また逢う日まで先読み September

今俺は大変困っている。

「頼むよ炎上!」
『お願い!』

目の前には実行委員を始めとしたクラスメイトたち。
そいつらは今まで遠巻きだったのなんて嘘のように目の前で、俺に懇願の目を向けていた。

「……断りたいんだが」

何度そう言っても、目の前の奴らは首を縦に振ってくれない。

そうして、それに溜息を吐いた俺に、何度も言う。

「お願い炎上!」
「やってよ!」

「『キャストとして舞台に出て!!』」

そう、願い下げのことを、何度も。

九月十三日。来たる文化祭のために、本日はどこも会議HRだそうで。当然俺達のところも会議となった。やることは実行委員と江馬が事前に話し合いこの場でいくつか提案。出たのは喫茶店、舞台発表、展示など、文化祭でよく見るであろう項目たち。

笑守人の理念に沿いながらどんなものにしていくかと考えた結果、やることはすんなり決まった。

カフェと舞台発表を併せてやらないかと。

普段は普通のカフェ。一時間置きほどにたとえば演劇やバンドなどのステージ発表。休憩所としても使えながら時間によっては楽しむこともできるというもの。

そこまではよかった。ステージ以外は普通のカフェだし、必要以上に客と接触しなくても済む。ウェイターかキッチン要員にでもなればいいだろうと思っていた。

思っていたのだが。

配役を決めましょうといったところから問題だった。

何故か実行委員がこっちに来るじゃないか。そして俺の前に立つだろう。

そうして言った。

キャストとして舞台に立ってくれと。

いや何故だと呆けてしまったのはつい先ほどのこと。

そうして訳を聞いていけば。

「炎上顔が良いから絶対ステージ映えるんだよー!」
「イケメンがステージ立つってなったらみんな来るって!!」

こういうわけである。

前に座るカリナにどうにかしてくれと視線を送るも。

彼らの気持ちはわかりますと言わんばかりににっこり笑われてしまった。

裏切り者め。

舌打ちをして睨んでから、再び目の前に視線を向ける。手を合わせ、神にでも願うようにこちらを見るクラスメイト達。頼むからそんな目で見ないでほしい。

「……そういったことは断りたいんだが」
『お願いっ!! 一回だけとかでもいい!!』
「いや一回でも断りたい」
「どうしても!?」
「どうしてもだ」
『ひょ、氷河さんだって喜ぶかもよ!?』

そこでクリスティアを出すのはズルいだろう。一瞬ぐらつき掛けたが。

「……断る」

また、首を横に振る。
しかし向こうも引こうとはせず。堂々巡りだなと息を吐けば、席替えで隣にやってきた閃吏とユーアも入ってきた。

「えっと、炎上君。確かに氷河さん喜びそうだけど……だめなのかな?」
『かっこいい炎上が見れたら氷河も笑顔ですっ』

当然ながら俺をキャストに持って行こうとしてというのは目に見えていたけれども。ちらりとまたカリナを見ると、口には出していないがそいつも特に反対というわけではない。珍しく俺の意見を尊重しているのか今回はまだ黙っているのがありがたい。

目を戻せば、やはり懇願するかのようなクラスメイト。

口々にお願いだの、氷河さんも喜ぶだの、いろいろと言ってくる。

机に肘を吐いて体重を預け、溜息を吐いた。

言いたいことはとてもわかる。顔に関しては正直なんとも言えないが、クリスティアのことに関しては。
きっとステージに出ると言えばそれに合わせてシフトをどうにかしてでも俺のところに来るんだろう。終わって彼女の元へ行ったらきらきらと「かっこよかった」だの俺の愛した笑顔で言ってくれるんだろう。

それはもちろん魅力的である。そんな顔が見れるのであればいくらだってやったっていい。なんでも着てやるしなんでもやってやる。参加していい文化祭とは言え、多少制限は設けるつもりだ。その代わりになるのであればなんだってやってやりたい。

