また逢う日まで 先読み本編 second grade November

第9話
レグナから通信が入った頃。こちらではちょうど、俺とユーアがハイゼル宅に潜入できた時だった。

ウリオスが家を囲むように盾の魔術を展開し。
夢ヶ﨑や色世、トリストとティノが切り開いてくれた道を、禁術の姿消しを使ってユーアを抱えて一気に駆け抜けて。
目印になるように塀の上で鎮静開始を高らかに宣言してくれている道化と誓真を目指し、エルアノと閃吏の補佐を受けながら、ウリオスが小さく作っておいてくれていた盾の隙間に入り込んだ。
少しだけ傷ができてしまっているドアを開けて、盾に隠れるようにして中へと入りこむ。

レグナの「保護はできた」というのを聞き、安心しながら。ユーアの嗅覚で、まずは一番近くである地下の研究室へと向かって行った。

潜入となれば、どこで誰に何を聞かれているかはわからない。これだけ種族が集まっているならなおさら。俺達のように耳のいい種族もかなりいるだろう。声はできるだけ出さずに。もし出すのならば本当に小さな声で。そうユーアと決めて。
互いに合図を送りながら、足音を消して研究所へと駆け下りていった。

そうして、レグナが最後に小さく、小さく。

――頑張れ。

そう言ったのに、ふっと顔が綻んだ時だった。

本当に頑張らなくてはいけないと秒でわかった。

「……」

目の前に広がるのは、研究所から出されたであろう資料の山。ものによってはぐらぐらとして今にも崩れそうである。
そうして反対側にはキレイに整列している、ハイゼル作の数々のロボット。向きの問題なんだろうがさりげなくこちらを見ていて地味に怖い。

「……声を出しても?」
『どうぞですっ』
「なんだこれは」

本当になんだこれは。

思わず普通の声量になったじゃないか。
声を潜めなければとわかってはいるがあまりの物の量に結構な声量になったじゃないか。

「外には聞こえていないよな」
《地下ならば多少は大丈夫だよ。今までこの家に入り込んだものもいない。盗聴器とかの心配もないでしょう》

ならばよかったと武煉の声に頷く。いやよいのかはわからないけれども。

ひとまずだな。

「……緊張感が一気に抜けた……」
「よいことだ」

そして緊張を抜いたときにふっと吐いた息が秒で肺に戻ってきたな。自分の口からひゅっと音が鳴ったと同時に背筋が無意識に伸びる。

そうして、声の方に目を向ければ。

「すまない、ごたごたしている」

家の周りの喧騒など意にも介していない様子の、義父がいた。その手には積み上げられた資料がある。とりあえず「まだあるのか」と言いたいのはぐっとこらえて――待てシェイリスも中からまだ資料運んでくるぞ。本当にまだあるのか。なんかこれ似たようなこと昔思ったことあるな。去年のゴールデンウィークで双子が俺達の家に泊まりに来たときか。
懐かしいだなんて思っている暇もないのに、あまりのこの異質な、というか通常通りすぎる雰囲気に頭の中で一瞬だけ現実逃避をしてしまう。

『炎上っ』
「……そうだな」

けれど「速やかに」と言われている以上、逃避している暇はないわけで。ユーアに急かされ、一旦息を吐いてから。

まず先に確認を。

「……まさかとは思うのですが」
「恐らくそのまさかだ」

ということは、

広いはずの研究所前に広がっている資料やロボを見渡して。

「……これを持って行くと?」

最終確認のように聞けば、資料を置きながら頷かれた。

頷かれたか。

まじか。本気か?
このとんでもない量を??

いや魔力結晶にすれば運べるけれども。簡単には運べるんだけれども。

おいモニター組、若干笑いこらえているのわかっているからな。俺は今そんなに顔に出ているか? 「まじか」と。

いやでも思うだろう。

ほぼほぼ世界中の生物がハイゼルの宣言に納得いかず、今はフランスの住民が中心だが家の付近で暴動が起きている状態。
そんな中で。

悠々と移動のための荷物を引っ張りだしていることにも、そしてその荷物の量がえげつないことにも思うだろう。

まじかと。

俺は保護ではなく引っ越しの手伝いに来たかと今錯覚しているからな??

