あなたのいない世界にも、意味なんてないから

「ねぇほんとに、マジでお願いします!!」
「先生が来るまで待ちなさい」
「私たちじゃないと無理なんですお願いします」
「だからねぇ…」
「お願い…」
「しばらくしたら先生来るから」
「その”しばらく”じゃ間に合わないんだって!」

 スタジアムの前で、結界師の人と言い争う。

 観客席でバトルを見てたら、突然空気が変わった。ぞくってする、怖い感じ。そしたらリアス様がいきなり紫電先輩の首しめはじめて、その力加減がおかしいってわかって。急いでスタジアムまで降りてきた。
 結界解くのはリアス様の専門だから、スタジアムに張られた結界はわたしたちじゃ解けない。だから近くにいた結界師の人に開けてもらえるように言ってるんだけど、さっきから「先生が来てから」の一点張り。間に合わなくなっちゃう。

「紫電先輩が危ないんだって!」
「だから、先生が来たらちゃんと止めてあげるから」
「ですからその先生が来るまでに紫電先輩が死にそうなんです」

 その攻防の間に結界の中を見たら、リアス様から離れたらしい紫電先輩。でも安心はできなくて。リアス様は、いっぱい詠唱唱えながら”相手を消すため”の魔術を展開していく。追いつめられてる先輩から、目の前に目を戻した。

「ねぇ、先生来るの、あとどのくらい…?」
「連絡はしてあるから十分あれば」

 十分。紫電先輩がその間逃げきれるか。もっかい結界の中に目を向けた。がんばって逃げてるけど、時々魔術が当たってる。あ、これ無理そう。
 そう思ったのは双子も一緒のようで。結界師の人に目を戻して、しびれを切らしたカリナがにっこりと”口だけ”笑って言い出した。

「結界師さん、選択肢を与えますわ」
「は?」

 その声を聞いた瞬間に、わたしとレグナは口をつぐむ。いきなり上から目線な物言いに、先生はいらっとした顔。
 でも、いらってしてるのはこっちも同じ。

「ここで私たちを通して炎上の暴走を止め結果的に紫電先輩を救わせるか、私たちを通さずに先生を待ち紫電先輩を死なせるか。どうなさいます?」
「君は大人をバカにしているのか? その手には──」
「”大人”ならば、どちらが正しい判断かおわかりですよね? それとも間接的に”人殺し”になります?」
「っ」

 先生を見上げる目は笑ってない。相変わらず本気のカリナは怖い。さすがの結界師の人もそれに圧されて、納得は行かなそうだけど頷いた。

「わかった、わかったから。開けるのは一瞬だからな」
「ご理解いただけてうれしいですわ」
「ちっ……では結界の前に立て」

 お礼を言って、三人そろって結界の前に立つ。
 目の前で、紫電先輩が吹き飛ばされてるのが見えた。うわぁあれ骨何本か逝った気がする。
 それでもリアス様はまた口を開いた。まだ行きますか。もう十分だよ。
 早く早くと足踏みしていたら、やっと声がかかった。

「行くぞ」

 結界が一瞬だけ、わたしたちが入れる分開く。

 閉じようとするその空間に、三人一斉に飛び込んだ。

「うわぁ……」

 足を踏み入れて、そう言葉をこぼしたのはレグナ。結界の外で感じた威圧感は、中の方がすごい。押しつぶされそう。
 でも、止まってる暇はない。

「カリナ、紫電先輩の回収と保護」
「わかりました」
「クリスはリアスの気引いといて」
「ん」
「なるべく早く頑張るね」

 頷いて、カリナと二人、レグナが紡ぎ出した詠唱を聞きながらその場を後にする。カリナは吹き飛ばされた紫電先輩のところ。そしてわたしは、そのまま追撃をかまそうと紫電先輩めがけて走るリアス様のところに。
 気を引くのがわたしの役目。ただ走っても気なんて引けない。びっくりするような状況を作らなきゃ。だから魔力を練って、

 ──加速したままのリアス様の目の前めがけて、飛んだ。

「──!?」
「おしまい、リアス様」

 リアス様がちょっとわたしを見上げるくらいの位置になるように飛べば、それはもう目を見開いてびっくりして、一瞬リアス様は身を引いた。それも利用して、重力に任せて抱きつくように落ちる。わたしを傷つけまいとするリアス様は、ちゃんとわたしを受け止めて、後ろに倒れた。ナイスリアス様。自分の上体を起こして、怒った目を見下ろす。

