また逢う日まで 先読み本編second July

 長く揺られていた列車が少しずつ停車していく。荷物を準備しながら窓の外を見れば。

「♪」

 小さな水色頭の先に、少し懐かしく感じるフランスの景色。あぁ帰ってきてしまったかと、恋人の反応とは裏腹に少し憂鬱になる。
 頭の中に浮かぶのは憂鬱の原因となる”男”。

 思わず溜息を吐き。

《ご乗車の皆様、大変お待たせ致しました。この列車はフランスに到着し――》

「いこー…」

 アナウンスと同時に列車が止まったのを確認した恋人に手を引かれ。

「……あぁ」

 あまり来たくはない今世の故郷・フランスの地へと、降り立った。

「じゃあ明日また迎えに来るよ」
「悪いな」
「いいって。とりあえずなんかあったら連絡して」
「わかった」
「じゃねクリス、また明日」
「あしたー」

 気分が悪くなる前にとターミナルを早足で抜け、カリナとは早々に分かれ。レグナが事前に連絡しておいてくれたグレン家の車に揺られることしばらく。日本とはガラリと違った景色の中に足をつける。

 そうして、憂鬱な気持ちのまま、そこを見上げる。

「……」
「…」

 白を基調にした洋風な、どちらかというと屋敷に近い家。

 今世で世話になっているクロウ家。

 見上げるたびにどうしても気分は落ちていく。

「…へーき?」
「……あぁ。あんまり離れるなよ」
「うん…」

 できればクリスティアは置いていきたかったが。
 ゼアハード家はエイリィの結婚式に出るためにこの数日はスケジュールを詰めていると言うし、レグナとカリナはあのお家柄、帰宅するとさぞ慌ただしいだろう。その中でクリスティアを任せるというのもどうしても憚られる。かと言って、いくらなじみはあるとは言えど久しぶりの場所に一人でいさせる度胸もない。

 というわけで連れてはきたが。

「……」

 どうしても憂鬱で、足は進まない。

「…」
「……」

 小さな恋人が俺を見上げてくるのがわかる。
 暑い夏。暑さに弱い恋人をここにいさせるのもよろしくない。わかってはいるが若干足が進みづらいのも事実。
 けれど逃げ場がないのもわかっていて。

「……行くか」
「ん」

 ひやりと冷たい小さな恋人の手を引いて、屋敷の中へと一歩、踏み出した。

 でかいわりには人ひとりいない広い庭を歩いていく。

「バラー」
「あぁ。とりあえず後でな」

 相変わらずきれいに咲いている庭園に寄り道しそうなクリスティアを止めて、また屋敷の方へと歩いていく。一歩一歩近づくたびに心の憂鬱さは増していった。

「……」

 扉へと着いた頃にはもう帰りたい衝動で心がいっぱいである。

 しかし恋人の前で弱音を吐きたくはない。散々態度で情けない姿をさらしてはいるがそこは置いておこうか。

 そう、とりあえず。とりあえず荷物を置きに来たんだ俺は。それにあの男はだいたい中にこもっている。こちらから行かない限り基本的に逢うこともない。没頭していれば話すこともない。
 そう、だからここまで憂鬱になることもない。

 まずはクリスティアを涼しい場所にやるのが先決。

 ―よし。

「行く?」
「行く」

 暑い中何も言わずに傍にいてくれた恋人に頷いて。

 いつの間にか強く握りしめていたドアノブを、引いた。

「……帰ったか」

 瞬間に一回閉めかけてしまった。危ねぇな失礼なことするところだったわ。反射的に動きそうになった体は何とか制し。

 まさかの一発目でエンカウントしてしまったその男――今世の義父であるハイゼルへと目を向けた。

「……ただいま、戻りました」
「……」

 血は繋がっていないはずなのに、同じような紅い目と見つめあう。こちらに興味もないと言ったような無機質さは相変わらず。その目から自分の目を逸らすことができないまま、頭はどこか冷静で。クリスティアの背を押し、涼しい室内へと招き入れる。

