また逢う日までFirst 本編先読み March

双子の誕生日を無事に祝い終え、雛祭りも終わり。
来週にホワイトデーやテスト習慣を控えた水曜日の放課後。

上級生に声を掛けられてやってきたのは。

「演習場ではなく道場、です?」

授業棟の端の方にある道場。新鮮な和風の室内を見回しながら足を踏み入れ、カリナの声に頷いた上級生を見る。

「オレら授業以外にも結構世話になってんだよココ」
「破損だ何だというのはたいてい俺たちのせいでね」

世話になっているというか迷惑を掛けているのではないのか。恐らく幼なじみ全員で思ったであろうことはひとまず飲み込んだ。

「んで、一年の終わりに掃除と修復しようぜっつー話で」
「俺達に手伝えと?」
「ジョーダン。掃除するってんで貸し切り状態になるから」
「一年の締めに、契約したバトルができればと思ってね」

そう、二人はにっこりと笑う。

その提案に、正直気は進まない。

五月のときのようなよくわからないからというような理由ではなく。

「…骨、へーき?」

約一年間過ごしてきて彼らの恐ろしさを知っているからである。主に上級生同士の戦いを思い出してから笑いが出てしまった。裾を引っ張ってこてんと首を傾げてくるクリスティアには曖昧に頷いて頭を撫でた。
代わりに恋人に答えたのは陽真。

「へーきだって。アレは武煉とかフィノア姉のトキだけ」
「でももし龍とのバトルがそのうちめちゃくちゃ楽しくなってったら?」
「そうなったらちょっとわかんねーケド」

そこも自信を持って平気だと言って欲しかった。

けれど苦笑いに変わりさらに気が進まなくはなるも、断ろうとは思わなかった。
別に陽真とのあのバトルが楽しかった忘れられないとかそんなマゾな考えではなく。

元はクリスティアや俺達を守るから、その代わりに不定期にバトルをしようという同盟。

この一年その同盟に心底救われてきた。上級生がいなかったら笑守人の学園生活はかなり大変だっただろう。
ただその「代わりに」という条件。

俺達はまともに返せてはいない。

六月の体育祭前に少しの期間応じたときと十月の体育館、カウントされるならばこの前の武闘会の本戦だけ。
さすがにかなり世話になっているので。

「……わかった」

気は進まなくはあるが、頷く。一歩前に出れば陽真は楽しそうに笑った。

「んじゃ早速始めっか。蓮クンは」
「誕生日パーティーで溜まった鬱憤を晴らしたい」
「俺とサシで行きますか蓮」
「やるやる」

珍しくやる気のレグナから、クリスティアとカリナの方に目を移す。クリスティアはすでにカリナと遊ぶことに決めたらしく、そいつに「あのねー」と話しかけている。そのカリナを見れば。
お任せあれと言わんばかりに笑い、指で丸を作った。それに頷き返してから陽真を見据え。

「ヨロシク頼むぜ龍クン」

緩く殺気を放ちながら笑う陽真に、俺も笑い。

「こちらこそ」

隣で同じように言葉を交わし合っているレグナと武煉と同時に、互いの目標へと駆け出した。

後ほど補修をするとは言えど、道場は本来組み手や武道を学ぶところで魔術を使用する場所ではないということで、今回の戦いは互いに自然と武器を持たなかった。

「っと」

右手で突き、向こうの回し蹴りをかわし、その蹴りでできた隙に少し間合いを詰めて胸ぐらを掴む。

「お」

ぐっと引っ張れば陽真の体が浮いたのでそのままそいつを背負うように体をひねって。

思い切り床へと叩きつける。

「ッテェ」
「痛そうには見えないが」
「ちゃんとイテェって」

言いながらも笑って、かなりの音がしたはずなのに陽真はなかったかのようにぱっと勢いをつけて立ち上がった。間髪入れずこちらに振り返りながら蹴り。それを腕で受け止めればすぐさま足が離れていき、今度は拳が飛んでくる。
さすがに常日頃から武術に長けている武煉とバトルをしているだけあって戦い慣れている。一撃も重いし、足がじりじりと下がっていった。

一度思い切り引いて立て直すか。そう決めて、足に力を入れたとき。

「そういやオマエさ」
「何だ」

陽真が話しかけてきたので、意識は足に向けたまま答える。見計らって後ろに行こうとした瞬間。

「刹那ちゃんとドコまで進んだの」
「はっ!?」

突拍子もないこと過ぎて思わず足の力が抜けてしまった。その隙を陽真は見逃さない。

「隙アリ」
「ぅぐっ!!」

楽しそうに笑って、思い切り俺を蹴飛ばす。陽真との距離は遠ざかったがやろうとしていたことと違う。

「オマエ刹那ちゃんのコトになると隙だらけになんのな。オモシレー」

図星を付かれて悔しさに歯ぎしりをしながら、痛む腹を押さえてなんとか立ち上がり。
恐らく隠しきれていないだろうが冷静であるように見せて陽真に向かっていった。先ほどと違って受け身の体制になった陽真に拳を打ち込んでいく。

「何だいきなり」
「いや笑ったケド、ちょいマジメな話。オレ十二月のときはユーアクンとかと刹那ちゃんの思りやってたから武煉伝手に聞いたやつだケド。なんかトラウマあっていろいろ忘れんだろ?」

