君の明日が笑顔で溢れてくれるなら。僕は今度こそ、君を守るための刃を振るおう。
高校に入って二年目。初めて後輩なるものができた。
ぶっきらぼうだケド律儀な弟分、その恋人サマの小さな妹分。普段笑ってるくせに底が読めないオッドアイの弟分に、その双子の妹で、コッチは素でいつもニコニコしてる妹分。
特別気に入ったのは最初、律儀な弟分だった。
強さも申し分ない、この高校生活退屈しなさそうだなと相棒と笑い合って。ちょっかいかけに行ったのが約半年前。
その約半年経った今。
「はるまー」
「おー」
特別なお気に入りは、小さな妹分へと変わっていた。
恋人サマが大好きで、のほほんと間延びした声で人を呼んで。顔にゃあんま出ねぇケド、短い付き合いながらも雰囲気でキゲンもわかるようになった。
「あのねー龍がねー」
「んー」
幸せそうな雰囲気で、大好きな恋人サマのコトを話す。
それでねー、あのねーっつー声に癒されながらうなずく日々はいつからか当たり前で。
我ながらガキみたいな考えだけれど。
このちっこい妹分のこういう幸せそうな雰囲気は、ずっと守りたいと。いつしか思うようになっていった。
それが不思議なくらいの構い方だというのは、薄々気づいていた。
「よく構うね」
「あ?」
恒例になってる武煉との取っ組み合い中。
オレと同じく、そのちっこい妹分への構い方が不思議だと思ったらしい相棒はオレに蹴りを入れながら言ってきた。
「なに」
「刹那。君にしてはよく構っているなと思ってね」
「龍クンたちにも構ってんだろ」
「またちょっと違った感情みたいに見えるんだよ」
「いわゆる恋ってヤツ?」
「そこは俺に聞かれても困ってしまうな。見ている限り違うようには思うけれどね」
「まぁソレは同意だわ」
言っちゃ悪いが好みの顔かっつーとそうじゃない。
なんて考えながら腕に当たった足を掴もうとすればすぐさま引かれて、追撃される。
「ッテ!」
「恋かどうかは置いておいて」
「おいおい相棒この状態で話す?」
「余裕そうじゃないか」
余裕なのオマエだけだろ。連撃受けてるコッチは結構辛いっつーの。
けれど相棒はそんなのお構いなしで回し蹴りやら突きやら入れながら話してくる。
「さっきも言ったろ。君にしてはよく構うなってね」
「なんだよ寂しいって?」
「まさか」
さりげなく「ふざけんな」って気持ち込めてかかと落とししてくんのやめてくんねぇかなコイツ。いてぇっつの。
ジンっと痺れる腕を、身を引きながら振ってごまかして。
「珍しいものを見たなと思っただけだよ。中学のときはあんなにクールな陽真がね。喧嘩ふっかけてくる奴をゴミのような目で見ていたのが懐かしいよ」
「もれなくオマエのコトも見てたかんな」
「春風よりはましだろう?」
「んや同等」
遠くても血は濃いなっつー感想を何度抱いたコトか。
反撃をするために走っていって、受けの姿勢を見せた武煉に蹴りをかましていく。
「んで? 武煉クンはそんな珍しいオレを見て寂しいってか?」
「何度も言うようだけどそれはないから安心しなよ」
「うぉっ」
あっぶねコイツ目元すれすれに拳入れてきやがった。
ジョーダンと言うように緩く両手を上げて一瞬身を引き。また踏み込んで互いに殴り合ってく。
拳を受け止めて、隙を見計らって武煉の頬目掛けて突いて。同じように突いてきた拳をかわして、足も出す。
片足を軸にして体を回しながら武煉に回し蹴り。
それを受け止めた武煉は、相変わらず笑ったまま。
「割と君は一線引くタイプじゃないか」
「あ?」