「……」
「……」

 重苦しい沈黙の中。

「おじゃまします…」

 小さな恋人だけは変わらず、のほほんとした声でハイゼルへとあいさつ。一瞬気が抜けそうになってしまったのを違う意味で律して。

 彼女のその声で、ようやっと一歩、足を踏み出せた。

「よく来た、クリスティア」
「うん…」
「ゆっくりしていくといい」
「はぁい」

 誰に対しても変わらない態度で接するクリスティアに心の中でまた惚れ直しつつ。荷物を引いて、日本とは違って土足のまま家へと入りドアを閉めた。

「リアス」
「……!」

 名前を呼ばれ、反射的にそちらへと目を向ける。無機質な目に見据えられて、固まっていれば。

 その男は口を開く。

「……後で、変わったことがないか報告に来なさい」

 それだけ言って。こちらが頷く間もないまま、ハイゼルは少し長めの灰色の髪を翻し家の奥へと入っていった。
 その背が完全に見えなくなるまで立ち尽くして。

「……はぁ」

 ようやっと緊張が抜けて、息を吐く。まいったような顔をしていたんだろうか。クリスティアがぎゅっと俺の腕に抱き着いてきた。

「平気だ」
「ん…」
「あとで少しだけ行ってくる」
「…」

 心配そうに見上げてくるクリスティアの頭を撫でてやって。
 ひとまず部屋に荷物をと、彼女を腕に抱き着かせたまま歩き出した。

 二階に上がり、フランスにいたとき自室だった奥の部屋へと荷物を運び。休む間もないまま、キャリーバッグを横たわらせ蓋を開ける。

「クリスも行くー…」
「……」

 中から”それ”を取り出している間にそう言ってきたクリスティアを見た。心配そうな顔でこちらを見る愛しい恋人。それに苦笑いをこぼして、一度手に持ったものをキャリーバッグに戻し、クリスティアを手招いた。
 ぱっと嬉しそうな顔をした恋人は床に座る俺のもとへとやってきて、ちょこんと膝の上へと座る。

「♪」

 ご機嫌な恋人を強く抱きしめ、一度目を閉じた。
 冷たい温度に不安や心配が少しずつ溶かされていくのがわかる。

 だいぶ冷静になってきた頭で、考える。

 研究熱心なハイゼル。その情熱は尊敬を通り越して恐れを抱くほどすさまじい。なんとか条件をつけてクリスティアや幼なじみにその情熱は向けないことを承諾させたものの、あまり、とくにクリスティアとは接触させたくないのが本音である。
 別にいいんだ、種族のためにと研究熱心なのは。そのおかげで異種族の翻訳イヤホンもできているし、そしてそれがあったからこそ今の笑守人の出逢いにも繋がるし。

 ただ。

 スイッチが入ると圧がすごいんだあの男。
 その通りにせねば結構な勢いで怒られるし、割と長生きして多少の忍耐力はあるがそれでもだいぶ心も折れ、ついでに言えば少々トラウマにもなったほど。正直な話研究に付き合ってもらいたいのならもう少し人との付き合い方を覚えてほしい。今はその願望は置いておいて。

 その圧はものすごいし、情熱もあるので下手をしたらクリスティアにはトラウマが掘り返されるようなことにもなりかねないだろう。もしくは新たなトラウマか。全部の記憶を思い出したことがどちらに転ぶかわからないが、これだけはどう考えてもいい方向に転ぶとは思えない。

 こういうとき。
 普段ならエイリィが助けてくれていた。俺が義父に呼ばれたときはエイリィがうまいこと言って話自体をなかったことにするか、エイリィがクリスティアの相手をしてくれて義父と接触しないようにしてくれていた。
 しかし今エイリィは忙しくてこの場にはいない。次いで面倒を見てくれていた義母・シェイリスも。エイリィと準備があると言っていたし、出迎えがなかった時点でまだ帰っていないと取っていいだろう。

 それで残る選択肢は連れていくのみ。下手に置いていくのもやはり不安。まぁどのみち不安なんだが。連れて行こうが連れていくまいが。

「……」
「?」

 けれど連れていくしかないか、と。意外とすんなり決められるようになったのは行動療法のおかげだろうか。いやほとんど俺の方はできていないけれども。

 不安に支配されての行動ではなく、多少冷静に考えられるようになったのは、これまでの日々のおかげではあるんだろう。
 自分はいい方向に転んでいるんだろうかと、未だ答えはわからないがそうであるだろうと納得して。

