旧9月編(改稿前)で見た目・編集の重さチェック

「では今月末に行われる文化祭の出し物について議論したいと思う」

 九月六日。始業式から土日を挟んで、まだ夏休み気分が抜けずに授業を受けて水曜日。水曜日の午後の授業はHRっていう決まりがある。なのでこの日はカリナたちと昼ご飯を食べたら下校時刻まで逢うことはない。クリスとはずっと一緒だけど。

 そんな今日は、今月末の金土に行われる文化祭について話し合うそうです。

「刹那ちゃんは何やりたい?」
「なんでも…」
「そもそも氷河は炎上からのお許しが必要そうだな!」
「あーそうかもなぁ」

 なんて、近くに座ってる道化と祈童とこそこそ話し合う。
 体育祭以降から少しずつ話すようになった二人。うちのクラスは出席番号順に座ってたんだけど、今日は、っていうか二学期からは近くに座ることになった。クラスの子が席替えを所望したからである。その希望を杜縁先生が汲んでくれて、どうせ朝と夕方しか基本逢わないのだからと自由席にしてくれた。俺とクリスは当然ながら傍に。そしたら道化と祈童がやってきたので、前に祈童と道化、その後ろを俺とクリスが座るようになった。仲良しで座るのって楽しいよね。

 杜縁先生の話を聞きながら四人で話していたら。

「せんせー?」
「どうした」

 近くの生徒が手を挙げた。
 全員がなんだなんだと彼に目を向ける。すると、軽く席から立ち上がって、きっと何人かは思っていたんだろうなってことを告げた。

「文化祭のこととかって実行委員が仕切るんじゃないんですか?」

 そう、今現在教壇に立って文化祭について話そうとしているのは我らが担任杜縁先生。入学当初に決まった実行委員二人は自分の席に着きノートをとってる。俺が生きてきた中ではちょっと異例かも。
 生徒の問いに、杜縁先生はそうだな、と頷いて。

「もちろん、生徒が仕切ることでそいつの統率力を高めることが出来る。だが、委員会決めやお前たちが過去通ってきた学校のことを思い返して欲しい」

 一呼吸おいて。

「決まらなければ延々と帰れないんだ」

 なんか今クラスのみんなが「はっ」と気づいた表情した気がする。

「我々教師にも職務がある。そしてここは笑守人学園。お前たちにもやりたいことがたくさんあるだろう。生徒に任せるのも結構だが同じ立場だからか中々決まらないことの方が多い。ならば俺が進行し決めることだけ決めてさっさとやることに時間をまわした方が得だ。というわけでこのHRの時間で決めるぞ。案があるものは前に出て黒板に書いていけ」

 そう言えば、クラスの何人かが立ち上がって、黒板に案を書き始めた。
 うん、俺結構杜縁先生好きかも。

「初めは堅い教師だと思ったが案外生徒のことを考えているようだね」
「だなぁ」

 同じことを思ったらしい祈童に頷く。

「祈童たちはなんか案ないの?」
「僕はないな」
「んー、あたしもないかも」

 クリスは言わずもがな。しかも左隣に座る彼女は飽きてきたのか棒付きキャンディをがさがさと開けて口に放り込んでいる。いいのそれ?

「波風はないのか?」
「俺もないかなぁ。お好きに決めてくださいって感じ」
「でも波風くんは何になっても表に出そうね」
「接客とかってこと?」
「そうそう。人当たり良いじゃない」
「そりゃ適度には良い顔するよ」

 面道事起きたら嫌だもん。

「このくらいか?」

 なんて話していたら、杜縁先生の声が聞こえた。目を向けたら、黒板にはいくつか案が書いてある。メイド喫茶、ホスト&ホステス、コスプレ喫茶……他にもあるけど全部喫茶店系かな。とりあえずマニアックだねっていうことは置いておこう。

「他に案のあるものはいないな?」

 その言葉には、誰も答えない。それを肯定と受け取った先生は一度黒板をしっかり見る。

「一応、我が笑守人の理念に基づき”人を笑顔に出来る催し”をとお達しが出ている。そこでお前たちに聞きたい」

 こっちを振り返って、言った。

「このメイドやらコスプレやらは人を笑顔に出来るものか?」

 全員曖昧な顔をしたのは無理もないよね。

「……笑顔にはできるわよね」
「まぁ、な。僕も笑顔にはできるとは思う」
「うん、できるね」

 一部の人にはね。

 どうしよう、自信を持ってYESとは言い難い。

「何故そんな曖昧な顔をしているんだお前たちは」
『笑顔には出来るんですけどー……』
「ちょっとマニアック、というかなんというか……?」

 訝しげな目をした先生に、ちらほらと声があがる。なんとなく察しはついたんだろうか、頷いて。

「一応特定の層向けというわけじゃないから、一旦保留にしようか」
「『はーい……』」

 杜縁先生はまた黒板を見る。
 保留って言ってもだいたい似たようなことしか書いてないんだけど。

 猫カフェ、執事喫茶。ほんとに特定層しか喜ばねぇなおい。

 少しの沈黙のあと、杜縁先生は振り返った。

「とりあえず、カフェがやりたいことはわかった」

 うまく抜き出しくれてありがとうございます。

「俺はあまりこういう事には詳しくない。このいくつかのカフェで共通できるものは何かあるか?」

 共通できるもの?
 なんだろ。コスプレ系? それはアウトか。え、俺思いつかない。クラス全員が悩んでいたら、突然道化が立ち上がった。

「お話なんてどうかしら!」

 色々すっとばしすぎじゃね?

「道化さーん、お話って?」
「共通できるものよ! メイド喫茶だって執事喫茶だってホスト&ホステスだって、少なからず店員とお話できるのが売りよ! 共通できると言ったらそこじゃないかしら!」

 道化の案に、クラスの全員の目が「それだ」ってなった。

「といわけで、カフェをやるならお話することをコンセプトとした喫茶を改めて提案するわ!」

 笑顔で言う道化。クラスを見回してみたら、特に反対って感じの子たちはいない。むしろ賛成と言うような目。

「異議がないようなら決定ということでいいようだな」
「さんせーでーす」
『異議なしでーす!』

 先生が確認するように言ったら、口々にクラスメイトが賛成の意を示す。

「決まりね!」
「すごいじゃん道化」
「さすが、二次元に恋しているだけはあるな!」
「祈童くん一言余計よ」

 座り直す道化に笑う。
 催し物は決めたことで、話し合いは次の段階へ。

「では具体的に何をどうするかを決めていこう。カフェだから飲食であることは決定。調理する側と提供及びその話をする側から決めていこうか」
「波風くんは提供側が良いと思うわ!」
「ちょっと待とうか道化さんや」

 いきなり何言ってんの。俺の制止の言葉に道化は振り返る。

「何かしら」
「なんで俺?」
「言ったじゃない、波風くんは表に出そうねって」
「それをまさか道化が実行するとは思わなかったわ」

 確かに表には立ちそうだったけども。

「でも良いじゃない? 人当たりよし、顔もよし、波風財閥ってことで礼儀もおっけー! ここまでそろった人はいないわ!」
「ごめん俺が頷けるの礼儀の部分しかねぇわ」
「みんなはどうかしら!」
「聞いて道化さん」

 俺の声など意に介さず、道化はクラスに聞く。恐る恐る見回してみれば、全員おっけーと言わんばかりに頷いてる。まじですか。

「よかったね蓮…大活躍…」
「喜べねぇぇぇえ」
「ちなみに祈童くんも参加するそうよ」
「すまない道化、僕はそれは初耳だ」
「おうち柄人と接するのは慣れてるでしょ?」
「まぁ、とりあえずね? 手伝いとは言えど表には出るからね」
「なら決定ね。あたしもやるわ! 笑顔にするのが仕事だもの!」

 そう道化がサクサクと決めていく。え、誰も異議唱えないの? すげぇな道化。

「他に立候補者はいるか? 一応ローテーションも含めクラスの半分は欲しいところだが」

 そこまでさらっと決まったところで、先生が聞く。そしたらちらほらと手が上がった。たぶん接客とか、人と接する仕事に就きたい人かな。委員会のときみたいに出ないかな、って思ったけどこれはそうはならなそう。
 クラスの半分弱くらいが手を上げてくれて、先生は頷く。

「このくらいいれば十分か?」
『あっあの、先生!』

 決定かなぁなんて思っていれば、アライグマのビーストで、女子の実行委員が手を上げた。

「どうした実行委員」
『え、えっと…』

 小さな体なので机の上で立ち上がり、その子はこちらをちらちらと見ながら何か言いたげ。あれ、提供側には手上げてなかったよね。もしかして異議的な?

 ただその考えは違って。

『ひょ、氷河さんを先に考えてあげた方がいいかな、って思います!!』

 そう、告げた。

 瞬間、クラス全員が「はっ」とする。でも俺は、これが嫌な意味じゃないのを知っている。

 七月頃から目立ち始めたクリスティアへの良くない目。
 ただ、うちのクラスは実はそんなことはなく。四月から時々行われるHRでは自由な面を発揮し、体育祭のようなみんなで頑張りましょうね、っていうのにはきちんと参加。しかも超貢献。顔は可愛さも兼ね備えた美少女系。リアスが関わらなければ穏やかで、どちらかというとのほほんとした彼女はうちのクラスの子たちには癒しの部類に入っている。閃吏の時大爆発したときはちょっと焦ったけど、類は友を呼ぶというのか、彼女の嫉妬は可愛いと取られているらしく、変な目で見る奴は一人もいなかった。

「確かに。炎上君が他の子と話してたら氷河さん爆発しちゃうか」
『え、でもこれって指名制度じゃないの? 炎上君来たら氷河さん固定にしてさ』
「あれ、炎上って嫉妬するタイプだっけ」
『どうだろうなぁ。でも恋人が可愛い服着てたら良くね?』

 現に、クリスのことを考えての案が続々と出てくる。ありがたいよなぁとぼんやり思った。

「あたしは刹那ちゃんを表に出すのを推薦するわ! かわいいもの!」
『や、やっぱり? わたしもです!』

 ちらほらとクリスを表に出す案の方が聞こえてきていた。ある程度固まったのか、全員が俺を見る。

 なんで俺見るんだろうね?

「ていうわけで、どうかしら波風くん!」
『氷河さんを表にする、って案は!』

 道化や実行委員を初めどう? って聞いてくる。
 うん、確かに可愛いしすっごい良い案なんだろうけどさ。

「無理だわ。死人出る」

 当然ながら却下なわけで。そしてあちらも当然ながら、俺の言葉に不服そうになる。

『いいじゃん波風ー! 可愛い彼女が可愛い服着てたら良くねー?』
「そうだよー、炎上君も喜ぶよ!」

 確かに可愛い服着たら喜ぶんだけどそうじゃないんだよ。

「刹那さん知らない人と話すのとか嫌いでね?」
「きらーい…」
「一応お話喫茶だからお触り、なんてことはないだろうけども」
「まぁそれでも、そういうことをしてくる輩はいるだろうね」

 でしょ? と祈童に返す。

「そんでだ。うちの刹那はおわかりのように沸点が低い」

 俺の言葉に、全員がわかりきっていると言った目で頷く。

「そしてこっちもおわかりのように、刹那の戦闘力は高い」

 そう、言ったら。
 大半の生徒は想像してくれたのか、「あっ」って察した顔になってくれた。よくわかるだろう。可愛い子だからっていたずらで触ってみろ。

 触った瞬間腕なくなるわ。

「というわけで刹那はマジでおすすめしない。ほんとに」
「ざ、残念だわ…」
「全然残念そうに見えないよ道化さんや」
「そりゃ一度近いところまでいったのを見ているし体感してるもの」

 経験者は語るとはこう言うことか。

『じゃ、じゃあ。調理でいい、のかな?』

 実行委員がそう聞いてくる。うーん。

「たいっへん申し訳ないんだけど難しそう」
「わたし、やるよ…?」
「刹那がやるなら俺も調理に行く」
「それはダメよ!」
「僕だけとばっちりみたいじゃないか」
「祈童、どっちに行くにしてもとばっちりを受けるのは俺だ」

 一緒に行くなら悪く言えばクリスの道ずれ、クリスだけ行かせればリアスの雷、表に出るのも面倒。どれをとっても俺にはとばっちりだけだわ。

「俺は心配性の彼氏様から刹那をきちんと見てろ、ってお役目をもらってるので刹那から離れる系は無理です」
「じゃあやっぱり刹那ちゃんは表?」
「死人が出ないように祈っておこうか!」
「それは無意味だ」

 神の言うことすらききやしねぇよ。

『あ、じゃあ!』

 全員がクリスの役割について考えてくれる。しばらくの沈黙の後、再び実行委員が声を上げたので目を向けた。

『お会計係なんてどうかな?』
「お会計? 刹那ちゃんを?」
『そう! 波風君とシフト一緒にして! 会計係なら話聞いたりの役目もないし、どうかな!』

 おお、それは妙案かも。俺の目の届くところにいるし、仮に指名制度でも客は中のやつらしか指名できない。

『あと炎上君だけ指名オッケーにすればいいんじゃない!? どうかな波風君!』

 畳みかけるように言われ、思わずクリスを見る。
 興味なさげな彼女は、二つ目の飴をがさがさと開けて口に放り込んだ。嫌だという意は見受けられないので。

「おっけーみたい」
「決まりね! お会計係でも可愛くしましょ!」

「では残りは調理組で異議はないな?」

 はしゃぎ出す道化は気にせず、先生が聞けば全員頷いた。
 よかった、リアスにどやされることもなさそう。ほっと胸をなで下ろす。

 そこで、HRの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「重要な部分だけは決められたな。メニューは安全面を考えてこちらで決めさせてもらう。外装は実行委員を中心に各自協力すること。衣装は──」
「あ、先生衣装なんだけど」

 と、先生が言いかけのところで悪いけれど手を挙げた。

「どうした波風」
「あれだったらうちの家に結構服あるんで、そこから選んだりするのどうかなって」

 言った瞬間、主に道化の目が輝いた。

「本当かしら! 前行ったのは華凜ちゃんの家だけれど相当な量があったわよね!」
「そうだね。男ものの方がちょっと多いけど、華凜の家よりはあるはずだよ」
「それを借りていいのかしら!」
「まぁサイズが合えばだけど。家でいらない、って言われてるやつだったら勝手にデコレーションしていいし」

 どう? と実行委員に聞けば、その子もつぶらな瞳をきらきらと輝かせて頷いた。それを見て、杜縁先生も頷く。

「では衣装は波風を中心に。来週のHRには外装は決めておくこと。再来週から作業に入る。以上だ、解散」

 そう言って、杜縁先生は教室を出ていった。
 それを見送って、いつもならさっさと帰って行くクラスメイトは実行委員を中心に集まる。

『外装どんな感じにする?』
「かわいい系とか!」
『ちょっと落ち着いた雰囲気もいいよね!』

 女子を中心にわいわいと話しているのを見て、こちらも少し気持ちは上がる。こういう楽しいのって見てるだけでも楽しいよね。

 なんてほほえましく見ていたら、今まで興味なさげだったクリスティアが立ち上がって、その賑わう輪の中に歩いて行った。

 え、なにどうした。

「あの…」
『氷河さん! どうしたの?』

 声を掛けたら、全員がクリスに向く。んーっと悩んで、少し言いづらそうに。

「さっき、お会計にしてくれて、ありがと…できることあったら、ちゃんとやる…」

 そう、告げた。
 その言葉に、クラスの子たちは微笑んで。

「よろしく頼むわよ刹那ちゃん!」
「ん…」
『どうしよっか、力仕事は男子でー』
『波風と仲良いし衣装係お願いする?』

 クリスも自然に輪に入って話が進んでいく。すげぇ、クリスがなじんでる。自分からは中々行かないクリスが自分から行ったよ。親友としては嬉しいような寂しいような。けれどやっぱり嬉しくもあるので、その光景を見守るように眺めていた。

『ねぇ氷河さんはお裁縫得意?』
「得意、だけど…もし、他のクラスに知られるの嫌なら、できない…」
「え、そうなの?」
「ん…」

「刹那」

 そもそも針物の許可も出なさそうじゃね? そう心の中でツッコミながらクリスが断っているのを見ていたら、向こうのクラスも終わったのかリアスが教室のドアから顔を出してクリスを呼んだ。カリナいねぇじゃん。なんか中心にやってんのかな。

「帰んなきゃ…」
「お迎え来たものね。あとはこっちで決めておくわ刹那ちゃん」
「ん…」
『あ、やっぱり、お裁縫頼めないかな? 得意な子が一人でも多いと助かるんだけど…』

 こっちに戻ってきたクリスに荷物を渡してやって、見送る。リアスのところまでもう少しってところで実行委員が聞いたら、クリスは振り返って、首を振った。

「ごめんね…」

 申し訳なさそうに眉を下げて。

「龍と一緒に住んでるから、他のクラスに知られたくないなら、だめ…」

 とんでもないことを言って、去って行った。

 クラスの奴らは当然止まる。俺も止まる。
 隠してるわけじゃないと思うけど今それ言っちゃうの? しかもそのまま帰っちゃうの?

 え、クリスティアさんまじで帰っちゃうの? 振り返ってよ。

 待て待て待てこの流れだと。

「波風くんどういうこと!?」
『あの二人同棲してるの!?』
「ちょっと詳しく!!」

 ほら来たよ俺! 結局なにやってもとばっちりじゃねぇか!

「氷河はとんでもない爆弾を落としていったな!」

 他人事のようにそう笑う祈童の足を思いっきり蹴って、荷物を持って教室を飛び出た。

『うちの悪魔はいつだって容赦ない』/レグナ

志貴零

 始まりは、金曜の夜。

 リアス様といつもどおり一緒にお風呂に入って、控えめではあるこの胸に、一応ちゃんとした、しっかりとした下着を装着したときだった。
 後ろのホックを留めれば、胸を支えるようにキュッてしまる。

 ただ、なんか違和感。

 いわゆるアンダーライン? 的な部分は良い。そこはいつも通り。問題は、カップ。

 まぁ緩いじゃないですか。
 下を向いてみればまぁ手が一つでも二つでも入りそうなくらい隙間が空いちゃってるじゃないですか。
 試しに上から抑えてみればカッポカッポ効果音が鳴るくらいの隙間じゃないですか。

 お胸に当てる下着は、ちょっと大きめにすると成長する、っていうのを聞いたことがある。元々きつくて苦しいのは嫌いっていうのもあって、確かに緩めのを買った。ストラップちゃんと締めてれば全然問題なかったし。

 そして今現在進行形でストラップは全部締めてるんですよ。これ以上いかねぇよってくらい締めてるんですよ。
 それでこのカポカポは何事? え? もしかして?

