むしろ準備の方が大変だった気がする。

 7月も半ばに差し掛かり、笑守人学園に来て初めてのテストがやって来た。

「クリスティア、行くぞ」
「はぁい…」

 朝9時。護衛テストであるパーティーは昼の12時から。生徒の集合は11時。会場に向かうにはまだ早すぎる時間に、クリスティアへと声を掛ける。
 互いにいつもの私服を着て、家を出て。

 広めの庭を越えて道路へと出れば。

「お待ちしておりました、龍様、刹那お嬢様」

 真夏には暑いだろう、真っ黒な執事服に身を包んだカリナの使いがいた。

「よろしく頼む」
「お任せを」

 丁寧に後部座席のドアを開けてくれるその執事にそう言って、先に乗り込んだクリスティアの次に乗る。クリスティアにシートベルトを付けさせて、自分もベルトを少し緩めに付ける。
 それを確認したのか、ゆっくりと車が動き出した。

 朝早くに出かけるのは会場に向かう為ではなく、カリナの家に向かう為だった。服の用意を頼んだ上に迎えも使わせてもらうのは大変悪く思うが、あの女の家に向かうのには徒歩では少し時間が掛かる為、今回は言葉に甘えた。

「お車に弱かったりなどはございませんか?」
「平気だ。悪いな、朝早くに」
「滅相もございません。華凜お嬢様はあまりお世話をさせてくださらないので嬉しい限りでございます」

 あいつ自分のことは出来る限り自分でやるもんな。悪ふざけの時は別として。

「そういえば蓮はどうした。同じ方向だろう」

 景色が変わっていくのを見ながら、いると思っていた親友のことを尋ねる。てっきりドアを開ければいつもの笑顔でいると思ったんだが。

「蓮坊ちゃまは昨日から愛原家にご宿泊なさっております。お二人で本日の服装を仲睦まじく悩んでおられましたよ」
「そうか」

 おそらく俺とクリスティアの服だろうなと予想がついた。

「もうすぐ到着になります、扉の前までお送りいたしますので今しばらくお待ちくださいね」
「ああ」

 徒歩だと少し時間はか掛かるが、車だと早いもので。車通りの少ない道を通った甲斐もあって15分も経たずに愛原邸が見えてきた。小学生くらいの時に何度か行ったことがあるが相変わらずでかいな。

「お待たせいたしました」
「助かった。礼を言う」
「ありがと…」
「とんでもございません、執事として当然のことをしたまでです」

 愛原家のこれまたでかい扉の前まで行けば、執事が先に降りて再びドアを開けてくれる。シートベルトを外して礼を言えば、深々と頭を下げられた。本家でもこういうことをされるが未だに慣れん。

「龍様、刹那お嬢様、ようこそおいでくださいました。お嬢様がお待ちです。こちらへどうぞ」

 執事が車をしまいに去って行ったのを見送れば、今度はメイドに声を掛けられる。カリナにはこのメイドたちの淑やかさを見習って欲しい。そう思いながら、案内されるままに屋敷へと入っていった。

「あら、やっと来ましたの」
「時間通りだが?」
「おっはよー刹那、龍」
「おはよ…」

 カリナの部屋に通されて、すでに支度を終えている双子とまずは言葉を交わす。そして、その双子の奥にいる人物たちへと目を移して。

「お前達もいたのか」
「うん、おはよ、炎上君、氷河さん」
「お邪魔しているわ」
「おはよう」

 本日共にチームを組んでいる道化と閃吏にも挨拶をした。

「美織たちも呼ばれたの…?」
「あたしたちはこういうパーティ用の服がないからね。一番詳しそうだったし、相談したら用意してくれたのよ」
「彼女は私とほぼほぼサイズが一緒ですから。私の服で良ければ、ですけどね」
「あら、とても助かったわ」
「俺も、波風君が用意してくれて助かったよ」
「そりゃよかった」

 こいつらも双子の言葉に甘えてやってきたらしい。先にいるということは恐らく俺達を迎えに来た執事がこいつらを拾ってその後に俺達の家に来たのか。

「お前は本当に人使いが荒いな華凜…」
「パーティーにそのタンクトップ姿で出席しますか?」
「それは遠慮願おうか」

 浮くわ。

「では刹那、用意してあるので着替えましょうか」
「ん…」

 カリナらしいピンクのカジュアルなワンピースと翻し、珍しく巻いた髪を揺らしながら、機嫌良さそうにクリスティアの手を引く。ドアを開ける前に振り返って。

「道化さんも来なさいな」

 薄い紫色のワンピースに身を包んだ道化に声を掛けた。

「あら、いいのかしら」
「良いも何も、ここにいるとその男の着替えを見ることになりますよ」
「まるで不快な物を見せるような言い方をしないでくれないか」
「不快ではないけれどさすがに男性の着替えを見るのは目のやり場に困るわね」

