夏。
夏と言えば、真っ先に上がるのはやはりプールや海という水辺で遊ぶもの。
水着で開放的になり、思わず想いをぶっちゃけてしまったり。
気になる子の水着姿を他の人に見せたくなくて、自分の上着を着せたり。
どっちにしても、恋人や好きな人がいる人たちが距離を縮められる。
そんな素敵な夏。
素敵な夏なんですけれども。
「……水着の用意をしていないとはどういうことかしら」
目の前の男が毎回素敵な計画をぶち壊す。
不機嫌さも隠さずにそう言えば、約一万年来の長いつき合いであるその男は、悪びれることもなくそっぽを向いた。
夏休みが始まって一週間ほど。
今日も今日とて、カップル宅へとお邪魔しております。普通なら夏休みくらい恋人同士お二人で、なんてなるのだけれど。
まぁうちの最強天使様に「普通」なんてのは通用せずですね。せっかくいろんなチャンスがあるのにと思わなくはなかったんですけれども。
八月は我々双子を始め予定が詰め詰めで。まず八月頭から私とレグナはフランスへ一度帰省の予定があり。あとは先輩方と出かけたり交流武術会やら旅行やらとかなりばたばた。
それを知ったクリスティアが、リアス泣かせましょう大作戦の日の帰り際、七月はゆっくり四人でと天使のような笑みで言ってくださったので。
お言葉に甘えてこうして毎日来ているわけなんですけれども。
長年のつき合いですし、毎日遊んでいればこの限られた空間では多少アイディアの底が尽くというもの。
そこで話題は来月の旅行の話へ。
プール掃除で若干リアスの予行練習も出来ましたし、楽しみですよね。水着楽しみにしてますねと言った直後ですよ。
ソファに悠然とクリスティアを抱えて座る男が「水着は用意していないが」と言ったのは。
開始数秒ですよ??
こういう予定で行きましょうねとか場所決まったんですよとか話を広げる前ですよ??
「どうしてあなたはこうもいろいろとぶち壊すんでしょうね」
「お前だって俺のペースやプライドをぶち壊すじゃないか」
「あなたはクリスティアのためなら進んでぶち壊すでしょうよ」
私はその恩恵にあやかって利用させてもらってるだけですよ。
あ、絶対これ今の心読まれた。「そういうところだぞ」って顔してる。どうして私リアスとこんなに心通じ合うのかしら。全然嬉しくない。
切り替えるために咳払いをして。
「話を戻しましょう」
「俺は元々逸らしてはいないが」
「あなたは揚げ足を取るのが大層お上手なんですよ」
こうしてすんなり取られる私も私なんですけど。
今度はパンっと手を叩いて再度切り替え。
「水着の話ですね」
「用意をしていないというところだったな」
「そうですよ。どうするんですかプール」
「行くんだろう?」
この男まさか長年プールに行かなすぎて着るもの忘れたとか言いませんよね。
「リアス、いいですか」
「何だ」
「プールに入るには水着が必要なんですよ」
「馬鹿にしているのかお前は。そんなことは知っている」
「そうですよね、あなたなら知っていますよね。では十秒ほど前の自身のお言葉を振り返ってみなさいな」
なにを言っているんだという顔のリアス。
しかし律儀な彼はきちんと振り返り。
あぁしまったという顔を今。
たった今してくださいました。
「……おわかりです?」
「……すまない」
「お気づきありがとうございます」
ではリアスが事の重大さを理解したということで。
「問題は調達ですわね。夏休みに入ったしデパートなんて混みますよ?」
「レグナ、水着は作れないのか」
「えぇー……?」
「そうしてあげたいのは山々ですが、八月は我々双子のスケジュールがきついですわ」
そう断りつつもレグナがさりげなく横にしていたスマホ縦にしましたけど。調べてくださるんですねさすがお兄さま。
返事待ちとだめだった可能性も考えて、こちらでは打開策を。
「あなたが買い物には行かないとしてですね」
「よくわかっているじゃないか」
「もう少し悪びれてください」
あなたのせいで息詰まってるんですよ。
ひと睨みすれば気まずそうに目線をそらしたので、再度打開策。
「家でも済むとなれば、オンラインショップが有力ではありますけれど」
「前に下着で合わなかったからやだぁ…」
「女子はそれがありますものねぇ」
自分のサイズで買っても店によっては合わないなんてことがある。店頭なら試着ができるけれどオンラインはそれができませんものね。