「リアス様…」
「どうした」
「胸が小さくなったかもしれない」

 なんて言えばリアス様はお茶を吹き出すわけで。

「ごほっ……なんだって?」
「胸が小さくなったかもしれない…」
「何故お前は俺が飲み物を飲んだ瞬間にとんでもない事を言い出すんだ」
「タイミングがかぶった…」
「意図的としか思えないんだがな」

 わざとじゃないもん。ってそうじゃなくて。

「下着が合わない…」
「代えのものを着ければいいだろう」
「今論点そこじゃない…」
「とりあえずもう一つ着けて同じ状況ならお前の胸が小さくなったことになるんじゃないか」
「あ、そっか…」

 さっすがリアス様。
 お風呂場から部屋に小走りで行って、タンスから残り二つの下着の片方を取り出す。今着けてるのは外して、取り出した方を着けてみた。うん、着け心地はいい感じ。そのまましたに目線を向けてみたら。

 あらまぁさっきと同じ状況じゃないですか。

 試しにもっかいやってみますか? 胸を押さえるようにしてみたらカポカポ鳴りますよ。

 どういうことなの。

 思わずさっき着けてた下着を床にたたきつける。その音を聞いたのか、後ろからずっと見てたのか、リアス様の声が聞こえた。

「……聞くまでもないようだな?」
「痩せた…? わたし痩せた…?」
「まぁ胸は落ちたように思うが?」
「先に言ってよ」

 なんでわざわざブラを着けて絶望させたの。

「じゃあこっちも合わないじゃん…」

 タンスに入ってる残り一個の下着を恨めしげに見た。

「サイズは同じで買っているからな」
「買いにいこ…?」
「……休みの日にか」

 リアス様の方を向いたら、ちょっと行きたくなさげ。うん、わかる。気持ちはとてもわかる。でもこっちもわかってほしい。緊急事態。

「彼女はとても困っています…」
「知っている。困っているのはわかったからまずは服を着ろ」
「見慣れてるじゃん…」
「見慣れてはいるが視覚的によくない。ほら」

 言いながら投げられたパジャマをいそいそと着る。襟の部分から頭を出したら、リアス様はベッドに座ってた。その隣に座ってから、改めて。

「胸元めっちゃ気持ち悪い…」
「そんなにか」
「下着合ってないのとか超気持ち悪い…聞いてこの音」
「やめろはしたない」

 服の中からまた音が聞こえる。さすがに怒られたのでやめた。わたしも悲しい。

「もう今日外そうかな…」
「家でなら別にいいんじゃないか。そうやって寝る女もいるんだろう?」
「形崩れるとか色んな説あるよね…」

 どっちが正しいのかわかんないけど。とりあえず着けてるのは外しておいた。

「明日の昼頃まではそれで我慢しろよ」

 もう十時近くだから、そのまま布団に寝転がったらリアス様が言った。

「リアス様はものわかりよくて良いね…」
「何度だって言うがそれなりに常識はあるんでな。気持ち悪いまま学校に行かせるわけにもいかないだろ」

 ここで通販って出ないのは一回失敗してるから。そのときは結局買いに行かなきゃじゃん、って喧嘩になったけど今はちょっとそれに感謝。

 用事はあれだけど、ちょっとしたデートにもなるわけで。

 そう考えたら下着が変なにのも感謝。

「気持ちが悪いと言っていた割には随分と嬉しそうだな」

 ちょっとだけ顔に出てたのか、リアス様が本を開きながら言った。

「二人で外出るの、あんまりない…」
「楽しみだからって熱は出すなよ。買いに行けなくなるからな」
「大丈夫だもん…」

 さすがに熱は出さない。ブラ買いに行くだけなんだし。ほんの少しむくれたら、リアス様の手が頭に伸びてきた。

 ゆっくり、髪を梳くように撫でられる。

「早めの方がいいだろう? さっさと寝ろ。朝起こしてやるから」

 そう優しく言われながら撫でられてたら、すぐに眠くなってきた。それに逆らうことはしないで、目を閉じる。

「おやすみ」
「おやすみなさい…」

 そのまま眠りについて、リアス様に起こされたのが、朝の八時。

 早いところは九時から開いてるから、支度してすぐに西地区に向かった。
 なるべく人のいないところを歩いて、ちょうどデパートに行ったら開店時間で。朝早いからそこまで人もいなくて、リアス様と下着売場に向かった。

「こっちの方がいい」
「また白…」
「白の方が似合うだろう」
「カリナも言ってたじゃん…たまには違う色に挑戦してみたらって…」
「それはお前がそういうことを出来るようになってからにしてもらおうか」
「えー…」

 なんて話しながら、ちゃんとサイズ合ったのを念のため五着くらい買って、人が混み出す前に外に出た。

 ここまではよかった。
 朝は熱も出さなかったし、人も思ったより少なかったし、目当てのものはちゃんと買えたし。

 ほんの少しくらい寄り道っぽくしてもいいかなぁなんて、リアス様と手を繋ぎながら横断歩道を渡ってるときだった。

「…リアス様」
「どうした」
「なんか、ぴりぴりする」
「おいこんな時にか」

 ぴりって変な感じがして、周りを見回す。目に止まったのは、今歩いてる横断歩道を渡りきった、ちょっとのところ。

 人だかりが出来てる。

 近づくに連れて、声も聞こえてきた。

『この先に用があるんだっつってんだろ!!』
「だからわっかんねぇんだよなに言ってるかよぉ!!」

 そんな、話し声。
 見なくたってわかる。”なに言ってるかわかんない”なんて言ったら、もう一つしかないわけで。

「…これってどうするべき…?」
「笑守人の人間ならスルーするわけにもいかないだろうな」

 二人一緒に、ため息を吐いた。

 神様、運命のいたずらひどすぎない??

「なんで規制線があるのにビーストがいやがるんだよ!」
「だから今それをあっちの水色が聞いている。少し落ち着いて待ってくれ」
「てめぇは何の権利があってそんなこと言えんだ! あぁ!?」

 夏休みはほとんど外でなかったから、争いなんて久しぶり。
 とりあえずエシュト学園の生徒だし、それ以前にハーフだし。止めなきゃってことで気性の荒そうな男の人はリアス様が、こっちの蛇のビーストはわたしがお話聞くことになった。

『あんたは話しわかんのか!?』
「うん…何かあったの…?」

 後ろですっごい男の人が怒鳴り声上げてるけど、ひとまず気にせずビーストにお話を聞いてみる。
 というか聞かなくても今回はビーストが悪くない、ってすぐわかった。

『ちょっとこの町を越えた場所に行きたくてな……』

 そう言うビーストの首には、”通行許可証”。どうしたって規制線を越えなきゃいけない、ってときに、規制線の管理の人が渡してくれる許可証。
 それがあるってことは、ちゃんと許可を取ってこの町に入ってるってこと。

『規制線を越えなくても行けるんだが、それだと何十倍も時間が掛かって手間なんだ。だから手続きをして来たんだが、あのおっさんに絡まれてな』
「お気の毒…」
『まぁ面倒だったけどよ。嬢ちゃんみたいなのが来てくれて助かったぜ。ありがとな』

 お礼には首を振って、

「とりあえず、ちゃんと説明しとく…。急ぎだったら、もう行っても大丈夫…理由、わかったから…」
『本当か! わりぃな、ちょい急いでたから助かるわ!』
「ううん…気を付けてね…」
『おうよ!』

 男の人の視界には入らないように、ビーストを見送った。
 そのビーストが横断歩道を渡った頃を見計らって。

「リアス様…」
「わかったか」
「ん…」

 怒鳴り続けてる男の人を止めてくれてたリアス様の元に戻った。

「通行証、首にかけて持ってた…。ちゃんと手続きしてきたのに、絡まれたって…」

 そう言ったら、リアス様はため息を吐いて。

「だそうだ。正規の手続きをした奴に不当に絡んだそうだな?」
「あぁ!? その嬢ちゃんが聞いたってのか!?」
「俺達はハーフだ。ビーストの言葉もわかる。あのビーストには通行証がちゃんと首にかけてあったそうだが?」
「んなこた知らねぇよ!!」

 男の人の声が、さらに増す。そのおっきさに、思わず肩がびくついた。

「そもそも規制線を越えなくたって基本的に道は続いてんだろ! わざわざ規制線を越えてまで異種族の町を通る必要があんのか!」
「その方が時間が掛からないからあのビーストはそうしたんだろう。理由はどうあれ、今回の件であんたが不当な扱いをしたことには変わりはない」
「俺が悪いってのかよ!?」
「どう考えたってそうじゃないか。ビーストは通行証を持っていた、それにあんたが絡んだ。誰が聞いても明白だ」

 リアス様の言葉に、男の人の顔はもっと怒った顔になった。

「てめぇよぉっ!」

 怒った勢いのまま、リアス様の胸ぐらをつかむ。

「黙って聞いてりゃすました顔で話しやがって! お前があのビーストたちの言ってることがわかる証拠はあんのかよ!!」

 ただただ八つ当たりしてるようにしか思えないその人に、思わず体が動きそうになる。けど、その瞬間にリアス様はわたしの前に手を出して止めた。リアス様を見たら、威圧的な、怖い目。命令を聞かせるような目を見たら、動けなくなって、ただその場に立つだけになった。リアス様はそれを確認して、前に向き直る。

「お望みなら魔術でも何でも披露してやるが?」

 そう、言って。手元に火の玉を小さく出す。

 それを見た瞬間、男の人はリアス様の胸ぐらから手を思い切り離して飛び退いた。

「……別に攻撃なんてする気はない。あんたが証拠はあるかと言ったんだろう」
「っどいつもこいつも変な能力持ってたり変な体しやがって! ここは普通の人間が住む場所だろうが!!」

 軽蔑を孕んだ目を向けて、叫ぶ。

「異種族は出て行けよ!!」
「おい」

 叫んだ男に、リアス様は制止の声を上げた。

「な、なんだよ」
「差別的な発言は規則違反だろ。思うのは勝手だが口は慎め」
「んだよ、少し力があるからって!! 見下してんのか!?」
「何をどうしたらそうなるんだ……」

 この人もしかしてお酒とか入ってるんじゃないかなって思うくらいかみ合わなくなってきた会話に、どうしようとリアス様と顔を見合わせる。カリナとかレグナがいればもう少しうまい持って行き方をしたんだろうけど、今日はいない。

「不思議な力があるからって偉いってもんじゃねぇだろ!」
「俺はそんなに偉そうに言った覚えはないんだが?」
「これだから能力者って奴はよぉ!!」
「これはもうダメだな」

 もう完全に話がかみ合わない。どうしよう。警察? 近くに交番なんてあったっけ。

 なんて二人して悩んでいたとき。

「はいはぁい、そこまでぇ」

 のんびりした声が、後ろから聞こえた。

 リアス様と振り向いたら、一気にリアス様の雰囲気が警戒に変わる。神様、今日は穏やかに過ごせる日ではないんですか。

 視線の先には、紫の前下がりボブの、女の人。この前、武術会であった人。なんだっけ、

「フィノア…?」
「刹那ちゃん、名前覚えてくれたのぉ? うれし」

 そう笑って、棒付きの飴を咥えながらわたしたちを通り過ぎて、男の人の前に立つ。

「なんだよ嬢ちゃん!!」
「異種族への不当な扱い、及び差別発言」
「は!?」

 ポケットから手帳を取り出した。わたしたちも持ってる、エシュトの生徒手帳。

「エシュトの方針にもこの世界の法律にも反する行為としてぇ、あたしにはあなたを拘束する権利があるんだけど」

 どう? って言いながらひらひら手帳をかざして、さらに続ける。

「不当な扱いは内容によってはまだ許されるかなぁ。正直気づけない部分もあるだろうしぃ。ただ差別発言ってなると罰則はあるよねぇ。今日、この町への通行許可を取ったビースト調べてけば一発でわかるしぃ。その子に言ってなくてもこっちの二人は聞いてるわけだし? 罰則金、もしくは懲役ってとこかなぁ」
「ひっ」
「ちなみにそこの子たちもエシュトの人間だからぁ。国からの罰則と、エシュトからの罰則あるんだけどぉ?」

 たぶんにっこり笑いながら言ってるフィノアに、男の人の顔は段々青ざめてって。

「お、覚えてろよ!!」

 昔のチンピラよろしく、そう捨て台詞を吐いて走ってった。収まったから、集まってた人も散っていく。

 それを見届けてから、フィノアが振り返った。
 にっこり、笑った顔。

「こんにちはぁ、後輩ちゃんたち。助けるの遅くなっちゃってごめんねぇ?」
「フィノア…見てたの…?」
「んーん、ついさっき通りかかってぇ。なんか騒いでんなぁと思ったら見覚えある子たちじゃなぁい? やばそうだったから手出しちゃったぁ」

 主にリアス様に向けて、余計なことしてごめんね、って言いながら、こっちに歩いてきた。リアス様が、わたしをかばうように立つ。

「あら、まだ警戒中?」
「助けてくれたことは余計なことではなかった。ただ、こいつに余計なことをされたら困る」

 リアス様が言ったら、呆れた顔。

「別にあたし起きてる人間にどうこうできるわけじゃないんだけどぉ」
「信用しろと?」
「無理でしょぉ? あんた陽真から聞く限りちょーめんどくさそうなやつだもん」

 大当たりです。

「まぁでもさすがに後輩ちゃんたち見過ごすわけにはいかなかったしぃ。ていうか生徒手帳持ってればもう少し楽に出来たんじゃないのぉ?」
「緊急で外に出てきたものでな。持っていなかった」
「わたしも…」

 ほんとなら、休みの日でも生徒手帳持ってれば、なんて言うんだろう、抑制? みたいのできるんだけど。わたしのお胸の事情ですっぽ抜けてた。
 それに、フィノアはため息を吐いて。

「緊急でも何でも今度からは持ってなさいよぉ。いつもこうやって助けが来るなんて限らないんだから」
「そこは肝に銘じておく。それと助けてくれたことにも礼は言う」

 なんてリアス様が言ったら、フィノアはすごい驚いた顔した。え、どうしたの。

「何故そんなに驚く」
「武煉みたいな生意気なやつかと思ったら、お礼は言えるのね」
「あんたが武煉をどう見ているかは全くわからんが一応常識はあるんでな」
「いっがぁい。ちゃんとお礼はできることは評価して、その警戒心丸出しなのはちょっとだけ許してあげるぅ」
「許されるものでもないと思うが」

 取り方によってはリアス様のも差別的な発言だもんね。

「別にぃ? あんたのは種族に対してどうこうじゃないんでしょぉ? 陽真から聞いたよぉ、超過保護難だってぇ?」
「めっちゃ過保護…」
「おい今は口を出すなややこしくなる」

 うわ理不尽。黙るけど。

「意識干渉型は”得体が知れないから”じゃなくて、”何かあってもあんたがどうにもできないから”遠ざけたいんでしょぉ?」

 挑発的に笑うフィノアに、リアス様はちょっと苦い顔。
 わたしには難しい話だからあんまり詳しいのはわかんないけど、意識に干渉できないわたしたちは、意識になにかされたらどうにもできないんだって。どんなにすごいリアス様もそう。一般型だから、意識には干渉できない。もし、仮にフィノアがわたしに何かしちゃったら何もできないから、陽真の時より警戒心がすごいの。

「正直悪いとは思っている。反射みたいなものだ」
「昔なんかあったとか、ねぇ?」
「っ」
「まぁ深くは掘り下げないけどぉ? 勘が鋭いのは嫌だけど常識あるのは良いことよぉ。だから嫌いなのは取り消してあげるぅ」
「別にいらん」
「ちょっとはお気に入りに認めてあげるわ。それとさっき言ったとおりあたしは起きてる人間にはどうこうできないからぁ」
「話を聞いてくれ、気に入るな俺を」
「もし能力がちゃんと見たいんならぁ、陽真とか武煉がいるときに見せてあげる。いつでも言いにきなさぁい」

 腰に手を当てて、どや顔で言うフィノア。話が通じないってわかったのか、リアス様はため息を吐いて。

「……強行される前に考えておく」

 そう、言った。
 それにフィノアは笑って。

「案外素直で聞き分けいい子ねぇ。印象は良くなったぁ。良い彼氏ね刹那ちゃん」
「わたしのお願いは全然聞いてくれない…」
「刹那」
「ほんとだもん…」

 すごい居心地悪そうにそっぽを向くリアス様。それにまたフィノアは笑って。

 突然、あって思い出したように声を上げた。

「どしたの…?」
「やっばぁ忘れてた。今日行くとこあったのぉ。もう行くわぁ」
「悪かったな、助けてもらって」
「可愛い可愛い刹那ちゃんのためよぉ。あ、お礼はしてもらうからぁ」
「生意気な後輩に逢わないという最高の礼なんてどうだ」
「可愛い後輩とお茶するお礼の方でお願いするわねぇ」

 あ、リアス様の顔が”またお茶か”って顔してる。

「ってわけで行くわぁ。急がないといなくなっちゃうからぁ」
「待ち合わせ…?」

 聞いたら、んーって悩んで。

「バカな弟的存在に良い夢見せてあげたいのぉ」

 かわいく、だけどちょっとだけ寂しそうに笑って言って、去っていった。

「バタバタだったね…」
「本当にな」

 あの後。
 ほんとなら寄り道とかしよっかなって周りを見回してたけど、どっと疲れて結局帰ってきた。下着はさっそく取り替えて、前の子たちとはおさらば。
 ぴったり合うって幸せ。だけどその幸せよりも疲れた。
 リアス様とソファにもたれて、ぐったりする。

「緊急とはいえどやはり休日に外に出るものじゃないな」
「なんであのタイミングで異種族のごたごたあるの…」
「そればっかりはあの男に言ってくれ。あいつが悪い」
「でもフィノア来てくれてほんとに助かったね…」

 言えば、ちょっと納得は行かなそうだけど。

「まぁ、あのままじゃ俺達ではどうにもできなかったしな。感謝はしている」

 そう言ったリアス様に、笑った。

「何故笑う」
「こうやってまた絆されて行くのかなぁって…」
「お前が懐かなければ全然いいのにな?」
「悪い人たちじゃないもん…」
「珍しく女と話していても何も言わなかったじゃないか」
「黙れって言ったのはそっちだからね?」

 ていうかフィノアが気に入ったのはわたしだし。最初はほんとにフィノアもリアス様のこと嫌いそうな目してたし。こっから恋愛に変わったらちょっとわかんないけど。

「そもそもフィノアは陽真にしか興味なさそう…」
「あぁ、それはあるな」

 初めて逢ったときは陽真にべったりだったからそっち方面で好きなのかと思った。陽真めっちゃ嫌がってたけど。

「お茶は、行くの…?」
「どのみち強行されるんだろう。陽真達が来るとカリナ達もノってくるから逃げ場がない」
「やっぱりカリナとかが言うとおっけーする…」

 お茶を飲みながら言うリアス様に不服そうに言えば、頭を撫でられた。

「俺をどうにかしたいならカリナを見習え。考えなしに突っ込む癖がなくなればどうにかなるんじゃないか」
「もうそれ無理って言ってるようなもんじゃん…」
「よくわかっているじゃないか」

 お茶をおいたタイミングを見計らってバシって背中を叩いてやった。そしたらいてぇな、って言いながら頭をぐりぐりされる。こっちも痛いんですけど。

「とりあえず」

 一通り頭撫でられたら、体が浮いた。そのままリアス様の膝の上に座って、抱きしめられる。

「午後はゆっくりさせてもらおうか?」

 すり寄って言ってくるリアス様に、頷いて。

「同感…」

 わたしも、すり寄る。
 リアス様のにおいがして、安心して、ちょっとばたばたしてた分若干眠くなって。

 目を閉じようとした、瞬間。

 ”ピンポーン”

