世界でたった1人、わたしを1番愛してくれる人

 いやなことがあった日には、いやな夢を見る。

 目の前には、色んな女の人たち。
 囲まれてる、ちょっとめんどくさそうなリアス様。

 近づけば、リアス様はいつもみたいに微笑んでくれて、「どうした」って頭を撫でてくれる。
 群がる女の人たちから離れようとすれば、いやな声。

「ねぇ、どうしてその子ばかりなの?」
「笑わない子」
「自分のものだって主張して」

 蔑んだ、目。それから逃げるように、リアス様に抱きつく。強く。

「私たちだって彼のこと愛してるのに」

 うそ。

「私の方が好きなのよ? 譲りなさいよ」

 うそつき。

 わたしが一番、愛してるのに。

「っ…」

 言おうとした言葉は、のどにつっかえて出てこない。

「リアス様…」

 いつもみたいに、縋るようにリアス様を見る。言えない言葉。でも、あなただけはわかってくれた言葉。

 なのに。

「俺は、お前が本当に愛してくれているかわからない」

 どうして、そんなこと言うの。いつも、わかってくれていたのに。

 言えないから? 恋人らしいことできないから?

「ほら、言えないからそうなのよ」
「一度だって言ったことないくせに」
「わかってくれてるなんて自惚れよ」

 やめて。

「かわいそうな人」

 やめて。

「恋人に一度も言ってもらえないなんて」

 ごめんなさい。

「そんな子より、私たちの方がいいじゃない」

 だめ。

「行きましょう?」

 行かないで。

「リアス様…」
「…そうだな」

 歩き出すリアス様に、手を伸ばす。
 いつもみたいに、さしのべてくれない。見えるのは、背中だけ。

 どうして。
 ねぇ、リアス様。

 何も言えないわたしは。愛されてはいけませんか。

「っ!!」

 思い切り、起き上がる。
 見慣れた部屋、いつもの布団。

 それを見て、さっきのが夢だったって知る。

「…」

 気持ち悪い。
 汗がすごい。
 真っ暗。

 リアス様は?

 いつも隣で寝てるリアス様の方を、見る。

 なのに。

「…リアス様…?」

 隣には、いない。

 どうして。

 のどが、ヒュッて鳴った気がした。

 いつもはいるのに。
 ねぇ、どうしていないの。

 リアス様。

「り、あす、さま…」

 息が、うまくできない。
 涙が、いっぱい出てくる。

 ねぇ、どこにいるの。
 ほんとに置いて行っちゃったの?

 ベッドから降りて、ふらふらする足で、部屋を出る。

 真っ暗な、部屋。

 月明かりも、なんもない。
 怖い。
 わたし、独りぼっち?

 苦しい。
 苦しさから逃げたくて、腕に、爪を立てる。

 なのに、苦しさが変わらない。

 胸が苦しい。息が苦しい。頭がぼんやりする。

 訳が分からない。まだ、夢の中?

 悪い夢なら、醒めて。はやく。

 はやく。

「…い……ア」

 怖い。
 やだ。はやく、リアス様のところ。行かせて。

「おい」

 リアス様。

「クリスティア!」
「!!」

 名前を呼ばれて、目を上げる。

 見つけた。リアス様。

「っ…あ…」

 名前を呼びたいのに、どこに行ってたのって聞きたいのに、声が出ない。
 しゃくりあげて、ただ、泣くだけ。それもいつもみたいな泣く感じと違う。苦しい。いたい。

「クリス、声。俺の声、わかるか」

 愛しいその声。苦しさの中で、頷く。そしたら、ぎゅって包まれる感じがした。
 今、抱きしめてくれてる?