こちらは最終手段として使いますか。
「ではオンラインはいったん保留で」
「えーと作成だけどー」
次は、と行こうとしたところで早速レグナが挙手。
ざっと流れを見てくださったんでしょう。全員で目を向けました。
スマホに落としていた目を上げて、困ったように笑う。
「布の選定、チェックとか諸々含めると、やっぱりカリナが言った通りスケジュールがきついかな」
「やはりそうですか……」
「作れそうではあるけど」
「でしたら作成は次回に回しましょう」
頷いて、今現在直面している問題へ。対面している四人で首を傾げながら考える。
作成は今回はない、オンラインはいったん保留。
リアスは買い物には出来る限り行きたくない。そもそもこの猛暑の中、人より少し体温の低いクリスティアを歩かせるのは私としても気が進まない。
となれば。
「彼女のサイズを知っている私が買いに行けばいいということでしょうか」
「その前に何故普段サイズを測らないお前が知っているかを聞こうか」
「サイズ測っているときにたまたま見えたんです」
知りたくて目を凝らして見たなんてあるはずないじゃないですか。
ちょっと男子陣ものすごく疑わしい目していますね。
「視力がいいなら見えるでしょうよ」
「あの一瞬を視力がいいで済ましちゃいけないでしょ」
「そうかもしれませんが、今問題となっているところはそこではありませんわ。続きは本題を解決してからにしましょう」
そう、疑わしいを切り替えようとしたところで。
「ねーぇ…」
「ん?」
リアスの膝に座っていた親友が、そっと手を挙げました。
「どうしましたクリスティア」
「水着、ある…」
「「え」」
「は?」
思わぬ言葉に、全員がそちらに向きました。
注目の彼女はリアスを見て、首を傾げています。
「水着なんてなかっただろう」
「ある…買ったじゃん…」
「直近で買った記憶はないが……」
「うん、少し前…」
「二人で海とか行ってたっけ?」
「いや、水辺はしばらく行っていない」
リアスすらも首を傾げてしまう中、クリスティアも不思議そうにさらに首を傾げて。
「ちゃんとある…今は使わないって押入に…」
小さな声が、大きく聞こえた。
「スク水が」
ちょっと最高じゃないですか。
違う。いけない。
「ク、クリスティア。さすがにスク水はですね」
「そうだよクリス、リアスが大興奮しちゃうよ」
「俺にそういった趣味はないが?」
ごめんなさい私が大興奮している。
絶対かわいい。
だからそうでなく。
さすがにスク水は学校じゃないんだからかわいそうですよ。
「スク水を買ったということはリアスは一度見たことがあるんです?」
「お前絶対今思っていることと言っていること真逆になっているだろ」
しまった思わず本心が出てしまった。
咳払いでなかったことにしましょう。クリス、「えぇ」って顔しないで、私の反応はある意味通常です、性別が違うだけで。
「えぇとスク水はさすがに学校じゃないんだからかわいそうというお話ですよね」
「そんなこと一言も言わなかった…」
「心の中では盛大に主張しておりました、大丈夫です」
お兄さま、「どこが??」って顔が怖い。
お話進めますよ。
「リアスは学校の海パンでもいいと思いますが」
「それこそ一言も俺は言ってねぇよ」
「夏、女の子はアピールのチャンスですよクリスティア」
「おいまじで学校用のは勘弁してくれ」
「クリスティアの水着を無事に用意できそうだったら考えます」
「どうにかするんじゃなくてそれでもまだ考えるんだ」
「だって私にメリットがないですもの」
かわいくもなければときめきもないのに。
「リアスがかっこよければクリスの幸せそうな顔見れるじゃん」
あっ盲点だった。
「クリスティアの水着の入手経路を確保したらついでにリアスの水着も確保しましょう」
「お前ここから先の態度次第では旅行取りやめにするからな」
「調子に乗りすぎましたわ」
クリスティアの笑顔が消え失せるのだけは勘弁願いたい。
だいぶ本題からずれてしまったので戻しましょう。
何度目かわからない咳払い。そろそろのどが痛いですわ。
「スク水はアウトとして、水着の入手経路ですよね」
「今出てんのがオンラインと、俺らが買いに行く?」
「そうですね」
有力なのは後者ですかね。
実際に見れるし、本人に当てて合う合わないができるし。試着できるし。
試着。
試着??
できる??
誰が??
本人いないのに誰が???