 インターホンが、鳴った。

 思わずちょっと体を離して、二人で目を見合わせる。

「……何か頼んでいたか?」
「んーん」
「デリバリーもまだ先だったよな」
「ん…」

 だったら双子かな、って思って、立ち上がる。時々、会合の日でも”もうやだ!”って抜け出してくるときがあるから、それかなってインターホンをのぞいた。

 そこには、確かに見覚えはあるけど予想とは違う人。
 インターホンはリアス様が取った。

「何の用だ」
《龍クン刹那ちゃん匿ってくんねぇ!?》
「断る、帰れ」

 陽真のお願いもむなしく、ソッコーで切るリアス様。

「…いいの?」
「今日はもうゆっくりしたいんだ……」

「龍クーン!!! マジで!!! 今回だけ!!」

 それでも、外から聞こえる焦った声にどうしようもできなくて。

「…お話だけ、聞いてみる?」
「ぜってー碌な話じゃねぇだろうが…」

 言いながらも、二人して、ドアを開けた。

 二度あることは三度あるって言うけども。

『神様、わざわざことわざ実行しなくてもいいんです』/クリスティア

志貴零

 緊急事態とはいえどクリスティアと共に面倒事に巻き込まれた週末を開けて、月曜日。
 日中の授業を終え、さぁ一組の奴らを迎えにいこうかを扉を開ければ。

「やっほぉ後輩ちゃんたちぃ。迎えに来たよぉ」

 おい三度目だぞ。

「で? これは一体どういうことか説明してくださるんでしょうか?」
「こういう茶会は好きだろう?」
「私が聞いているのはどういう風の吹き回しかと聞いているんです」
「まぁ龍が嫌いとか警戒心丸出しの人連れ出すのってそうそうないよね」

 六月の時に陽真達と共に来たカフェ。
 メニュー表を見ながら、右側に座る双子の小言を受け流す。俺だって本意じゃないわ。

 というかだな。

「何故あんたらもいるんだ?」
「そりゃフィノアちゃんがオレを引っ張って行くし?」
「その陽真が俺を引っ張ったからですね」

 メニュー表から顔を上げれば、迎えに来た夢ヶ崎と、その左右にはもうだいぶ共に行動することが多くなった陽真と武煉。盛大な巻き込まれ事故になったらしい。

「正直武煉はいなくていいんだけどぉ?」
「大切な親友の頼みは断れませんからね。せっかく約束もあったけれど断ってきましたよ」
「あんたもうそっちの意味で陽真と遊んでればいいんじゃなぁい」
「オレが願い下げだわ」

 なんて会話を聞きながらそれぞれメニューを決めていく。レグナの「決まった?」という声に全員頷けば、武煉が店員を呼んだ。程なくしてやってきたウエイトレスに、双子から。

「私はチーズケーキのセット、紅茶で」
「俺ショートケーキのセット、この子と同じ紅茶で」
「あたしカフェモカお願いしまぁす」
「では俺はカフェオレで」
「オレチェリータルトとー……あとオレンジジュースで」
「コーヒーと」

 周ってきた順番で、一度ちらりと左に座る恋人を見る。テーブルの音が鳴るくらい「これ」と示すように一点を叩く恋人の手を止めて。

「イチゴのモンブランとココアで」

 告げれば、ウエイトレスは一度注文を繰り返し、去っていった。それを全員でなんとなく見届けて、互いに前に座った人物達へと目を戻す。

「で、龍はどういう風の吹き回しですの?」
「掘り返すのか」
「わけもわからず連れてこられた俺たち双子の身にもなってよ」

 それを言うなら普段振り回される俺の身にもなってほしい。まぁ無理矢理連れてきたのは確かなので、息を吐いて。

「そこの女に助けられたんだ。土曜日に」
「争い…止めてくれた…」
「それでぇ、お礼にお茶しようねぇってことになったの」
「君がそれに応じたのが意外ですね龍」
「助けてもらった人間を蔑ろにするほど無礼じゃない」

 さすがに警戒心はすぐには抜けないが。
 簡潔ではあるが説明すれば、俺とクリスティアの口べたを知っている双子はすぐさま理解し。

「それはまぁ大変お世話になりましたわ先輩」
「この二人のせいで逆に争いひどくなってませんでした?」
「蓮、言っておくが今回は俺達に非は一切ないからな?」
「でも口べたでよく拗らせるじゃん」

 否定はしないが。そうでなく、と口を開こうとしたら、先に夢ヶ崎が口を開いた。

「どんくらい口べたとかは知らないけどぉ。今回のはたぶんどんなに交渉うまくても難しかったんじゃなぁい?」
「なに、ソイツ酒でも呑んでた?」
「そうじゃないかと思うくらい話がかみ合わなかった。後半になるに連れて尚更な」
「お酒臭いとかはなかったけどぉ、でも十中八九そんなんでしょぉね」

 眠たげにナプキンをいじりながら言う夢ヶ崎の言葉を聞いて。

「それはまぁ大変でしたのね」
「また拗らせたのかと思った」
「お前らは本当に失礼な奴らだな」

 正直一番拗らせるのはクリスティアだろうが。言ったらおそらく肋がやられそうなので黙っておくが。ひとまず。

「助けてもらった礼でこういう事になったんだ」
「あんた結構律儀な子よねぇ」
「だいぶ不本意ではあるがな」

 できればクリスティアを近づけたくないが。こういうのは早めに消化しておいた方がいいと言うのはこの学園に来て半年弱で学んだ。

「お待たせいたしました」

 話していれば、先ほど注文をしたものがやってくる。置かれたものを端に座るレグナと武煉がそれぞれに渡していき、全員に行き渡ったところで店員が去って行った。それをまた見届けてから、目の前に置かれたコーヒーを啜る。ソーサーに置いてから。

「で?」
「”で”ってぇ?」

 目の前で頼んだカフェモカを啜る夢ヶ崎に尋ねる。当然のごとくそう返ってきたが気にせず。

「茶会には来たがこれからどうしろと?」
「言ったじゃぁん、後輩ちゃんと仲良くしたいって」
「断りたいんだがな」
「そう言うと思ってぇ、今日はこのフィノアちゃんの自己紹介の場にしようと思いまぁす」

 誰も頼んでいないんだが。

「そもそも何故構ってくる。生意気な後輩といてもムカつくだけと思うが?」
「それも言ったはずよぉ、お気に入りに入れてあげるってぇ」
「それも断る」

 そう言っても、夢ヶ崎は意に介さず笑って。

「あとはうちのバカな後輩二人がすごい楽しそうに話すからぁ。あたしもちょぉっと仲良くなりたいなってぇ?」

 どちらかと言うとそれが本音では。そう思いながら、再びコーヒーに口を付けた。その間に言葉を発するのは双子。

「ですが夢ヶ崎先輩?」
「あ、フィノアでいいよぉ。あと蓮くんだっけぇ」
「はい?」
「うちの後輩とおんなじように敬語とっちゃっていいからぁ」

 にっこり笑う夢ヶ崎に、双子は一度きょとんとして。穏やかな雰囲気に変わる。

「ではフィノア先輩」
「はぁい」
「龍、たぶん今のままだとフィノア先輩とは仲良くしないと思うけど?」

 言われたとおり敬語や呼び方を変えた双子に、夢ヶ崎は少し嬉しそうに笑ってから一度カフェモカを啜り口を開く。

「ちょー警戒心高いんでしょぉ? 大事な大事な彼女を守りたくてぇ」
「それはもうすごいですよ。陽真だって初めはものすごく警戒されていたね」
「今は嘘のようだけどな。龍クンもオレを名前呼びしてくれてるし?」
「言っておくがそれはお前の親友とうちのバカ女が仕掛けたからだ」

 そう言ったら思い切り足を蹴られた。踏み返してやろうかこの女。睨んでやればにっこり笑ってきやがった。
 再びのんびりとした笑い声が聞こえて前を向く。

「まぁ警戒心高いとかはいいんだけどぉ。どのみち陽真と関わるならあたしとだって関わること多いしぃ? 信じる信じないは別としてぇ、能力の説明とかしてあげよっかなぁって」
「陽真と関わることをやめれば万事解決だな」
「陽真ちょーしつこいから無理だと思うわよぉ」

 あぁ、納得する。今までのしつこさを思い返している間に、レグナが聞く。

「それで? フィノア先輩は龍と仲良くするためにどんなプレゼンしてくれるの?」
「フィノアが仲良くしたいのは刹那ちゃんなんだけどぉ」

 と、夢ヶ崎はクリスティアを見る。当の彼女に目を向ければケーキに夢中で我関せず状態である。それを見てまた笑い。

「仲良くする前にはあんたをどうにかしないといけないらしいのよねぇ」
「まぁ、そうなりますわね」
「俺はそのまま龍に嫌われていてもいいと思いますよ」
「武煉うっざぁい。さっさと帰ればぁ?」
「生憎親友が困っていたので。陽真が帰るまでは帰りませんよ」

 そう武煉が言えば心底うざそうに武煉を睨む。そんなに嫌いなのか。ただそれは武煉にだけで。再びこちらに向き直った夢ヶ崎はにっこりと笑った。

「まぁ武煉は置いといてぇ。本題ねぇ。あたしが意識干渉型っていうのはあんたが初日に言ったとおり」

 カフェモカを啜ってから続ける。

「じゃあその”意識干渉型”って?」

 突然の質問に、俺たち一年組は止まる。数秒の沈黙の後、双子とクリスティアの視線を感じた。
 いやだから何故俺を見るんだ。

「先に言っておきますわ、あなたの知識が豊富なので」
「そうだよな。大丈夫だ、知っている」

 もう何十回も繰り返した行為だ。聞きたくはなるが理由も知っている。ひとまず聞かれたことに、コーヒーを啜ってから答えた。

 ”意識干渉型”

 その名の通り、意識に干渉する生物。一般型が”見えるものや触れられるもの”に能力を行使できるのに対し、干渉型は”本来見えないもの、触れられないもの”、いわゆる”意識体、魂”に能力を行使することが出来る。”基本的”には、干渉型は生物や物に対して能力を行使することが出来ず、俺達のように武器を体内に保管したり、様々な能力を使うことはできない。理由は、本来魔術を使うための体に張り巡らされた特殊な回路が、干渉型には体内ではなく”魂”に張り巡らされているから。ただ、意識干渉型にはたった一部だけ、体に魔力が張り巡らされた部分がある。場所は個々によって違うが、自分の体と意識を切り離す”ゲート”の魔法陣を体内のどこかに持って生まれてくる。それを使い自らと体を切り離し、一度意識体になってから、まだ未練があって成仏が出来ない魂達に自分の持つゲートと同じものを張り巡らし、干渉してそれぞれの仕事をこなし、魂を天界へと導いていくのが彼らの仕事。確か常に魔法陣は発動しているから抑えておかないと勝手に意識体が出て行く奴もいる、というのも聞いたことがある。おそらく夢ヶ崎がしている眼帯はそれを抑えるものだろう。

「時代が進むに連れて混合種も出てきたから昔のように一切見えるものに能力を使えない奴も減ってはいるが。基本的に干渉型は”彷徨える魂に能力を行使し導く者”達の総称。……まぁ大体はそんな感じだろう」

 なるべく簡潔に、けれど要点は押さえてある程度説明すれば、夢ヶ崎は感心したように「へぇ」と肩をすくめた。

「ほんとになぁんでも知ってるのねぇ」
「龍は歩く辞書のようなものですわ」
「お前は俺をそんな風に思っていたのか」

 聞けばカリナはにっこりと笑った。あぁ、思っていたんだな。呆れた目線を返し、再び夢ヶ崎へと戻す。

「何か間違いは?」
「なぁい。完璧。でもそこまで知識があってどうしてあたしを警戒するのかしらぁ?」
「言ったはずだ。時代が進むに連れて純血種が減っていると。あんたが一般型との混合種の場合、体内に入り込む方法はいくらでもあるわけだ」
「オマエほんっとに無駄に知識ありすぎて頭痛くなんねぇ?」
「必要な知識はあって損はない」

 どのみち知識があったとしても、何かあっては俺は何もできないが。コーヒーを啜れば、夢ヶ崎が口を開く。

「まぁあたしはあんたが警戒してる混合種じゃなくて、れっきとした純血種なんだけどぉ」

 信用しないわよね? と首を傾げられたら、頷くしかできない。

「それと前も言ったとおり、起きてるやつらにはあたしはなにもできないからぁ」
「夢使いでしたわよね」
「そうよぉ」
「物理に干渉できないのにどうやって夢に行くの?」

 レグナが聞けば、夢ヶ崎は一度んーと考えて。

「”集合的無意識”、って知ってるぅ?」

 集合的無意識……ってあれか。

「人の意識はどこかしらで繋がっている、という説か?」
「そうそれぇ」
「龍は本当に何でも知ってるんですね。知らないことはあるのかい?」
「ないんじゃない…聞いたらなんでも答えるよ…」

 そもそもお前が無知すぎるから俺が色々覚える羽目になったんだがというのは今は黙っておこうか。

「あたしたち獏の血統はそれを利用してるんだけどぉ」
「ちょっと待ったフィノアちゃん、オレそろそろあったまいてぇわ」
「あらぁ、難しかったぁ?」

 聞けば、俺以外は頷く。

「そのどこかしらで繋がってる、っていうのはどういうこと?」

 レグナの疑問に、ほんの少し考えてから。

「仮に。丸と四角の図形があったとする。それをどちらが柔らかいか、堅いかと問えば、初めて見た人間の大多数が丸を柔らかいものだと言い、四角を堅いと答える。誰に教わったでもなくそう答えるから、生物の意識というものはどこかしらで繋がっている、という説があるわけだ」

 そう答えれば。何となくは理解したらしい。そのまま夢ヶ崎が話を進めていく。

「まぁそんな感じでぇ。夢使いはそれを利用して人の夢に行くわけなんだけどぉ」

 カフェモカを啜ってから。

「よく迷子になっちゃうのよねぇ」

 こいつよく元の体に帰ってこれるな。

「待ってフィノア先輩、迷子になるってどういうこと」
「そのまんまの意味ぃ」
「夢の中で迷子になる、ということですわよね?」
「そうよぉ。なんて言うのかなぁ、あたしたちはぁ、自分たちが深い眠りについても意識だけを起こすことが出来るのねぇ。深い深い意識下で目を覚ますとぉ、いーっぱい扉が見えるのぉ」
「扉…?」

 クリスティアが聞けば、興味を持ってくれたことが嬉しいのか笑って。

「集合的無意識、ってさっき言ったでしょぉ? 生物の意識は繋がってる。深い深い意識のところでね。あたしたちはぁ、その他の生物の意識に行ける扉を見ることが出来てぇ、入り込めることが出来るの」

 ただし、と彼女は続けた。

「その扉が必ずしも見知った誰か、とは限らなぁい」
「要はランダムで他人の夢に行く、ということだよ。それで彼女は毎回馬鹿みたいに迷っているんですけどね」
「仕方ないでしょぉ? 無数の扉があったら誰だって迷うわよぉ」
「いやオマエはリアルでも方向音痴だろ」
「毎回お迎えありがとね陽真ぁ」
「迷惑だっつの」

 それでも律儀に迎えには行っているのか。

「まぁ他にも色々あるんだけどぉ。絶対的に変わらないのはあたしたちは相手が深い眠りに入った状態、なおかつその時点で夢を見ている状態の生物の扉しか見ることができない、ってことかなぁ」

 そこで、自分は危険人物ではないだろと言うようにこちらに微笑みかけてきた。それを見据えて、息を吐く。

 信じる信じないは別として、だ。

「そもそも、意識干渉型は本来生きている生物に何もできない存在なんだから、”本来は”危害がないということは知っている」

 さっきも言ったとおり、神に二番目に近いとされる干渉型の彼女達の仕事は”彷徨う意識体の導き”。ただの干渉型なら危害を加えられるどころかまず非戦闘員とされる。
 ただ俺が問題としているのは。

「俺は混合種が厄介だから近づきたくないんだ」

 隣でまたケーキに夢中になっている恋人を見て、呟いた。

 現代に進むに連れて増えた混合種。多種族が分かり合い、子を成した結果の生物。時にはもちろん、一般型と干渉型の混合種もいるわけで。その混合種が出始めた頃、クリスティアが一度意識を支配されてどうにもできなかったことがあった。しかも三月二十七日。終わりの日に。目の前で死なれてみろ。干渉型には警戒心が高くなる。たとえそれが危害を及ぼさない純血種であっても。

「反射で警戒心を出すのは悪いとは思っている」

 コーヒーを啜って、また前に向き直った。

「あんたが純血種だと初めに見抜けなかったのも俺が悪い。よくよく考えれば、仮に混合種だった場合。土曜日、会話すらまともにできないあの男をどうにかすることだってできたはずだ」
「そうねぇ、眠らせて中に入ってどうにかすることだってできるんじゃなぁい?」
「それをしなかったのはあんたが純血種だからだろう。笑守人の生徒ということで簡単に身を引いてくれたというのもあるが」

 そこまで言えば、ふぅんと楽しげに笑う。

「ただ何度も言うとおり、簡単に警戒は抜けない」
「それはいいわよぉ、そうさせた混合種が悪いわけだしぃ?」

 上級生だからか、本人の元からの体質なのかはわからないが案外物分かりが良い奴のようだ。

 ただ、

「♪」

 楽しげに、見定められているように見られているのがとても居心地が悪い。

「……なんだ」
「別にぃ。思ったほど悪い子じゃないじゃなぁいと思ってぇ?」
「見えないかもしれませんが、彼は常識”だけ”はありますの」

 無駄なとこを強調してんじゃねぇよ。カリナの言葉にくすくす笑って。夢ヶ崎は陽真を見る。

「あんたが気にかける理由、わかる気がするわぁ」

 なんて言うから、俺達の頭には疑問符が浮かんだ。当の陽真はジュースを飲みながら夢ヶ崎を睨む。

「陽真先輩、龍たちのこと気にかけてたの?」
「べっつに? 生意気な後輩を這い蹲らせたいから構ってるだけだっつの」
「それだけじゃないでしょぉ? 龍くんと刹那ちゃんってぇ」

 そこまで言ったところで、陽真が思い切りグラスをテーブルにたたきつけた。思わぬ行動にクリスティアも陽真を見る。本人は気にせず、夢ヶ崎を睨んだまま。

「……それ以上言うとオレマジでキレるからな?」

 いつものような楽しげな雰囲気ではなく、本当に嫌そうな、触れてくるなと言いたげな陽真。夢ヶ崎は慣れているのか、困ったように肩をすくめる。武煉は我関せずと言ったように飲み物に口を付けた。
 俺達四人はどうすることもせず止まったまま。普段勇者っぷりを発揮するクリスティアも、空気が読めないわけではない。聞いて良い部分と悪い部分はわきまえているから、何も言わない。

