また逢う日まで 先読み本編 second grade November
第6話
いつも通りの日常の、はずだった。
「ねぇやっぱりあたし沖縄の方に行ってみたいわ!」
『ですがこの時期ですと海に入れないのでは?』
武闘会の予選が終わり。二年は本当に休む間もなく次の行事、修学旅行の準備が始まって。
『沖縄行くなら海に入りたいですっ』
「でも氷河さんのこと考えるなら夏より今の時期の方が沖縄行きやすくない?」
「わたしのこと考えるなら北海道がいいと思うの…」
「僕らを凍え死なせるつもりか氷河」
すべての種族が楽しめる場所を選んだからあとは各々好きなところを選べと、ある意味笑守人らしいと言えば笑守人らしいことを告げられ、説明会が行われた金曜の次の日。
「龍にくっついてたらあったかいよ」
「それはわたしの特権…!」
「あら刹那、龍蓮などで考えたらどうでしょう」
「捨てがたい…!」
班も自由、寝るメンバーも節度が持つならば自由。それならば俺も行けるだろうと背を押され、ローテーブルを同級生全員で囲む。
いきなり腐の方向で節度を破ろうとしている恋人には「そこは捨てろ」と頭を叩いておき。
「ぃ、一番無難なのは京都とかです、かね……?」
「修学旅行と言えば定番だね。僕は行っていないが」
『定番なのってヒト型組だけじゃないかな? ボクら京都の方とか行かなかったよ~、たぶん』
「えっと、ティノ君たぶんなの」
『中学は修学旅行なんて行ってないですっ』
『わたくしもですね』
『オイラもでい』
揃って言うビースト組に、若干の予想もあったが。
「……それは学校の方針でそもそも修学旅行がなかったという話か?」
あえて、そう言えば。
揃って四人、首を横に振って。
『『行く意味を見いだせなかったので』』
おいヒト型組、自分にも思い当たる節があるというような顔でそっと視線を逸らすな。
待てよ?
ということはだ。
「……ここのメンバーは全員修学旅行は行ったことがないと?」
「炎上くん、あれって友達がいる人が楽しめる行事なのよ?」
やめろ道化、口元が笑っているのに目が死んでるぞ。
『全員ってことは炎上クンたちもー?』
「俺が行くとでも?」
「堂々と言うものではありませんよ龍。刹那にもう少し悪びれなさいな」
悪くは思っているけども。
「お前だって修学旅行に行くんだったら四人で旅行に行った方がましだと休んで別で旅行を手配するじゃないか」
「修学旅行なのに刹那と同じ班じゃないとかありえないでしょう?」
何故うちの女性陣は顔は笑顔なのに言うことなすこと狂気じみているのか。その類は絶対友を呼んではいないと、心の中でしっかり首を振って。
「海には入れないけど沖縄行くか、凍え死ぬの覚悟で北海道行くか、あえての定番、京都奈良あたりに行くか……とりあえず一回多数決行ってみる?」
そう、隣のレグナには首を縦に振る。
「今回多数決で負けたところは、どっかの個人旅行で陽真達を巻き込んで行けばいいだろう」
『お金持ちの考えですっ』
「この双子のおかげで感覚がマヒしていてな」
「あなただってそこそこのお家柄でしょうよ。我々のせいではありませんー」
いや世界的な財閥と比べるものでもないだろ。確かに親は世界的な研究者ではあるけども。
そこは口を閉ざしておき。
「先に炎上くん、聞いていいかしら」
「なんだ」
「ぉ、沖縄に行ったら刹那ちゃんの水着って見れますか!?」
「さすがにお前らが入らないのに俺達だけで入ることはしないな??」
むしろ、
「北海道だとかで温泉の名所でも行けば水着で混浴くらいできるだろうよ」
なんて言えばクリスティア以外のヒト型女子の顔が輝く。
それが「混浴ができればの話」というのはあえて言うまい。
「意地悪だな炎上」
「どのみち行くとなればそこの妹がなんでもやるだろ」
「旅行までのこの一週間くらいでやり遂げるから怖いよね」
『そういうのを止めるのが兄であるあなたの役目ではなくて?』
「無理無理」
そう笑って手をぱたぱたと振るレグナに笑って。
女子で一旦話し合いをし始めたのを、残りのメンバーで待つ。
何気ない日々。穏やかで、くだらない話をして。主にヒト型の女共が発するバカみたいな言葉に突っ込んで。ときどき、味方だろうと思っていたこちらの男性陣に華麗に裏切られ。
いつの間にか、当たり前になっていた日々。
きっとこのまま、今日も、明日も。
こんないつも通りの日常が、続くんだろうと。どこかで勝手に思い込んでいた。
「……!」
その、音が鳴るまでは。
ローテーブルに置いていたスマホが、真っ黒な色から白に変わる。
同時に無機質な着信音。電話だと気づいたのは、画面をのぞき込んで。
「エイリィー」
恋人が嬉しそうな声を上げてから。
