あの日から、進めない(進みたくない)わたし

 ゴールデンウイーク最終日。
 今日は、午前にまだ残ってる罰ゲームやって、午後にごほうびタイム。
 ”一日○○”とかは、半日に変更。わたしはリアス様の半日下僕になるのが残ってて、カリナとレグナが一つずつ罰ゲーム残ってる。
 九時くらいにみんなでリビングに集まって、まだ開封してない双子の罰ゲームも見てく。

「俺やっぱりフラグ回収者かもしれない」

 明日のお楽しみだねって言って昨日は伏せてあったカードをめくったら、隣に座ってたレグナはものすごく絶望した顔で言った。生涯まれにみるくらいの顔してる。

「なに引いたんですか」
「ん」

 カリナが聞いたら、レグナはわたしたちに見えるようにカードを裏返してくれた。そこに書いてるのは──

「一日チャイナ服…」

 あのスリットの? 大人のお姉さまが着るとものすごくエロいあれ?

「……ほら、あなたの願望が出たんじゃないんですか」
「俺に女装の趣味はないかな」
「今じゃなくてこれから先あるんじゃないか」
「未来を予測した引きなの?? ねぇわ」

 あまりの引きにレグナはカードを床に叩きつけてうなだれちゃった。わたしやカリナからしたらすごいぐっちょぶな引きなんだけど。ありがとう神様。

「カリナは何を引いたんだ」
「私ですか? これですよ」

 いじけちゃったレグナは置いといて、リアス様が聞く。そしたら、カリナはパッとカードを裏返して内容を見せてくれた。

「一日ナース服…」
「兄妹揃ってコスプレが趣味なのか?」
「別に好きこのんでこれを引いたわけじゃありませんよ。レグナはわかりませんが」
「俺が一番好きこのんで引いわけ訳じゃないけど??」
「まぁ無事に決まったということで早速始めましょうか」
「聞いて」
「リアス、またお願いできます?」
「わかった」
「何でこういうときだけ息ぴったりなの!?」

 レグナの悲痛の叫びは聞かないフリをして、リアス様は魔力を練り始める。レグナの体が光り出したと思ったら、一瞬で服が変わった。
 赤い生地に、金色の刺繍が入ったいかにもなチャイナドレス。すごい似合う。似合うんだけど。

「ズボンが邪魔…」
「チャイナ服は足が命なんですよ? 脱いで下さい」
「スリットの位置的に下着もギリギリ見えるんじゃないか」
「わぁすげぇ罰ゲーム感すごいわ」

 わたし的にはちょっとごほうびです。でも下着だけがほんとに残念。

「下着、わたしかカリナどっちの方が着れそう…?」
「気持ち的には全然着れないんだけど」
「サイズ的にですよ」
「え、着る前提?」
「言っただろう、下着が見えそうだなと」
「捲っとくから。中身まで女物にするのはちょっと勘弁して」
「「チッ」」
「おい女子組聞こえてっから」

 創作ネタの一つを実現できなかったゆえの舌打ち×2。

「さて、私も着たことですし後はクリスティアの下僕だけなんですが」

 あのあとカリナはナース服を自分で着て戻ってきた。着ちゃったらもうお昼くらいまでそのままでいればいいから、なにかするのはわたしの下僕だけ。
 ただその前に。

「リアス様…」
「お前も思ったか」

 双子のコスプレを見て、リアス様の服のすそを引っ張る。リアス様も同じこと思ったらしくて、双子のコスプレ──の一カ所を見て、不思議そうな双子たちに同時に言った。

「「胸の格差が」」

「比べないで悲しくなる」

 反射的に胸元を隠すレグナに言われるけど、やっぱり見ちゃう。もちろん男の子だから胸はないけど、カリナが結構おっきめだからすごいごめんけど比べる。

「おいクリスティア、お前とレグナ同じくらいなんじゃないか」
「カリナと比べるからそう見えるだけ…わたしは控えめだけどちゃんとある…」
「そもそも俺男なんだけど」
「いかがわしい話してないで罰ゲーム進めてください」
「恋人の胸の話だぞ? 大事な話だろう」
「レグナと比べる時点で大事そうに見えませんよ。ほらクリスティア、リアスの下僕になるんでしょう」