『炎上、お気持ちはわかるですっ』
「わかってくれるかユーア……」
『けれどお時間も限られているですっ、早めに保護せねば向こうも鎮静に力を出しきれないですっ』
「そうだよな……」

お前のそういうところは大変頼もしい。あとでしっかり感謝と褒めの言葉を伝えよう。そう決めて。

積み上げられた資料の方へ、歩き出す。

「順次結晶化していっても?」
「よろしく頼む。あとシェイリスが持ってくる分と、次の私の分で終わりだ」
「そうですか……」

若干息を吐きそうになるのはなんとかこらえ、手早く魔力を手から放出。自分の身長を少し超えるそれらに、欠損などがないように丁寧に魔力をかけていった。

『お手伝いするですか炎上っ』
「頼みたいのは山々だがな……」

いかんせん小柄なこいつじゃ距離感が難しいだろう。上に登るにしてもこの山じゃ滑るの必至。

「とりあえず警戒の方を頼みたい」
『任せるですっ!』

ユーアが階段付近まで歩いていったのを確認して。
俺は積み上げられている資料の結晶化の再開へ。二人が持ってきたものと合わせて結晶化すればいいか。きちんと資料に意識を向けつつ。

目は、俺を見ているかのように感じるロボットたちへ。

ざっと見た感じ十……二十弱はあるのか。大小それぞれで、笑守人で見たようなものばかり。試作品か、それかあの笑守人での時間を経た新作か。どちらでもいいが。

必要なのか、と考えてしまうのは仕方ないと思う。

資料はわかる。さっきレグナの通信を聞いていた限り、捩亜のように重要な資料は多くあるだろう。とくにこちらは今回の疑似ハーフ化研究の本拠地でもある。鎮静した後、いくらハイゼルたちへの暴動行為等を禁止するにしても、やる奴は処罰など恐れずとことんやる。その中で研究の中身が持って行かれたらいろいろと困ることだってあるだろう。そこまではいい、理解も納得も簡単にできる。

