十年越しのプロポーズは、キミだけが聞いている

カノジョと過ごした三百六十五日。 たった一度きりの、六月。 その、姿は。 きっと、ずっと。一生忘れない。     「ジューンブライドだってよ」 六月中旬、真っ昼間。 いつもの四人、授業を仲良くサボって歩く街中。夜になると着く街灯の一本一本に吊されてる旗を見て、一歩前を歩く春風が言った。 ジューンブライドっつったら六月の花嫁だっけか。 「あの幸せになれるってヤツ?」 「そうそう。なんつったか、ジュノー? っつー神の月らしいぜ」 「春風詳しいじゃなぁい。なぁにぃ、花嫁に興味あったぁ?」 「意外と女の子だね」 オレの隣を歩くフィノア姉と武煉が茶化すと、春風は勢いよく振り返る。 「ちっげぇよ! 目に付くだけだっての!」 「そう言って、顔赤ぇぞ春風ちゃん」 「あちぃんだよ!」 なんて見え透いた嘘に、三人で笑う。 春風はものすげぇフキゲンな顔で、また前を向いた。 「照れんなよ春風。良いじゃねぇか、カワイくて」 そっぽを向いてしまったカノジョに近づいて、肩に腕を乗せ──ようとした瞬間に視界の先にヌンチャクが見えた。 「っせぇな! 照れてねぇ!」 「っぶねぇな!」 振りかぶったのが見えて、反射的に身を引く。 直後に、ブオンっつー良い音を立てながら春風はヌンチャクを振った。あぶねぇな脳天かち割られるトコだったわ。 やったコトと相反してカワイく頬を染めて、若干半泣きになりながら。カワイくないことに追撃をかまそうとしている春風に、両手をあげて降参。 「ワルかったって。オマエがこーいうの反応すんのが珍しかったんだよ」 「別に恥ずかしがることないじゃなぁい。かわいいわよぉ?」 フィノア姉マジでそろそろヤメテやって。 あーほら春風がまたむくれたじゃねぇか。 「……別に、新鮮なだけだし」 「新鮮?」 武煉が聞くと、頷く。 「うちは結婚っつーと白無垢らしんだよ。世間はウェディングドレスでCMとかやんだろ? 珍しかっただけ」 「まーイマドキ白無垢っつーのも珍しいな。武煉のトコは?」 遠いとは言え春風のトコロと親戚に当たる武煉。系統は一緒かと聞きながら振り返ったら、武煉は顎に手を添えて口を開く。 「一度写真を見たときは確か白無垢だったんじゃないかな。木乃は古くから日本の伝統やしきたりを重んじていたからね」 「ってことはぁ、春風が結婚するときも白無垢?」 「美吹は木乃の分家だし、可能性は高いんじゃないかな」 「あたしんとこに婿養子確定だろうし、こっちのしきたりでやんだろ」 「大事な極道の跡取りになるしね」 おい相棒、ガンバレっつー視線をコッチに向けんな。こちとらまだ交際して二ヶ月弱だわ。気が早ぇ。 歩きながら武煉のトコに下がって脇を小突く。 不満げな視線が返って来たケド知らね。あっおい足踏むな転びそうになっただろうが。 「武煉クン足癖ワリィな」 「そういう陽真もだろ」 互いに踏んでは踏み返して、歩くこと数歩。   次の不満げな声は、一つ隣を歩くセンパイから。   「白無垢もかわいいけどぉ……せっかくならウェディング見たいわぁ」 その声に、相棒との足の踏み合いをやめて。共に右を見る。左目は眼帯で隠れてっからなんもわかんねぇケド、たぶん眉下げてんだろってのは短いつきあいでわかってた。 「あんた和より洋の方が似合いそうだしぃ」 「あーソレはわかっかも。髪がまず日本人離れだし」 「野生児という点では日本特有だけれどね」 「おっし武煉、喧嘩ならいくらでも買うぜ」 振り向いた春風が再びヌンチャクを構えるも、本人は意に介さず。 「どうせなら両方の式を挙げたらどうだい?」 あろうことかコッチ向いてにこやかに笑いやがった。笑ってんのはいいが見えてっか相棒、オマエの親戚ヌンチャク振り回し始めたぞ。 