 そう笑って、貴重品だけもってカリナの元へ行く。

「道化」
「なにかしら?」

 カリナとクリスティアが先に部屋を出て、道化がそれを追って出ようとする直前。とりあえずカリナがいるから大丈夫だろうが一応と思って声を掛けておいた。振り返った彼女に、忠告。

「仲良くしてもらうのは結構だが、まだあまり刹那に触るなよ」
「ふふっ、炎上くんは女の子でも警戒するの?」
「違う。あまり他人に触られるのが好きじゃないんだ、あいつが」

 言えば、にっこりと笑って。

「わかった、気をつけるわ」

 そう言って、部屋を出て行った。

「氷河さんってあんまり人に触られたくないの?」

 その姿を見送って、俺も着替えるかと服に手を掛ければ、先に薄い灰色のスーツを着た閃吏に声を掛けられる。そうだな、と返して。

「よほど仲の良い奴でないと手を叩き落とされるぞ」
「あは、怖いねそれは」

 閃吏に背を向けるようにして上を脱ぎ、用意されているいつもよりしっかりとした、黒いワイシャツへと手を伸ばす。

「サイズ大丈夫そう?」

 袖を通して前のボタンを締めて、いつもなら捲る袖をきちんと手首までおろし、そこのボタンも留める。そうすれば、今日は黒いスーツに身を包んだレグナがのぞき込んできた。

「平気だ」
「そ、よかった。龍のはこれね」
「色逆の方が良かったんじゃないか?」

 白いスーツを渡されて、逆の色を着たレグナにそう聞けば。

「華凜が、真っ黒だとヤクザになるからこっちにしましょうねって」

 あの女あとで覚えてろよ。

「黒でも炎上君は似合いそうだけどね」
「だめだよ閃吏、髪型によってはほんとにヤクザになるから」

 今この髪の色を割と恨んでいる。

「髪の毛どうすんの?」
「別にこのままでもいいだろう。しっかりした場ではないんだから」
「あーまぁそっか」
「炎上君たちってこういうパーティーよく行くの?」
「んー、時々?」
「慣れてはいるな」

 拾われる家によっては頻繁にこういうのに出ていたからな。さすがにそこまでは言わないが。とりあえず櫛で髪をとかして、緩く赤いネクタイをすれば、準備は整った。

「これでいいだろう」
「さっすが、かっこいいじゃん龍」
「茶化しても何も出ないからな」
「それは残念だわ」

 全然残念そうに見えないんだが。

「えっと、あとは向こうの女の子待ちだね」
「何もなきゃいいんだけどね」
「おいフラグたてるなバカ」
「えー? さすがに大丈夫でしょ」

 なんて話していれば。

「触んないで!!!」

 隣の部屋から愛しの恋人の怒鳴り声が。

「…蓮」
「うん、まじでごめん」
「あはは、これ、氷河さんの声かな?」

 向かおうとすれば、バタバタと走る音。

「刹那お嬢様!! せめて御髪とお化粧だけでも!!」
「いや!!」
「あまり走られてはお洋服が乱れてしまいます!!」

 ああ、原因はメイドか。

「龍ー!! ちょっといらっしゃい!!」

 次いで、幼なじみのいつもより大きめな声。ため息を吐いて、ドアを開ければ。

 ゴゥッと風が吹くように目の前を水色の頭が通り過ぎた。

 それを思わず見送って、彼女が来たであろう方向へと目を移す。

「ちょっと、捕まえて、くださいな…」
「足、ものすごく、速いのね…」

 そこにはその水色を捕まえようとしたらしい息を切らした女子組がいた。

「…すまん、うちの恋人が」
「こちらこそ…、触らないようにと言いつけたのですが…。世話を出来ると浮かれてしまって…」
「お前もう少し家の奴らに自分の世話をさせてやったらどうだ」
「これを機に考えますわ…」

 いや本当なら俺とクリスティアが世話にならなければ良かった話なんだが。とりあえずお疲れ、と2人に労いの言葉を掛けて。未だにバタバタと走り回る恋人へ。

「刹那! こっちおいで」

 そう一言、呼べば。

 遠のき始めていた足音が、こちらへと近づいてくる。彼女がその勢いのまま抱きつけるようにしゃがむ。

「っと」

 そうすれば、風の如くやってきた恋人は、案の定俺の首へ抱きついてきた。

「…そんな簡単に呼び戻せたのね」
「俺限定だがな」

 真っ白で少しふんわりとしたワンピースに身を包んだ恋人を抱き上げる。乱れた髪を撫でていれば、追いかけ回していたメイド達もやってきた。

「申し訳ありません龍様…」
「せめて御髪をと思ったのですが…」
「いや、こちらこそすまない。お前達は怪我していないか」
「あ、はい、こちらは平気です」
「そうか」
「申し訳ありません…」