ちょっとこれ本人いないならオンラインと変わらないのでは。
「じゃあ──」
「っちょっと待ってください!!」
レグナの言葉を大変申し訳ないけれど遮るように声を上げ、手も挙げる。
私に注目が集まり、リアスがどうぞと促したので。
先ほど思い至ってしまったことを、紡ぐ。
「双子で買いに行くという案なんですけれども」
「うん」
「クリスティアとリアスはいないじゃないですか」
「そのために、行ってくれるんでしょう…?」
「そうなんですよ。そうなんですけれども」
リアス今ハッとしましたね、気づきましたね。
しまったって顔になったから確実にわかりましたよね続きお願いします。
「……家に帰って来てから合わせるなら、通販で家に届いたものを合わせるのと変わらなくないか」
「その通りですわリアス様」
クリスティアとレグナもハッとした顔で気づいてくださった様子。
そして私が買いに行くと店員が絶対口出ししてきそうというのもネック。絶対言うでしょ、「サイズ合ってませんよ」って。知ってますよ。
となればもう道は、一つだけ。
四人、自然と目を合わせ、頷いた。
♦
「こっちかわいー…」
「ではこれも入れておきましょうか」
それから。
カップルのお部屋に置いてあるノートパソコンを拝借し、クリスティアと共にローテーブルでネットサーフィンへ。
サイトは、いろんなショップが複合しているいわゆるショッピングモール。店を統一させないようにいくつか買えば、サイズが合わなくて全滅というのは避けれられるはず。
ということで、ソファに座る男子陣の膝にもたれ掛かりながら、気になったものをどんどんかごへ入れていく。
「そんなに買うのか」
「ひとまずかごに入れてから後で選定しますよ」
「あ、この黄色のオフショルダー可愛いじゃん」
「レグナが着る用ですか?」
「何でカリナはすぐ俺に着せようとするの」
「声を上げたから着るのかなって思うじゃないですか」
「お前現代に進むに連れて段々おかしくなっているな」
「時代のせいです」
「元々の素質だろう」
「リアスはこのクロスホルターっていう胸のあたりがクロスしているのでいいですね」
「やめろ」
ベシッと頭を叩かれたので本気でカートに突っ込んでやろうかと思いましたが、さすがに旅行取りやめは困るのでぐっと押さえて。
かごの右上に書かれている小さなアイコンの上の二十という数字を見て、そろそろ選定しましょうかとかごページへ移動。そして、
「かごいっぱーい…」
「二、三着ほどに絞りましょうか。はいリアス」
どうぞと、ノートパソコンはリアスの元へ。
「……何故」
「恋人の水着でしょう。あなたの好みにしなさいな」
「クリスティアの好みでいいだろう」
「あら、クリスだってリアスに決めてもらえた方が嬉しいですよねー」
そう、隣の親友へ問うと。
周りに花をまとっているようなふわふわした雰囲気で頷いた。そんなかわいい親友を抱きしめながら。
「ほら」
「……」
どうだと言わんばかりに笑えば、リアスは引き笑いを浮かべてノートパソコンに目を落とす。
「……後で気に入らないとか言うなよカリナ」
「なんで私」
むしろ私は大丈夫でしょうよ。
あなたとは嫌と言うほど好みが似ているんですから。
視線だけでそれを訴えるも、幼なじみはトントン、とノートパソコンについているマウスをいじってお好みの水着以外を削除する作業に没頭。
恋人の好みでいいとか言いながらしっかり選んでるじゃないですかもう。
無視した代わりに最高の水着にしてくださいよ。
届くかはわからないけれど念を送って、視線は彼の愛しい恋人へ。
「…♪」
彼女はリアスを見ながら、とても幸せそうに頬を緩ませている。きっと、四人で一緒に思い出が作れることがとても嬉しいんでしょう。
でもクリス、気持ちはわかるけれどまだ始まっていませんわ。
「……」
当日はもっと、みんなの素敵な笑顔が見れるように頑張りますからね。
「……楽しみですねクリスティア」
「うん…♪」
何度繰り返しても、この夏は、一度きり。
さぁ八月よ、早くいらっしゃって。最高の思い出を作るから。
なんて、それこそ届くかわからない念を送って。
愛しい親友を、さらに強く抱きしめた。
『最高の夏は、もうすぐそこに』/カリナ
「う゛ーーーーん……」
隣でしゃがむ妹が、目の前を見据えて。険しい顔で、唸る。
角度を変えて見て、また変えて。
そうして、また。