彼女がぱっとスマホに手を伸ばしたのを一旦制し、着信音と共に震えるスマホを手に取った。
「出てくる。行先は勝手に決めていてくれ」
「おっけ」
「ごゆっくり炎上君」
「氷河、炎上が呼ぶまで僕らと話していようか」
「?」
「どこ行きたい刹那」
「ほっかいどー」
『寒いのが好きですか氷河っ』
義父の件もあるんだろうと踏みクリスティアの気を引いてくれる同級生達に、先に心の中で礼を言って。
一人、廊下の方へと向かって行く。
キッチンと廊下を隔てているドアを出たところで止まり、頭の中で言語を切り替えてから。
未だ鳴り続ける、通話ボタンを押した。
「……もしもし」
最近の恋人のそわそわ具合を見ていたからか。それとも自分もあのアルバムを作るのを頑張ったからか。思いのほか反応を楽しみにしていたらしく、自然と顔がほころんで声が出た。
それに自分も変わったなと思いながら、向こうの返事を待つ。
《……》
「……」
《……》
「……?」
けれど、いつもならすぐに「リアス」とでかい声で呼ぶはずの義姉は、俺の声に返事をしなかった。
ほんの少し電話の向こうがざわざわとしているのを聞きながら、顔の綻びは疑問に変わって、また口を開く。
「エイリィ?」
外だから聞こえづらかったのか。先ほどよりも少し声を張って、言えば。
《……あっ! リアス?》
ぱっと、明るい声で名前を呼ばれた。
けれどそれに、どことなく違和感。
今、明らかにハッとしたような言い方じゃなかったか。
一瞬の疑問は、義姉の明るい声が一度消した。
《ご、ごめんね! ちょっと聞こえなくて》
「……そうか」
けれど、またすぐに疑問は湧く。
《うん! あ、えーと、それでね? なんだっけ……えーと》
いつもならばすぐにぺらぺらと喋り始めるのに、変に言葉を選んでいるようだった。
それにも疑問だし。
なにより。
「なんだ、約二週間ぶりの義弟への電話にらしくもなく緊張か?」
《あ、あはは! そうみたい! えーっとね……》
明るい声が、素ではなく。
無理をしているような音に聞こえる。
そう思ってしまえば、頭の中では疑問ばかり。
何故そんな無理をしたような声なのか。
そんなに言葉を選んでいるようなそぶりでどうした。
遠くでざわついている声が聞こえるが、今どこにいるんだ。何か困りごとがあっての連絡か。それならセフィルは。
――なぁ。
言葉に紛れて聞こえる、機械のような音はなんだ。
「……」
未だに「えーと」だとか、「あのね」という言葉しか言わない義姉に、疑問はあふれるだけ。
これは聞いてもいいものだよな。
自分の中だけで答えを出してはいけないというのは、数か月前で散々学んだ。もう同じ思いはしまいと、息を吸って。
努めて優しめの声で、義姉を呼んだ。
「……エイリィ」
《えっ、なになに!?》
また無理に明るい声で行ってきた彼女に、回り道せず。
「……何かあったか」
そう、聞けば。
ほんの少し、息を詰めたような音が聞こえて。何かあったということが的中してしまったことに、軽く息を吐く。
これが、単にセフィルとケンカしただとか。いつも通りの日常の中の、些細なできごとであればいい。
ときおり大きく聞こえる、奥のざわつきもあって。心の中で強く願いながら。
「力になれるなら聞くが?」
爪をいじり、彼女の返答を待つ。
《……》
「……」
《……っ、……》
「……」
ただよほど言いづらいことなのか。すぐさま返答は来ない。
「直接言いづらいか」
《え、っと……》
「メサージュとか、文字なら打ちやすいか? 落ち着いて話せるならなんでもいいが」
《……》
「……」
案を出して促してみるも、彼女はまた黙ってしまう。ときおり変な機械の音と、奥のざわつきが沈黙を破り続けていた。
《……》
彼女が息を吸えば、ギギッと音がする。
《……》
落ち着くように吐けば、ガシャッとまた機械音。
異様な機械音ではあるが、よくよく考えれば家だったならハイゼルの機械があったか。珍しく研究室にでもいるのか。いやそれだと奥で聞こえるざわつきの説明がつかないか。あそこは地下だ。さすがに電話越しでそんな外のものは聞こえない。
たまたまハイゼルの機械が近くにいるだけか。多少異質に聞こえるのは変わらないが、あのロボ達との接触は俺達はまだ少ない。知らない音もあって不思議ではないだろうと、納得して。
《……あの、ね》
彼女が言葉を発したので、思考は切って声に意識を傾けた。
「どうした」
優しめに聞けば、ほんの数秒、また悩むような声を出した後。
ようやっと、彼女はしっかりと言葉を紡ぐ。
《リアス、ってさ》
「あぁ」
《テレビって、見る?》
「…………、……は?」
思わぬ言葉に素っ頓狂な声が出たのはしょうがないと思う。
ここまで悩んで「テレビ」と来たか。合ってるよな?
