心のヒーローは、自分にはできない強さを教えてくれた

「あんたたちなんていなきゃよかったのよ!!」

物理的な暴力はなくなっても、言葉の暴力だけはなくならない。

「生まなきゃ良かった…!」

悲痛の声。
前は、ごめんねって思ってた。
生まれてきてごめんなさい。私がいなかったら、もしかしたら兄は幸せだったかもしれない。
そうして、悲しくて、悔しくて。泣いていた。

でもね。

「……ごめんね」

私もう、あなたのためには泣かないわ。

「泣かなくなったのね」

木に凭れかかっている男にそう言ってやると、睨んでくる。紅い目は鋭いけれど、私は怖くない。

「……レグナはどうした」
「一人で薬草を採りに行ってるわ。危ないからって置いていかれました」

むくれて、木を挟むように腰を下ろす。

「クリスティアは?」
「さぁ。忙しいんだろう」
「そう」

今日は来るのかしら。ぼんやりと空を見上げる。木々は少しずつ茶色くなって、空気は肌寒い。
彼女と出逢って、もう半年は過ぎたかしら。なんて考えていたら、後ろから声。

「で?」
「はい?」
「今日も泣いているのか」

尋ねられて、ぐっと奥歯をかみしめる。
先ほどまで涙が流れていたから、のどは痛い。

「……泣いてないわよ」
「鼻声だぞ」
「うるさい」

細かいことばかり気付く。もう少し泣きやんでからくればよかった。

「また言われたのか?」
「……うるさいわよ」

膝を抱え込んで、顔を埋める。思い出させないで。また泣いてしまうから。

クリスティアが来て、暴力は減った。
けれど、言葉の暴力は、簡単には減らなかった。むしろ増したと言っていい。
水女にさえ聞かれなければ、咎められることはないから。家族からの暴言は減ることはなかった。

それでも、前よりは生きやすくなったけれど。

どうしたって、心は痛い。

つい半年前まで、リアスと二人で泣いていた。声を上げて、目が腫れるまで。

けれど。

「あなたは泣かなくなったわね」
「……」

黙る男に、悔しさを覚えた。
強くなること、先を越されたようで。

リアスのことは、元々あまり好きではなかった。
気が弱くて、男のくせにすぐ泣く。同じ境遇でレグナと仲がよかったから一緒にいただけで、大嫌いだった。
けれど弱くても助けてくれて、涙をなかなか見せないレグナの代わりに一緒に泣いて。
リアスなら、友人として好きだなぁくらいには昇格した。

たぶん、彼は。弱いながらも、私にとってはヒーローみたいだった。

かっこよく助けてくれるヒーローじゃなくて、同じ場所で立ってくれる、心のヒーロー。ちなみに兄は、かっこいい方のヒーロー。クリスティアも。まぁそれはおいといて。

そんな心のヒーローは、最近少しだけ、階段を上がり始めた。

「泣きたくなるときはないの?」
「ないわけじゃない」

けれど、と続けた。

「泣いてばかりではいられないと思っただけだ」

きっとその頭の中には、小さな少女が浮かんでいる。

小さくて、強い女の子。
あの日私たちを助けたその後ろ姿は、今でもしっかり覚えている。

言ってしまえばもう惚れた。
そこらへんの男よりもかっこいいと言ってもいい。

だって自分より大きな男に飛び膝蹴りなんて食らわせられますか?? 私にはできない。

しかもかっこいい上に顔はとてつもなくかわいいと来た。ギャップというのはこういうことを言うのかしら。
そんなかわいい彼女も自分たちと比較的同じ境遇で。
その日からこの場所で遊ぶようになり、彼女のおかげで生活も多少変わり。

そして、ずっと同じ場に立っていた心のヒーローを変えた。

「好きな子の前では、かっこよくありたいものね」

なんて言ったら、後ろで吹き出す音が聞こえる。ざまぁみろ。

簡単に言ってしまえば、リアスもクリスティアに惚れた。
そりゃあんなかっこいい姿を見れば誰だって惚れるわけで。わかりますかっこよかったですよねなんて話してたら、ほんの少しの顔が瞳よろしく紅いことに気付いて、察した。
あ、この男そっちで惚れたな? と。

いいじゃないですか、あなた顔は悪くないんですから美男美女でお揃いですよ、と言うのはなんとか心に収め、それに気付いた日から静かに彼を見守ってみた。

そうして半年経った今。大きな変化が、一つだけ。
リアスは彼女がここに来るようになってから、なるべく情けない姿は見せまいと、次第に泣かなくなっていった。

恋は人をも変えるのかと、帰り道に兄に話したのは記憶に新しい。

幼なじみの変化はとてもよろこばしい。いらつくほど気が弱く泣き虫だった彼が、強く、泣かなくなったのはとてもいいことだと思う。

ただ、ちょっとだけ置いて行かれた気はしてしまった。

泣き虫が、私だけになってしまった気がして。

レグナは元々ほとんど泣かない。私には、見せようとしない。クリスティアも、たぶん普段はそこまで感情の変動は大きくないんでしょう。あの日出逢ったとき以外、泣いたのを見たことがない。
そしてリアスも、泣かなくなっていっている。

