また逢う日までFirst 本編先読み March

「兄ちゃんと話でもすっか」

ふわって風みたいにほほえんだそのヒトに、勝手にうなずいていた。

なにうなずいてんだろって思ったときには、目の前にしゃがんでたはるまが立ち上がる。

「二人っきりの方がいい? それとも龍クンたちもいて話す?」
「ぁ、…」
「オレの話は二人の方がしやすいケド」
「…」
「先にオマエ飲み物飲めば」

話したくないって言いたいのに、はるまはどんどんしゃべっていって言うひまがない。

「ぁの、」
「んー? あ、誰か飲み物持ってきてくんねぇ?」
「え、あ、はいな」
「水でいいの。それともなんかあったけぇモノがいい?」
「…」

これ「話したくない」なんて言わせない気なんじゃないかな。
普段そんなにしゃべったっけってくらい、目の前のヒトはしゃべってく。

「…」
「どうすんの」
「…」
「オレ龍クンじゃねぇから言わなきゃわかんねぇよ」
「…」

な、って。
わたしに視線を合わせるようにして聞いてきたはるまをにらむけれど。そのヒトは気にしてないって言うみたいにただ笑うだけ。

それに、ちょっとだけあきらめてため息を吐いた。

「…ぁ、ったかい、の…」
「部屋は」
「…ふたり…ドアは、ちょっと、あけ、たい…」

途切れ途切れに言えば、はるまはまた笑って。

「んじゃちょい外出とこーぜ後輩クンたち」
「っ」
「すぐ戻っから。んで耳良くすんのは今だけはちょっと勘弁してやれな」

言いながら一回はるまは部屋の外に出てって、なにかをリアス様たちに話してく。
なにやってんだろって思いながらひざをまた抱えたら、すぐ足音が近づいてきた。

「華凜ちゃんココア入れてくれたぜ」
「…」
「ドアこんくらいでいいの」
「…」
「おーい」

すごいしゃべりかけてくるはるまに思わずめんどくさい顔をして、ほんのちょっと顔を上げる。
ドアの方にいるはるまはこっちを見てドアを緩く開け閉めしてた。

「どんくらい」
「…」

まだ聞いてくるはるまに、ドアを見て。それが五センチくらいのすきま作ったのを見計らって。

「そこ、らへん」
「はいよ。んじゃココア」
「…あ、り、がと…」

リアス様たちとは全然違ってふつうに近づいて来て飲み物をわたしてくれたはるまにお礼を言って、あったかいココアを受け取る。
久しぶりに甘くてあったかいのをすすれば、自然とほっと息が出た。

「隣座っていーの」
「…ぁ」

聞いてくたくせに返事も待たずにはるまは隣に座る。ちょっとだけ距離が開いてるからか怖いとかはなかったけど、またはるまをにらんだ。

「…」
「オマエ素はそういう感じなの?」
「…そうじゃ、ないけど…」
「普段機嫌悪ぃの見ないから新鮮だな」
「…」
「んじゃ話すっか刹那ちゃん?」
「…」

話。

する気は、ないけれど。

どうしても一個聞かなきゃいけないことがあったから、口を開いた。

「…頭」
「うん?」
「頭、平気、なの…?」

テストの日にぶつけた場所。
見上げながら聞いたら、はるまはすぐにうなずいた。

「モチロン。大したケガじゃねぇって。ま、頭っつーコトでしばらく定期検診はあるケド」
「…」

言われた言葉に、罪悪感がわき上がってくる。
わたしのせいでこうなったから。

あったかいマグカップを握りしめて、つぶやいた。

「…ごめん、なさい…」

小さく出た声には、すぐに返事がきた。

「オレ別に謝って欲しくて来たワケじゃねぇんだけど」
「…」

それでも、心の中には申し訳なさがいっぱい。
そんなわたしを見透かしたのか、はるまの声が落ちてきた。

「申し訳ねぇなって思うならさ」
「…」
「兄ちゃんとちょっと話してみようぜ」

言われてしまったら断れなくて。
応えるように、はるまを見上げる。そのヒトはやさしくほほえんで、ベッドに両手をついてわたしを見下ろしてた。

「…話」
「そう。オマエなにそんなに抱え込んでんの」
「…」
「龍クンたちにも言わねぇの珍しいじゃん」
「…」
「そんなに言えねぇコトだった?」

うなずくのをごまかすように、下を向く。でもはるまは気にせず続けた。

「なぁ、ちょっとくらい話してみようぜ」
「…」
「オレじゃなくても、華凜ちゃんとか蓮クンとか」
「…」
「みおりんとかでも呼ぶ? アイツ話聞くっつーよりマジックしそうだケド」