 沈黙の後、口を開いたのは夢ヶ崎だった。

「たまには話してあげてもいいんじゃないのぉ?」
「オマエに関係ねぇだろ」
「あの子だって楽しい思い出話してくれた方がぁ」

 ガタ、と思い切り陽真が席を立った。荒々しくバッグを掴み、夢ヶ崎を睨んで。

「オマエのそういうとこ、マジでムカつく」

 そう吐き捨てるように言って、店を出るように去っていった。

「怒らせちゃったぁ」

 扉が閉じた音が聞こえてしばらく。夢ヶ崎はふてくされたように言った。いやもう少し悪びれた方がいいんじゃないか。

「大丈夫なの? 陽真先輩」
「さぁねぇ。いつもこんなんだからぁ」
「その尻拭いをするのは毎回俺なんですけどね」

 そう言って、武煉も立ち上がる。
 自分の財布から陽真の分も出して、バッグを背負った。

「武煉先輩も帰りますの?」
「おや、華凜がまだいてほしいと言うなら残りますよ」
「武煉先輩帰って良いよ」
「兄君は冷たいね」

 大して残念そうでもなく笑ってから、夢ヶ崎を見る。

「もう少し待つ、というのを覚えた方がいいんじゃないかい?」
「武煉うるさぁい」

 変わらずふてくされたように言う夢ヶ崎の頭を一度撫でてから、武煉は俺達に「また」と笑って出て行った。

 残された夢ヶ崎を、必然的に全員で見る。

「せっかくのお茶会だったのにごめんねぇ?」

 当の本人は、困ったようにそう笑った。それには「別に」と返し、残り少ないコーヒーを飲み干した。

 沈黙が、走る。

 それを破ったのは、夢ヶ崎。

「……聞かないのぉ?」
「何を」
「わかってるでしょぉ。さっきのこと」

 どうなの、と伺うような目には、首を振った。

「触れて良い部分と悪い部分は弁えているんでな」
「高校生は気になっちゃうお年頃じゃなぁい?」
「あら、残念ながら天使ですので実年齢はもっと上ですわよ」

 そうカリナが言えば、安心したように笑った。そうして、立ち上がる。

「あんたも帰るのか」
「まぁ言うことは言ったしぃ。このまま楽しくおしゃべりぃなんて空気じゃなくなっちゃったしぃ?」

 確かにそのまま楽しく話しましょうと言われてもこちらもはいそうですかとは言えないが。自分の財布から少し多めに金を出し、「とりあえず」といつもの間延びした声で笑いながら言った。

「良い夢みたいときにはフィノアちゃんのところに来なさぁい。一緒に寝てれば干渉できるからぁ」
「別にいらないが」
「あんたたちだっていやな夢くらい見るでしょぉ?」
「それはまぁ見るよね」
「そうですねぇ」
「いやな思い出とかぁ、時々見るでしょ?」

 その言葉に、四人一斉に止まった。

 彼女は変わらず笑って。

「思い出とかって変わらないけどさーぁ?」

 バッグを持って、去り際に、その笑みは悲しいものに変わった。

「夢でくらい、良い思い出にしたっていいじゃなぁい?」

 そう、告げて。主にクリスティアに手を振って、去っていく。

 その、背を。俺達四人はただ見つめていた。

『いつか夢見たあの日を、見せてくれるのだろうか』/リアス

志貴零

「では実行委員を中心に各ポジションを決めてくださいね~」

 文化祭まで二週間とちょっとになりました。二組では先週に”指名喫茶”という、お話ししたい人物とその人に着てほしい服を指名できる、という喫茶をすることに決め、会議第二週目の本日は配役決め。リアスは絶対表ですよねぇなんて、彼の方に体を傾けながら思う。

『それじゃあポジションを決めたいと思うんですけどー』

 江馬先生と入れ代わるように教壇に来たのは光のふわふわした球体が特徴のビースト実行委員さんと、ヒト型女子の実行委員さん。先週のまとめを記したであろうノートを広げながら、女子の委員さんが黒板に配役を書いていく。

 ウェイター・調理係・キャスト。

「キャストが表、ってことなのかな?」
『お話しする係りですかなっ』
「そうでしょうねぇ」

 隣の席、今の私にとっては向かいに座っている閃吏くんとユーアくんに返す。
 二組も出席番号順の席だったので本来彼らは隣にいることはなかったのですが、誰かが「一組が自由に座っててうらやましい」とこぼしたことから、数日前からこちらも自由席に。といっても私とリアスは移動が面倒だったので元のまま。そうしたら閃吏くんたちがやってきたので四人で固まるようになりました。

「炎上君はキャストやるの?」
「やる気はないが?」
『ですが炎上は良き働きをすると思うのですがっ』
「正直ごめん被りたい」

 至極面倒くさそうな彼に、それでもきっと話は回ってくるんだろうなぁと思いました。だって顔”だけ”はいいんだもの。
 話していたら、黒板に必要なことを書き終えた女子委員さんがこちらに向き直りました。

「ではそれぞれ決めたいと思います! 自薦他薦は問わないよ。自分でやりたいな、って思う人は黒板に。推薦の人は一旦挙手してくださーい!」

 そのかけ声で、クラスの方々が各々好きなポジションに名前を書いて行く。

「これ自分から先にやりたい部分を確保したらいいんじゃないです?」
「そうは言うがあの混雑の中で俺が行くとでも?」

 いやまぁ確かに結構な混雑ですけども。どうせ前に行ってもしばらく待ちそうですけども。

 だったらもう少し落ち着くまでここで話していた方が得策ですかとぼんやり黒板を見つめる。すると、女子の委員さんがこちらへやってきました。

 固まって座っていた私たち四人に向き直り、短髪体育会系といったようなそのお方はにこりと笑って。

「ここの四人には是非キャストに来てもらいたいんだけど!」

 いきなりの推薦にさすがに全員止まる。一番に我に返ったのはリアスでした。

「実行委員が推薦するのか」
「えー、別に実行委員が推薦しちゃいけないって決まりはないでしょ? あたしは顔面偏差値が高いここの四人には是非キャストを、って出し物決まったときから思ってたんだ~」
「えっと、俺もなの?」
『我もですかっ』
「当然だよ!」

 あらまぁとても目が輝いていらっしゃること。

「閃吏はかわいい系でいけるでしょ、ユーアだってその愛らしい容姿で集客効果抜群! 華凜は美人だし、炎上は言わずもがな、我がクラス、いや学校で一、二を争うイケメン様!」
「ハードルが上がってないか」
「そんな四人がうちのクラスに集まったんだからもう使わない手はないでしょ!」

 いわゆるどや顔でそう言う委員さん。いやまぁ私は別に良いですけど。リアスを見てみれば、あらまぁとても面倒くさそうなお顔。

「どうかな!?」
「断る権利は?」
「うーん、ない!!」
「とんだ独裁政治だな……」

 そうこう話している間に他の生徒たちは希望のポジションを書き終えたのか、席に戻ってます。決まってないのは私たちだけですか。しかもちらっと黒板を見てみるとキャストが一番少ない。確かにコスプレもして話もして、となるとハードルは高いですよね。あそこに書いてあるのはそういう接客系にいきたいタイプの方々ですか。

「華凜たちはどう!?」

 そうぼんやり思っていたら話を振られたので彼女に視線を戻す。

「えっと、俺は別にどっちでもいいかな。足りないとこいくよ」
『我も貢献できるなら行くですっ!』

 私も別に不都合はないんですよねぇ。というわけで。

「構いませんわ。引き受けます」
「ほんと!? ありがとー!!」

 そう返せば、明るい笑顔でお礼が返ってきました。三人がすんなり決まったら、残りは一人。自然と、私も、クラスの全員もリアスに目がいきます。

「ってわけであとは炎上なんだけど!」
「断る」
「どーしてよー!!」

 けれど彼の答えはもちろんNO。さすがに今回は私は黙っておきましょうか。

「炎上には両日の午後に目一杯出てほしいんだけど!」
「すでにお前の頭の中ではタイムテーブルまで決まっているのか……尚更断る」
「その顔面偏差値を生かすチャンスじゃん!!」
「俺は別にこのためにこの顔に生まれたわけではないんだが」

 リアスそれは世の男性を敵に回す言い方です。

 なおも引き下がらない委員さんにリアスは机に頬杖を吐きながらため息をついて「そもそも」、と切り出した。

「なによ」
「俺をキャストに起用する事で生まれるメリットとデメリットはきちんと考えたのか」
「メリットはそりゃいくらでもあるじゃん! 女の子が喜ぶ!」
「デメリットは」
「えー……?」

 腕を組んで数秒の逡巡の後。

「あ、炎上が人気でお店が回りづらい!」

 リアス盛大に頬杖から顔がずり落ちましたわ。その流れで腕を組み、後ろにもたれ掛かる。

「俺に恋人がいることを忘れていないだろうな?」
「あの刹那、って子でしょ? そりゃもちろん忘れてないよ! でも文化祭とかの催し物で”彼女いるからイヤだ”なんて……」
「問題点はそこじゃない」

 遮って、そのまま続ける。

「どんなに面倒であっても恋人がいるからと言って断りはしない」
「じゃあなんでよ!」
「刹那の嫉妬深さを知らないわけじゃないだろう?」

 言った瞬間、クラスの雰囲気が凍った感じがしました。身を持って知っている閃吏くんは苦笑い。

 七月、このクラスで起こった先輩方の襲来。襲来だけならまぁモテますねぇで済みますが、やはり済まないのが現実。クリスティアはテレポートで飛んでくるわその日ずっとリアスに延々とひっつくわ、私としてはかわいらしいですが一般的には相当な嫉妬深さが見えたはず。

「俺がキャストとして他の女と話してるのをあいつが見てみろ。すっ飛んできて営業妨害どころじゃなくなる」
「で、でも! やっぱり炎上は客引きとして表に出したいんだよ!」

『けど氷河さん飛んで来ちゃったらまずくない……?』
「せっかくの出し物台無しになっちゃうよね……」

 ちらほらと聞こえ始めるそんな声。良い気はしませんが確かに否定も出来ない。ただこのままだとまたクリスの評価が悪くなる。

「炎上がいたら女の子たちも喜ぶし! それにエシュトの趣旨には合ってるじゃん! 笑顔にする文化祭なんでしょ!」

 こちらはそのデメリットを聞いてもなおも引かない様子。どうするんですかとリアスを見れば、息を吐いて。

「先に質問だ。お前の目指す夢は?」

 突然の質問に、誰もが一度きょとんとしちゃいました。私もしましたよ。いきなりどうしたんですか。

「は、ゆ、夢?」
「そう聞いている。お前の夢は?」

 再度の質問に、委員さんは戸惑いながら。

「え、け、経営系に進みたいけど……? お店持ちたいな、って」

 その答えにリアスは「そうか」と頷いて、見据える。

「ならばまず交渉相手の意見も聞くこと、そしてそれを踏まえた妥協を覚えろ。これから俺が提示することに妥協できるのなら、笑守人の趣旨に沿おうとしている思いを汲んでやる」
「ほ、ほんと!?」
「妥協してくれるなら、な?」

 微笑んだリアス。あぁ、これ自分の意見思い切り通す気ですよね。私知ってます。そんな事は露も知らない委員さんは目を輝かせて、リアスが指折りしながら提示する言葉を聞く。

「まず一つ。”表”には出てやる。ただしキャストとしては出ない」
「えっと、じゃあ炎上君はウェイターってこと?」

 閃吏くんに頷いて、何か言いたげな委員さんが口を開く前に二つ目、と指折りをした。

「刹那が店に来た場合、あいつにだけは俺と少し話す時間をくれること」
「う、そ、それはまぁいいかな?」

 その了承にまた微笑んで、三つ目。

「二日間ある文化祭の内、どちらか一方は俺を完全フリーにすること」
「どっちか一日は働かないってこと!?」
「そうなるな。俺が提示するのはこの三つ。飲めるならそれ相応の働きはしてやる」
「それ相応って……?」

 先ほどとは違い恐る恐ると言ったように聞く委員さんに、リアスは癖の爪いじりを始めながら答えました。

「どちらか一方の日を完全フリーにしてくれるのなら、出番の日、丸一日俺を使って良い。キャストはしないがな。ウェイターで開店から閉店まで働いてやる。なんならフリーの日は看板くらいなら持ち歩いてもいい。宣伝にもなるだろう」

 それと、とそのままリアスは続ける。

「刹那が来たとしても嫉妬も暴走も一切しないようにしておいてやる」

 その言葉に、誰もが驚いた顔をしました。私は慣れているのでしませんけども。

「え、嫉妬とかしないようにできるの炎上!?」
「まぁやりようはいくらでもある。ただし一日限定だ。あまりやりたくはない方法だからな」

 あぁ、呪術かしら。
 クリスティア頑張って、と心の中でエールを送って、「ひとまず」とまとめに入ったリアスに耳を傾ける。

「ウェイターとして、さらに働くのはどちらか一方の日だけ。それを妥協してくれるのならそれ相応にこちらも応えよう」

 悪くない提案だと思うが? とほんの少し勝ち誇った顔で微笑めば、悔しそうだけれど悩む委員さん。

 まぁそれ相応以上、ですよね。リアスの提案は。キャストではないけれど表に出るという願いは汲み、なおかつ一日はフルで使って良い。フリーの日にしても宣伝はすると言った。リアスが本気を出してしまえばクリスティアだって言うことを聞くし、営業妨害という難点も克服。私なら二つ返事でオーケーを出すほど彼からの妥協案。
 けれどどうしてもキャストとして出てほしい委員さんは未だ悩んだまま。
 リアスを見れば、目が合いました。

 あ、畳みかけろと。

 目で仕方ないですねと返し、頭の中でほんの少し整理をしてから。

「委員さん」
「なぁに華凜。悩んでるよ委員は」
「彼の提案、飲むべきだと思いますわ」

 言えば、ちょっとだけまだ諦めきれていない様子。そんな彼女が諦められるように、リアスが言った言葉をかみ砕いて行く。

「仮に、ですわ。仮に二日目にウェイターを頼むとしましょうか。一日目は完全フリー。けれど看板くらいは持つと言いましたね」
「そうね、言った」
「その看板に、彼が二日目フルでいる、と書いた状態で校内を動き回らせたらどうでしょう。彼の顔の良さは目を引きます。そして二日目にいるとなれば、予定が合いている女性陣はいくらでも来ますわ」
「そ、そうね」
「キャストではないとしてもウェイターとして徘徊していればチャンスがあれば話も出来る。しかも料理なども彼から直接渡してくれます。女性陣には最高ではありません?」

 なんて周りのリアス狙いの女性にも言うように提案してみれば、「確かに」と頷く方もちらほら。まぁちょろい。

「基本的に表に立つのが嫌いな彼が、あなたの”喜ばせたい”という思いを汲んでここまで譲歩しましたわ。その代わりにほんの少し、一日恋人と自由に遊んだり、彼女の出し物を見に行く時間がほしいのです。その間でも宣伝はきちんとするから、と自らを犠牲にしてまで」

 どうでしょう? と首を傾げて聞くと、ずっと悩んでいた委員さんも腹を決めたのか。

「うぅ、よし、ノった!!」

 了承いただきました。

「じゃあ炎上、ウェイターでお願いするね! 華凜の案で一日目宣伝、二日目にフル稼働でいい!?」
「構わない」
「やったぁ!」

 リアスからの了承に嬉しそうに笑って、黒板へと戻っていく。それを見届けてから、リアスにまた目を戻した。

「ご希望通りです?」
「助かった」
「愛原さんすごかったね」
『あんなにすらすら言葉が出てくるなんてすごいですっ!』
「まぁ慣れていますから」
「口だけは無駄に達者だからな」
「あら、今からでもキャストが良いらしいです、と言っても良いんですよ」
「すまん勘弁してくれ」

『じゃあまとめるよー』

 リアスの言葉に勝ち誇ったように笑ったら、ビーストの委員さんが声を上げたのでそちらを向く。

『キャストたちは黒板の通り』
「外装は前回決めたとおりちょっと洋風な感じね! 衣装は華凜の方で用意してくれるんだよね?」
「えぇ、お任せを」

 服なら腐るほどあるので。

『メニューはうちの喫茶に合わせたのを江馬先生が考えてくれるんだよね』
「はいは~い、衛生面を考えてこちらで決めますよ~」
「外装に必要なものは基本委員が集めるからね! ただ調達をお願いすることもあるからその時は協力お願いします!」

 委員さんたちの言葉に頷く。それを見て、楽しげに笑って。

「じゃあ来週から準備に取りかかるよー!」
『楽しく作っていこうねー』

 同じく楽しげに応じるクラスの子たちを見て、微笑んだ。

『いくつになっても、こういったことは楽しいもの』/カリナ

志貴零

 文化祭も二週間後に控えた、九月の三連休。
 夏休みに買ったゲームは終わったし、なんかまた面白いのないかなぁと、今日は散歩がてらお気に入りのゲームショップに来てた。いつもなら休みの日はカリナと一緒にいたりそのままカップルの家に行ったりするけど、カリナは今日はお義父さんの用事に付き合ってるんだとか。一人でカップルのとこに行ってもなんかあれだし、たまには一人で散歩だっていいよね。ついでに他のところもぶらぶら歩いて文化祭に必要なものあったら買っとこうかな。

 なんて思いながら、ゲームショップの中古コーナーを見て回る。
 この無双系はやったんだよなぁ。こっちのRPGも前にやったことある気がする。確か結構王道な異世界もんじゃなかったっけ。パッと裏面見てみたら大当たり。だいぶ古いやつだけど俺現役でやってたわ。うわぁたまにこう年の流れ感じるの辛い。その辛さに耐えきれなくてRPGは棚に戻す。
 久々に音ゲーやってもいいかも。前に持ってたやつは売っちゃったし。なんかこうまだやったことない曲入ってるやつで──。

「蓮じゃないですか」
「うぉっ!?」

 そう音楽ソフトコーナーに目を移したとき、聞こえた声。割と近い場所で聞こえて思わず肩がびくつく。なんとなく聞き慣れたその声に振り返ってみれば。

「うわぁ、武煉先輩」
「”うわぁ”ってひどいな」

 もう週に一回は逢ってるような感じがする先輩の片割れがくすくすと笑いながら立ってた。思わぬ人にびっくりしたけどまたソフトの棚に目を戻す。うん、正直雫来が良かった。喉まで出かかった言葉は飲み込んで。

「武煉先輩もゲーム見に来たの?」
「いえ、歩いていたら見知った後輩がいたもので着いてきたんだよ」
「ストーカー気質?」
「君は段々遠慮がなくなってきたね」

 そう言ってまたくすくすと笑う。この人結構怒らないタイプだよね。

「今日は陽真先輩はいないんだ」

 面白そうなのを発見して手に取りながら、聞く。

「君たちは俺と陽真をセットにしているけれど、休日までずっとべったりなわけではないよ」
「遊んだりしないの?」
「うーん、元々趣味がだいぶ違いますからね」
「陽真先輩女遊びしないもんね」
「それもあるけれど。俺はインドア派だし陽真はアウトドア派なんだ。今日はツーリングでも行ってるんじゃないかな」
「陽真先輩似合いそう」

