また逢う日まで先読み September

「…」

九月六日、水曜日。五時間目はホームルーム。

席替えをして、時間の最後らへんに渡されたプリントに、目を落とす。

”エシュト学園文化祭”

もりぶち先生のかわいい絵と一緒に描かれた文字。
文化祭の出し物アンケートのプリント。

ホームルームが終わって、みんなこの文化祭のことで楽しそうに話しているけれど。

わたし一人だけ、静かにそれを見つめてた。
ぼーっと見てたら、上からレグナの優しい声。

「……刹那」
「…」

答えずに、目はプリントに落としたまま。

隣に座ることになったみおりと、前に座るレグナの隣に座るゆいからも、心配そうな声も聞こえる。

「刹那ちゃん、元気ないのね」
「イベント事はねー」
「炎上か?」

レグナの苦笑いが聞こえて、ぱっと顔を上げた。

ゆいもみおりも、心配そうな顔。それを見て、言葉がするって出てくる。

「龍は、悪くないの」

二人が驚いた顔してるけど、気にしない。

「悪くないの…」

こういうの、だめって言うこと。
お出かけも、イベントも。人混みがあるところは基本的に全部だめ。

もちろん、なにも思わないわけじゃない。うらやましいし、リアス様と一緒にもっともっとお出かけしたいって思う。

でも、リアス様だって、好きで「だめ」って言ってるわけじゃない。
だめって言う度に、つらそうな顔してるの、知ってる。

だから、

「いいの」
「刹那」
「…参加、できなくても…」

いい、って言葉は、自分で思ったよりも小さく出た。

そりゃ参加はしたい。みおりたちも一緒で、きっともっと楽しくなる。
でも、大丈夫。

「参加、したかったけど、へーき」
「刹那ちゃん……」

いつも通りに、悲しい顔にはしないようにして、二人を見上げたら。

みおりは意を決したみたいに、笑ってるけれど真剣な顔になった。

「大丈夫よ!」
「…?」
「こ、根拠はないけれども! でも、大丈夫! なんなら終わりがけにちらっと見に来るでも良いわ!」
「みおり…」
「それにまだ文化祭まで三週間あるじゃない! 刹那ちゃんが一生懸命文化祭の準備してたら気が変わるかもしれないわ!」
「炎上は恋人に甘いようだしな」

笑う二人に、レグナを見る。
ちょっと、心配そうな感じはしてるけど。

「ま、そもそも今回は大丈夫なんじゃない」
「…?」

遠足のときと違って、そう笑った。

結論、ほんとに大丈夫でした。

「どういうことなの…」
「どうもこうも、文化祭は参加してもいいという事実に変わりはないが」
「えぇ…? 意味わかんない…」

思わず、リアス様の肩に埋もれた。

あのあと、リアス様とカリナが迎えに来て、みおりにエール送られながら教室を出て。

はるまとぶれんと六人で帰りまして。

家に帰ってきて、荷物を置いて。さぁとりあえず一息つきますかと、リアス様のひざに乗りましたら。

突然「文化祭は出ていい」とお言葉をいただきまして。

鼻がくじかれるというのはこういうことかと思うのもつかの間、どういうことかと問いただしている現状です。

え、だって意味わかんなくない?? 人混み嫌いで、たしかに体育祭はふつうに出たけど遠足のプリントすら読まなかったヒトが、「文化祭出ていい」ってなに??

放課後のあの悲しい空気なんだったの。

「…ご説明を…お願いしたいです…」
「……」

小さくこぼしたら、リアス様はちょっと黙ってから一回わたしをソファにおろす。

「…?」

そのまま無言で部屋へ。逃避?? いやさすがにあのリアス様がそんなことはしない。今わたしぎしんあんきなるもので思考がよろしくない。いつものほら、どこ行くのーっていう思考戻ってきて。

なんてばかなこと考えてたらリアス様が戻ってきまして。

その手には、…冊子?

「ん」
「…」

隣に座って、差し出してきたその冊子。

「…エシュト学園、入学前重要事項…」
「学校説明会に行ったろう。そこでもらった奴だ」
「あのいっぱいの冊子の中のやつ…?」
「お前が一切目を通していなさそうな奴らだな」

失礼な。

「…学校のパンフレットは見た…」
「外観の写真だけな。で、これの」

あっさりかわしてリアス様はその重要事項本のページをめくってく。

ぱらぱらめくってって、ぴたりと止まったとこ。

「行事に、ついて…」
「エシュト学園行事についての一行目」

リアス様の指さした場所。ゆっくり動かすのを追うように、読んでく。

「…外部、交流目的の、イベントは、休学を、原則禁止…?」

よくわかんなくて見上げたら、紅い目がわたしを見ながらわかりやすく説明してくれた。

「笑守人の行事には休んでいいものといけないものがあるということ。区別としては、遠足のような学校の奴らとしか交流が深まらないようなものは休んでもいい。逆に、文化祭や体育祭、武闘会もだな。一般市民との交流や笑守人の本分である”守るための力を得る”ことを目的とした行事は休んではいけない」
「だから、体育祭…」
「あれも休めないからな。休んでいいならば全力で休むが」

リアス様が視線を落としたので追うと、指の場所が変わってる。

指の上には、”ペナルティー”の文字。

「ペナルティー…?」
「ずる休み防止の策として、行事を休んだ日数×五日分、外部のボランティアに行かせる制度がある」
「つまり文化祭まるまる休んだら…?」
「十日間。しかも場所も当日までわからないし、共に休んだ奴と同じになるかもわからない」

それリアス様にとっては地獄では。

「十日間も死ぬ思いするなら二日間で済む方がましだ。だから文化祭は出ていい。というか体調不良がない限り出なければならない」

わかったか、って本を閉じるリアス様。

うん、わかった。
ヒトのためになる行事は、休んじゃいけないってこと。

そして同時にこんな思いが出るのは仕方ないと思う。

なんで最初に言わなかったこのヒト???

