また逢う日まで 先読み本編 second grade November
第3話
演習とはまた違う緊張感の中。
私は走り、彼女は限られた空間の中で飛び回り。
ときに魔術を打ち合い、ときに刃と、彼女のくちばしの前に張られた防御壁のようなものがぶつかり合う。
身を引いて、魔力を練って。
【フレアバースト】
お得意の炎魔術が私の元へ。以前見た時よりもまた大きくなったそれを。
【バリアー】
自分を覆うように守護壁を張って受け流し、前へと進んで行く。
熱さなんて感じない、オレンジや黄色が混ざる景色を突き抜けていって。
「あら」
『まぁ』
緊張感にそぐわない間の抜けた声を出しながら。
また刃と、彼女の防御壁をぶつけ合った。
先週の日曜日で、九月からこちらにいらしていた親族は全員フランスへと帰り。
最後の方はたくさん遊べましたね、楽しかったですね、なんて。
そんな思い出に浸る間もなく。
我々エシュトの生徒には次なる予選がやってまいりました。
第二予選からは対戦者が当日発表ということで、楽しかったと思い出話をするのはほどほどに。比較的多く身内も第二予選に上がったということで、いつの間にか話題は武闘会の対戦者の話へ。
今日は誰かしら、身内同士で当たるのかしらと美織さんのそわそわした雰囲気に笑い。今回もぜひイケメンなお姿をとリアスに交渉しているクリスティアには精度の良いカメラをあげて。
対戦者発表で中々身内が出てくることなく過ぎた武闘会第二予選、四日目の昼。
ぴこんと対戦者通知のメールが来まして、そこを見れば。
ようやっと身内が来ましたねと。
本日第二予選四日目、第二試合で共に戦うことになったエルアノさんに笑い。
「やはり成長速度が恐ろしいですわね」
『まぁ……おほめにあずかり光栄ですわ』
去年演習で戦った以来の彼女のバトルを、若干無粋かもしれませんが楽しんでおります。
いやでも楽しいんですよこのお方とのバトル。
ほんの少し、それこそ一か月くらい闘わないだけでめきめき成長していっておりまして。彼女が得意としているフレアバーストも当初はご自身の体くらいのサイズだったのに。
【フレアバースト】
今ではクリスティアをまるごと飲み込めそうなくらいの大きさを連発できるようになっていらっしゃる。一撃必殺で行くときはこのスタジアムの半分くらいでしたっけ。雪巴さんとのバトルえげつなかったですよね。
どうやったらこの短期間でそんなに魔力量伸びるんですか。
「毎日どのくらい魔力の訓練してるんですかほんとに」
飛んできた火球は今度は飛んでかわし、彼女がくちばしの前に張っている防御壁へと刀を打ち付ける。楽しくて笑みをそのままに聞けば。
彼女も楽しそうに笑って。
『そこは乙女の秘密ということにしてくださいませ、愛原さん』
私の刀を力強く押し返してくる。以前よりも力は増している。
とりあえず、うちの幼なじみ同様かなりの努力家ということだけははっきりしましたわ。
その努力家な姿にも、こうして楽しく闘えることにも。少しずつ少しずつテンションが上がって行くのがわかる。口角がもうにっこりしておりますわ。
さてどのタイミングで仕掛けましょうかね。
それにもまた楽しみをはせながら、一度刀を振り払ってエルアノさんを押し返し、身を引く。追ってきた彼女はかなりのスピードで私へと突進してきました。