 息を切らして頭を下げてくるメイド達にもう一度「こちらこそ」と返して、下がらせる。俺が入れるようドアを開けていてくれたカリナに礼を言って、初めに集まったこいつの部屋へと再び足を踏み入れた。

「えっと、大丈夫? 氷河さん」
「見ての通りご機嫌ナナメだ」
「パーティー前に大丈夫なのかしら」
「龍の手に掛かれば平気なんじゃない?」
「え、そうなの? すごいね炎上君」
「おい勝手にハードルを上げるな」

 とりあえずクリスティアをドレッサーの前に座らせて、彼女の前に片膝をつく。顔を見上げれば、ものすごく不機嫌そうな目と合った。原因はわかっているので今回は「どうした」などと聞かず、刻一刻と迫っているテストへの準備を進める。

「華凜、アイロンあるか」
「暖めてますよ、はい」
「悪い」

 アイロンを受け取り、一度全身を見て、少し上品なワンピースとクリスティアを交互に見る。これなら今日は巻いた方がいいかと、綺麗な水色の髪に手を伸ばした。

「…」

 機嫌は悪そうだが、さっき暴れ回っていたであろうことが嘘のように大人しいクリスティア。俺にとってはそれが当たり前なので事を進めていく。

「ものすごく静かね」
「龍ですからねぇ」
「波風君の言ったとおりだね」
「でしょ?」
「なんかあれだね、王子様みたい」
「顔だけですよ」

 外野が少しうるさい気がするが気にせず、腰まで伸びた髪の毛先だけを巻いていく。一通り巻き終わって、前髪を少し整えて。

「蓮、そこにあるバッグくれ」
「これ?」
「そう」

 カリナのベッドの近くに置いておいたバッグを取ってもらい、一応何かあった時の為にと忍ばせておいたものを取り出した。

「ほら」

 持ってきた物を掌に乗せて、見せてやる。そうすれば、

「紅いの…」

 彼女の顔は、嬉しそうなものに変わった。

「好きだろう?」

 手に乗せたのは、真っ赤なカーネーションの髪留め。パーティーでぐずったとき用のもの。

「龍の色ー…」
「そうだな」

 正確には俺ではなく俺の目の色なんだがなと思いながらも適当に相づちを打って、左耳に髪を掛けて髪留めを付けてやれば機嫌は一気に直る。

「ほら、似合っている」
「本当?」
「ああ」

 頭を撫でてそう答えれば、彼女は鏡を見て嬉しそうに微笑む。それを見て、俺も微笑む。

「刹那ー、ちょっとだけお化粧しましょうか」
「ん」

 その頃を見計らって、今度はカリナがクリスティアの前に行く。入れ替わるようにしてそこから退き、カリナのベッドに腰を下ろした。

「さっきのことといい、随分扱い慣れているのね」
「そりゃあ長いつき合いだからな」

 道化の言葉に、おとなしく化粧され始めたクリスティアを見ながら答える。ぼんやり眺めていれば、今度は閃吏が俺をのぞき込むようにして聞いてきた。

「いつもあの、ああやって何かあげてるの?」
「機嫌を損ねた時か?」
「うん」
「いや? 手っ取り早く機嫌を直したい時か、どうしようもない時だけだ」
「でも、そういうときに何かあげればああやって喜んでくれるのかしら」

 言い方的に次機嫌が悪くなったときにやろうとしているのか。別に構わないが、恐らく無意味だろう。

「言っとくけどあれ通用するの龍だけだからね?」

 それを知っている親友が、代わりに答える。その言葉に、道化と閃吏はそうなのと聞きたげな顔をした。

「龍は特別だから。刹那は子供っぽくて扱いやすいけど、ああいう風に感情任せになったときは龍の言うことしか聞かないし龍じゃないと機嫌も直んないよ」
「自分の言うことだけ聞くようにしているの?」

 そう聞いてくる道化の声がものすごく弾んで聞こえるのは気のせいか? とりあえずそこは置いておいて、頷く。

「俺の時だけ機嫌が直るだとかは副産物のようなものだが、俺の言うことは聞くようにさせている。自由奔放な奴で、好奇心も旺盛だし。それは結構なんだが、そのせいで何かあっては困る」