「そこまで構うのには何か、理由があるのかなと思ってね」
思い違いかな、なんて。
一瞬考えさせられるようなコトを言うから。
相棒の腕に打ち込んだ足を掴まれたのに、反応が一瞬遅れた。
「、っやべ!」
足を引っ張られたらもう遅い。片足で踏ん張っても耐え切れるはずなく、ソイツがオレの胸ぐらを掴むのを見てるだけ。
「油断するなんてつまらないじゃないか」
ぐっと引っ張られるのと、相棒の言葉に悔しさで奥歯を噛み締めて、回り始めた視界の中で、思うのは。
どうしてそんなに構うのかっつー相棒の問いかけ。
けれど答えなんてぼんやりとしたひとつだけで。
「ッテェ!!」
「今日は俺の勝ちだね陽真」
投げられて背中を強打した痛みに悶えながら。
「今日こそは泣いてもらおうかな」
いつものように勝者が求める最悪なお願いに、聞いてたまるかと相棒を睨み上げた。
その日から、自他ともに不思議なくらい構うというのが引っかかりすぎて。
「なーにー」
「なぁんにも?」
割とコトあるごとに、ちっこい妹分を見る回数が増えた。
図書館の中。間延びした問いかけには首を横に振って、この妹分と後輩たちのビースト組と、本を適当に広げながら話してく。
「で? サンタの靴下は蓮クンに作ってもらうの」
「思い出おっきい?」
「オマエの求める思い出のでかさにもよるんじゃね」
十二月。このちっこい妹分の誕生日がある月。話題は子どもかよと言いたくなるような、誕生日と同じ日にあるクリスマスの話題。わりかし真剣な話をしてる恋人サマたちのトコへは行かせないように、話を繋いでた。
「どんな思い出ほしーの」
「四人のたのしー思い出ー」
『アバウトです氷河っ』
『靴下に入れたいか否かを決めたらいかがでしょう』
『プレゼントが欲しい? それともどっか行きたい?』
『でもよぉ、クリスマスっつったら結構混むんじゃねぇか? 旦那がやばいんじゃねぇの』
「おでかけはしなくていい…」
どこまでも抽象的な答えしか出さないこの妹分に笑ってやりながら。
頭の片隅で思うのはやっぱり相棒の言葉。
なんでこんなに構うのか。今日だって、すかさずコイツのとこに行った気がする。
「……」
なんでって聞かれたら、なんかこう、守ってやりたくなるような感じだからっつーのが前々からある答え。
でもこう、その答えがピッタリとは当てはまらないのも知ってた。元からコイツはとんでもなく勇ましいし、コイツの周りも。とんでもなく過保護なヤツらがいるのだから別に守ってやる必要なんてない。
けれど構いたくなる。
でも恋愛とは全然違う。
笑ってくれりゃあそりゃ嬉しい。悲しい顔してりゃ結構しんどくなる。よくある恋愛に気づくポイントみたいなところは合致してるケド。
あの恋人サマと笑い合ってんのが一番嬉しいっつー時点でなんか違う気がする。
そもそも。
「なつかしーっつーかなんつーか」
「しー?」
「ソーネ、図書館だから静かにな」
口から勝手に出た言葉は適当にごまかしてやりながら、「わかったー」ってのほほんと頷く妹分に微笑んで。
だんだんと自分と向き合って出てきている答えに、頷いてく。
過去、こんな水色の頭と出逢ったコトなんて一度もない。
けれど交流を重ねれば重ねるほど、どことなく懐かしくて。笑ってくれりゃあ嬉しくて、恋人サマと幸せそうにしてるとものすげぇ安心感みてぇのに襲われた。
あぁよかったな、なんて。覚えのない感覚。
自分の手を引かれるとなんでか泣きそうになって、触れられるとそりゃあもうかわいくて。
たぶん。
「たぶんアイツ、オレの娘かなにかだったんじゃね」