「……テレビで間違いないか?」
《うん……》
「テレビは、見るが」
《見るが?》
「あぁいや、普通に、見る。夜、とかに」
一応ニュースだとかそういうのを確認するために。
とぎれとぎれながら言えば、彼女からは「そう」と返ってくる。
……これはなんだ、テレビ関連で言いづらいことか?
実はセフィルの作品がテレビに出たんだとかそういう話か? それにしては暗すぎないかエイリィのテンション。
いや悩んでいても仕方ないだろう。
「……今テレビを付けた方がいいという話か……?」
なんて言えば、クリスティアをこちらに向かわせるタイミングをうかがっていた親友にばっちり聞こえたらしく。
リビングの方で会話とは別に音が流れた。「いきなりどうした波風」とかも聞こえるが、今はまた意識をエイリィに向ける。
「何かあるのか、テレビ」
《つけちゃった?》
「? 今リビングの方でレグナが付けたが」
《……そ、っかぁ……》
なんで今そこで泣きそうな声をする?
何故、また彼女は黙る?
――なんだ。
なんだこの違和感。
おかしいことは明らかにわかる。ただその”おかしい”が。
いつも通りの日常にあふれる”おかしい”では、ない気がする。
「エイリィ」
それを理解して。きちんと知るために彼女の名を呼んだ。先ほどまでの優しい言い方じゃない。答えを促すよう、強めに。
《……》
「何があった」
《……》
「セフィルはどうした。ケンカとか、そういう話じゃないだろ」
《……》
沈黙に、心臓が嫌に大きく鳴り始めている。何故話さない。
何故、いつものようにぺらぺらと喋らない?
「エイリィ」
少しずつ痛く感じる心臓を抑えて、また強めに名前を呼んだ。
《……》
「黙っていちゃわからない」
《……》
「おい」
義姉さん。
ときおり呼ぶと喜んだ、姉弟らしい呼び方で。
最後に、強く呼べば。
《……事故に、あった》
ぽつり、こぼされた言葉に。
「……、……は……」
一瞬、頭が真っ白になった。
事故。
事故と言ったか。
いつ? 誰が。セフィルが? エイリィが? けれど今エイリィは話していて。
ならセフィル。セフィルが。
何か、取り換えしのつかない――?
そう、考えに陥るのを制すように。
違う。
さらに悲しみを深くするかのように。
「リアスッ!!!」
親友が、自分の名を呼んだ。
四人以外じゃ絶対に呼ばない名で呼ばれたことに、顔を勢いよく上げる。その勢いのまま、ローテーブルの方にいるそいつを見れば。
俺の名を呼んだ親友が、焦ったようにこちらを見ている。
心なしか、口が震えているような気がした。
「……どうした」
小さくこぼしても、誰も何も言わない。
電話の先にいる義姉も、段々と涙がにじんでいるように見える親友も。
なんなんだと、頭の中の警報を聞きつつも。無意識に水色の恋人を探した。
先ほどまで祈童たちに囲まれていた少女は、ソファの近くにはいない。ユーアやティノたちの近くにもいない。探しながらさりげなく見回せば、全員テレビにくぎ付けだった。
それを、追うように。
嫌に心臓がバクバクするのを聞きながら、テレビへと目を向ける。
そこには、小さな恋人。まだ早いはずなのに、まるであの真っ赤な服を着たじいさんが映っているときのように、水色の頭は俺に背を向けてテレビを見ていた。
「……クリス」
名を呼んでも、珍しく反応しない。
嫌な予感がする。
彼女が見つめる先を、見てはいけない気がする。
けれど。
「…エイリィー」
ぽつりと、こぼされた言葉に。
「……」
ゆっくり、自然と顔が上がって。
壁についている、やけに大きく見えるテレビに、視線が行った。
その、瞬間に。
ひゅっと、自分の喉が鳴った気がする。
ただはっきりとは聞こえていなかった。
手からスマホが滑り落ちていった音も。”緊急速報”と出ているニュース画面で、キャスターが喋っている内容も。その声に混ざって、言葉をかけてくる親友たちの声も。
何もかも、はっきり聞こえない。
ただ、ただ。
今、はっきりとしていたのは。
「……なんだ、これ」
画面に映る、”ハイゼル氏、疑似ハーフ化計画緊急発表”という文字と。
「……エイリィ?」
左半身のほとんどが機械と化した、
――自分の義姉の、姿だった。
『悲しみの天使には、穏やかな日常などきっと、幻でしかないのだと思う(新規 志貴零)』/リアス