絶望と償いの扉

もっと強かったら、違う選択ができたかもしれない。

- もっと体が丈夫だったら、違う選択にできたかもしれない。

そしたら。

- きっと。

君は、生きることができたのに。

妹を抱えて、必死に走る。

- もう歩くことができない体は、兄に身をゆだねることしかできない。

追われてる中で、「どうして」という思いが頭を駆けめぐる。

- どうして、今だったんだろう。

どうして、この村なんだよ。

- どうして、今日なの。

今日は、きっと幸せな日になるはずだったのに。

幼なじみ2人が、今日夫婦めおとの契りを交わす予定だった。

- 私は病に伏して、もう何日も持たなかったけれど。

きっと妹に残してやれる最後の思い出だから。

- 心を弾ませて、兄と家で待っていた。

そんなとき、勢いよく開けられた扉。

- どこか、変だった。
彼らは、いつも律儀に扉を叩くから。

少し疑問に思いながらも、見に行く。
そこには、見たことないビーストがいて。

俺に、矢を向けていた。

- 兄の、息が詰まる感じがした。
次いで、バタバタと走る音。

急いで戻って、カリナを抱きかかえる。

- わけもわからず、とにかく身を任せるしかできなくて。

開けていた窓から飛び出して、必死に走った。

- レグナの肩越しに後ろを見れば、ビーストが矢を向けていた。
聞いていた異種族のいざこざが、戦争に発展したんだと知る。

村の外に出ようと、足を止めず走る。

- ビーストが、構えていた矢を放った。

「レグナ…」

切羽詰まった声が聞こえた。

- かろうじて出る声で、危険を知らせる。

その声で、危ないと言うことだけはわかって。
とっさに、カリナを守るように抱きしめた。

- 暗くなる、視界。

次の瞬間、背中に走る痛み。

- 兄の、うめく声。

その痛みに耐えながら立ち上がって、よろめきながらもまた、走る。

- 少し明るくなった視界。
さっきみたいにもう、後ろは見えない。
レグナが必死に後ろを見せないように、私を抱きしめているから。

痛みが、増す。

- けれど、時折腕に落ちてくる血が、彼が傷ついていると物語っている。
ただただ、悔しい。

気にせず走れば、見えてきた村の外。

- そんな中で、また聞こえた、弓を引く音。

でも、それ以上先には進めなくて。

- 突然立ち止まった兄に驚いて、彼の視線の先を追う。

村の外には、ビーストが回り込んでいた。

- 逃げ場がないんだと、知った。

どうしようもできなくて、段々崖の方に追いつめられていく。

- 聞こえた、波の音。

ちらりと下を見れば、海が広がっていた。

- 追いつめられたからか、こんなことを思う。

この海に、

- 逃げ出せば。

君は、生きられるかもしれない。

どこかの村に近い陸に上がることができたなら。

- 傷ついた彼を、助けてくれるかもしれない。

俺は、もう

- 私は、こんな体だから。

共には生きられないかもしれないけれど。

「カリナ」

きっと、同じことを考えた。

- だから「なに?」なんて聞かずに、頷く。

それを感じ取って、少しずつ、少しずつ足を後ろに、下げていく。

- ほとんど力の残っていない手で、兄の服をつかむ。

ほんの少し、体が震えてた気がした。

ビーストが、矢を放った瞬間。

- 視界に、空が広がる。

矢が当たらずに、

- 体が落ちていく。

手は、離さぬまま。

直後、体に衝撃が走る。

- まだ3月の海は、冷たい。

少し潜ったあとに上を見上げて。
ビーストが追い打ちをかけてこないことを確認して、泳ぎ出す。

- 呼吸が、少し苦しくなった。

水に入って、出血が増す。

- もう体力が残っていない体は、少し水に入っただけで、悲鳴を上げる。

 でも、もう少しだけ。

せめて、どこか陸地に着くまでは。

- 生きていたい。

俺がここで終わったら、カリナも生きれない。

- 私が生き絶えてしまったら、レグナが悲しんでしまうから。

 それでも、傷ついた体は言うことを聞かなくて。

出血が増えて、目がかすむ。

- 肺が圧迫に耐えきれずに、息が、できなくなっていく。

ここで、終わるんだろうか。

かすむ視界で、思う。

俺が、ハーフとかビーストですごく強かったのなら。

- 私が、もっと丈夫だったのなら。

あの崖で、もっと違う決断ができたんじゃないんだろうか。

- 兄が辛くなってしまう決断に導くことは、きっとなかった。

もう謝ることさえ、できないけれど。

泳いでいた体が、沈んでいく。

- 見えていた空は、深い蒼に変わった。

息ができない。

- もう完全に、体に力は入らなかった。

消えていく、意識。

- その中で、強く願う。

神様。

妹が助かる決断がしたいんだ。

- 兄に、こんな決断に導いてしまったこと、謝りたい。

今度は、間違えないから。

- 次こそは、彼を幸せに導くから。

だから。

- どうか。

もう一度、2人で生きるチャンスを、くれませんか。

『絶望と償いの扉』/レグナ・カリナ