考えてって出た答えをこぼせば、隣の相棒と目の前の姉貴分が盛大に飲み物を吹いた。
「ごほっ、なんだって?」
「なにあんた娘いたのぉ? いつの間に……」
「話聞けよ」
“だったんじゃね”っつったろ。言うタイミング悪かったケド。
「刹那ちゃんの話」
「陽真まだ考えてたのかい?」
「オマエが考えさせるきっかけだかんな?」
なに驚いた顔してんだよふざけんなよ悩ませやがって。
あとで締めてやるのは確定として。
「なんかこう、なつかしーっつーかこう、守ってやりてーみてぇな。そんで龍クンと一緒のトキはすげぇ嬉しくてー。アイツに手引かれると泣きそうになる」
「そんで娘かもってぇ?」
「娘だったんじゃねっつー話。そんな話あんのか知らねぇケド」
缶に入ってるジュースを飲み込んで、壁に背中を預ける。とりあえず武煉から吹っかけてきた話は答えが出ましたよっつー感じで、そう言えば。
「前世でなんかあったんじゃなぁい?」
話を繋げてきたのは、椅子に座ってアメ食いながら飲み物飲んでるセンパイから。
武煉と首を傾げれば、缶を机に置いて足を組む。
「仕事先のお客さんでさぁ、そういう話好きな人がいてぇ」
「あぁ……いわゆるスピリチュアル系とかそういう話ですか?」
「そぉー。なんだっけぇ、結構印象的だったのよねぇ。輪廻転生だとかそういう話が好きって」
「初対面ですげぇ話すんなその客」
「あぁ何回か逢ってんのよ」
「個人的にですか?」
「仕事でですぅ。ちょっと特殊な人でねぇ。いい夢みたいってんで定期的に仕事依頼入んの」
ってそうじゃなくってぇって呆れた顔でフィノア姉は話を戻した。
「そん中で聞いた話の一個ぉ。初対面でも“懐かしい”って思う人は、前世で関わりあった人らしい、ってねぇ」
「前世、ねぇ……」
「懐かしいと思うのなら、刹那がそうなんじゃないかい?」
「なに、マジで娘?」
「んやあんたらの場合どっちかってーと兄妹でしょ」
「いやー、兄貴ポジションは龍クンとか蓮クンから盗ったらマズいだろ」
娘よりはしっくり来るけども。
でもたしかに、なんて。
苦笑いをしながら、そう言われると多少しっくり来るなと思ってしまう。
「ま、あくまで一つの説だけどねぇ。気になって自分の前世調べた人がいるーとかも言ってたから、多少信憑性はあるんじゃなぁい」
「関わりはあったのかい?」
「大半はあったんじゃなかったかしらぁ。ていうか元々、自分の周りにいるのは前世で関わった人がいるとかって話だけどぉ」
「だったら俺とフィノア先輩は恋人ですか」
「んなわけないでしょあたしは春風と恋人だからぁ」
「おいフィノア姉、ソレは聞き捨てならねぇわ」
前世だろうが今世だろうが春風の恋人オレだっての。
そう言えば、納得の行かない二人は構え出す。ソレに笑って。
さぁ今日も大乱闘ですかと、演習場に向かって行った。
懐かしい、と思うヤツだった。
笑った顔に、幸せを感じた。
大好きな恋人サマと一緒にいるところを見れば、妙な安心感があった。
一人で抱え込んでたらどうにかして助けてやりたくて、悩んでいたら背中を押してやりたくて。
手が触れると泣きそうになるくらい、嬉しさがあって。
初めて逢ったはずなのに、「今度こそ」みたいな思いが出てくる。
その思いは一度愛するヒトを失ったからか。それとも——。
「……」
「ぅ、…」
きっと問いかけの答えは、前者じゃないとどこかでわかってた。
失いたくないわけじゃない。愛したカノジョとは違う、手放したくないなんて思いはなくて。手が離れるなら笑顔で見送りたいと思う。