「…リアス様」
「何だ」
「たぶんリアス様ならわたしが言いたいこと予想してる思うの…」
「リアス様と文化祭に出れるんだ嬉しい」
「あ、それもうちょっと先の話…」

嬉しいんだけど今そうじゃない。

ソファの上で正座して、リアス様をまっすぐ見上げる。

「なんで毎回大事なことその場で言うの???」
「何も言わないお前よりはましだと思うが?」
「そうだけども…」

たしかに悪いと思ってるけども。

「言ってくれてもいいと思うの…」
「そもそも自分で通う学校でもらう資料を読んでいないお前が悪いんだろう」
「リアス様だって遠足のプリント読んでなかったじゃん」
「元々行く予定がなかったから詳しい日程のプリントを読んでいないだけで行事自体は知っていたが? お前と違って重要な資料は読むからな俺は」

うっわむかつく。
でも正論なので黙ってしまう。

「他に反論は」
「…一言、必要っ」
「お互い様だろう。むしろ今回は今言っただけ俺は許されてもいいと思うんだが」

そうなんですけれどもっ。

行けないかと思ってすごい悲しかったじゃん。めっちゃみおりたちに心配かけちゃったじゃん。

「…」

でも、さすがにそれは言えなくて。結局黙ってしまう。

だってその言葉は、いつも自分を責めてるリアス様を、もっと責めさせちゃうから。きっとわかっているのも知っているけれど。

「…」
「……」
「…次は、みぞおち…」

だからほっぺに空気だけ入れて、そっぽ向く。

それにリアス様は、ほんのちょっとだけ申し訳なさそうな色を紅い目に混ぜて、笑った。

「前回同様物騒だな」
「物騒になったのは誰のせい…」
「それは元からの素質だろう。木をえぐるくらいの腕力持っているじゃないか」
「あれは、緊急だったから、火事場のばか力なだけ…」
「普段だって十分馬鹿力だ」
「か弱い女の子っ!」
「いい加減か弱くないことを認めろ」

ちくしょう今こそみぞおちを蹴ってやりたい。

でもさすがに正座の状態からじゃみぞおちのクリーンヒットはむずかしい。
あ、別に蹴ることにこだわらなくてもいいじゃない。

「…けりがだめならパンチ…」
「そういうところがか弱くないと言っているんだ馬鹿力め」

そいっとパンチを繰り出したら読まれてたみたいでぱしんって止められちゃった。
もっかいほっぺに空気を入れる。

「そういうところは可愛いんだがな……」
「レグナと同じこと言わないで…」
「お前の破壊力の被害者は誰でも思うだろうよ」

笑いながらほっぺの空気を抜かれて。ご機嫌とるみたいに抱っこされてまたひざの上に乗る。

肩にすり寄ってきたリアス様に、まだちょっと不服だけれど、こてんと頭でもたれた。

「…」
「……」

ぎゅって抱き寄せてきて、息を吐くリアス様。

それは、安心と、不安と。どっちだろう。

顔は笑ってたけれど、どこか不安げな色も紅い目に混ざってたから、きっと不安の方だよね。

「…」

言わないのだって、約束がこわいからだって、ちゃんとわかってる。叶わなかったらどうしようって。

ふつうの恋人たちだったら、文化祭に参加できるようになったなら。「楽しみだね」って笑いあうと思う。

でも叶っても、今回は夏のように貸し切りになるわけでもない。エシュトのヒトたちだけじゃない他の人もたくさん来る文化祭。それに気が変わって休むことも許されない。もし休んだら、リアス様にとってもっとこわくなるペナルティー。

入学前にわかっていたなら、どうして。

どうして初めて、自分から「この学園に来たい」なんて言ったんだろうって疑問はあるけれど。

今は、それを言うときじゃないよね。

休んだ方がつらいなら、休まない方にもっと楽しみを見つければいい。

「…リアスさま」
「……」

あったかい手をにぎって、安心してって言うように、声をつむぐ。

「リアス様と文化祭参加できるの、うれし」

あなたが言った言葉は、きっとあなた自身が欲しかった言葉。
ぴくりと動いた指に、ほほえむ。

「クリス、とびきりかわいい格好して待ってるね」

あなたが少しでも楽しめるように。

そう、思いを込めてすりよったら。

深く深く、息を吐いて。

「……楽しみにしている」

ぎゅっと、もっと強く、抱きしめられた。

それに、口角を上げて。

さぁリアス様をとびきり喜ばせる出し物はどんなのがいいかなって、アンケートに書く出し物を考え始めた。

『志貴零』/クリスティア