過保護兄とパーティー

 

お正月というものはなんて面倒なものでしょうか。

「華凜さん、今夜お食事でもいかがかな?」

男性ものの香水の匂いを撒き散らす年上に。

「いいえ、僕と行きましょう」

自分ならと思っているであろうちょっと年配な方。

「今日は星がきれいだそうで。ドライブにでもどうでしょうか」

そして女性が好みそうなものばかりチョイスをしてくる見た目ダンディな方。

見てくれは全員違えど、誰もが手に花を持っているような装いで私の前に現れる。

それに、ため息を吐きました。彼らに半分。

そして。

「お断りします、俺と先約があるんで」

兄妹の癖に恋人面をする兄に半分。呆れながら、引き寄せられる肩に体重を預けました。

ゆったりできる三が日が過ぎればある程度人々はいつも通りの生活に戻るというもの。うちも例外ではなく、今年も新年会パーティーに参加しております。そもそも三が日すらゆっくりできていないのですがそこは置いときまして。

パーティーとは社交場。
お仕事での関係を持ちたいというのはもちろん。

こういった場で恋愛の縁、ゆくゆくは会社の縁を持っておきたい方もいらっしゃるわけで。

「「華凜さん!」」

大企業の傘下とは言え、愛原家の息女である私にもお声がかかっております。
お声は別にいいんですけれども。昔何回か貴族のお家にお世話になったこともあるしお話や交渉って私が受け持つので交わす術は身につけておりますし。

ただね?

「……」

うちのお兄様の殺気がたいっへん怖いんですよ。もうリアスに見せてあげたいくらい。普通は愛しい人に声がかかったらこんな感じなんですよって。我々兄妹なんですけれどもね?

「っ……」
「やばいって行こうぜ」

しかし効果はてきめんなようで。
お兄様がひと睨みすれば先程の男性たちも、そしてこちらにやって来たがっていた男性たちも去っていく。そりゃ去りたくなりますよね。

「……そろそろ真顔で目を見開いて牽制するのはおやめになったらいかがです?」
「気のせいだろ」

その顔ですよその顔。
けれどもお兄様は気にも止めない様子。離れていった男性陣に息を吐いて、近場のテーブルに置いてある飲み物の入ったグラスをふたつ持ってきました。手渡されたそれにお礼を言いながら口へ含む。ワインに似せたグレープジュース。喉が渇いていたのでちょうどよかった。

 

喉を潤してから、未だ警戒するように周りを見ている兄へ。

「……怖い顔なさってますわよ」
「そりゃ妹に不埒なやつが近づくとなればそうなるでしょ」
「あなたのは過剰なんですよ」

どこの世界に妹に手を出したら千本で刺そうとする兄がいますか。隣にいましたわ。
転生直後は遠ざかるくせに傍にいればこうなる、相変わらずな矛盾さにため息は吐くけれど。

別にお兄様だって好きで離れようとしているわけではないと知っているので吐くのは息だけにし。ちょうど舞台の方に人が上がってきたので兄の服の裾を引っ張る。

「あなたがお隣にいるので男性の方はもう大丈夫ですわ。ほら、気分転換にパフォーマンスでも見ましょう?」
「勝手に離れていくなよ」

真顔で低い声やめてください。脅迫されてるみたい。

身震いから逃れるように舞台を見ると。

「……あら」

パフォーマンスをしてくれる方々、おそらく服装的にサーカス団なのでしょう。その中に、見覚えのあるピンクの子が——。

「美織さんではないです?」
「ん?」

再度服の裾を引っ張りながら指をさせば、兄は話しかけてきていた女性をかわして同じく舞台を見る。女の子の声残念がってますよ。相変わらずおモテになることでなんて思いながらも顔はそのまま舞台に釘付け。