ただ、
「、ぅ、っ」
苦しんでる顔なら、全力で救ってやりたい。
けれど立派なのは気持ちだけで。
弟妹分に無理を言って家に泊まらせてもらっている日々の中。うなされている妹分を見ながらどんなに考えても、バカな自分じゃ特別いい案なんて浮かばないまま。
「っ」
うなされている妹分を見て、ただただ拳を握りしめるだけ。
「……ずっとうなされてんな」
「叫ぶことはなくなったんだがな。夢見だけはどうしても悪いらしい」
「……そ」
比較的多く妹分の頭上で寝るというポジションを勝ち取って、いつもより夜更かしして様子を見る日々。
「っ」
苦しそうに浅く息をして、固く閉じた目に涙を浮かべて。ときおり誰かを探すように手が伸びる。当然その手は握ったりはしない。自然と動きもしなかった。
「刹那」
「んぅ」
「……」
恋人サマが取ってくれるんだろうという予想は当たって、弟分はさまよう小さな手を取って、起きるように促す。いつもならソレに安心するはずなのに、イヤイヤと首を横に振ってもっと呼吸を浅くする妹分に心が逆に重くなって。さっきよりも強く拳を握った。
「なんかいい夢に変えたげよっかぁ?」
「……触れるか?」
「ちょぉっと自信ないけどぉ。やらないよりはましじゃなぁい?」
妹分の横で様子を見てたフィノア姉が、そう手を伸ばすけれど。
「あ」
「っ、は、っはぁ」
咄嗟に起きて、妹分はあたりをキョロキョロと見回す。
「こっちにいる」
「…!」
そうして愛しい恋人サマを見つけて。
おずおずと飛び込むか飛び込むまいか悩んでは、
「ぅ、っ」
泣き出す。
やっと起きたと思ったら毎回そんなん。
夢のヤツに、殺意さえ湧いた。
その殺意はきっと隣の相棒にはバレてんだろうケド。なんとか心に押さえつけて、必死に考える。
このちっこい妹分はどうやったらまた、前みたいに笑ってくれるだろうか。
どうやったら怖い夢から解放してやれるんだろうか。
どうやったら、前みたいに幸せそうに恋人サマに抱きついてくれるんだろうか。
毎日、家でも学校でも夜でも。考えて、考えて。
浮かんだのは。
「あんたも刹那ちゃんの夢に入るってぇ?」
若干眠気の残る授業中。こぼせば、せっかく小さい声で言ってんのにフィノア姉の声はでかい。ちょいボリュームは落としてもらって。
「フィノア姉も行くつもりだったろ」
「そうだけどぉ。そろそろ本人の大丈夫って意思尊重できないくらいには見てて辛いしぃ」
「ソレに連れてって欲しいんだケド。できれば龍クンに内緒で」
「いや行くのはいいけど龍に内緒ってのは無理でしょぉよ」
ソコをなんとか、って手を合わせてみるケド、センパイはムリの一点張り。それでもどうかと拝んでいれば。
案を出してくれたのは隣の相棒。
「まぁ龍たちは刹那のためになればと何回か体験したとは言えど、フィノア先輩の魔術の勝手はまだ知りませんし……。とくに今回は悪夢相手ですから。万が一の手引き役として陽真を連れていく、なら十分な理由じゃないかな。俺はこっちの引っ張り役で待機という形なら俺が行かない理由もできるでしょう」
「ナイス武煉!」
思わず出たでけぇ声で先生に睨まれたケド気にせず。とりあえず声だけは小さくして、冴えた案を出した相棒の肩を組みフィノア姉へ再度懇願。
「な、フィノア姉。ソレで」
頼む、なんてらしくもなく言えば。
「まぁ武煉の言い分も一理あるからいいけどぉ」
ため息つきながらだケド無事許可をいただき。
アイツの悪夢がどんなもんかもわかんないくせに、顔は何故か自信満々に笑えた。
