夏休みのはじまりは、宣戦布告から

2019-07-04

「…」

 朝、目が覚めたら。大好きな人の手が、一番に目に入る。眠いその目をちょっと上げたら、大好きな紅い目と、目が合う。
 おはよって交わして、学校だったら準備して。お休みの日だったら、その大好きな手が、わたしの頭を撫でてくれる。

 それが、何千年も続く、ほぼ毎日のできごと。
 一緒に住んでからは、当たり前の日々。

 だから。

「…」

 目が覚めて。黒い洋服が一番に目に入るなんて、中々ない。

 テストを終えて、今日から、8月31日までお休み。そんな夏休みの初日。
 リアス様がよく着る黒い襟付きのタンクトップ。視界に入ったのは、それ。珍しいな、なんて思ってまだちょっと眠たい目を上に上げたら。

「…わぁ」

 こっちも珍しい、目をつむったリアス様。いつもなら絶対に目が覚めてて、横になっててもわたしが上向いたら目が合うのに。
 お休みだから気が抜けたのかな。いっつもどうやってわたしより早く起きてるのかも謎だけど。その分気張ってるから、たまにはこうやって寝かせてあげようかな。

「…」

 なんて思うけれど、人はワガママ。寝かせてあげたい、っていう気持ちと、大好きな紅い目を早く見たい、っていう気持ちが葛藤してる。
 乙女かわたしは。

「…きれい」

 とりあえずもうちょっとだけ、眺めてようって思って。起きないように体制はそのままで、リアス様のきれいな寝顔を見る。黙ってればほんとにきれいでかっこいいのに。いや普段もかっこいいけど。しゃべると過保護すぎて残念さが際だつよね。

「…」

 なんて思いながら眺めること数分。全然目を開けないリアス様。気が長い方じゃないって自分でもわかってるけど、そろそろ紅い目を見たいなって思う。さぁどうしようか。

 人を起こすってあんまりしないからどうやれば一番良いんだろ。

 1、優しく揺する
 2、上に勢いよく乗っかる
 3、紅い目が見たいだけなので目をこじ開ける

 別に起きなくてもいいんだよね。疲れてるなら寝かせてあげたいし。なら。

「答えは目をこじ開ける…」
「待て待て待て」

 早速その目をこじ開けようとしたら、パシって左手をとられた。起きてたんじゃん。

「おはよリアス様…」
「おはよう、とりあえず何故その結論に至ったのかを聞こうかクリスティア」
「わたしは紅い目が見たい…でもリアス様は寝かせてあげたい…」
「目をこじ開けるという結論で俺がそのまま寝るとでも思ったのかお前は…」

 軽くべーってするだけなら起きないと思ったのに。

「ていうか起きてたの…」
「当たり前だ。俺がお前より後に起きる訳ないだろう」
「目、つぶってた…」
「休みだしお前は寝過ごすんだろうと目を閉じていたんだ」

 よく寝なかったね。なんて思ってたら、リアス様がぎゅってしてすり寄ってくる。

「なに…」
「別に?」
「普段こんなことしない…」
「朝は忙しいからな」
「お休みの日も、しなかった…」
「あの双子たちがよく来るからだろう」

 優しく抱きしめられて、髪に顔を埋められて。深く息を吸われて、ほっと、安心したみたいにリアス様は息をつく。
 待って。

「なにこれ…」
「何がだ」
「変」
「いつも通りだろう?」
「リアス様はこんな変態みたいなことしない…」
「失礼だな」

 なんだこの甘い雰囲気。誰だこの人。押しのけるように胸を押すけど、それ以上の強さでぎゅってされて、動けない。

「なに、暑くて頭変になったの…?」
「違う」

 とりあえず攻防を続けたらわたしの首か腰が折れそうだから諦めて、大人しく腕の中に収まる。聞けば、いつもより甘くて優しい、声。寝ぼけてるだけだよね? 眠いからこんな甘い声してるんだよね? 凶器か。