「……行ってみるか」
「!」

 接触が手短にもなるようにと用意した”それ”を再び手に取り。
 驚きつつも嬉しそうなクリスティアと、ハイゼルのもとへ向かうため部屋を出た。

「まぁ」
「!」

 長い廊下を二人で手を繋ぎ歩いていき、階段を下りて一階へ行けば。少し懐かしく感じる声が聞こえた。目を向けると、玄関先に荷物を持った義母・シェイリスの姿が。

「戻っていたの」
「……先ほど」
「まぁまぁまぁ……クリスティアもいらっしゃいな。少し大きくなったんでしょうかね」

 成長期の子供かとツッコみそうになったのは抑えて、おいでと言うようにしゃがむシェイリスの方へと二人で歩いていく。

「久しぶりですねクリスティア」
「うんっ…」
「一年と少しですねぇ……リアスもどこか凛々しく見えますわね」
「……気のせいでは?」

 いや本当に。この一年と少しを振り返っても凛々しくなる要素が一切思い返せない。

「これからハイゼルさんのところですか」
「そー…」
「それでしたらお茶菓子持って行ってくれないかしら。ちょうど切れていたお紅茶も買ってきましてね。いいかしら?」

 優しく、それこそ母のように笑われるとどうしても断れない。どうせ渡すものもあるからと自分に言い聞かせて。

「……わかりました」

 ほんの少し溜息を吐きながら頷き、クリスティアの手を離してシェイリスが持っていた荷物を持つ。

「あらあらあら……いいんですよリアス。ゆっくりしていなさいな」
「落ち着かないんで」
「クリスも持つー」
「クリスはこっち」

 手を伸ばしてきたクリスティアには袋の中にあった菓子を渡してやり、広めの廊下を三人で進んでいった。先導するシェイリスの背を追いつつ。ふと気になったことをこぼす。

「エイ――義姉さんは」
「はぁい?」
「一緒では? 結婚式の準備であなたといないと聞きましたが」
「先ほど終わりましてねぇ。エイリィは少しやることがあるからと一旦別れましたの」
「……」
「後ほど来るみたいですよ」
「……まだ準備があるのでは」
「ふふっ、それよりもあなた方に逢いたいんでしょうねぇ。ここ最近はずぅっとそわそわしていましたよ」

 内心でセフィルに同情してしまった。もう少し楽しみにしてやれよ結婚式。あの人はあの人で特殊だから動じないんだろうが。

 自分だったら少し心が折れているだろうなと、来るはずもないその事態に勝手にから笑いをして。
 廊下を抜けた先にある、広めのキッチンへとたどり着き。

「ここで?」
「はぁい、ありがとうね。クリスティアも。あとはゆっくりしていてくださいな」

 冷蔵庫の方に荷物を置いて、言葉に甘えてクリスティアと共にリビングの方へ。
 ソファに座り、ちょこんと俺のひざの上に座ったクリスティアの髪を撫でながら一息。段々と心地よさそうに目を閉じていくクリスティアの目元を撫でてやれば、くすぐったそうに身をよじった。

「お前は本当にマイペースだな」
「リアス様も結構マイペース……」
「否定はしないが」

 そのマイペースに救われていると、頭を撫でて伝える。言葉にしなくとも伝わった彼女は、嬉しそうに俺に抱き着いてきた。

「相変わらず仲良しさんねぇ」

 冷たい温度を堪能しつつ、やってきた声の方へ目を向ける。その手にはトレーと、もう片手にはかわいらしくラッピングされている袋が。

「お茶の用意、もう少し待っていてくださいね。このトレーのものを渡してあげてください」

 それと、と。

 そのラッピングされている袋を俺によこしてきた。がさりという音を聞いて、クリスティアも俺から緩く身を離し、そちらを向く。

「お手伝いのお礼に。クリスティア、クッキー好きでしょう?」
「?」
「あなたがこちらにいるとき好きでよく食べていたクッキーですよ」
「!」

 瞬間、見なくても恋人の目が輝いたのがわかった。一気にテンションが上がり足をぱたぱたと揺らすかわいらしい恋人に思わず笑みをこぼしながら、シェイリスから袋を受け取った。

「……どうも」
「まだありますから。なくなったら声をかけてくださいね」
「ありがとー…」

 礼を言うクリスティアに微笑んで、シェイリスは紅茶の準備のため再び去っていく。その背を見届けてから、クリスティアへと目を移した。
 少女のような恋人は嬉しそうに袋をいろんな方向から見ている。その頭を撫でてやれば、幸せそうな表情は俺に向き、笑ってまた袋へと意識が戻っていった。

「……」

 ぱたぱたと足を揺らすクリスティア。
 この小さなヒーローは本当に誰からも愛されるなと、誇らしさ半分。
 それによって自分もこうして、家族のような。そういう空間に溶け込むことのむずがゆさ半分。

