小さなヒーロー

「悪魔め!!」
「出て行け!!」

飛んでくる家具には、もう慣れた。振り下ろされる腕にも。抵抗はしない。抵抗するとさらに面倒になるというのは、十というまだ幼い年齢でわかりきったことだった。
弟が闇雲に投げてくる食器を肩に受け、母親が振り下ろしてきた手を頬で受ける。
出て行けという割に家から出させようとしないじゃないか。

「さっさと出て行け!」

それでもなお出て行けと言う彼らに呆れる。出て行けばいいんだろう。足を引きずって、痛む肩を押さえて。ノロノロと家を出た。

「うわ悪魔だ!」
「呪われるぞ!」

直後に聞こえる、心ない言葉。呪う力なんて持ってねぇよ、なんていうのは周知の事実で。相手をするのすら面倒くさくて、いつもの場所へと足を向ける。

その、傍らで。

「げ、病の子達も出てきたぞ」
「逃げろ! 病気にされるぞ!」

そう聞こえた。
あぁ、あいつらも出てきたのか。ちらりと後ろを向くと、オッドアイの双子がノロノロと手を繋いで歩いてくる。
どうせ行き先は同じだと、少し立ち止まって彼らを待った。

「あいつらやっぱ気が合うんだろうな」
「お似合いじゃねぇか」

「そのまま出て行ってくれればいいのに」

その言葉を聞きながら、こちらに追いついてきた双子と共に、森へ入る。痛む体を引きずって、ゆっくりゆっくり歩いていく。
罵声、蔑み。悪魔だ病だ、帰ってくるな。もう聞き慣れた言葉が聞こえなくなったところで。

隣の女から、嗚咽が聞こえた。

それが引き金のように溢れてくる涙を、奥歯を噛んでどうにか止めようとする。
けれど止まらなくて。

「っ……ふ……」

その女、親友の妹のカリナがその場にしゃがみ込んだことで、決壊した。

俺も、同じようにその場にしゃがんで、声を上げて泣き出す。親友は泣かないように必死に嗚咽をこらえて、泣きじゃくる妹を抱きしめた。

溢れる涙を拭いながら、いつも心に問いかける。

あとどれくらい、こんな生活が続くんだろう。
あとどれくらい、俺達は、苦しめばいいんだろう。

けれど、誰に聞くでもないその問いには当たり前に返事はなかった。

「今日も泣き虫ね」

そう言う女を、睨みつける。その目は真っ赤で。

「お前だって泣いていただろう」
「あなたほどじゃないわ」
「先に泣いたのはお前だ」
「泣き虫リアス」
「おまっ──いって!」
「治療中に暴れんなって」

暴れさせたのはお前の妹だろ、というのは、レグナに薬草を強く傷に押し当てられたことで言う機会を逃した。
おとなしく傷の手当てを受ける。

毎日のように続く暴力や差別。
別に、俺達三人は特別な力を持っているわけじゃない。この小さな村に住む奴らと同じ、れっきとしたヒューマンで。

けれどヒトというものは、少し容姿が違ったり、その子の親が良くないものだったりすると、自分達と区別したい生き物らしく。

血を思わせる紅い瞳を持った俺は、「悪魔の子」。
双子の方は直接彼らが関係あるわけではないのに、親の喧騒が激しいせいで気を病んだ村人が出たと噂になり、「病の子」と呼ばれるようになった。

いつからだなんて覚えていない。
もう物心ついたときにはその名で呼ばれるのが、軽蔑されるのが当たり前で。

俺は、俺達は愛されることはないんだと知った。

ただ、どうしても、差別のせいで生きる場がないから死ぬ、というのは癪に障って。
自立して村を出られるようになるまで、あらがって生きると決めた。
そうして逃げ場となったのが、村の近くにある森の奥深くの、開けた場所。他種族の縄張りが近いところ。他種族を恐れて誰も来ないそこは、唯一生きることを許された場所で。

同じ境遇だった双子を連れて来て、三人で、大人になるまでの時間潰しをする毎日だった。

それでもまぁ、

「痛いです」
「そりゃ傷になってるからね」
「そうじゃなくて、心が痛いわ」
「えー、俺に言われても」

辛いものは、辛いわけで。先に治療が終わった俺は、木に凭れかかりながら、互いに治療し合っている双子に耳を傾ける。

「いつまで続くのかしら」
「大人になるまで、でしょ」
「先に死んでしまいそうね」
「そうなったら俺も後追うから安心して」
「そうならないように頑張ろうという言葉はないのか」

