしましょうか」
「えっさっき開けちゃったけど?」
「それは初回なので結構ですわ。これからのものはそうしましょう。内容によってはチェンジの声が殺到しそうですし」
「チェンジの声が殺到しそうなもの入れてんの??」
どうしよう中身が不安。
「では二回戦。いきますよー」
そしてさらっと流した妹に不安が確信へと変わった気がした。
まぁ罰ゲームだしと割り切り、もう一度切り直して、各々準備を整える。
あ、今回は引き悪い。
「……」
「…いーい?」
チェンジをしてもそれは変わらず。今回は仕方ないかとクリスティアの問いかけに頷いて。
「…せーの」
掛け声で、手札を見せた。
俺:ノーペア
カリナ:ノーペア
クリスティア:ストレート
リアス:ロイヤルストレートフラッシュ
お、カリナもノーペアか、ラッキー。
それよりも、
「リアスすごくない??」
何ロイヤルストレートフラッシュ二連発って。
「確率の壁を越える男ですか」
「なんだその言い方は……」
「実際越えてるでしょ。その運残しといて、ソシャゲのガチャ引いて」
「何のキャラがいいか決めておけよ」
「えっ指名できんの??」
神かお前は。
「では三回戦行きましょうか」
各々がBOXからカードを引き、リアスの引きに若干違和感を感じつつ再び山札を切って中央へ。
五枚ずつ引いて、チェンジをし、手札を揃える。お、今回は引きいいかも。
「準備は」
「おっけー」
「いくぞ。せーの」
あわよくば一位を狙って、リアスの掛け声で手札を見せて。
俺:スリーカード
カリナ:ワンペア
クリスティア:ノーペア
リアス:ロイヤルストレート──
「ストップ」
思わず声を上げた。
「どうした」
「リアス、イカサマしてない?」
「していないが」
「なんでこんなにロイヤルストレートフラッシュ連発なの」
三回連続なんて奇跡すぎるだろ。しかし本人は何食わぬ顔。
「さすがにすごいですわね……」
「ほんとに何もしてない?」
「トランプはこれしかないし仕掛けられるわけないだろ」
「そうだけども」
「カードじゃなくて、本人には…?」
クリスティアが発した言葉を聞いた瞬間、リアスが止まった。
「……」
「……」
「……リアス、言ってみようか。さんはい」
「……いつ何時クリスティアに何があっても運良く守れるように常にラックアップはかけている」
リアスさんや。
「そういうのをイカサマって言うんだよ、解け」
リアス、イカサマによりご褒美BOX没収。
その後行われた第四回戦では、カリナがトップになりました。
♦
それから、神経衰弱をして。
本日ラストの勝負。
「んじゃラストの7並べ行こっか」
三人に掛けたその声は、ポーカーまでとは一転して。自分でもわかるくらい嬉々としていた。
それも当然。
「勝者はご機嫌だなレグナ」
「そりゃあね」
その神経衰弱で勝利をいただいたからである。
単純に記憶力と言ったならクリスティア。彼女は他の誰もが覚えていないことを覚えていたりするくらい、記憶力がすごい。
けれど、”リアスに関すること以外は全く持って覚える気がない”というたった一つだけ、致命的な弱点があるので。
「…」
たくさんのミスをしてしまい、結果最下位となってしまった。
さすがに神経衰弱は記憶と運なので手加減できなかったのは許して欲しい。俺とは対照的にご機嫌斜めで頬を膨らませている彼女に苦笑いしながら、最後に7並べっていうことで、カードを切り直し、配っていく。
全員に渡ったところで手札を見ると、何故か俺が7を全部持ってたのでフィールドに並べていった。
「確かスペードの7持ってる人が一番最初だっけ」
「そうですね」
「んじゃ俺から時計回りでいい?」
「だいじょうぶ…」
順番はさっきと変わって俺→クリスティア→リアス→カリナ。まずは隣接してるところ。未だ膨らませてるクリスティアの頬を指で挟んで空気を抜き、手札を再度確認。6か8はっと。
おっと??