できないのは、やはりあちらのロボット達。全部と言われたから彼らも持って行くことは確定のはず。

何故必要なのか。仮に盗られても言ってしまえば部品にしかならないだろうに。

そう、部品――。

そこで思い至ったと同時に、横にハイゼルがやってきた。

「あのロボ達も必要だ」
「……」

小さな、声で。

「……万が一の替えの部品となる」

誰とは言わない。言わないけれど、すぐにわかった。

機械とつぎはぎとなった義姉の、替えの部品になりうると。

そこでようやっと、自分の中で。
本当に義姉が半分ほど機械と化したことを理解せざるを得なかった。

その義姉は、この場ではまだ姿を現してはいないけれど。

「向こうに行ったら、またきちんとお前にも話す。個別に時間を作って」
「……」
「ひとまずは、私がすべて悪いとだけ認識してくれていて構わない」
「……」

それだけ言って、義父は俺の言葉は待たずに。資料を俺の近くに置いてまた研究室の方へと去って行った。

その背を見ながら。

自然と開いた口を、動かす。

「……俺は、あなたが間違っていたとは思わない」
「……」
「タイミングは、他の生物達と違っていたかもしれないけれど」

――決して。

愛しいヒトを救おうとしたその思いも、したことも。間違いだとは思わなかった。

だってきっと。

きっと――。

その言葉は、今は飲み込んで。

「……俺は、俺達は。あなたやエイリィの選んだ道を否定する気はない。だから来た」
「……」
「……」

一度止まった足は、その時に見えた手は、震えているような感じがした。けれど今は、それを見なかったことにして。

「……荷物を結晶化次第、あなた方も結晶化して保護します」
「……よろしく頼む」

背を向けて研究室へと入っていく義父に、見えないとわかっていながら頷いた。

そうして荷物の結晶化が終わったのはそれから数十分後。

『お疲れ様です炎上っ』
「本当にな……」

あまりの量に若干の息切れをしながら、労いの言葉にはなんとか返す。これであとヒト三人か。神経も使うからなお疲れるなこれは。

落ち着いたらまた爆睡コースか、なんて。寝たくはないけれど見えた未来に空笑いをしてから。

目の前に立つ義母に、目を向けた。
義父はまだ研究室の中。

「……義父はまだ何か持ってくるものでも?」
「いいえ、最終チェックをなさっていますよ」

それとあとはエイリィか。中にいるならば連れてくるんだろう。

その姿を目の当たりにすることに、ほんの少し怖さがないわけではないけれど。

来る前の恋人の言葉のない後押しや、親友のエールを思い出しながら、意識的に深く深呼吸をする。
ゆっくりと、吐いて、吸って。

何度か繰り返したところで。

「待たせた」

扉の開く音と同時に、義父の声がした。反射的に背筋を伸ばして、そこに目を向ければ。

「……?」

向けた目を疑うように、見開いた。
出てきたのは。

義父一人。

手で持てる量の荷物を抱えているだけで、他には誰もいない。思わず呆けていると。

『おひとりですかハイゼル殿っ』

俺の疑問はユーアが聞いてくれる。その答えを求めるかのように、義父を見つめた。

義父は手荷物を持ったまま、シェイリスの隣へと並ぶ。そうして。

頷いた。

それに、自然と言葉が出る。
何故か心音が少しだけ早く感じた。

「……義姉、さんは」

何故この場にいない。たしか情報では一緒にいたはずだ。それにこの一週間、奇跡と言っていいほど、この家には誰も立ち入ることはできなかったはず。

なのにこの場にいないのは――?

よぎる最悪の事態に、段々と心音が大きく聞こえてくる。

けれどそれに持って行かれる前に、ハイゼルの声が聞こえた。

「お前の考えているような最悪なものではない」

最近自分はそんなに顔に出やすいかと、若干的外れなことは思いながら。

「なら、どこ、に……」

問えば、まっすぐとハイゼルは俺を見据える。いつもとは違う緊張で、彼の言葉を待っていると。

一度ハイゼルは階段付近の方を見た。それをすぐさま戻して。

「リアス」

俺の名を、呼ぶ。
それには背筋を再び伸ばすことで応じて。

「真剣に言う」
「……はい」
「きっとお前ならばわかってくれるだろう」
「……?」

先の読めない言葉に、首を傾げれば。

「かくれんぼをしている」

そんな、今の状況にそぐわない言葉が返ってきてしまった。一瞬思考が停止してしまったのは仕方ないと思う。そしてすぐさま浮かんだのは、このフランスの人らはどこまでマイペースなんだというほんの少しの呆れといらだち。
そんな話をしている場合じゃないだろうと、思わず声がでかかったけれど。

