私だって、あなたがいて、幸せ

2019-07-08

 7月最終日。明日から兄と一緒にフランスの実家に帰るため、必要な物を買いに行った帰りのこと。

「まぁ」

 愛原家へと送ってもらう途中に張り出されている紙を見て、足を止めました。

「どしたのカリナ」

 突然止まった私に、レグナも足を止める。彼に笑顔で振り返って、その紙を指さした。

「夏祭り、ですって」

「人多いね」
「さすがですわねぇ」

 本日が夏祭りだと知ったその夜。1週間弱は日本にいないので7月最後の思い出作りと行きますか、と兄と2人で西地区の商店街で行われている夏祭りへやってきました。7時過ぎた頃に兄と現地へ集合し、その人の多さに舌を巻く。しかもビーストもヒューマンも混在。たしか紙の下に書かれていた”主催”の部分にはエシュト学園の名前があったんですよね。うちの学園の”すべての生物がみな仲良く”、という方針で規制線も本日は緩和されているそうです。

「争いとか何もなければいいんですけれどね」
「大丈夫じゃない? エシュト主催なら先生とか協力者の生徒がいるでしょ」

 ですかね、と返しながらとりあえず足を進めていく。

「それにしてもカリナ、浴衣着てこなかったんだ?」
「あら、それはレグナだって同じでしょう?」

 さてどれから行きましょうかなんてたくさんの出店を見ながら話す。言われたとおり私は私服。レグナも私服。浴衣でもよかったんですけどね。

「動きづらいしあれおなか苦しいじゃないですか。あんまり食べれないでしょう?」
「カリナはどんだけ食べる気なのさ…」
「普段よりも食べれない、という意味ですよ。別にお祭りだからっていつも以上に食べる気はありませんわ」

 ぐっと帯で締められるからすぐおなか苦しくなっちゃうんですよね浴衣って。

「それに何か争いがあったときとかにすぐ動けるようにしたいじゃないですか」
「だから俺たちより主催側が先に動いてくれるから大丈夫だって」

 なんて笑いながら話して。ほとんど動けそうにもない人混みで、一応はぐれぬようにと兄の服の裾を持ちつつ進んでいく。

「あ、あれ食べたいです」
「どれ?」
「りんご飴!」
「早速デザート!?」

 ちらっと見えたりんご飴の旗を見て、兄を引っ張る。少し並んでいるそこの最後尾に並びました。

「お祭りの定番ってりんご飴でしょう?」
「うん、そうなんだけどね? さすがにお兄ちゃん一番始めに来るとは思わなかったよ」
「クリスティアならすぐ綿飴に走るでしょうよ」
「主食なんて食べないで全部甘味、とかね。リアスがずっと引いた顔してそう」

 本日はいない幼なじみを思って、笑う。順番が来たので兄の分とあわせて2つ購入し、兄が支払ってくれている間に私が受け取った。

「結局食べるんじゃないですか」
「そりゃ俺だってりんご飴好きだもん」

 人混みの中で食べ歩きは危険かと、少し離れたところへ移動し、ちょうど良い高さの岩に腰掛けます。一度離れてみるとものすごい人ですわね。なんて思いながらりんご飴をかじる。あ、おいしい。

「りんご飴とか久しぶりに食べるかも」
「今回はエシュトに来るために日本来ましたもんねぇ。向こうじゃこういうもの売っていませんし」

 前回は日本にすらいなかったから数十年ぶりになるんですかね? うわぁ年齢とか考えたくない。

「外人だからかもしれないけど、日本のっておいしいよね」
「駄菓子とか最高ですよね」
「わかる、あの餅みたいなさぁ」
「あれ爪楊枝で何個も刺して一気に食べるのめちゃくちゃ良くないですか?」
「最高」

 りんご飴をかじりつつする他愛ない話が心地良い。そういえばこうやって2人でこういうお祭りとか行くのも久しぶりかもしれませんね。こっちに来てからはいつも4人ですし。

「久しぶりの兄妹水入らずですかね」
「あー確かに? 小学校ぐらいは向こうでもクリス達と逢ってたけども」
「中学以来ですか?」
「そう考えると別に久しぶりでもないのか」
「お祭りが久しぶりですもんねぇ」
「そうかもねぇ」

 ぼんやりと人混みを眺めて、あと少しのりんご飴を落とさないように食べていく。さて次は何にしましょうかね。クリス達に何かおみやげになるようなものでも探しに行きましょうか。…ん?