 カリナに言われて午前のつとめを思い出す。そうだわたし下僕になるんだった…。下僕にする方が楽しいのに。

「そもそも下僕なんてなにするの…」
「靴をおなめーとか?」
「家の中に靴を入れるのは嫌いなんだが」
「そこじゃないだろ……」
「足の指をおなめ、とかですか?」
「だめだカリナ、プレイが変わる」

 下僕がご主人を攻めるんですか?? 見る分にはすごいよさげなネタ。

「生憎攻められるのは性分じゃない。なんでも聞くんだろう?」
「まぁそうですね」
「俺たちみたいにコスプレとか?」
「それはそれでありだな」
「恋人定番なら彼シャツとかですかね」
「リアス様のそでないから落ち着かない…」

 そであるならまだいいけど。なんて話してたらリアス様がカリナに向けて聞いた。

「なあ、罰ゲームって午前だけだったな」
「そうですね、午後はご褒美に使う予定ですよ」
「なら悪魔のコスプレで」
「は…?」

 突然のリアス様の言葉に口が閉じられない。なぜ悪魔。わたし天使。

「何でわざわざ悪魔なんだよ…」
「思いつく限りで際どい服装がそれしかなかった」
「うわぁこいつすっげぇ性格悪い」
「罰ゲームなんだろう。相手が嫌がることをするんじゃないのか」
「罰ゲームで喜ばれてもちょっと困りますね」
「それこそただのプレイになるだろうな。というわけでクリスティア、着替えるぞ」
「は? えっ、わっ…?」

 ついていけずにぼーっと話聞いてたらリアス様に突然抱えられた。そのまま私たちの部屋に連れてかれる。

「えっ待ってこのまま着せるんじゃないの…」
「きわどい服だっつったろ。魔法少女じゃねぇんだから着てる服はどうにもできないし、脱ぐしかないんだが?」

 そんなこと聞いてないんですけど。え、今着てるこの黄色いワンピースを脱いで着ろと?? この人どんだけきわどい服着せようとしてるの。

「…へるぷみー」
「罰ゲームですから」
「頑張れクリスティア」

 双子に助けを求めても助けてくれるわけもなく。
 人生あきらめが肝心ってこの人に捕まってからもう身を持って知ってる。だからもうリアス様に身を任せて好きなようにコスプレをさせた方が早いこともよく知ってる。
 抵抗する気も起きなくて、わたしをベッドに座らせてカリナが持ってきたコスプレの雑誌を見始めるリアス様を無心で眺めることにした。
 きわどい服でもなんでもどんとこい。

 その後、気に入ったリアス様が午後になるまで着せ替えを楽しんだのはまた別の話。
 感想は、ただただ地獄だった。

 ♦

「さくっとみなさんの罰ゲームを終わらせたわけですが……。クリスティア、大丈夫です?」

 延々と着せ替えられてその格好でリアス様の膝の上でご飯を与えられるという結構好き勝手にされた午前を終えて、一時。
 着せかえ疲れと精神疲れでソファに横たわってたらカリナが聞いてきたので、うなずく。

「………だいじょぶ………」
「全然大丈夫じゃないですね」

 絞り出した声はものすごく弱々しくて。さすがのカリナも苦笑い。

「やりすぎじゃね?」
「罰ゲームなんだろう?」
「いやそうだけど。十着近く着せ替えたのはさすがにびびったわ」
「案外似合うもんだよな」
「悪魔にナース、メイドに猫、体操着などなど……なかなか変態じみたものばかりいきましたね」
「でも巫女さんとかの”日本!” って感じのやつはなかったよな」
「和装は日本系の顔してる奴が着てこそだろう」
「なんだよその拘り……」

 でも気持ちはなんとなくわかる。リアス様も着物って感じはしない。

「さて、さんざん着せ替えてクリスティアがダウンしたわけですが。ご褒美カードによってはクリスティアだってリアスに命令できそうですよね」
「まじでー…がんばる」
「頑張る顔見せてくれ、無表情すぎるわ」

 カリナの言葉聞いて起き上がったらレグナにそう言われちゃった。ものすごく「がんばるっ」て顔したのに。

「では、すでに開封しているものも含めてご褒美カードの整理をしましょうか」

 カリナの一声で、みんなが持ってたごほうびカードを床に広げる。
 わたしが”願い事一つ”、”リアス様に甘いもの買ってもらう”の二枚。
 リアス様が”願い事一つ”、”好きなものを買ってもらえる券”の二枚。
 カリナはごほうびカードなし。
 レグナが…。