いつもだったら想像して笑ってたのに。
今だけは表情は動かなかった。

代わりに、心の中に浮かぶのは「どうして」って言葉。

ねぇ。

どうしてそんなに聞こうとするの。

「あとは──」

あなたには。

「関係、ない、のに…」

言ってしまったと思うけれど、マグカップを握りしめて罪悪感を消した。

「はるまに、関係ないのに…なんで、そんなに」

聞いてくるの。

段々声は小さくなって、最後ははるまに届いてるかわかんなかった。

「……」
「…」

部屋の中が、静かになる。

このまま機嫌悪くして帰ってもいい。あぁでも、──。

頭に浮かんだ声には心の中で必死に首を横に振って、なかったことにした。

「……」
「…」

マグカップをまた強く握って、その沈黙がなくなるのを待つ。

「……」
「…」

どのくらい経ったかはわかんないけれど。

「なんでかって聞かれたら」

静かな部屋で、はるまの声が落ちてきた。

「後悔したくないからじゃね」

言葉に、弾かれたみたいにはるまを見る。

自然と、口が動いてた。

「…後悔」
「そう」
「なん、の」

わたしが聞いたことに、はるまは笑った。
結局話しちゃってるって思ったけど、はるまが手を動かしたからすぐに頭を切り替えて体に力を入れる。

「身構えんなって。オマエになんもしねーよ」
「…」

言うとおり、はるまはその手を自分の胸元に持って行く。

そうして手に取ったのは、ペンダント。
それを首から外して。

「…?」
「ん」

わたしにそっと、差し出してきた。

手にとって良いの? って聞くようにはるまを見たら、うなずく。またペンダントに視線を戻して、サイドテーブルにココアを置いてからペンダントを受け取った。

少しさびの入ったペンダント。

「ソレ、なーんだ」
「…はるまが、ずっとつけてる大事なもの…」
「正解」
「…」
「開けてみ」
「…?」

言われるまま、たまご型のペンダントの横にあるボタンを押して、ぱちんって開ける。

中に、あるのは。

きらきらとした緑色の石。

宝石、みたい。でも宝石って自分の答えには、心の中で首を横に振った。

これ、知ってる。

「…魔力、結晶…?」
「……刹那さ」
「…」

名前を呼ばれて、はるまを見る。変わらずにほほえんでるはずなのに、その顔はどこか寂しげだった。
なぁにって首をかしげれば、はるまの口がゆっくり動く。

「心に決めたヤツがいたっていうの、覚えてる?」
「……体育祭」
「そう」

寂しげに笑いながら、はるまはわたしの手の中にあるペンダントを指さす。

「龍クンに教わったコトくらいあんだろ。意識干渉型のコト」
「意識に、干渉するヒトたちで…」

そのヒトたちは、特別で。魂で魔術を使えて。

「…肉体が、なくなっても…」
「魂を魔力結晶化して結晶のまま生き続けるヤツもいる、な」

それ以上は聞かなくてもわかった。
またはるまを見上げれば、正解っていうように。

うなずく。

「中にいんのは、オレの恋人」
「…」
「死んだのは中学のトキ。そんで、オレだけ」

最期の言葉を聞くことはなかったって。

はるまの声が、静かに耳の中に落ちてきた。

「結構物語であんだろ? 死にそうな恋人のトコにすっげぇ走ってって、ギリギリで間に合って。言いたいことも言ってさよなら、ってヤツ」
「…」
「……言いたいことも言えなかったよ」