何人かのパフォーマンスの方の中で、ペイントに合うようなピエロ衣装を身にまとっている美織さん。

「ほんとだ道化」
「道化師の家系ですし、パフォーマンスの依頼でもあったんでしょうかね」

言いながら、こちらを見ないかしらと双子でじっと見つめてみます。

けれども彼女はお仕事モードなのか、はたまた視線にはあまり気づかないタイプなのか。他の方と揃ってお辞儀をしました。

「ねぇ、もうちょっと前に行きましょうよ」
「いいけど」
「お隣の似ている方はご姉妹かしら」
「あの道化と逆のペイントの人?」
「そうですそうです。あ、ほら」

少しだけ舞台に近づいている間に始まったパフォーマンスでは、美織さんと彼女に似た方がペアを組んでジャグリングをやっています。

「息のぴったりなところも見てこれは姉妹ですわきっと」
「そういや夏休みはお姉さんとサーカスの手伝いとか行ってたんだっけ」
「まぁ……玉乗りとかできるのかしら」
「リクエストしてみれば?」
「今日やらなかったらお願いしてみます」

笑って、軽快な音楽と共にパフォーマンスをしてくれるサーカス団へと意識を向けました。

美織さん姉妹のジャグリングはおそらくお姉様と思われる方に引き継がれ、彼女は四つのピンを軽々ジャグリングしていきます。
一度離れた美織さんがさらにピンを持ってきて——

「すごいです蓮、六つです六つ!」
「道化もうちょい持ってきてるよ」
「八つになりましたよ! すごいです!」
「華凜さんもうちょい声抑えようか」

これは興奮せずにはいられないでしょうよっ。

そうして八つのピンを再び姉妹で分け、彼女たちは笑顔でもう少しジャグリングをし。

「「はいっ!」」

それぞれ四つのピンを両手に乗せて、かわいらしくポーズ。直後に歓声と拍手が響きました。その中で私もぱちぱちと手を鳴らす。

「間近で見れるというのも楽しいですわね。刹那にも見せたいですわ」
「今度の自習期間にでも頼んでみなよ」
「えぇ!」

今年度末にあるテストまでに交渉をと心に決め、彼女たちが去った後すぐさま始まった違うパフォーマンスにまた釘付けになる。

手からどんどん花が出てきたり、美織さんではありませんでしたが玉乗りをしてくださったり。

数々のパフォーマンスに子供のように夢中になり、何度もすごいですねと兄の裾を引っ張った。

「美織さん?」

そのあとも美織さんが再登場したりして興奮しながらそのパフォーマンスを見届けたあと。

きっといますからと兄を連れてやってきたのは控え室。
ひょこりと顔を出せば、目が合ったその子はパァッと顔を輝かせました。

「華凜ちゃん! それに波風くんも!」
「やっほ、お疲れ」
「パーティーだからもしかしたらと思ったのだけど、ほんとに逢えて嬉しいわ!」
「私もです。それとパフォーマンスお疲れ様でしたわ。とても素晴らしかったです」
「わぁ本当!? 嬉しいわ!」

駆け寄ってきて、ほんの少し汗ばんだ顔でかわいらしい笑顔をいただきました。それに笑ってから、一度申し訳なさに眉を下げる。

「すみません、お休みの途中でしたよね」
「いいのよ気にしないで! 華凜ちゃんたちこそ抜けてきて大丈夫だったの?」
「えぇ、むしろパーティーのときは抜けたいです」

なんて言えば、当然ながら美織さんは首を傾げます。それに肩を竦めて、私の一歩後ろにいる兄を指さしました。

すると彼女は「あぁ」と苦笑い。

「炎上くんも大概だけど、波風くんも過保護よね」
「違うと言っているのに周りの方が私に気があるといつも警戒するんです」
「実際気があるんだから警戒するのも当たり前だろ」
「ご自分へのご好意は気づかないくせに」
「あれはご機嫌取り」

兄の目がおかしい。

しかし言っても意味が無いというのはわかっているのでそこまでにし、美織さんににっこり笑う。

「というわけで、心配性なお兄様はパーティーだと機嫌が悪いので、こうして抜けてきたいんですよ」
「参加しないっていうのは無理なのかしら!」
「お家柄厳しいですわね」