普通ならば身構えるけれど、一瞬だけ目が横に動いたのは見逃さず。
『!』
「視線は誘導に使うものですわよ」
ひょいっと体重を少しだけ傾けて、旋回しながらの彼女の突進をかわす。今度は私が追いかけて、飛び上がって。
『っ』
急いでこちら側を向いた彼女のくちばしめがけて、刀を打ちつけました。
特有の金属音ではない、鈍い音がスタジアムに響いていく。ほんの少し息が上がっている彼女にまた口角を上げて。
「さぁ、そろそろおしまいになさります?」
『……まだまだですわ』
「そうですか」
けれど言葉の割には、ぐぐぐっと刀を押し込んでもさっきのように押し返しては来ない。おそらく今彼女は打開策を練って行くので手一杯でしょう。ゆっくり魔術を練っていけば気づかない。
そっと、細くほそく魔力を練って行く。
念には念を。二重に魔術を練って行きながら。
『……氷河さん』
「はいな」
打開策を見つけたらしい彼女の口が開いたので、にこりと笑って応じました。
「刹那がどうかなさりました?」
『そわそわしておりますわね、最近』
クリスティアの会話で気を逸らす作戦ですか。
おもしろいですね。
いたずらっ子の笑みは心の中だけにして、頷く。
「そうですね。エイリィさんたちから感想待ちですわ」
『まぁ……感想ですか』
話しながらもさらなる打開策を考えているらしい彼女にまた頷いて。
「アルバムをあげたでしょう」
『はい』
「エイリィさんたちがその感想をくださるそうで。それを楽しみに待っているんですよ」
『昨日の今日ではありませんか』
そう笑ったエルアノさんに私も笑い、押し合いの力は緩めぬままそうなんですよと肩をすくめる。
「それにフランスですから。今はまだ列車の中。今頃はお二人ではしゃぎながらアルバムを見ていることでしょう」
このクリスかわいいね、リアスも最高だね、なんて。そんな話をしながら。考えるだけで顔がほころぶ。けれどほころばせるのは顔だけ。嬉しそうな顔を”作って”笑って。
「感想は電話なら早くて明後日……。お手紙であれば来週中に来れば早い方かと」
『その間ああしてそわそわしてお待ちになっているんですのね』
「はいな。とても可愛い刹那が長い間見れますわよ」
そう、言えば。
『その盗撮はなさらないんですの?』
誘導通りの言葉が返ってくる。それには心の中で笑んで、顔は動揺したフリをした。
「まぁ……いつも言っているじゃないですか、盗撮じゃありませんよって」
声もその動揺に合わせて少しだけうわずったようにすれば、エルアノさんの目は勝利への道を見つけたかのようにきらめく。
『長い間見れるとなれば絶対に一度シャッターを切るでしょう。本日はどこに仕込んでらっしゃるんですか?』
「本日は兄にお任せを――ってそうじゃなくてですね」
『さぞかわいい氷河さんが見れるんでしょうね』
「そうなんですよ楽しみなんですよ」
わざと乗ってあげて、うきうきとした様子にして見せる。あぁけれど、見せてはいるけれど実際想像したらうきうきしますわね。
お返事待ちのクリスティア。
「足をぱたぱた揺らして、お声をかければいつもよりのほほんと”なーにー”とふわっと笑うんです」
『それをお撮りになると』
「こちらを向けば普通に写真を撮ったのと同じですわ」
ちょっと同じじゃないって顔しないでくださる?