本人の言うとおり本当に真面目な話らしく、陽真は少し拳を緩めても攻撃してくるようなそぶりを見せない。

それに応じるように、ほんの少し拳の強さも緩めて頷いた。

「そう、だな」
「そんで十二月の時点でちまっとしか進めてねーっつって」
「あぁ」
「三ヶ月くらい経ったケド無事進めてんのかなって」

無事進めていないなと思わず陽真から目をそらしてしまった。

それを読みとった陽真から笑うような声が聞こえ、再びそいつを見る。困ったように笑っている上級生は肩をすくめた。

「難航中なワケだ?」
「……まぁ」
「おにーさんが相談乗ってやろっか。本戦じゃ結局マイクも入ってて本人に聞かれるし、その前にテンション上がってソレどころじゃなかったしな」

陽真が腕を引いたのが見えたので、交代かと思い今度は俺が受け身の体制になる。
案の定緩く俺に拳を打ち付けてきたのを受けながら、どうしたものかと溜息を吐いた。

「トラウマがあって進めねぇんだって?」
「……あぁ」
「んで今はその療法中ってトコで」
「その療法中でも一定から進めていない」

俺の気持ちの問題でもあるが。

小さくこぼすと、陽真は気にしていないように頷き。

「でも刹那ちゃん忘れっぽいんならなんか怖いコトあってもすぐ忘れんじゃねぇの」
「そこが問題だから困っている」

なに、と聞くような目に、口を開く。

「あいつは元々記憶力が異常に良い。忘れっぽくなったのはトラウマがきっかけで、あいつはいらないものを自分で消す。そしてその忘れる内容が」

そのヒトが関わったすべて。

出逢いも、別れも、その途中で起きたことも、存在すらも。

「一度間違えたら忘却エンド、本人は大事なことは忘れないと言ってはいたが確認したところその大事だと言う俺達がいた部分もすり替わっている。ティノ達から話し合いはどうだとも言われているがそもそも覚えていないのだから話し合いにもならない」

吐き出すように、小さな声で言葉がぽろぽろと出ていく。
クリスティアが自分達ほど耳が良くないことに今だけ感謝した。

「下手に進めないから、困っている」

受け身を取るために前で組んだ腕に力が入る。

なおも緩い拳を打ち付けられる中。

「……なぁ」

ずっと話を聞いていた陽真が、口を開いた。

そうして、

「何で刹那ちゃんが忘れたか、考えたコトあんの」

まっすぐと見つめられてこぼされた言葉に、止まってしまう。

”何で”。

何で忘れたかなんて考えるまでもないだろう。自分の心の声に我に返って。

「その出来事が嫌だったからだろう」

そう言うけれど。目の前の男はただただ不思議そうに首を傾げて問うてくる。

「ソレはオマエが決めた答えだろ?」

と。
開いた口が塞がらないというのはこういうことだろうかと的外れなことを考えながら、紡がれる陽真の声を聞いた。

「刹那ちゃんが忘れてっから確かに話し合いにもならないんだろうケドよ。刹那ちゃんの答えまでもオマエが決めるのは違うんじゃねーの」
「……他に理由があると?」

聞けば、穏やかに微笑みながら陽真はペンダントを揺らして俺に拳を打ち付ける。

「かもしんねーってコト。もしかしたら、大事な何かを捨ててでも守りたかったものでもあったんじゃね」

その微笑みがどこか寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。けれど寂しそうに見えるから、妙に説得力があって。

「ま、ソレはオレの答えだから刹那ちゃんはただ単純に興味なかったダケかもしんねーケドな」

一瞬でいつも通りに変わった笑みで言う言葉よりも、先ほどの言葉が頭に残る。

大事な何かを捨ててでも守りたかったもの。

運命の日の自分のように、クリスティアの中にも何かあるんだろうか。

考え始めてしまったら止まらなくなって。

それに気づかなかった。

「んじゃ龍クン」
「!」
「話は終わりな」

言葉が聞こえたときには胸ぐらを掴まれていた。体が浮いた感覚に「まずい」と思ってももう遅い。

「バトル中は気抜くな、ってな!」

クリスティアや同級生達に言っているくせに自分で失念していたことを言われ、情けなさに自分を叱咤しながら。

体が流れるまま、陽真に背負い投げをされ。

ダァンッと響く音と共に、俺は床に叩きつけられた。

「ってぇ……」

背中を強打し目の前がちかちかと光る。痛みで起きあがれない中天井を見上げていると、隣でもダァンッと響く音がした。

「った!!」

次いで親友の痛がる声。あぁあいつも投げられたかと苦笑いをこぼし。

「今日はオレの勝ちっつーコトで?」

のぞき込んでくる上級生には、悔しさを隠しもせず頷いた。

「オメーはもうちょい刹那ちゃんの耐性つけねぇとな」
「……肝に銘じておく……」

苦々しくこぼしている最中に、とたとたと足音が聞こえてくる。あぁクリスティアかと体の痛みに無理を言って起き上がれば。

「りゅー」
「ぅぐっ!」

せっかく起きあがったのに恋人は勢いよく俺に飛び乗ってきて、二度目の背中の強打に思わず声が出る。

「……刹那ちゃんトドメ差したな」
「お前はほんっとに……」
「?」

咎めてみるも本人はよくわかっていないようで。ただただかなりの音で投げられた俺に心配そうな顔を向けている。

「いたむ?」

正直お前が与えたダメージの方がでかい気がするが黙っておいて。

「平気だ」

心配の色をにじませている目に微笑み、その頬を撫でる。恋人はほっと息を吐いて俺の手にすりよってきた。

その安心した顔を見ながら、頭の中では先ほどの陽真との会話が流れる。

彼女が守りたかった大事なもの。

今は記憶を失っているのでそれが聞けるかはわからないけれど。

「どーしたのー」
「何も」

少し考え方を変えて触れていこうかと、こっそりと心の中で決めて。

ふわふわと微笑む小さな少女の頭を撫でた。

『新規 志貴零』/リアス