また逢う日まで 先読み本編 second grade November
第4話
千本で斬り上げれば、そのヒトはポニーテールを揺らしながらいつものように笑って軽々かわす。
「っ」
追い打ちをかけるように踏み込んでも、そのヒトは笑ったまま余裕そうに後ろに引いていくだけ。
挙句には。
「刹那のそわそわは今日は違う感じだね」
なんて、こっちは必死なのに余裕綽々で言うから。
「っそろそろ本気出して欲しいんだけどもっ!?」
どんどんテンションが下がっていくのを感じながら、武煉先輩には千本を思い切り投げつけておいた。
週が明けた月曜日。
武闘会予選も残り三日だねってことで、残ってるメンバーは朝からそわそわしてた。
誰と当たるかとか、身内だったら武煉先輩と陽真先輩はやだねとかを話してまして。
やってきた発表のお昼休み。
まぁ見事に俺はフラグ回収して武煉先輩と本日バトルになったよね。
今回は武煉先輩と当たんなかった陽真先輩が「おっしゃ」って喜んでる横でうわ最悪じゃんと嘆いていたのはつい数時間前。
決まったことなので当然ながら「逃げる」なんていう、ゲームにありそうな選択肢はあるわけなく。
いつもの苛立ちとは違う意味でテンションが下がりつつ武煉先輩とのバトルを迎えたんだけども。
「龍の”甘えたい”というイベントがなにかあったのかな」
開始から約十分。
あまりにも余裕綽々に世間話してくる武煉先輩に正直今いつもの苛立ちの方でテンション下がって来てるわ。
しかもたぶんそのいらつきわかってるくせに俺に「何か知ってるかい?」って余裕な目向けてくるからなおいらだつんですけども。
「そろそろ本気で斬りあげていいのかなこれ」
「話を切り上げる方かい?」
「あ、物理的に斬り上げる方で」
「怖いな」
そんな笑って言われても。絶対怖くないでしょ先輩。怖かったらさ。
「怖かったらこうやって進んで俺の千本持ってる手掴んでこないと思うんだよね」
「斬られる前に抑えておこうと思ってね」
「知ってる先輩? 別に俺、手じゃなくても武器操れるんだよ」
「知っているよ」
だからそうやって俺の体投げようとしてるんだよね待った待ったちょっと魔力練るから待った。
「それ絶対痛いやつっ……!!」
「本気でやれば骨折れるんじゃないかな」
なんか「君にはやらないけどね」みたいに言われてると思うのは俺の気のせい? ちょっと俺が今気にしすぎ?
まぁでもこういうのって言い方もあるよねなんてさりげなく武煉先輩のせいにもしておいて。
【テレポート!】
「!」
武煉先輩に引っ張られて体が浮いた直後、練った魔力で場所を移動する。
一回体制立て直したいんで、武煉先輩から離れたところ――ってちょっと待った。
「嘘じゃん先輩、魔力感じ取れないでしょ?」
「そりゃあもちろん。ヒューマンだからね」
だったらなんで俺が着地する前に俺の方に向かって来てんのさ。いろんな意味で体制整わないって。
思わず苦笑いを浮かべて、後ろに引いていきながらまた魔力を練っていく。
「陽真先輩みたいに俺は魔力練るときの癖なんてないと思うけど」
「いわゆる勘というやつだよ」
野生の勘こわすぎでは??
このヒトほんとに末恐ろしいなとその実力に引きながら、どこか冷静な自分はしっかりと魔力を練っていって。
【風神の加護(ウインドプロテクション)】
「!! ――っ!」
自分の周りに風の加護を展開。掴みかかってきた武煉先輩の腕は風に弾かれて俺に届くことはなかった。
「絶対防御みたいなものかな」
「近いっちゃ近いんじゃない」
ある程度のものは弾き返せるし。ただこれだけに頼って闘うっていうのはつまんないので、体制整えるだけのものってことで。
風を盾に身を引いていきながら、さぁどうやって攻めていくかと思考に落ちようとしたら。
「そう言えば話を戻すけれど」
「なに?」
「刹那のそわそわが違う感じがするのは気のせいかな」
緩くこちらに走って来てる武煉先輩が、笑みを携えて言った。
――うん?
ちょっと待ってね一回武煉先輩にどうやって攻めていこうか考える前にちょっと一回考えていい?
え、またその話??
割と始まってすぐからその話持ってきたよね? え、今それそんなに気になる話だった?
いや確かにクリスティアそわそわしてるよ。武煉先輩が言う通り先週とはそわそわの意味違うよ? 大好きなリアスが甘えてきたってことから始まって、自分の脳の処理能力を大幅に上回るような甘々な時間で今もちょっと緊張というか、結果的にそわそわしてるよ?