気持ちはある。あるんだけれども。

「……家で練習が必須なものはどうしても避けたい」

小さくこぼした言葉の意味を理解したのは、現在は隣に見えている女と、事情を知っている江馬だけだろう。

目の前のクラスメイト達はきょとんとしている。

そうなるよな。そうなるのはわかっているがどうしても避けたいんだ。

ステージはいくら出てもいい。それでクリスティアが喜ぶのならば喜んで引き受けよう。

ただ今世、この学園生活、このクラス分けになった以上はどうしても頷きかねる。

ステージともなれば家で多少なりとも練習は必要であると思っている。舞台ならセリフや立ち位置、バンドなら楽譜、それぞれ覚えることもあるし、二週間という短い期間ならば家や学校外で詰めていかなければならない。

その、家に。

愛する少女はいつだっている。

自他共に認める過保護な俺はいつだって傍にいる。なんなら家は多少広くありつつもリビングにほとんどの部屋が隣接している。誰かと喋っているとかテレビを見ているとかなら別だが、静かな空間だったなら隣の部屋の声や音なんて結構聞こえる。

愛する少女に見せたいものを彼女に聞こえる状態で練習しろと? そんな楽しみを奪うようなことをしろと。

俺にはできない。

一瞬クリスティアが寝ている間にというのも考えた。俺の睡眠は浅くてもいいし、数十分でもかなり動けるくらいにはしてある。けれども。クリスティアは離れると起きるんだ。何故か起きるんだ。可愛らしく「りあすさま」なんて舌っ足らずで呼んで探すんだ。可愛いんだが。

なにしてるのなんて目を向けられるのだけは耐えられない。

夜中にいきなり恋人が踊り出してたらどうする。びびるだろう。俺でもびびるわ。あぁ文化祭なんだななんてそんな寝ぼけた思考でできるかと聞かれたら曖昧に首を傾げてしまう。えらいもんでも見たとだいたいがなるだろう。

カリナお前絶対同じこと考えて想像したな? 想像したよな。思いっきり肩震わせてるしなんなら机に突っ伏し始めたよな。お前には踊ってる俺が笑い事かもしれないが事態が割と重大なんだ。

志貴零
しかしさすがに同棲している恋人がなんて話題を出す気にもなれない。いずれバレる奴もいるだろうが不特定多数にまでバレるようなことはしたくない。
なので、当たり障りなく、言葉を紡ぐ。

「……少し、その、壁が薄い家なんだ。楽しみに、している奴もいるし。バレるのは遠慮願いたい」
「外とかカラオケボックスで練習とかは?」

しまったカードが足りなかったか。現代高校生はそういう風に練習するのか? しかしそれもできない。

「門限が」

というか制限をクリスティアにつけていて。

『文化祭でもだめっ?』
「少し、厳しい家で」

俺にではなく正直クリスティアに厳しいが。

『文化祭くらい少し緩くなったりはしないの……?』

まずいこれは俺への精神ダメージがやばい。そうだよな。少しくらい緩くしないとだめだよななんて後悔が襲ってくる。こんな情けない姿クリスティアには見せられまい。今だけクラスが別であることを喜べる。

そして。

「よろしいです?」

この女が同じクラスであることも。

声が聞こえ、全員でそちらを見た。その先には当然カリナ──ってお前だいぶ頑張って表情作ってるぞ。肩震えてるが大丈夫か。

「あの、愛原さん肩……」
「だ、いじょうぶです閃吏くん、少し、その、ふふっ、思い出し笑いみたいな」

ふふって笑ってんじゃねぇか。声も震えてるぞお前。おい咳払いしたところで無かったことにはならないからな。

「えぇとですね」

なんとかその言葉達は心にとどめ、仕切り直しと言わんばかりにいつもの笑みになるカリナに注目がいく。それに慣れきっている目の前の女は動じずいつものようにそのよく回る口を開いた。

「実行委員さん」
「は、はいっ!」
「まず彼に目をつけたのはとてもすばらしいことですわ」

思ってないだろと言ってもいいか。だめだよな。

「この通りお顔はよろしいですし、あなたがおっしゃった通りステージに映えるでしょう」

こいつ地味にツッコませたくなる言い方ばかりする。お顔「は」って強調したぞさりげなく。気づいた閃吏とユーアも苦笑いしてるぞ。しかしそんなのは気にもせず、カリナはまっすぐ前だけを見る。