「……!」

俺を見つめる二人は、真剣な目で見てきている。
ハイゼルも言った。「真剣に言う」と。

「……」

そうして出てきた言葉は、かくれんぼ。

この状況で考えられるのであれば。

盗聴や傍聴を回避するための、隠語。

合っているよな。自分の中で何度も問いかけていく。けれどこの状況で、真剣にと言われたらそれしか浮かばなかった。確かめるように、二人を見れば。

シェイリスが、肯定だと言うように優しく笑った。
そうして優しい声で紡いでいく。

「ごめんなさいね、リアス。万が一があったときのために、エイリィにかくれんぼをお願いしたの」
「……」
「あなたなら見つけられますよね」

何度もしてきたものね。

笑った彼女に、受けたことのない母の愛を感じた気がした。
遊んでいるところも見てくれていたこと。ちゃんと、信頼されていること。

それに、今はその状況ではないのに、ほんの少しだけ喉元が熱くなった気がした。なんとかそれはあとにしようと制して。

「……わかりました」

微笑んで、頷く。
そうして二人に歩み寄り。

「先にあなた方の保護から。義姉さんを保護したらすぐに向こうへ」
「よろしくお願いしますね」
「……エイリィのことも、よろしく頼む」

その言葉に、しっかりと頷いてから、手から魔力を放出していく。

優しく見守ってくれている二人に、ときに目をそらしながら。

「……また後で」
「あぁ」
「お待ちしていますね」

それだけ言葉をかわして、彼らを小さな結晶へとおさめていった。
しっかりと、丁寧に体内にしまってから。

「次、行くぞユーア」
『かくれんぼなら場所はおわかりですかっ』
「……あぁ」

きっとあの場所にいる。確信を持って。

昔は少しトラウマばかりだった研究室を、後にした。

この家に来た、まだ幼い頃。
自他共に認める過保護の俺は、いつものごとく。クリスティアを決めた範囲から出すことはしなかった。
ときにはクリスティアのゼアハード家。ときにはこのクロウ家。エイリィがもう少し大人になってからは彼女がいろいろと探してくれて多少なりとも外に出ることはあったが、やはりうちやクリスティアの家で遊ぶことが多かった。

その家の中で、よくやっていたのは”かくれんぼ”。

クリスティアがじっと隠れられないだろうということで、俺とクリスティアがいつも鬼をやっていて。

義姉は。

「……」

リビングの奥の奥にある、少し暗いその場所。どうにか目を凝らさないと見えないスペースに、よく隠れていた。
決まってそこに隠れるものだから、いつの日からかクリスティアが一番に駆けよって行き、いれば「見つけたー」と楽しそうに笑っていたものだ。

そのスペースの前。今は守るかのようにうまく扉を付けられている場所に立つ。

『ここですかっ』
「……たぶんな」

俺達でしか聞こえないくらいの小さな声に頷いて、そっと手をスペース前の扉にあてた。

「……中に入れば少し話しても大丈夫だよな」
『この小ささなら大丈夫ですっ。ユーアはまた辺りを警戒しているですっ』
「頼む」
『ここに座っているですっ。何かあればユーアのしっぽを見て落ち着くですっ』
「それで落ち着くのはクリスティアだけだろ……」

呆れた言葉を返しながらも、いつも通りの会話をしてくれるユーアに思わずふっと笑みをこぼして。もふもふとした体が、スペース付近に座ったのを確認してから。

「……義姉さん」

いるであろうその場所に、声を掛けた。

けれど中から声は返ってこない。ただ、かくれんぼと言われたら。

そこにいるんだろうというのは、わかっていて。

「……開けるぞ」

そえていた手をゆっくりと押して、薄暗い中へと足を進めていった。

その、中には。

「……」
「……」

膝と、何かひとつの。本のようなものを抱えて、小さく小さく縮こまっている今世の義姉がいた。

気づいてはいるんだろうが、反応のない彼女に。座ったことで広がっている長い髪を踏まないようにしながらゆっくりと近づいていった。

その隣に座って。

「……エイリィ」
「……」
「助けに来た」
「……」
「一緒に帰ろう」

そう、小さな声で言っていくけれど。

「……」

義姉は、いつかの恋人のように。ただただ縮こまって何も反応を示さない。

「義姉さん」
「……」

さすがに本人の心構えなく結晶化なんてするのもよくないだろうということはわかっているので、ひとまず壁に背を預けて。

こちらを向いてもらえるように、彼女に手を伸ばした。

「義姉――」

その伸ばした手が。

彼女の左側に触れたところで、ふっと止まる。

――冷たい。

けれどこの冷たさは、知っている「死」の冷たさじゃない。

服越しからもわかる。無機質な感覚。

機械の、冷たさ。

よくよく見てみれば、薄暗い中でも。彼女がたらした髪の隙間から。

首や後頭部まで、機械とつぎはぎになっているのが見えた。
そうして俺の手が止まったことに、何か感じたんだろう。ぎゅっと膝と、その腕に抱えている手に力が入る。

そのときに、足の方からもギギッと機械音が聞こえた。

「……」

――あぁ。

さっきでわかったはずだったのに。
目の当たりにすると、本当に痛感する。

テレビで見た時よりも鮮明な、そのつぎはぎな姿。

本当に、事故に遭って。
こうして機械と一体化したのだと。

隠そうとしている指の部分、髪の隙間から見える首や脳の部分。スカートで隠れている足の部分。
いけないとわかっていつつも、前髪で隠れている部分を見るために、垂れている髪の毛をそっと持ち上げた。
左耳は、完全に機械。

