工作員に新たな仲間が加わりました

泊まり会二日目。

 いつも通り日の光を確認してから目を開け、六時頃から順に起き始めた双子を見届けて。八時頃、最後に起きたクリスティアに朝飯を食わせてからリビングに集まる。
 俺の目の前にレグナ、右にカリナ、左にクリスティアと座り、真ん中には朝飯の最中にやることが決定したスゴロクの箱を置いた。それに、なんとなく、本当に少しだけ違和感を抱く。まず第一に箱。明らかに手作り感が満載で、ご丁寧に手書きで「楽しいスゴロク」と書いてある。この時点でもうだめな気がする。そしてもう一つ。

 何かを感じる。

 何かこう、ものすごい”気”みたいなもの。明確にはわからないが、とりあえず何かを感じるということだけは強く言いたい。
 まぁどうせカリナが楽しませようと何かを仕込んでいるのだろうとすぐに納得し、スルー。

 ──したかった。

「おいなんだこれは」
「スゴロクですが」
「こんな禍々しいオーラのスゴロクがあってたまるか」

 カリナが手作りスゴロクの箱を開けると、ものすごく黒い、禍々しいオーラを放つマップが出てきた。思わず聞けば、至極当然のように、むしろお前は何を言っているんだというような目でスゴロクだと言う。俺が何を言っているんだと聞きたい。

「すっげぇどす黒いオーラ放ってるけど」
「ちょっと仕掛けをしまして」
「ちょっとどころじゃないだろう」
「…まがまがしい」

 よくマンガとかに出てくる天使なら闇のオーラにあてられて何もできないとか言うレベルの黒さだぞ。大丈夫かこれ。

「ん?」
「どしたのリアス」

 その黒いオーラばかり見ていて、いや黒すぎて見えなかったの方が正しいか。よくよくマスを見てみれば。

 不自然なくらいに何も書いていない。

「マスに何も書いていないが」
「よくぞ聞いてくれました!」
「待てお前には何も聞いていない」
「実はですね」
「頼むからたまには俺との会話のキャッチボールをしてくれないか」

 昔からだから気にはしないが。俺の言葉など聞かずにカリナはマップを広げる。禍々しい、すげぇ禍々しい。

「うちの執事が魔術師なんですけれど、せっかくなのでとこのスゴロクに手を加えてもらったのです」
「なに加えたの…?」
「リアルスゴロクができるように異空間を」
「地獄の空間じゃなくてか?」
「失礼ですね、普通の異空間ですよ」

 いやマップを見る限り全然普通じゃないんだが。お前このオーラ見えてるか?

「それで、向こうにもこのマップと同じ感じでマスがあるそうなんですが」
「この禍々しいオーラでマップがどんな感じか見えないんだが」
「あなた視力落ちました?」

 お前の目は今何を映し出してるんだ。大丈夫かこの女。しかしこいつは俺の心配をよそに、「リアスは置いといてですね」と続ける。

「マスを踏むと私たちの魔力に反応して項目が出る仕組みです」
「踏んでみるまで、お題はわからない…?」
「そういうことですわ。ちなみに私も楽しめるようにと明確な内容までは知りません。とまぁ」

 そう言って、俺を見る。

「禍々しい気、私にも明確にわからない内容とまで聞くとリアスが行く気を無くしそうですが」
「よくわかっているじゃないか」
「ご安心くださいな」

 どこを。
 しかしそれを言う前に、にっこりと笑われた。

「合同演習で約束したでしょう? ”とびきり楽しいゴールデンウィークをお届けしますね”と」

 ここでそれを持ってくるこの女は本当にたちが悪いと思う。思わず手で顔を覆うと、暗い視界の中でプレゼンが続く。

「リアスの過保護を考慮して危険は一切排除、楽しく怪我のないようにをコンセプトに作ってもらっています。聞いたイメージはおもちゃパークですわ」
「へぇ、楽しそう」
「そうでしょう? で、個人戦、チーム戦両方に対応したマップにしてもらい、マスから落ちないように四方に結界を。そしてその結界に魔力を込めてタップすれば誰でも操作パネルを呼び出すことが可能、そのままリタイアすることができます」

 この女ゲームの製作会社かなんかか。

「というわけでリアス」

 名前を呼ばれて、反射的に顔から手を離し、その女を見た。
 眉を困ったように下げて、首を傾げる。

「せっかくここまでしていただいたので、行くだけ行ってみませんか?」

 その表情をすれば俺が頷くとわかってするこいつが本当にムカつく。

 そして。

「……わかったよ」

 それにいつも負ける俺も。

「まぁ、ありがとうございます」
「わーい…」

 けれど頷いた瞬間にこの女子二人の嬉しそうな顔を見てしまえば文句を言う気も失せてしまった。
 なので条件だけを口にする。

「……ひとまず、安全の確認も含めて最初は四人揃って進むのが条件だ」
「わかりましたわ」

 それに、にっこりと。本当に楽しそうに頷いて。
 では、とマップへ目を向ける。

「参りましょうか。スタート地点の魔法陣に触れて魔力を流せば行けるそうですわ」

 そう言う女に一つ溜息を吐いてから、四人でスタート地点に触れて。

 一斉に魔力を流し込んだ。

 ースゴロクスペースー

 魔法陣が展開されて部屋から転移し数秒後。

 目を開けると、あの禍々しいマップと相反して真っ白な空間。そして足下にはパネルが広がっていた。

「すげー、マンガみたい」
「ねー…」
「みなさん無事に来ましたね」
「あぁ」
 全員がいることを確認し、カリナが近くに転がっていたサイコロを持ち上げるのを横目で見ながら、四方に展開されている結界に魔力を込めてタップした。

