また逢う日までFirst 本編先読み March

テスト週間前最後の授業となる土曜の四限目。兄と共に取っているデザイン基礎の授業。
教室内に先生の声とチョークの音が響く中、黒板に書かれる基礎内容をノートに写しとりながら。

「吐かないというのがびっくりでしたわね」
「お坊ちゃんならぽろっといきそうだったんだけどね」

兄との話題は、一限目の休講のときに江馬先生に言われたこと。

二月の末に視線を送ってきていた犯人が捕まって早一週間と少し。笑守人内部で起きたということと直接的な被害はなかったということで江馬先生や杜縁先生が事情聴取をしてくれていました。
今朝兄と登校したとき江馬先生からそのことについての話があると言われ、職員室に行けば。

彼は未だ何も話さないご様子とのこと。それこそちょっとしたハニーな尋問でも、圧迫なものでも何一つ。

「ハニーな感じに弱かったのでころっと行かないことにびっくりしましたわ」
「これで本気でお前に気があったことが証明されたね」
「お兄さま殺気はしまってくださいな」

その殺気で周りの方々がびくつきましたわ。ひとまず兄にはしまってもらって。

「一応三月中には吐かせたいとのことでしたけれどね」
「まぁさすがに一ヶ月も続けば疲れ切って吐くんじゃない?」
「だといいんですけれどね」

別に捕まったから良いのですけれども。単に見つめてたとかだけならそこまで黙る必要もあるのかとも考えてしまう。あぁでもお偉い方ともなればプライドもあるのかしら。それか家にばれたらやばいとか。いやもう捕まった時点でそこの部分はアウトでしょうけども。

そう、頭の中で考えながらペンを走らせていると。

「そういえばさ」
「はいな」

兄は思い出したと言わんばかりの声で、こぼしました。

「大事なものを捨ててでも守りたいものがあったんじゃないかってさ」

と。

いきなり話が変わることは小さな親友で慣れているので気にすることはなく。とりあえず言われた言葉を頭の中で反復します。

ただ話が変わることに慣れていても言われたことを理解できるかというのはイコールではありませんよね。

主語もなにもなさすぎて私は当然理解ができない。

首を横に傾けた先にいる、世間話をするように何食わぬ顔でノートにペンを走らせている兄へ。

「何のお話でしょう」

聞けば。

「刹那の記憶」

返ってきたのは、一言。

「……」
「……」

お兄さまの口はそれ以降動く気配がない。

え、情報それだけです?
黒板の文字を写しとることは忘れずに。

「お兄さまもう少しお話をわかりやすくお願いしたいですわ」
「刹那のときは言わなくても汲み取るくせに」
「あの子のはあくまで予想ですよ」

毎回当たっているんですけれども。そうではなくてですね。

「唐突に予測もできないような言葉から入ったら私だってわかりませんわ」

だから教えてくださる? と言うようにそっと兄をのぞき込む。レグナは一瞬私を見たあと、また小さな声でこぼし始めました。

「大事なことは忘れないって言ってたんだけど」
「はいな」
「龍がそれとなく確認してたら忘れてるって。俺たちのとこもどっか抜け落ちてるっぽい」

主にあの王子関連のところかしら。確かにショックは大きかったでしょうから正直忘れていてもおかしくはない。

「で、それを龍が陽真先輩に言ってて」
「いつものごとく盗み聞きをしてしまったと」
「お前の盗撮と一緒にしないでくんない」

ちょっと聞き捨てならない。ただ内容を聞く限り真面目なお話っぽいので今回は黙っておきますけれどもっ。
いたずらっ子のように笑っている兄に「で?」と促せば。

「さっきの言葉。俺たちは刹那がそれを嫌だから忘れてるんじゃないかって思ってたけど。それは俺たちが勝手に決めた答えだろって」
「……」
「もしかしたら、大事だって言う俺たちの記憶を一部でも消してまで」

守りたい何かがあったんじゃないかと。

言葉を聞きながら、小さなヒーローを思う。

彼女の守りたかったもの。

守りたいものと言えば、自分の好きなものだったり、大切だと思っているもの。愛する彼女が好きで、大切だと思っているものは。

彼女が愛した、かつて悪魔と呼ばれた心優しい天使。

「……龍の何かを守りたくて、一部を消したと?」
「その可能性もあるんじゃないかーってさ。それに気取られて武煉先輩に投げられたわけだけど」
「そこはご愁傷様ですわ」

悔しそうに顔を歪めたレグナに笑って、前で世間話に逸れていった先生を見てノートにペンを置く。この可能性もあるなら多少アプローチも変わるのかしら。そう、思考に落ちていこうとしたとき。

「華凜は捨てられる?」

兄から声がかかって、落ちていきそうな思考を踏みとどまりレグナを見た。
目はまっすぐ向いたまま。最初と同じ、世間話をするように何食わぬ顔。今度は理解ができたのでそのまま応じました。

「大事なものですか」
「そう。大事なもののために、その大事なものの一部を切ること」

できる? と問われて考える。

私の大事なもの。クリスティアやリアス。彼らと過ごした思い出。

そして何より大事なのは、今隣にいる愛する愛する兄。

それを守るために、彼らと過ごした時間や存在を一部消す。

考えただけで、無意識に手に力が入った。

「……無理そうですわ」
「そう」

ふっと横を見れば兄の手にも力が入っていて。同じように想像して、レグナも無理だったと悟る。きっとリアスも無理でしょう。切り捨ても妥協もできなかった結果が今の過保護という結果なのだから。
失うくらいならどんなに辛くても苦しくても抱きしめていたい。

その気持ちは、クリスティアだって同じはず。けれど彼女は、その大事なものを守るために大事なものの一部を切り捨てた可能性がある。

すべては可能性の話だけれど。

「……刹那とお話ができたら、答えを知ることができますのに」
「それができないからみんな詰まってるんだろ」
「そうなんですけれどもね」

ただ単にその記憶が嫌で関連することも無くしてしまったのなら、私としてはそれはもう仕方がないと言ってもいい。

けれどもしも、陽真先輩の言うように大事なものを守りたかったためなら。

「……きっとまた独りで戦っているのね」
「……」

小さなヒーローはきっと、独りきりでまた何かと戦っているかもしれない。
それを助けたいと思っても、彼女はきっとなにも言わないのでしょう。今は言うこともできないまま。私たちがその結果を知れるのは、彼女が戦い抜いて勝利して、戦い自体が終わったときだけ。
もしこの答えが出るのなら、今回もきっと同じ。小さなヒーローが帰ってきてから。

嫌だから忘れてしまった場合でも、彼女がその記憶と折り合いをつけるまで見守っていることしかできない。

考えれば考えるほど何もできない無力な自分を思い知らされて。

「……」

私はただただ、握った拳の力を強くした。

『新規 志貴零』/カリナ