あなたの視力はおいくつですか

 わたしには、楽しみがある。

「本取りに行ってくる」
「ん…」

 それは、わたしにべったりなリアス様が離れる、数少ないとき。

「…」

 リアス様が本専用の部屋に入ってったのを見計らって、スマホ、リアス様のじゃなくて、わたしのもふもふのカバーに覆われてるスマホを手に取った。

「…やっぱり、来てる…」

 指紋認証で画面ロックを外して一番に映るのは、カリナからもらったリアス様の寝顔の待ち受け。次に目に入るのは、ラインのアイコンの上に出てる数字マーク。

 これは、ほんとならあり得ないこと。

 過保護なリアス様。好奇心旺盛なわたしが変なことに巻き込まれないように、わたしのスマホからは色んなとこにアクセスできないようにしてる。できることは、連絡だけ。それも、リアス様限定。だからわたしのアドレスにもラインにも、友達はおろかカリナとレグナの連絡先もない。ついでに言えばリアス様とはいつも一緒だから、滅多なことがない限りこのラインのアイコンに通知を意味する数字が出ることなんてない。

 ならなんで、出るのか。

 答えは簡単。内緒でカリナとラインの交換をしたからです。

 遡ること、時は5月。お互い腐女子だねってわかって、数日。学校ではリアス様と離れることはちょっとだけ多くて、たまたまカリナと2人きりのとき、腐の話になった。ただ更衣室も、トイレも、あんまり思いっきりは話せなくて、家では言わずもがな。そこでカリナが提案してくれた。ライン交換しましょって。
 リアス様はわたしの携帯見ないし、トイレとかリアス様が席はずしてるときなら大丈夫かな、なんて思って、二つ返事でおっけーした。

 話す内容は、もちろんそういうお話とか、何気ないことも。

 今ではそれがちょっとした楽しみになって、リアス様が席を外す度に自分のスマホを開いて、カリナとのラインを楽しんでた。

「…これはないでしょ…」

 2人で考えた妄想とか言い合って、カリナがさすがにありえないような返しをしてきて思わず笑う。
 カリナの妄想はすごい。チェスとかもよく毎回あんな風に思いつくよねって思う。がーっと書いてるカリナの妄想を読んで、とりあえずスタンプいっぱい送っておいて。次リアス様が席はずしたときにちゃんと返信しようかなってスマホを閉じようとした。

 ときだった。

「随分楽しそうだな?」

 後ろから聞こえた声に、止まる。

 待って。いつからいたの。足音も扉の音も気配も何もしなかった。幻聴だよね、幻聴だよね? そう思って、ゆっくり、後ろを向いた。

「クリスティア」

 そこには、口元”だけ”ほほえんでる、リアス様がいらっしゃった。あぁ、幻聴じゃなかった。

「どういうことか説明してもらおうか」

 カリナとラインを初めて、早3ヶ月。

「………はい」

 ちょっとした楽しみは、終わりを告げた。

「とりあえず携帯を見せてもらおうか」

 2人でソファに座って向かい合う。リアス様は普通に座ってるけど、わたしは正座。強要されたんじゃなくて自分から。なんかもう目が怖いから。めっちゃ怒ってる目してるから。でも、そう言って差し出された手に、わたしのスマホを置くことはしない。

「聞こえているのか」
「聞こえて、ます…」
「携帯寄越せ」
「なにするの…」
「お前が何をしていたか確認」

 それだけはご勘弁願いたい。スマホはぎゅって持ったまま、とりあえず。

「か、カリナと、ラインを、してました…」
「そうか」
「それだけ、なの…」
「確認させろ」

 だめだ変わんない。リアス様はさらに手を伸ばしてくる。いつもなら、怒っちゃうと怖いしすぐに言うこと聞く。けど今回はちょっと無理。確認する内容によってはマジで無理。

「カリナだから、確認する必要なくない…?」
「別にトーク履歴をすべて見せろと言っているわけじゃない。相手が本当にカリナかどうか確認させろと言っているんだ」
「カリナだよ…信用できない…?」
「信用するしないじゃない。そもそも俺の言いつけを破った時点で信用も何もないと思うんだが?」