 瞬間、目の前に展開されるモニター。項目はルールブックとリタイアのみ。ルールはカリナが把握しているだろうと、ひとまずリタイアボタンをタップ。
 すると、ゲームよろしく「リタイアしますか」の文字と下に選択肢が出た。誰が起動してもきちんと機能することだけは確認。

「ではクリス、一番手お願いしますね」
「ん…」

 まぁ万が一だめな場合はテレポートもできるだろうと”NO”でリタイア画面を閉じ、展開されたモニターの×ボタンを押した。その画面が消えて、見えたのは。

 サイコロ片手に腕を振り上げている恋人。

 どこに投げる気だお前は。

「クリスティア、そんな力一杯やらんでいい」
「普段よりサイコロおっきいからちゃんと振らなきゃと思って…」
「お前のは”振る”ではなく”投げる”だろ……」
「クリスが投げたら結界破壊しちゃうから。軽く投げて」
「そんなことしないもん…」

 お前思いっきり投げると平気で物抉るだろ。しかしそれを言うと「じゃあ実験」と言って投げる未来が見えるので黙っておく。
 不服そうに両手に持ち直した彼女は、

「いくよー…」

 言われたとおり、軽くサイを放った。ころころとマス内を転がって、少し離れたところで止まる。

「…五」
「結構いい引きしたね」
「好調ですわね」
「…♪」
 数字を確認して、サイコロを手に携え五マス分進むべく歩き出した。

「通路まで結界張ってんだね」
「過保護な男がいるので万全にとお伝えしましたから」
「おかげで気が楽だ」

 話しながら、四人並んでも十分なスペースがある通路をゆったりと歩いて。

「ついたー…」

 マスを数えていたクリスティアが止まり、俺たちも止まる。下を見ると、魔力を感知したらしく真っ白なパネルに文字がじわりと浮かび上がった。
 目を凝らして、見えたのは。

 ”腹筋五十回”。

 おいなんだその特定の奴らしか喜ばなさそうな項目は。

「カリナ」
「どうぞ」
「お前が頼んだコンセプトは?」
「”なるべく楽しく、怪我がないように”ですわ」
「あっきらかに俺たち楽しめなさそうな項目じゃない?」
「もしかしたら筋トレ好きがいるかもしれないと思ったのかと」
「誰もいねぇよ」
 むしろ嫌いだわ。

 けれどリアルゲームとなればクリアしなければ次へは進めないはず。

「…やる?」
「しかないんだろうが。これは全員指定か?」
「チーム戦の場合は”全員でという指定がなければチーム内の誰かが実行”、だそうですわ。ただし必ずその決まった者が完遂すること。交代はなしですわね」

 ということは。

「今回はこの中の誰か一人がやればいいっていことだよね」
「そうなるね…」
「ではじゃんけんでいきましょうか」
「平等だしな。行くぞ、じゃんけん」

 ほい、と出した結果は。

「うそじゃーん…」

 クリスティアが一人負け。

「頑張ってくださいね」
「えぇ…誰か足押さえてて…」
「やってやるから寝転がれ」

 嫌そうに寝転がり、膝を立てたクリスティアの足を押さえる。彼女のタイミングで起き上がって来たところから、カウントを始めた。

 それから約十分ほど。

「まるで死んでいるようですわね」
「なかなか心臓に悪いがまぁ仕方ないだろう」
「お疲れクリス」

 腹筋五十回を終えたクリスティアは屍のように脱力していた。そんな彼女の頭の上にはご丁寧にも「○」と出ている。無事達成のようだ。

「復活まで待ちますか?」
「抱えて行けばいい」
「次のお題はクリスはスキップにしようね」
「わーい…」

 未だ死んだような声の彼女を抱き上げて、レグナの振ったサイコロを見届ける。

 止まって出た目は二。

「あっちゃぁ、あんまり行かなかったわ」
「変なものに当たらなきゃいいだけだろう」
「リアスフラグって知ってます?」

 それを回収するのは俺ではなくお前の兄だろ。と言うのは黙っておいて、足を進めた。

「えーと、”新しい武器を得る”だって」

 ニマス分進んで、クリスティアを降ろしてから浮かび上がった文字に、首を傾げる。
「武器…?」
「”なるべく楽しく”で武器を得る必要なんてなくないか」
「わかりませんよ、コミカルな戦闘が待っているかもしれません」

 なんだコミカルな戦闘って。呆れた目で待っていると、パネルから突然三つの黒い箱が出てきた。大、中、小と並んで……

 おとぎ話か。

「外人心をくすぐるジャパニーズ仕様ですわね」

 擽られた自分に思い切り舌打ちをしておいた。

「この中のどれか一つを選べってこと?」
「たぶん…」
「昔話だと小さい箱が一番良いものでしたっけ」
「確かな」
「じゃあ小さいの、開ける…?」
「そうしてみましょうか」

 クリスティアの提案に、カリナが右端の、一番小さい箱を持ってくる。
 二十センチくらいのその箱の紐を解き、俺達にも見えるように開けた。

 それと同時に、白い煙がたちのぼる。再現度が高いな。

「これは……」

 煙がなくなったところで、カリナが中身を取り出す。

 黄色い持ち手に、上部には赤い打撃面。

「うちでの小槌ならぬピコピコハンマーですね」
「武器にも金にもならないじゃないか」

 しかも話が混ざっているし。

「なんだこの最後の残念感は……」
「老化しなかっただけましでしょ」
「笑いのネタにはなりそうですわね」

 確かにじわじわ来てはいるけれども。何故ピコピコハンマーチョイス。

 クリスティアが自分の手に渡ったピコハンで地面を軽く叩いてみる。特有のピコンという軽快な音だけが鳴った。

「なんも出ないね…」
「まぁうちでの小槌風とは言えものはピコハンですからね。ひとまず持って進みましょうか」
「出番が来るといいね」
「ネタ的には大変好ましいが危険という点ではあまり出番は来て欲しくないな」