「あ、の…」
「今日はよく喋るな」

 誰のせいですか。ていうかこの雰囲気。

「どうした?」
「…あの、なんか…」

 なんか。

「ん?」
「こ、恋人、らしい、こと、しそうな、ふんいき、なんです、けど…」

 夏。恋人同士。ベッドの上。朝。ぎゅってして、相手の声はいつもより甘い。そういう知識に疎くても、雰囲気くらいはわかる。甘い甘い、恋人の雰囲気。

「別に俺はしようとは思っていないが?」
「で、も…」

 その甘い声がなんか今にもいちゃいちゃべたべたしそうな勢いなんです。

「なん、で今日はっ、そんなに甘いの」
「甘い?」
「変な色気、ある…」

 目を見たら、ちょっとだけやっぱり甘い。それに捕らわれてはいけないと、慌てて下を向く。そしたら、リアス様の喉がおかしそうに鳴った。

「色気があるのかどうかは知らないが」

 耳元で、甘い声がしたと思ったら。

「!? わっ、あ!?」

 いきなり、視界が変わる。ベッドに右耳がついてたのに、今は、頭の裏に、枕がある。

 上には、リアス様。

 これは俗に言う”くみしく”という状態では。

「え、あの、りあす、さま」
「夏休みの間はこれから毎日、時間なんて気にせずお前と一緒にいられるんだ」
「へ…」
「男としては浮かれる状況なんだが?」

 楽しそうな紅い瞳と、目が合って。

 心臓が、うるさい。

「な、に、男の人、みたいなこと、いうの…」
「言っただろう、俺も男だ。昔みたいに、休みに親がいる互いの家を行き来することもない」

 え、待って。

「学校で離れることもない」

 なんで、近づいてくるの。

「予定なんてなければ、四六時中、ずっと一緒だろう?」

 頬に触れる手に、びくってする。ゆっくりゆっくり、近づいてくるリアス様。それと一緒に、もっと心臓がうるさくなる。

「男としては、浮かれずにいられないだろう」

 こつ、っていつもみたいに額を合わされた。

 いつもなら安心するはずなのに、どきどきして、目が、見れない。

「おい、こっち見ろ」
「む、り…」
「クリスティア。目」

 命令するみたいに言われたら、絶対的に従っちゃう。ゆっくり、目を上げたら。

 このままキスできちゃんうじゃないかっていう距離に、楽しげなリアス様。

 この距離に、慣れてるはずなのに。耳元で心臓が鳴ってるみたいで、わけわかんなくなって。いつもならキスされるんじゃないかって思ったらあの日のこと、思い出して怖くなるのに。そんなのがわからなくなるくらい、緊張して、どきどきして、少し、震えてる。

「り、あす、さま…」

 心なしか声も震えて、目に、涙が溜まってる気がする。リアス様が怖いわけじゃない。こういう雰囲気に慣れてないから、戸惑って、どうしていいかわかんなくて、困ってる。

「あ、の…、もう、あの」

 許して、と言おうとしたところで。
 ふっと、リアス様がおかしそうに笑った。

「なんて顔しているんだお前は」

 おかしそうに肩を震わせながら目元を拭われて、視界が明るくなる。リアス様が、上から退いた証拠。若干さみしいなんて変なことを思うけど、それ以上に放心してる。

「大丈夫か?」

 いつもみたいにベッドヘッドに座って、放心してるわたしの頭を撫でてくれる。その撫でてくれる心地よさに安心して、徐々に放心状態から抜けてった。

 直後。

「…大丈夫に、見える…?」

 あまりの恥ずかしさに、そっぽを向いて、近くに置いてあるぬいぐるみを強く抱きしめた。

「全然大丈夫そうには見えないな」
「なんなのあれ…ばかなの…」
「失礼だな。言っただろう、浮かれていると」
「もっと前日から浮かれてる感出してよ…」

 昨日めっちゃくちゃ普通だったじゃん。前のゴールデンウィークみたいに休みが続くだけだね感出してたじゃん。そうだよ。

「長期休みなんて長い休みが続くだけ、なんじゃないの…」
「長さにもよるだろう。ゴールデンウィークはたかが1週間弱。その上全日合宿と来た。だが夏休みは1ヶ月半近くあるし2人の時間も多くなる。多少なりとも浮かれはする」
「出かけないくせに…」
「俺はお前と違って家にいたい派だからな。出かけるので浮かれるのは10歳までなんじゃないか?」

 昨日のパーティーのこと掘り返したリアス様に一蹴り。

「いってぇな」
「リアス様蹴られることわかって言ってるんじゃないの…? エムなの…?」
「生憎俺はお前をいじめ倒したいドSだ」

 知ってた。

「あのままキスされるかと思った…」
「しても良いならしたが?」
「そしたらわき腹蹴ってた…」
「愛情表現がバイオレンスだな」

 いやたぶん実際なったら蹴ったりもできないだろうけど。

「まぁ、俺はお前が本気でできないことはしない」
「する直前はやるのに…?」
「そのくらいはいいだろう」

 ならもういっそしてくれ。

「…この夏休みはリアス様に仕返しする…」
「期待しないで待っておこうか」
「絶対泣かす…」
「泣かされるのはお前だろうがな」

 頭を撫でられて、その心地よさにまた目を閉じそうになるけれど。もう思いっきり目が覚めてるので絶対寝れない。

 起きあがって、ぬいぐるみを抱きしめたまま、リアス様を睨んで。

「…覚悟してて…」
「楽しみにしている」

 何故かわけのわからない宣戦布告をして、夏休み、開幕。

『夏休みのはじまりは、宣戦布告から』/クリスティア