「……なんにも付けられない、ですか」
「そうねぇ……。どうしても魂が弱すぎるわねぇ……」
ふわふわな金髪で豊満な体の、いかにも女神様というような彼女は困ったように眉を下げた。私も、思わず苦笑いをこぼしてしまう。
ガンが発覚したのは一ヶ月くらい前。見つかったときにはもう末期で、手の施しようがなかった。母親たちは泣いていたけど、私の感想は「へぇ」の一言。
なんでそんなものかというと、小さな頃から奇病やらなんやら、とにかくまぁとんでもない虚弱体質だったからだ。学校に行けたのなんて数日あるかないか。その分好きな漫画を読んだりアニメを見たりしていたから個人的には有意義だった。
そして今期で気になっていたアニメが最終話を迎え、私は満足したようにお逝きになりましたとさ。
というわけで現在天国にいるのである。
彼女曰く、恋もできず友達もできず、あまりにも寂しい人生を送ってきたというので、なんとアニメであるような異世界転生をさせてくれるとのこと。もうテンション最高潮だったよね。
だったのだけれども、ここで問題が。
「とりあえずぎりぎり一般人ってとこになっちゃうかしら……魔力とかも付与できなさそうねぇ……」
「そうですか……」
体だけでなく魂までもが虚弱体質で異世界特有のチートとかにもなれないのである。
神様の特殊能力とかでもだめなんかい。
「異世界に飛ぶ、体の再構築。それだけで相当負荷が掛かっちゃうのよ。健康体にはなる代わりになんにも持てそうにないのだけど……どうする?」
困ったように首を傾げる女神様。けれど答えはもう決まっていた。このまま普通に転生をしても同じ人生になるというのも聞かされていたし、せっかくなら異世界転生なんて夢のようなものをやってみたい。今じゃ最底辺からなりあがる系もあるし。
だから、うなずいた。
「行きます」
笑うと、女神様も安心したようにほほえんで。
「それじゃあステキな日々を。いってらっしゃい」
そう言って、私に手をかざした。
瞬間光輝く体。おお、アニメで見たようなエフェクト!
「がんばってね~」
段々と視界から消えていく女神様に手を振って。
私は新たな人生を踏み出した。
「ん……」
なんとなく寒くて、目が覚める。
目を開けると、ほとんど窓からしか見たことがなかった空。そして木々。優雅に鳥さんも飛んでらっしゃる。明らかに見慣れない景色。
よっしゃ!!
「異世界転生成──」
テンションマックス状態。がばりと起きあがって、
言葉を止めた。
ついでに動きも止めた。
寝転がった状態から思い切り起きあがるじゃん? そのまま流れで足先を見るじゃないですか。
人間の視野って多少まぁ広いから、足先を見たとしても意外と体とかふとももとか見えたりするんだよね。
さてどういうことだろう。
視界の端にある私の体が全部肌色じゃないですか。
これが赤子ならそっからかーいなんていう突っ込みが出たんだけどあっきらかに成長した体つきしてるんだわ。おそるおそる下をしっかり見てみましょうか。
あら膨らみがあって意外と大事な部分が見えていない。違くって。
え??
素っ裸??
露出狂じゃねぇかなにしてんだ女神様。そりゃさみぃわ。
そういうこと!? ”なにも持てない”ってそういうこと!? 能力とかだけじゃなくて肉体以外ほんとになにもないってこと!?
「どーすんのこれ!! せめて横に布一枚くらい置いといてくれよっ!!」
こんなの人に見つかったらただの犯罪──
「……」
待って。
「……馬……?」
聞こえてきた音に耳を澄ましてみると、アニメとかでよく聞いたパカラッパカラッて音。これ明らかに馬だよね? え、どうすんのこれ。隠れるしかないか。最悪の出逢いの予感しかねぇわ。
「やっば」
若干慣れない体をばたつかせながら隠れようと立ち上がる。その間にも段々と近づいてくる馬の足音。やばいやばいやばい。
周りを見渡して見えたのは、大きな木。少し距離があるけれど走ればいける。そこにめがけて思い切り走り出した。
「っ!」
けれど転生して間もない体はおぼつかなくて、転んでしまう。やばい止まらずに走りきったら間に合う距離だったのに──!
馬の足音はもう間近。せめて見つかりませんようにと。
「おい!」
強く願ったけれどその願いははかなく。少し若い男の声に鋭く呼びかけられた。
「貴様そこでなにして──」
そしてその声はすぐに止まった。でしょうね。
当然のごとく沈黙が走る。
どうしてもそれに耐えられなくて、おそるおそる声がした方に目を向けた。
白馬にまたがって、銀の鎧を身にまとい、まっすぐな青い瞳に金色の短髪。
すごい、王子様みたいな人って本当にいたんだ。思わず見とれてしまう。
──あぁ、これがおとぎ話なら。
「……露出狂……?」
「そうなりますよねー……」
私たちはなんて最悪な出逢いをしてしまったんでしょうか。
転生人生、開始数分で波瀾万丈な予感。
『犯罪者疑惑から始まる異世界転生』