 そのままピコハンはクリスティアに託し、俺が落ちているサイコロを振る。目は三。

「ピコハンという時点で危険度は低いと見て大丈夫でしょう。では次行きますよ」

 あぁ確かに、と納得してしまったので、歩き出す三人を追った。

「”壁ドン”だって」

 次のパネルに辿り着いて、浮き出てきたのは今流行りのもの。

「あれだろう、隣の奴がうるさいからと壁を叩くやつ」
「そっちが正式だけど多分パネルの方はきゅんとする方の壁ドンじゃないかな」
「壁ドンでしたらせっかくですしクリスとリアスがいいのでは? 身長的に」
「人選的にではなくてか」
「細かいことは気にせず参りましょう」

 にっこりと笑う女に舌打ちをし、いつも通り諦めて。クリスティアを壁に寄りかからせて彼女の目の前に立った。
 手を着く前に、軽く結界をノック。

「……耐久度マックスだよな」
「その言い方からいくとリアス様がする壁ドン絶対きゅんとしない勢いだよね…」

 きゅんとさせて、と頭一つ分下の恋人に見上げられた。正直きゅんとさせるのがいまいちわからないが、とりあえずびっくりだけはさせないようにと、

 そっと、その小さな顔の横に手を着いた。

「……こんな感じか?」
「惜しい…」

 何がだ。

 その答えをくれるように、外野の双子が声を掛けてくる。

「もっとこうぐいって行けません?」
「ぐいってなんだ……」
「ときめかせるイメージだよ」

 わかんねぇよ。
 助けを求めて双子を見やる。仕方なさそうに笑いながら、順に口を開いていった。

「体もうちょい寄せるんだよ。クリスの頭の上に手を置いてさ」
「手先から肘にかけてべたっと壁に付けてみてくださいな」
「……こうか?」

 言われるがまま、肘まで結界に着けると。先ほどより顔がぐっと近づいた。

 目の前の少女は、じっと俺を見上げている。
 よく見てみると、その目はほんの少しきらきらとした様子が伺えた。

「……ご感想は?」
「わたしの目がカメラならよかった…」

 相当ご満悦のようだ。彼女が言う”きゅんと”はできたらしい。

 喜んでもらえて何よりだ、とこぼしたのと同時に、視界の端に「○」が見える。あぁクリアかと身を離そうとすると。

「待って」

 がしっと、横腹辺りの服を掴まれた。言わずもがなクリスティアである。

「どうした」
「あともうちょっと」
「いや課題は終わったろ」
「わたしの記憶への記録が終わってない…」

 そんなに気に入ったのかこいつは。

「クリスさんそれあとどんくらい掛かる?」
「十分は欲しい…」
「では我々が先に行っていますね。どうぞお二人きりで楽しんでくださいな」
「おいまじか」
「こっち見るの…」
「い゛っ!!」

 レグナ達を見るため横に向けようとした首は彼女によって見事に元に戻されてしまった。気に入ってくれたのは大変嬉しいが今の音聞こえたか、グギッつったぞ。緩く左の首筋をさすりながら、諦めてクリスティアを見る。
 その間に聞こえた「5が出たね」、「向こうで待ってますね」と言う声に頷いて、視界の端で去っていくのを見届けた。

 話し声が遠くなったのを確認して、恋人に向けて口を開く。

「……この距離が珍しいわけではないだろう?」
「距離はそうだけど、こういうのは中々ない…」

 それはお前が恋人のスキンシップが苦手だからだろ。

「……普段からもう少しこういうことをさせてくれると嬉しいんだが」
「普段の仕草だけで胸が苦しくなるくらいぐっと来てるから増えると死ぬ…」
「それは困るな……」

 ただ一応こいつも普段からときめいているのかと。慣れない告白に、若干顔がにやけそうになるのを必死に堪えた。

「……」
「…」

 その間にもじっと、嬉しそうな、きらきらした視線で見つめられる。……どうにもむずがゆい。

「……」
「…」

 沈黙に慣れているはずなのに、今だけは耐えられそうになさそうだ。

「……せめて何か会話してくれないか」
「イケメン最高…」
「そりゃどうも……」

 小さな口からこぼれた言葉に苦笑いを返し、さて、と。視線だけを、双子が進んでいった方向へ向ける。

 そろそろ十分経っただろうか。仮に経っていなくても早ければミッションが終わってるよな。

「クリス」
「なぁに…」

 視線のむずがゆさもあり、そろそろ解放してもらおうと声を掛ける。

「とりあえずこのスゴロクもあるし、一旦切り上げないか」
「あとでまたやってくれるってことだよね…?」
「……、まぁ」

 約束が苦手なので、曖昧に返事をした。が、彼女にはそれでも十分だったようで。

 きらきらとした目で俺を見上げていた彼女は、それはそれは幸せそうに微笑み。わかったと頷いて、服を掴んでいた手で今度は俺の手を握り、歩き出す。
 その一連の行動に可愛すぎだろとにやける口元を押さえて、手を引かれるままに、レグナ達が先に行ったマスへと足を動かした。確か5だったよな。