「とこっとんあの妹分に構うわよねぇ。あんたよほど前世で妹大好きだったのかしらぁ」
「シスコンの陽真か。それはそれで面白そうだね」
そんなオレの顔を見て言う二人のコトは全然気にもならず。
「♪」
ただただ、妹分を救えるっつー気持ちだけで、頭がいっぱいになっていった。
♦︎
「んじゃ夢見始めたくらいに手繋ぐからねぇ」
「はぁい…」
そのあとも冷やかしを流しながら迎えた夜。
いつもどおり弟妹分の家に泊まらせてもらって、龍クンには事情説明してオレも一緒に夢に入るのを許可してもらって。
「んじゃ陽真ぁ」
「おー」
オレも夢に入るために、先にフィノア姉と手を繋いで布団に寝転がる。
「龍たち起きてくれてるんでしょぉ?」
「もれなく全員な」
「なんかあったら武煉がわかると思うからぁ。全員で三人起こしに来てねぇ」
「わかった」
頷いたのと、妹分がしっかり寝入ったのを確認してから。
「んじゃ行きますかぁ」
フィノア姉の合図に、目を閉じた。
少しして、ふわふわをした感覚の中で目を覚ました。
体を起こして周りを見れば、無数の扉と雲みてぇな道が見える。
「起きたぁ?」
「おー」
繋がれた手の先を見ると、ソコには術者のセンパイ。そんでそのセンパイがどいた先に。
「ココ?」
「そぉ」
妹分がいるであろう、少し光って見える扉。
「手繋いでるとやっぱ迷わねぇのな」
「目的地と繋がってるからねぇ」
立ち上がって、その扉の前に立つ。
さぁ行くかぁなんて意気込みつつ。
「……今日に限ってその夢見てねぇとかそんなコトねぇよな?」
「なくもない話だけどぉ……」
一瞬浮かんだ不安をこぼしてしまう。
「ありえそうだよな」
「でも泊まってる間毎日見てんでしょぉ」
「話聞いたり、様子見てる限り、まぁ」
「……」
「……」
「……緊張して見ないとかぁ」
「……」
「……」
いやいやまさかな、なんて苦笑いをしながらセンパイと目を合わせて。
「……ネガティブよりポジティブに行こうぜセンパイ」
「あんたが持ちかけたんでしょぉが」
「いっ——たくねぇケド気持ち的にイテェ」
「バカやってないでさっさと開けるわよぉ」
脇腹を肘打ちされた気持ちの痛みで悶えてる間に、フィノア姉がドアノブを回す。ソレを見ながら。
どうか今日だけは、その夢を見てるように。
願って、開けられたドアの先を、見れば。
「——!」
「みっけたぁ」
タイミングも場所もちょうどビンゴらしい、話で聞いてたどっかのホテル——いやどっちかっつーと資料とかにあるような城みてぇなところの、寝室が見えた。
そんで部屋の隅に。
笑顔の絶えない妹分が喜びそうなかわいらしいドレスを着てるちっこい水色頭を発見。
けれど。
《自分から飛び込んでくるなんてな》
状況は、まったくかわいくない。
薄暗い部屋の中。若干服を乱した男は、やらしく笑いながら妹分に近づいてく。ちっこい妹分は恐怖で腰を抜かしてるのか、部屋の隅で動けないまま。
《その気があったんじゃないか》
そんな妹分にじりじり近づいてって、嬉しそうに手を伸ばしていくソイツ。
触んな、なんて。
恋人でもないのに思う。
《望み通り可愛がってやるよ》
声に、存在に。近づいてく距離に。だんだんと頭に血が上ってくのがわかる。
《なぁクリスティア》
知らない名前なんて、気にしなかった。
頭の中では、いつかの相棒の言葉が蘇ってくる。
“そんなに構うなんて、何か理由があるのかな”。
きっと言葉で紡ぐ理由は、今でも曖昧だと思う。
懐かしい感じがする。
幸せだ、なんて雰囲気で表す小さな妹分の幸せを守ってやりたい。