つーか、 「結婚なんてまだ先だろ……」 「あらぁ、案外あっという間かもしれないわよぉ?」 「君が十八になったらすぐ、なんてこともありえるじゃないか」 「うちの親父は気が早ぇぞー」 相手にされない武煉への怒りが収まったらしい春風までもが茶化すように言う。今度はオレか茶化されんの。確かにあの親父さんならスグにっつー話になりそうだけれども。 なんて返すか言いよどんでる間に、話は春風の親父さんの話へ。 「親父っつったら結構うちのガンコだぜ。ドレス許してくれるか?」 「あぁー、あの人難しいかもねぇ。陽真何発か殴られるじゃなぁい?」 ウェディングドレス希望で殴られんのかよオレ。 「話を聞いている限り娘を溺愛しているようだけれど……。案外伝統を重んじるタイプかい?」 「そーゆーのに関してはけっこーうるせぇぞ。箸の持ち方だなんだってな」 「オメーなんでソコで日本の女らしさ学んでこなかったんだよ」 「うっせ」 「っぶねぇな蹴り飛ばしてんじゃねぇ!」 ダッシュでコッチ戻ってきたと思ったらその勢いのまま回し蹴りしてきやがった。日本の女らしさは見事に男前に変わったのか。 心の中で、嘆いていると。 「だったらぁ」 今度は、キゲン良さげな声を上げたセンパイの方に、再び向く。 こっちを見てるフィノア姉は、声と同じくらい楽しげ。   アメを咥えながら、口を開いて。   「今、ちょっとだけでもウェディングドレス気分味わってみなぁい?」   カノジョから出たコトバに、全員が首を傾げた。       ♦ そうして、この時間誰もいないオレの家へ行き。 「ウソはダメだろフィノアちゃん」 「嘘じゃないわよぉ」 途中一度家に帰ったフィノア姉が持ってきた「ソレ」に、全員で首をひねった。   オレたちの目の前に広げられているのは。   「ちゃんと言ったじゃなぁい、ウェディングドレス”気分”って」   紫色の花が頭部についた、一枚のベール。   イヤ確かに気分っつったケド。 「フツーはドレス持って来っと思うじゃねぇか」 「サイズもわからないし持ってこれるわけないでしょぉ」 「それならウェディング気分でもよかったじゃないですか」 「ベールだってウェディングドレスの一部じゃなぁい」 そうなんですけれどもね? 「持ってくる」っつったトキに若干期待をした分地味に残念なんだケド。 この思いをどうしようかと、武煉と目を合わせたトコロで。 「まぁせっかく持ってきてくれたし、とりあえず被ってみっか!」 出ました男前。 置いていたベールを持って立ち上がり、ソレを被ろうと── 待とうぜ。 「ちょっと待とうぜ春風ちゃん」 「んだよ」 「なんかこう、そういうのって男がやるもんじゃね?」 「ベール剥ぐのが男だろ」 「剥ぐんじゃなくて捲んだよ」 剥いじゃダメだろうよムード的に。 「つーかオマエは捲らせてもくれなさそうだわ」 「んなことねぇよ」 「ぜってー自分でベールの中からコンニチワすんだろうが」 やっぱコイツ白無垢のが合ってる気がする。性格的に。 「春風、陽真は君にベールをつけてあげたいんだよ」 結婚するトキは白無垢かぁ似合うかなぁなんて地味な現実逃避をしかけたところで、また相棒が余計なことを言う。 「オレ別につけてやりてぇなんて言ってねぇけど?」 「つけて欲しかったぁ?」 「もっと言ってねぇ。ヤメロ春風、つけてこようとすんな」 背伸びをしてコッチに手を伸ばしてきた春風の手を掴んで制止。 力つっえーなこの女っ。 「ていうかさぁ?」 「あ!?」 春風とベールのつけ合いの攻防が始まった中で聞こえたセンパイの声に、ほんの少しだけ後ろを向く。ザンネンながら見えたのは楽しそうな相棒の顔だったケド、ソイツはあとでシメるというコトだけ心の中で確定。 