後追い宣言を軽々してしまう兄を咎めると、だってーなんて申し訳なさの欠片のない声が返ってきた。

「今のこの状況で死んでない方が奇跡でしょ?」

その言葉には、無言で肯定しておいた。

本当にそうだと思う。
特に、親友のレグナは。
共に生まれた妹を守るために、親友は妹の分まで暴力を受けていた。その体を見ると、俺よりぼろぼろで。顔は翠色の右目があるまぶたが痛々しく腫れている。こいつより少ない俺でさえ、毎日受け続ければ体はきしみ、歩くだけで痛みが出る。ならばレグナはどれほどだろうか。

大人になるまでの辛抱。心に何度も言い聞かせる。
けれど今の状態が続いていたら、大人になることだってできないかもしれない。
早くどうにかしなければ、先に大切な親友が死んでしまうかもしれない。

けれど、どうにもできない。

もどかしさに、ガリ、と強めに爪をひっかいた。

そんな、不安と焦燥の日々を変えたのは春の日だった。

「ここ、おめーらが使ってんだってー?」

いつもの開けた森の中。桜が満開で、ひらひらとピンク色の花びらが舞う。

綺麗な景色なのに。空気は凍っていた。

「随分いいところじゃねーか!」

見慣れない人間達が、木の棒を持って楽しそうな笑みを浮かべる。
レグナと二人、カリナを守るように立った。

「ここなら遊び放題だな!」
「良いところ見つけたな!」

俺達と同じくらいの年の少年達。見慣れない顔だ。村は小さいから、子供の顔なんて覚えられるくらいの人数しかいない。新しく来たんだろうとすぐに予想がついた。

「ここ、譲ってくれていいんだぜ?」

そう、ガキ大将のような奴が言う。
それに「断る」と返したいのに、声は出なくて。情けないことに体も震えていた。ガキ大将はカタカタと震える俺達を見て笑う。

「震えてんじゃねーか! 悪魔の子だとか病の子だとか言うから、どんな奴らがいると思って来てみりゃこんなよわっちぃとはなぁ!」

言われた言葉に、奥歯を強く噛みしめた。
今は泣くな。そう自分に言い聞かせる。

「いじめ甲斐がありそうだが、今日は気分がいいからな。譲ります、って土下座したら見逃してやっても良いぜ」

ガキ大将が笑うと、周りもそうだと言いながら笑った。

何故、こいつらはそんなに上から目線なのか。
”普通”がそんなに偉いのか。

悔しくて、精一杯、声を絞り出す。

「……ことわる」
「あ?」

声は、小さくて震えていた。聞き返されたのに、今度こそ。

「断る」

はっきりと、告げる。
ここが無くなったら、俺達に居場所はない。せめて大人になるまでは、ここを死守しなければいけない。
誰もが嫌う紅い目で、強く睨んだ。

「ここ、は。俺達の場所だ。使いたいなら、あんた達が願えばいいだろ」

我ながらものすごく上から目線だった気がする。が、今は強く出なければいけないと言い訳して。震える手を握って、相手の反応を待つ。

俺の言葉を聞いたそいつらは、しばらく固まっていた。そうして時間を掛けてゆっくり飲み込んで。

顔つきが、変わる。

「あ”?」

一気に増した圧で、足がすくんだ。

「こっちが譲歩してやろうと思えばいい気になりやがって! 何様だてめぇ!」

振り上げてきた木の棒に、レグナと共にカリナを庇った。

「っ……!」

肩に痛みが走る。

「村で聞いてりゃおめーらは誰からも嫌われてんだろ! そんな奴らは居場所なんてなくていいんだよ! いっちょまえに主張しやがって!」

蹴られ、殴られ。暴言を浴びせられ、自然と涙が出てきた。

「さっさと出て行きやがれ!」

頭に、がつんと衝撃が走る。
ちかちかと星が散った気がした。

「リアス……!」
「っ……」

視界が揺れる。地面が近くなったところで、カリナの泣きそうな声が、レグナの息を飲む音が聞こえて。手を着いて、なんとか倒れないようにと踏みとどまった。

「っ、ぐ……」
「リアス、血が」
「もうやめてください!」
「おめーらが譲るって土下座したらな!」

なんて下衆な奴らが来たものか。ぼんやりする頭で思う。けれど土下座なんてするつもりはない。こんな奴に頭を下げてたまるか。それはカリナもレグナも同じで。誰一人頭を下げようとはしなかった。
舌打ちの音が聞こえる。

