狂おしいほどに愛している君へ。共にもっと堕ちていこう

  一途に愛し続けて純愛だね、なんて。 そんな言葉を聞く度に、笑いが出る。 想いも時間も、感覚さえも。すべてを自分のものにした愛の。 どこが純愛なものか。     「りあすー…」 「うん?」 昔は確かに純愛だっただろうと思う。 「あーそーぼ」 「なにして」 「んー…」 近寄ってきた愛しい恋人を撫でて、抱きしめて。 どうしようかと悩んでいる恋人が「決まんなーい」と俺を見上げて言えば、二人して笑って。 そのまま寝ころんで、お互いすり寄りながら。決める気もないまま穏やかな時間を過ごしていた。 当時は争いも多くて生きることに精一杯だったが、そのときだけは気が抜けていて。愛しい恋人に癒されて、ほんの少しだけ運命のことも忘れられていた。   少しずつそんな癒されている余裕も無くなっていったのは、もう何百回繰り返したかわからなくなってきた頃。   「りあ、す」 何度その光景を見たんだろうか。数えることも嫌になるくらいというのは確かだった。 ボロボロな手を伸ばしてくるクリスティア。その手をとりたくてもいつもそれは掴めないまま。結局自分は何かに貫かれて、景色もいつの間にか真っ白な空間に変わる。   あぁ、また。   守れなかった。   悔しさにその真っ白な空間へ自分の手を叩きつける。     「……クリスティア」   どうしたら守れる? どうしたらクリスティアの手をとれる。 どうしたら傷つかない。どうすればこの運命からクリスティアを解放できる。 そう、彼女の残酷な最期を見る度に、だんだんと心の余裕も無くなっていった。   それを察してか、いつからクリスティアの態度も控えめになっていった。   「りあす」 「……なんだ」 「…あそぼ」 おずおずと名前を呼び、緩く裾を引っ張って。窺うように俺を見上げてくる。 そんな顔をさせたいわけではないのに。またいらいらが募る。 自分へのいらつきをなんとか彼女に見せないように頑張って、頷いた。 「何して」 「んと…」 けれど棘のあるような声に、クリスティアはおびえるように必死に周りを見渡す。 「っ…」 きょろきょろと探しても、家の中では見つからなかったんだろう。申し訳なさそうにうつむいて。 「…ごめん、なさい…」 怒っているわけでもないのに、彼女は小さく謝った。 情けない自分にぎりっと奥歯を噛みしめる。 いらいらして、腹の奥がむかむかして。 「…っ!」 勢い任せに引っ張って、強く抱きしめた。このどうしようもない怒りをぶつけるように、強く、強く。 クリスティアは、ただされるがまま。 そんな彼女に、このまま怒り任せに口づけしてもされるがままだろうか、なんて。よこしまな考えばかり浮かぶ。 口づけて、乱して、全部を自分のものにできたのなら少しは満たされるだろうか。 けれど、そんなのが彼女の「初めて」になるなんていうのが嫌だという理性も働いて。ただただ抱きしめる力を強くする。 もしかしたらこのまま折れてしまうかもしれない。そのくらい強く抱きしめていても心は満たされない。 「……」   いっそ。   このまま壊してしまえたら楽なのに。   ふと浮かんだ考えに。 きっと今自分は危ういところにいるんだろうと、どこか遠くに見てるような感覚で思った。     時間が経てば収まっていくんだろうと他人事のように思っていたその心の中のもやもや。   それは結局、収まることなんてなく。     「……」 「…、ごめん、なさい」 「……」 逆に彼女に傷がつく度に加速していった。 元からヒーロー体質なクリスティア。 困ったヒトがいれば放っておけない。昔からそこは変わらず、愛すべきところだったけれど。 この時期だけは、ただただ疎ましかった。 外に出て困った奴がいれば駆け出していき、場合によっては傷を負って帰ってくる。 今だってそうだ。 何と闘っていたのかは知らないが体中ひっかき傷や擦り傷だらけ。 自分じゃない者がつけた、傷。 気に入らない。 頬に手を添えて、抱きしめる。少しだけ冷たい体温を感じているのに、心の中は嫌に熱い。 気に入らない。 なんで他の奴がクリスティアに触るんだ。 レグナやカリナならまだしも、誰かも知らない奴が、なんで。 何でこんな簡単に──。 心からわき上がる闇のようなものを感じながら、彼女を抱きしめる力を強める。 肩が少しびくついたことに、一瞬だけ我に返った。 怒られると思っているんだろう。確かに怒りたい。傷ついたことにも、他の誰かに触れさせたことにも。 けれど、自分に怯えさせるのはもっと気に入らない。 ゆっくり一度深呼吸をして、 「……帰るか」 なんとか平静を装って、努めて優しく言った。 