穏やかな昼下がり。
「あなたはほんっとに……!」
「お前だって悪いだろ」
目の前で繰り広げられるのは、いつもの喧噪。
それを眺めながら。
「まぁ今日も絶好調だな」
「ねー」
そうこぼせば、隣にいる氷河はのんびりと返事をくれた。一応内容はお前のことなんだけどなぁとこちらものんびりと思いつつ、彼女を挟んだ先にいる波風へ。
「いいのか止めなくて」
「いつも通りじゃん」
「いやそうだが」
「よくケンカするわよねー、あの二人も。あたしとシオンもヒトのこと言えないんだろうけど」
『今日の内容なんだっけ?』
『嬢ちゃんの写真云々だわな』
『けんかの八割が氷河さんですのね』
『罪な女です氷河っ』
「照れる…」
恐らく褒めてはいないんだろうが、そこは深く突っ込まずにして。
この写真の対価はどうだだとか、これもらってない、これはいつあげたとよくまぁ事細かに覚えているなと地味に関心もしつつ。徐々にヒートアップしている二人を眺めながら。
「そのうち魔術とか使い始めるんじゃないか」
「そしたらレグナが登場してリアスとバトルし始めるから…」
「や、ややこしくなりますね」
「愛しい妹と口で言い合うのはいいけど魔術はだめだろ」
「その基準はなんなんだ……」
つぶやいた瞬間にシスコンによるけがの防止かと納得が行き、隣の氷河を見てみる。
「過保護とシスコンのバトルになると」
「いえーす…」
「大変だな炎上も……」
「あれはあれで楽しんでるから…」
「でもこう、口だと愛原さんに負けてない? 炎上君」
「あれでもリアス本気じゃないよ」
「ほう」
愛原の方がむきになり始めているのを全員で眺めつつ、会話が進んでいく。
「リアスあんまり本気で怒んないよ。クリスティア関わったら話は別だけど」
「あれ、でも結構炎上君って怒った感じじゃない?」
「あれは口悪いから…あと見た目…」
『ちょっと不良っぽもんな旦那』
「で、でも実際は怒ってない、ってことですか?」
雫来の問いに、氷河と波風に目を向ければそろって頷く。そうして二人は目を合わせ。
「怒るとかって昔ほどないよね…」
「だねー。あいつの場合怒るっていうより」
叱るかな、と。
揃って口からこぼした言葉に、全員が首を傾げた。
「その傾げた首は、違いあるかってやつ?」
『んや、炎上クンが叱るの? って感じ』
ティノには全員がうなずいて。結構あるよと言う波風に例を促してみる。
「どんなのが?」
「礼儀作法が多いかな」
「おはしの持ち方…」
「刹那ちゃんもきれいよねー」
「ペンとかね。あとはうち、ながら食いとかすげぇ言われる」
「そ、そう言えばスマホとか持ったりしませんよね、食事中」
『テレビとかもですかい?』
「うん…、食事中は、みんなでおしゃべり…」
「それでカリナが唯一と言っていいほど持ってないのがクリスティアの食事の写真。出店とかでの場合のぞいてね」
『そういえばありませんね、食事のお写真』
ほかにも、といろいろと礼儀作法のものがぽろぽろとこぼれてきた。
それに目を丸くしながら、自然と口からこぼれる。
「なんか、意外だな」
「そう? 俺らはもうそれが当たり前だけど」
「あんまりそういうことには口を出さず、好きにしろというタイプかと思った」
言えば、波風は「んー」と彼らに目を戻して。
「なんかこう、あいつなりに思うことあるんじゃない」
呟いたそれが、気になったから。
「そんな話を聞いたんだ」
「……そうか」
学園からの帰り。家に寄っていいかと聞いたら了承をもらったので、家にお邪魔させてもらって昼の話を炎上へと話す。
彼の愛しい恋人に「な」と確認すれば、彼女も頷いて。
よくわからんという顔の炎上へと目を戻す。
「なにか理由があるのかと思ってな」
「理由、な」
「お叱りをするようなタイプには見えなかったんだ」
