面倒事は、さらなる面倒を引き連れてやってくる

 ──傷つくこともない、失うこともない。そんな世界にいけたら、いいのにね。

 そんな世界があったなら。俺達はどれだけ幸せなんだろう。
 お前が生きてくれればそれでいい。俺が同じ世界にいなくても、お前を守れたなら、ただ幸せに笑っていてくれるのなら、傍にいなくてもいい。それは、やり直すと決めた日から、変わらない。

 けれど、叶うのなら。

 やはり愛しい恋人の傍にいたいとは思う。笑っている顔を一番近くで見るのは、できれば俺でいたい。
 それがたとえ天国でも、地獄でも。クリスティアといれるなら、どこだっていい。

 そしてそこにお前自身が連れていってくれるのなら、なお本望だ。想いは一緒。傍にいたい。

 だからいつもみたいに窘めたりせず、展開された刃を、この身に受け止めた。

 痛みなんて感じない。けれど貫かれた体からは血液が自然とあふれ出す。それに伴い、段々とぼやけていく思考。
 クリスティアが俺に体重をかけてくるのを感じながら、俺もだるくなっていく体に任せて目を閉じた。

 ──このまま。

「……逝けるはずもないよな」

 自然に目が開いて、一番初めに映ったのは見慣れた天井。左に目を向ければ、規則正しく寝息をたてている恋人。見慣れた寝具。手当をされてそのまま家に運び込まれたんだろうと予想できる。

 ただ。

「おはよう親友」
「寝起きで千本を首元に突き立てられるとは予想できなかったな」

 視線だけを右に向ければ、それはまぁ妹そっくりの可愛らしい笑顔で俺の首元に千本を突き立てるレグナがいた。いや何故だ。

「何故って顔してるね」
「そりゃな」
「お前何したか知ってる?」
「……暴走したな」
「うん、それで?」
「それで?」

 あいにくあの状態では何も見えないし何も聞こえてない。だから状況把握なんてできなくて。わけもわからず聞き返せば、目は笑っていない親友はさらに口元の笑みだけ深め、ゆっくりと、それはもうしっかり言い放った。

「お前が攻撃した先に、俺の大事な大事な妹いたの、知ってる?」

 俺今日が命日かもしれない。

「……いや、その」
「ん?」
「見えて、なくてだな」
「暴走しちゃったもんね」
「クリスティアが、カリナがいるとは教えてくれて」
「知ってて攻撃したんだ?」
「そうでなく──っいてててててて刺さってるレグナ、刺さってる」

 こいつさりげなく千本進めて来やがった。

「え? 痛み感じないんじゃないの?」
「今は正常なんだが?」
「へぇ、よかったね」

 他人事すぎる。

「それで? 言うことは?」
「まずは千本を収めろ痛い」
「それが人にものを頼む態度か」

 突然真顔になるのやめろ。

「しまってくれ頼むまじで」

 さらに千本を進めてきそうなレグナの手を掴んで、なんとか引き下がらせた。力では敵わないとわかっているのか、レグナはものすごく不服そうに千本をしまう。地味に痛む首元に治癒をかけ、一息ついて、口を開いた。

「悪かった」

 後始末やら色々とやってくれたのはいつも通りこいつなんだろう。だからとりあえずその一言だけ、告げる。そうすれば、レグナは呆れたような顔で溜息を吐いて、ベッドサイドに肘をついた。

「お前はもう少し自制っての覚えてよ。俺たちの中でお前が一番厄介なんだから」
「……悪い」
「紫電先輩になんか言われたんだろってのはわかるけどさ」
「……悪い」

 いつもなら何か言い返すところだが、今日は謝罪の言葉しか出てこなかった。さすがに全面的に悪い時に往生際悪く言い訳をしたりなんてしない。

「あれから大変だったんだからな」
「悪い」

 心底迷惑そうなレグナにそれしか返せないでいると、不意に部屋のドアが開いた。

「あら、目醒めたんですの?」

 入ってきたのはカリナ。俺を捉えて、少し驚いたように言った。

「ついさっきな」
「さすが最強天使様は復活も早いんですね」

 茶化すように言って、俺の足下のベッドサイドへ腰掛ける。今はこいつにも、いつも通りに言い返す気力はない。

「あのあと、大変だったんですよ」

 何も言い返せない俺に少し笑って、レグナと同じことを言う。そんなにか。そんなにやらかしたのか俺は。目だけでそう聞けば、双子は一度目を合わせて苦笑いをし、口を開いた。

「ほんとはリアスを止めようと思った術は紫電先輩の執念がやばすぎて先輩に使うハメになるし」
「結局最終手段でクリスティアがリアスごと自分を貫いちゃいますし」
「心臓と頭以外全部貫いて結界の中で血塗れだし」
「リアスの結界が無駄に強固だから駆けつけた先生たちでも解けませんし」
「俺が頑張って結界壊したら二人とも死ぬ寸前だし」
「なんとか回復したあとは先生から質問責めですし」
「わかった悪かった本当に」
「もっと細かく話そうか?」
「結構だ」

 十分大変だったというのはわかったからもういい。

「……悪かった」

 正直一番初めの術については俺は一切悪くないが、他の件は俺が原因だというのはわかっているので、再び告げる。というかそれしか言えない。
 どうにも申し訳なくて、けれど謝ること意外できなくて。気まずい俺は爪いじりへ逃げた。それを見た双子の、穏やかな声が聞こえる。