「一日女王様ってなに!!」

 床をダンッって叩いて嘆くレグナにもう笑うしかなかった。

「どれだけ女物引くんだお前は」
「やはり将来への願望ですか」
「違うわ」
「女王様ー…」
「もう文字だけ見たら罰ゲームでしかない…」
「こっから日付変わるまで命令できるんだぞ? いいじゃないか」
「性別に合った称号をいただきたい」

 レグナの顔が切実すぎる。

「まぁとりあえず全員内容がわかったということで。早速行使していきましょうか」
「そうだな。嘆いていても始まらないぞ女王」
「ご命令はなんですか女王様…」
「なんなりとお申し付けくださいな、女王様」
「お前ら覚えとけよ!!」

 レグナの叫びを合図に、ご褒美タイム始まり。

「基本は願い事叶えちゃいますよ系ですが、そこのカップルは買い物権も引いてますよね。あとで買い物に出ます?」
「別に学校帰りにでもついでに行きゃあいいんじゃないか」
「リアスの願い事はそれですか?」
「断じて違う」
「まぁでも、今すぐに欲しいものがなければまた今度でもいいんじゃね?」
「無理にっていうのもね…」

 わたしは甘いものに限定されてるからすぐ行けるけど、”欲しいもの”ってアバウトだと悩むし。

「そもそもリアス、今欲しいものってあるんです?」
「運命を変える力」

 たしかに欲しいけれども。

「買えるものでなんかないの?」
「買えるものか……」

 レグナの問いかけに、リアス様は顎に手を添えて悩む。あんまり欲しいものって聞いたことないけど、あるのかな。

「これで愛って言い出したら末期ですよね」
「愛は金で買うものじゃないだろう」
「なんか初めてリアスから正論を聞いた気がするわ」
「バカにしているのかお前は……」

 普段から予想の斜め上行く発想しかしないからそう言われても仕方ないでしょ、っていうのは黙っておこう。あとが怖い。

「それにしても買えるもので欲しいもの……ぱっと思い浮かぶのは手錠か?」
「どうしてそれがぱっと思い浮かんじゃったの??」
「クリスティアと手首繋いでたら離れないだろう」
「いやあなたすでにクリスに呪術かけて一定距離離れられないようにしてるでしょう」

 カリナがわたしの足を指さして言う。
 わたしの足には、白いクロス模様が足首から太股まである。それはリアス様が自分から一定以上離れないようにってつけた呪術のひとつ。
 学校とかもあるから半径五キロくらいだったかな。離れたことないから(というか離してくれないから)ちゃんとどうなるかっていうのは確かめたことないけど、離れちゃうと痛みが出るんだって。
 他にも胸の中心とか腕とか、見えないとこにいろいろあるけど。ていうかまだ足りないの。

「残ってるのは手首とかかなと」
「お前もうヤンデレルートまっしぐらだな」
「切り落とさないだけかわいいもんだろう」
「そこまで行ったらやばいですよ」
「クリス、どこか行こうとしたときにナイフ持ち出したらテレポートして来いよ」
「一緒に飛んでくると思うけど大丈夫…?」
「それは困る」
「安心しろ、俺の逆鱗に触れない限りはしない」
「ぜってぇ逆鱗に触れるなよクリスティア」
「…がんばる」

 それはもう全力で。

「まぁ冗談はさておき」
「半分以上本気だよな??」

 図星なのかリアス様は一回咳払いして。

「強いてあげるならば新しいアルバムなんじゃないか」
「アルバム、ですか?」
「お前ら双子と一緒なら、どうせ今年はいろんなところに連れて行かれるんだろう。クリスティアやお前らが写真撮りまくるからな。今家にあるのは残り数ページだし、新しいものがあった方がいいんじゃないか」

 驚いてぽけーっとしてるわたしに、目で「どうなんだ」って訴えられた。それに、戸惑いながら頷いた。

「ほしい、けど…」
「ならそれで」

 え、決まり?