 あの容姿ならやっぱかっこいいんだろうな。

「そう言う君は今日は妹君と一緒ではないのかい?」
「カリナは今日お義父さんの予定に付き合ってるらしいよ。会合みたいなんじゃないのかな」
「おや、それは残念ですね」

 大して残念そうに聞こえないその言葉を聞きながら、とりあえず手に取ったゲームを買おうかとレジに向かう。

「決まったんですか」
「うん、しばらく暇つぶせそうだし」

 値段的にも手頃だし。
 近場にあったレジでぱぱっと会計をすませ、ほんの少し過ごしやすくなった外に出た。
 武煉先輩このあとどうするの、って聞こうとしたら、先に先輩が口を開く。

「蓮はこの後予定でも?」
「んー、いや? 予定はないから帰ったらゲームしよっかなって。武煉先輩は予定あるの?」
「いや、俺もなくてね。もし良ければお茶でもどうかなと思ったんだけれど」

 どうかな? と首を傾げてくる武煉先輩。この先輩たちお茶会好きだよね、なんて的外れなことを思いつつ、まぁどうせ暇であることには変わりないからと頷いた。

「いいよ、帰ってもゲームするだけだったし」

 そしたら、一瞬武煉先輩が驚いた顔を見せる。
 ただそれは言葉通りほんとに一瞬で、またいつもの穏やかなほほえみに戻った。

「どしたの?」
「いえ、俺はてっきり蓮には嫌われていると思っていたからね」

 西地区の方に歩き出しながら、そんなことを言われた。
 確かに”ものすごく大好き!!”なんてわけじゃないけど。

「別に嫌いでもないよ?」
「けれど妹君に対してはすごいじゃないか」
「そりゃ大事な妹に不埒な輩が手を出そうとしたら誰だって当たりはきつくなるでしょ」
「不埒とはひどいね」

 この人ほんとに残念そうには見えないように笑うなぁ。メンタル相当強いのかな。そこはまぁ置いといて。誤解というのはさっさと解いた方がいいと知っているので「とりあえず」と切り出す。

「ん?」
「俺は武煉先輩の女癖の悪さが好きじゃないだけでそれ以外は別に嫌いでもなんともないよ。良い先輩だと思うし」

 ほんとに女の子関係以外は。
 そう言えば、武煉先輩はまた笑って。

「人として嫌われていないなら良かったよ。俺も蓮のことは好きですよ」
「わーありがとー」
「全然嬉しそうではないね」
「むしろここでものすごく嬉しいとか言っても困るでしょ」
「それは中々困りますね」

 なんて笑って。
 六月からほんの少し馴染みの店になりつつあるカフェへと入っていった。

「何か話したいことでもあったの?」

 奥の、日当たりが良さそうな場所に向かい合って座る。
 さっき置かれたアイスティーに砂糖を混ぜながら聞いたら、

「いえ、これと言って特別に話したいことはないんだけれど」

 言って、コーヒーを飲んでから笑った。

「妹君には仲良くしたいなら兄君を攻略しろ、と言われていてね」

 カリナさんいつの間にそんな話してたの。

「まぁ変なことしたらその首吹っ飛ばすからね俺」
「さすがにこの年で吹っ飛ばされるのは勘弁願いたいですからね。それに向こうのカップルさんは陽真がちょっかいかけているようですから。俺はこちらにちょっかいかけてみようかなと」
「先輩たちのその役割分担なんなの??」

 空の旅といい何故分ける。冷たいアイスティーを飲んでからテーブルに肘をついて、呆れた目線をくれてやった。

「リアスたちが気になるならそっちちょっかいかければ?」
「おや、別にわざわざ分けているわけではないよ。俺が気になるのはこちらの双子さんですからね」
「双子じゃなくてカリナでしょ」
「君のことも中々興味はあるよ?」

 それはそれで遠慮願いたいわ。

「まぁ詳しくは君の妹君への思いや考え、かな」
「俺恋愛的にはカリナのこと見てないから」
「どうしてその思考に至ったかはわからないけれどそれは安心だよ」

 言って、武煉先輩は笑う。さっきの残念そうに見えないのと一緒で、ものすごく安堵した、っていう風には見えない武煉先輩にとりあえず。

「武煉先輩ってほんとにカリナのこと好み、とか狙ってる、とかあるの?」

 そう、聞いてみる。カリナを好みであると言った武煉先輩。確かにあの場ではクリスと比較しての状況だったけど。カリナにちょっかいかけるようなことはしてくるし、何より、あの空の旅でカリナの髪に触れながら「好みだ」と言った武煉先輩の目は割と本気だったように思えたから。

 伺うように見た武煉先輩の目は、あの日と同じ。微笑んではいるけれど、真意は読めず。

 ただ読めないのにどこか、ちょっと本気そうな目。

 そんな先輩は、笑って口を開く。

「兄君に言ったら首が飛ばされそうなんですけどね」

 あーー。

「その言葉だけでわかったからもういいわ」

 それ以上はいいと手で制してから、アイスティーを口に含んでカラカラと氷の音を奏でながらストローをかき混ざした。

 ……まじか。本気だったか。
 いや別に人の思いにどうこう言う訳じゃないけど。大事な妹に魅力があることはとても良いことだけれども。

「もっとまじめな人がよかった」
「その本心は隠して欲しかったよ蓮」
「それほどまでに武煉先輩は俺にとってまじめな人じゃないってことだよ」

 あの女癖の悪さがとくに。氷をかき混ぜる手は止めないまま、困ったように笑う武煉先輩を見た。

「まぁでも、気持ちはどうあれ変なことしたらその首飛ばすから」
「おや、物騒だね」

 殺気を込めてそう言ってみるも、武煉先輩は意に介さず今度は楽しそうに笑った。この人ほんとに本心読みづらいよなぁと少し味の薄くなったアイスティーに口を付ける。

「でも蓮」
「はーい?」
「もしもの話ですよ?」
「うん」
「もしも、万が一華凜が俺のことを本気で好きなったらどうします?」
「あぁ、億が一好きになったら?」
「だいぶハードルが上がりましたがそうですね」

 テーブルに肘は突いたまま、ぼんやり少し外を見る。
 カリナが武煉先輩を好きになったら、ねぇ……。考えるまでもないや。

「カリナが本気で好きになったら応援はするよ」

 そう、言ったら。何も言わない武煉先輩。目を向けたら、まぁ大層驚いた顔。うん、でしょうね。

「”警戒心がすごいのに本気で好きになったら許可するんですか”、って感じ?」
「君は読心術までできるのかい?」
「んなわけないでしょ。クリスでも予想できるよ」

 今さりげなくクリスティアをバカにしてしまった気がするけど気にしない方向でいこう。

「当たり?」

 首を傾げて楽しげに聞いたら、困ったように頷いた。

「君も龍もいまいちよくわからないね」
「なんでそこでリアス?」
「空の旅のことを陽真から聞いてね。もしも刹那と別れることになったらどうするんだと聞いたら」
「あぁ、素直に別れるって?」
「そうです。あれだけ心配して執着しているのに、と陽真は本当に訳のわからない顔をしていたよ。俺も今その気持ちがよくわかります」
「まぁねー」

 全員これ同じなんだろうなぁ。
 お互いの大事な人の為に繰り返してる運命。リアスはクリスティアを守りたくて。クリスティアは、リアスに想いを伝えたくて。俺はカリナを救いたくて。カリナは、きっと自分のせいで俺が辛い決断したんだってことをどうにかしたくて。

 全員が、大事な人に執着しているからこそ何度も繰り返してきた運命。じゃあもしも、その大事な人の気持ちが自分以外に行ったなら?
 答えは簡単。手放す。そのことが寂しくないわけではないけれど。

「自分で決めた人生じゃん?」

 あっさりと「はいそうですかさようなら」と踏ん切りが着く訳じゃない。クリスなんてたぶんずっと泣くんだと思う。この長い人生が、お互いに執着したまま延々と続けばいいなとも思う。
 けれどたくさんの出逢いがあって、人生の分岐点は何百、何千とある。そこで大事な人の執着が、違う人にいってしまうのも。

 きっと運命だから。

「カリナが永遠に武煉先輩と一緒にいたいんです、って決めたのはカリナ。それを止めるのは、俺のただのわがまま」

 リアスやクリスティアのように、お互いが大好きでこの人と一緒にいたい、って思うのであれば。

「本気でカリナが武煉先輩を好きなんだ、っていうなら応援するよ」

 彼女が短い人生の中で、最期に幸せだったと言えるなら、それでいい。

「ただ、武煉先輩はあまりにも女癖が酷すぎるので。武煉先輩からカリナに変なことをしでかさないようにしてるだけです」

 そこまで言って、俺の意見は言いきったとばかりにまたアイスティーを飲む。

 少しの沈黙の後、くすくすと笑い声が聞こえた。目を向けたら、優しく笑ってる武煉先輩。

「おかしなこと言った?」
「いえ、君たちは達観しているんだなと」
「そりゃ長年生きてるからね」

 その長い長い人生の中で、見つけた答え。

「大事な妹が誰かの手に、っていうのは複雑だけど。幸せならいいんじゃない」
「これは兄君から許可が出たと思っていいのかな?」
「あくまでカリナが本気で武煉先輩を好きになったらの話だからね」

 念押ししてみるけど、楽しげに笑ったまま。これ絶対了承ってとられてる。武煉先輩をにらんで。

「カリナをそーゆーお友達にしたらまじで許さないから」
「おや、でも華凜が望んだらいいんだろう?」
「カリナはそういうのは望まないよ」
「けれど彼女は”最低な人が好み”と言っていたよ」

 それを聞いて、俺がちょっと驚く。その顔を見て不思議そうな武煉先輩に、俺は驚いた顔のまま。

「そんなこと言ったんだ? 武煉先輩に?」
「おや、華凜のタイプはご存じなかったのかい?」
「あぁ、そうじゃなくて」

 簡単に自分の深い部分話すタイプじゃないのに。

「どこまで聞いたの?」
「タイプの話かい? 生憎聞いたけれどそれ以上は秘密とかわいらしく拒否されてしまってね」

 肩をすくめる武煉先輩に「ふぅん」と返した。

「まぁとりあえず、俺の最低は彼女の好みの最低とベクトルが違うとは言われたけれどね」
「あぁ、うん、そうだと思う」
「それと女遊びをやめたらいいのかいと聞いたらそれこそ願い下げだと言われたよ」
「むしろやめられるの?」
「どうだろうね」

 あ、これ絶対やめる気ない顔。

 武煉先輩はコーヒーをすすってから、「まぁ」と続けた。

「彼女のその好みの最低具合もわからないし、今は詰んでる状態でね」
「だろうね」
「兄君は知っているんですか?」

 首を傾げられながら問われる。そりゃこの長い人生ずっと兄妹やってきてるし、傍にいたんだから。

「知ってるよ」

 けれど。

 きっと妹もやったであろう。人差し指を口元に持って行って。

「秘密だけどね」

 そういたずらっぽく言ってやれば、一瞬驚いた顔を見せて、武煉先輩は楽しそうに笑った。

「さすが双子さん、やることも言うことも一緒だね」
「そもそも知ってても聞く気もないでしょ武煉先輩」
「ふふっ、そうだね。そういうことは自分で彼女から聞いていくことに意味がありますから」

 あぁ、そこは結構しっかりしてるんだ。

 とりあえず、と空になったコップの氷をつつく。

「深追いするのはやめといた方がいい、っていうのは言っとくよ」
「大事な妹君を傷つけたくないから、かな?」
「それもあるけど」

 自分が映るコップから武煉先輩に目を向けて。

「武煉先輩が後悔しない為に、かな?」

 そう笑ったら、本当に不思議そうな顔が返ってきたので、また笑ってあげた。

『彼女という存在すべてに、後悔しないように』/レグナ

志貴零

 リアス様は、モテる。

「炎上それでここはさぁ」
「だから何故俺に聞く……。お前が仕切るものじゃないのか」
「炎上のプロデュースめっちゃいいんだもん」
「”だもん”じゃねぇよ」
「それでここさ」
「従業員が派手なんだから中は抑えろ。ごちゃごちゃする」
「わぉさっすが!」
『炎上君この素材どう思う?』
「見なきゃわからん、数センチでもいいから買ってこい」
『はーい! 明日買ってくるね!』

 正しい判断、かっこいい顔。
 頭は良いしコーディネートも良い。まさに……なんだっけ、さい? さいしょく? さいしょくけんび?

「…」

「テーブルとか拘りたいんだけどどうかな炎上くん」
「この二週間弱と文化祭が終わった後どこに置く気だ」
「えぇー」

 文化祭。
 当日もとっても楽しいけれど、準備だって楽しいもの。

 しかも、意外と気になる人と近づけるチャンスだったりする。

 重い荷物持ってくれたり、たまたま教室で二人きりになっちゃったり。そうやって二週間くらい微妙な距離が続いて、文化祭で告白。

 そんな少女マンガであるような光景を、今わたしは目の当たりにしてる。

 九月後半。三連休が終わって、本格的に始まった準備期間から数日。授業はそのまま、放課後と、HRの時間に準備。今日はそんなHRの時間の準備中。
 美織たちと廊下に出て、教室の入り口どういう風にデコレーションしよっか、って話してるときだった。たぶんどっか荷物取りに行こうと教室から出てきたリアス様に何人かの女子が続く。さりげなく文化祭のこと聞いてるけど、絶対近づきたいから。

 あれがハーレムですか。良かったですねリアス様。

 なんて本人に言ったら絶対「良い」とは言わないのは知っているけれど。皮肉を言ってしまうのもしょうがない。だって良い気はしない。大好きな人が理由があっても下心ある女の子に囲まれてるんだもん。

 それでも今回飛び出してリアス様に抱きつかないのは、この三連休でイヤと言うほど言いつけられたから。
 眠いとき、ぼんやりしてるとき、真面目なときもそう。何度も何度も何度も何度も。

 わたしだってわかってるもん。クラスで頑張ってるもの壊す気なんてないもん。ただやっぱりむかむかはする。

「……なちゃん」

 無意識に手に力が入る。リアス様の後ろ姿を見つめて、なんとなく、七月頃に見た夢も思い出してしまう。
 寂しさや悲しさも思い出して、左手が右腕に伸びそうになったときだった。

「刹那ちゃん!」
「!」

 隣にいた、美織の声で引き戻された。行き場のなくなった左手は右腕の裾を掴んで、美織に目を向ける。

「…なぁに…?」
「聞いてたかしら? 風船とか着けるのとレース着けておしゃれにするのどっちがいいかしら、って話」
「あ…」

 まっっったく聞いてなかった。

「風船だといきなり割れたら見栄え悪くなっちゃうかしら。動物とか作ったら可愛いと思うんだけれど」
「道化の言い分はわかるが僕はレースとかの方が無難だと思うぞ。それに風船は残ってたとしても後々割るからね」
「そうよねぇ」

 なんて、結と美織の会話を聞きながら、もっかいリアス様がいた方向をみる。

 けどもう、いない。

 なんだか夢が現実になったみたいで、ちょっと胸が辛くなる。

「外装はちょっとファンシーに、だったわよね」
「そうだな! 風船の代わりにカラーボールとかはどうだ? 自由は利かないが飾りにはなるよ」
「あーそれもいいかも! ねぇ刹那ちゃん?」
「え、あ、うん…良いと思う…」

 ぱっと話を振られて、なんとなくしか聞いてなかったけど頷いた。

「確か備品の貸倉庫作ってくれてるって言ってたわよね。カラーボールあるか見に行ってみる?」
「そうしようか。レースは衣装のものを一旦拝借しよう」
「そうね。波風くーん!」
「はーい?」

 美織が教室で衣装の方をやってるレグナを呼んだ。ドアから、待ち針を加えたレグナが顔だけ出す。

「どふぃたのみふぃのか(どしたの道化)」
「貸倉庫行こうと思うのだけれど。刹那ちゃん連れてって良いかしら?」
「わたしも…行くの…?」
「男の僕より女性の方がそういう分野は長けてるじゃないか」

 聞いたら、結が答えてくれる。わたしそこまでセンスあるかわかんないけど。

「というわけで刹那ちゃん連れて行きたいの。いいかしら?」
「えー……」

 レグナの顔が、”リアスにバレたら怒られるの俺”って言ってる。ただ衣装の合わせとかデコレーションとかで忙しいレグナは離れられないし、わたしも針物はできるけどそこもあんまりリアス様良いって言わないから進んでお手伝いもできないし。でもただえさえいろいろやってもらってるからお手伝いはしたいわけで。

「…龍に見つかったら緊急だった、って言っとく…」
「んー」
「あたしも一緒に怒られるから大丈夫! ねぇ祈童くん?」
「僕も巻き添えか……。まぁ炎上とて、頑張る恋人を咎めたりはしないと思うよ」

 そう、言えば。

「んーわふぁった、なんふぁあったられんふぁふふぃて(なんかあったら連絡して)」
「何言ってるかほっとんどわかんないけどわかったわ!」
「僕は君のそういうところがものすごく不安だな道化!」
「連絡して、ってことだと思うよ…」

 なんとなくの言葉から拾ったレグナの言い分を言ったらレグナが頷いたので合ってたみたい。
 そこで、教室の中からレグナを呼ぶ声が聞こえた。

「んじゃお願いねみふぃのか(みちのか)、祈童」
「任されたわ! 行きましょう刹那ちゃん!」
「ん…」

 歩き出す美織と結に続いて、歩き出した。

「あら」
「ごった返しているね」

{{{
 クラス校舎から離れた、倉庫のとこ。使わなくなったものとか置いてて、文化祭期間中は貸倉庫として使ってるんだって。買う前に似たようなもので試し置き、みたいなのに使えるから一年生だけじゃなくほかの学年の人も来る人も多いみたいで。外から見るだけでも中まで人でごちゃごちゃしてるのがわかる。

 ──うん。

 これはさすがに行けない。
 隣の美織と結を見上げて、眉を下げた。}}}

「人混み、だめって言われてる…」
「炎上にか?」
「ん…」
「じゃあ刹那ちゃんここで待ってて。けがさせたらそれこそ雷食らっちゃうもの。あたしと祈童くんであの戦場に行くわ」
「わかった…」
「僕も行くのか」
「男の子でしょう? まさか祈童くんは女の子一人に行かせるのかしら」
「こういうセールのようなものは女子の得意分野と聞くけどね」

 なんて笑いながら、まだ人がごった返してる倉庫の中に入ってった。すごい勇者。頑張って二人とも。

 さてわたしはどうしよう。お手伝いしたくて着いてきたのに結局なんもできてないや。レグナの方で無理言って針物のお手伝いした方がよかったかな。

 そう、周りを見回しながら思ってたとき。
 貸倉庫のちょっと離れたとこに、もうひとつ、”貸倉庫”って描かれた看板が立てられてる建物を見つけた。
 でも、こっちみたいに人はいない。

 なんだろ。空っぽなのかな。でも看板立ってる。

 一旦美織たちが入ってった倉庫に目を向けて、また人がいない倉庫に戻す。

 あっちにカラーボールとかあるのかな。まだ美織たち帰ってこないし、のぞくだけなら大丈夫だよね。

 そう思って、立ち上がる。

「…」

 もういっこの倉庫まで歩いていって、開けるより先にドアに耳を当てて誰もいないか確認。誰もいないことを良いことに告白してますとかだったら大変なので。

 ちょっと集中させて、耳を澄ます。

 気配もない。物音も、話し声もしない。

 …うん、誰もいないかな?

