今日もまたひとつ。アルバムのページが終わりを告げる
四人で「明日」を生きたいと願って始まった長い旅。最初は、今度こそ今度こそと立ち向かっていっていたけれど。変わらない運命に段々と心は折れていって。
私は前よりも声を荒げることが多くなって、レグナは誰のためになるかもわからないまま薬を作って、リアスは愛しい恋人をさらに閉じこめるようになって。
四人は二人へ、二人は独りへ。
いつからか気持ちは自分一人に向けるようになって、四人で逢っても喧嘩することが多くなった。
「いらないって言ってるじゃない!!」
「いつまで子供みたいに駄々をこねるつもりだ」
「リアスになにがわかるのよっ!!」
昔なら軽い言い合いだったものが本気の言い合いになっていく。
「これじゃないんだってば」
「だったら自分で取りに行け」
「その時間も惜しいんだってわかってるだろ」
聞こえてくる声もぴりぴりとして、ベッドの中で耳を塞ぐ。
もう、なにもかもが嫌だった。
聞こえてくる怒声も、頑張ることを強要されるような言葉も。
治ることに向けて頑張ることも。
生きるのを頑張ることも。
四人で生きようと頑張ることも。
たくさんたくさん、頑張ってきたじゃない。
私頑張ったんだよ。
頑張って生きてきたよ。
それなのに、まだ頑張らなきゃいけない?
もっとたくさん頑張らなきゃいけないの?
薬を出される度に、治さなきゃいけないという重圧がのしかかる。
なのに体は変化はなくて。
外に行きたいと思っても行けない。
家にいる間聞こえるのは誰かの怒鳴り声。
誰かが部屋に来れば私の怒鳴り声が響く。
楽しいことなんてひとつもない。
ただただ天井を見上げているか耳を塞いでいるだけの毎日。
あれから何回繰り返してきたんだろう。あと何回繰り返すんだろう。
ぼんやりとしながら何回も何十回も苦痛を味わい続けて、気はおかしくなって。
いつからか四人で生きることなんてどうでもよくなって、死を待つようになった。
昔みたいに「生きたい」なんて気持ちも起きない。
ただ死にたい。
早く、早く。
もう乗り越えられなくたっていい。早く終わってしまいたい。
こんな嫌な世界なら、私はいらない。
いつの間にかその思いは楽しいはずの七年九ヶ月にも出てくるようになって。
「カリナー…?」
「……」
大好きな親友ですら、疎ましく感じるようになった。
限られた空間の中。彼女が行ける範囲の目の前の庭。行こうと手を引くのを拒む。
こてんと首を傾げるのも前だったらかわいいと感じていたのに、今はむかむかとしてくる。
「…あそぼ?」
変わらずにそう言ってくる親友の手を、強く振り払った。
「ねぇ」
この子は悪くないのに、勝手に口が動く。
「いつまで子供のままでいるの」
大きな目がさらに大きく開いていくのがわかったけど、気にしなかった。
「あなただってもう気づいてるでしょう!? 意味ないの遊んだって!」
「…思い出、作らない?」
なおも小さな子供みたいに言う彼女に、腹が立って。
「作らないわよ」
するり、彼女の手から逃げていく。
「私、最期になったら動けないの」
「うん…だから、今のうちに思い出…」
「作らないって言ってるでしょ!!」
その記憶がいつかうらやましくてうらやましくてたまらなくなるの。
「あのときこんなのが楽しかったねなんて、そんなことで笑えるほど私たちもう子供じゃないの!!」
あなたにはわからないでしょう?