 突然いなくなるだとか、それで怪我をするだとか。もちろん過去にあったから今こういう風に刷り込んでいる。断じて俺の趣味でやっているわけではない。

「やっぱり炎上君てすごいんだね」
「悪いが何がすごいのか全くわからん」

 ただ単に最低な男だということだけは自分でわかっているが。そう話していれば。

「終わりましたよ」

 化粧が終わったようで、カリナがいつもより少し大人びたクリスティアを連れてくる。あまり化粧が好きではないから控えめだが、それでも印象はいつもと違う。

「変じゃない…?」
「平気だ」

 目線を合わせるように片膝をついて、少し前髪を流してやるように撫でて言えば、安心したように微笑む。本当にかわいいなこいつ。

「龍、あなた髪の毛どうするんです?」

 なんて恋人のかわいさに浸っていれば、先ほどこの双子の兄に言われたことを言われた。

「別に何もしなくても良いだろう、あくまで護衛だ。しっかりしなくてもいいんじゃないか」
「しっかりするしないではなく、せっかく顔も服装も良いんですからそのだらしなく伸びた髪をどうにかしなさいと言ってるんですよ」
「お前突然辛辣だな」

 クリスティアの化粧をしていたときのでれでれした雰囲気はどこにやった。

「別にだらしなくはないだろう…」
「服装に合ってないと言っているんです」
「最初からそう言え」
「ほらこっち向きなさいな」
「聞け」

 俺の言葉なんて意に介さず、クリスティアの隣に立って俺の髪を触ろうとする。その逆の手にはどっからか持ってきたワックス。

「おいワックス使う気か」
「じゃないと落ちてくるでしょう?」
「洗うのが面倒だ。やめろ。髪もいじらなくて良い」
「私のプライド的にそのだらしない髪をどうにかしたいんですよ」
「だったらまずはこの無駄に成長した胸をどうにかしろ」
「ちょっと無駄にとか言わないでもらえます?」
「お前が屈むと目と顔のやり場に困るんだ気付け」

 近づかれるとぶつかるわ。

「…案外炎上君て男の子らしい会話するんだね?」
「やっぱ閃吏もそう思う?」
「あたしも思うわ。ものすごく硬派でそういう話しなさそうだもの」
「結構あいつからふっかけてくるよ」
「意外ね」
「おい蓮余計なこと言うな!」
「ちょっと動かないでください龍、ピン留め刺さりますよ」
「だから髪の毛はいいと…あっぶねぇな!」

 余計なことを口走ろうとするレグナの方を見て咎めれば、カリナがなおも髪をやろうとする。今度はピン留めかと振り返れば、目先にそのピンがいて。反射的にのけぞった。

「お前は目に刺す気か!」
「あなたが動くからでしょうに」
「あのまま止まっていた方が安全だったと思うのは俺だけか!?」

 振り向いた方が危険だと誰が思うか。

 そんな攻防を続けていれば、部屋にノックの音と共に扉が開いて、メイドが顔を出す。

「お嬢様方、そろそろお時間でございます」
「あら、わかりましたわ。向かいます」
「かしこまりました」

 カリナが言えば、一礼して去って行った。時計を見ると10時半。今から車で行けばちょうどいいか少し早いくらいか。

「では龍の髪を整え次第行きましょうか」
「諦めてくれないか」
「刹那がどうしてもかっこいい龍を見たいそうですよ」
「みたーい…」
「おいめちゃくちゃ棒読みなんだが」

 言わされている感が半端ねぇよ。

「ほら、あなたのせいで遅れるかもしれないんですよ」
「お前が引き下がらないせいではないんだな?」
「きちんとした場できちんとさせようとしている私に今回は非はないはずです」

 地味に正論だからものすごくムカつく。

「…とりあえずワックスはやめてくれ」
「ではヘアピンで行きましょうね。動かないでくださいよ、刺しますから」
「ピン留めは普通刺さらないんだがな?」

 どんな勢いでやる気だこの女は。

「刹那、夕方また帰ってくるから貴重品だけ持ってな」
「ん…」
「閃吏たちも不要なもの置いてっていいよ」
「あら、じゃあお言葉に甘えようかしら」
「えっと、携帯だけ持てば大丈夫かな?」
「食事は向こうで用意されてるし、いいんじゃない?」

 抵抗するのを諦めて、カリナにされるがままに髪をいじらせる。その間に、向こうの4人は支度を始めた。

「龍ー、刹那スマホ持たせる?」
「一応持たせておけ」

 突然いなくなったとき用に。

「龍は携帯以外はなんか持つ?」
「特に必要はないよな?」

 顔は動かさぬまま、髪をいじる妹の方に聞く。

「大丈夫なんじゃないですか? テストに必要な物は向こうで用意されているでしょう」

 そうかと軽く頷いて。

「なら携帯だけで」
「おっけ。華凜も持ったよ」
「ありがとうございます。ほら、終わりましたよ」
「ああ」
 
 久しぶりに髪の毛をいじるからものすごく違和感があるが、半日だけの辛抱だと言い聞かせて立ち上がった。

「では行きましょうか」
「うん。今日のテスト、頑張ろうね」
「よろしくお願いするわ、最強4人組さん」

 微笑んでそう言う2人に、こちらこそと返して。
 6人で愛原邸を後にした。

『むしろ準備の方が大変だった気がする。』/リアス