「リアス様の欲しいものは…?」
「だからアルバムだと言っただろう」
「それクリスティアの欲しいものをお前が代わりに願ってるだけじゃね?」
「俺が欲しいのはクリスティアが喜ぶ顔だからな。こいつが欲しいものを手に入れれば俺だって満足だろう?」
「ここぞとばかりに良い彼氏感出しますね……」
「恋人だからな。他に欲しいものがあればそれでもいいが?」
「いや、アルバムで、へいき…」

 じゃあそれで、と言うリアス様。
 普段アレなくせにこういうなにげないときにかっこよくなるのはものすごくずるくない? 平気でそういうことさらっと言うリアス様に、久しぶりにきゅんとした気がする。

「じゃあ今度学校帰りにでも買いに行く?」
「そうだな、急ぎでもない。ついでにクリスティアのあの甘いもの権? 使えばいいんじゃないか」
「そうしよっか」

「……ちょっときゅんとしました?」
「…!」

 リアス様とレグナが話してる間に、隣にいたカリナが耳元で言ってきた。顔を見たら、ものすごくにやにやしてる。絶対楽しんでる。

「…べつに…」

 そっぽを向いて、変わらないこの無表情にいまだけちょっと感謝した。どうせカリナはわかってるんだろうけど。

「あれがリアス様とレグナだったらもっとよかったんじゃない…」
「ふふ、クリスったらかわいい」
「カリナ、うるさい…」
「そういえばレグナ、女王様の命令なにか行使しないんです?」

 うわぁ思いっきり話そらされた。カリナの声に、話してた二人がこっち向く。

「えー……こういうのって言われると思い浮かばねぇじゃん」
「難しいよな」
「うん、──あ、わかった」

 突然、レグナが閃いたみたいに楽しそうな顔した。

「決まりました?」
「せっかくだから王様ゲームっぽくしようよ」
「あの王様だーれだってやつ…?」
「そうそう。んで、俺が常に王様」
「女王だろう?」
「そこはもう拘らなくてよくね?」
「なに言ってるんですか、大事ですよ。紙に書いてあることは忠実に守ってください」
「えぇーまぁいいや」

 カリナ、絶対女王とか女物引くレグナのこと遊んでるでしょ。じっと呆れた目で見たら笑顔を返された。「だまっとけよ」っていう顔。なにか言うと絶対道連れにされそうだから口はつぐんどく。

「というかなぜ王様ゲームなんだ」
「延々とゲームで始まったならゲームで終わろうかなって。急に一日女王とか言われても浮かばないし。せっかくなら楽しもうよ」
「レグナらしい…」
「決まりで良い?」
「まぁ女王様がそう言うなら逆らえませんから。いいんじゃないですか」
「んじゃあ1から3の紙作るからそれ引いてな」

 そう言って、レグナは近くに置いてたメモ帳に数字を書いて、元々罰ゲームボックスだった箱に入れる。
 その中から、レグナ以外の三人が紙を引いた。わたしは「2」。

「引いた?」
「ああ」
「オーケーですわ」
「そしたらー、どうしよっかな。1番が2番の膝の上に乗る、とか?」
「2番、わたし…」
「俺が1番だな」

 待ってつぶれる。

「え、1番膝の上に乗るんじゃなくて…?」
「1番膝の上に乗るらしいな。女王の命令だと」
「まじですか…」
「クリスティアつぶれません?」
「そこまでは重くないが?」
「いやサイズが違いすぎていろいろクリスティアの負担がでかすぎるだろ」
「言っておくがその命令を出したのはお前だからな」
「定番かなと思ったらちょっとミスった」

 ミスりすぎにも程がある。

「あなたが抜けてることで女子二人に男子一人ですからね。膝の上に乗るだとか体重やサイズに関わるものは厳しいかもしれませんわ」
「あーじゃあ変えるか」
「別に行けなくもないだろう?」
「ふとももの骨を捧げればいけるよ…」
「命がけすぎる」
「なら逆にしたらどうだ」

 それリアス様がやりたいだけじゃない??

「お前が得しそうだから却下」

 レグナと考えてること一緒だった。リアス様地味に残念そう。

「では一度引き直しですかね」
「番号わかっちゃってるからね…」
「はいじゃあ戻してー」

 仕切り直しってことで引いた紙を一回戻して、もう一回引く。次は──1。今度はまともなものを、って願ってたらレグナが「なぁ」って聞いてきた。

「これって今ご褒美タイムじゃん?」
「そうですね」
「命令もなるべくご褒美系の方がいいの?」
「そこはもう女王の気分次第でいいんじゃないか」
「ていうかごほうびでやるなら、レグナが得したり楽しい命令にすればいいんじゃないの…」
「クリス天才」