 ちょっと錆びたドアを開けようとしたときだった。

「氷河さん?」
「っ!?」

 思わぬ声に、思いっきりびっくりした。静電気が走ったみたいにドアノブから手を離して、後ろに目を向ける。

 瞬間、自分の眉間のしわが寄った気がした。

「あは、俺だってわかった瞬間すごい顔」
「閃吏…」

 閃吏はわたしの顔見て楽しそうに笑ってる。まだ反射的にイヤそうにはなるけれど、とりあえず。

「なに…?」
「あ、うん。向こうの貸倉庫から出てきたらちょうど氷河さんがこっちに行くの見えたから。珍しく一人で行動してるなって」
「美織たちが中に行ってるから…」
「さっき中で逢ったよ。祈童君と一緒にいろいろ探してた」
「そ…」
「うん」
「…」
「……」

 走る沈黙。

 どうしろと。

 ていうかわたしはこっちの貸倉庫に用があったんだ。

「ね、この倉庫、なんもないの…?」
「え? こっちの?」
「人、いない…」

 同じ一年生だからわかんないかなとは思ったけど、一応聞いてみる。閃吏は周りを見回して、ほんとだね、って返してからこっちに近づいてくる。

「中にも?」
「気配は、しなかった…」

 わたしの言葉を聞きながら、さっきわたしがしてたように閃吏もドアに耳を当てる。

「ほんとだ、声何もしないね」
「こっちも貸倉庫、って描いてるのに…」
「もう空っぽとか?」
「でも、看板…」
「うーん、仕舞い忘れかな」

 閃吏はドアから耳を離してドアノブに手をかける。わたしもしようと思ってたからそれを見守った。

 手首をひねって、ドアノブを回す。

 けど。

「あれ?」

 ガチ、ガチッ、って音を立てて、一定のとこからドアノブが回んなかった。

「開かないね…」
「鍵かかってる感じの音だよね」
「ん…」
「うーん」
{{{
 開かないドアノブ回しながら、ドアの前で数秒。お互い思いいたったことが一緒だったのか、揃って看板の前へ。

 看板には、やっぱり”貸倉庫”の文字。
}}}

 それ以外には、何も描いてない。使用禁止、とも描いてない。

 二人で顔を見合わせて、またドアに戻る。

 もっかい閃吏がドアノブを回してみるけど、さっきと同じ。

「えっと、予想1。使用禁止の札のかけ忘れ」
「2…倉庫の解放し忘れ…」
「3、俺たちが忘れてただけで江馬先生たちがあらかじめ使用禁止、って言ってあった」
「4、七不思議的な感じで開かずの間…」
「5、実は中に人がいて、俺たちが来た瞬間に息を潜めてる」

 うわ5番超濃厚。

「……氷河さんたちみたいな実力者だと、気配消したりできるよね?」
「できるね…」
「……えっと、いかがわしい系、かな?」
「どうだろ…」
「仮に閉じこめられてる場合ってさ」
「気配消す必要ないよね…」
「意識失ってたら?」
「それなら、まぁ判別難しいかも…」

 二人で、ドアの前に立ち尽くす。

「でもさ閃吏…」
「ん?」
「貸倉庫って描いてるのにだれも来ようとしないの、変…」
「そうだよね。絶対誰かは一回は開けるよね」
「ん…」

 さぁどうしよう。さっき穴が開くほど看板は見た。周りをちょっと見てみるけど特に何か描いてるわけじゃない。

「でもさ、えっと、ここに来た人が全員開かないんだ、って思っただけで諦めてたら?」
「中、確認しようとしなかったってこと…?」
「うん、開かないんだぁで済んじゃってたら、もし中で人倒れててもわかんないよね」

 閃吏の言葉に、わたしも、言った本人の閃吏もたぶんちょっと冷や汗かいた。

「氷河さんの氷って、こう、鍵開けられたりする?」
「んー…」

 言われて、ドアノブの鍵穴を見た。結構ありきたりなタイプかな。

「たぶん、いける…」
「……開けてみよっか」
「…どうする、人死んでたら…」
「えぇーどうしよう……」

 なんて話しながら、わたしは鍵穴にあった鍵を氷で作る。
 それを差し込んで、回してみたら。

 ”カチャッ”

 音が鳴って、二人で顔を見合わせた。

 ドアに向き直って、閃吏がドアノブを回す。

 ”ガチャッ”

 あ、開いた。

「開いたね」
「閃吏先に行く…?」
「氷河さんこういうときだけちゃんと女の子だね?」
「普段のわたしはどうなの…」
「うーん、ノーコメント」

 うわ叩きたい。でもさすがに中で何かあったらまずいのでそれは抑える。
 ゆっくりドアを開ける閃吏の後ろから、中をのぞき見た。

 …まっくら。

 しかも。

「なんもないじゃん…」
「俺に言われても……」

 人もいなければ、棚にも何も置かれてない。

 何この地味ながっかり感。あと心配返して。

「電気ないのかな」
「わかんない…ていうか入るの…」
「こっからは見えないけど奥で人死んでたらやばくない?」
「うわぁ物騒なこと言わないで…」
「先に言ったのは氷河さんだよ」

 そう笑いながら入ってく閃吏に続く。

 瞬間。

 ”バタンッ!!”

「「!?」」

 思いっきり、ドアが閉まる音が聞こえた。同時に、ほんとにまっくらになる部屋の中。

「え、なに!?」
「ドア、閉まった…?」

 振り返った方向に体を向けて、手探りで歩く。壁にぶつかって、手を下げたら、ドアノブ。回してみたら。

 ”ガチッ”

 あらまぁ開かないじゃないですか。

「開かないんですけど…」
「嘘でしょ氷河さん」
「わたしがこの状況で閃吏にうそ言うと思う…?」
「あは、ないよね」

 言いながら閃吏の声が近づいてくる。若干目が慣れてきた視界の中で、閃吏の手がドアノブに伸びたのがわかった。
 回してみるけど。

「ほんとだ」
「でしょ…?」

 また”ガチッ”って音がして開かなくなってる。

「しかも氷河さん」
「はぁい」
「鍵、ないんだけど」

 ………はい?

「待って嘘でしょ」
「俺が冗談通じにくい氷河さんにこの状況で冗談言うと思う?」
「言わないよね知ってた…」
「ほらここ」

 こつこつ、って音を立てながら叩く場所に手を添える。
 さっき外側にあった鍵穴が、ない。

「…どういうことなの」
「オートロック式?」
「うわ超無駄…」

 しかもここのドア木だったんですけど。なに、アナログ式のオートロックですか。笑えない。

「とりあえず明かりないかな。氷河さんスマホ持ってる?」
「スマホ…」

 言われて冬服なら合ったポケットの部分に手をやって気づいた。

 スマホないじゃん。まずポッケないじゃん。

「ないや…」
「まじかぁ。俺もないや。すぐ戻るからって置いて来ちゃった」
「貴重品くらい持ってよ…」
「氷河さんそれブーメラン」

 知ってる。

「光の魔法とか」
「わたしは無駄なものは持たない…よって光の魔法なんてもってない…」
「うわぁ今超重要じゃん」
「次回から持っとく…」
「今持ってて欲しかったよ」

 話しながら、二人して動き出す。閃吏が左方向に行ったのが見えたので、私は右方向に。壁に手を添えながら、奥に向かって歩き始めた。

「電気ありそう?」
「ない…」

 そもそもここ電気ってあるの。上を見てみる。目を凝らして見てみたら。

「閃吏、そもそも電気自体なさそう…」
「嘘じゃん」

 電球らしきものが見あたらない。電気はないのか。窓とかないかな。

「窓はどう? っと」
「わっ」

 確認しながら歩いてたら、何かとぶつかった。制服だってわかって見上げたら、閃吏。

「…えっと、窓もないみたいだね」
「そうね…」

 どうしようもできなくて、とりあえず二人肩を並べて座った。

 ぼんやりと、まっくらな部屋の中を見る。

 くらい。

「魔術で穴あけたり、ってできないの?」
「学校のものって安易に壊したりできないように結界張ってる、って話なかったっけ…」
「あ、俺ヒューマンだからって聞いてなかったかも」
「確かそうだったはず…」

 能力者が多いから立て替えとか頻繁にしないように、って。ということは強度自体もものすごいわけで。

「どうしよっか」
「どうしようもできないね…」

 二人で、ため息をついた。

「こう、炎上君にテレパシーとか送れないの?」
「干渉型じゃあるまいし…」
「あーそっかぁ」

 それに。

 あぁ、思い出しちゃった。

 自分の膝を、ぎゅって抱きしめた。

「龍、女の子たちといるし…」
「そういえば資料室の方に行くって言ってたかも」

 ここと真逆じゃん。

 今頃うざそうにあしらってるんだろうか。

 それとも。

「…」

 ふっと前を見たら、まっくら。

 こういうときの、まっくらは嫌い。

 独りぼっち、って思い知らされるよう。

 このままリアス様が帰ってこないんじゃないか、って不安になる。

 わたしは、何も言えないから。

 だめだ。
 頭を振って、思考から離れる。

 いっつも言う。他の女は無理だ、って。お前だけだって。だからわたしのこの考えは間違え。

 なのに、前を見たら、ここに来る前の光景がちらつく。

 夢と、重なる。

 無意識に、手に力が入った。

「氷河さん?」
「…」
「暗いの苦手? 大丈夫?」
「へいき…」

 思考から離れたくて、腕に爪を立てる。
 いたくない。

 じゃあ、夢?

「氷河さん」

 夢だと痛みがない、って言ってたよね。

「氷河さん!」
「!」

 肩を揺さぶられて、はっと我に返った。
 目の前には、翡翠の目。

 ちがう。

「大丈夫?」
「ちがう…」
「氷河さん?」
「ちがう」

 リアス様じゃ、ない。

「いなくなった…?」
「いない……誰が?」
「リアス様は?」

 不思議そうな目をする目の前の人に、いないんだと言うことを思い知らされて。

 さらに、手に力が入った。

 あぁ、でもまたいたくない。

「帰らなきゃ」
「待って今外出れない」
「やだ、だっていなくなっちゃう」
「”リアス様”はちゃんと来るから」

 立ち上がって探しに行こうとしても、止められる。

「離して」
「大丈夫だから、ちょっとだけおちつこ」

 手をふりほどきたいのに、ふるえて、力が入らない。引っ張られるまま、また地面に座る。

「リアス様、どっかいっちゃった…?」
「どうしてそう思うの?」

 手に力が入るのは変わらず、うつむく。小さく言ったら、優しい声が落ちてきた。

 どうして。

 そんなの決まってる。

「なにもいえない…」

 わたし、想いを言えない。

「だいすきなのに…りあすさまのこと、だいすきなのに…ずっと、いえないまま、だから…」
「うん」
「りあすさまがわたしのこといやになっちゃったら、どうしよう」

 目から、涙が出てくる。

「”リアス様”は、嫌い、って言ったことあるの?」

 首を、振った。

「でも、ずっといえなかったら、ほかのひと、りあすさまのことすきって、いうひとのとこ…いっちゃう」
「大丈夫だよ」

 その声に、目を上げた。

 紅くない。翡翠色の、優しい目と合った。大好きな色じゃないのに、笑ってこっちを見てるその人に、何故か安堵した。

「もし君が言えなくても、それも含めて、”リアス様”は君のことが大好きなんじゃないかな」

 真っ暗な中でも見える優しい微笑みに。嘘かもしれないと思うのに。

「そう、かな…」

 信じたくなってしまう。
 首を傾げながら聞いたら、頷かれた。

「だから大丈夫だよ。きっとすぐに、”リアス様”は君のとこに来るから」

 リアス様みたいな、言い聞かせるような言い方に。

「ん…」

 小さく頷いたときだった。

 ガンガンと、扉を叩く音。

「誰かいるか!」

 その直後、聞こえたのは、大好きな声。

「リアスさまっ!」
「ほら、来たね」

 優しくそう言う声に頷いて、音がする方に走り出す。

 今度は、止められなかった。

 ドアまでもう少し、ってところでゆっくりドアが開く。小さな明かりが、段々と大きくなって。

「刹那!」

 大好きな人が、立ってた。
 紅い目に、その声に。安心して、走った勢いのまま、思い切り抱きつく。

「りあすさまっ…」
「っお前…」

 何か言いたげだったけれど、強く強く抱きついたら。

 安心したように息を吐いて、強く抱きしめ返された。

「それで? 二人してドアを開けたはいいが出られず連絡も取れずだったと?」
「あは、そうなるね」
「笑い事じゃないんだが」
「えっと、ごめんなさい」

 あの後。リアス様に助け出されて、閃吏と二人で外に出て。近くのベンチでわたしが落ち着いてから。

「刹那」
「ほんとにごめんなさい…」

 お説教タイムです。

「びっくりしたわよ、いないんだもの」
「帰ったのかと思ったら教室にもいなくてね。思わず近くにいた炎上に助けを求めたよ」

 わたしがいなくて駆け回ってたらしい美織と結も混ざる。

「携帯もバッグにあるわ色々見てみてもいないわどこに行ったかと思って華凜に魔術モニター展開させたら変なところにハーフとヒューマンの反応が出るじゃないか」
「ん…」
「まさかと思ってきてみたらこれか」
「ごめんなさい…」
「そもそもここは使用禁止のはずだが?」

 言われて、閃吏と顔を合わせる。またリアス様に向き直って。

「やっぱり、言われてた…?」
「は? 何を」
「えっと、使用禁止、って言われてたかなって」
「あら、言われてたもなにも、ドアに使用禁止の札かかってるじゃない」
「札…?」

 美織の言葉に、閃吏とそろってドアを見た。

 そこには、入るときにはなかった”使用禁止”の札。

 まじですか。

「ドアがおかしいから、僕らが行った貸倉庫が急遽できたと聞いたよ」
「そ、そっかぁ」
「見えてなかったの? 何か物音とかでも聞こえたのかしら?」

 一切聞こえませんでした。

 ってことはこれって。

「閃吏…」
「うーん、まさか心霊現象この身で体験するとは思わなかったなぁ」

 そう言ったら、三人に「はぁ?」って顔されました。

『きっとこれも、運命のいたずら』/クリスティア

志貴零
 さぁどうしましょうか。

 目の前の人を、見る。

 視線に気づいた先輩は、いつか私がしたであろう、人差し指を口元に当てて微笑む。それを見て、小さくため息を吐いた。

 神様、どうして私はこうもタイミングが悪いのでしょうか。

{{{
 始まりは、資料室へとデザイン資料を借りに来たところから。
 テーブルクロスのデザインなどの参考に、ある意味貸倉庫状態になっている資料室から数冊の本を拝借しようとしていました。中身をパラパラ捲りながら、選んだのは四、五冊ほど。ちょっと重いしリアスを連れて来れば良かったですかねぇと思いつつ、教室から出るため資料本のある部屋から作業部屋に移動しようとしたときです。
}}}
 ガタガタ、と扉を開ける音が鳴りまして。

 あら他にも資料を借りる方ですかねと重い資料を持ち、作業部屋まで後一歩。そして片方の足が入りかけた瞬間。男女の声が聞こえました。

「ここなら誰もいないよね」
「う、うん……それで話って何かな?」
「あ、えっと」

{{{
 思わず足が止まる。これはまさかそういう──? なんて予想がよぎりますよねこんなの聞いてしまったら、

「文化祭、一緒に回りたいなって思っててさ」
「あ、あたしも」

 しかし幸運にもお話は違ったご様子。ただこちらは不幸にもタイミングが悪かった。

「ほんとに? いつ、空いてるかな」
「えっと、まだちゃんと決まった訳じゃないんだけど」

 すみませんそういうのはシフト決まったあとにしてください。こちとら重い資料五冊抱えて割と腕がプルプルしてきてるんですよ。別に告白じゃないなら行けばいいじゃないですかとも思うんですけれどもなんとなくこっそりしているのがあれででるタイミング失ってしまったんですよ。物音立てるのも憚られて作業部屋に入る直前でさっきの体制で硬直してるんですよ。

「でね、こんな感じで……」
「そっか、俺もここはね……」

 けれど願いはむなしくお二人の話は続く。ですよね知ってましたわ。

 とりあえず本をどうにかしたい。どうしましょう、テレポート? 時間かかりそうですがその方がいいかしら。彼らのもだもだした話の進みだと私の腕が引きちぎれるのも時間の問題ですよね。この本たちにテレポートの術式展開して、私も自分で魔力を練って……

 あ、その前に腕がちぎれそう。

 とりあえず本を置きたい。このままでは何をしようが今置かない限りどのみち腕がもげる。ただこの量は絶対置いたときに音が出る。さぁどうしましょう。どうしてリアスを連れてこなかったのかしら。そしたら全部本持たせて私の腕が悲鳴を上げる事なんてなかったのに。
}}}
 なんて今はいない男に理不尽な恨みを送っていたとき。

「!!」

 ふわっと、軽くなる腕。目の前から消える数冊の本。
 思わず消えていった方向に目を向けたら。

 三冊の、私が持っていた資料を片手に微笑んでいる、武煉先輩。

「え、ぶれ──」
「しっ」

 声を上げた瞬間、人差し指で制止される。そうでした今隠れたいんでしたと思い出し、武煉先輩を再び見上げたら。

 目で、「こっちへ」と合図。そこはさっき私がいた資料本棚の少し奥。
{{{
 普段ならもちろんお断り案件ですが、今はある意味緊急事態。これは従った方が賢明ですねと、静かに歩き出す彼に着いて気配と足音を消しながら奥へと進みました。
}}}

「ここならたぶん大丈夫だよ」
「……狭いんですが」
「我慢してくださいね華凜」

 軽くなった本をそっと置いて、導かれた場所へ座る。
 資料本棚の奥、教室の角にあたるそこは、人一人入るには余裕があるかな、くらいのスペース。壁に凭れるよう座れば、武煉先輩は少し私に覆い被さるようにして座ってきました。

「……何故武煉先輩は覆い被さっているのでしょうか」

 向こうには声は届いていないだろうとわかっていながらも、こぼした言葉は小声。

「仕方ないでしょう、ここしかスペースはないんですよ。大丈夫です、万が一の時は俺だけ出れば君はバレないので」
「まぁ先輩意識の高いこと」

 そんな小さい声の会話の中で、向こうで話す男女の会話が終わるのをまだかまだかと待つ。
}}}

「じゃあ、一応二日目の午後、って感じかな」
「そうしよっか」
「うん、そ、それでさ」
「? なぁに?」

 まだ続きますか。いいじゃないですかもう予定決まったんでしょ。ため息が出そうになるのこらえ、いいじゃないですかと思いつつも耳を傾ける。

 瞬間、ガタガタという音。

 何事ですか。え、まさかの? そういう?