なんで死ぬんだよとか、生きて欲しいとか。
まだみんなでやりたいこといっぱいあるだろとか。

「最期に好きだったとか、ありがとうとか。何も言えなかった」
「…っ」
「ずっと後悔ばっかり残るんだよ。もっと言っとけばよかったとかさ」

わたしはそのつらさを、よく知ってる。

死ぬ前にたくさんの愛の言葉を言えばよかった。
たくさんの大好きを伝えておけばよかった。

そうしたら。

そうしたら──。

「……オレはカワイイ後輩たちに、そういう後悔をなるべくさせてやりたくないだけ。……オマエにも」

いつの間にか流れてた涙を隠すように、ペンダントを抱きしめる。そっと置かれた頭の上の手に、ずっとあった拒絶はなかった。

「んじゃオレのは話したから次オマエの番な」
「、っ」
「オマエなにそんなに独りで抱え込んでたの」
「っ、…」
「いろいろ思い出したんだろ」
「…」
「なぁ」

──刹那、

「大事な記憶捨ててまでオマエが守りたかったのは、なんだったの」
「っ」

やさしい声に、強く下唇を噛む。
言わないようにぎゅって噛んでも、はるまの声が落ちてきた。

「助けて欲しいんだと思ってるケド」
「…」
「オマエの”触んないで”は」

助けてだったんじゃないの。

「…」
「なぁ、なにがそんなに怖い?」

怖いこと。

「…きら、われること」

さよならになっちゃうこと。

「オマエの”ソレ”はミンナにさよならされるようなもの?」
「わか、んない…」
「言ったコトねぇもんな」
「…」
「刹那」

名前を呼ばれて、反射的に顔を上げた。
やさしい声と同じ。見上げた先のはるまはやさしくほほえんでて。

「ミンナさ、オマエのコト大好きじゃん」
「…」
「言ってみようぜ、大事なコト」
「…」
「もしソレでオマエのコトをさ、キライとかって言うなら武煉と一緒に殴っといてやるよ」
「…物騒…」
「そんくらいオレだってオマエのコト大事なの」

そしてそのくらい、

「後悔して欲しくねぇの」
「…」
「な、行こうぜ」

差し出された手に、目を落とす。

「一歩踏み出せないなら手なら引いてやるしさ。怖いなら一緒にいるから。背中いくらでも押すからさ」

一緒に行こう。

ほほえんで言われる言葉に。

「、…」

手が、自然と伸びてた。

「っ! 刹那」

手を引かれながら出た部屋の外。
ソファにはリアス様たちがいて、わたしが出たのを見てすぐに立ち上がった。

一瞬足が止まりかけたけど。

「ホラ」

手を引っ張られて、止まらずにまた一歩進んでく。

一メートルくらい離れたところについて、はるまが隣にしゃがんだ。

「刹那……」

そっと目を上げれば、リアス様たちが不安そうな顔をしてる。ぎゅっとペンダントとはるまの手を握った。
そんなわたしを見て、はるまが先に口を開く。

「さよならしたくなかったんだとよ」
「は……」
「思い出したコト言って、嫌われるのがイヤだったんだって」

なぁ? って声に、こくり、うなずいた。

なにか言い出したいような雰囲気を、はるまが手をあげて制す。それにぐっとこらえたようなリアス様たちに胸が苦しくなった。

「刹那ぁ」
「!」

その苦しくなったのをなくすように、はるまがつないでた手を背中に持って行った。トン、トンってやさしく叩いて、わたしにほほえむ。

「言ってみっか、大事なコト」
「…」
「後悔しねぇように、な?」

最後に手の中にあるペンダントをトンって叩かれたら、黙っていられなくて。

そっと、口を開いていった。

どんなことも忘れなかった。

楽しいことはもちろん、つらいことも悲しいことも全部。
そのときはつらくても、それも大事な「思い出」だから。ずっとずっと、いろんなことを覚えてた。

その覚えてることがもしかしたら「さよなら」になっちゃうかもしれないって思ったのは、あの王子のとき。

たくさんのものを拒絶した。
助けてくれたヒトも、大好きなリアス様やカリナ、レグナのことも。

誰かに触られそうになるとき、いつもあの王子の「次はお前の番だ」って声が頭に響いて。誰かにさわれるのがイヤになった。
部屋に飛び込んでメイドを助けようとしたときに、「自分から飛び込んできたんだろ」って言われて、誰かに近づくのすらイヤになった。

でも乗り越えれば大丈夫。
きっとがんばれる。いつもみたいにたくさんたくさんがんばって、そのこわさを乗り越えようとした。

ただ、それはいつもよりたくさん時間がかかって。

みんなの雰囲気が、変わっていった。

最初は変わらずに声をかけてくれていたけれど、だんだんと話かけてくれるのはなくなって。
やってきた気配に「なぁに」ってそっちを向けば、目をそらしたり、「なんでもない」ってなったり。