そうして伏せられているが、左目の周辺はテレビで見たときと同じく機械の肌になっている。

恐らく。

恐らく、彼女の左半身は、ほとんどもう、ないんだろう。

心臓がどうなっているかはまだわからない。けれど見た状態から推測すれば。

心臓も、きっと。何かしら機械の処置は入っていると思った。

現実を目の当たりにして。さっきとは違う意味で喉元が熱くなっている気がした。
そんな彼女に、今自分には掛けられる言葉が見つからない。

大丈夫か、なんて。当たり前に大丈夫でないことを知っているのに聞けるはずもない。
けれど何か言葉を掛けて、彼女を保護して日本にも帰らなければならない。それも、安全に。

どうして行けばいい。
いつかのあの頃から、自分は経験も知識も、言葉も。幾分かましになったはずなのに。

弱い自分は、結局こういった場で何もできないんだと痛感した。

クリスティアのように引っ張る力もない。
カリナのように、言葉が達者なわけでもない。
レグナのように、さりげなく後ろから支えられるわけでもない。

「……」
「……」

自分は本当に何もできないと、奥歯を噛み締めたときだった。

「……行って、いいの、かなぁ」
「……!」

事故の後遺症なのか、妙にたどたどしい小さな声が、聞こえた。

そうして彼女は、無機質な。ほんの少しだけ元の色素とは違う左目を俺に向ける。よく見てみれば機械のような目に、一瞬ぐっと喉が詰まってしまった。
それに彼女は力なく笑って、また。

「こんな、私が……。行っていいと、思う?」

そう、ザザッと少しノイズ交じりに言うから。

「……何故」

いろんな現実が押し寄せて、心が、胸が苦しくなっていく中で。声をほんの少しだけ震わせながらなんとか聞いた。

「後悔はね、ないん、だー……。セフィルのこと、助けたくて。パパにわがまま、言った」
「……」
「セフィル、ね。もしかしたら今のまま、回復しても」

絵は、元通りには描けないかもしれないって。

「向こうの、保護は……レグナが、行ってくれたん、だよね?」
「……あぁ」
「じゃあ、わかる、かなぁ……」

その言葉に。聞いてはいたけれど、セフィルは今隣にいる義姉よりもさらにひどかったんだろうと改めてその光景が浮かんで。
思わず目元を覆ってしまった。

「……義姉さん」
「行きたく、ないわけじゃ、ないんだよ」

どこか、答える順番がしっちゃかめっちゃかになっている会話に、しっかりと耳は傾ける。

「でも、いいの、かなって」
「……何故」
「おかしく、しちゃってるもの」

世界も、日常も、何もかも。

「これから、修学旅行、だったんだよね」
「……そうだな」
「来月は、クリスの、誕生日、も、あるねぇ」
「……あぁ」
「それを、私の、わがままで」

壊しちゃったね。

呟かれる言葉には、見えているかわからないけれど必死に首を横に振った。

「壊してなんかない」
「だからね、行って、いいかわかんないの」
「義姉さん」
「みんなに、顔向け、できない、なぁって……。わたし、に……みんなにまた逢える資格、ないよ」

そんなことない。
言いたいのに。言わなきゃいけないのに。喉がどうしても熱くなって言葉が出せなかった。

「ほとぼり、覚めるくらいまで……ここに、いようかなぁって……。お腹、あんまり空かないし」
「っ、……」
「あんまりね、寝なくても、大丈夫なんだよ」
「……」
「パパが、ね。少しだけ仕込み、武器? みたいなの、くれてね。何かあっても、大丈夫」

独りで大丈夫。

「だから、私。行かなくて大丈夫かな、って……思ってる」

ぐっとこみあげてくるものをなんとか、なんとか抑えながら。

「……手を、差し伸ばしても。こっちには来ないと?」
「行けない、なぁって……」
「……俺には、あなたを保護する義務が、ある」
「……うん。連れてっても、みんなには、逢えないなぁ。それに、ね。やっぱり、行きたく、ないよ」

再度の「何故」に、彼女は色素の違う右目もこちらに向けて。

「フランスで、こんなだもん。日本に行ったら、また、同じになる、でしょう……?」
「……今、外で道化たちがそれを止めている」
「クリスたちが、危険になっちゃうのは、嫌だなぁ」