 なんて予想はまた外れたようで。向こうの男女も焦った声を上げる。

}}}
「え、誰か来た?」
「ちょ、こっち、奥行こう」

 なんてこと言うんですか男子。奥って絶対こっちの資料室じゃないですか。こっちは予想通りで、ぱたぱたと足音が近づいてきました。

「おや、こっちに来ましたね」
「どうするんですか……」
「おとなしくしていれば平気だよ。ここ、案外バレないんですよ」
{
 言い方的によく来ているのかしら。今はそこは置いておいて。幸いなのか不幸なのか先ほどの物音はただ教室を通り過ぎただけのよう。
 ただ男女は先ほどより近くなったご様子。先に声を発した女子生徒の声が近く感じます。

「で、どうしたの?」
「あ、う、うん。ちょっと、言いたいことあって」
「なぁに?」

 女子の促しに、男子は少しもだもだと悩む様子。あーだのえっとだのこぼしながら、時折こくりと喉が鳴る音。どこか緊張した雰囲気も感じられる。

 これは告白ですか。

 えっ告白ですか? この文化祭前に? 振られたらさっきの文化祭のお約束おじゃんじゃないですか大丈夫ですか。

「えっと、」
「うん」
「おれ、その、」

 しかしこちらの問いなど当然のごとく伝わらず。

「君の、こと。好きなんだ!」

 言ってしまった。このタイミングで言ってしまった。大事な告白聞いてしまってごめんなさい。

 心で懺悔を繰り返しつつ、訪れた沈黙が破られるのを待つ。

「え、っと」

 しばらくして聞こえたのは、少し戸惑ったような女子の声。当事者ではないのに私も息を呑んだ。

「……」
「……その、」

 緊張が走る数秒。それを破るかのように聞こえたこくりという音のあと。

 女子生徒が、言いました。

「わ、たしも! 好き、です!」

 わぁおめでとうございます。そして夏休みのチェスのごとくご退場を願いたい。

「ほ、ほんとに!」
「ずっと、好きでした」
「あ、じゃ、あこれから、よろしく、ってことで?」
「う、うん!」
{{{
 そんな思いもお二人は当然知らず。
 想いが通事合ったとわかったとたん、先ほどの緊張感あふれる空気が一気に甘くなりました。
 独特な雰囲気なんですがこれこのまま変なことし出したりしませんよね。しませんよね。
 さりげなく布がこすれるような音し始めてるけれど大丈夫ですよね。ちょっとおててが早いんじゃないですか。
}}}

 さぁどうしましょうか。
 目の前の人を、見る。

 視線に気づいた先輩は、いつか私がしたであろう、人差し指を口元に当てて微笑む。

 あぁ、その指へし折りたい。

 ため息を、吐いた。

「ねぇ、もう戻らなきゃ……」
「もう少しだけ」

 もう少しだけじゃないですよ正しい壁ドンでもしてやりましょうか?

「だめ? 少しだけ」

 だめですお帰りください。

「……、じゃあ、あと五分ね」

 どうして女子もそこでオッケーしちゃうんですか。さっき戻らなきゃって言ったじゃないですか。

 なんてどこにもやりばのない怒りが顔に出ていたのか。
 武煉先輩の肩が、揺れる。
 目を向けたら、おかしそうに笑った武煉先輩。今それどころじゃないんですよ。ずっと座ってて体は痛いし。

 どうにかしてください、と目で訴えれば、伝わったのか。彼はうーんと悩んで。

 男性にしては長い、横結びされた髪を、ほどいた。

 まぁ美しい。一瞬どきっとした心臓は見ないふり。

 と見とれているのもつかの間。

「え……」

 いきなり、武煉先輩は資料本棚から飛び出すようにぶっ倒れました。

 ぶっ倒れました??

「きゃぁ!」
「なんだ!?」

{{{
 どさ、っと音を立てるように倒れ、その後反応を示さない。え、何してるんですか武煉先輩。死んだフリ?? 突然のことに何がなにやら理解ができず、私は呆然と座ったままその倒れているお姿を見ることしかできない。
}}}
「だ、だれ……?」

 そんな中で、女子が声をかけてくださいます。おそるおそると言った彼女の声が聞こえたのか。

 目の前のその人は、ゆっくりゆっくり、顔は下げたまま体を起こしていく。顔はうつむいたままなので、自ずと髪の毛は下に下がる。そしてさっき倒れた勢いもあって、長い髪は顔を覆い被さるように前に来ていて。

 さながらテレビから出てくる心霊の女性のよう。

 この薄暗い中。いきなりそんな物が出てきたとなればまぁびっくりするわけで。びっくりどころではないわけで。

「う、わ、」
「きゃぁぁぁあああ!!」

 悲鳴を上げながら、ばたばたと教室を駆けていく足音。そして思い切り開けられた扉の音。叫んで出て行きましたか、と理解する。そして武煉先輩の為したことも。
{{{
 出て行ってから数秒。先ほどと変わって呆れた目を差し上げた私を気にもとめず、武煉先輩はいつもと変わらない笑みでこちらを向きました。

「行きましたよ華凜」
「そのようですわね……」

 少々笑いを含みながら伝えられた言葉に、呆れはありつつもこれでやっと出られると腰を上げる。狭い場所から出ると、リアスよろしく武煉先輩は落ちてきた髪を後ろにかきあげました。あらまぁイケメン。

「助かりましたわ」
「お役に立てたならよかった」

 私髪かきあげるの好きなのかしらと的外れなことを思いながら、スカートの埃を払う。

「それにしてもすごい勢いだったね」
「私も向こう側でしたら同じように逃げてますわ」
「おや、そうかい?」
「そりゃいい雰囲気のときにあんなのがでてきたらびっくりでしょう」

 それもそうだねと笑いながら髪を結び直している武煉先輩に再度呆れた目線を送りつつ。

 そう言えばとふと、落ち着いたところで思い至りました。

「あの」
「ん?」
「武煉先輩はそもそもどうしてここにいたんですの?」

 資料室とはいえど人気のない場所に。しかも珍しく一人で。聞けば、数度瞬きをしてから、口を開きました。

「あぁ、君が知らないだけでここに俺はよくいますよ」
「女性遊び用の場所です?」
「ふふ、違いますよ。少しさぼりたくて」

 ほとんど人が来ないから丁度いいんですと笑う武煉先輩。
 見た目は優等生なのに案外不良なのかしら。

 そう思ったところで。

 簡単に結びなおした武煉先輩の髪が少し乱れているのに気づいた。
 さすがにその乱れはよろしくないでしょうと、先輩に近づいてポケットから櫛を取り出す。

「おや」
「失礼しますわ」

 膝を着き、一度結びをほどいて。茶色のきれいな髪を、きちんと髪を解かし始めた。

「ありがたいです華凜」
「このままですと無駄に良いお顔が台無しですから」
「無駄にはひどいね」

 ふふっ、と笑う先輩に「動かない」と制して、痛くないように髪を結っていく。

「意外と苦手なんです? 髪を結ったりするのは」
「いいや? 鏡がないと難しくてね。身だしなみは整えていますよ」
「あら、さぼりはするのにそういうのはきちんとしているんですね」
「もちろん。女性に近づくには身だしなみが大事だからね」
「まぁ最低なお方だこと」
「そういう男の方が好みでしょう?」
「以前も言いましたがあなたの思う最低と私が好む最低はベクトルが違いますから」

 ため息を吐いて、最後の括りを終える。

「はい、できましたわ」
「ありがとうございます」

 最後にぎゅっと締めてから、櫛をしまって立ち上がり。

「さてそろそろ行きましょうか」

 そう、本を持とうとした──ときでした。

「!」}}}

 パシッ、と左手を捕られる。思わず、出口側に座っている武煉先輩に目を向けたら。

 妖艶に笑う、深い青の瞳。

「……なんですか?」
「見返りを求めても?」

 そう、微笑んで首を傾げられる。

 ──見返り。

「……助けてくれたことへのお礼が欲しいと?」
「そうなるね」
「髪を結んで差し上げましたわ」
「それは俺が頼んだわけではありませんから」

 まぁ都合のよろしいこと。笑いながら、引っ張られるまままた座り直しました。そんな私を見る目はまた、読めない瞳。

「……またお茶なんていかがです?」
「二人きりだと嬉しいな」
「あら、もちろんお兄さまやカップルもご一緒ですよ? あなたの大好きな陽真先輩も」
「ふふっ、華凜は手強いですね」

 楽しそうに笑う武煉先輩に、笑い返す。さりげなく手を引いてみるも、そこは捕らえられたまま。けれど武煉先輩は何事もないように話し出す。

「この前兄君と偶然逢ってね」
「そう言えば、三連休に逢ったと言ってましたわ」

 しかたないのでそのままお話に応じることに。武煉先輩は逃げないことに気をよくしたのか、掬った私の手に視線を落とし、まるで大切なものを扱うかのように指をなでた。

「……その時に言われたんですよ」
「何をでしょう」
{{{
 聞けば、深い青の瞳は私を捕らえて。

「”俺が後悔しないように深追いはしない方がいい”、と」

 唇で弧を描きながら、あくまで穏やかにこぼした。

「……まぁ」

 その言葉はきっと、優しい兄の、優しい気遣い。

}}}
「……武煉先輩は、その意味を知りたいと?」
「話が早くて華凜は好きですよ」
「ありがとうございます。ですが前にも言ったはずですわ。秘密、と」

 そう言えば、武煉先輩は「それも兄君に言われたよ」と笑った。そしてすぐに、読めない目に変わる。

 身構えたのは一瞬遅い。

 けれど、と少しだけ手が引っ張られて。

 距離が、縮んだ。

「君を助けましたから。見返りを強請ってもばちは当たらないと思うんですが?」
「……」

 黙っていたら、そのままにこやかに続ける。

「何も君の好む”最低”を教えてとは言いませんよ。そこは俺が見つけてみたいので。ただ、どうして俺が後悔しないように、と言うのかが不思議でね。大事な妹が女癖の悪い先輩に本気になって後悔しないように、なら納得できるんですが」

{{{
 そ、っと手を引っ張った方とは逆の手が、私の頬に触れた。動じず、まっすぐ目を向ける。

「その言葉の意味だけでも知りたいなと思ってね」
「……それを知ったら、あなたは私から身を引きます?」
「内容次第かな」
「あらあら」

 はぐらかすように肩をすくめても、引く様子はない。どうしましょうか。ひとまず、考えるフリ。

「……そうですわねぇ」

 そのフリは、すぐに終わりました。

「俺としては中途半端な想いでは君に近づくな、ということかなと思ったんだけれどね」

 彼の言葉に、甘く笑う。

「むしろその方が良いのですよ」

 驚いている武煉先輩に構わず、頬に添えられた手に自分の手を重ねた。
}}}

「本気の思いになる前に。身を引いた方がいいという意味ですから」

 そう言えば、武煉先輩はほんの少し沈黙した後。

 楽しそうな目に変わった。

「そう言われるとさらに深入りしたくなるね」
「後悔しますよ?」
「後悔するかどうかは俺が決めますから」

 言いながら。

「……!」

 迫ってくる気配に、また笑った。
 いつものようににっこりとして、武煉先輩に告げる。

「まぁとりあえず、武煉先輩」
「はい」
「早めに身を引いた方が良いと思いますわ。理由は二つ」
「ん?」

 つられるように楽しげな武煉先輩の瞳が、

「一つはまだいいませんが」
「おや、──!」

}}}

 チャキ、と音がしたのと同時に、驚いたものに変わった。

 だから身を引いた方がいいと言ったのに。そうこぼすも、もう遅い。

「なーにしてるのかな、武煉先輩?」

 にこにこと笑っていれば、その声に聞き覚えがある武煉先輩も、また笑った。

「これは一本取られたかな」

 そう言う彼の後ろには、愛する兄。そして武煉先輩にの首もとには。

 容赦なく突きつけられた千本。

 そんな死を思わせる状況なのに、武煉先輩はいつもどおり穏やかに口を開く。

「テレパシーでも使ったのかい?」
「私たち、双子でもそんなことはできませんわよ」
「たまたま資料室に来てみたらこれだよ。俺言わなかったっけ、何かしたらただじゃおかないって」
「そうだね」

 穏やかながらも隙を伺っているのか、武煉先輩は気を緩めず警戒しています。

 けれど。

「……」
「……」

 後ろを取られてはどうしようもないと思ったのか、数秒の珍問くの後、私を捕らえていた手はするりと離れ降参というように手を挙げました。それでもレグナは千本を下げぬまま。

「武器を下げてほしいな蓮。俺は華凜を助けたお礼に見返りをいただいただけですよ」
「カリナ」
「少し強行されましたわ」
「おや華凜、裏切るなんて──いたたたた刺さってます蓮、地味に刺さってます」
「刺してるんだよ」
「そんな当ててるんだよみたいな感じで刺してこないでください」
{{{
 あらあらお兄さまったら血気盛んなこと。他人事のようにその一連やりとりに笑って。

「さて」

 手も自由になったことですし、今度こそ立ち上がり本を持った。そうして、武煉先輩に向き直る。

「先ほどの、一つは教えてあげますわ」

 そんな私の持つ本の量を見て、レグナはようやっと千本をしまいこちらに来て数冊ほど持ってくれました。お礼を言って、首元を押さえている武煉先輩へ。
}}}

「兄に殺されて後悔しないように。あまり本気にならない方がいいですわよ」

 そう、”冗談”を言ってあげれば。

「……油断ならないね」

{{{
 何かを感じ取った武煉先輩は、珍しく引き気味に笑った。
}}}

『いつか必ずやってくる終わりに、後悔しないように。』/カリナ
志貴零
「これもかなぁ」

 文化祭準備の放課後。今回準備中は衣装をメインに担当してるけど、実行委員が気を利かせてくれて息抜きついでに店の参考になるもの探してきてと言ってくれたので、クリスティアと、2学期に入ってからは割と行動することが多い祈童、道化と一緒に図書室に来た。
 水曜日にクリスが閉じこめられたこともあってリアスの過保護はまたちょっと進行中。そして何故か道化と祈童も心配だとなって何故か4人で行動することが多くなった。これ過保護増えないよな。

 なんて思いながら、二手に分かれて参考になりそうな本を漁る。

「これは…?」
「あ、いいかも」

 隣のクリスが指さした本を手に取る。かわいらしい表紙で、ちょっと店の雰囲気にも合いそう。

「どのくらい、いるの…?」
「んー祈童たちも本見てるだろうし。あと刹那さん、そろそろ俺の腕が限界」
「もうちょいいけるよ…」
「なんでそこでドS出すかな?」

 クリスが手当たり次第の本を俺の腕に乗せていくのでそろそろ腕がもげそうなんですが。風で浮かせても良いけども。本の安否が定かじゃないので却下。

「一旦置きにテーブル行こうよ。多すぎてもわけわかんなくなるだろ」
「えー…」

 そう言ってやれば、つまんなそうにクリスは行き先を変える。広い図書館の、閲覧席へ歩き出した彼女の背を追うように歩き出した。クリスさん、本を少し持つ、っていう思考には至らないわけね。いいけども。俺男だし。

「波風も荷物持ちか」
「わぉ祈童すげぇ量」

 歩いていたら、たまたま少し近くで本を選んでいたらしい祈童・道化ペアと遭遇。祈童の腕には俺と同じ、10冊ほどの分厚い本。そしてクリスを発見して嬉しそうに前へ駆けていったペアの道化の手には本はない。

「男って荷物持ちだよな」
「女性の買い物に付き合うとそうらしいね。妹と買い物行くときもそうなのか?」

 カリナと買い物行くときかぁ。旅行とかの買い物の時は…あ、うん。

「荷物めっちゃ持つわ」
「女性の性かな」
「だろうなぁ」

 2人で腕をプルプルさせながら少し足早に歩いていく。

「ここらへんでどうかしら」
「いいんじゃない、俺もう降ろしたい」
「明日は筋肉痛だな!」

 異常に長く感じた通路を抜けて、一番近くにあった机に2人揃って本をどさっと降ろす。確かに明日筋肉痛かも。もうちょい腕鍛えようかな…。
 肩を回してから、女子と向かい合うように腰を落ち着けた。

「外装に使う物はだいぶ決まったけれど、内装はまだなのよね」
「そのようだね。経費を考えた上で片づけやすい物、と実行委員は考えているらしいけれど」
「ってことは外装と同じで風船はやめとこっか?」
「いきなり割れたらびっくりしちゃうもんね…」

 分厚い本を広げながら、少し小さな声で話していく。うちの店はファンシー系の方向らしく、外装・内装・ついでに服もそれに合った雰囲気にしたいらしい。てかファンシーってどんな感じ?