 むしろどうして今まで思いつかなかったの。
 疑問が解決したレグナは、ちょっと悩んでから口を開いた。

「じゃあ2番が3番の暴露話」
「2番……私ですね」
「3番俺だ」
「カリナが、リアス様の暴露…?」
「そだな」
「結局ゲーム大会と変わらないじゃないか」
「まぁまぁ。暴露話ですよね。クリスも知らない話の方がいいんです?」
「そんな話あるか?」
「なさそう…」
「探せばあるんじゃないですか。ほら、あなたクリスが寝てる間に──むぐっ」

 カリナが言おうとした瞬間、リアス様がびっくりする早さでカリナの口をガッとふさぐ。え、なに。

「お前なんで知っているんだ」
「もごむぐぐもご」
「リアスさん離してやって」
「離したら余計なことを口走りそうだからテレパシーで言え」
「んな無茶な」
「ぷはっ」

 言ってるうちに、カリナがリアス様の手を口からはがした。

「やっぱりクリス知らないんですね」
「なにを…?」
「言ったらわかっているな?」
「……別に黙っていても良いですが。はじめから堂々とすればいいじゃないですか」
「心の準備ができていない」
「乙女ですか」
「ねぇめっちゃ気になるー…」
「俺も気になる」
「まぁリアスからNGが出たのでこれはやめましょう。あとは授業中にリアスがクリスティアの──」
「待ってくれなんでお前はそうも余計なことばかり知っているんだ。しかもそれさっきと繋がってるだろう」

 すごい気になるけどその前にどんだけリアス様はカリナに隙を見せているの。

「むしろそんなに知られたくないことあんの?」
「もう言っちゃおうよ…」
「暴露ですもんね」
「このゴールデンウィークは俺をいじめる会なのか……?」
「男子いじり会だね」

 ゴールデンウイークを思い返して、男子がうなだれかけた瞬間。

「リアスって寝てる間に自分でクリスにかけた呪術一つ一つ確認して安心してますよね」
「言いやがったこの女」

 さらっとカリナが言った発言に若干耳を疑う。え、なんて?

「そして授業中に次どこに呪術かけてるか図にしてメモしてますね」
「おい言うのはひとつじゃねぇのかよ」
「ちらっと出したので全部言うべきかなと」
「無駄なところで律儀を発揮するんじゃない」
「リアス、さすがにちょっと引くわ」
「ほらこうなるだろう」

 レグナを見ると、ちょっとどころかかなり引いてる。うん、わたしもちょっと引いてる。
 ひとつひとつ確認ってことは服の中まで見てるってことでしょ? 寝てる間になにしてくれてるの。

「あれってなんで確認してるんですか?」

 引いてるわたしたちに構わず、カリナが聞く。

「いや、知らない間に解呪されてないかと」
「お前ほんとにぶれないな……」
「あれってリアス様じゃないと解けないんじゃないの…?」

 リアス様は言い辛そうに目をそらしながら、口を開いた。

「あー……たまに解呪覚えたてのバカが誰彼構わず打つから……。それで一度お前のを解呪されかけてることがあって。それ以来確認するようになった」
「寝てる間にか」
「面と向かって言うと”大丈夫だよ”って見せなさそうだからな」

 むしろその間違ったまま解呪されることを望んでるからね。

「今クリスってどこに呪術かかってんの?」
「足と…?」
「足と二の腕とうなじと胸中だな」
「多い多い」
「クリスの負荷にならないんですか?」
「負荷になるのは俺が定めた決まりを破ったときだけだな」
「うわぁ絶対破らない…」
「安心しろ、破らせる気もない」

 だったらかけなくてもいいのでは。そう思ったとこで、ふと閃く。

「ねぇ、わたしのお願いごとカード…」
「一つ叶えるってものですね」
「呪術の解呪を願う…」
「なら俺もカード使ってそれを断る」

 しまった。

「クリス、今それを使うのはもったいないですよ、考え直しなさい」
「そうする…リアス様、早くお願いごと使おう?」
「断る」

 ちくしょう。

「ところでこのカードの有効期限っていつまで?」
「まぁ一応今日がご褒美タイムなので、内容を決めるのは今日ですね。実行も原則今日。ただし、願い事によってはさっきの買い物のように実行日をずらしてもかまいませんが」