 ごもっともです。

「クリスティア」

 ちょっと怒ったように、命令聞かせるように呼ばれる名前。その声に肩がびくってして、思わず動きそうになるけれど。頑張ってスマホを抱きしめる。

「…今日は随分聞き分けが悪いな?」
「プライバシー…」
「人の携帯を勝手にロック解除する奴が何を言うか」
「あれは共用だもん…」
「否定はしないが」

 ほら、って手を催促するように動かすリアス様に、身を引いて拒否。それにため息をついて。

「別にすべてを見せろと言うようなタイプではないんだが。そこまで隠すということはやましいことでもしているのか」
「やましいなんて…」

 待ってめっちゃしてる気がするな?
 腐の話ってやましいに入るのかな。あの意味って何だっけ。そうだ「後ろめたい」。

 めっちゃ後ろめたいわ。

「な、いです…」
「お前は本当に嘘が下手だな…」

 頑張って言ったのにリアス様は呆れ顔。他の人には絶対バレない気がするのに。

「女の子同士でしか、話せないこともある…」
「それは否定しない。いくら天使といえども女だ。カリナに相談しやすいことだってあるだろう」

 あ、このまま女の子だけの、って感じで言えばいけそう?

「俺が言っているのは一言もなく隠れてこそこそするなということなんだが?」

 だめだ論点が違ってた。

「隠れて、こそこそしてたのは、謝ります…ごめんなさい…」
「何故何も言わなかった」
「だって絶対だめって言う…」
「理由によっては許可はする」
「うそ。わたしがお願いすることは基本的に全部却下」
「俺の許容範囲を越えているからだろうが」
「カリナたちが言ったらおっけーする」
「あれは逃げられないように全面包囲されるからだ」

 ちょっと納得行かない。確かにカリナはうまいけども。
 いつもなら、自分でも沸点が低いってわかってるから言い返すけど、リアス様の目は、変わらずにちょっと怒った目。それに今回のはわたしが一方的に悪いってちゃんとわかってる。リアス様は本気で怒ると口きいてくれなくなる。謝っても一週間はたぶん無視。

 それは、嫌。

 まだセーフなところで、意を決して。

「あの…」
「ん?」
「…トーク、見ない?」
「俺は本人確認をしたいだけだ。遡って見たりはしない」
「…絶対?」
「お前が絶対に嫌なことはしないと言っているだろう」

 ものすごく嫌だけど、でも、話せないのは嫌だし、もしわたしが怒ったとしても、リアス様が携帯見せろって言うのは変わんない。むしろこれ以上怒らせた場合強行手段取られる気がする。やばい今日わたしめっちゃ冷静。未だに差し出された手に。

「…わかった…」

 自分のもふもふのスマホを、置いた。
 それにリアス様は息をついて、空いた手で手招きした。

「なに…」
「俺がどうするか見ている方が安心だろう? トークが見られるのが嫌みたいだからな」
「…ん」

 リアス様なりの妥協案に、手招きされるまま膝の上に座る。あ、そう言えばスリープにしちゃったから解除しなきゃ。

「リアス様、画面ロック解除する…」
「別にいらん」

 魔力でこじ開けるおつもりですか?
 なんて思ってたら、リアス様は認証のとこに自分の指を当てる。

 そしたらあら不思議、わたしのスマホのロックが解除された。

 いやちょっと待って。

「なんで」
「何が」
「なんでわたしのスマホなのにリアス様の指紋でロック解除されるの」
「一番はじめにスマホを与えてやったときに設定とかしてやったろう」
「うん」
「その時に俺の指紋も登録しておいた」

 なにしてんの。

「仮に見せなかったとしても見れたんじゃん…」
「そういうことになるな。俺がそう言っていただけまだ良かったと思え」

 たぶん言わずにやったら相当怒ってるやつ。
 リアス様はそのままラインを開いて、さっきスタンプいっぱい送ったカリナのトーク画面を押した。

 トーク画面を押した?