「別に。同い年とはいえ、誕生日が一番早くて年長のような気があっただけだ」
地味にはぐらかしていることは、長くはないが決して短くもない付き合いでわかった。
「……」
「……」
本音を促すように眺めてみる。
「……」
「……」
氷河が僕と炎上を交互に見やるのが目に入りつつ、そらさずに炎上を見ていれば。
「……はぁ」
観念したように、ため息をついて。
「ひとつの、防御みたいなものだ」
「防御」
「俺ではなく、こいつらのな」
言って、氷河の頭を優しくなでて。
また、こぼしていく。
「生物、どんなにすぐれようが、何かひとつで弱みにさせられることはある」
「……」
「クリスティアなら、その自由さに憧れるものは多くても、逆に、作法が悪ければそこを突かれる」
レグナも、カリナも、と。
「あいつらの場合、今は家柄もあるしな。食事の仕方、ペンの持ち方、そういった作法というものは意外と見られ、それはそいつや、そいつを取り巻くものへの評価にも繋がるものだ」
まるで体験談のように言う炎上に、静かに耳を傾けた。
「文句を言うやつはなんにでも言うが。基本的には、基礎だとか簡単な部分をきちんとしていれば、あまり強く言われることはない」
だから、と。
「礼儀の面は、昔から少し強めに言って来たな」
優しく、やさしく。氷河の頭を撫でて言う炎上に、そっと微笑む。
要は、大切なものを守るためにしてきたと。
彼らが自分の知らないところで責められたり、下に見られたりすることのないように。
「その本心は言っていないのか」
「とくに言ってはいないな。クリスティアには今知られたが」
「うれし」
「……さいで」
少し気恥ずかしそうに目をそらす炎上にまた笑って、立ち上がる。
「納得した」
「それで帰るのか。もう少しいればいいだろ」
「二人の空間を邪魔するのも悪いしな」
なんて茶化すように言ってやって、荷物を持つ。
「たいしたもてなしもしていないが」
「貴重な話を聞けただけで十分なもてなしだ。ありがとう」
「そうか?」
本人はよくわかっていないが、こちらとしては十分だろう。
比較的いろんなことに無関心に見えていて、人生の、たったひとつの物事以外は諦めているようにも見えた人物が。
なによりも周りを大切にして、守ろうとしていたこと。
それを知れることは、友人としてとても嬉しいことだから。
「満足だよ」
「ねー」
「な」
きっと意味がわかってくれて言ってくれた氷河には、笑って返して。
いまだ少しよくわからないという顔をしている炎上に向き直り。
「大事なことは言ってやるといいと思うぞ。そういう本心とかな」
「善処はしよう」
「しないやつか」
肩をすくめ、玄関へと歩いていく。
その後ろで、小さく聞こえた。
「それがちゃんと力になっているのかもわからないしな」
こぼされた言葉は、誰に言うものでもなかったのだろう。けれど聞こえてしまったから。
靴を履いて、振り返り。
「お前の気持ちは、きちんと届いて、力になっているさ」
言えば、炎上は少し目を見開いた。氷河は笑って炎上にすりよっているから、僕に同意してくれているんだろう。
彼が、ちゃんとそれを理解できるのはきっとまだ先だろうけれど。
「大丈夫だよ」
願った想いはきちんと届いていると、伝えたくて。
笑ってやれば、炎上もやっと笑った。
「ならいいがな」
「とどいてるー」
「……そうか」
またやさしく、頭をなでたのを見てから。
「お邪魔したな」
「また来いよ」
「またあそぼー」
「喜んで。次は全員でな!」
言って、玄関から足を踏み出し。暖かくなってきた空気の中、空を見上げて。
「おお」
偶然にも流れた流れ星に、ひとつ願いを込めた。
どうか、と。
きっと届くであろう願いに、微笑んで。
「またな!」
振り返り、手を振ってくれている二人に、元気に手を振り返した。
『あなたの努力が、報われますように』/結