二度あることが三度あるなら、一度あったことは二度目があるってことだよね

 突然だけど、この世界では大まかに分けられた同種族間でしか言葉が通じない。ヒューマンはビーストの言葉がわかんないし、もちろんその逆も。

 ただ、俺たちは両方の言葉がわかる。

 俺たちはヒューマンの形をしたビースト、もしくはビーストの力を持ったヒューマン。そこはまぁ各種族によって解釈は違うけど、とりあえず置いといて。つまり俺たちは二つの種族を併せ持つ「間の存在」。だからこそ両方の言葉がわかるし、昔は交渉役としてハーフはすごい重宝されてた。あまりの両者の食い違いに嘘を言ってんじゃないかと疑われてたときもあったけど。

 今じゃ技術も進歩して、エシュト学園とかの異種族仲良くしましょうねっていう方針の学校は、異種族間の言葉がわかるように小型のイヤホンを開発した。これをつけると異種族とも会話ができんだって。技術ってすごいよね。全国普及を考えてるけど、まだ試作段階だから俺たちみたいな学校のビーストとヒューマンがとりあえず実験台になってる。

 とまあ、何で俺がこんな話をしているかと言えば。

「てめぇまたこっちの畑荒らしやがったな!!」
『こっちは食料欲しいって言ってんだよわかんねぇのか!!』

 その異種族間の喧嘩が勃発しているからである。

 仕方なくリアスやカリナも連れて巡回に出た数十分後。畑の近くを通ったら争ってる声が聞こえて、来てみたらこれだ。土手のところから畑を見下ろせば、狼っぽいビーストと三十代くらいのおじさんがすげぇ言い合ってる。だけど話は噛み合ってない。さっきも言ったとおりイヤホンは仲裁役の俺たちがまだ試作で使っているから、当然一般のヒューマンや野良ビーストはそんなものつけてないし、互いの言葉なんてわかんない。両者一方通行の言い争いが続いてる。

「…どうしよ…?」
「落ち着くのを待ちます?」
「無理だろう」

 仲裁役の俺たちは、これを止めなきゃいけないんだけど。あまりの激しさに止めようにも口を挟めない。どうしたものかと立ちすくむ。住宅街じゃないから人気もなくて今は騒ぎにはなってないけど、それも時間の問題だ。

『ちょっとくらい食料わけてくれてもいいだろ!!』
「お前毎回毎回畑荒らしやがって!!」

 そうやって悩んでいる間も、噛み合わない言い争いは続く。

「一応ビーストの方が”規制線”を越えてますが」

 全員で打開策を考えていれば、カリナが一つの問題点を指摘した。

 この世界では仲の悪いヒューマンとビーストが喧嘩を起こさないよう、いくつかの規定があって、規制線もその一つだ。”この種族が自由にできるのはここまでですよ”っていう目印。あらかじめ許可があればもちろん越えて大丈夫。どうしたって山を越えたいとかっていうやむを得ない理由があるから。その線を無断で越えたら罰則があったり、異種族に怒られるってだけ。基本的にはその罰則が嫌だから、異種族がその規制線を越えることはない。今あのビーストは規制戦を越えちゃってるんだけど。他の規定は、規制線があろうが本当に困っているなら異種族でも助けあってねとか、本来は当たり前にできてもいいんじゃないかって思うようなことくらいかな。まぁ言葉が通じないから助け合うもなにもなくてこうやって争いになってるんだけどね。

「確かに規制線越えてるけど、今それ言ったら火に油じゃね?」
「確実に矛先がこちらに向くだろうな」
「そうですよねぇ……」

 問題点は明らかになっても、それを伝えるのにどう話に入っていくかでまた唸る。とりあえずは話をできる状況を作らなくちゃいけないんだけどな。お互いただ言い合ってるだけだからこっちは強行手段使えないし。

 ほんとなら無理矢理言うこと聞かせたいところだけど、ビーストとヒューマンに規定があるようにハーフにも規定はある。
 あくまで「間の存在」としての自覚を持って、公平にすること。学校に在籍してるやつらにも当てはまるけど、異種族間で暴力沙汰になりそうなとき、または自分に被害が及びそうなとき以外は武器や能力を使わないこと。
 今はただ規制線を越えてるってだけだから武器を使って強制的に止めることはできない。殴り合いとか始めてくれれば一気に押さえつけたりできんだけど。こういうすげぇ言い合いだけの喧嘩のときこの規定不便なんだよな…ってちょっと待った。