「いつまでも子供のままのあなたになんてわからない」
自分が最低なことを言っていると気づきながら、負の感情に支配された心では言葉が止まらない。
「体が動かなくなっていく感覚も、呼吸が辛いのも。望んで外に出られないこともなにもかも。あなたにはわからないじゃない」
わからないから、そういうことを言うんでしょう。
まっすぐ、小さな子供を見据える。
表情がわからない彼女は私を見つめたまま、なにも言うことはしない。
「……思い出を作るの、好きだったわ」
「…」
「でも今はもう苦痛なの」
同じように歩けないことも、たくさんの意味のなくなるような思い出話も。
「だからクリス」
お願いだから。
「思い出なんてもう作るの、やめましょう」
その子がどんなことを思っていたかなんてわからない。もう気にもとめなかった。
そうして、前だったら彼女が返事をするまで待っていたのに。
「……遊ぶなら一人で遊んできなさいな」
私は返事を待たず、その子に背を向けた。
つまらなくなった日々は、当たり前になった。
「だからこうしてって言ってんじゃん!!」
「文句を言うなら自分でやれ!」
聞こえてくる怒鳴り声。
「……」
体調なんて崩していないのに天井ばかり見上げて、死を待つばかりの自分。
誰かがやってくればなにもかもが気にくわなくて声を荒げる。
いつの日からか顔を合わせるだけで不機嫌にもなっていって。
同じ家にいるのに、たった独りの子供以外、全員がばらばらだった。
そのたった独りの子供は家の中をちょこちょこと動き回ることが多くなった。
「……どうしたの」
ときおり頬に紅く腫れたようなものを作りながら。
部屋の廊下を通り過ぎる彼女のそれが珍しすぎて声をかけてしまう。
蒼い瞳はこちらを見たあと、なんて言おうというように目をうろうろさせる。そうして何度か右往左往したあと。
「ころんだ…」
小さくそう言って、ぱたぱたと去っていった。
その後ろ姿を見ながら、彼女の言葉を嘘だとわかっていた私はため息を吐く。
転んでそこだけ紅く腫れるようなことなんてないじゃない。
明らかに、はたかれたような痕。
「……どうせリアスでも怒らせたんでしょ」
昔だったなら彼はそんなことしないし、もしあったなら駆け込んで思い切り私が殴っていたのに。今ではいつまでも変わらないからよと呆れるようになって。
「いい加減にしろよクリス! 忙しいって言ってるだろ!」
兄から怒鳴られていることも。
「この部屋に入るなと言っただろう」
大好きな恋人から怒られていることも。
「……バカな子」
そんなことを思いながら、少しずつ少しずつ動かなくなっている体で変わらず天井を見上げ続けていた。
毎日のように怒鳴り声が響く。
毎日のように少女はぱたぱたと動き回る。
そうしてまた怒鳴り声が響く。
いつからか当たり前になったそんな世界で思うのは。
「……」
今日も生きてるの。
明日も生きてるの?
いつまで生きてるの。
みんなみんな、いつまで生きてるのかしら。もう終わってもいいんじゃない?
こんな世界つまらないでしょう。
そんなことばかり。そして段々とこんな思いも出てくる。
次の運命の日、上に帰ったらセイレンに言ってみようかしら。
もう、終わりにしたいと。
みんなもそう思ってるよね、なんて。ばらばらのはずなのに思う。
あぁでも。
カレンダーを見れば、まだ一月の終わり。最期はまだまだ先。
「……早く」
早く、終わりたいな。
ぽつり、誰もいない部屋で独りこぼした。
そんな小さくこぼした声が届いたのか。
「これでもう終わりにする?」
目に光なんてなくなってしまったかのような兄が、珍しく全員集まった私の部屋で。
ある日突然、そう言った。
「……もういいじゃん、いらいらするばっかり」
けれど突然なのに誰も否定なんてしない。
「こんななら、もうやめにしようよ」
部屋の中に響いた声に、誰も視線は合わせないまま。
「……そうね」
私はそうこぼして、リアスも頷く。
なにも変わらない運命。
私は罪悪感ばかりが募っていく。なのに呪いで一番謝りたいことを謝ることはできなくて、体調も回復せずさらに罪悪感が募る。
ほかの人たちだって変わらない運命に疲弊していた。
それを表すかのように怒鳴り声しかあがらなくなった家。
ばらばらの四人。目すら合わせもしない。
四人で歩いていくことも、生きていくことすらも。
もうなにもかもどうでも良くなってしまって。
「これで、終わり…」
部屋でぽつりつぶやかれた声なんて、気にもとめなかった。
それからも怒鳴り声はやむことはなかった。ときには何かが割れる音。ときには何かを叩く音。
最後と決まった割に、それは収まることはなくて。日々加速していく。
誰もが狂いきって、疲弊して、自分以外どうでもよくなったつまらない世界。
そんな世界の中でその子に気づかなかったのは、きっともう見向きもしなかったから。
ただただ終われる。その安堵と、いつの日からか頷いたくせにどことなく寂しさが募っていき始めた二月の終わり。
狂いきった世界にたった独りで立ち向かっていた少女が、やってきた。
目が覚めて見えるのは変わらない天井。
家が騒がしいのも相変わらず。
ただ、
「……?」
その騒がしさはいつもとは違う。ばたばたと何かが駆けて来るみたいだった。まだ二月だけれど、もしかして何かが変わって死ぬ日にでもなって誰かが殺しにきたのかしら。
なんて荒んだ心では死ばかり。
けれど、ぱたぱたと駆けてくる音に混じって声も聞こえてきて。何か違うとわかった。
「なんなんだいきなりっ」
「もう話終わったじゃん」
レグナとリアスの声。聞く限りクリスティアが引っ張ってるのかしら。あの子力だけは強いものね。話ということはこっちに来る?