 その行動に思いっきり振り返った。

「あっぶねぇな顎ぶつかるわ」
「トーク見ないって言った!」
「言ったな」
「なんで開くの!」
「開かねぇと確認が出来ないからだろ」
「うそつき!」
「俺はトークは遡らないと言っただけでトーク画面を開かないとは言っていない」

 うっわ屁理屈。

「やっぱ返して!」
「遡らねぇっつったろ。大人しくしてろ」

 手を伸ばしたら届かないようにリアス様も手を伸ばして、上にある電話のアイコンを押した。
 そのまま無料通話って押して、電話をかける。
 基本的にずっと一緒にいるから聞くことのない電子音が鳴り始めた。その間にリアス様は手を下ろして、スピーカーに切り替えて、待つ。

「…電話?」
「手っ取り早い確認だろう」
「トーク見られると思った…」
「よほど見られたくない会話でもしてるのかお前らは…」

 とても。

「そもそもお前はスタンプが多いから遡る気にもならん」
「10個くらいじゃん…」
「連打されると面倒くさい」

 今はそれにすごい感謝した。
 話してたら、何コール目かでプチって音が鳴る。その直後に聞こえたのは、ちょっとざわざわした周りの音。

《もしもしー?》

「あ…むぐっ」

 と、カリナのすごい上機嫌な声。思わず返事をしようとしたら、リアス様に口をふさがれた。

《クリスー?》

「俺だ」

 あ、向こうでがっしゃーんって音聞こえた。

「…すごい音したよ」
「すごい音がしたな」

 リアス様に手離してもらって、向こうから聞こえ始めた会話に耳を傾けた。

《なにしてんのカリナ…》
《いえ、ちょっと》
《スマホ落としてんじゃん…。て、あれ? クリス?》
《クリスに見せかけた悪魔でしたわ》
《待ってどういうこと》

 カリナ、言いたいことはすごいわかる。ガタガタって音が鳴って、聞こえたのは双子の兄の声。

《もしもし? リアス?》
「その悪魔で俺だと思うのが心外なんだが?」
《カリナが言うならリアスかなって。どしたの。つかこれクリスの携帯じゃない?》
「ああ。勝手に連絡先を交換していたらしいから本人確認の電話だ。カリナに代われ」
《だってさカリナ》
《ううー…もしもし…》

 わぁすっごい死にそうな声してる。

「カリナか」
《そうですわ…》
「何故俺が電話したかわかっているみたいだな」
《そうですね、とりあえず謝りますわ全力で》

 なんか珍しく誠意が伝わってくる気がする。

 なんて思ってたら、魔力を感じた。それはリアス様も同じみたいで、リビングのテレビの方に目を向けた。

「…あ」
「やっほー」
「《色々面倒なので来ましたわ》」

 そこには、ちょっと死にそうな顔のカリナと、苦笑いのレグナ。え、来ちゃったの。

「さすがに来るとは思わなかったな」
「どうせあなたのことですから電話だけでは不安でしょうと。兄妹水入らずの日なのに来ましたわ」
「ずいぶん上からだな」
「本当に申し訳ありませんでした」

 言いながらカリナはこっちに来て、スマホの画面を見せる。わたしの名前と、アイコン。
 それを見たリアス様は満足したのか、息をついて通話を切った。

「いきなりびっくりだったよ、カリナが飲み物とスマホ落とすから」
「あのがしゃーんってそれだったの…」
「危うくスマホが水没するところでした」
「よかったな無事で」
「あなたがいきなり電話するからでしょう。クリスだと思ったあの喜びを返してください」
「お前らが隠れて連絡しているからこうなったんだろう」