「深呼吸。一回息吐け」

 言われるままに、吐いてみる。だけどうまくできない。

「上手く出来なくていいから。次、息吸え」

 吸おうとしたら、またひゅって音が鳴って苦しくなる。そしたら、いきなり手で口をふさがれた。

「ん、ぐっ」
「口使うな。鼻で呼吸しろ」

 わけがわからなくて、浅い呼吸ばっかり繰り返す。

「ゆっくり」
「む、り」
「無理じゃない、俺に合わせろ」

 そう言って、リアス様は息を吐く。それに合わせるように、息を吐く。吸ったら、わたしも吸って、また、吐く。

 だんだん、落ち着いて。

 リアス様の心音も、聞こえ始めた。

「音…」
「ん?」
「リアス様の、音、聞こえる…」
「そうか」

 とく、とくって優しい音。安心して、体の力が抜けてくのを感じた。
 撫でてくれる手に、すり寄る。

「どこ、いってたの…?」

 やっとまともに話せて、リアス様の服を掴んで、聞く。

「うなされていたから。水取りに」

 そう言って、リアス様は冷たいペットボトルとわたしのおでこにくっつける。
 冷たくて、気持ちいい。

「起きてから行けば良かったな。悪い」

 言われる言葉に、首を振る。

「気分は」
「…きもちわるい…」
「吐きそうか」
「なんか、ちがう…」

 ぞわぞわするけど、独特なあの吐きそうな感じじゃない。

 それだけ伝えると、体が浮く。

「眠れそうか?」
「わかんない…」
「そうか」

 しがみついて、身を任せる。
 着いたのは、いつも通りの部屋。

 入るなり、リアス様は電気をつける。

 ベッドに下ろされて、離れようとするリアス様を、抱きしめた。

「やだ…どこ行くの…」
「どこにも行かん」
「うそ」
「俺がこういう時に嘘を付いたことなんてあったか」
「ない、けど…」

 夢で、どっか行っちゃったから。今離しちゃうと、またどっか行っちゃうみたいで、怖い。腕はゆるめずに、強くする。

「とりあえず一旦体制を直させてくれ。このままだと腰が逝く」
「もういいんじゃない逝っても…」
「そうなるとお前を抱き上げられなくて困るな」

 少し笑っていうリアス様に、もう一度。

「どこも行かない…?」
「ああ」

 じゃあ、って腕をゆるめる。
 だけどやっぱり不安になって、そのゆるめた手は、自分の腕に伸びた。

 手が隠れるくらいの長袖に右手を入れて、無意識に、力を入れる。

「おい、手」

 その瞬間に、右手は奪われた。爪に滲んだ血が目に入る。

「痛いだろうが。傷見せろ。さっきもやっていたな」

 痛くなんてないのに。なんて言ったら、前に「お前じゃなくて俺が痛い」って言われた気がする。だから素直に、左手を差し出した。
 それを見て、息を吐いて。リアス様は治癒をかけてくれる。

「…ごめんなさい…」
「何が」

 なにがだろう。言えないこと? こうやって、面倒かけてること?

 わかんない。

「……ごめんなさい…」

 ただ、それしか出なくて。

 また、リアス様は息をつく。治癒が終わって、袖を直して。わたしを抱きしめた。

「どうせまた俺がいなくなる夢でも見たんだろう」

 優しいその声に、頷く。
 思い出して、ちょっとだけ引っ込んだ涙が、また出てくる。

「…ごめん、なさい…」

 言えなくて。

「りあすさま…」

 ごめんなさい。

「俺はちゃんとわかっている。何度言えばわかる?」
「だって、夢…」
「夢の中の俺と現実の俺、お前はどちらを信じるんだ」
「…」

 わたし、は…。

「現実、信じたい…」
「ならそれでいいだろう。目の前の俺を信じろ。少なくとも今、俺はお前の傍にいる」

 心音と、優しい声で満たされて。小さく、頷く。

「…眠れそうか」
「ん…」

 規則正しい音に、ほんの少しずつ、まどろむ。
 でも、もう少しだけ。

「…ねぇ」
「ん?」
「言葉、は、欲しい…?」

 夢の中のリアス様は、わからないって言った。愛されてるかわからないって。夢は現実を写す鏡って聞いたことがある。ねぇ、あなたもほんとは、思ってるの?

「お前から愛の言葉をか」
「そう…」
「別に」

 だけど思ってた疑問は、あっさり否定された。

「言葉が全てじゃない。言葉を聞かないとわからない奴らとは違う。聞けないのなら、違う方法で知ればいい。お前が俺を愛してくれていると、それを知る方法はいくらでもあるだろう。少し不器用な形になるのは申し訳ないがな」

 ゆっくりと髪をなでるのに身を任せながら、その言葉を聞く。

「俺は、お前が傍にいてくれることが一番の答えだと思っているが?」

 ああ、この人はほんとに人のことわかってるんだ。

 何も言えない、恋人らしいことだってできない。
 できるのは、傍にいることだけ。それが、今わたしができる、たった一つの愛情表現。

 それを、わかってくれてる。
 それが、どんなに幸せなことなんだろう。

 甘えてはいけない。いつかは、この臆病な口で、あなたに「愛してる」と伝えたいとは思っているけれど。

 ねぇ、まだ甘えてても良いかな。
 嫌いって言えば「愛してる」って言葉に変換できるあなたの少しおかしな変換機能に。
 傍にいることが、わたしの愛情表現だとわかってくれるあなたに。

 時々、不安になってしまうこともあるけれど。

「…ありがと…」

 いつか来る”あの日”まで。
 また、何度だってやって来る”あの日”まで。
 あなたに傍に、いてほしいから。

「世界でたった1人、わたしを1番愛してくれる人」/クリスティア