頭を撫でて、先ほどとは違って優しく抱きしめて。 自分は怖くないと言い聞かせるように、「な?」と言えば。 「…ん」 緊張していた体は力が抜けていき、俺に身を委ねる。 自分に安心して抱きしめ返してきた彼女に、ほんの少しの優越感。 じわじわ這い寄ってくるどす黒いものには、彼女に気づかれないようにふたをして。 クリスティアの手を取って歩き出す。 「さっきね、きれいなとこあった」 「そうか」 「天気いい日、行こ…?」 俺がいつも通りなことに嬉しそうな彼女から言われて。 ほんの少し、黙る。   外に出たのなら。   また彼女は傷つくんだろうか。   知らない誰かに、こんないらない傷ばかり付けられるんだろうか。   それは、許さない。   「…りあすー…?」 何も言わない俺を不思議に思ったクリスティアがのぞき込んでくる。 ほんの少し顔にも傷がついたクリスティア。 それを見て思い浮かぶのは、最期の日のぼろぼろの姿。   傷つけられてたまるか。 大事な大事な、愛しいクリスティア。 傷つけられたくないなら、いっそ。     外に出さなければいい。     そっと、彼女の頬に手を添えて。 「…?」 「気が向いたら、な」 どちらともとれない言葉を、彼女の耳に落とした。 それを「気が向けば行く」と捉えた恋人は、口角を上げて頷く。 従順な彼女に微笑んで。 早く閉じこめてしまおうと、帰路を心なしか早く歩いていった。     そこから一時期は、ほんの少し心が穏やかだった。     「りーあーす」 「うん?」 「あそぼっ?」 「あぁ」 飛びついて来た彼女を微笑んで受け止め、額を合わせて笑い合う。昔のように戻ったそれを噛みしめるように抱きしめた。 けれど昔とは違うことが、ひとつだけ。 「今日、外はー…?」 「……」 天気いいよと、あどけない少女はこてんと首を傾げる。そんな彼女に、愛しさを伝えるようにすりよって。 「家にいたい」 「今日も?」 「今日も」 キスをするように彼女の頬へ自分の頬をすりあわせ、頷いた。ほんの少しだけ残念そうな雰囲気に心がちくっとしたのは、一瞬だけ。 すぐさま口から出たのは、悪い言葉。 「俺はお前とこうして、家で愛し合う方が好きだ」 恋人らしいことはできぬとも。 抱きしめあって、笑って。ゆったりと時間を過ごせるだけで。 「こうしてるだけで幸せだ」 だから家にいよう。 言い聞かせるように言ってしまえば。 愛情を伝えられない彼女は、ゆっくり堕ちていく。 「ほんと?」 「あぁ」 緩く身を離して聞いてきた彼女に頷いてやる。 そうすれば彼女は、俺に愛情を伝えられていると思って顔が綻び、また抱きついてくる。 「じゃあ家にいる…」 「ん」 まだ子供な俺は、それが大人な彼女の気遣いであるとも知らないまま。 束の間の平穏を離さないように、恋人を強く強く抱きしめた。     そうして家から出さなくなって、疎ましく感じていた行動も危ないこともやめさせて。   優越感が、傷つくのではないかという不安や心配と、窮屈にさせているクリスティアへの罪悪感へと変わっていってしばらく経ったとき。   狂ったようになんでも「ダメだ」と言いつけて、過保護も加速して、いっぱいいっぱいで常に緊張していた糸が。     たった一度で、ぷつりと切れた。     最期の日。 目の前には、クリスティア。 「…り、ぁす」 彼女の胸中は、ぽっかりと穴が空いていた。 一番最初に、彼女を失ったときと同じように。 無意識に、手を伸ばした。 「クリスティア」 名前を呼べば、彼女も手を伸ばしてこちらに歩いてこようとする。 「…、…」 けれどその体は、数歩歩いて人形のように崩れ落ちた。 手を伸ばしたまま、血の海を作って倒れた愛しい愛しい恋人。 まるで再現されたかのようなそれは、ぎりぎりだった精神を引きずりおろすには十分だった。   なんで。   なんで守れない。 あんなに閉じこめても、あんなに彼女から奪っても、結局これか。 なんで、なんで。 ただただ彼女に笑っていて欲しいだけなのに。 幸せな未来を歩いて欲しいだけなのに。 なんでこんな簡単に奪っていくんだ。 たったひとつだけの、大切なモノ。 彼女のペースに合わせて、いつだって丁寧に扱ってきたモノ。 壊されないように、傷つかないように守りたかったモノ。 それが今目の前で壊されて、傷つけられた。 誰かも知らない奴にまた痛みを植え付けられた。 俺以外がクリスティアの中に残ってる。 たとえ生まれ変わるとしても。   その記憶が、感覚が。残っているなんて耐えられない。   クリスティアは、俺のものなのだから。   俺以外の感覚も、時間も、何も。   「……いらない」   いつものように体を貫かれながら傾く視界の中で。 