 ずらしてもいい…。あ、じゃあ。

「お出かけ、とかでもいいの…?」

 言ったとたん、リアス様が止まったのがわかった。それはもう”ピシッ”て効果音が似合うくらいに。

「ご褒美ですからね。もちろんいいですよ」
「本気か……?」
「リアスがひきこもりが外に出されるときみたいな絶望顔してるぞ」
「そりゃなるだろう……」

 わかってる。わかってるけど。せっかくなら、そういうのに使いたい。
 リアス様の攻略はわかってる。だから近づいて、ちゃんと目を見て、言う。

「リアス様のごほうびカード、なんでも聞くから…だめ?」

 ついでに首を傾げてあげれば、リアス様はひきつった笑みを浮かべた。そうして、一分間くらい、黙って。

「…………………………どこにいくんだ」

 勝った。心の中でガッツポーズ。心なしかレグナとカリナの肩がふるえてる気がするけど気にしない。わたしが行きたい場所。っていうか、したいこと。

「旅行…」
「は?」
「夏、旅行いこ…? みんなで…」
「待て出かけるから話が飛躍しすぎてないか」
「おでかけは、おでかけ」
「まぁあながち間違っちゃいないわな」
「夏、プール行くついでに、旅行しよ…?」
「それいいですわね、そうしましょう」
「まじかよ…」
「リアス、カード使って無効、なんてひどいことしませんよね?」
「……しねぇよ……」

 カリナが先手を打っちゃえば、苦々しくリアス様は言う。ナイスカリナ。

「では計画は後々決めると言うことで。夏休みに旅行に行きましょうか」
「わーい…」
「お前が約束嫌いなの知っててカードを見事に利用したな」
「今この合宿を心底恨んでる」
「まぁまぁ。なんだかんだ楽しんでるだろ」
「チッ」

 なんだかんだ許してくれるリアス様に、ほんの少し頬がゆるむ。たぶんみんなには変わらないって言われるけど。
 あとでちゃんとお礼言おう。

「それで、リアスは願い事カードどうします?」
「あ?」
「すげぇ機嫌わりぃな」
「クリスが強行突破してきましたから。でもそのおかげでなんでも言うこと聞くでしょう?」
「そもそもそういうカードなんだけどね」
「度が過ぎてたら拒否権くらいあるでしょう。リアスの暴露話みたいに」
「いやお前最終的に暴露しただろう」
「あれはまた話が別ですよ」
「一緒だ」
「ほら、なにかないんですか」
「何か、なぁ……」

 急かすカリナに一瞬いらって顔したけど、すぐにいつもの無表情に戻ってリアス様は考える。
 ちょっとして、口を開いた。

「願いと言われても比較的自分で叶えているから特にないんだが」
「あー、確かに」
「まぁそばにいたいという願いもご自身で叶えてますもんね」

 呪術で縛ってね。

「強いて言えばとかねぇの?」
「……学校でも傍にいろ、とかか」
「それは先生に言って…」
「クリスに関すること以外ではないんです?」
「ねぇな」
「即答かよ」
「俺はクリスティアがいればそれでいい」
「突然の告白いただきました」
「困る…」

 ていうか照れる。ちょっと顔がにやけそうになるのを耐えてたら、リアス様が「あ」って声出した。

「どした」
「膝枕」
「はい?」
「膝枕でいい」

 突然のお願いに、みんなでぽかんとした。膝枕。あのお膝に乗せて耳掻きイベント的な?

「口出しして申し訳ないんですがほんとにそれでいいんですか?」
「なんでもいいんだろう?」
「いやそうだけど。もっとこう、キスとかさぁ」
「したことねぇし」
「そのしたことないのをするチャンスじゃん!!」
「いやそもそもだな」

 すごい納得行かないって顔してる双子に、リアス様は爪をいじりながら答えた。

「”しない”じゃなくて”できない”」
「あなたがヘタレだからですか?」
「はっ倒すぞ」

 そうではなくて、ってリアス様は続ける。

「怖いから。そういうことをするのが。特にクリスティアの方がだが」

 その言葉に、双子がこっちを見た。「本当?」っていうような顔に、小さくうなずいた。

「…したくないわけじゃ、ない…。ただ、怖いだけ…」

 呟くように伝えると、双子は少し顔を見合わせて考えたあと、レグナから「そっか」って言った。

「できないことの一つや二つあるよね」
「まぁリアスがヘタレだからできないということにしておきましょうか」
「理解が早いのは嬉しいがカリナ、それだけは納得しないからな」