「クリスティアさんなにしてんの」

 延々と考えてたら、クリスティアが魔力を練り始めたので思わず声をかける。

「…止めに」
「は? ──て、ちょっ!?」
「おい待てクリスティア!」

 返ってきたのは、短い言葉。それと同時に、体が半透明になってく。ん? 半透明になってく? これテレポートじゃね? 待って、まじ待って。お前が行くと違う意味でやばいから。急いで手を伸ばす。テレポートだと気づいたリアスも手を伸ばすけど、一瞬の遅れで俺たちの手は空をつかんだ。あ、これリアスのトラウマ深くなるやつ。しかも目立つなよって言ったのにこれか。穏便にって俺言わなかったっけ? さぁっと二重の意味で顔が青ざめていくのを感じた。

「うおぁ!?」
『なんだ小娘!』

 その直後に聞こえた、二つの驚いた声。目を向ければ、二人のど真ん中にクリスティアが立ってる。ああやっちゃった。なんでわざわざ真ん中に行くんだよ。痛くなりかけた頭を押さえて、ため息を吐いた。隣にいたカリナも「あっちゃー」みたいな顔してんじゃん。リアスに至っては放心状態だし。そんな俺たちをよそに、クリスティアは口を開く。

「ビースト、規制線越えてる…。あとおじさん、この子食料が欲しいんだって」

 ド直球すぎるだろ。火に油だっつの。今すぐあそこに飛んで「俺の話聞いてた?」と問いただしてやりたい。彼女の思わぬ行動に動けなかったヒューマンとビーストも、その言葉に我に返る。

「おい嬢ちゃん、こいつは俺の畑荒らしたんだぞ! そのことに関してはお咎めなしかい!」
「それは、あとでちゃんと言う…。食料が欲しくて、でも言葉が通じないから、いつも奪う形になっちゃう」
「言葉が通じなければ畑を荒らしたっていいのかよ!」
『別に荒らしたわけじゃねぇ!!』
「荒らしてるわけじゃないって…」
「嬢ちゃんはそっちの味方だってのか、あぁ!?」

 ああ、だめだ、ヒートアップしてる。ほっとけなくて体が先に動くのはいいんだけど、せめて交渉術のレベルをあげてから挑んで欲しい。あれじゃ状況悪くしてるだけだって。このままだとやばいと思った俺たちは、土手を降りてクリスティアたちの元へ駆けだした。

「畑を荒らしたのはこの子が悪い。でも、食料が欲しかったっていうのもわかってほしい…」

 その間にも進んでいく話の中で、どうしてもビーストを守ってしまうようなクリスティアの言い方に、ヒューマンは限界に達したのか大きく舌打ちをして叫んだ。

「あーーーーーもうっ!! 話になんねぇよ! 俺はこのビーストとケリつけてぇんだ! 部外者は引っ込んでろ!」

 怒り任せに、目の前に立ちはだかるクリスティアを払いのけようと手を振りかざす。あ、やばい、下手したら殴られる。でもまだ距離があって、このままじゃ間に合わない。テレポートで間に合うか。焦って魔力を練り始めた。

「どけっ!!」

 走りながら準備をするけど、ヒューマンの行動の方が早くて。その太い腕をクリスティアに振り下ろす。

 ──間に合わない。

 届かないとわかっている手を、伸ばした瞬間だった。

「おい、加害行為は規定違反だ」

 俺たちより早く魔力を練ってテレポートで向こうについたリアスが、クリスティアを庇うように立ちヒューマンの腕を止める。いつも通り静かな声で言ってるけど、目がめっちゃ怒ってる。ヒューマンにもだと思うけど、たぶん主にクリスティアに。そんなことは気付かず、ヒューマンは自分の腕を止められたことにもイラついて叫ぶ。

「どけ! 俺はそこのビーストと話がしてぇんだ!!!」
「話がしたいのは承知している。だが、あんた今こいつに危害加えようとしただろう」
「この女が邪魔するからだ!!」
「だからといって加害行為が許されるわけじゃない」

 ああ、イラついたリアスが間に入ったから更にヒューマンの怒りはヒートアップしてるよ。なんでうちのカップルは交渉がへたくそなんだ。またため息を吐いて練りかけていた魔力は解き、カリナと共にその場へ駆け寄る。

「おじさま、失礼しますわ」
「ちょっとこのままだとやばいから一旦落ち着いて欲しいんですけど」

 ようやく俺たちもクリスティアたちの元へ着き、ヒューマンへ話しかけた。さっきから次から次へとやってくる子供に、ヒューマンはさすがに困惑し始める。

「な、なんなんだよお前ら!」
「エシュト学園に所属している生徒です。おじさまの行動がこのままですとちょっと重い規定違反になりますので止めにきましたの」
「重い規定違反だぁ?」

 さすが口だけは達者な妹。相手が反応しそうな部分をちょっと大げさに言って、気を引く。その間にリアスとクリスティアを下がらせといた。もれなくリアスの舌打ちが聞こえたが、今は放っておこう。