「ねぇレグナ?」
「ん?」
「あれ」

 ふと人混みの中に、見知った顔を見つけて思わず指をさしてまう。レグナもそれを追って。

「あ」

 いるとは思ったけれどまさか見つけるとは思わなかったオレンジメッシュの方。その人も、視線に気付いたのかたまたま誰かを捜していたときにこちらを見たのかわかりませんが、目が合って。”あ”、と言いたげな顔をして、人混みを抜けてやってきました。

「やっほー双子ちゃんたち」
「陽真先輩もいらっしゃったんですか?」
「うん、暇だったからな」

 白のフードがついたタンクトップを着た陽真先輩。普段は制服なので新鮮ですね。でもそっちより。

「ねぇ陽真先輩、武煉先輩は?」

 同じく気になったレグナが聞いてくれる。そう、いつも一緒の武煉先輩がいない。2人で来てたらよかったのに。さすがに言いませんけど。しかしその名前を出した瞬間に陽真先輩はものすごく嫌な顔をしました。

「いるぜ」

 何故そんなに嫌な顔をしているのかは聞いていいのかしら。

「でも今一緒にいないってことは、今日はお2人は別行動です?」
「いや? 元々一緒だったけど逃げてきただけ」

 ものすごく含みのある言い方に一度レグナと顔を合わせて首を傾げる。腐的に考えると武煉先輩のおいたが過ぎるので逃げてきた、みたいな感じが定番ですががさすがに現実ではなさそうだし。しかも陽真先輩はものすごく嫌というか面倒というか、そんな顔をしているので仮に彼らがそうであったとしても何か違う様子。

「何で逃げてきたの?」
「あー、いや」
「おや」
「あ」
「あら」
「げっ」

 陽真先輩が言いよどんだところで、聞き慣れた声が。そちらに目を向けると、彼といつも一緒にいる武煉先輩。

 そしてその彼の腕に絡まった、年上っぽい女性がいらっしゃいました。

「奇遇ですね華凜。蓮も」
「そうですわね」

 恋人いたんですかとちょっと呆気にとられながらも返せば、にこりと微笑んで彼は陽真先輩へと目を移す。

「ひどいじゃないか陽真、置いてくなんて」
「いつものことだろ」
「ふふ、そうだね」

 彼女さんと陽真先輩の仲は良好ではないのかしら。それとも武煉先輩が自分を一番にしてくれないことへの嫉妬? 弟気質な方だからありえそうだけども。なんて考察をしていると、再び武煉先輩がこちらを向く。

「それにしても君たちに逢えるとは思っていなかったです。夏休み中にどこかで遊べたらいいなとは思っていましたが」
「あら、光栄ですわね」
「ここで逢えたのも何かの縁ですし、よかったらここから一緒に行動するのはどうかな」

 ……はい?

 え? 今この人一緒に行動しませんかって言いましたよね。その傍らの女性は? え、彼女もご一緒? 別にいいですけどものすごく私たち邪魔じゃないですか? うちの幼なじみカップルでさぁ4人で行きましょうはいつものことだからいいんですよ。さすがに先輩が彼女を連れている状態でそう言われて「そうですね行きましょう」なんて言うほど空気の読めない私たちではない。

「あ、いえ、さすがに…ねぇ蓮?」
「う、うん、さすがに」

 断ろうと言葉を出してみるものの、ちょっと頭が追いつかなくて2人そろってどもってしまう。そんな時、ずっと黙っていた恋人さん(仮)が口を開きました。

「ねーぇ武煉」
「はい?」

 よし、そのまま「二人っきりがいいわ」とかなんとか言ってください。

 なんて思いは儚く。

「新しいお気に入りの子? その子」

 まさかの予想外なお言葉いただきました。
 なんて言いました? お気に入り?