 同じような人生を歩んできたから、レグナもカリナも深くは追求してこなくて。それがわたしにとって気が楽。

「ありがと…」
「あら、さすがに傷を抉るほどひどい性格はしていませんわ」
「俺だったら絶対やるだろう」
「否定はできません」
「しろよ」

 いつもの言い合いになりかけたところで、レグナが「とりあえずさ」ってさえぎった。

「リアスのお願いごとは膝枕でおっけ?」

 そういえば忘れてた。リアス様を見たら、うなずく。

「それ以外ぱっと浮かばないからな。クリスティア」
「はぁい…」

 呼ばれて、リアス様のそばに移動する。そしたら、リアス様はわたしの膝に頭を乗せて寝転がった。
 いつも見上げる紅い目を、今は見下ろす。リアス様はちょっと満足げ。その顔にわたしも満足して、柔らかい金髪をなでてあげた。

「なんだろうね、これ以上のことできないってわかってんのに甘い」
「甘いですねぇ。私もクリスティアに膝枕してほしいです」
「カリナさん願望も飛び出てるけど」
「だって羨ましい」

 真顔の親友が若干怖い。カリナの口からギリィッって音聞こえるんだけど。

「クリス、次私もしてください」
「恋人の特権なんじゃないのかこれは」
「親友でも許されます。私も膝枕されたい」
「そこの兄にしてもらえばいいじゃないか」
「女の子がいいんです」
「カリナさんそれ地味に危ない発言」

 ほかの女の子にもそういうこと言い出したらやばいよね。別に膝枕くらいいくらでもするわ。

「リアス様が終わったらでいい…?」
「もちろんですわ!」

 カリナはすごく嬉しそうにうなずいた。対して下のリアス様はすごい不服そう。

「願いごとの意味ねぇじゃねぇか」
「お願い自体は叶えたじゃん…」
「まぁそうだが。恋人にしかできないかと思って頼んだのに」

 リアス様は起きあがって、乱れた髪を直す。若干すねてるのが地味にかわいい。言わないけど。
 たださすがにちょっと不公平かな。どうしようって悩んでたら、レグナが「じゃあさ」って口を開いた。

「お願いごととか関係なく、恋人にしかできないことすれば? キスとかじゃなくてもなんかありそうじゃない?」

 恋人にしかできないこと…?

「なんか、ある…?」
「キス以外とかだと難しいですわね。言ってしまえば手を繋ぐとかだって友人でもできますし」
「言っといてあれだけどハグも外国じゃ日常茶飯事だもんな」
「制限された状態だとないんじゃないか?」
「よくある噛み痕で俺のものとかいかがです?」

 それ傍観者ならときめくやつ。カリナの提案に、リアス様は首を横に振った。

「一方的に痛みを与えるのは好きじゃない」
「クリスにも噛ませてあげればいいじゃん」
「こいつの力知ってるか? 肩噛み砕かれるわ」
「そこまでしませんけど…?」

 どうだかな、って言うリアス様の背中を叩いといた。

「じゃあどうする? なんか他にある?」
「というか無理にすることもないだろう」
「えぇー、せっかく女王の命令でリアスにも得がある感じにしたかったのに」
「そこの女が膝枕をされなければ済む話だ」
「今日じゃなくて後日にお願いしますわ」
「そういう問題じゃなくてだな?」

 なんていつもの軽口が始まる。

 その流れで段々話が流れていっちゃったけど、みんなと話してる間も、心のどこかでどうしようか、って悩んでた。

「泊まっていかないの…?」

 あれからレグナが持ってきたテレビゲームやったり、ちょくちょくレグナの女王タイムで遊んだりして、午後六時。
 良い時間だし帰るって言い出した双子に玄関先でそう聞いたら、カリナがほほえんでうなずく。

「泊まっていこうかなとは思っていたんですが。よくよく考えたら制服やら鞄やらはすべて家なんですよね」
「持ってきてる荷物も多いし。帰って片づけしたら寝る時間だろ」

 てっきり泊まってくと思ってたから、ちょっと残念。それに気づいたカリナが、わたしに目線を合わせて言った。

「またこういうお泊まり、いつでもできますから。ね?」
「いや許可してないんだが」
「かわいい恋人のお願いですよ、叶えてあげなさいな」
「旅行で手一杯だ」
「まぁリアスのことは任せてください。いい感じに丸め込んでおくので」