 二人でマスを数えながら5マス、進んでいくと。

「あ、リアスたちおかえり」

 俺達の反対側、次のマスに向かうための通路に双子を発見。

 そして。

「こちら入ってみたらただのゼリーだったんですが、感触が気持ち悪いのでご移動はテレポートか天使の羽を出してでお願いしますわ」

 盤面よろしく、おどろおどろしい沼ゼリーも。

 ご丁寧に確認はしたようだが、仮に詳細を聞かなかったとしても、とにかくはずれを引いたのだとわかる。

「…いこー…」
「……あのまま可愛さにかまけて待機していた方がよかったかもしれないな」
「? なぁに…?」
「なんでも」
 これに直面しなかっただけましかと、クリスティアには首を振り。一度深く溜息を吐いてから、彼女と二人、天使の羽を出して彼らの元に向かった。

 

 ♦

「だいぶやったなー」

 マップが終盤を迎えようとしている頃。今まで通ってきた道を振り返ってレグナが言った。それに倣って俺も振り返ると、白い空白よりも文字が浮かび上がったマスが多くあるのが見える。確かに結構こなしてきたかもしれないと、頷いた。

「的当て、縄跳び、一マス下がったり、はたまた進んだり……始めより中盤が比較的楽でしたわね」
「たしかに…」

 話を聞きながら、俺もこれまでの道のりを振り返ってみる。
 的と弓矢が突然現れたときはレグナから”お前ならできる”と謎の期待と共に弓矢を託され、縄跳びはレグナと俺で縄を持って四人跳びをしたり、一マス下がって”物を壊せ”というパネルのときは瓦に似せた発泡スチロールをレグナと壊して、進んだ先で”攻撃をかわせ”というお題では多くのおもちゃのボールをレグナと二人で女子を抱えて逃げ回り。
 あぁ──

「思い返してみると途中からほとんど俺とレグナで片したな」

 そりゃ女子は中盤楽だったろうよ。やってないのだから。
 恨めしげに目の前を歩く女子組を見るも、彼女らは何食わぬ顔で肩を竦める。
「文字が出た瞬間に動き出したのはあなた方ですわ」
「じゃんけんする間もなかった…」
「長年の繰り返しで培われた危機察知能力の賜物だねリアス」
「今だけはクリスティアの体が先に動くという気持ちがわかる」

 そうでしょうとドヤ顔をしているがお前の場合はものすごく迷惑を被っているからな。

「着きましたよー」

 彼女まで近づき、その額を小突いたところで、四、五とマスを数えて進んでいたカリナが歩みを止めた。俺達も足を止めパネルを見ると、本日何度目かはもうわからないが、じんわりと文字が浮かび上がってくる。
 お題は──、

 ”ぬいぐるみと闘え”。

 カリナの奴フラグ回収しやがった。

「やって来ちゃいましたねコミカルなバトルが」
「もふもふバトル?」
「コミカルというよりかわいらしいバトルになりそうですね」

 なんて双子がばかなことを言っている間に、向かい側の通路の手前に真っ黒な魔法陣が展開された。
 ……カリナの執事は黒魔術師か何かなのか?

 大丈夫かこれと見ていると、禍々しいオーラを放ちながら、ひょこりとそいつは顔を出した。茶色いふわふわの──

「まぁ、アンデルセン!」

 そう、アンデル──なんだって?

「誰だアンデルセン」
「あの子です。うちの子です。とてもかわいらしく、て……」

 思わず全員でカリナを見たら、顔を出したテディベアを指さしたカリナの言葉が、突然止まる。
 なんだと思って再度そちらを見やると。

 俺達も止まった。
 それも当然だよな。

「……どこが可愛らしいって?」

 そのアンデルセン、三メートルくらいあるじゃないか。

「……家では、もっと、小柄で……かわいいんですよ」
「へぇ?」
「ねぇまた出てきたけど」

 言われて魔法陣に目を移すと、同じ巨大な犬とウサギが這い出てきている。

「順にインセリウスにウェルリアルと申します」
「余計な情報はいらん。どうするんだあれ」
 コミカルどころか恐怖しかないじゃないか。
 見上げた先の三匹はこちらをじっと見下ろしている。ぬいぐるみもでかくなると恐怖だな。

「これほんとにもふってする?」
「ぼふってなって吹っ飛びそうじゃない…?」
「危険じゃないと言っていなかったか?」
「えぇと……」

 疑いの目で見ると、さすがの彼女も予想していなかったんだろう。珍しくたじろいでいる。

 そうして何度か目を左右にうろつかせたあと。決意したように頷いた。

「と、とりあえず、戦ってみましょうか」
「本気か」
「本気です。ご安心ください、私が行きますわ主として」
「リタイアした方が早くない?」
「その前に本当に危険かどうか確かめたいです。やばい場合は執事にお仕置きせねばなりませんので」