苦しいとき助けてやりたい。
頑張ろうとしてんなら背中を押してやりたい。いろんな理由が、きっと口から出てくる。
けれど自分の奥深くで聞こえる理由があるのに、気付いてた。
目の前で怯えてる妹。
《次は、》
その妹に、
《お前の番だ》
明日も笑っていて欲しい。
——自分のように、明日に涙するような日々を送らないように。
守りたい。今度こそ。
「ちょっと、陽真!?」
心の声が聞こえて。
気付いたら、センパイの手を離して走り出してた。
名前を呼ばれてる気がするケド、体は妹分よろしく勝手に走っていく。ホントに兄妹だったんじゃね、なんてバカなコト思いながら、夢だからか若干遠く感じる距離を全力で走って、走って。
妹分を苦しませてるソイツに、手を伸ばした。
《っ、!?》
「…!?」
勢いのまま胸ぐらを掴んで、引き寄せる。言葉なんて掛ける気もなくて、そのまま。
「っ」
相棒からイヤと言うほど食らった投げ技をかましてやった。
《っうわっ!!》
ダンッと夢の中でも痛そうな音を立てて、ソイツを床に叩きつける。薄暗い中でよく見れば王子っぽい服装のソイツは、物語特有の口だけの王子なのか、歯向かってくる様子もなにもなく。一回投げただけで気絶したようにぐったりとする。
「あっけねー……」
散々悩ませてたくせに。
夢なのに全力で走ったからか、それとも怒りからか。息を切らしながら、ソイツを冷たく見下ろす。ついでに今までの分っつーコトで全然足りねぇケド腹のあたりを踏んでやって。
「はー……」
息を整えて。
部屋の隅へと、振り返った。
「っ、? …?」
ちっこい妹分は、いつものように「はるまー」なんて名前を呼びはしない。半分はたぶん驚きつつも、怯えて部屋の隅に縮こまっていた。
その姿に、近づいて抱きしめてやりたい衝動はぐっと歯を噛み締めて耐えて。
たった一言、言うために。口をゆっくり開いていく。
——なぁ。
怖い奴は倒したよ。
もし、これからも怖いヤツが来るのなら、こうして倒してやるから。
オマエがまた、前みたいに笑っていられるように。兄ちゃんが頑張るから。
何度だって背中、押してやるから。
だから、どうか。
“——”。
「がんばれ」
一歩、踏み出して。
いつかのように、自分の足で大好きなヤツらのもとへ、行こう。
呟いたたった一言は、届いただろうか。
きっと暗い部屋がぼやけていくから、届いたと信じたい。
「——」
最後に笑ってくれた妹分に、小さく笑い返して。
歪む世界の中。そっと、目を閉じた。
とある朝。
「おーい」
ちっこい妹分を、呼ぶ。
「んぅ…?」
うなされかけてた顔がすぐに穏やかな顔に変わったのに笑って、また声を掛けた。
「オマエそろそろ起きなきゃいけねぇんじゃねぇの」
「んー…」
「刹那ちゃん」
隣に座ってるコイツの恋人サマに呆れられてるのを感じながら、呼べば。
そっと、蒼い瞳が目を開けた。
そうしてぼんやりうろうろさせて、一言。
「…にー、さま?」
最近よく呼ばれる言葉に、笑って。
「オレはそんなにオマエの兄貴に似てっかね」
言えば、まだ寝ぼけてる妹分はいつも以上にゆったりと言葉をこぼしてく。
助けてくれただとか、悪い人がどうだとか。
それに、覚えはあるけれど。
「覚えはねーケド」
こっそり、嘘を吐いて。
ゆっくりと上がってきた蒼い瞳に。
「オメーのソレは“夢”だわ」
いつものようにペンダントを揺らしながら、笑った。
『君の明日が笑顔で溢れてくれるなら。僕は今度こそ、君を守るための刃を振るおう。』/陽真