だんだんと思考がおかしな方向にいっていることもわかっていながら。   どす黒いものが心を支配することを、許した。       守りたいのに、守れない。 触れたいのに、触れられない。 それなのに他の奴らは遠慮なく彼女に傷を付けてくる。 彼女に痛みを刻んでいく。 俺だって、彼女に自分を刻みたいのに。 自分以外何もいらないと言うくらい。 俺しか見えないくらい。深く、深く。 けれど自分を刻む方法は今はない。 でも彼女に自分を刻みたい。 あんな痛みなんて、忘れるくらい──。     何かに心が支配されてからは、ずっとそんな思いで頭が満たされていた。   消えない何かを刻みたい。 すべてにおいて自分が一番になるような、何か──。     そうして探し続けて、見つけたのは。 「クリスティア」 「?」 たった一つ、その体に自分を刻みつけられる愛情もの。 閉じこめた家の中、俺の声にこちらを向いたクリスティアに微笑んで。 そっと、二度も打ち抜かれた彼女の胸中に触れた。 「──なぁ、」 忌々しい記憶を消すために。 「ここが欲しい」 そう、言えば。 クリスティアは当然不思議そうな顔をした。それにまた微笑んでやりながら、今度は頬に手を添えて、いつものように額を合わせてやる。 「クリスティアが欲しいんだ」 「? うん…」 「心も、体も」 ぜんぶ。 驚きと照れで目を見開いた恋人にさらに口角があがっていくのを感じながら。 「いきなり恋人らしいことをしようなんて言わない」 きちんと、今まで守ってきたペースを守ることを約束する。 「そっちは徐々にでいい」 ──ただ、 「その代わりに」 一個ずつ。 「クリスティアの体が欲しい」 ぱちぱちと瞬かせたその目も。 こてんと首を傾げたときに揺れる髪も。 そっと俺の裾を持つ手も、指も。 生きていると主張する心臓も、全部。 「他の奴に傷つけられるのがたまらなく嫌なんだ」 けれど。 「仮に傷つけられても、自分のものという証が見えれば、多少安心する」 「あんしん…」 「あぁ。それに、証をつけさせてくれれば」 俺はお前に愛されていると、よくわかる。 そう、悪い言葉を言えば。 「──!」 きらきらと目を輝かせた愛しい恋人。優越感と罪悪感が、心を満たしていく。 ただ今回だけは、その罪悪感に負けぬように、ふたをして。 緩く体を離して、もう一度。いとおしさが伝わるように、胸中に触れた。 「だからまずはここに、俺の証を刻んでも?」 微笑んで、問う。 返ってきたのは、 「うん…!」 当然ながら、肯定。それに口角を上げて。 「なら、始めるか」 「んっ」 何も知らない彼女をゆっくりと押し倒して。   深く深く、逃れられないようにと。   自分の証を、その胸中へと刻み込んだ。     ♦     「リアス様ー…」 「うん?」 「あーそーぼ」 「あぁ」 ぽすんと膝の上に乗ってきた恋人の腰を支えてやる。 首に回ってきた腕に引き寄せられるように体を傾けて、額を合わせた。 「♪」 「何して」 「決まってなーい…」 ご機嫌に言うクリスティアに笑って、視線はほんの少し下へ。 肩が露出した服からちらりと見えたのは、控えめな胸とその間にある一番最初に刻んだ呪術。 それを見る度に、優越感が心を満たして口角があがる。 「? なぁに…」 「なんでも」 「そーお?」 「そう」 納得した彼女を抱きしめて、首裏へと手を添えた。そっとそこを見れば、紅い印がもう一つ。一度いとおしさを伝えるように頬にすり寄ってから、すぐに体を緩く離す。 何して遊ぶかクリスティアが悩んでいる間に、目はワンピースから出ている足へ。 白く光るようなクロスタスキのものがかかっている細い両足。触れた両腕には、服に隠れているがこちらにも。 すべて自分が刻んできたもの。 無意識に、彼女と繋がる自分の腹部に手を当てた。 「? 呪術、いたむ…?」 「いや?」 気づいたクリスティアに首を横に振って。 もう一度抱きしめて、冷えた体を堪能しながら。 「お前と繋がっているのが嬉しいだけだ」 そう、こぼせば。 「♪」 長年の歳月をかけて狂わせた少女は、嬉しそうにぱたぱたと足を揺らす。それに微笑んで。   今度はどこに刻んでやろうかと。 第一候補の背中に、そっと指を這わせる。   もっと自分のものになればいい。 早く体の中まで堕ちてくればいい。 こんな思いの、どこが純愛だろうか。 俺達を見て以前言ってきた奴には頭の中でそう返し。 だんだんと自分のモノへとなっている少女を、さらに強く抱きしめた。   『狂おしいほどに愛している君へ。共にもっと堕ちていこう』/リアス

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