そのあとしっかり叱られた

「なんか戻り気味だね」

 親友の言葉に、そちらを見ることはなかった。見るのは、愛しい恋人。
 少女のような恋人は、ぼんやりとしては、ときにハッとして。ふるふると頭を振り、目の前のイラストへとまた集中する。

 そうしてまた少ししてから。

「…」

 少しだけ、ぼんやりとしだす。

 親友の言葉を肯定するように、頷いた。

「良くなっていたんだがな。最近は妙に、自分の好きなことをしていても納得いかないらしい」
「先ほども、”なんか違う”とずっと首を振っていましたわ」

 先ほどまでクリスティアの相手をしてくれていたカリナもこちらに来て言う。
 それに、小さく息をついた。

「うまくいっているんだがな、こちらから見ると。妙に小さなことを気にしだしている」
「なんかストレスたまるような生活あった?」

 聞かれて、思い返す。
 特別そんな事柄自体はなかっただろう。――あぁ、けれど。

「……なんだかんだ、互いに忙しくて息抜きというものはしなかったかもしれない」

 やることや仕事に追われ、そのあと休めばよかったものの、なんだかんだ準備だどうだと詰めていくことは多かった気がする。

「リアスは大丈夫なんだ?」
「俺自身はとくに気にならないな」
「悪夢とかも見ません?」
「大丈夫だと思うが」

 昔より睡眠をきちんととるようになってから悪夢も減った。もとよりストレス耐性は強いので、俺は現段階ではそこまで出ていなかったんだろう。

 問題は、俺よりもその耐性が低いクリスティアである。

「ひとまずはあいつのストレスを軽減しなければならないな」
「全員であそびます?」
「それも魅力的だが」

 たしか、と。
 ストレスにいい行動を頭の中で思い浮かべる。

「今のままではあいつも心おきなくあそべなさそうだしな。こっちでやってみる」
「なんかやばそうなら呼んでよ」
「そのときは頼む」

 笑って。
 それなら早めに帰るかという双子を、クリスティアを呼んで共に見送った。

「クリスティア」
「んぅ」

 レグナとカリナが帰って少し。
 ずっと描いているものとにらめっこをしているクリスティアの横に座った。彼女の目の前にはこれまた完成度の高い桜と空のイラスト。

 俺達ならば大満足の出来だけれど。

 彼女の中では、そうではないらしい。

 ずっとうんうんうなるように首を傾げ、うつむき。顔をあげるけれど、またうつむいてしまう。

「きれいだな」
「……なんか、ちがう」
「なにが」

 聞けば、こてんと首を傾げるようにうなだれて。

「ここ、ちゃんとできてるかわかんない」

 ここ、と指をさした部分。桜と空の境界線。それに、今度は俺が首を傾げる。

「できてるだろ」
「…わかんないの」

 もうわかんない、と。まるで泣き出しそうにいうクリスティアに、これは相当だったかと、気づかなかった己を叱責する。
 けれど今は、後悔よりも彼女を元通りにすることが先だと、そっと、クリスティアを抱きしめた。

「…?」
「ハグにはストレス解消の効果があるらしい」
「ストレス…」
「相当キてるだろう、気づかなくて悪かった」

 忙しかったな。
 そう、いつもより気持ちゆっくりめに声を落として、小さな頭を撫でてやる。そうしてやれば、こちらにぎゅっとしがみついて。

「…」

 少しだけ、鼻をすするような雰囲気を感じた。苦笑して、彼女にすり寄る。

「頑張ったな」
「…リアスも、がんばった」
「あぁ。互いに無理をしてた気がする」
「…ごめんなさい」
「何故謝る」
「…自分で、気づかなくて…今、迷惑、かけてる…」

 俺の胸元に顔をうずめて、今にも泣き出しそうに言うクリスティア。それすらもかわいく見えてしまうのは、恋に盲目になってしまっているからか。今度は自分に対して苦笑をして、先ほどより強めに抱きしめた。

「迷惑なものか」
「…」
「お前はもともと自分の内側に気づきづらいだろう。そこは仕方がない」
「んぅ…」
「大事なのはその後悔でなく、ここからだ」
「?」

 少し身を離して、クリスティアを見下ろす。不思議そうに見上げてきた彼女に、安心させるように笑ってやって。

 近づいていく。

「リア、ス…? !」

 俺を呼ぶその小さな口を、塞ぐように。

「ん、っむ?」

 やさしく、優しく口づけを落としてやった。

 そっと目をあけて彼女を盗み見れば、みるみる顔が赤くなっていく。笑いそうになるのはなんとかこらえ、何度かリップ音を立てながら口づけをした。

「ふ、あ」
「……」

 さすがにやりすぎてはよくないので、そのまま続きをしたい気持ちは我慢して、口を離す。
 ぱくぱくと口をあけているクリスティアに。

「キスもストレス解消になるらしいと聞いてな」

 そう、こぼしてもう一度だけ、と口を近づければ。

「!」

 べし、っとかわいらしくない音を立てて俺の口をふさがれる。当然ながら彼女のその小さな口ではない。

 小さな、手の方で。

「……クリスティア」
「ふ、ふいうち禁止…!」
「なら言っておけばいいわけだ。これからキスするぞ」
「だ、だめ!」
「何故」

 ふさがれた口のまま、問えば。
 彼女はあっちこっち目をうろうろさせて、ぎゅっと目をつぶり。意を決して俺を見て。

「す、ストレスだけじゃなくて、ぜ、全部ふきとんじゃうから」

 なんて大層かわいいことを言うから。

「わっ?」
「お前はストレス感知じゃなくて、煽りスキルがあることを学んだ方がいいな」
「リアスっ」
「こっちもストレス溜まってるそうなんだ。一緒に発散しような」
「~~~っ!」

 彼女を押し倒し、互いにという名目をつけて。

 愛しい愛しい恋人を、構い倒した。

『そのあとしっかり叱られた』/リアス

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