 さらに思考が追いつかないところで、武煉先輩が笑う。

「いや、この子は違いますよ、後輩です」
「あらそうなの。てっきりまた新しい子見つけたのかと思っちゃったぁ」

 ”また”? またってなんですか。

「ま、いいわ。今日はもうこの子達と遊ぶんでしょ?」
「そうしようかなと思っているよ」
「じゃああたし帰るわ」

 え、帰っちゃうんですか?

「今日はお相手来てるんですっけ?」
「んーん、武煉が遊んでくれないから今からダーリン呼ぶわよ」

 待って。

「また連絡するわ武煉」
「いつでもどうぞ」

 待って思考が追いついていない。双子そろって止まっている間にも話は進み、その女性は帰って行ってしまう。え。どういうこと?
 陽真先輩を見てみたら、ものすごく辟易した、まるでごみを見るような目。もしかして?

「では行きましょうか」
「待ってください」
「武煉先輩待ってほんとに待って」

 何事もなかったかのように歩き出そうとする武煉先輩を急いで止める。なんでしょうと不思議そうな顔に、とりあえず。

「えっと、彼女は恋人さんでは…?」
「いえ、違いますよ?」

 そんな当たり前みたいな顔で。

「でも腕組んでたよね…?」
「そうだね」
「ず、ずいぶん仲の良いお友達で…」
「友達でもないですよ、彼女は。あぁ、ある意味友達ではあるのかな?」

 おっと? 段々一つの答えにたどり着きそうなところで、陽真先輩が。

「女遊びしてんだよコイツ」

 お答えいただきました。
 まじですか。え? ということは? さっきダーリンとも言っていたから彼女は武煉先輩と浮気していて? 遊ぶということは…?

「もしかして彼女はせ…」
「待ってカリナさん、お兄ちゃんお前の口からそういう言葉聞きたくないな!?」

 思わず言おうとした言葉は兄によって止められる。でもそういうお友達ということですよね? 嘘でしょう?

「大変失礼ですが女性のお遊びは陽真先輩がやってそうなタイプかと思ってましたわ…」
「見た目的にもね」
「よく言われるけどオレぜってーしねぇから」
「陽真は本当に一途だからね」

 そう言えば心に決めた方がいたんでしたっけ。踏み込んではいけなさそうなので聞くことはしませんでしたけど。

「コイツの女癖の悪さほんっと嫌い。ちょっと気が強そうな女とっかえひっかえして泣かせて縋らせる変態め」

 新たな変態さんのご登場ですか。うちの周り変態しかいない。しかもリアスと似たタイプかもしれない。

「ちょっと武煉先輩の見方が変わりましたわ…」
「俺も…」
「おや、引きました?」

 笑っているけれどほんの少し寂しげな目をして言う武煉先輩。ああ、世の女性はこういうところに惹かれるのね。別に私は惹かれないけれど。

「他人の趣味や嗜好にどうこう言うつもりませんわ。ただ」
「ちょっと警戒はするかもね」

 あ、うちのお兄さまがちょっと殺気出してる。

「ふふ、怖いですね蓮。大丈夫だよ、大事な後輩ですから」

 その大事な後輩に体育祭のとき髪の毛触りながら意味ありげなこと言ったじゃないですか。もしかして女癖が悪いからああいう行動したのかしら。さすがに今それを言うと武煉先輩の首が飛びかねないので言いませんけど。

「先輩、変なことしたらわかってるよね?」
「当然ですよ。何かする前には兄上の許可をとりますから」
「絶対許可しないから」

 ああレグナが、レグナが珍しく殺気全開にしている。

「と、とりあえず! おなかも空いたので行きませんか?」

 このままではいけないと明るく言えば、レグナは不服そうに、武煉先輩は楽しげにうなずいた。

「陽真先輩も行きましょう?」
「はいはい」

 声をかければ、こちらも呆れ気味に了承してくださいました。
 再び人混みの中に入り、今度は4人で歩き出す。

「そいやさぁ」

 それからお好み焼きだったり焼きそばだったりを奢ってもらい、また人混みから離れたところで食事にありついたところで。陽真先輩がお好み焼きを頬張りながら聞いてきました。