 困ったように笑っているがその背後には殺意が伺えた。まぁこいつのせいではないのだから咎めることはせずに、頷く。

「わかった、骨は拾ってやるから行ってこい」
「死ぬこと確定にしないでください」

 そう言って、カリナは未だ行儀良く並んで待っている巨大ぬいぐるみの前に立った。
 一応すぐに対処できるようにレグナと共に武器を生成しておく。

「では、参りましょうか」

 高らかに告げると。

 ぬいぐるみの上部に”3”と出る。それは”2、1”と変わっていき、

 ”START”と変わった。

 瞬間。

「!!」

 中心にいた、なんだったか。そうアンデルセンが、思い切り両腕を振り上げた。叩き潰す気かと、後方三人で踏み出す、

 と。
「え……」

 振り上げた勢いはどこへやら、その両腕を、アンデルセンはゆっくりと下ろしていった。

 そうして、カリナを。

「……まぁ」

 ぎゅっと、優しく抱きしめたじゃないか。

 一気に気が抜けたわ。

「緊張して損したな……」
「いや、うん、まぁ危険がなかったからいいんだけどね?」

 俺とレグナが脱力している間に、インセリウスとウェルリアルもカリナに近づき、もふもふと効果音がつきそうな感じで頭を撫でている。

 なんだこの気が抜けるバトル。いやバトルにもなっていない。レグナの言うとおり害がなかったのはものすごく嬉しいことなんだが。何故だろう、どこか納得行かない。

「ちょ、待ってくださいこれすごいふわっふわですわ!!」

 しかも抱きしめられている本人は大歓喜だし。

「クリスもやりたい…!」
「やめてくれ」

 可愛いもの好きのクリスティアは今にも走り出しそうな雰囲気だし。

「うわ、ねぇリアスこれやばいもっふもふ!」
「お前もか……」

 害がないとわかったレグナも、いつの間にかそのぬいぐるみ達に近づき自ら抱きついてるし。それを見てさらに体感したくなったクリスティアは俺の裾を伸びんばかりに引っ張ってくる。気持ちはわかったから一旦待ってくれ。とりあえず俺はこの状況をしっかり理解したい。

「…!」
 しかしそんな暇など与えないというように、今までカリナを撫でていた一匹、ウェルリアルがやってきた。近づくとさらに恐怖だなこいつら。反射的にクリスティアをかばうように立つと。

「!」

 すっと、そいつはしゃがんだ。
 そして何故か手を広げてくる。

 これは、

「……来いと?」

 聞くと、こくこく頷いた。お前意志疎通できたのか。表情だけそのままで一連の行為をするからどうしてもこみ上げてくるものがあるんだがぐっと抑える。
 後ろでなおもぐいぐいと裾を引っ張ってくるクリスティアに、ひとまず落ち着けと言うようにその手を緩く叩き。確認のために、双子を見やる。視線の先の二人は揃ってぬいぐるみに埋もれていた。ぬいぐるみ共は、包み込むようにして双子を抱きしめ、そっとそっと、頭をなでている。見た目はあれだが、とても優しげな雰囲気と行動を見て。そいつらが、害があるとはどうしても思えない。

 不安がないと言えば嘘になる。が。

「…」

 ちらりと見た後ろの恋人の、行くに行けない悲しげな雰囲気にもどうしても耐えられなくて。

「……危害を加えたらその首もぐからな」

 ひとまずそう告げた。

 ぬいぐるみはまるで安心してくださいと言いたげに大きく何度も頷く。

 ……まぁ大丈夫だろう。
 振り返って、クリスティアへ頷けば。

「!」

 それはそれは嬉しそうに、そのぬいぐるみに飛びついた。正直若干複雑だが、

「……」

 そっと撫でたウサギの毛が、予想以上にふわふわだったので何も言うまいと口を閉ざした。

「さてそろそろ本題に参りましょうか」

 一通りそのふわふわを堪能したあと。本来の目的へと戻り、考えるために全員で円を描いて床に座る。
 何故か隣にぬいぐるみ共がいるがクリスティアが嬉しそうなので気にせず行こうか。

「とりあえず、戦えってことなんだよね?」
 目の前のレグナが言うと、横のウサギがこくこく頷く。気にせず行こうかと言ったばかりだがすげぇ気になる。

「勝利条件ってなんでしょうね。あまり傷つけたくはないのですけれど」
「そうなるとぱっと思い浮かぶのは場外だろうな」

 再び横のウサギがこくこく頷いた。シュールすぎて腹筋が辛い。

「でもさ」

 と、レグナが見上げるので、俺達も見上げる。
 視線の先には、安全のために張られている結界。

「この結界ってどこまであんの?」
「それだよな」

 なんとなく光の反射で結構高いというのだけはわかるが、透明なそれは正直どこまで続いているかは謎である。

「ひとまずハーフであることは知っているので、一般的なハーフの身体能力に合わせるようにしていると思うのですけれど」
「まぁ一応五、六メートルと仮定するか」

 再び目を戻す。ウサギの隣にいるクマがクリスティアの頭を撫でている間に、こちらでは打開策を。

「となると、魔術は必須ですわよね。我々女子組は手持ち的に戦力外ですが」
「ただその魔術もものによっちゃアウトだよね。風で吹き飛ばすのが一番なんだろうけど」
「この大きさだと結構な重さだろうし、最大出力と考えると俺達にも被害が出るだろうな」
「それは困りますね。リアスのグラビティで場外に持って行くのはいかがです?」
「同様の理由に加えてぬいぐるみが原型がわからないくらい型くずれするというおまけがつくが?」
「あ、お断りします」

 俺も正直心苦しいから遠慮したい。

 さてどうしたものかと、三人で頭を悩ませていると。

「なぁに…」
 今まで黙っていたクリスティアの声が聞こえて、全員がそちら向いた。彼女の視線を追うと、隣のウサギに目を向けている。そしてそのウサギは、クリスティアの持つものに指、というか手を指していた。

 彼女の手には、うちでの小槌ならぬピコピコハンマー。

 犬のインセリウスがそれをくれと言うように手を差し出した。四人で顔を合わせ、若干不安ではあるがピコハンだしなと納得し、頷く。
 クリスティアが手に乗せると、インセリウスは立ち上がり、クマのアンデルセンを手招きした。

「なんだ一体……」
「すげぇ癒される……」

 気持ちはわかるけども。

 二匹で並ぶと、インセリウスはピコハンをかざした。まるでこれを、と言うように。
 そうして両手で円を描き、ピコハンをきちんと持ち直して、振りかぶり。

 勢いよく振り切って、打撃面をアンデルセンへと当てた。

「……」
「……」

 ぴこんという音のあと、静寂が辺りを包む。

 いやどうしろと?
 叩けと?

 意味がわからず固まっていると、声を発したのは愛しい恋人。

「魔力結晶作って、魔力でおっきくして、場外に出してって…」

 お前あれわかったのか。
 ぬいぐるみ共は大正解というようにはしゃぎ回っている。いいのかお前らはそれで。仮にも打ち出されるんだぞ?