どうせなにも変わらないと思うけれど。
話には応じましょうかと動かしづらい体でこちらに向かってきているらしい足音に、首だけを傾けた。
瞬間。
バンッと勢いよく扉が開く。
視線の先には、やっぱりクリスティア。片手で大きな何かを持って、もう片方で男子二人を引っ張るというなかなかなことをしている。
昔ならちゃかしていたけれど。
「…っ、…」
「……どうしたの」
あまりにもその子の顔が必死で、泣きそうで。
思わずちゃかすことも言葉をかけないこともしないで、聞いた。
少女のようなその子はぎゅっとその何かを抱きしめて、泣きそうな顔でこちらに歩いてくる。
あまりにも必死そうだからか、ちゃんと聞かなきゃいけないと感じて。動かしづらい体を起こしてベッドサイドにもたれた。
ぱたぱたと歩きだけは勇ましくやってきて、私の隣に立つ。じっと私を見つめる蒼い瞳にはもう涙が溜まっていた。
なにも予想ができなくてレグナとリアスを見るけれど、同じくベッドに近づいてきた彼らもわからない様子。
また蒼い瞳を見て、珍しく。
「なぁに?」
努めてやさしくやさしく、聞けば。
「っ、こ、れ…」
ぎゅっと抱きしめていたそれを、ベッドにどさっと置いた。
「? なに……?」
「紙、の束?」
分厚い本よりもさらに分厚いそれは紙の束。思わずまたレグナたちと顔を合わせて首を傾げてから、紙の束に目を落とす。
一番上はまっしろな紙。
何故か、めくらなければならないと頭の中が言い出して。その頭の声が言うままに一枚めくる。
描いて、あるのは、
「……花の、絵……?」
色鉛筆か何か、淡い色で塗られたピンクの花。どこかの路上に咲いた一輪。
わけがわからなくて、一枚めくる。
──あ。
「ここうち?」
「カリナの部屋じゃないか」
自分でも気づいて周りを見てみれば。
絵に描いてあるテーブルや花瓶の位置が一緒。
これは風景画を見ろということなのかしら。未だにわからないけれど、続きが気になってまた一枚めくった。
「……?」
そこは、変わらずまた私の部屋。なんとなく物の高さが変わっているような絵。
もう一枚めくれば、同じ部屋だけど今度はドアが近くになった。
また一枚。今度はドアが開かれて、この部屋から出たときにちょうど見える大きな木がある。
また一枚。左へ向かったらしく、奥にはレグナの薬の調合室が見える。
ぱらぱらとめくっていくと。
まるで、歩いているかのようにその調合室へと近づいていって。
誰かがドアを開けるような仕草の絵があって、次の一枚でドアが開かれる。
そこには、
「俺じゃん」
薬を調合しているようなレグナの後ろ姿。そうこんな風にやってるよねと、ふっと笑みがこぼれた。
そうして絵の中の子はレグナに近づいていって、その肩を叩く。
振り返った兄は、今ではほとんど見ることはないくらい優しく笑っていた。
「なに?」と言いたげに。
絵の中の子と何か会話をしたんでしょう。レグナは頷いて、一歩前を歩きながら一緒に部屋を出ていく。
そうして向かった先は、リアスの書庫。
また一歩一歩歩いているような絵があって、
「リアスだ」
「こんな風に笑うか?」
穏やかな笑みでこちらを向いたリアス。いつの間にか自分の顔はほころんでいて、夢中でページをめくった。
リアスとレグナをつれて、書庫の奥へ行けば。
「クリスがいるわ」
眠っているようなクリスティアがいる。
あぁ、この絵の主人公は私だったの。じゃあ優しく起こしてあげなきゃね、なんて、絵の中とリンクして心の中で彼女を起こす。私たちを捉えた彼女はとてもうれしそうな顔。
そうしてゆっくりと起きたクリスティアもつれて、私たちは家を出た。
目の前に広がっているのはこの家を出たときにある商店街。そこも一歩一歩進んで行くようで、四人で歩いていく。
途中でクリスティアが寄り道して、リアスが止めて。レグナもいい生地があるよと笑って、たくさんの物を見ていた。
──あぁ、なんか。
昔に帰ったみたい。
ここからあと何枚、何十枚。ううん、何百枚あるんだろう。
まだまだ続く道の途中で、隣に立っている親友に目を向けた。
絵の中では笑っていたのに、隣に立つ彼女は涙を溜めて私たちを見ている。きっと今の私も同じかしら。
「……ねぇクリス」
これ、なぁに?