「どうしました?」
「今日はあのカップル来てねぇの?」
「あ、俺もそれ気になりました。いつも君たちは4人一緒だよね」

 兄とお好み焼きを分けつつ。

「さすがに私、あの男の地雷を踏み抜くことはしませんわ」

 そう返せば、当然のごとく彼らは首を傾げる。私がお好み焼きを頬張ったので、補足をするのは兄。

「人混み嫌いなんだよリアス。ちょっとならまぁなんとか、って感じだけど、こういう身動きとりづらいとこは絶対来ないよ」
「アイツほんとに自分本位な」
「あら、これに関してはクリスも同じですわ。絶対来ませんよ」
「それは龍が言いつけているからでは?」

 聞かれて、さてこれは言ってもいいものかと兄と目を合わせる。んー、とレグナはちょっと考えて。

「下手に地雷踏ませるよりはいいんじゃない?」

 その言葉にうなずいて。

「昔、クリスティアがこういう身動きのとれない人混みで刺されたんですよ」

 言った瞬間に、空気が凍った気がした。気にせず、兄と交互に話し始める。

「偶々買い物出た日が妙に人込んでてね」
「通り魔が出たそうなんです。それに巻き込まれたそうで」
「腹部辺りだから命にも別状なかったんだけど」
「それ以来、こういった場所には来なくなりましたわ。リアスはクリスティアを傷つけないように」
「クリスはリアスに心配させないように、てね」

 何回くらい前でしたっけ。そう近くもなく遠くもない頃のはず。運命の日ではなかったのにそういうことがあって、リアスにとっては滅多なことでは外に出させなくなった最終原因。クリスティアもそのことはきちんとわかっているから動けないほどの人混みが予想される場所には行こうとは絶対に言わないし、私たちも誘うことは絶対にしない。

「だから今日は誘ってすらいませんよ」
「帰りになんかお土産とかくらいは持って帰ろうと思ってるけど」

 私たちにとっては当たり前のことなので普通のテンションで彼らに向き直り言うけれど、衝撃事実にお2人は何を言っていいかわからない様子。無理もないですよね。訳ありとは言っていたけれどまさかここまでとは思わないでしょうし。

「とりあえず、もし今後遊びに誘ってくださるようなことがあればそういう場所は避けてくださいな」
「陽真先輩は誘っても断るんじゃない?」
「まぁそうでしょうけどね」
「えっと、これは聞いてもよかったものだったのかな?」

 笑っていたら、武煉先輩が気まずそうに聞いてきます。それに微笑んで。

「大丈夫ですわ。むしろ知らずに機嫌を損なわせるよりいいと思いましたので」
「ならいいんですが」
「陽真先輩も深く気にしなくていいよ?」
「え? あ、あーうん」

 レグナが気を使って陽真先輩にそう言うと、彼は思い詰めるような顔でうなずきました。「気をつけるわー」みたいに軽く言うのを予想していたのでちょっと意外です。

「ま、とりあえずアイツを遊びに誘うときは場所を気をつけろってことね」

 ただそれはほんの一瞬で、すぐにいつもの明るい顔に戻りました。なんだったんでしょうね。まぁ深く追求するのは良くないでしょうと判断して。

「そういうことですわ。あれだったら彼の家に押し掛ければ一番いいですよ」
「マジか」
「確か一緒に住んでるんでしたっけ、彼らは」
「仲良く暮らしてるよ」
「親公認ってのもすげぇなぁ。高校生で同居までさせるとか」

 いやまぁ半ば無理矢理奪い取ったんですけどね?