「聞き分けねーやつら」
「なぁ、これ投げてやろうぜ!」

言葉が聞こえて、まだ痛む頭を抑えながら顔を上げた。
子分のような奴が手に持っているのは、手のひらサイズの石。

嘘だろ。

「いいじゃねーか! 痛い目みねぇとな!」

なんであんたも賛成すんだよ。悪魔の子の異名、あいつの方が合っているんじゃないか。

なんて的外れなことを考えている間に、ガキ大将は石を受け取って振りかぶる。
まずい。

逃げる力なんて残ってない。

けれどせめて、こっちの双子だけは。

無意識に、双子の前に出た。

「いっくぜー」

投げてくるその姿が、スローモーションのように見える。
終わるかもしれない。終わりたくない。そいつのコントロールが悪いことばかりを祈って、

目を、閉じた。

「!?」

瞬間に、真横をゴォッと音を立てて何かが通り過ぎた。
同時に、ヂッと摩擦音が聞こえる。ついでに言えばドゴォという音も。

……なんだ今の。

そっと、目を開けた。

ふわ、っと金色の糸のようなものが視界を舞った。風に流されるように舞うそれを目で追っていくと、明らかに青ざめた少年達が目に入る。ガキ大将の手には石が乗ったまま。投げられなかったことに安堵してさらに糸を追って行くと、一本の木に目が止まった。

その木は見事に抉れているじゃないか。俺が視線を向けたのを待っていたかのように、抉れた部分から石がころりと落ちる。

いやいやいや。
何が起きた。

「リ、リアス、平気ですか……?」
「怪我はないが」
「いや、そこ」

そこ? 呆然とした双子が指さす部分へと手を運ぶ。
はらりと何かが落ちた。目の前に持ってくると、先ほど舞っていた糸じゃないか。

いやこれ糸じゃないな? 俺の髪の毛じゃないか?

再びそこに手を運ぶと、幸い傷はないらしい。ただ少しだけ髪が薄くなっている気がする。いやぼさぼさだったからいいけども。

「お、まえ!」

そこで、やっと我に返ったらしいガキ大将が声を上げた。

瞬間。

「ぅぐあっ!?」
「「「!?」」」

また、何かが横切った。
小さなそれは、ガキ大将めがけて突進し、

あろうことか、その頬に跳び膝蹴りを食らわせている。

桜と相反した、水色の髪がふわりと舞った。
なんて可愛らしい表現をしているが現在の状況はまったく可愛げがない。

その水色の少女は倒れ込んだガキ大将の腹を思い切り踏んづけている。
呆然と見つめるだけだった少年達は、それを見て我に返り、少女に掴みかかった。

これを壮絶というのだろうか。

髪を引っ張られれば引っ張り返し、手を上げられれば近くにある石を掴んでぶん投げ。
俺達よりも一回りも二回りも小さな少女は、臆することなく少年達を制裁していた。

その小さな背中が本当にかっこよくて。

見惚れるように、三人で少女の勇姿を見ていた。

「いってぇな!!」

傷だらけのガキ大将が立ち上がり、手を上げる。

「お前また邪魔すんのかよ!!」
「こりないおまえたちがわるい!!」

負けじと叫び返す声は細いのに、力強い。叩かれる前に少女は思いきり相手の胸を叩いた。

「いてぇっつってんだろ!!」

「この人たちだっていたかった!!」

自分達の耳を疑うも、叫び合いは続く。

「石なげられて、たたかれて、このひとたちだっていたかったもん!! おなじことしただけ!!」
「こいつらはいいんだよ!!」
「よくない!!」
「こいつらは悪魔とか病とかで嫌われてんだよ!! こういう役割のやつらなんだよ!」

思い知らされて、ぐっと涙が出そうになる。
が、少女の言葉でそれは止まった。

「っそんな役割なんてない!! みんないっしょだもん! きらわれたら、愛されないって、知ったら!! あくまだろうがやまいだろうがみんなかなしいの!! こころがいたいのっ!!」

先ほどの勇ましい姿はどこへやら。そう叫ぶ少女の背中は、先ほどと違って小さくて、悲しそうだった。
まだほんの少し霞んでいる視界でも見えるくらい、震えていた。こころなしか、嗚咽も聞こえる。それでも少女は叫ぶ。

「なにもわるさしてないじゃない!! いっしょうけんめい生きてるだけじゃない!!」

どんなに──。

「っどんなに愛されなくても、生きてるじゃないっ…!!」

「……っ」

自然と、涙が溢れていた。

彼女の叫びに、小さな頃から蓋をし続けた思いが蘇る。

──ねぇ。

生きているだけなのに。
誰かを傷つけたことなんてないのに。

ただ容姿が少し違うだけで。

どうして、愛してくれないの?