たまにかみ合わない会話があるたびに、悲しい現実が突きつけられて。
口は震えて、目から何かがこぼれてきてしまっていた。

「ちゃんと、危険にならないようになっている」
「……」
「大丈夫だから」

苦手な約束を、一生懸命しても。

「……ごめんねリアス」

彼女は首を横に振って。

そっと、手を伸ばしてきた。
頬を包み込んできた手は、片方が冷たくて、片方が温かい。それに引っ張られて。

恋人とは違う冷たい肩に埋まるように、抱きしめられた。

「お姉ちゃん、やっぱりそっちに、行けないよ」
「……大丈夫だと、言ってるだろっ」
「うん、信じてるけど、こわいよ」
『ユーア達が守るですっ』
「わぁ、ユーア、くん?」

見かねて出てきてくれたユーアが声を掛けるも。一瞬だけ嬉しそうな声を上げて。義姉はすぐに首を横に振ったのが抱きしめられながらわかった。

「ごめんね、お姉ちゃんね、みんなが危険になるの、こわいから行きたく、ないよ」
『炎上も言う通りっ、ちゃんと守るですっ』

みんなで。

『だからここから離れるですっ。ここにいたらもっと危険ですっ』
「……うん」

頷いた義姉の冷たい肩が、小さく揺れた。
笑った揺れ方じゃない。

「ごめん、ねぇ」

泣いている、揺れ方。
自分の方に雫は落ちてこないけれど。そっと顔を傾ければ、自分とは反対側の頬に、雫がぽたぽたと落ちていた。

それに伴うように。

彼女の言葉もぽろぽろと落ちていく。

「間違っちゃった、のかなぁ」

助けたいと願ったことも。自分がわがままを言ったことも。

「全部、間違っちゃったかも、しれない」
「……っ」
「みんなに、逢いたい。セフィルにも、また逢いたい」

でも、

「でもね、合わせる顔ない、よ……。パパたちにも、クリスたちにも、向こうで逢った、みんなにも。私が全部全部、おかしくしちゃった」

たったの一言。
たった一つの願いで。

「みんなに迷惑、掛けちゃった」

それなのに。

「逢って、また今まで通り仲良くしようなんて、私、できない」

こんなに世界を変えてしまったのに。
また、自分のせいでみんなを危険にするかもしれないのに。

「だから行けない」

抱きしめられる力が、強くなった。

「行きたいけど、行けない」

ごめんねと言うように、強く抱きしめられる。落ちていた自分の手にふわふわとした何かが当たった。きっとユーアのことも抱きしめてくれているんだろう。

――今、この状況なら。

このまま一気にテレポートができる。
無理やり日本に帰ることはできる。向こうに行けば全員で説得して、滞在させることだっていくらでもできるんだろう。

なのに。

「……っ」

手が、震える。
魔力のコントロールがうまくできない。

涙が、ただただ止まらない。

義姉を抱きしめて連れて帰りたいのに、落ちている手に力が入らなかった。

動けと命じても、何故か手が上がって行かない。魔力を練りたいのに、心も頭もぐしゃぐしゃで、何を練っているかもわからなくなってくる。

だからと言ってこのまま置いていけるのか。行けるはずない。
連れて帰らなければならない。独り、置いてなんていけない。

魔力を練って、早く向こうへ帰るんだろ。
しっかりしろ。

連れて帰って、また。

また――。

その心の声に呼応するかのように。

それは聞こえた。

《リアスー?》

こんな切羽づまった状況にそぐわない、のほほんとした小さな声。
それに、ハッとなった。

《リアスー》
「……クリスティア?」
《クリスー》

イヤホンから聞こえる、いつもと変わらない声。ほっとするというよりは気が抜けて、動かなかったはずの体が自然と動いた。

エイリィからほんの少しだけ離れて、聞こえる片耳に指を添えて。愛しい恋人の声を聞く。

《リアスー》
「……どうした」
《エイリィ見つけたー?》