「…………あの」
とりあえず、挙手。
「どうした」
「えーーーーーと」
声を出している間にも、穴が空くくらい手札を見て何度も確認をする。けれど、
お望みのものが、ないじゃないですか。
黙っていたいけれど順番的に俺からじゃないですか。黙ったままだとゲームを進めることもできないですよね。
うん、もっかい見たけどねぇや。息を吸って、申し出る。
「パスで」
全員が一度理解するために、黙った。
沈黙を破ったのは我が妹カリナ。
「嘘でしょう?」
「ほんとほんと」
「何故7をすべて持っていてその隣接するカードが一切ないんだ……」
「わかんないけどほんとにあの、手札見せたいくらいお隣さんがいらっしゃらない」
思いっきり手の内をさらしてしまっているけれど仕方ない、だってゲームが進まないんだもの。
リアスとカリナの信じられないみたいな目から逃れるようにしてクリスを見る。きょとんとした彼女に、頷いた。
「クリスさん」
「はぁい」
「お願いします」
「うけたまわった…」
結局クリスティアからみたいになって、ほんの少しだけ機嫌が直った彼女から順番にカードを出していった。
さてそんな俺のパスから始まった7並べなんですけれども。
「……お前の手札はどうなっているんだ」
「終局で覆したい……」
なんと言いますか。
その後も度々俺のパスが出ましてですね。
「すごい事故り方ですわねぇ」
「わかんないじゃん、策略かもしれないじゃん」
「このフィールド上を見て策略じゃねぇことくらいわかるわ」
フィールドがだいぶ埋め尽くされて後半に差し掛かった現在。
リアスとカリナがあまりのパスの多さに呆れております。
俺が一番呆れたいわ。
聞く?? この手札の事故聞く??
三周目のところらへんからもう事故確信したよね。いや始めでほぼほぼ確信してたけれども。
何なの3が四枚、Aが二枚、5とクイーンが一枚ずつって。ほぼ後半のカードしかねぇわ。
しかもそのときに持ってる5は俺はクローバーで? フィールドに出てる6はスペードとダイヤのとこだから俺出せないじゃん?
それ以外のカードって結構フィールドに揃ってこないと出せないカードじゃんか。Aなんて最後じゃねぇか。
どうすんだよってその場でカード叩きつけなかった俺を褒めたい。
なんとかカリナが6とか4を出してくれていくも、俺はその間も多くのパスを出し。
そしてさらに、もう何度目かもわからないパスをまた先ほど出しまして呆れられているわけです。後半だから出しやすくはなっているんですけれども。今現在の手札スペードの3とハートのAまで持ってきたんですけれども。またちょっと詰まってるんですよ。
仮に俺の手札にジョーカーがあったならもうちょっとスムーズに行けたと思う。けれど俺の手元にはなく。
しかもそのジョーカー(二枚)は、先ほどリアスとクリスティアがお使いになられまして。
「なんでジョーカーが俺の元に舞い降りてくださらなかったのか……」
「先ほどあなたが叩きつけたからですかね」
「あれかぁぁぁあ」
あのとき叩きつけなければ来たのかぁあああ。
立てた膝に突っ伏したらちょうどジョーカー様と目が合った。またあざ笑われてる気がする。
「ねぇジョーカーが俺のことばかにしてる……」
「ばかなこと言っている間にお前の番だぞ」
「嘘じゃん……」
ほんとだったわ。
えぇ……? またパスですか??