ぼんやりとした視界の中で映るのは、少女の後ろ姿。けれどそこには、小さな頃の自分の姿が重なって見えていた。

完全に泣き出してしまった少女に、向こうがどうにもしがたい空気でいる中。俺は、少女に、重なって見えた自分に。引き寄せられるように今までの痛みなんて忘れて、立ち上がった。

「っ、う」
「……もういい」
「うぅー」

近づいていって、震えている背中をそっと撫でてやる。ついにはしゃがみ込んでしまった少女につられるようにしゃがんだ。
無意識に背中をさすっていると、何故か自分が落ち着いてきて。溢れた涙を拭う。

そこで、ずっと動けずじまいでいた少年達が、呆れたような声を上げた。

「っ、なんだよ! きょうざめだ!」
「いこうぜいこうぜ」
「そいつがいるならこんなとこ来るかよ!!」

そいつ、とはこの少女だろうか。恐らく同じ村だったんだろう。そう自分の中で納得して、去っていった少年達に安堵しながら、一旦双子達へと目を移す。

さて勢いで来てしまったがこの泣きじゃくる少女をどうすればいい。
生憎弟にも嫌われているため誰かを慰めるという行為などしたことがない。

救いを求めるように双子を見るも、彼らも戸惑ったまま。そうだあいつらも同じだった。

二人であわあわとしながら、レグナがカリナの背をあやすように叩いた。そうすればいいのか。

未だしゃくりあげている少女に目を戻し、レグナがやったように弱く弱く背を叩く。
それを少しの間続けていくと、段々と落ち着いたようで。しゃくりあげる回数が減った。

そうして、ぱっと顔を上げてこちらを向く。

深い深い蒼と、目が合った。
海を思わせるそれはまだ潤んでいるが、こちらへの心配の念も感じられた。

「…だいじょうぶ?」
「こちらが無事かと聞きたいが?」
「…へーき…」

少女はゆっくりと立ち上がって、ワンピースに付いた桜の花びらを払う。

ぐすぐすと鼻を鳴らしながら一通り払った後、少女は未だしゃがんでいる俺に手を差しのばした。

「……?」

突然の行為に俺は当然目を見開く。
ぱっと双子を振り返るが、二人も驚いた顔をしていた。再び少女へと顔を戻し、見上げる形になった蒼い目を見つめる。

「これは?」
「…んー…」

いやお前が悩んでどうする。小首を傾げて、腰まで伸びた水色の髪を揺らした。
ひらひらと、少女と相反した色の花びらが舞う中で、答えを待つ。

「あそぼ…?」

先ほどまで叫び続けていた声とは打って変わって、とても小さな声だった。もしかしたらこれが本来の声量かもしれないが。

何故わざわざここで、しかも俺達に遊ぼうと言うのは心底謎だった。けれどどこか不安げに見下ろしてくる少女の目が、また小さな頃の自分と重なって見えて。思わず手を伸ばしそうになった。
が、直前で一度止めた。

「……お前は、俺達を悪魔だ病だと馬鹿にしないのか」

彼女に応じる前に、尋ねる。助けてもらったのに疑うのは本当に申し訳ないが、許してほしい。散々虐められて生きてきたんだ。いきなり優しくされると裏があるように思う。それは双子も同じで。警戒心の孕んだ目で彼女を見ていた。

ただ、その当の本人は。

「…しないよ?」

どうして? と言いたげに首を傾げてしまった。
いや俺達が首を傾げたい。
どう説明するべきか。自分の傷を抉って言うべきか。そう思案していると、手を引かれた。言わずもがな、少女である。

驚き瞬いていると、桜の下では異色の水色が、ふわりと笑った。
あまりにもきれいなそれに見とれて、その小さな口が動くのを、ぼんやりとしながら見る。

「…もう、いたくないよ」

「……!」

たった、その一言。
一言だけで、無意識の内に強ばっていた体がふっと軽くなった。
自分が害のあるものではないと示したのか、それとも先ほどの輩を追い払ったから大丈夫だと言いたいのか、それは明確にはわからなかったが。どっちにしても、もう大丈夫だと言われたことに、ひどく安堵した。

痛くて、辛くて、それでもどうしようもできなくて。いつだって不安だった。
いつ死ぬかもわからない。大人になれるかだってわからない。どうしようもない不安に押しつぶされそうだったのが、初めて逢った少女の何気ない言葉でこんなにも救われるのか。
拭った涙がまた、溢れてくる気がした。

泣き出した俺を見て少女は不思議そうな顔をしたが、また微笑んで。俺の手を、少し強めに引く。その勢いで、立ち上がった。
俺と手を繋いだまま、先ほどよりかは警戒心の薄れた双子の前へと行く。いざなわれるように、少女の目の前に立った。

三人を順番に見て、小さな口で、紡ぐ。

「ちょっと、だけでいいの」

両手を差し出して。

「みんなで、あそびませんか」

満開の桜の下で、異色の水色は、笑った。

その、小さな手を。今度は止まらずに。

「……あぁ」

三人で、強く、握った。

三月二十七日。
少女が現れたことによって、人生が、変わった。

『小さなヒーロー』/リアス

 

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