「……どうするんだ」
「まぁ本人たちが言ってるし、それしかなさそうだし」
「まじか……おい引っ張るな」

 決まったなら早くやろうとウサギがぐいぐい俺を引っ張ってくる。つーか力強いな。勢いで立ち上がったわ。
 クリスティア達も同じで、次々とぬいぐるみに立ち上がらされる。そして犬がカリナの前に立ち、手に持っていたピコハンを渡した。

「……私がやれと」
「最初に立ち向かったからじゃない? 全員指定じゃないからカリナが遂行しろってことでしょ」
「なるほど……」

 若干複雑そうにカリナは頷き、ピコハンに魔力を流す。

「…リアス様ー」
「ん?」

 結晶化されたものがカリナの体内に入っていくのを見ていたら、ぐいっと裾を引っ張られた。目を向けると、クリスティアと、隣にウサギのウェルリアル。見上げるか見下ろすか迷ったが、口がついているのは恋人なので、見下ろした。

 その手には、今まで無かった紙が握られている。

「お前その紙どうした」
「ウェルリアルがくれた…」

 どっから出した。そう聞く前に、紙は俺に差し出された。受け取ったのを確認して去っていくウェルリアルを横目に、紙を見ると。

 ぬいぐるみバトルについて、と書いてある。
 レグナがのぞき込むように俺の横に来て、共に文字を辿った。

 勝利条件は、場外のみ。これは今からやるやつかと流し読みで下へと移動。

「場外に飛ばしたら、だって」
「あぁ」

 ええと?

 ”マスに着地した場合、優しく抱きしめに、全力疾走してきます”。

 優しく抱きしめに全力疾走ってどういうことだ。

 そう思った瞬間、ピコンと軽快な音が鳴ったのでそちらを見やる。

 目に映ったのは、巨大なピコハンを振り切ったカリナの後ろ姿と、三匹揃って宙に舞っているぬいぐるみ。
 放物線を描きながら遠くに落ちていく彼らに、あぁ案外重量はなかったのかなんて的外れのことを思ったのもつかの間。

 どさっと音を立てて落ちたのは、俺達が元いたスタート地点。

 スタート地点?

「……マスに落ちたらなんだっけ」
「……優しく抱きしめに来る、だな」
「それ聞いた限りはかわいいんですがどことなく嫌な予感するのって私だけでしょうか」
「俺もする」
「奇遇だな俺もだ」

 見つめている先の三匹のぬいぐるみは、俺達の予感を再現するかのようにゆっくりと起き上がる。そして人間ならば目が据わっているだろう雰囲気を醸し出しながら、こちらを向いた。

 ──来る。

 確信の直後、ぬいぐるみ三体が走り出し──おいめちゃくちゃ速くないか?
 本当に全力疾走じゃないか。

「わたしよりも速いねー…」
「そりゃリーチが違うからな」

 いやそうでなく。

「あれほんとに優しく抱きしめてくれんの?」
「わからん、とりあえず逃げるぞ。カリナ」
「行きましょうか」

 生物追われると逃げたくなるもの。しかもあんな全力疾走ならばなおさら。
 転がっているサイコロをカリナが持ち上げ。

「残り五マス…」
「二、三ターンあれば終わるな」
「急ぎましょう。えいっ」

 そのままサイコロを振る。出た目は三。

 確認したと同時に、一斉に走り出した。

「……近づいてきてんね」
「言ったろう、リーチが違う」

 走っている中でちらりとぬいぐるみ達を見やると、すでにマップの半ばまで来ている。本当に速いな。

「お題によっては追いつかれそうですわね」
「でも優しく抱きしめてくれるなら、よくない…?」
「まぁそうですけれども」

 いかんせんあの巨体でのマッハは正直恐怖を感じる。あれだけ離れているのに腹に重く響いてくる足音がさらにそれを増幅させた。今走っているのはもはや本能と言ってもいいだろう。

 話ながらもこちらも本気で走り、三つ先のマスへとたどり着いた。じんわりとにじむ文字がもどかしい。
 目を凝らして、捉えた文字は。

 ”全員秘密を一つ告白”。

「このタイミングで全員来ちゃったよ」
「秘密なら長くないでしょう。ではレグナからどうぞ」
「は!? えーと」
 こういったお題は突然振られれば困るもの。加えて付き合いも長く元々隠し事自体が少ないので秘密というものも中々難しい。しかし時間がないのも事実。
 もうなんでもいいと促して、腹を決めたレグナから順に口を開いていった。

「えっと、この前カリナのシャンプー間違って使った!」
「リアス様が飲んでた飲み物おいしくて残り全部飲んだ」
「お前か犯人は。この前クリスティアが読んでいる本があったから先に読んでおいた」
「ないと思ったらリアス様だったの…」

 面白かったぞと感想を伝えつつ、最後のカリナが言った瞬間に走りだそうと備え。

「合宿中にリアスとレグナの下着を一つ入れ替えておきました」
「「ちょっと待て!!」」

 段々と大きくなる足音に構わず、衝撃発言を終えサイコロを振ろうとした女の腕をレグナと共に掴んだ。

「どうしましたか急いでください」
「その前にどういうことだ」
「下着入れ替えたって何!!」
「言ったとおりです。とても似た下着があるのでいたずらとして入れ替えようと」
「とんでもないいたずらをなんでとんでもないタイミングで言い出すの!?」
「最終日あたりまでとっておこうと思ったんですが今かなと。さぁ残り二マスです。優しさという名の恐怖が来る前に行きましょう」

 そう言って、カリナは再びサイコロを振る。出た目はちょうど二。近くなった足音から逃れるように、ゴールに向かって走り出した。

「まぁぴったりでしたね」
「”まぁ”じゃねぇよあとで直しとけ」
「ちなみにカリナさん、他に似たような秘密は?」
「似たようなですか」

 走っている間に、その女は顎に指を添えて悩む。最後の通路にさしかかったところで、「あっ」と声を上げた。

「秘密というわけではありませんが、その下着、二人とも一番手前に置いておきましたわ」

 なんだそんなこと──

 待て一番手前?

