彼女とキスができるまで

「……」

すべてができるようになるまで、早くて半年。
遅くて一年で足りるだろうか。

腕を組みながらソファに座り、下で黙々と本を読んでいるクリスティアを見る。

恋人は、恋愛のスキンシップが苦手だ。
だいぶ昔に、クリスティアにちょっかいをかけてくる遊び人の男がいて。女なら誰彼かまわずちょっかいを出していたそいつは、屋敷の廊下脇でメイドに、まぁそのなんだ、今夜どうだ的なことを、その、卑猥な感じで体を揺らしながら問うていたそうだ。
それを、この恋人が見てしまい。
瞬時に、いつか自分もされるのではないかと想像してしまったんだろう。本能的に拒絶したらしい。俺がクリスティアを見つけた頃には顔を真っ青にして挙げ句の果てには吐いた。

そのときから恋愛のスキンシップというか、いやらしい目や仕草を拒絶してしまうようになり。

齢一万年近くになった今でも、俺はこいつに手を出せないでいる。

「……」

ただそろそろ何かはしたい、というのが本音である。
一緒に住むというのがここまできついとは正直思わなかった。朝は無防備だわ、一応本人も頑張ろうと思うのか思わせぶりなことばかりするわ。
ぶっちゃけて言ってしまえば欲望がやばいわけで。
そこで、いろいろと穏やかになった今で気づいたわけだ。

ゆっくり刷り込んでいけばいいだろう、と。

自分とするのは大丈夫だと、ゆっくりゆっくり刷り込んでいけばいい。幸い彼女は俺にだけは従順すぎるほど従順なのだから。
いつものごとく包囲していけばいいじゃないか。

そうして、冒頭の考えに至る。

最後まで、と考えるならば早くて半年が妥当ではないかと。
キスまでと考えるならば。

「……一ヶ月、くらいか」
「…なにがー?」

小さな呟きが聞こえて振り返った彼女に、なんでもないと首を振る。
そう、とまた本に戻ったクリスティアの髪を掬った。

さて一ヶ月と見込んで。

俺はまず”それ”をする機会を伺っていなければいけない。
本音を言うとあまり気は進まないが、他にやりようはない。言葉では恐らく警戒するだろう。ならば行動で、警戒心など抱かせず、ごくごく自然にやらなければならない。さらに言えば、最後までも警戒心を抱かせずにいかなければいけない。

レグナにならって言うなら難易度S級のクエストである。

拒絶されたら終わり。ものによっては立て直しができるだろうが、今回のものは厳しいだろう。
さぞかし余計なことをしてくれたなと、もうすでに死んでいる元凶を恨んだ。

そこで。

「……!」

クリスティアが動く。髪に触れていた手を離してやると、本をぱたりと閉じて立ち上がり、キッチンの方へと向かった。冷蔵庫を開けて、じっくり見ること一分弱。何を食うか決めたんだろう。手を突っ込んで引っ張り出したのは、細い棒状のチョコスナック菓子。

神からのGOサインか?

機会を伺おうと思っていたらすぐにそれがやってきた。これはもうGOサインだろう。
神からも背中を押されたなら仕方ない。やるしかないなと心に決めて、嬉々としてこちらに戻ってくるクリスティアを手招きする。
彼女はなんの警戒心も抱かず、俺の膝に座った。

「…♪」

そのまま機嫌良さげに袋を開け、一本を口に含む。ポキポキと音を鳴らしながら、それは彼女の口へと吸い込まれていった。

「うまいか」
「ん」

頷いて、また袋から一本取り出す。それを口に含んだ、

瞬間に。

「クリスティア」

名前を呼んだ。
そうすれば彼女は必ずこちらを向く。

「ふぁあに(なぁに)」

クリスティアは口に含みもごもごさせながら首を傾げた。少女のような彼女に、微笑んで。

「あ」

自身の口を、小さく開けた。

「…?」

当然彼女は、すでに傾げてある首をさらに傾げる。そこに警戒心はない。ただの疑問だけ。
我ながらいやらしいなと笑いそうになるが、ぐっと抑えて、手を伸ばす。

行き先は、彼女の加えたスナック菓子。

俺の口に近い方を、トン、トンと叩いてやる。

それと、口を開けている状態を見て、察したんだろう。

「!」

その菓子をくれと。

俺は甘いものがものすごく苦手だ。できれば口には含みたくない。
今までクリスティアがどんなに差し出してこようとも、「誰かにあげるから味見して」と言うとき以外には拒否している。

普通なら、そんな恋人がいきなり菓子をくれと言ったら「なんだ」と警戒するだろう。

しかしクリスティアは別だ。
今まで拒否していたものをくれとせがんだとき。

クリスティアはとても嬉しい顔をする。

何故か。
彼女は好きなものの共有が大好きだから。

俺が好きだと言ったものは一旦口にするし(味覚がほぼ正反対なので後々後悔しているが)、好きな本は必ず読みたいと言う。逆も然り。気に入った本は薦めてくるし、好みの味は食べてみない? と必ず差し出してくる。

そんなわけで。

「♪」

共有が大好きな彼女は、俺がくれと言っているとわかった瞬間。案の定パァッと目を輝かせて、俺の肩へと手を置いた。そのまま、近づいてくる。

袋から一本出してあげる、という発想はないんだろう。
それがわかっているからやっている自分も中々だがこいつの俺に対する警戒心のなさも中々だと思う。

ゆっくりと近づいて、スナック菓子が唇に乗った。
俺の手はまだどこにも添えず。ソファに手をついたまま、菓子の先をポキリと折る。

あっまい。
思わず顔をしかめたくなるが、耐えて。

「おいし?」

そう、嬉しそうに聞いてくる彼女に。

「……たまには、悪くない」

精一杯微笑んで返した。
それを見て、さらに嬉しそうに笑って。クリスティアは菓子へと意識を戻す。

さぁ今日から、少しずつ包囲していこうか。

知らぬ間に堕ちてくるであろう彼女の髪をいじりながら、そっと、口角をあげた。

唇まで、あと十五センチ。

『彼女とキスができるまで』/リアス

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