いつからか、一メートルわたしと離れて過ごすのが当たり前になった。

わたしが壊した楽しい日常。
みんなが気を使ってる。当たり前だよね。大丈夫だよって思っても、体は言うことをきかなくて。触れられそうになればすぐにその手を弾いて叫び出す。遠ざかっていって当然。

刺激しないように、ってみんなが気を使ってくれた。

そんな独りぼっちの中で思うのは、いつからか「どうやって乗り越えよう」じゃなくて、「このままじゃさよならになっちゃう」だった。

このこわさを乗り越える前にさよならになって。

みんなとの「これから」がなくなってしまう。

それが、たまらなくこわかった。

わたしは、その「さよなら」がみんなの幸せになると、知っていたのに。

もしかしたら今さよならをすれば、カリナが毎日泣かずにすむかもしれない。無理して笑うこともないかもしれない。
レグナがそれを見てつらそうな顔をすることもなかったかもしれない。

リアス様は。

違うヒトともっと、幸せになれたかもしれない。
わたしが言えない言葉をたくさんもらって、拒絶されることもなくたくさん触れ合うことが、できたのかもしれない。

でも、

「できな、かった…」

今までたくさんのことをがんばってきた。
つらくても乗り越えてきたし、リアス様が与えてくれた「傍にいる」っていう愛情表現で、自分なりにたくさん愛情を伝えてきた。

ただ、「さよなら」っていうみんなの幸せを願うことだけは、どうしてもできなかった。

ずっと一緒にいたくて、これからもたくさん思い出を作っていきたくて、自分に甘くした。

「つらいことを忘れたなら。なかったことのようにふるまったなら。また笑ってくれると思ったの」

笑って、そばにいてくれると思ったの。

わたしのわがままで、みんなをずっと「今」に縛り続けた。

「…わがままにつきあわせて、ごめんなさい」

ペンダントを握りしめながら、頭を下げる。
床と自分の足が見えるだけで、みんなの反応はわからない。ペンダントをぎゅっと握りながら、

「さよなら」を言われるのを、待つ。

「……」
「…」

静かになった部屋で、ぎゅって目をつぶった。

真っ暗の視界の中、強くペンダントを握りしめて、待ってると。

「…!」

床をきしませながら、誰かが歩いてくる。そっと目を開ければ、視界に映ったのは大好きなヒトのきれいな足。
いつもならぱっと顔を上げて抱きつくのに、今は凍り付いたように固まって、動けなかった。

「刹那」

声に、体がびくつく。

無意識に自分の手を強く握った。

顔を上げられないまま、声を待てば。

「…?」

声は落ちてこなくて、代わりに目の前に手が差し出された。

大好きなヒトの、手。
でもなにがなんだかわからなくて、顔を上げる。

そこには、

わたしの前ではずっと泣かずにいたヒトが静かに涙を流してる姿があった。

「刹那」
「…」

ふるえる声で、名前を呼んで。

「……触れても?」

やさしい声で、聞いてきた。
それにためらってたら、背中に置かれた手がトンってわたしの背中を叩く。押されるように、一歩前に出た。

差し出された手を取るのはまだためらった。ずっと体に残ってる恐怖で手がふるえて、重ねようとするけど手が重ならない。

それを見たリアス様は、変わらないやさしい声を紡いでいった。

「さよならなんてしたいと思わない」

今も、昔も。

「手放す気もない」
「っ、…」
「刹那」
「、ぅ」
「昔も言った」
「っ、ぅん」
「何もできなくて良い。愛の言葉も、愛情表現も、お前ができないならしなくて構わない」

つらいなら、

「なにを忘れても、もういい」

忘れてしまうのは、悲しいけれど。

「…」

刹那、

「お前が傍にいてくれるのなら、俺はなにもいらない」

うなずきながら、背中を押されるように手を重ねた。
引っ張られるのが少し怖かったけれど、一歩一歩近づいていく。

そうして、あたたかい温度に久しぶりに包まれて。

「大丈夫だから」

大好きなヒトに強く抱きついた。

「これからも一緒にいる」

約束が苦手なあなたのふるえる声を聞きながら。

「…うん」

さよならが訪れなかった安心と、後悔を胸に積み重ねて。

あたたかく包まれる温度たちに、体を沈めていった。

『わたしは結局、愛するヒトたちに「愛」を伝えられないまま。』/クリスティア

新規 志貴零

二章へ続く

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