 悪い意味ではない、ほんの少しの居心地の悪さに。未だどうしていいかわからず、紅茶を待つ間ひたすらにクリスティアの髪をいじり続けた。

 そうしてクリスティアの髪を結って遊ぶことしばらく。
 シェイリスから紅茶ももらい、その紅茶とクッキーを載せたトレーを持って。

「……」

 二人で地下にある研究室の扉の前へと来ていた。
 先ほどのい意味での居心地の悪さが本当の意味での居心地悪さに変わり、再度溜息を吐く。

 とりあえず今日は、怒鳴られることは避けたい。
 帰って来てまでそれはさすがに少々辛い。

 不安もありながら、心に「大丈夫だ」と言い聞かせて何度か深呼吸をして。

「行く?」
「あぁ」

 クリスティアに頷いて、重い扉を開ければ。

「……」

 広いテーブルに向かっている背中が、一番に目に入った。
 没頭中か。クリスティアはドアのところで待機させてハイゼルへと近づいていく。

「……」
「……義母から」
「……」

 返事がないのはわかっているがそれだけ言って、空いているところにトレーを置いた。
 そして自分が今回持ってきたものも。

「……日本にいる間の、自分の状態をまとめたので」
「……」
「とくに変わりはありませんでした」

 ぎこちなく言いながら、同じように空いているところへ。”研究記録”と表紙に書いてある冊子を置く。

「……」

 それを見ているのかいないのかはわからないハイゼルは、何も言わぬまま机に広げた資料を見つつノートにペンを走らせるだけ。

「……必要なことは書いてあるので」
「……」
「……」
「……」

 どうしようもなく気まずい。せめて頷くかなにかだけしてほしい。
 いたたまれない空気の重さに、足を少しずつ引きながら口を開こうとすれば。

「なーにー」
「!」

 後ろで恋人の声が聞こえて、ばっと振り返った。
 小さな恋人はしゃがんでさらに小さくなって、目の前の何かに首を傾げている。

 どことなくそのフォルムに見覚えがあるような。

 心の中で思い返しながら、反射的にクリスティアの方へかけていった。

「どうした」
「近づいてきたー」

 初めてのものは触らない、という言いつけを守って、クリスティアは目の前にやって来ている、どことなくシェイリスの髪に近いピンク色の丸い何かを指さす。
 ひとまずケガしないようにと抱き上げつつ。

「見覚えがあるだろう」
「!」

 思い出したのと同時に、今まで声を発しなかったハイゼルが声をかけてきた。こちらを向くことはしないが、ハイゼルは続ける。

「近くで見たかはわからないが。今年お前たちの学園の体育祭に貸し出したものの試作機だ」

 あぁやはり、と。そのときよりはかなり小さくなっているそいつを見やった。

 ほんの少し丸みを帯びたフォルムにローラー。それはカリナや祈童達と共になった捕縛走に出たやつにそっくりだった。

「……俺が一発目で当たりました」
「そうか。どうだった」

 いやどうだったと聞かれても大変めんどくさかったとしか感想が出ない。しかしそれはいけないだろうとよくわかっているので。

「……AI搭載だったので、手こずりました」
「そうか。あれはのちのちいろいろな場面で使おうと思っている。また意見を頼もう」

 あれを?
 人を感知したら逃げるあれをか? 体育祭みたいなああいう催し物以外に使える場所ないだろと心の中でツッコみながら。

「……わかり、ました」
「クリスティアも。その機械を見かけて気づいたことがあれば言うように」
「はぁい…」
「君たちの意見がこの世界のためにもなる」

 ずしっと来る言葉に動じず返事をしたのはクリスティアだけ。見えないことをいいことに苦笑いをして。

「リアス」
「はい」

 呼ばれた声に、無意識に背筋を伸ばした。

「この記録は受け取っておく。定期的にこのような形で送るように」
「……」

 一瞬”考えておきます”と出かけたがこの男にそれはいけないとぐっと飲みこんで。

「……冬、頃にまた……送ります」

 なんとか苦手な約束を口から出し。

 短いはずなのに長く感じた時間から逃げるように、研究室を後にした。

「へーき?」
「……なんとか」

 ひとまず研究室から抜け出して一階まで早足で行き、クリスティアを強く抱きしめる。

 空気がくそ重かった。死ぬかと思った。あの男のあの圧力どうにかならないのか本当に。
 クリスティアには心なしか優しく接してくれていたのが救いだった。

「…」

 若干圧にやられて震えかけている手をなんとか制すが、気づいているクリスティアは俺を慰めるように頭を撫でてくる。

「一緒に来るとこういう情けない姿までさらすことになるな……」
「かっこよかったよ…」

 今回ばかりは「どこがだ」と言いたい。
 しかしそれを言うと延々と語り続けそうなので口をつぐんでおいて。

「あそぼー…」
「……」

 相変わらず切り替えるタイミングが絶妙にうまい恋人に、また惚れ直しながら。

「……とりあえず、お前の家に荷物置きに行くか」

 今日もともと泊まる予定にしていたクリスティアの家に行くため、再び彼女を抱き上げて二階へと上がっていった。 

『新規 志貴零』/リアス

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