「その内行ってみたいですね、彼らの家」
「あら、ご招待しましょうか?」
「カリナ、俺がリアスにどやされるからやめて」

 なんて笑って。ちょうど全員食べ終わったのでまた歩き出しますかと人混みに戻っていった。

「あれ良くないですか?」
「どれですか華凜」
「あの子ですあの子!」
「あのでっけぇ狐みたいなヤツ?」
「難易度高くない? カリナさん」

 だいぶおなかも満たされたという事で、遊べる物を中心に見ていくことしばらく。輪投げコーナーで大きなしっぽが特徴的なきつねのぬいぐるみを発見し、立ち止まる。あれは確かクリスティアが好きなブランド、”ルナノワール”のルーナくん。

「クリスが好きな子ですわ!」
「華凜ちゃんあれ特賞だってさ。全部埋めないともらえねぇよ」
「いけますよきっと!」

 遠くから見てもわかるもふもふ具合。すべてクリスティア好み。こういう屋台に出ているということはだいぶ古い状態かもしれませんが、最悪洗濯をすればいい。

「お姉さま、一回お願いしますわ!」
「まじかカリナ」
「はいはーい、あなたはこっからね!」

 屋台の少し年上のお姉さまにお金を渡し、輪投げの輪を受け取って女性用の線の上に立つ。輪を掛ける棒は9本。もらえる輪は12。ミステイクは3回まで。正直こういうのは得意ではないですがクリスのため。

 第1投。

「えいっ」

 ふっと投げた輪は、あまり飛ばず。一番手前に引っかかりそうではあったけれどぶつかって落ちてしまう。

「それっ」

 第2投。狙いは外れ、台の右側にそれていく。

「はっ」

 第3投。勢いよく投げすぎて台を通り過ぎる。

 しまったもうミスが出来ない。

「…華凜ちゃん、輪投げ下手だね?」
「君たちにも苦手な物があるんだね」
「もう少し慎重にやりなよカリナ」
「うるさいですよ外野!」

 わかってますよ苦手ですよ。弓矢なら多少心得はありますが撃ち抜くものと引っかけるものでは勝手が全然違う。今だけあの男のチート能力が欲しい。
 しかしいない人間を羨んでも仕方がない。負けじと投げて行く。

 けれど。

「残念~君にはお菓子セットをプレゼント!」

 結局入ったのは一つだけ。駄菓子が入ったお菓子セットをいただきました。

「残念でしたね華凜」
「うう…。クリスが喜びそうなのに…」
「オレ狙い定める系は苦手だからなぁ」
「俺もあまり得意ではないですね。あまりこういうのもやったことありませんし」
「…レグナ…」

 せっかく彼女が好きな物を見つけたのならプレゼントしてあげたい。諦めきれずにレグナを見る。レグナはうっと詰まった後、んーと悩んで。

「とりあえず、やってみるだけだからね?」
「愛してますわレグナ!」

 了承してくれた兄に抱きつく。はいはいと背を叩かれ体を離せば、今度はレグナがお姉さまにお金を払って輪投げをもらう。

「蓮クンはこういうの得意なの?」
「んーリアスほどじゃないけど少しは? 的当てほど得意じゃないけど」

 じっくり見て、レグナは第1投を投げる。輪はきれいな放物線を描いて、一番手前の右側にきれいに入った。

「おーすげー」
「華凜とは大違いですね蓮」
「ちょっと一言多いですわよ武煉先輩」

 リアス相手なら足を踏むところですがさすがにそれはせず。またじっくり見て輪を投げていくレグナに集中する。

「ほっ」

 次々と狙いを定めて輪を入れていくレグナ。うん、武煉先輩の言ったとおり私とは大違いですわ。
 そして残り2投。9個の棒の内、8個が埋まっています。

「よっと」

 投げた1投目はかすりはしたものの入るまでは至らず。残り1投になって武煉先輩も陽真先輩も厳しいかという目をしたけれど、当のレグナは笑った。

「うん、おっけー。カリナ」
「はいな」
「あとでかき氷おごりね」
「わかりましたわ」

 感覚を掴んだらしい兄が、私にそう言う。快く了承すれば、その雰囲気はちょっと本気。別にかき氷をものすごく食べたいわけではないんでしょうけど、まぁ賭があれば人間強くなるタイプもいるもので。普段はフラグ回収者だけれど本番には強い兄に、頑張れと念を送って。彼が投げた輪投げの行き先を見守る。