「けれど、もちろん強要はよろしくないですね?」
「そ、れはもちろん……」
「彼の環境は少々、えーーーーと特殊と言いますか。詳しくは私の口からは言えませんが、学校内くらいでしかちょっと練習が難しいんですよ」

一気に俺に哀れみが向けられてしまった。違うんだ変なものではないから。

「ただ、学校内での練習も場所が限られますね。それに学校内だと刹那に逢う危険性も高まります。どっちみち彼は刹那の笑顔も、楽しみにしていらっしゃる方の笑顔も満開に咲かせることができない危険が伴います。それは笑守人の理念にそぐわないでしょう?」
「う、うーーん……」

女子の実行員を始めとしたクラスメイトが考え始めたところで、カリナは畳みかける。パンッと手を鳴らし。

「というわけで、彼のステージは無しにしましょう」

その言葉に当然クラスメイト達は驚くが、何かを発することもさせずに間髪入れずカリナは口を開く。

「その代わり、客足を多くし刹那も笑顔にできる案がありますわ」
「えっ!!」

顔を明るくしたのは、女子の実行委員。
してやったりというカリナに捕まったなと思うも、今回ばかりは憐れみよりカリナへの感謝の方が強い。そのカリナは、俺に手を向ける。
にっこりと笑って。

「シフト中は彼をウェイターに、そして休憩中はそのまま宣伝係にすることを推薦します」

これは俺も捕まったなと思うがもう遅いと気づいてしまった。けれどカリナのプレゼンが続いてしまって止められない。

「こんなイケメンですもの。ステージ上で見るよりももっと近くで見れた方がよくありません? 女性方からしてみれば、彼の手からお茶やお菓子を渡される方が良いでしょう」

そして、

「まずステージをするにも、カフェにも、ヒトが入らねばなりません。せっかく彼がステージに立っていたとしても、お客様が入らなければ宝の持ち腐れですわ。だったらもっと見てもらうために、宣伝をこの引き付けやすいお顔にお願いしましょう」

こうもぽんぽん思ってもいない言葉を出るところだけは尊敬するのに。

「休憩中刹那と一緒に回るでしょうから刹那は龍がかっこいい服を着ていると大歓喜。なんならウェイター中とは衣装を変えれば彼女にとっては二度おいしい思いができてさらに喜ぶでしょう。そして先ほど言った宣伝のおまけ付き。もちろんどこまで効果が出るかはわかりませんが、ステージを降りる対価にしても十分すぎるほどの働きをしてくれるでしょうね」

どうです? と。俺にも向けて聞いてくる。自分でもわかるくらい引き笑いをしながら、クラスメイト達に目を向けると。

俺にステージを願うときより、さらに輝いた顔をしていた。

そんな好待遇を受けられるのであれば、頷くしかないわけで。

「……宣伝とウェイターだな」
「ありがとう炎上!!」

諦めたように言えば、クラスメイト達は喜んでその場を後にしていく。

「えっと、よかったね炎上君」
『氷河も喜ぶですっ』
「……そうだな」

正直歩き回るのは避けたいが。対策はいくらでもできるけれども。

思考に落ち掛けたところで、そこの女はお見通しなんだろう。そっと俺に耳打ちしてきた。

「──(文化祭でできたカップルはやましいよりも初々しくことに迫ろうとするヒトたちがいっぱい。それを少しでも見ていけば多少クリスティアも改善するのでは、みたいなこと)、どうです?」

そう言われてしまったら。

引き受けるしかないわけで。

参加する時点で変わらないしなと納得してしまったのは、多少俺が寛容になれたからか、それとも欲の方が勝っているからか。

どちらかはわからないが。

「……お前には敵わなくなったな」

ひとまず、こいつには本当に自分を知られていることだけはよくわかった。

『志貴零』/リアス