「まぁ別に、二人でどうなろうが別に良いですけどね」
「気持ちは分からなくでもないし? ただ公衆の面前はちょっと控えような」

 穏やかすぎるその声に思わずわかった、と頷きかけたのを必死に止めた。

「理解があるのは嬉しいが咎めるべきはそこなのか……」

 爪から双子に視線を戻せば、二人は何を今更というような顔をしていた。

「だってねぇ?」
「同じ状況なら私たちも同じことをしますよ」

 あぁやりかねない。特にレグナが。

「ただ、それを目の前で見るのはいかがです?」

 問われて、想像してみた。双子が一緒に結界を張って……。そこまで想像して、考えることを放棄した。

「心臓に悪いな」
「でしょう」
「今後は気をつける」
「そうしてくれ」

 果たしていいのかどうかは疑問だがどうせ同じ状況になったらまたやるだろうから、人目だけ気をつけようと心に刻んでおく。

「あ、それとですねリアス」

 そこで、カリナがふと思い出したように言った。

「なんだ」
「あなた方三人の処分が先ほど決まりました」
「そうか」

 だからさっきは部屋にいなかったのか。停学か退学か。まぁどっちかだろう。相当暴れたし処分があるとはわかって──ん? 三人? 今こいつ三人と言ったか? 俺と紫電はまぁ当然だろう。特に俺は。暴れた上に相手に結構な傷を負わせたはずだから。紫電は俺の被害者とは言えど、そもそもの原因なのだから多少なりとも罰を受けるのもわかる。あとは誰だ。

「おい二人の間違いじゃないのか」
「三人です」
「俺と紫電と?」
「クリスティアですね」

 どうしてそうなった。半ばカリナを睨んでさらに聞く。

「何故」
「あなたを止めるためとはいえ同胞の殺人未遂になりますからね。本来なら罰としては一番重いんじゃないですか?」
「は……?」

 当然とばかりに言うカリナの言葉をしっかり飲み込んで。
 怒りや動揺も全て飲み込むように、一気に後悔の念が押し寄せた。クリスティアを守るためと思ったものが結局巻き込んだのか俺は。しかも一番重い罰を課させて。

「最低だな俺は」
「あー後悔に入る前にストップ、話最後まで聞いて」

 気持ちが急降下しようとしたところで、レグナの声がかかる。目を向ければ、その顔は特に深刻そうではない。

「なんだ」
「聞いてました? ”本来なら”と言ったんです」

 カリナの声も、心なしか明るかった。
 呆けていたら、優しく微笑んでカリナは告げる。

「合同演習であなたの能力が他の生徒と桁違いというのも先生方は理解していますし、原因解析のために模擬戦の映像を見た先生方も止められないと判断したのでしょうね。クリスの行動があなたを消すためだったなら話は変わってきますが、彼女は救うためにあれを起こした。ましてや自らの体にも重傷を負って。それなら、と罰は最小限にしてくださいましたよ」
「同胞に傷つけたってことで軽いのは受けるけどね」

 ゆっくりと紡がれるその言葉を聞いて、飲み込んで。
 重い罰を受けるわけではないことに、ほっと胸をなで下ろした。

「これでクリスティアが退学なら俺も辞めるところだった」
「お前ならやりかねないわ」

 実際やる。

「ちなみに罰則ですが」
「ああ」
「全員今月いっぱいの謹慎、だそうです」
「そうか」

 今月いっぱい。カレンダーを見て、日付を確認する。大体一週間というところか。カリナに再び目を向けた。

「全員一律なのか」
「はい。あなたは同胞への必要以上の傷害行為。紫電先輩はそれを誘発したとみなし、本来ならあなたより重罪と言ってもいいでしょう。ただ、あなたの暴走によるスタジアムの損害なども踏まえて、今回は同罪という処遇に」
「クリスティアは理由が理由だから、三日くらいって話だったんだけど」
「”炎上くんの看病役がいなくなってしまうので”と同じ日数謹慎扱いにしておきましたわ」

 果たしてそれはいいのか悪いのか。いや俺的には大助かりなんだが。

「……クリスティアの評価が落ちそうだな、色々と」

 そうこぼしたら、安心させるようにカリナは笑った。

「まぁ大丈夫でしょう。むしろあなたを抑えた救世主として称えられるんじゃないですか」
「それならいいんだが」

 未だに寝息をたてるクリスティアの髪を撫でる。とりあえず今回のことで他の問題が来なければいい。友人がいなくなるとか、畏れられて誰にも近寄られなくなるとか。俺だけなら構わないが。せっかく来た学校で辛い思いはさせたくない。とりあえずカリナの言うとおり、悪い方向に行かず称えられることを祈る。

「あっそうだリアス」
「なんだ」

 クリスを撫でる手はそのままに、思い出したように言うレグナにまだあるのかと目を向けた。

「謹慎終わったら木乃木乃先輩がお前の教室訪ねてくるって」

 さも当然のようにそう言う親友に、一度止まって。

「……誰だその木乃って奴は……」

 六月早々面倒なことが起こりそうだと、ただ溜息を吐いた。

『面倒事は、さらなる面倒を引き連れてやってくる』/リアス

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