「……あぁ」

お前話聞いてたろ、というのは後にして。ただただ頷く。

画面にそっと目を見やれば、いつものふわふわとした顔で俺達を見ていた。

そうして、こてんとかわいらしく首を傾げて。

《エイリィ、まだあそべない?》

どこまでもいつも通りの言葉を、彼女は口にした。
それにまた、涙があふれそうになる。けれどなんとか耐えて。緩く、ゆるく頷く。

そうすれば残念そうに、

《そっかー》

なんて、のんびりとした声で言った。相変わらずだななんてそれに笑みをこぼして。

「……義姉さん」
「?」

予備用にとポケットに忍ばせていた、もう一つの無線を彼女のまだ生きている右耳へと取り付けた。そうして愛しい恋人へ。

「クリス」
《なーにー》
「エイリィ」

義姉が見えるように、カメラと画面を向ければ。

「……クリス」
《エイリィ!》

義姉は驚いた顔へ、恋人は嬉しそうに顔をほころばせた。そうして今にもこちらにやってくるかのようにぴょんぴょん跳ねているのを、画面の中で陽真とルクに制されながら。

ふんわりと、いつもの顔で笑って。

《エイリィ、こっち来てあそぼー》

なんて、またも変わらぬ言葉を言った。

まるでエイリィが変わってしまったことなんて、気にも止めていないかのように。

「……あそぶ?」
《あそぼ》
「……あそべないよ、クリス」
《なんでー》
「お姉ちゃん、が、行ったら。そっちが危険に、なっちゃうかもしれない、でしょ?」
《?》

それは小さな子供のような恋人には理解できなかったのか。こてんと首を傾げてしまった。ただとりあえず、「あそべない」ということだけは理解したんだろう。

《まだあそべない?》
「……うん、もうあそべない」
《…》

言葉の違いに、クリスティアはぱちぱちと目を瞬かせる。ほんの少しの理解の時間。

それを理解した彼女は。

何故か、また顔をほころばせた。

《エイリィー》
「……なーに」

そうして、何の脈絡もなく。

《今年クリスね、サンタさんにお願いするの》
「へ……」

そんなことを言うから。
モニターの中にいる奴らも、当然俺達も。ぽかんと呆けてしまった。

けれど彼女はそんなこと気にせずに、うきうきと話していく。

《去年はね、リアスたちと四人の思い出もらった。あとね、みんなでね、たくさんあそんだ》

今年は、

《今年はみんなでの思い出欲しいの》
「……みんな、の?」
《うん》

頷いた彼女は、小さな手で指折り、一人一人名前を呼んでいく。

リアス、カリナ、レグナと俺達の名前から始まって。

《はるま、ぶれん、フィノア…ユーア、ゆいも、せんりも、ゆきはとみおり、エルアノとティノでしょ、ウリオス…しゅいと、ルク、りんかとトリスト、ごろー》

折ってはまた開いてを繰り返して、最後に。

《セフィルとエイリィー。セフィルはさっき来たから、あとはエイリィだけ…》

ねぇエイリィ。

《今年は、クリスのサンタさんなってくれる?》

そうしてみんなの思い出、くれる?

《誕生日プレゼントでもいい…、そしたらサンタさんには、ペンお願いするの》
「ペン……」
《そー》

笑った彼女は、傍に置いていたらしい何かを引っ張り出す。

そうして、ばっと広げて。

一枚の画用紙では足りず、つぎはぎにして大きな一枚にした絵が、モニターに広がった。

そこには、願い事を描いたかのように全員で笑っている姿。
エイリィは、今の姿のまま。機械とつぎはぎな顔だけれど笑顔でセフィルと手を繋いでいる。

ただイラストは、ところどころがまだ不自然に真っ白だった。

その不完全なイラストに隠れた少女は、またのほほんと言葉を紡いでいく。

《今ね、色足りないの》
「……うん」
《エイリィが誕生日プレゼントだったら、サンタさんにペンお願いしてね》
「うん、……」
《…セフィルと、いっしょに完成させるの》