まるで歩いているかのような、これは。
意識しないでも優しく言葉が出た。その声を聞いて。
彼女の涙が、一つ。また一つこぼれ落ちていった。
「…っ、これ、なら…みんなで歩けると、思ったの」
涙と同じくらいぽつりぽつり、こぼしていく。
「昔みたいに、みんなでいろんなものを見て」
昔みたいに。
目が合ったらみんなでおはようと笑いあって。
どんなに遠くには行けなくても、手をつないでそこへ行って。
そうやってできた、たくさんの思い出。
目の前の少女は鼻をすすりながら、涙を流して。
「なくしたくない」
たった独りで狂いきった世界に立ち向かっていた彼女が、初めて小さく見えた。
改めて紙に目を落とす。ぽたりと何かがこぼれた気がしたけれど、かまわずページをめくった。
しばらくこの家付近の景色が続いて、途中でぱっと切り替わる。まるでテレポートをしたようなそこには。
満開の桜。
出逢った頃のような桜の中で遊んで、今度は四人で行った大きな湖。
いつの日か道に迷った森の中。そこにいたビーストも描いてある。
ゆったりとできるきれいな川。
初日の出を見ようと何故か山登りまでしたときのものも。
この人生だけじゃない、今までの家も。
たくさんたくさん、四人で行った場所が綴られている。
「……ねぇクリス、これ全部描いたの?」
こくりと涙をこぼしながら頷いた小さな少女。
どれだけ頑張ったんだろう。
ぱらぱらとめくった中には、彼女には話だけでしか言わなかった場所もあった。きっとレグナに聞いたのかしら。
怒鳴られながら、怒られながら。
たった独りで、たくさんたくさん。
どれだけ寂しかったんだろう。少女を見れば、裾で涙を拭いながらしゃくりあげていて。
小さな声で、言った。
「さよならなんて言わないで」
四人でまた、あそぼう。
どんなことでも頑張るから。
小さな小さな女の子の小さな声に。
重かった体が、勝手に動いていた。
「……ごめんねクリス」
いつからか冷たくなってしまった体温を抱きしめる。
「寂しかったよね」
こくり、抱きしめ返されながら頷く。
「クリスだって、つらかったね」
たくさん怒られて、誰もいなくなった世界で。たった独り、つらかったでしょう。頭を撫でてあげれば、少しずつ少しずつ声を上げて泣き始める小さな女の子。
そっと周りを見れば、いつの日からか険悪だった雰囲気はなくなっていて。
困ったようにはしながら、顔はほころんでいる。
そうして三人、頷いて。
「もう大丈夫よクリス」
みんな同じ、気持ちをあなたに。
「これからもずっと一緒にいるからね」
こぼしたとたん、糸が切れたように腕の中の少女は声を上げて泣き出した。
その声を聞きながら、さらに強く抱きしめる。
なにもかもが狂ったおかしな世界。
誰もが自分のことばかりになって、ばらばらになった四人。
けれどそんな世界から救ってくれたのは。
「ありがとねクリスティア」
いつだってたった独りでいろんなことに立ち向かっていた、小さな、小さな。誰よりも強くて誰よりも繊細なヒーローだった。
♦
カシャリ、音を鳴らしてシャッターを切る。
映ったのは、病室のテーブルでお絵かきしている水色のかわいいかわいい天使。
「また撮っているのかお前」
「えぇ、後ほど差し上げますわ」
「欲しいなど言っていないが」
「え、欲しくないんです?」
信じられないといった風に見れば、目の前の男は引いたように私を見た。失礼ですね。
ぷくりと頬を膨らませて、いいですよーと溜まった写真を見る。
