たくさんの手紙を持って、わたしはこれから、あなたへと続く階段を上っていく

届くことのない想いを、手紙に綴ってみようと思った。

未練がましいかな、なんて思うけれど。どうせなら全部吐き出してしまおうと、ペンを手に取る。

「なんなら日付決めて書いてもいいかも」

そう、今日の秋の日を。

カレンダーを見て、赤いペンに持ち替えて今日の日付に〇をする。

「想いがなくなるまで、毎年ね」

今日書きだしたら来年にはもう未練なんてなかったりして。そう笑って、便せんにペンを走らせてみた。

――拝啓。

初めての手紙になりますね。
今はネットの時代だから、こんなことはきっとメールとかで伝えられるんだろうけれど。
もしかしたら、手紙なら。そう思って書いてみました。

初めて会った時から、わたしは――。

「すき、でした、っと……。あは、なんか照れちゃうねぇ」

若干熱くなった気がした体に笑って、丁寧に丁寧に、便せんへと手紙を入れていく。手元にあったかわいらしいシールを貼って。

「よし完成っ」

満足げにいろんな角度から見てから。

わたしは一度、手紙を引き出しへとしまった。

一年目で終わるかもと言っていたあなたへの手紙は、思いのほか続いた。

二年目の秋。
出逢った日のことも入れて書いてみた。
下駄箱でパン咥えながらぶつかって、少女漫画かって笑いながらツッコんだよね。

五年目の秋は、とある日のあなたの行動を書いてみた。
告白されて顔が紅くなってましたね、なんて。ストーカーじみていてそこはちょっと消しておいた。
代わりに猫を救ったことを書いておいた。うん、たぶんこれもストーカーだ。

十年目の秋。
節目みたいな感じがして、「続いてますね」と一文目に書いた。
特別言い訳をすることもなかったから。

”今もあなたを忘れられないみたいです。”

その一文を、素直に書いた。

二十年目の秋でも手紙は続いた。
今年で二十通目になりますね。そう書いたときに若干自分がほんとにストーカーみたいなのではないかと思い始めた。

「さすがに二十年は重すぎか……?」

いやでもまぁほら、届くことのない想いってことで書いてるし。なんて自分に言い訳をして。

どこかで、こうやって毎年書いてるから忘れられないんだよとわかっていつつも。

わたしはまた一枚、封筒を引き出しにしまった。
引き出しはどんどんスペースがなくなっていっていた。

三十年目の秋。
だんだん書くこともないですねと綴ってみた。だってエピソード全部書ききっちゃったんだもの。読み返すともうストーカー確定だと思う。

書くことがなくても、四十年目の秋も続いた。
ほんの少しだけ動かしづらくなってきた手で、今日の天気から書き始めてみた。外は台風で大荒れです。きっと今手紙を出したら吹き飛ばされますね、と。それだけ。

四十五年目の秋。
だんだん骨ばってる自分の手でしっかりとペンを握って、ゆっくりと便せんに文字を歩かせた。
昔と違って真っ白い部屋の中で、一文、書いてみる。
今日は快晴で、虹を見ました。と。

四十九年目。
記念日に書くことはできなかった。どうしても一文字に時間もかかって、ペンも持てないことも多かった。けれど書くことをあきらめたわけじゃなくて。
固いマットの上で天井を見上げて、自分の体調と相談してみる。

今日は起き上がれそう? 明日はどうだろう。

あなたへの手紙を書くことを楽しみに、日々を過ごした。

そうして四十九年目に書けたのは、明日で五十年目になる日だった。

「おばあちゃんお手紙書くのー?」
「えぇそうですよ」
「わたしも書く! おばあちゃんがね、よくなるようにってね!」
「まぁありがとうございます」

遊びに来てくれている孫に元気をもらって、わたしはペンを持つことができた。

そうして、古びた便せんに、文字を綴る。

震える手で。

”あなたが好きです”

その一文に、ありったけの想いを込めて。

この一文だけのときはなかったね。本当に告白してるみたい。下駄箱に入っていたらときめくやつだ。ほんの少しだけ、昔より汚くなった文字に笑って。

わたしはマットにもたれて、目を閉じる。

体はもう重くて、自然と眠気が襲ってきた。

「おばあちゃん、寝ちゃうの?」
「えぇ、少しお休みさせてくださいな。――あぁそうだ、お願いがあるのだけど、よいかしら」
「なぁに?」

少しだけ目を開けて、かわいいかわいい孫を見る。彼女に微笑んで。

「お母さんに伝えてくださいね」
「うん」
「あなたのお手紙も、後で読みますから」

”わたしの部屋にある、おじいちゃんへのお手紙と一緒に。大きな箱にしまってくださいね”

小さな孫はきっとわからなかったでしょう。

「わかった!」

そう笑って、彼女はまたペンを走らせる。その子の頭をゆっくりと撫でてあげて。

わたしは目を閉じる。

まぶたを閉じれば、いつでも鮮明にあなたが映った。
今のわたしよりも随分若い、大好きなあなた。

「……明日書くはずのお手紙は、直接伝えますね」

今まで書いてきたたくさんのお手紙を持って。

今日この日まで、いいえ、きっとこの先もずっと変わらず好きだったよと。

手紙を書き始めた秋の日にいなくなってしまったあなたに伝えに行こう。

きっと笑って受け止めてくれるんでしょう。それを想像して、また頬をほころばせながら。

大切な秋の日の前。
わたしは病室のベッドの上で。

ゆっくり、意識を沈めていった。

『たくさんの手紙を持って、わたしはこれから、あなたへと続く階段を上っていく』

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