のほほんとしているのに。

イヤホン越しに聞こえる少女の声は、少しだけ震えている気がした。

きっと今までの会話は全部聞いていただろう。俺達の無線はずっと繋がっているのだから。

セフィルがもしかしたら、もう今までのように絵を描けることはないかもしれないと、しっかりと耳に入ったはずだ。記憶力のいい彼女は、それを絶対に忘れない。

それでも、と。

《エイリィ》

恋人は子供のふりをして、知らなかったふりをして、続けていく。

震える声で。

《セフィルといっしょに完成させるから、一番に見てね》
「っ、ぅ」

”ねぇ見て、エイリィ”と。
二人で笑顔で見せに行くから。

《でもまだたくさん塗るところあるの》
「……っ」
《二人じゃ、全然終わんないの》

だから、みんないっしょに。

《エイリィもいっしょに、完成させて?》

ねぇエイリィ。

《こっちに来て、いっしょにあそぼ》

こわいことも、全部全部忘れるくらい、たのしく。

聞こえた小さい、けれどしっかりした言葉に。どうしたって涙が止まらなくなっていた。向こうも段々と涙が出てきてしまったんだろう。ときおり鼻をすする音が聞こえて、モニターでは陽真が、見えなくなっている少女に手を添えているのが見えた。

そうして、陽真は俺を見る。

今度は自分の番なんだろう。しっかりと頷いて。

涙がこらえきれなくなって、ここに来た最初に大切そうに抱きしめていたものを再び抱きしめながらしゃくりあげている義姉を見た。

隣でぐすぐすと鼻を鳴らすユーアの頭を撫でながら、勇気をもらって。

「――義姉さん」

自分達が作ったアルバムを抱きしめている、義姉へ。

「アルバムの中の俺達じゃなくて、向こうにいるみんなに逢いに行こう」

そうして、喋って、たまにはばかみたいなことをして笑おう。

怖さなんて忘れるくらい。

小さく、それでもしっかりと頷き始める義姉に、手を伸ばして。

「何かあったら俺達は対処する力がある」

いつの日か幼なじみたちからもらった言葉を、口にしていく。

「愛しいヒトを守りたいと思ったあなたに、セイレンは――神様は罰なんて与えないから」

だから、どうか。

この手を取って。

「またみんなで、遊ぼう」

たくさん、たくさん。

願いながら、義姉の目の前に手を伸ばせば。

「っ、……」

言葉は出なかったけれど。
オッドアイのように変わってしまった彼女の目は、しっかりと俺を見て。

俺の手に、機械となってしまった手を重ねてくれた。

それに、自然とまた涙を流しながら。

「……行こう」
「、っ」
「ユーア」
『はい、ですっ』

手から、魔力を放出させていく。
ユーアが安心させるように、エイリィの隣に行って、彼女の生きた手を取ったのを確認して。

『氷河たちが待ってるですっ』
「……うん」

泣き笑いを浮かべた二人を、魔力で丁寧に丁寧に包んで行く。

「しばらく頼むぞユーア」
『任せるですっ』

互いにしっかり頷いて。

結晶化を進めていく。

二人が小さくなっていく中で。

右目から涙をこぼしているエイリィは、アルバムを抱きしめながら、俺を見た。

結晶化が始まっているからか、言葉はもうかわせないけれど。
血は繋がっていなくても、姉弟だからか。義姉がいつも通りの笑みで、笑ってくれているから。

なんとなく、言いたいことはわかって。微笑み返した。

それにまた泣きそうになっているのを見ながら。

丁寧に、結晶を収束させていく。

それが終わると。

「……」

先ほどまで二人がいたところは、きらきらとした結晶だけになっていた。
その宙に浮く結晶を、手に取って。

「……クリスティア」
《…》
「助かった」

ありがとう。

言葉を伝えれば、また鼻をすするような音が聞こえた。それに笑ってやって。

「……すぐ帰る」
《…ん》
「いい子で待ってろよ」

ちゃんと連れていくから。
慣れない約束に、モニターの中の恋人が小さくうなずいたのを確認してから。

宙に浮く結晶を、抱きしめるように体内に入れていって。

「……」

決して自分一人の力ではなく。
大切なものをひとつ、守れたことに心の中で噛み締めて。

愛しい恋人たちが待つ日本へと行くために魔力を練り。

俺は、いつかの思い出の場所を、あとにした。

『11-14Sブラッシュアップ版(新規 志貴零)』/リアス

志貴零

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