なんでここまで事細かく知ってるかって? そりゃ親友だし。いや親友っていう点抜いてもカリナに話してる時点で俺にも筒抜けだし。
しかもそれ話してたの昼休みだし。
武煉先輩いたじゃん?? 第二次の予選期間中はみんなで対戦発表見ようかみたいな感じで今昼飯みんなで一緒に食べてるじゃん?
「一回言っていい?」
「なにかな」
「武煉先輩って耳ついてる??」
「君には俺のこのさらけだしてる耳は何に見えるのかな」
「一応人体の構造上耳に見えるんだけども」
結構近くにいたし普通に聞こえてたと思ってたからびっくりしてんだよ。
とりあえず頭が疑問でいっぱいすぎるのと。
ちょっとまた苛立ちが出てきた感じがあるので、それをぶつけるために風の加護は解いて。
追いかけるようにして俺に向かってきてた武煉先輩に走って行って、千本を振り下ろす。
「おっと」
それをまた軽々かわす武煉先輩に、踏み込んで行きながら。
「昼休みに華凜たちが話してたじゃん。刹那そわそわしてんねって」
「あいにく俺は蓮たちほど耳が良くなくてね。誰かと話していたらほかの会話はしっかり聞こえるわけではないんだよ」
あぁそこは納得。
んじゃ次。
千本での攻撃はしっかりしていきつつ。
「じゃあ必要かどうか聞いていい?」
「うん?」
「今このバトル中に」
その話、必要?
自分の目が若干マジになってるっていうのは、楽しそうに歪んだ武煉先輩の目に映ったことで気づいた。けど真剣なので、そこには構わず。
「別に陽真先輩のときみたいにしろとは言わないよ」
俺だって骨折られたいわけじゃないし。
――ただね。
「明らかに手抜いてますって感じで来られんのはむかつくんだよねさすがに」
「気に障ったかな」
「そりゃあかなり」
なんでそっちはそんな楽しそうな顔してんのさ。
こっちは今年リベンジしたい奴がいるから真剣に闘ってんのに。
あぁむかつく。
俺さ。
「手抜いてるやつひれ伏しても全然楽しくないんだけど」
その言葉に、なんでか武煉先輩はもっと笑った気がした。なんでっていうのは答えが出ないまま。
心とか、腹の奥底に渦巻いてる黒いのがどんどん膨れ上がってる気がする。
俺にはそんな本気になる価値もないって言いたいのとか。
手抜いても勝てるんだとか。
言われてもないのに、頭の中の憶測でどんどんいらいらしてくる。
今魔力練ったらよくないでしょってどこか冷静な自分もいるはずなのに。
こいつに一回本気を出させたいって気持ちが勝ってしまって、魔力を練ってしまう。
「今から強いの行くかもしんないけど」
「闇魔術かな?」
「たぶんね」
だからなんでそんなに楽しそうなのさ。意味わかんないんだけど。
っていうかなんで。
今このヒト、笑って俺に近づいてくんの? 強いの行くって言ったよね。そうなったら普通引かない?
混乱しながらも、魔力はしっかり練っていった。無意識に手を、向ければ。
それが、握られて?
笑った顔の武煉先輩が、俺を引き寄せる。
そうして、俺の方が今闇を抱えているはずなのに。ぞっとするような深い、暗い蒼は笑って。
「”それ”を出す君と闘いたかったんだよ」
なんて、言葉に。
頭の中で警報が鳴る。
今このヒトはやばいかもしれない。負けず嫌いを出して歯向かって行ったらたぶんまずい。わかってる。わかってるのに。
完成した魔術は、止まらなくて。
口も、動く。
【ドゥンケル・ランツェ(闇槍)】
言葉に呼応して、俺たちの周りに闇の槍がいくつも展開された。心因性魔術ってこともあってか、その槍は思っていた以上に大きい。たぶん一撃かすってただけで腕吹っ飛ぶんじゃないってくらいだと思う。少し離れてても思うんだから近づいたら相当。
これは早く消さなきゃまずい。ほんとに一回体制と気持ち立て直さないと。
本気で殺しかねない。
そう、思うのに。
「、っ、うわっ!?」
目の前のヒトは俺が冷静になったその一瞬の隙をついて、足を引っかけて転ばせる。上を見上げれば囲むように俺たちを狙ってる闇の槍と。
楽しそうに笑ってる、武煉先輩。
冷静になった頭で思う。
あぁ全部、武煉先輩の術中だったんだ、って。
話の内容も、飄々として余裕に見せていたのも。
俺が本気で闇魔術打つための。何で気づかなかったかな。ムカついてたからだわ。
ほんとに怒りってヒトを狂わせるよね。正しい判断ができやしない。そこはあとの反省点として。