 それはもう認める。

「何で言わなかったんだ。クリスティアは俺にだめだと言われるからだと言っていたが?」
「今回ばかりはあなたをうまく丸め込める理由が思いつきませんでしたので」
「お前今すぐクリスティアのラインから消してやろうか」
「お断りしますわ」

 わたしからもやめて。

 さっきまでの死にそうな顔はもう開き直った顔になってるカリナ。それにリアス様はため息を吐いた。

「別に直接話せばいいだろう…」
「直接話せない内容だからラインを使ったんですよ」
「カリナとクリスはそんなに人に言えないような話をしてるの?」

 自信持ってNOって言えない。
 カリナは一度息をついて。

「まぁ後々言おうと思っていたとは言えど、数ヶ月何も言わずに連絡を取っていたことは謝りますわ。お誘いした私に非があります」
「わたしも、内緒にしてたから…謝る…」
「そして謝ったところで改めて許可をいただきたいのですが?」
「カリナからは反省が微塵も感じられないんだが」
「あっさりしすぎでしょ」
「最近開き直ることを覚えましたので」
「申し訳なさを出せ」
「今更でしょう?」

 なんて笑って、お答えは? って首を傾げる。それにリアス様はまたため息をついて、頷いた。

「クリスティアも女同士でしか話せないことがあると言っていたしな。そこは認める。それにすでに交換したあとだ。好きにしろ」
「わーい…」
「ありがとうございます、さすがはリアス様ですわ」
「おだてるときにだけ”様”を付けるのをやめろ」
「こういうとき以外に敬意を払う場面がないので」
「お前本当にクリスティアのラインから消すぞ?」

 カリナもう余計なこと言わないで。

「問題解決したみたいだしそろそろ帰っていい? 俺スマホ置いて来ちゃったんだよね」

 とりあえずこれからも色んな話出来そうだから安心したら、レグナが言った。それに頷く。

「ごめんねレグナ…おさわがせした…」
「あ、うんいつもだから大丈夫」

 それはそれでまじでごめん。

「リアス、今度俺とクリスもライン交換していい?」
「カリナに許可出したしな。好きにしろ」
「おっけー。んじゃ俺帰るわ。イベント中だし。すごい使えるキャラ持ってるフレンドさんがいる間にもう少し周りたい」
「頑張って…」
「わたしも帰りますわ。ご快諾ありがとうございましたわリアス」
「快諾ではないがどういたしまして」
「またね…」
「はいな」

 それだけ言って、2人はまたテレポートして帰ってく。なんかめっちゃごめん。

「早めに言っておけば良かった…」
「初めから女同士で話したいと言えば良かったんだ」

 2人が帰ったあと、静かな部屋。リアス様にもたれ掛かって、もふもふなスマホカバーのしっぽを弄ぶ。
 相変わらずふわふわで気持ちいいしっぽを触りながら、ふと思い至ったこと。

「今日、気づいたの…?」
「ラインのことか」
「ん…」

 聞いてみたら、リアス様もカバーのしっぽを触って。

「5月の後半くらいからか、始まったのは」

 わたしの手が止まった。

「ん…?」
「もう少し早かったのかもしれないが、その頃から妙に自分のスマホを触りだしたな」

 なんて?

「席を外したとたんに俺のではないスマホをいじりだして、目を凝らしてみてみれば見慣れた画面。上にはカリナと書いてあってな」

 待って。

「いつ言うのかと思って一応待ってはいたが、どちらも何も言わないから、今日行動に出ただけだ」

 ちょっと待って。
 言われたことを、もっかい頭の中で反復して、ゆっくり振り返った。
 もう怒りのない紅い目と合って、いつもなら嬉しいけれど、とりあえず。

「最初から、気づいてた、ってこと…?」

 なんて聞いてみれば、きれいに笑って。

「俺がお前のことで気づかないことがあるとでも?」

 いつもならかっこいいなんて思うそのほほえみは、今日だけは恐怖しかなかった。

『あなたの視力はおいくつですか』/クリスティア