「……なんで、ここにいる」

 心なしか声もものすごく怒ってる気がするけど、今は気にしない。止めるのが優先。

「あの人、死んじゃう」
「あの人?」

 とがめれば、上体を起こしながら不思議そうに言われた。まじですか。え、もうそんな状態? 試しにリアス様の術のせいで壊れたステージの破片を転がしてみたら、強い力で抱きしめられた。この反応はもうアレだ。めんどくさくなっちゃったなって、心の中だけでため息を吐いた。

 リアス様は、頭に血が上るといろんなものを遮断する。人を認識せず、音も必要なもの以外聞こえなくなって、痛覚もなくす。
 見えるのは、灰色の物体と、わたし。その物体が動くなら、滅するだけ。聞こえるのは、わたしの声と、守れという脳の命令。感じるのは、温度。物体が生きたか、死んだか。それを確かめるだけ。

 この状態になっちゃうと面倒なことにあの双子でさえも認識しなくなっちゃう。だからリアス様の相手をするのは、わたし。わたしなら、滅多なことがない限り手は出されないから。そしてその間に止めるための術を練るのが、今詠唱中のレグナ。複合術で時間がかかるから、その時間稼ぎをするために、攻撃を止めさせて話をする。相手側を止めるのはカリナの役目。
 いつの日からかリアス様が暴走すると手に負えなくなっちゃったときの、いつもの陣形。
 強く抱きしめられた体を離して、なるべく刺激しないように言う。

「今戦ってるの、このままだと死んじゃうよ」
「そうか」
「もうやめよ?」

 周りを警戒するように辺りを見回すリアス様は、首を振った。

「このままだとあれがお前を傷つけるから却下だ」
「そんなことしないよ」
「何故」
「だってっ──!?」

 言葉を返そうと思ったら、頭を引き寄せられた。勢いあまっておでこがリアス様の肩にがつんと当たる。痛むおでこをさすろうと思っても、肩に押し付けられたまま。待って守りたいのはわかるけど違う意味で死にそう。息苦しいですリアス様。せめてもうちょっと緩めてはくれませんか。

「おい大人しくしてろ」
「待って苦しいです離して」

 バンバンとギブアップを示すように背中を叩いた。それでも手の力は緩めてくれなくて。これまじで窒息するのでは。暗い視界でさぁどうしようかと、思った瞬間だった。

「、え──」

 軽い衝撃。なんか、変な音。決していい音とは言えない、でも少し聞き慣れていたその音に、違う意味で息が止まった。
 直後、背中に、なま暖かい感触。これ、知ってる。でも、痛みはない。

 イヤな予感がした。

「ちぇっ、手かよ」

 残念そうな声が、後ろの方で聞こえた。それで、イヤな予感が当たったのを知る。
 さっきの衝撃で緩んだ、押さえつけられるように抱きしめてる手をどけて振り返れば、カリナが展開したらしい拘束魔法を振り切って、なにかを投げたような体制で笑う紫電先輩がいた。その、投げた方向を追えば。

 ──小さな槍が、リアス様の、右手を貫いてた。

「り、あすさま…」
「結界、張っておくか」

 痛みなんて感じないリアス様は、それでもなにか違和感があったらしくて。手探りでその違和感の場所を見つけて、平然と槍を引っこ抜いた。飛び散る血なんてお構いなしに、わたしたちの周りに結界を張る。

 止めるものがなくなった傷口からは、血があふれ出てた。

「リアス様、血…」
「血?」
「血、いっぱい出てる」
「そうか」
「そうかじゃなくて…」

 傷口に手を当てて、得意じゃない治癒術を、貫かれた右手に向かって掛ける。でも全然傷がふさがらなくて。赤い血が、どんどんあふれ出た。
 どうしよう。あんまり血が出ちゃうとまずい。紅い色は好きだけど、今の状況の紅は好きじゃない。

 このままじゃ、リアス様一人だから。

「傷、ふさごう…?」
「必要ない」
「だめ…」

 カリナは向こう。レグナはまだ準備中。リアス様は傷に目もくれない。治癒術だと時間がかかる。

「氷…」

 とりあえずの止血なら、氷でもいいのかな。治癒はあとにして、魔力を練った。

「ちょっとだけ、傷ふさがせて…」
「……好きにしろ」

 うなずいて、右手に向けて、氷を生成する。冷気を漂わせながら、リアス様の傷を覆った。
 ずっと流れてた血も、止まる。それにほっと胸をなで下ろした。

【ライトニング】

 安心した直後に術打つのやめてください。

【っ守護壁バリアー!】

 後ろで、落雷の音とカリナの焦った声が聞こえた。振り返ったら、なんとかバリアーでリアス様の雷を防いでるカリナ。それがわかったのか、またリアス様が魔術を練る。待ってほんとに待って。