「ウェディングドレスとかってぇ、新郎は準備ができたのを見て感動するものじゃなぁい?」 ちっくしょうマジで春風のヤツ力強ぇなバカ。 フィノア姉のコトバ半分くらいしか聞こえてねぇけど「そーかもね!」と相づちを打って。 「ってことで春風ぁ、ちょっと部屋移動してベールつけましょー」 「おー」 いきなり春風の力が緩んで、思いっきり前に倒れ込んだ。 「ッテェ……」 「春風の準備ができるまでに起きあがってなさいよー」 「フィノア姉がいきなり声かけたからこうなってんだろうが……」 かろうじて顔を打つことは避けたけれど、代わりに痛めた腕をさすりながら身を起こす。同時にドアが閉まる音と、屈んでだのイテェだの、女子の声。 「いいのかい? ベールをつける役」 「だぁから別につけてぇってワケじゃねぇって」 本人がつけんのは違くねって思っただけで。 なんて話ながら、後ろに手を着いて。ドアの方を見つめる。 めんどくさそうな声を出しているワリには、少しだけ。緊張はしていた。   カノジョが、ドレスまでとは行かなくとも、ソレの一部をつける。 似合いそうだ。一生見れないかもしれない、貴重な姿。   いつもの男前な感じで、仁王立ちをするだろうか。 それとも、意外と恋愛ゴトには恥ずかしがる一面もあるので、照れた表情だろうか。   ほんの少しだけ口角も上がっているのがわかる。 そして、武煉がソレに気づいているコトも。 「よかったじゃないか」 「うっせ」 「できたわよー」 隣を小突いた瞬間に、掛かる声。 少しだけ、体に力が入った気がした。   コクリとノドが鳴ったのと、ドアが開いたのは、同時で。   「──、」   目に、映った姿は──。         ♦ 「なーんてコトもあったなぁ」   海が見える崖。 潮風を感じながらスーツの裾を引っ張ってしゃがむと、首に掛けたネックレスが頷くように揺れる。   「よぉ」   小さく発したコトバの先にいるのは、 何も描いていない、たったひとつの石。   カノジョの遺骨が眠る場所。   「雨が多いからしけってんな」 濡れた地面を見て、いつものように”カノジョ”の前に座り込むのをやめる。 代わりに、今日。思いもよらずもらうことになった花束を、ソコに置いた。   六月。六月と言やぁ梅雨。けれど、高校卒業から七年ほど経てば、ソレだけではなくなる。 「後輩が結婚式だったんだよ」 年齢的に多くなる、その行事。 今回のは正確には披露宴だけれど。式は、ひっそりと四人でやったらしい。 「この年だと結婚ラッシュだよなぁ。しかも六月にやるヤツらが多くて──」 指折り、今月の結婚式を挙げていく。 上旬は神社の息子と道化師、中旬は相棒に双子の妹ちゃん、同じ日にその双子の兄貴と雪の子。   そうして今日は、過保護なヤツとカワイイ妹分。   「知ってるヤツらほぼ全員だぜ。もう少しわけて欲しいわ」 なんて、口元は笑みのまま。薬指まで折った手に目を落として。 「……すごかったぜ、でっけーウエディングケーキ」 ふと、今日の後輩だけが、脳裏によぎった。 「蓮クンのお手製でさ、どうやって切んだよってくらい。そんで、過保護なカレシサマがいつもどおりムードのカケラもなく一人でナイフ入れて」 その隣にいた、水色の子供のような、相変わらず小さな後輩。 「刹那ちゃんは自分もやるっつってむくれててさ。子供かよっつーな」 けれど真っ白なドレスに身を包んだその子は、どこか大人っぽかった。 「ケーキ頬張ってんのもほんとに、かわらねぇまんま」 普段どちらかと言うと女らしさのカケラもなくて。 ふっと笑う姿は子供のソレで、やることだってガキっぽくて。   だからこそ──。   