失うと、わかっていたのなら

 あの日失うってわかっていたなら、もっともっと、笑顔にしてやりたかった。

「行きたかったな、だってさ」

 そう言えば、リアスは一瞬こっちを見て、また視線を元に戻す。

「交流遠足の話か」
「そう」

 次が体育だからと、俺とリアスは男子更衣室で着替えてる。
 クリスティアと離れる唯ニ(もう一つはトイレ)の機会に、朝、彼女が悲しそうに言った言葉をリアスに言ってみた。リアスたちにも今日配られたらしく、俺の言葉が何を指してるかはわかったようだ。

「”みんながいるから、行きたかったな”って。過去形で」

 着替えながら話を進める。まだ肌寒いから、ジャージは持って行った方がいいかな。新しいにおいがするジャージを上に羽織った。

「行くつもりはない」

 ファスナーを閉めてる間に返ってきた言葉は、予想通りだった。わかってたけどさ。ため息を吐く。

「クリスティアの気持ちは無視かよ」

 ちょうど着替え終わったらしくて、腕を組んでロッカーにもたれかかって俺を待ってくれてるリアスに、ちょっと強めに返す。そうしたら、少しイラついたような目で睨みつけられた。でも怖くない。慣れてるし。だから続ける。

「お前には言えないんだろ、行きたいって。絶対YESは出さないから」

 リアスは人が多いところが嫌いだ。元々騒がしいのが好きじゃないっていうのもあるけど、一番の理由は、やっぱりクリスティア。戦場で、人が多いところで、目の前で失ったから。そして一度だけ。埋もれるくらいの人混みの中でクリスティアを傷つけられたから。だから人が多いところに行くと、どうしても周りを警戒する。どんなに運命の日じゃなくても、突然運命が変わって、目の前で消えるかもしれない恐怖感。それから逃げるように、リアスはクリスティアを閉じこめるようになった。またあの日のように、失わないように。

 でも、それでもこいつはいっつも後悔してるんだ。もっとああしてやればよかった、とか、こうすればよかったんじゃないか、とか。もっと、もっとって。

「恋人の願いくらい、叶えてやれよ」

 俺はその後悔を少しでも減らしてやりたくて、言う。そしたら、紅い瞳に更に怒気が増したことがわかった。俺たち以外がこれ以上言ったらやばいんだろうな、なんて苦笑いがこぼれる。

「……お前には関係ないだろう」

 うん、確かに、関係ない。でもさ、リアス。

「行きたいな、とか、あれが欲しいなって、叶えてあげられるうちがすげぇ幸せだよ」

 言いながら、昔のカリナを思い出した。

 ベッドの上で、衰弱しきった妹。力なく笑うその姿は、今でも鮮明に覚えてる。ただただ病状が悪くなるカリナは、いつからか、どこにも行けなくなった。満開の桜が大好きだったカリナ。「桜、また見たいね」と言ったあいつに、連れて行ってやることも、見せてやることもできなかった。今思えば、花の付いた桜の木の枝を持って行って見せてやることだってできたんだろう。結局、そのまま戦争に巻き込まれてそんな余裕はなかったけれど。そうした俺の選択が積み重なって、カリナを失った。俺の選択がなかったら、カリナは生きていれたんじゃないかって思う。俺が傍にいなかったら、もっと長生きできたんじゃないかって。だからできればあいつを俺から遠ざけて、幸せにいて欲しい。

 でも、傍にいるのなら。

「叶えてやれることは全部叶えてやった方が、後悔しないと思わない?」

 俺たちの人生は、たくさんの後悔ばかりだけど。どうせ変わることのない人生なら、その運命の日までに、たくさんのことをした方が幸せじゃないか。

「……」

 笑って言えば、リアスは視線をずらし、突然歩き出す。更衣室のドアを開けて、出て行った。え、なに、急に置いてくの。

「龍ー」

 慌ててついて行って声をかけるも、返事はしない。雰囲気は、どこかイラついてるような、でも迷ってるような、そんな感じ。ああ、ちゃんとわかってるんだろうなぁ。俺が言うこと、誰よりも自分がわかってることを知ってる。だからこそ、俺の言葉にイラつくし、迷う。その迷った結果でクリスティアがやりたいって思ってることとか、少しずつ叶えていくといいんだけど。間違えても束縛の方向に行かないで欲しい。そう思いを込めて、追い打ちをかけるように後ろから声をかけた。

「大事な人の願いを叶えてやるのに、神様はバチなんて与えねぇよ」

 返事はないとわかってる。案の定リアスは足を早めていった。それに仕方ないなって肩をすくめて後を追う。

 願わくば、リアスの後悔が少しでもなくなるように。

『失うと、わかっていたのなら』/レグナ