「リアス様、だめ」

 リアス様に向き直って、ワイシャツを引っ張った。少し煩わしそうに、払われる。

「邪魔するな」
「死んじゃう」
「お前が生きているならそれでいい」

 わたしもあなたが生きていると嬉しいんですがそうではなくてですね。

「カリナも、向こうにいるから」
「カリナだけ外してやる」
「そうじゃなくてっ」

【アサルト】

 あぁだめだほんとに聞かない。ライフル出しちゃったよ。普段使わないくせに。

 どうしよう。一応カリナは防げるけど、長くはもたないはず。暴発させる? だめだリアス様の腕吹っ飛ぶな。レグナとかリアス様みたいにいろんな術持ってるわけじゃないし、こういうとき頭回る方じゃないんだって。やり場のない怒りと悔しさに若干泣きそうになりながら、リアス様にすがりついた。ライフルを撃つ衝撃が、体に伝わる。

「ねぇどうやったらやめてくれるの」
「お前を傷つける奴がいなくなったら」
「もういないよ」
「まだこんなにいるだろう」

 だから最初からいないんだって。そう言っても、人を認識できなくなってるリアス様には、会場にいる全員がわたしを傷つける「敵」って見えてるみたいで。ライフルを撃ちながら、魔力を練るのをやめない。わたしはぎゅってリアス様に抱きつくことしかできなくて。まだかまだかと、少し離れたところの双子の兄の方に目を向ける。わたしの視線に気づいたレグナは、申し訳なさそうに口を開いた。

 ”もうちょっと”。

 もうちょっとかぁ。だいぶ泣きそう。あとでいっぱい文句言ってやる。リアス様に。それだけ決意して、時間をのばせるように言葉を紡ぐ。

「みんな敵じゃないよ」
「わかんないだろ。現に」

 耳元で、なにかが弾かれる音がした。

「こうやって傷つけようとしてくるだろう」

 振り返ったら、リアス様が張った結界の外に小さな槍が転がっていた。また紫電先輩が攻撃してきたんだと知る。

「もういい加減にしてください!!」
「うるせぇな、今いいところなんだって」

 声がする方に目を向けたら、カリナが拘束魔術を増やしてるけど、なんとか振り切ろうとする紫電先輩。
 うそでしょ。

「執念が…」
「また飛んでくるな」

 リアス様が言ったとおり、紫電先輩はまた魔法陣を展開する。今度は、一個じゃなくて十個くらい。
 円を描いて展開されたそれは、紫電先輩が指を鳴らしたのを合図に発射された。

 マシンガンみたいに打ち出される槍に、反射的にリアス様にしがみつく。

「っ…」
「大丈夫だ」

 キンキンと弾かれる音が無数に響く。鳴り止むことのないその音に、リアス様に強く抱きついたら、安心させるように言われた。その声にはすごい安心するんだけど今の状況にはどうしても「うん、ありがとう」なんて言えない。今この状況最悪すぎる。リアス様みたいに頭よくないけどこの先の展開が簡単に想像できた。

 視界に、見慣れたオッドアイが映る。双子の片割れは、申し訳なさそうに手を合わせて言った。

「クリス悪い、向こう行くわ」

 ほらぁ。

「大丈夫知ってた…」

 絶望感たっぷりで返す。せっかくこれで終わると思ったのに。その思いがにじみ出てたのか、レグナは苦笑いを浮かべて、もう一度「ごめんな」と告げてから姿を消した。

 振り返って、行くであろう場所に目を向ける。

「次何にすっかなぁ」
「もうほんとに終わってくれませんか」
「もうちょいっぽいじゃん」

 音が鳴り止まない中で、かすかに上機嫌な声と呆れた声が聞こえた。無数の槍のせいでその姿は輪郭くらいしか見えない。

「! 何オマエ」

 そこで、突然不機嫌そうな声が聞こえた。見えてた二つの影みたいのに、もう一つ、影が増える。

「おい──」
「ごめんね先輩、おやすみ」

 たいして申し訳なさそうじゃない声で謝って。

封魔睡陣ふうますいじん

 レグナの詠唱が、聞こえた。直後、影の一つが糸が切れた人形みたいに崩れ落ちた。それと同時に、無数の槍の攻撃が止む。術が成功したことがわかって、安心少し、絶望大半。
 今回の術は一時的に魔術を封印する「封魔」と相手を眠らせる「睡陣」の複合術。念には念を入れた対リアス様用。ほんとなら、当初の予定はわたしが時間稼ぎしてレグナが準備して、終わったらリアス様を眠らせて。さぁハッピーエンドですのはずだった。はずだったんだけども。予想外に紫電先輩の戦いへの執着が強すぎて、最悪な予定変更になった。一番止めたい人止まってないじゃないですか。目の前の恋人様魔力練り始めちゃってるよ。もっかいってなってもレグナが術練るのには時間かかるし、そもそももう限界だし。