「そのあとは要望もあって、ちょっとドレス姿で歩いてたんだよ」 ベールに包まれた、幸せそうな、一歩だけ大人になったような顔は、   「……キレイだったよ」   ぽつりとこぼしたコトバは、今日の後輩に向けてだろうか。 それとも、今はもう見ることのできない、あの日のオマエにだろうか。   答えは、ペンダントが揺れなくてもわかっていた。   今日の後輩の姿に、あの日の恋人を重ねた。 歩く姿も、ダンナサマを見て笑うその顔も。幸せそうに歪む瞳も。   もしも。   もしもオマエが生きていたのなら。あんな感じだったんだろうか。       部屋のドアを開けたとき、後ろを向いていたグラデ掛かった緑の髪。 センパイの掛け声で向いた、つきあいたてのカノジョ。 ベールを翻しながら振り返って、少し大人びた笑みを見せた春風に、ただただコトバを失った。 キレイで、もしかしたら一生見ることのできない姿を、焼き付けるように見つめていた。 ゆっくり歩いてくる姿は、本当に花嫁のようで。 俺の前に座って、上目遣いで見てくる表情は、見たことないヒトのようで。 早く、とベールを捲ることを促された手は、情けなくふるえてた。 いつか、このまま大人になって。 今日の後輩たちのように、ひっそりと式を挙げるなら、今度は。 このベールを、手をふるわせずに捲ろうと、決意をした。     本当に、一生見ることができなくなるとは、思わなかったけれど。     「──、っ」 叶えたかったと、叶わなかった思いが頭をよぎったと同時に。じわりと、視界が歪む。 喉元が、痛いくらい熱くなる。 ただ、こんな日にカノジョの前で涙を流したくなくて。 歯を食いしばり、アイサツもそこそこに立ち上がる。 地面に数滴落ちた滴は、汗だと言い聞かせて。   「またさ、」 ほんの少しだけ、涙声だけれど。聞かなかったフリをしてコトバを紡ぐ。 「六月中に来るよ」 あの日のベールを持って。 「今度は、三人で」 相棒だけじゃなくて、ちゃんと。 オマエの大好きな、姉貴分も連れて。   ココは風が吹いているから。 きっと、ベールがキレイになびくと思うんだ。 あの日、振り返ったトキのように。   「コレも、せっかくもらったし」 カノジョの墓石の前に置いた、ソレを見て微笑む。 遠く離れていたはずなのに手元にやってきた、花嫁のブーケ。 受け取ったときに揺れたペンダントは、なんとなくだけれど。喜んでいるように思えた。   もしも、傍にいたのなら。 ”今度はあたしたちの番だな!”なんて。 男前に、嬉しそうな幸せそうな笑みで言ったんだろう。   「あ”ー……」 想像して、どうしたって、視界が歪む。 あぁ、今日は涙腺が緩んでいるかもしれない。きっと、カワイイ妹分を送り出したから。絶対そうだと、イイワケをするけれど。   目に映っているのは、あの日の緑色の髪。   「春風、」 情けない顔を見せたくなくて、せっかく立ち上がったケド、またしゃがむ。 顔を覆って、あふれてくるモノは見せないようにして。   キレイだった。 オマエの、あんな姿を見たかった。 一緒に、歩いてみたかった。 今度はふるえずに。   思わず出そうになる、過去形のコトバも、叶わなかった思いたちも。なんとか嗚咽と共に、飲み込んで。     きっとオレの前でしゃがんでいるだろう、キミへ。     「──」     小さく呟いた、昔の手と同じくらいふるえていたコトバは、カノジョのような暖かい風に消えていった。   ふっと、目を上げれば、ペンダントが揺れる。   頷くように。   石しかないはずなのに、何故か見えたような気がしたカノジョは。   一生忘れない、あの六月のように。   幸せそうに、笑っている気がした。     『十年越しのプロポーズは、キミだけが聞いている』/陽真