自分でもうんざりしながらフィールドを見回したら。
先ほどまでなかったハートの2のところにカードが置かれてることに気づいた。
あ、出せる。
「やっとカードあった……」
「後半出しやすくて良かったな」
「そうね……」
たしか置いてたのクリスティアだっけか。心の中で感謝しながら、カードを出した。
さて。
「嘆いたりしていた割にはなんだかんだ残り一枚じゃないですか」
「いやぁでも全然出せないんだけど」
他三人がカードを出すのを視界に入れつつ、手元に残る最後の一枚を見て、息を吐く。
スペードの3。
初めはしょうがないとして。この子、後半になった今でもスペードの4が置かれなくてぜんっぜん出せないのです。
これ出したら勝てるのにっ。
「絶対誰か止めてんでしょ」
「止めるならリアスでしょう?」
「お前だってありえるだろう。実はクリスティアだなんてこともある」
「えぇ…? わたしに止めるほどの脳があると思うの…?」
ごめん、長年の付き合いであなたを見てきて「ある」って即答できないわ。
そうして周ってきた自分の番。
4は置かれていないので。
「パスだよもぉぉおお」
「またか。俺はもう上がるぞ」
言われて見たリアスの手札は一枚。嘘じゃん。
「あなたは出せるんです?」
「あぁ」
「えぇ……俺出せたなら一位だったのに」
「ごめんね持ってなくて…」
「クリス素直に言ってくれてありがとう、お前ら二人か阻止してるのは」
俺の言葉にリアスは呆れたように息を吐き、
「お前もう少しクリスティアを疑うことを覚えろよ」
そう言って最後のカードを出す。
「まぁ」
放るように、出されたのは。
「お前の望んだカードを持っているのは俺なんだがな」
──待ち望んでいた、スペードの4。
「やっぱお前じゃん!」
ババ抜きよろしくスペードの3を叩きつけ。
「誰も止めてないとは言っていない」
「そうだけども!」
「ほらあなたの番ですよレグナ」
「もぉぉお!! リアスのばかっ!」
そのカードをフィールドにきちんと並べて、結果、俺は二番目に上がりになりました。
「負けちゃった…」
「ごめんなさいね、クリス」
止められてたカードが出されればそのあとは早いもの。俺が抜けて、二人も次々と出していき。
三位にカリナ、四位クリスティアと終えた。
「あ”ーー悔しい」
「残念だったな」
「ほんとにな!」
まぁあの手札で二位になっただけいいかと、無意識に張っていた気を緩めてソファにもたれこむ。
「脱力するのは構いませんが、カードの開封忘れないでくださいね」
「はいはーい」
「行使は随時やっていくのか?」
「そうですね。一応ご褒美の方は、ラストの日を使って頑張りましたデーのようにしようと思ってはいますけども。どのくらい増えるかも予想ができないので行使の方はご自由にどうぞ」
「わかった」
リアスとカリナが話しているのを聞きながら、本日のカードを手に取る。開封が残ってるのはご褒美一枚に罰一枚。
ひとまずご褒美が初なので、そっちから先にと二つに折られたカードを開いた。
”ご飯リクエスト”。
わぁすげぇ平和。オムライス作ってもらおう。
ほっと気が緩み、残った罰の方もなんの疑いもなく開けた。
”一日メイド服”
おっと待とうか。
「カリナさん!!」
「はぁい」
「メイドって何!? 俺が着るの!?」
「あらあなたが引いたんですの? リアスが着たらおもしろいのにと思って作ったんですが」
「視覚的暴力だよ!」
「そっくりそのまま返してやるよ」
ごもっともです!!
「そもそもメイド服なんて女子用で俺たちのサイズは──」
と言いかけたとき。カリナがバッグを漁る。待って。カリナさん止まろうか。
しかしそんな心の声は届かず。
ひらっという効果音がつきそうな感じで出てきたのは、なんともまぁかわいらしいメイド服。
「ご安心くださいレグナ、あなたの言うとおり、サイズはありませんでしたわ」
けれど、と。
「魔力で衣装の結晶を作り、まとわせるようにすれば万事解決です」
「ごめんなんも解決してない」
問題そのまま残ってる。
絶望感たっぷりで引き気味に笑う俺に、
「よい世界に生まれたものですね、お兄さま」
妹はそう言って、大好きな顔で笑ったので。
「……ソーデスネ」
妹に甘い俺は、頷くしかできなかった。
そんな疲労困憊の中、追い打ちをかけるようにリアスとの就寝がありましたが。
とりあえず結論だけ言うと、リアスの寝相が良すぎて今日の疲れが吹っ飛ぶくらい安眠できました。
『一日目・トランプ大会』/レグナ
一日目時点カード |
ご褒美 | お仕置き |
クリスティア | 1 | 2 |
リアス | 1 | 0 |
レグナ | 1 | 2 |
カリナ | 1 | 1 |