 ってなるともうやることは一つしかないわけで。
 さすがに作戦一つだけなんてことはない。ないんだけども。

「……止んだな」

 そうだね、って返しながら、とりあえず半分だけ心を決める。だって正直これはほんとにやりたくないんだもの。痛いし、カリナたちすごい心配するし。なにより。

 こんな方法でしか自分の想いを伝えられないこと、悔しくなるから。

 だから、最後に、ほんのちょっとの希望を込めて、リアス様の目を見るように向かい合って。口を開いた。

「リアス様、もう敵来ないよ」
「なんだ突然」
「レグナが、えと……倒してくれたから」
「まだこんなに敵がいるんだが?」

 伝えてみても、見えてないリアス様は、魔力を練るのを止めない。がんばれわたし。

「それは敵じゃないの」
「お前と、あの双子以外は割と全員敵だろう」

 今その双子すら見えてないじゃんか。さっきその敵じゃない双子を間違えて攻撃しそうでしたけど。むしろ防がれただけで思いっきり攻撃してましたけど。

「このまま行くとリアス様、厳罰食らっちゃうよ」
「別にいい。お前が無事でいられるなら」

 そうなるとわたしの精神が無事じゃないんだって。

「わたしも、厳罰くらっちゃうってなったら?」
「こんな場所滅ぼしてやる」

 わぁやりかねない。

 だめだお手上げだ。え? こんなに話聞かない人だっけ? おかしいな、わたしの言葉は聞く耳持つ方のはずなのに。
 いやよくよく考えたら”聞くだけ”であってそれを”聞き入れてる”わけじゃないな?
 ちくしょう。思わず地面を叩きたいのを必死に堪える。

 さすがにもう、時間がないから。どんなに時間かかる魔術でも、こんだけ時間があったならリアス様ならもう練り終わる。そろそろやばい。

 軽く息を吐いて、今度こそ、心を決めた。

 もう必要ないからと、先にリアス様の手の氷を解く。止めるものがなくなったそこは、また血があふれ出した。
 ほっといたら危険になっちゃうけど、大丈夫。これからの方が危険だし、

 ──今度は、一人じゃないから。

 リアス様を、抱きしめる。

「ね、もうやめて…?」

 話しかけるのは、変わらないまま。でももう、本気でやめてと言わない。

 すり寄りながら、少しずつ。

 魔力を、練り始めた。

「さっきから言ってるだろう、お前を傷つけるものがいなくなったらやめる」

 祈るような、そんな声。わたしを傷つけるものがなくなったら、あなたはとても安心なんだろうけど。

「そんなの世界が滅ばないと無理だよ」

 頭を包み込むようにして、さっきより強く、抱きしめる。
 リアス様から感じてた魔力は、いつの間にか消えていた。

「それで、お前が救われるならいい」

 代わりに、強く、強く。抱きしめられる。
 世界が滅んだらわたしだっていないよ。ちょっとだけ、笑いがこみ上げた。

「お前がいない世界になんて、意味はない」
「──うん」

 あなたがいない世界にだって、意味はない。
 愛しいあなたがいて、楽しく笑いあえる双子がいて。それで、この世界は色づいてるから。悲しい悲しい人生も、楽しく生きていける。でも、そう言われることは、やっぱりうれしい。愛されてるって、わかる。わたしはどうしたって言えないけれど。

 だから、言葉ではなく、行動で。

「…ねぇ」

 あなたにきっと伝わるって、信じてる。

「ん?」
「…傷つくこともない、失うこともない……そんな世界に、いけたらいいのにね」

 あなたが悲しくて傷つくこともない。あなたを失うこともない。
 そんな恐怖すら、感じることのない世界。

「……そうだな」

 小さくこぼして、さっきよりももっと強く、抱きしめられた。
 結界内に張り巡らされた魔力を確認して、目を、閉じる。

 ──大丈夫。一人じゃない。
 そう心に言い聞かせて。

「……それが本当に叶うならこのまま、な」

 肩にもたれてきた愛しい声を聞きながら、頷いて。

 ──紡ぐ。

【弾けて】

 このまま、愛しいあなたと幸せに笑いあえる世界に逝けたらいいのに。

 そうかすかな願いを込めて。

氷刃リオートリェーズヴィエ

 結界の中で、能力を弾けさせた。

『あなたのいない世界にも、意味なんてないから』/クリスティア

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