自分の愚かさに、ちゃんといらつけたので。
「さぁ、ここから楽しませてもらおうかな、蓮?」
魔力を、練る。
そうして、歪んだ暗い蒼の瞳に笑って。
「そーね」
二つ術を練り続けながら、武煉先輩に握られた手で、槍に合図を出した。
落ちて来いと、言うように。
そうすれば当然槍は落ちてくる。俺たちに向かって。それを感じた武煉先輩は、ここからのいわゆる死闘に、また楽しそうに笑った。
それにはまた笑みを返して。
完成した魔術を、また放つ。
【ゲート】
「!」
瞬間に武煉先輩の顔が変わったのは見ないフリをして手を離し、ひとまず武煉先輩は一回闇の世界に退散。
そうして。
【風神の加護(ウインドプロテクション)!】
自分には風の防御を張って、落ちてきた闇の槍を弾き返しておいた。もう自分たちを狙うのがいないのを確認して立ち上がって。
今回転送はしないまま、ぱちんと指を鳴らせば。
「……」
さっき闇の世界に一瞬だけ行ってもらった武煉先輩は不服そうにその場に帰ってくる。睨み上げてくる武煉先輩は気にしないで、笑った。
「君はノッて来てくれるタイプだと思ったけれど?」
「残念。さすがに取り返しのつかない損害は出したくないんで」
「へぇ」
「っと」
思っていたものと闘えなかった武煉先輩は、さっきまでの笑みが嘘のようにむすっとして俺に向かってくる。
出された突きは今度こそ本気。
「当たったら折れるよ先輩」
「本気がご所望なんだろう? 応えてあげるよ」
「そうしてくれるなら俺も応えてあげるよ」
なんて上から目線をさらに上から返すように言えば、意図がわかった武煉先輩はほんの少しごきげんがなおったのか笑う。それに今度は。
俺も本気で笑って。
残り十五分、お互いに本気で踏み込んで行く。
「っ」
「うわ、あぶなっ」
武煉先輩の突きをかわしては俺が千本で斬り上げて、それをまたかわしたら武煉先輩は蹴りを入れてくる。かわして攻撃して、たまにかすって。軽く体に痛みを感じながら、もっと踏み込んで行く。
千本を横に薙いで、武煉先輩が引いて。俺はその間に瞬時に魔力を練っていった。
そうして武煉先輩が正拳突きをしようとかまえたところで。
【テレポート!】
「!」
練った魔力を使って、体を飛ばす。
後ろは警戒心マックス。横はたぶん、去年のクリスティアと陽真先輩のを見て対策してる。正確にはあれはクリスティアの地のスピードだったけども。
ってなると消去法で前。そこまでは武煉先輩も絶対に読む。カリナとかリアスも読むからこのヒトも同じと考えていい。
それを読むからこそ。
「!?」
一番そこを油断する。
体を飛ばすように見せて、着地点は同じ武煉先輩の前で着地して。一瞬驚いた顔をした先輩の隙をついて、一気に踏み込んだ。
「ぅわっ」
「っと」
懐に入った瞬間に斬り上げるように見せかけて、足を引っかけて転ばせる。ドタッて結構な音を聞きながら武煉先輩に馬乗りになりまして。
「陽真先輩じゃないけど」
千本を首元に、突き立てた。
「そろそろ言うこと言ってみる?」
割と体力ギリギリなのは見せずに、挑発的に笑う。普通なら首に刃物ってだけで顔は引きつるけれど。
「本当に面白くなってきたね」
このヒトは笑いますよねー。どうしようもうゲートで転送した方が早くない? でもちょっとこう、その笑いに引いちゃってさっきよりもテンション戻ってきちゃったんだけども。先輩に「応えてあげるよ」とか言いながらちゃんと応えられるかわかんないくらい正常に上がり始めてんだけど。
見てよ転がってる闇槍。俺のテンションに伴って小柄な槍に戻ってきちゃったよ。追い打ち用にって残しといたけどしまった方がよくない??
「考え事かい蓮」
「あーいやちょっと若干冷静になってきたというか」
「戦場じゃ油断しちゃいけないんだろ」
「そうですけども」
待って今本気でこっからどうやってあなたを降参に持って行くか考えてるからちょっとだけ挑発とか話しかけんのやめてほしい。できれば降参を言って欲しいんだけどまだこのヒト的に足りないよね。ってなるとゲートで出すの一択なんだけども。
ちょっとこの正常に戻り始めてるテンションでゲート開くかまじでわかんない。開いたところで帰って来させられるかが謎。どうしようどっかしら欠けて帰ってきたら。自信あるわ若干。あ、俺も行けばいいんじゃね?