スライドさせていけば水色の天使から始まって、目の前の男の読書写真になり、兄の料理の姿。
風景だったり四人での写真だったり、たくさん。
「だいぶ溜まったね」
横から見てきた兄に、頷く。
「また現像をお願いせねばなりませんね」
「それはかまわないんだがアルバムが足りなくなっている問題はどうするつもりだ」
「簡単なことでしょう。新しく買ってあげなさいな。クリスだって喜びますわ」
「わーい…」
棒読みありがとうございます。
いつか誰かが好きだと言った笑みで笑って、再び写真に目を落とす。
またスライドしていけば、毎回毎回逢う度に撮っていた写真がたくさん出てくる。
「結構ことある毎に撮るよねカリナ」
「えぇ。撮り逃しはありませんわ」
「たまには撮り逃せ」
「嫌ですよ。この瞬間も大事な思い出ですから残していきますわ。ねぇクリス?」
「ねー…」
うれしそうに頷いた彼女に、また笑って。
カメラに切り替えて、ぱしゃり。もう一度シャッターを切った。
「でももう少しわたしの視線の合った写真増やしてもいいと思うの…」
「お任せくださいな」
「それ絶対隠しカメラで合わせてくやつだよね」
「この数百年で盗撮に磨きがかかったな」
盗撮なんて失礼な。
「ちゃんとカメラを構えていますから盗撮じゃありません。れっきとした正当行為です」
「服に仕込んで写真を撮ることはれっきとした犯罪行為だよ」
「日本って難しいですね」
「残念だなカリナ、全国共通だ」
「まぁびっくり」
おおげさに驚いたように言えば、みんなも笑う。
「できたー…」
そんな中でも一人色鉛筆を走らせていた彼女は、ベッドに集まっている私たちの元へ楽しそうにやってきました。リアスの膝の上にちょこんと座って、その描いたものを差し出してくる。
描かれているのは、彼女の家の庭に咲く桜草の花。
大昔だったら疎ましく思っていたのに、今はすぐに顔がほころんだ。
「また上手になりましたねぇ」
「♪」
笑えば彼女もうれしそうに笑う。その頭をなでてあげて。
「ねぇクリス、私歩きたいです」
いつからか当たり前になった散歩を願う。
そうすればクリスティアはお任せあれと胸を叩き、引き出しから大きな紙の束を持ってきて私の膝の上に置いた。
昔よりも増えて、もう何冊目かはわからないそれを丁寧にめくっていく。
「今日はどこ行きたい…?」
「クリスが行きたいところに行きましょう」
「じゃあねー…」
ぱらぱらとめくっていくと、病室から始まりどんどん景色が変わっていって。
「今日は海気分…」
「リアス水着のご用意を」
「この三月にばかじゃないのか」
「ビーチボールだけ持ってこうよ」
笑って、海が広がるそこに目を落とした。
変わらず私の視線で描かれるイラストは、みんなが優しく笑っている。それに頬を緩ませ目を上げて周りを見れば、そのイラストの中と同じように優しく笑っていた。
みんなで笑いながらたくさんの物を見る。肺いっぱいに息を吸い込めば潮の香りがするような気がする。
私の望んだ世界。
それが見られるようになったのも、全部。
「……あなたのおかげね」
「? なぁにー」
「なぁんにも」
不思議そうな顔の少女には笑って。
「……♪」
たくさんの思い出がまた増えますように。
大好きな彼女がたくさん笑顔になれますように。
願いながらこっそり、この光景にシャッターを切った。
『今日もまたひとつ。アルバムのページが終わりを告げる』/カリナ