「要は視線が合えばよいのですよっ」
『そうやって数年後に……』
「捕まったときにそう供述すると??」
しませんよというか捕まるわけないじゃないですか。
この会話って確かマイクで拾われますよね。
今絶対レグナとリアスが「そいつは捕まらない」って首振ってるのわかってますよ私。
「あとで刹那に今の会話を聞いていた幼なじみの反応を聞かねば……」
『愛原さんならば反応くらいデータに撮っているのではなくて?』
「さすがに画像データは撮ってませんよ」
いけないこれは音声データを撮っていると言っているようなものですわ。撮ってませんよさすがに。
『……愛原さん』
「撮ってませんってば! なんでもかんでも疑うのはよくないですよ!」
『疑われるようなことをしているからでしょう』
ぐうの音も出ない。
それに苦笑いを作ったのを図星と取った彼女は、溜息を吐いて。
『いいですか愛原さん、そういったことはプライバシーの侵害です』
「プライバシー云々のお話はぜひ龍も交えて仰ってくださいな」
あの男こそプライバシーの侵害しまくりでしょうよ。いやですわ後ろから殺気を感じる。
『……炎上さんが心なしか殺気を放っているような感じがしますが』
勘違いじゃありませんでしたね。
「今とてつもなく帰りたくないですわ」
『自業自得というものでは……』
「事実を言っている私は今回は悪くないと思います」
そう決して。けれど後ろの殺気はなくならない。
「これは戦闘を長引かせるのが正解ですかね」
『残り五分ほどですが』
「まぁ」
五分ってあってないようなものですわよね。まぁそこは腹をくくるとして。
「あってないような五分ならばささっと叱られて刹那に慰めてもらいましょうか」
『慰める余地がございまして?』
「辛辣すぎでは??」
最近ほんとにみなさんの私への態度が雑すぎて悲しすぎる。
「そろそろいじけますよ私」
『お優しい氷河さんが慰めてくださいますよ』
そうして隣のユーアくんが「自業自得ですっ」って言うんですよねわかりますわ。
想像できる未来に軽く頬を膨らませて。
ゆったりと練っていた魔術も準備万端ということで、押し合いを続けていた刃をさらに押し進める。
『まぁ……お話は終わりですか?』
「お時間もなさそうなので」
『盗撮の尋問から逃げたいのではなく?』
「どうせ今逃げても後ほどじっくりするでしょうよ」
それこそわかってますからね。
短い付き合いとは言えどお小言を言ってくる彼女の後の行動に、申し訳ないけれど面倒な顔をして。
終わらせましょうかと言うように、一歩踏み出す。
『負けるつもりはありませんわよ』
それに負けじと押し返してきたのを受け止めて、さらに刃に力を入れていく。
ぐぐぐっと押し合いをしながら。
「私だって負けるつもりはありませんわ」
にこりと笑ってひとつめの魔術を準備。
さぁ打ちましょうか、というところで。
『賭けをしましょうか』
残り数分のところで、エルアノさんがそんなことを言った。それには思わず目を見開いてきょとんとしてしまう。
「? 賭け、です? このタイミングで」
『はい。よくあるどちらかが勝ったら、というものを』
これはさすがに予想外の心理戦ですわね。
けれど。
心の中でそっと微笑む。
ここまでは予想外でも、これからは予想できるから。いくつかのパターンを即座に思い浮かべ。
顔もにこりと笑って。
「よいですよ。ではエルアノさんが勝ったら?」
聞けば、彼女は勝ち誇ったように笑い。
『恐らくあなたがお撮りしたことがないでしょう、わたくしがお撮りした氷河さんの秘蔵の一枚を』
そちらで来ましたか。
これはカードの選び間違いでしたわね。
「……ふふっ」
『……? 愛原さん?』
一度軽くうつむき、いい方向に選び間違いをしてくれたことに笑ってしまう。
魔術は二つも必要なかったわ。
訝しげな彼女の声に、作らずとも満面の笑みとなった顔を上げて。
「残念でしたわね」
練り上げていた魔術を、解放する。
「そんな話題、テンションが上がりきってしまいますわ」
なんて笑えば、しまったという顔のエルアノさん。けれどもう遅い。
「目がつぶれてしまったらごめんなさいね」
けれどそれこそ、自業自得ね。
そう笑って。
【ルス・ジュビア(光の雨)】
テンションが上がり切ってしまったことと、楽しませてくれたお礼に。一番目に害が及びにくいものを選んで。
彼女が強く目を閉じたところで、刀を振り払い。
《第二予選四日目、第二試合、勝者、愛原華凜》
エルアノさんを場外に出して、去年上へと進めなかった雪辱を晴らし。
アナウンスの声に。
「楽しかったですよ」
戦闘中で初めての、本当の笑みをこぼして。
初の本選出場に、心の中で小さくガッツポーズをした。
『新規 志貴零』/カリナ
//おまけ
負けたということでエルアノさんがお写真を見せてくれました(リアクリいちゃいちゃ)
カリナ「あぁ――持ってますね」
エルアノ『!?(ついにハッキングまで!?)』
クリスティアが自慢げにくれたそうです