そうだよ俺も一緒に行けばたぶんなんとかなんじゃない? ちょっと迷ったらごめんねってことにして。
闇魔術も打てるしいいでしょうと、納得したところで。
そういえば、ってほんとにふと、思った。
陽真先輩と武煉先輩が闘ってるとき。
どっちかがこうやって馬乗りされたらすぐに蹴飛ばして逆転するよね? 今回それないよね。たまたま乗った感じが蹴飛ばし返せない状態だった? いややろうと思えば背中蹴るなり気逸らしてできるはずだよね。え、これまた手加減されてる? それならいらついてまたゲート開いてさよならできるけども。
「……」
思考に落ちてて見てなかった武煉先輩の顔を見た限り、とても楽しそうな顔をしてらっしゃるのでそれは違うし。
たぶん俺これなんかミスったんだよね。直感さえてるかもしんない。だってなんか、ねぇ?
「……えーと」
背中というか、首というか。とりあえず背後に。
刃の気配がするんですよ。しかも覚えがあるっていうか。
俺の魔力が感じる刃の感覚がするんですね?
ちょっととりあえず聞いてみていいかな?
「……武煉先輩、武器なんて持ってたっけ?」
「武器に関しては俺は現地調達ですよ」
しまった念のためってばらまいといた槍使われた。
うわぁ絶対これあとでリアスに怒られるやつじゃん。なに油断してんだって。うわぁぁあ向こう帰りたくねぇ。
ほらしかも今のでテンション下がったから槍おっきくなってるでしょ。視界の端に転がってんのが刃伸びてんですよ。後ろに地味にサクッと刺さってんですよ。首裏いてぇわ。
これはやばい。
「槍の状況を見る限り、君が詰んだ感じかな?」
「……ソーデスネ」
見抜いてきた武煉先輩には苦笑いしか出ない。
だって本当なんだもん。俺詰んだよ今回。
普段なら。そう普段なら、この状況ならいくらでも打開策があったんだよ。
痛みはあってもとりあえず逃げるために魔術練ったりなんでもできるじゃん? そんで一回離れて体制立て直してっていうのができるし、その選択肢を捨てて武煉先輩に千本進めてって根性比べっていうのもできる。
けど今回使われたのは、俺のテンションで大きさが変わる闇の槍でして。
この戦況が少し変わっただけで、有利になることももちろんあるけれど。
同時に死へのカウントダウンが一気にゼロになることもありえまして。
テレポートで逃げるにしても、武煉先輩と根性比べするにしても。
カリナと違って焦りや不安という負の念で力を増幅させるタイプの俺は、突きつけられてるのを始めとした、この場に残ってる槍をかなりの殺人兵器に変える可能性もあるわけでして。俺だけじゃなく武煉先輩にもかなりの被害が出る可能性があるんですね?
まるで「そうだよ」って言うように、今こうやって考えてるだけでも刃は俺の体に少しずつ侵入してくる。
これで仮に、一気にテンションが下がる事態が起きた場合。
うわ考えたくないわ。どっちも助かんなくない? 何本かこっち向いて転がってんのもあるでしょ。魔術解きたいけど心因性って解除簡単じゃないんだよ。同じ魔力量で相殺しなきゃいけないけど心因性ってコントロール難しいし。下手したら増強でしょ? それはまずい――いたたたたわかったから待って待って。
どうする、なんて考えなくてもわかるだろ。
負けたくない。残り数分粘って、なんなら陽真先輩のときみたいに相打ちに持って行きたい。
――けれど。
こんな極限状態だからか、よぎるのは愛する妹の顔。
勝ちたい。リアスにリベンジしたい。なんなら上にあがるやつら全員と闘いたいっていうのは変わらない。
けれど、泣かせるのは、嫌だ。
首なんて飛び慣れてる。体が引き裂かれるのだって慣れてる。
俺は慣れてても。
慣れてても。
見る側はいつまで経っても慣れないわけで。
しかもこんな、なんでもない日々の中で、それはだめだろって、冷静な頭が働いて。
「……」
少しずつじくじくとした痛みが体に走る中。
ふっと息を吐いて。
武煉先輩に、笑った。
「……次回リベンジ、ってことで今回許してくれる?」
我ながら情けないなと思いながらも、そう言えば。
武煉先輩は、いつも通りの穏やかな笑みで笑って。
頷いた。
「さすがに目の前で首が飛ぶのはトラウマものだからね。個人演習でもしようか」
「それは交渉?」
「敗者は勝者に従う、だったかな」
よく覚えてんねって、小さくこぼして。
息をしっかり吸ってから。
「降参です」
諦めたように笑って。
俺は自ら、二次予選を敗退した。
『そのあとしっかりリアスに怒られました(新規 志貴零)』/レグナ