 わぁとても期待してる。

「おい丸め込むって何だ」
「では帰りましょうかレグナ」
「頼むから聞いてくれ」
「じゃあまた明日なー」
「また明日…」
「おやすみなさい」
「……はぁ、おやすみ」

 いつも通りのやりとりをして、カリナとレグナは帰ってく。
 その姿が見えなくなるまで見送って、ドアを閉めて、部屋に戻った。

「……どっと疲れたゴールデンウィークだったな」
「そだね…」

 ベッドヘッドの近くに腰掛けたリアス様に答えながら、近づく。

「どうした、っと……」

 なにも言わないで、リアス様の膝に向かい合うように座った。

「何だ」
「…べつに」

 そらされることのない目を、わたしもそらすことなく見つめる。

「……」
「……」

 大好きなその紅い目を、まっすぐ見て。ほんの少し、ほんの少しだけ、顔を近づけてみた。

 リアス様の目が近づいていく。ベッドに手をついたまま動かないリアス様の首に腕を回した。
 心臓が、少しうるさい。顔も、なんか熱い気がする。

 まっすぐ見てくるリアス様に段々照れくさくなって、目を閉じた。

 きっと、あと数センチ──。

 あの頃からしたかったこと。今の今まで、できないこと。もしかしたら、できるかもしれない。

 ──でも、もしこのまま、あの頃できなかったことをしたのなら?

「──!」

 たった、一瞬。その一瞬の、自問に。
 怖くなって、目を開けて。近づいてた顔を、離した。

 あぁ、またやっちゃった。

「クリスティア」

 直後に、優しい声で名前を呼ばれて、リアス様を見る。仕方ないなって、ちょっと、呆れた顔。名前を呼ぼうとしたら、グイッて目元を拭われた。
 そこで、泣いてたことを知る。

「…ごめんなさい」

 リアス様の肩に、もたれ掛かる。

「……その謝罪は思わせぶりなことに対してか?」

 冗談っぽく、わたしを責めない優しいその声が、いつもより近い。

「…恋人特権、的な」
「昼のをまだ気にしていたのか」
「すねてたから…」
「別に拗ねちゃいない」

 若干すねてたじゃん。首元にすり寄ったら、優しく、頭をなでられる。

「仮にそうだとしても、できないことをしてまで得ようとは思わない」
「うわぁ無駄なイケメン…」
「無駄とか言うな」

 心地いい手つきに、目を閉じた。

 もし、あの日。あのまま生きていたのなら。
 みんなで、今で言う結婚式みたいなことして、リアス様とキスをして。その先も──。
 言えなかった「愛してる」も、言うはずだった。

 結局は、すべて叶うことはなくて。今になっても、なにもできずに繰り返し続けているけれど。

 ずっとできずにいたから、もしも、あの日以上に進んでしまったらって考えると、怖くてたまらなくなる。
 したいことも、その怖さで、できないまま。

「無理にすることなんてないだろ」

 ネガティブな方向に行きそうになってたら、リアス様の優しい声が聞こえて、目を開ける。
 肩から起きあがって、また目を合わせた。紅い目は、優しくわたしを見てる。

「したいのかな、とか、思うじゃん…」
「別に、したくないわけでもないが。お前が泣いてまでしようとは思わん」

 ゆっくり近づいてくる顔。でもそれは、キスじゃないことを知ってる。
 おとなしくじっとしてたら、リアス様の額が、わたしの額にくっついた。

 今のわたしたちにできる、精一杯。
 リアス様が時間をかけて、わたしにもできるようにしたこと。

「リアス様」
「ん?」
「この、先も…まだ、このままでも、いい…?」

 なんて、今にもキスできそうな距離で、言ってみる。
 ずるい質問。でも、答えを知ってる。

「……お前が傍にいるのなら、なんでもいい」

 そう言って、抱きしめられた。

 YESとも、NOとも、はっきり言わない。未来の約束をしたくないのを、知ってるから。
 あの質問は、ずるいってわかってる。でも、今だけは、許してほしい。

 どうか、この運命に本当の終わりがくるまで──。

 願いながら、リアス様を抱きしめ返した。

『あの日から、進めない進みたくないわたし』/クリスティア