「う゛ーーーーん……」
「何回唸るんだよカリナ」
「だって……」
こっちを見たカリナは、悔しそうな、だけど少し、悲しい未来を想像してか困ったように眉を下げてる。そんな彼女に、
「大丈夫だって、ちょっとくらい」
そう笑って。
目の前にいる、ペチュニアになるであろう葉に、そっと触れた。
七月最後の日。
明日から、カリナと一緒にフランスへ帰る。正直面倒だけれど、帰らない方が面倒そうだというのは世話になっていたときからわかっていたことなので。カリナと二人、しぶしぶ荷物をまとめ終えたのはつい昨日。
前日となった今日することはと言えば、一週間弱日本を離れるということで、別れを惜しむようにカップルの元へ行くこと。
そしてもう一つ。
エシュト学園の裏庭に埋めた、ペチュニアの様子を見に行くこと。
学校がある間は六月の雨みたいなことがなければ基本的に四人で行っていたけれど、休みのときは俺とカリナがあのカップル宅へ行くことが多いので、道すがら確認をしに行っていまして。
夏休みに入ってからもこのペチュニアと対面することが多いんですが。
「……ちょっとくらいと、夏休みの間ずっと聞きましたわ」
「まぁそうなんだけどね」
七月頃に開花するかも言っていたペチュニアさん、未だに葉の状態です。
「六月、一回雨すごかったじゃん。その影響でしょ」
「咲かないとかないですよね」
「大丈夫だって」
そうは言ってみるも、クリスティアの大号泣を見たからか妹は大変焦っている様子。
「枯れてるわけじゃないし、平気だよ」
「そうですけどー……」
膝を抱き、うつむくカリナ。
そうして数秒。
ハッと顔を上げてこっちを見る。
言葉の予想はすぐできた。
「魔術──」
「を使って促進は却下」
「どーーーしてですかーーーー」
勢いよく膝に頭打ち付けちゃったよ。すっげぇ「ゴッ」て音したけど大丈夫??
うつむいたままの妹の頭を心配しつつ、背を叩く。
「そんな不正みたいなことしてクリスは喜ばないでしょ」
「いろんな不正をして用意をしてきた遊びは喜んでくれるのに……」
妹からとんでもない言葉が出てきたことは聞かなかったことにしよう。
「魔力使ったとかはクリスだってわかるよ」
「うーー……」
今までちらっと見てきた所業も忘れておこうと心に決めながら、緩く背をさすってやる。
「ほら、そろそろ行こ」
「……」
「暑いし、熱中症なるから」
「わかってます……」
促してはみるけれど、愛するヒーローが悲しんでしまうのではないかという思いで、カリナはまだうずくまったまま。
「……」
あまり言い過ぎるのも好きではないので、言葉はこれで最後だと。同じようにしゃがんだ膝を抱えて、カリナの方を向いて頭を膝に寝かせた。
「花言葉」
「……」
そっとこっちを見たカリナは、まだ思いを捨てきれないように悲しげに眉を下げている。
どうにかしたい、でもどうやってもどうにもできない、そんなときに見る、妹のちょっと珍しい顔に。
俺は相反するように、微笑んだ。
あのとき諦めた俺が、こんなこと言う資格なんてないと、わかっているけれど。
「花は諦めずにこんなに頑張ってんのに、カリナが諦めちゃったら──花が悲しむよ」
もういない、昔の自分にも言うように、そっと。
努めて優しく言ってやれば。
「……」
まるで自分を映したようにそっくりな彼女は。
「……うん」
何を思ったのかはわからないけれど。
きっと今の自分のように、優しく微笑んだ。
それに、もう一度笑って。
「んじゃそろそろ二人のとこ行こっか」
「はいな」
少しだけ湿ったような空気を打ち消すように、明るく言って立ち上がった。
カリナも、今度はすぐに立ち上がる。
「のんびりしてたらクリスティアとの時間もなくなるしね」
「ハッそれはいけませんわ!! テレポートで参りましょう!!」
最重要事項を思い出して焦ったようなカリナに思わず吹き出して、魔力を練る。
その直後に、一度だけ、振り返って。
まだ葉だけのペチュニアを見た。
「……」
四月から、十月の間に咲いているらしいあの花。
俺たちがいなくなる時期には、咲いていないけれど。
「レグナ」
「うん」
愛しい妹に呼ばれて、前を見る。
──もしも、その時期に、あの頃のカリナのような満開な花が咲いていたのなら。
「行こっか」
今度こそ、すべてを諦めずに生きたいと。
叶うことはないであろう思いに、微笑んだ。
『あの日の自分に、今度こそ。』/レグナ