 おいばかやろう。

「「今履いてるやつじゃねぇか!!」」

 俺達の言葉に吹き出し崩れ落ちていった女子組をなんとか引っ張って、ゴールへと飛び込み。
 

 ぬいぐるみが俺達のマスに来る直前に、展開した魔法陣でその場を後にした。

「……帰ってきたか」

 目を開けると、見慣れた景色が目に入る。見渡せば全員いて。無事に帰ってきたようだ。それを確認して、レグナと二人して溜息を吐いた。

「楽しかったですね」
「楽しかった…」
「俺疲れた……」
「俺もだ」

 スゴロクの内容にもだが主に最後の発言に。よくもまぁ入れ替えるという発想に至ったものだ。なんて若干関心していれば、ぐったりとした俺達にこの女は楽しそうに言う。

「危険も少ないようですし、今度は対戦でやりますか?」
「「ぜってーやらねぇ」」

 濃密なゲーム内容のせいで久しく感じるリビングに、俺とレグナの疲れ切った声が響いた。

『二日目・スゴロク大会』/リアス


「行くよー」
「あぁ」

 穏やかな昼下がり。
 リアルスゴロクを終え、休憩をしてからカップル宅の庭に出ました。
 本当ならどこかおでかけとか公園にとか行きたかったんですが、今はゴールデンウィーク。どこに行ってもヒトはいるし逆に普段より多い。いろいろ調べてはみたのですがヒトがいないところなんて無く。これでは我らが王子様が大変なことになってしまうなということで、今回は彼らの家の広い庭をお借りすることに。

「ほら」
「待って、た、っかい!!」

 始めに全員でキャッチボールをやること数十分。私とクリスが休憩を申し出て、現在は男子陣だけで続けています。
 リアスが投げる番でちょっと高めに投げすぎたようですね。あの男クリスティア以外になるととんでもなく雑。

 仕返しにとレグナが強く投げる。軽々取るリアス。

 それをクリスティアと共に縁側でぼんやりと眺めつつ、傍らで思考を巡らせた。

 明日はどんな楽しいことをしようかしら、もう少しいろいろひねってみたら楽しいかしら。
 罰カードとかの消化はどうしようかしら。

 あぁ、そう言えば──。

 楽しそうにキャッチボールをするリアスとレグナを見て、思い至ってしまった。

 
 今のところ龍蓮観察失敗しているなぁ、と。

 違うんですよ何故思い至ってしまったかというとですね。龍蓮の話が出たときにひとまずBLの勉強として読んだお話でキャッチボールの描写があったんですよ。なんとなく背景とかも似ていたのであぁこんな描写だったなぁと思い出したんです。ちなみにお話の方は控えめに言って最高でしたわ。いやそうでなく。
 なんでしたっけ、そう失敗しているという話。その読んだお話を思い出して、なんのために読んでいたかも思い出し。あぁ龍蓮をもっと知るためだったなぁから思い至ったんですね龍蓮観察失敗しているなぁと。とは言っても今までやってきたのはまだ二つなんですけれども。

 第一段の四月の遊園地はリアスに大変申し訳ないことをしてしまい失敗。
 第二段はつい昨日。まず私がクリスと寝たくて入れたペアで就寝カードがあるんですけれども。さすがにご褒美であれ罰であれ、他のメンバーも平等にせねばなりませんよねと全員分入れたんですね。そして男子ペアのカードを見事にレグナが引き。神からのお告げかと思う間もなく私の心はクリスティアと眠れることでテンション最高潮になってしまったわけですよ。ついでにその直後に自分のご褒美で引いた”洋服のリクエスト”で、クリスティアに買い出しのときに買ったかわいいかわいいフリルやリボンを思いっきり使ったパジャマを着せられるということで頭から龍蓮は完全にすっぽぬけ。そうして夜、彼女の寝顔がかわいすぎてずっと見ていたらそのまま寝てしまったという三段階で神からのGOサインを亡き者にするということをやらかしましてですね。だってかわいいんだもの。言わずもがなスマホのフォルダに入りましたわ。

 ──うん。

 思い返すと私の欲で失敗してるじゃないですか。

 不幸な事故とかそんなものじゃない、ただの私の欲が暴走したことによる失敗。
 いやでも最初はともかく昨日のはクリスティアがかわいいかったのが悪いわ。

 そうよ。

「あなたのかわいさが私を狂わせる……」
「突然の濡れ衣にわたし返す言葉がない…」

 しまった声がこぼれてしまっていた。しかし言い訳をすることもない。

「……思い返したらあなたのかわいさが原因かなと思いましてですね」
「なに思い返したらそんな風になるの…」
「あー……」

 問われた内容を一瞬ごまかそうかなと思ったけれど、なんとなくリアスが目に入って。あの歩く電子辞書のような男が傍にいるならば言葉も、そして四月のときに彼女もいたでしょうから話題も知ってますよねと、口を開いた。