 きれいな放物線を描き、ぶつかることもなく入った先は、残っていた一本の棒。

 一瞬時間が止まったようにしんとする。そしてそれは、得意げに振り返った兄によって破られた。

「どうだ!」
「すげー蓮クン、マジで全部入れたのかよ」
「よく入ったね」
「久々にすげぇ真剣になったわ」
「さすがですわレグナ!」

 願いを叶えてくれたレグナに抱きつく。また背を叩いてくれる兄にすり寄るようにして、さらにぎゅっと抱きついた。

「おめでとうございますー! 特賞ですね。この中から一つ選んでください!」

 めでたく特賞を勝ち取ったレグナに、お姉さまがそう言って特賞の棚を指さす。レグナは迷わずルーナくんを取りあげた。

「これでお願いします」
「はいはーい、あと全部入れた副賞でこっちからも何か選べるから好きなの選んでってね!」

 袋に入れてもらったルーナくんを受け取ったと同時に、お姉さまはまた別の箱を出す。たくさんのおもちゃや本、アクセサリーなどが混在してますね。

「たくさんありますのね」
「なんか欲しいのある? カリナ」
「さすがに副賞はあなたが決めたらどうです? 私はこの子を取ってもらったので」

 私はもう望むものはないと主張するようにルーナくんを抱きしめた。レグナはんーと悩んで、箱から一つ、取り出す。

「んじゃ、はい」
「はい?」

 差し出されて思わず手を出し受け取る。手に乗ったのは、赤いゼラニウムの花のストラップ。珍しいストラップですねと思いつつ、何故私に差し出すのかと首を傾げた。それを見抜いた兄は笑って。

「大事な親友のために頑張った妹にご褒美、てね」

 呆気にとられている私の頭を撫でてから、歩き出す。その背を呆然と見つめた。

「随分かっこいいことするんですね、君の兄は」
「え、ええまぁ…」

 隣でそう言う武煉先輩と同じことを思ったらしい陽真先輩がレグナを茶化すように肩を組んだのを眺めつつ、言葉を返す。
 再びストラップを見てから、箱の中に入っているものをちらっと見た。

 そこには、先ほどの本やおもちゃもあるけれど、それよりも目立つのはたくさんの花のストラップ。バラもあれば、水仙もある。同じ花でも色が違うのもいくつか。その中から何故、赤いゼラニウムを選んだのか。

 ああ、もしかして。

 体育祭の時の言葉を思い出し、笑いがこみ上げる。

「華凜? どうかしたんですか?」
「ふふ、いいえ」

 大事に握りしめて、武煉先輩に行きましょうか、と声を掛け前を追うように歩き出す。武煉先輩は不思議そうにしているけれど、気にしない。

「あ、おかえり」
「ただいまですわ」

 武煉先輩と前に追いついて、レグナの隣に並ぶ。

「だいぶ良い時間になってきたなー」
「そうだね。お祭りは9時まででしたっけ?」
「そうですわね」

 時計を見れば8時過ぎ。さて、とレグナをのぞき込む。

「レグナ」
「ん?」

 一瞬、言い掛けた言葉は飲み込んで。

「クリスティアに、綿飴買って帰りましょうか」

 そう、言えば。

「そだね、そうしよっか」

 彼も笑ってくれる。それに笑って、歩みを進める。

「綿飴買うのか? オレ入り口とかで見た覚えあるわ」
「ではそちらに向かいますわ」
「ならそれを買ったら俺たちも帰りましょうか」
「武煉先輩、もう女の人たちはいいの?」
「おや、掘り返すのはなしだよ蓮」

 他愛ない話をしながら、さりげなく、兄の裾を掴んだ。離れないようにではなく、ちょっとだけ、思いを伝えるように、引っ張る。

「どしたのカリナ」

 気づいたレグナがほほえんでこちらを向く。先ほど飲み込んだ言葉を口にするか一瞬迷ったけれど。

 きっと、それを言ったら「なんのこと?」なんてはぐらかすと思うから。

「…いいえ、なんでも」

 やはり言葉は飲み込んで、首を振った。

「そ」

 それでも言いたいことはわかっているのか、レグナは追求なんてせず、また前を向いた。そんな彼が愛おしくて。

 もらったゼラニウムのストラップを、強く握りしめた。

 ねぇ、レグナ。

『私だって、あなたがいて、幸せ』/カリナ