かっこいいなぁと思う反面、疑問が溢れた。

どうして泣かずにいられるの? どうして、そんなに強くいられるの。

どうして、そんなに前を向いていられるの。

生まなきゃ良かったなんて言われたら、どうしたって、罪悪感も、悲しさも生まれるじゃない。

「っ、……」

思い出して涙が出てしまう。

「……唐突に泣かれてもこちらも困るんだが」
「泣いてないわよ」
「鼻を啜る音が聞こえる」
「今日ここに来なければよかったです」

いちいちうるさいこの男。目元をぐしぐしと拭って、思いっきり鼻を啜った。

「ねぇ」
「あ?」
「恋愛をしたら強くなれますか」
「お前今日帰った方がいいんじゃないのか」

おかしいぞ、と言われたけれど気にしない。

「……強くなれますか?」

膝を抱えて、尋ねた。
リアスも冗談ではないと思ったのか、息を吐く。

「別に一人くらい泣いている奴がいてもいいだろ」
「その一人はあなたがよかったわ」
「ぬかせ」

その方が絶対おもしろかったのに。
言葉を選んでいるであろうリアスに、また声を掛ける。

「……ねぇリアス」
「今度は何だ」

再び、膝を抱え込んだ腕に頭を沈ませて、つぶやいた。

「私は心が痛いわ」

とても、とても。

生まれたことを咎められて、罪悪感に苛まれて。
とても心が痛いの。泣かずには、いられないの。

みんな強くなっていくのに、私は動けていない。

ねぇ。

「私も強くなりたい」

小さくこぼした言葉は、聞こえているのかしら。

沈黙が続く。
はらはらと落ちてくる葉が、重なってかさりと音を立てた。

「俺は」

そこで、前より少しだけ強くなった声が聞こえる。

「泣くことは、別に弱くはないと思っている」

静かに、その声を聞いた。

「ただ、大事なものを守ろうとしたときに、涙が邪魔だと思っただけだ」

だから、泣くことをやめたと。

救いたいと手を掴みたいのに、泣いていたら霞んでうまく掴めないから。
震えているかもしれない背中を、しっかりと見ることができないから。

「クリスティアやレグナが、お前が、辛いと思ったときに。今度はクリスティアのように。しっかりと前を見て助けたいから。泣かない」

姿は見えないけれど、なんとなく、雰囲気できっとまっすぐと前を向いているんだろうなとわかった。
あぁ、やっぱりすごいなぁと思って。気付いたときには、口から言葉が出ていた。

「……私も、あなたのようになれるかしら」

いつだって弱いながらも支えてくれた、あなたのようなヒーローに。

「かっこよく、みんなを助けられるヒーローになれるかしら」

静かに涙を流して、聞いてみた。
また、しばらく沈黙した後。

「強くなれるかどうかは知らないが」

立ち上がる音が聞こえた。

「お前は、たぶん笑ってればいいんじゃないか」

ぱりぱりと枯れ葉を踏む音がこちらに近づく。

「笑って?」
「俺もクリスティアも、そんなに笑わないし。レグナはお前の笑顔が一番だろ」

影が差して、見上げた。

紅い瞳はいつもと変わらないけれど、あの日のクリスティアを思い出した。
ただ、彼女のように手を差し伸ばすことはしない。私たちには、必要ない。その人は腕を組んで、私を見下ろして告げた。

「笑ってればレグナは笑う。クリスティアだって笑う。それを見たら俺も笑う」
「私の笑顔であなたが笑うことはないのね」
「今更だろ」

そうね、と笑った。

「お前はなんだかんだ笑った顔が似合うんだから」

笑っていればいいんじゃないか。

そう言って、村の方へと視線を向けた。

「クリスティア」

そうして、彼が愛おしいと思っている少女の名を口にする。

口にする?

え、来ていたの?

「待って知らなかったわ」
「安心しろ、今来たばかりだ」

あらそれは安心。じゃなくて。私まだ泣いているわ。ごしごし目元を拭った。

「来たよー…」
「やっほー」

少し痛む目を向ければ、そこには兄もいた。たぶん途中で逢ったんでしょう。二人して手を振っている。思わずぱっと視線を逸らす。
大丈夫かしら。泣いていたことばれないかしら。
わたわたしていると、上から小さな声が落ちる。

「笑ってりゃ笑い泣きしたと思われるだろ」

その手があったか。
自身を映すものなんてないから、指先でしっかり口角を上げた。

そうして笑顔で、再び振り返った。

「待ってましたわ」

にっこりと、楽しげにそう言えば。

「お待たせ…」
「今日もいいの採れたよ」

私の笑顔を見て、彼らの顔もほころぶ。ちらっとリアスを見たら、クリスティアを見て頬を緩ませていた。

リアスの言ったとおりだ。

笑っていれば、みんな笑ってくれる。

人生は、笑えた方が楽しいというのは、クリスティアが来てから知った。
笑顔になると、心も晴れやかになる。ほんの少しの間でも、嫌なことを忘れられる。
不思議な、魔法みたいなもの。

みんなも、同じなのかしら。
辛いことや悲しいこと、少しでも忘れられるのかしら。

もしも、私が笑うことで、少しでも笑顔が増えるのなら。

「今日はなにで遊びましょうか!」

どんなときでも笑えるように、強くなってみせる。

決意して、思いっきり笑った。

『心のヒーローは、自分にはできない強さを教えてくれた』/カリナ

 

 

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