「エシュトで我々四人が全員でつきあっているという噂があるじゃないですか」
「あぁ…リアス様に聞いたやつ…」

 よかった知ってた。

「それでですね、誤解を解いたじゃないですか」
「そうね…」
「けれど誤解は解けておらず、しかも後日廊下を歩いていたらリュウレンと聞こえるんですよ」
「うん…?」

 見上げてきたのがわかって、私もそちらに顔を向け不思議そうな目を見つめ返した。

「どうやらリアスとレグナのカップリングらしくですね。龍×蓮で龍蓮と呼ばれているそうですわ」
「えぇ、また…?」

 待って。
「待ってくださいまたってなに」
「昔もちらっとそういう声あったよ…」

 嘘でしょ知らなかった。
 二人して、再び前に向き直る。

「あれでしょ、びーえる…」
「そうですそうです」
「リアス様が教えてくれた言葉がリアス様に降りかかると思わないよね」
「それは本人も思わないでしょうよ」

 私も思いませんでしたわ。

「それでですね」

 再びリアスが高めにボールを返したところで、話を戻す。

「私言葉は知っていましたが完全に腐女子というわけではなかったので、ぶっちゃけBLにどういう風に萌えるかわからずですね」
「ん…」
「いつものごとく人生無難に過ごすために話題を振られてもいいように、ちょっと観察をと」
「そもそも話題を振られることってなくない…」
「それなんですよね」

 一通り調べたり読んだりしてみたけれどあれは密やかに楽しむものでしたわ。同類とわかっている状態でなければよほどのことがない限り言わない。

「まぁ話を振る振らないはもういいとして、個人的に気にもなったので観察をしてみてるんですね。結果BL自体のお話はすばらしいなとなったのですが、話題になっている龍蓮については全て失敗に終わっていましてですね」
「うん…」
「そうして思い返していってみたら自分の欲とあなたがかわいいせいだなと」
「わたしの方思いっきり濡れ衣じゃん…」
「いやかわいさは罪ですわ」
「ばかじゃないの…」

 心の底からのばかじゃないのいただきましたわ。
 これで「ありがとうございます」なんて言ったらドM認定されそうなのでその言葉は飲み込み。

「ねぇクリス?」
「ん…?」

 先ほどの会話で気になったことを聞いてみる。

「あなたは萌えたことありました?」
「龍蓮…?」

 話が早い彼女に、レグナが楽しそうにリアスへとボールを投げるのを見ながら頷いた。
「えぇ。私より先に言葉やカップリングを知っていたじゃないですか」
「そうね…」
「仮にその気はなくとも、騒がれていたときくらいは龍蓮で見ていたのかなと」
「んー…そうだね…周りの子たちがすごい良いって騒いでたから多少…」
「萌えたりしました?」

 聞くと、視界の端で水色の頭が縦に動いたのが見えた。

「わたしの場合、恋愛スキンシップは苦手だからそこまで深くはないんだけど…」

 再びこちらを見たのがわかって、彼女へと顔を向ける。

 見つめ合った彼女はゆっくりと、小さな口を開いた。

「とりあえずイケメン同士が仲良くしていることが最高でした…」

 あーーそういう考え方できましたかーーーー。

「自分の好みのイケメンと、心を許したイケメン親友が仲良くしてるの見るだけでいやされる…」
「いわゆる目の保養というやつですね……」
「そう…。そして関係が友達以上恋人未満ならなお最高…」
「あぁ……もどかしくてかわいいやつじゃないですか……」

 思わず頭を抱えてしまった。隣からは楽しげな声が聞こえる。

「あの二人、四人でいるときはうしろで並んで歩いてるし、結構隣同士でいること多いし、なんなら仲良すぎるから簡単に触れあったりもするんです…」
「そうですわね……」
「そっちのフィルターにして見てたらもうあまりに最高すぎて正直リアス様とレグナがくっついたら運命変わるんじゃないかなとも思ったよね…」
「あーー類は友を呼ぶ……」

 私も思いましたよ。もちろんカップル間の恋愛感情がなくなったときに限りますけれどもっ。

「私そこまでそっち系じゃないのかなと思っていたら扉開け放っちゃったじゃないですか……」
「ようこそ沼へ…」
「ご案内ありがとうございます……」

「ねー女子組ー」

 なんて話していたら、兄に呼ばれて思わず二人、肩をびくつかせる。
 目を向けると、軽く汗ばんだ二人がこちらを見ていました。あっ、見慣れた光景なのにさっきの話もあっていつも通りに見れない。しかし平静は保って笑う。

「どうしました?」
「そろそろ混ざるかと思ったんだが」
「あら」

 どうしましょう? とクリスに目を向けた。
 少しだけ悩んだ彼女は、小さく頷く。

「やるー…」
「では私も」
「おっけ。とりあえず汗拭きたいからちょい待ってて」
「髪上げたい」
「えぇ、いってらっしゃいな」

 笑って了承すると、二人して一度部屋に入っていきました。
 それを見届けて、さて待っている間になにやるかなんとなく決めましょうかと足を動かそうとしたところで。

「カリナにもう一個お伝えがあります…」

 小さな声に、止められた。

「あら、なんです?」
「意外とそういう思考で見てると、実験しなくても勝手にやってくれる…」

 知識を知っている程度かなと思ったらこの子案外しっかり腐女子。

 そうなんですかと言う前に指をさしたのでそれを目で追うと。

「髪引っ張っちゃってない?」
「ああ」

 なんと我が兄がリアスの髪を結んでいるじゃないですか。
 え? 最高。美男とかわいい寄りのイケメンが戯れてるの最高。

 あ、これはハマる。確信した。

 とりあえず。

「……本日からさらに観察頑張りますわ」
「リアス様は任せて…」
「ではレグナはお任せを」

 さりげなく互いに親指を突き立てて。
 戻ってきた彼らと、なんともないようにフリスビーを開始しました。

『類は最高の友を呼ぶ』/カリナ