「もちろん、先に規定を破ったのはあちらのビーストなんですけれど、止めに入ったハーフに手を上げてしまうとおじさまの方が悪くなってしまうんですよ」
「俺は何も悪くねぇのにか」
「はい、たとえ不可抗力でもなんらかの罰則がついてしまうでしょう。それを避けたいので、よろしければ私にお話を聞かせてくださいませんか?」
「……ちっ、わかったよ」

 カリナの下からの物言いに、ヒューマンはさっきより落ち着いてくれたらしく、不服そうだけど頷いてくれた。とりあえず一安心かな、なんて思ってほっと一息をついた。クリスティアと、いまだに不機嫌オーラを出してるリアスを振り返る。

「お前らはそっちのビーストから話聞いといて」
「わかった…」
「……」

 めっちゃ怒ってるリアスから返答はないけれど、そう指示を出せばクリスティアたちはビーストの方へ話を聞きに行ってくれた。

「あちらのビーストがいつも畑を荒らしていくと?」
「そうなんだよ。こっちは売り物奪われて迷惑してんだ」

 それを見届けてカリナの元へ行けば、すでにヒューマンの事情を聞き終えていた。まぁ見てたからだいたいは知ってるけど。

「心中お察ししますわ。おじさまからのお話ですとやはり今回はビーストの方が全面的に悪いということはわかりました」
「姉ちゃん話がわかるじゃねぇか」

 カリナの話術に、ヒューマンを気をよくする。さっきのお怒りが嘘みたいだ。我が妹ながらさすがだな。

「一応、向こうにも言い分はあると思いますので、おじさまが納得する、しないに関わらずお話だけでも聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぜ」

 すっかり機嫌が直ったヒューマンは快く了承してくれた。……なんか最初から無理矢理にでも口挟めば良かったんじゃないかと思うスムーズさなんだけど。ある意味クリスティア正解だったのか? なんて思ってたら、怒りが収まったらしくいつも通りの無表情なリアスが、後ろにクリスティアとビーストを引き連れて帰ってきた。

「なんだって?」
「簡単に言えば、ここの畑のものがうまかったから、だそうだ」

 わぁなんて単純な答え。

「俺の畑のものがか?」
「ああ。あんた、以前ビーストに畑のものをやった記憶はないか」
「ビーストに? ……ああ!」

 リアスの問いに、ヒューマンは思い出したように頷いた。

「だいぶ前にそいつと似たようなやつが道で行き倒れててな。さすがにそのまま死なれても目覚めが悪いからって畑からとれたやつをくれてやったことはある」
「こいつはその助けた奴の仲間らしい。その仲間があまりにうまいからともらったものの一部を持って帰り、こいつらに食わせてたみたいだ。それでまた食べたいと、こっちに来ていた。異種族で話が通じないこともわからずにな」
「はじめは、勝手に持って行っていいものかと思って何も言わずに持って帰っちゃったんだって…。それで、おじさんが怒り始めたから許可を取ろうと思ったんだけど、なに言っても通じなくて、最終的には荒らしちゃう感じになっちゃったって。ごめんなさいって言ってた…」
「なるほどな……」

 納得してくれたらしく、そこまで聞いて飲み込んでからヒューマンはしばらく考える。そうして、ゆっくり口を開いた。

「……まあ、申し訳ないと思ってるなら許してやる。こっちも言葉がわかんなくてそいつの言い分を聞いてやれなかったしな」

 その言葉に、張りつめていた空気が和らいだ。ヒューマンは続ける。

「荒らすのはだめだが、今度からお前が来たら少しくらいはわけてやってもいい。うまいと言われるのは良いことだからな」
「…今度からは来たら分けてくれるって」

 クリスティアが通訳して伝えれば、ビーストの纏う雰囲気も明るくなった。

『本当か! 感謝する!』
「ありがとって言ってる」
「おお、どういたしまして」

 さっきの言い争いが嘘みたいに、二人とも笑顔で和解してくれた。一件落着かな。

「あんたらも悪かったな。巻き込んじまって。いてくれて助かったよ」
「いや、大したことしてないんで」
『ありがとな!!』
「どういたまして…」

 告げられるお礼に、むずがゆさとほんの少しの申し訳なさを感じる。正直最初の方なんもできずにいただけだし。もっと早く間に入ってればよかった。そう言ってはみるも、ヒューマンとビーストは気にするなと笑顔で何度もお礼を言ってくれた。それに苦笑いを返しながら、俺たちは別れを告げてその場を後にした。

「「「……はぁ」」」

 別れてほんの少し歩いたところで、クリスティアを除く三人でため息を吐く。初回でどっと疲れた気がする。精神的に。主にクリスティアのおかげで。さてすでに俺たちは音を上げたいところだけど。巡回はまだ始まったばっかである。

 これからもしかしたら起こるであろうトラブルに、俺はもう一度ため息を吐いた。

『二度あることが三度あるなら、一度あったことは二度目があるってことだよね』/レグナ

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