何分養子としてお世話にもなっていますし。そこは言わないけれども。

厳しいといえば、未だピエロ姿の彼女は腕を組み何かを考えている様子。汗も引いてきたらしい彼女へ、ひとまず。

「美織さん」
「なにかしら!」
「こちらから来たわけですけれども、ここでお話してても大丈夫です?」

ここ、と指をさしたところはちょうどドアのところ。

首を傾げれば、彼女はぱちぱちと何度か瞬きをして。

ぱっと後ろに振り向きました。

「ちょっと友達と話してくるわ!」

すぐさま了承の声が聞こえたので、双子揃って一度中に礼をしてから一歩ずれる。

「飲み物とか飲みます?」
「いいえ、平気よ! しばらく休憩したら移動があるからここでも大丈夫かしら!」
「俺らはいいけど。移動の準備とか大丈夫なの?」
「もちろん! 予め準備してるもの!」

笑ってから、美織さんは続けます。

「波風くん!」
「はい」
「要は華凜ちゃんに悪い虫がつくのが嫌なんでしょう?」

一瞬びっくりしましたが、要はそういうことですよねと兄を見ると。

兄も少し驚いたようにぱちぱち目を瞬かせてから、我に返って頷きます。

「まぁ、そうかな?」
「ほんとは雪ちゃんの方がいい案浮かぶと思うのだけど、ひとまず!」

びしっと指を突きつけて。

「華凜ちゃんに恋人がいるって言っていけばいいんじゃないかしら!」

まぁ名案。

なんて思ったのもつかの間。

兄妹揃って思い切り首を横に振ってしまった。

「道化、普通なら名案だけどうちじゃそれはやばい」
「あら?」
「ご想像ください美織さん、名家の息女に恋人がいるなんてあったら業界で大騒ぎです」

家の人に理解はあってもパーティー行く度に逆に面倒すぎる。

「それに意外と恋人がというだけでは落としにかかってくるものですわ」
「フィアンセとか!」
「どこぞの馬の骨とも知らないやつに?」
「お兄様真顔やめてください」

怖いですって。

けれども美織さんはとくに怖がる様子もなく、どちらかというと残念そう。

「ちょっとは軽減できるかと思ったのだけれど……」
「お気持ちはとても嬉しいですわ。ただちょっと難しいかもしれませんね」
「うーー……木乃先輩あたりなら王子様系の顔だし、結構ヒトが遠ざかりそうなのにね」

顔は良くても女癖悪くて逆に有名人ですよ。

「武煉先輩はダメでしょ、うさんくさすぎる」
「お兄様、仮にも先輩ですわ」

気持ちはわかるけれども。

それに、と一瞬出かかった言葉は兄の前なのでごくんと飲み込む。

けれど一瞬「そ」と出てしまったので二人がこちらを見てしまった。

「どしたの華凜」
「いえ、えーと」

“そ"から始まるなにかっ。

頭をフル回転させたとき。

「美織ー? そろそろ支度しなさいよー?」
「あっ、はーい!」

ちょうどドアの中から声が掛かったので心の中でガッツポーズ。ありがとうございますサーカス団の方っ。

その声でこのお話も終わりということで、美織さんがこちらを向きました。

「ごめんなさい二人とも、行かなきゃだわ」
「とんでもないです。おやすみ時間にありがとうございました」
「パフォーマンスも楽しかったよ」
「今度はぜひ刹那たちにも見せてあげてくださいな」
「もちろんよ!」

じゃあねと言って中へと入っていく美織さんを見送って。

「戻りますか」
「うわやだわー」
「私だって気乗りしませんわ」

ドアが閉まったのを確認してから会場へと歩き出す。

こつりこつりと私のヒールが響く中で、兄はめんどくさそうにまっすぐ前を見て歩くだけ。

さっきの言葉の続きは、聞かれない。

これは忘れてくれたということでいいですよね。いいですよね?

聞かないでくださいよまだ"そ"から始まるなにかが思い浮かんでないんですから。

気づかれないように息を吐きながら、今はいない先輩へと思いを馳せる。

ねぇ先輩、あなたいつレグナに言ってくれるんです?

女遊びも含め、気があるかもしれないと。

そろそろ思わず口から出そうで怖いんですよ早くお話の場作ってくださいよっ。

心の中で地団駄を踏みながら。

ひとまず兄に気取られないよう、なんとか笑顔を作って、レグナについて会場に戻っていきました。

『志貴零03』/カリナ