「息抜きに、って来てみたけど俺ファンシーとかぜんっぜんわっかんねぇわ」
「奇遇だね波風、僕もだ」
「あら、かわいい系ってことでしょう?」
「うちのぬいぐるみたちみたいな感じだよ…」
「ごめん刹那さん俺お前のファンシーは信用できない」

 目が飛び出たやつとかいっぱいいるけどそれ絶対ファンシーじゃないよね。

「もふもふとか…」
「あとは外装にも使ってるけどレースっぽい感じよね。あ、ケモ耳つけるのとかどうかしら」
「女子ならいいかもしれないが僕たち男子だと視覚的暴力じゃないか?」
「あら、今や男子にケモ耳だって最高じゃない!」
「ただ単に道化の趣味じゃないか…」

 俺祈童の呆れ顔初めて見た気がする。

「とりあえず一旦ケモ耳は置いておいて道化さん。それこそ一部の層しか喜ばないから」
「えぇー」
「…でも、耳つけるんじゃなくて…ぬいぐるみ置いたり、っていうのは良さそう…」
「クマとか?」

 俺の問いにクリスは頷く。

「…お話する人が行くまで、空席にぬいぐるみ…」

 えーと。

「4人席に3人来た場合、余った1つの席にキャストが来るまでぬいぐるみ置いとくってことでおっけー?」
「どうして蓮はいつも確認するの…?」
「君が説明不足だからじゃないかな氷河」
「こんなにわかりやすいのに…?」
「波風くんが説明してくれるまでわからなかったわ」

 なんて道化が言ったら、刹那は俺にしかわからない程度だけど不満げな顔をした。

「けれど氷河の案はいいね。特に女子受けが良さそうだな」
「ケモ耳だって女子受けも男子受けもするわよ」
「一旦離れようか道化さんや」

 謎のケモ耳押しがすごい。
 とりあえずクリスの案を持ってきておいたノートの書いておいて、また分厚い本をぱらぱらめくった。

「やっぱファンシーって言ったらピンク系なの?」

 うちの水色さんは思考がちょっとずれているので、主に斜め前に座る道化に向けて本から目は離さないまま聞いてみる。

「うーん、どうかしら。最近だったら別にピンクだから、っていう訳じゃないと思うわ。あ、ほらこれ見て」

 言われて、道化に視線を向けた。彼女の手が本の一部分を差しているので、祈童たちと机に乗り出すように見てみる。
 そこには、青やら緑やらで、けれどかわいらしく飾られた部屋の写真。

「小物次第でかわいくもなると思うの。それこそレースを使ったり、寒色系でも色をパステルにしてみたり」

 すげぇ、さすが現代女の子って感じ。

「俺初めて道化をすごいって思ったわ」
「僕もだ」
「とても聞き捨てならないけれど今は置いといてあげるわ。とりあえず、ピンクだけに拘らなくても大丈夫よ」
「ピンクだけだと、お客さん入りづらい…?」
「まぁ男からしてみたらそう思うだろうね。僕もあまり進んで入ろうとは思わないな」
「じゃあ色は少し落ち着いた感じでっておっけー?」
「そうね。これに載ってるように水色とか…あとは黄色もいいんじゃないかしら。緑とか黄色なら暖かみもあるし男性でも抵抗ないんじゃないかしら?」
「道化って芸術系得意だったりする?」
「残念だけれど美術は万年2よ」

 嘘でしょと言いたくなるくらい的確なんですが。

「仕事柄こういう色とかも勉強しているの。その会場の雰囲気にあった服を着たりすることもあるからね。やっぱり内装が女の子向けだと男性はカップルしか入ってこないわ」
「あー、確かに男だけで、っていうのは抵抗あるかも」
「龍は問答無用でどこでも入ってくよ…?」
「炎上はおそらく一般で考えてはいけないんじゃないか?」

 付き合って半年弱の友人にも一般扱いされない親友。でもごめんリアス、フォローできないわ。できることはこのままリアスの話ではなく元の話しに戻すことのみ。

「じゃあ色は黄色か緑?」
「そうね、あとはなるべく一色に揃えた方がごちゃごちゃしないと思う」
「波風が中心になっている衣装はどうする? キャストは個々で服が違うけれど、ごちゃごちゃしないのか?」
「だからこそ内装はなるべく統一にした方がいいと思うの。キャストが目立つようにするんだったら中はおとなしめの方がいいと思うわ」
「美織すごい…」
「あら、褒めてもらえて光栄だわ」

 普段からは考えられないくらいすげぇ的確だわ。道化の案をノートに書いていく。

「ということは内装にあまりカラーボールとか、派手にするような物は使わない方がいいということか?」

 メモを取りながら、祈童の問いに俺が頷いた。

「外装ほど使わない方がいいんじゃない? 使うにしてもワンポイントみたいな感じにしたら?」
「あたしもその方が良いと思うわ」
「ならそれで決定だね。テーブルクロスの模様とかもない方が無難か?」
「シンプルで、キャストが派手ならその方が良いかも…」
「あ、でもテーブルクロスでレースとか使うのは良いと思うの。ほら、こういうのとか」

 言われてノートから道化が指さす部分へ目を向ける。派手でもおとなしすぎるわけでもない、けれど店の雰囲気には合ってるようなかわいらしいレース。

「いいんじゃない? メインの色のクロスの上でも下でも敷いとけばかわいいかもね」
「でしょう? 波風くんの家にこういうのはあるのかしら」

 うちに? どうだっけ…。

「たぶんあっても全テーブル分はないかも。それにうち基本丸テーブルだから文化祭で机くっつけるのには合わないんじゃないかな」
「そしたらそれは買い出しだね。道化、大体の値段はわかるのか?」
「うーん、安いところ行けばそこまで経費はかからないんじゃないかしら。あとはメインの色のクロスを買うでしょ。置物はどうする?」
「…ぬいぐるみとかだったら、女子に2日間だけ貸してもらうように聞いてみたら…?」
「新しく買うよりは経費浮くよな。クロス用で使う布で余ったら服作ってもいいよね」
「あら、かわいいじゃない! そうしましょ!」

 次々と案が決まってく。これをあとで実行委員に言って、協力募って加工して…
 うーん、割とぎりぎりかも。

「ハイペースにはなるけど大丈夫そう?」
「それはもうクラス次第だろうね。でもうちのクラスは大丈夫なんじゃないか?」
「結構やる気ある子多いものね」
「文化祭だと絶対1人や2人さぼるやつとかいそうだったけどなぁ」

 確かに案外みんな協力してくれるし大丈夫かな。

「んじゃこの参考になりそうな部分印刷しよっか」
「任せて。使わない本の返却は祈童くんたちにお任せするわ」
「また僕らは力仕事か」
「こっちだって本持つから平等よ」

 いや3冊と16冊ってだいぶ差がありますけど?
 道化に抗議の目を向けたら、妹よろしくにっこり笑われて。

「よろしく頼むわね! 刹那ちゃん、印刷行きましょ!」
「わかった…」

 クリスを連れて印刷場に行ってしまった。

「氷河と離れてよかったのか?」
「まぁこの距離ならなんとか」

 クリスはキレたら声上げるからすぐわかるし。

「ではこっちは任せろ」
「お願いねー」

 残された本を祈童と2人で半分に分けて、各々返す場所へと歩いていった。

「えーと、これで最後か?」

 1人で本を返していくこと10分ほど。8冊の本はほぼ同じ場所から取ったおかげですんなり返していくことができた。そろそろ印刷も終わってクリスたちも戻ってくるかなと通路に出ようとしたとき。

「…あれ」

 目の前を、大きな帽子が通り過ぎていった。少し見慣れたその帽子。夏休みと同じだ。

 思わずパッと通路に出て、彼女が行った方向に目を向けた。

 そこには、本を何十冊も抱えてふらふらと歩いている帽子さんが。

 いやそれ前見えなくね?

「…えーと、雫来?」
「えっあ、その声は波風君?」

 近づいていって、声をかける。前をのぞき込むようにしたら案の定前が見えていないらしく声で判断された。危なくね?
 反射的に本の半分以上を彼女から取り上げる。ようやく見えたのは、俯いているからかやっぱり帽子。

「え、あの、本…」
「前見えてなくて危ないでしょ。何してんの?」
「わ、私図書委員なので…本の整理を」

 図書委員だったんだ。それは初耳。ってそうじゃなくて。

「もう少し持てる量考えろよ…。ふらふらしてたぞ」
「あはは、ごめんなさい。い、一気にやった方が楽かなって」
「それでけがしたら元も子もないじゃん」

 言って、本を持ったまま歩き出す。うん、明日絶対筋肉痛だわ。でも今はそんなことは言っていられない。突然歩き出した俺に、雫来は焦った声を上げた。

「え、な、波風くん?」
「はぁい?」
「あの、本…」
「一緒に持ってくよ。俺も同じ方向行くし」
「わ、悪いよ」
「いやさすがにあの状況見てスルーするほど冷酷じゃないし」

 ここまだ1階だったからいいものの。2階とかだったら絶対階段で転ぶじゃん。イヤだわ。雫来の声に動じず歩いていたら、諦めてくれたのか。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして」

 小さな声でお礼が返ってきた。俺もそう返して、雫来のペースに歩みを緩める。

「にしてもほんとに多いね。文化祭前に書庫整理?」
「うーん、それも兼ねた文化祭準備、ですかね」

 書庫整理も兼ねた文化祭準備ってなんだ。俺が疑問に思ったのがわかったのか、雫来はそのまま続けた。

「え、エシュトは毎月結構な量の本が入ってくるらしくって。いくら広いとは言えどあふれてくるので…資料は別として、1年間借りられた事がない小説などは文化祭でお客さんにあげるのが伝統らしいんです」
「それで整理兼準備、ってこと」
「は、はい」
「でも結構な量あるんじゃない? クラスの方っていけるの?」
「あ、行けてます。委員会が決まった時点で借りられていない本のピックアップをして、9月から収集、という感じなので余裕があるの」
「そっか。図書委員って結構大変なんだね」
「そ、そうですね…。本が好きなので来てみたらびっくりしました」

 確かにびっくりだわ。

「な、波風君は委員会とかやってないんですか?」
「俺? 俺は幼なじみに巻き込まれて美化委員」
「あは、似合いそうです美化委員」
「そう?」

 まぁ楽しくやってるけど。

「美化委員は文化祭でやることって、ないの?」
「うん、召集もされなかったし。そもそも1年間頑張って育てましょうね、って委員だから何も言われなかったよ」
「じゃ、じゃあ文化祭はクラスに集中できますね」
「おかげさまでね」

 そう話していたら、おそらく図書委員が収集した本の置き場所にしているらしい一画にたどり着いた。

「あ、こ、ここで大丈夫です」
「そう? んじゃここ置いちゃうね」

 他にもたくさんの本が積まれている机にどさっと本を降ろす。

「まだあったりするの?」
「あ、わ、私の収集はこれで終わりなんです。あとはまたチェック作業で」
「そか。無理しないようにね」
「はい。ありがとう波風君」

 こっちを見上げるようにして微笑んでくれた雫来に、ちょっときゅんとした。それは表には出さずに「どういたしまして」と返す。

「んじゃ俺戻るね。また何かあったら言って」
「あ、は、はい」

 またねと手を振って、きびすを返した。

 クリスたちの元へ歩きながら、先ほどの雫来を思い出す。

 …やっぱ顔めっちゃきれいだよなぁ。あんな美人に微笑んでもらえたらそりゃきゅんとするわ。しかもそれが時々見える、っていうレア感あるならなおさら。

 そんなレアな表情を見れたことに足取りを軽くして、通路を曲がろうとしたところだった。

「ずいぶんご機嫌ね」
「うぉびびった」

 本棚から突然道化の声が。
 そちらを向けば、道化だけでなくクリスティア、そして祈童もいた。

 3人とも、どこか楽しげに俺を見ている。

「いたなら出てこいよ…」
「あら、気を使って待機してたんじゃない」

 何で気を使う必要が??

「優しいな波風。本を持ってあげるなんて」
「そりゃ前が見えないくらい本を持ってふらふらしてたら誰だって手伝うでしょ」
「でも、蓮ご機嫌…」
「レアものが見れたからね」

 なんて言っても、3人の顔はまだどこか楽しげ。なんかすげぇ居心地悪い。
 絶対面倒な感じだよねこれ。こんなときは話を逸らすのが一番。

「印刷終わったならさっさと行こうよ。実行委員に話して協力集わなきゃなんだから」

 そう言って、出口に向かって歩き出す。
 けれど3人は話を逸らしてくれない。

「もうあの子はいいのかしら?」
「いやあっちも仕事あるし」
「いつの間に雫来と仲良くなっていたんだ?」
「別にそんな仲良くもないって。趣味は合うけど」
「あらすてきじゃない。趣味が合うのはいいことよ」

 すごい話の方向がそっち系な気がする。
 誤解は早めに説かなきゃ面倒なことは知っているので。

 廊下に出て、未だに楽しそうな3人に向き直った。

「なんか恋愛系で勘違いしてね?」
「あら、違うのかしら?」
「彼女と話してからずいぶん機嫌が良さそうだからてっきりそういう感情を抱いているのかと思ったけどね」
「気が合う友人と逢ったら機嫌だって良くなるだろ」

 呆れ気味に言ったら、クリスが2人の裾を引っ張って、顔を横に振る。

「だめだよ…蓮は自分のことに関しては鈍感だから…」
「刹那さんどういう意味?」

 聞いても答えはくれず、哀れみの目を向けられた。
 そしてクリスの言葉を理解した2人も、俺に哀れみの目を向ける。待って俺だけ理解してない。

「その雫来さん、って子は苦労しそうね」
「もう少し自分に目を向けてみたらどうだ波風」
「とりあえず異性と絡んだら不純な方向に持って行こうとするその現代脳どうにかしてくんない??」

 そう言ったら、3人にものすごく納得のいかない顔をされた。

 俺が一番納得行かないわ。

『時々鈍感だと言われるのがものすごく納得行かない』/レグナ

志貴零

「”リアス様”って、炎上君のこと?」

 そう、聞かれて。突然自分の本名が出てきたので思わず振り返った。

 自身の名を呼んだ当の閃吏は、薄暗い倉庫の中こちらには目を向けず必要な物を吟味している。こちらを向く気はないだろうと、俺も今見ていた棚に向き直って。

「そうだな」

 そう、頷いた。

 放課後。オーナメントの仮置き用として、閃吏と貸倉庫に来ていた。
 週の始めの方で必要な物を借りた生徒が多いのか、倉庫には俺と閃吏の2人きり。さて何が一番サイズが丁度いいかと色々模索していたときに、言われた。

 はて何故奴が俺の本名を知っているのか。疑問に思った瞬間に答えが出た。

 ”リアス様”。

 そう呼ぶのは、恋人しかいない。

「刹那か?」
「うん、えっと、この前閉じこめられちゃったじゃない?」

 あぁ、俺の心臓が止まりかけた日か。

「あそこでパニックになっちゃったみたいで」
「よくそれでリアスが俺だと思ったな」
「だって炎上君の声が聞こえた瞬間にほっとしたように呼んだもん」

 だから正解かなって、と楽しげに言う閃吏。よくもまぁ演習の時といい少ない情報量でそこまで導き出せるものだ。
 かごに丁度いい物を入れながら、閃吏の声を聞く。

「炎上君って外人さんだったんだね」
「そうだな」
「氷河さんとかもそうなの? 幼なじみなんだっけ」
「あぁ」
「ってことはみんな名前変えてるんだね」

 別に隠しているわけでもないので素直に頷いていく。

「えっと、どうして変えてるの?」
「日本で世話になる家に合わせるためだな」

 氷河クリスティアだと変だったし。俺は俺で名字はあまりバレたくないし。そこまでは言わず、当たり障りなく返した。

「本名でも別に構わなかったが、ホームステイだとか理由つけるのも面倒だったしな。適当に馴染みやすいようにしただけだ」
「そっかぁ。天使さんって長くその家にお世話になったりするの? それとも頃合い見て移り変わるとか?」
「人それぞれじゃないか」
「炎上君は今のおうちにずっとお世話になるの?」
「さぁ、まだ決めてはいない」
「ふぅん」

 そもそも”炎上”なんて家は存在しないというのは黙っておこうか。深入りされるのは面倒くさい。

 クロウ家は、カリナ達の家と違って日本に親戚はいない。炎上という名字はクリスティアが日本名にするからとあの義父に頭を下げて与えてもらったものだ。日本でも確かこの名字自体いないんじゃなかったか。縁起がいいとも言えないし。

「話し戻るけどさ」
「お前案外おしゃべりなんだな」

 止まらない口にため息が出そうになる。
 閃吏は強かではあるけれど基本は控えめな人間だと思っていたが間違いだったようだ。

「あは、言ったでしょ? 氷河さんがいない間に色々聞いておきたいな、って」
「研究熱心で何よりだな」
「別に研究してるわけじゃないよ」

 カタカタと音を立てて必要な物を揃えながら、閃吏が言った。

「ピース探し、みたいな感じかな」

 どうしたいきなり厨二病でも発動したか。

「お前はあれか? 無くした心のピースを探す旅にでも出ているのか?」
「俺別に厨二じゃないよ」

 閃吏はカラカラと楽しげに笑う。明らかにあれだけ言われたら誰だって思うだろ。

「なんだろうねぇ。うーん。生物のこう、交友関係? みたいなのってさ、パズルみたいだと思わない?」
「パズル?」
「そう。誰しもピッタリなピースがある、みたいなさ。言葉でも、関係でも。なんでもぴったり合うものがあると思うんだよね」

 人間をパズルにたとえるか。

「中々面白い思考だな」
「炎上君にそう言ってもらえると嬉しいよ」

 こいつは俺をどこまですごい奴だと思っているのかが時々疑問だ。

 必要な物は揃ったので、かごを持ってドアに向かう。

「炎上君終わったの?」
「あぁ」
「え、俺まだなんだけど」
「おしゃべりしているからだ。さっさとしろ」

 未だに回収が終わっていない閃吏を、ドアに凭れかかって待った。その間に。

「で?」
「ん?」
「パズルがなんだって?」
「あは、炎上君もおしゃべりだ」
「話が終わっていなかったから聞いているだけだ」

 促してやると、うーんと物を探しながら答える。暇なので俺は自分の爪をいじった。

「その人の研究、っていうか、えっと、その人に合う言葉を見つけたくて観察してる、っていうのかな」
「人はそれを研究と言うんだがな」
「なんだろう、研究って言われると違うんだよね」

 まぁ言いたいことはわかった。要は人間観察が得意だと。
 あの閉じこめられた日にクリスティアが変に暴走していなかったのも、その”彼女に合うピース”とやらをはめたから。演習の時はそれの応用。普段人のために合わせるピースを、自分が勝つためにした。

 なんとなく、すとんと色々なものが腑に落ちた気がした。そこで「でもね」と閃吏が続ける。

「炎上君たちを見てると、わからないことが多くて」
「わからないこと?」
「さっき人間関係でもなんでも、ピッタリ合う、って言ったでしょ」
「言ったな。要はピッタリ合う人間が運命の相手だとか親友になるだとかという考えだろう?」
「うん。それでね」

 一呼吸置いて。

「炎上君と氷河さんは、ぴったりには見えないのに。どうしてそんなに依存し合うのかなって」

 そう、告げた。

 爪いじりはやめて、前を見る。
 閃吏は、こちらをまっすぐ見ていた。

 心底わからない、と言う目をして。

「…まずは何故ぴったりには見えないのかを聞こうか?」
「うーん。炎上君が氷河さんに苦労してるように見えるからかな」

 見えるではなくとても苦労している。

「炎上君が氷河さんにペースを合わせて、苦労してる、って感じなのかな」
「まぁあいつの自由さには振り回されているな」
「それと、氷河さんって縛られるの嫌いだよね」
「そうだな」
「なのに炎上君が縛るのにはおとなしく従ってる」

 それはまぁそうなるように刷り込みをしたからな。

「苦労してるのに、縛られるのは嫌なのに。どうして2人は一緒にいるの?」
「そりゃお互いが好きだからだろ」
「好きの方が、苦労とかよりも勝ってる、ってこと?」
「それも含めて好き、だという感じだろうな」

 そう言えば、さらにわからないという顔になる。

「意味が分からなさそうだな」
「うん。どうして合わない人にそこまで執着とか依存するのかな、って昔から疑問なんだよね」

 こいつの頭の中では当てはまるピース以外の想いも何も無視なのか。

「何かに執着したことはないのか?」

 聞けば、少し悩んでから、首を振る。

「ないんじゃないかなぁ」
「好きな女が違う奴を好きだったとか」
「うーん。その人との方が合ってたから追いかけもしなかったよ」

 相変わらずメンタル強いなこいつは。俺なら無理だわ。
 必要な仮置き用の道具の回収は終わったのか、かごを持ってこちらにやってきた。

「執着する、ってなんだろうね」

 ものすごく、不思議そうな顔。その顔に俺が不思議だと返したい。ドアを開けて、歩き出す。

「氷河さん、炎上君にすごく縛られても大好きなんだって」
「それは光栄だな」
「いなくなったらどうしよう、って泣いてたよ」

 だとは思った。

「よく一緒にいて首が飛ばなかったな」
「大丈夫だよ、って言ってたらそんなに暴れなかったよ」

 本来ならそれでは済まないんだが。
 こいつの言う”ピース”でどうにかしたんだろう。おそらく祈童や道化だった場合は俺が開けた頃には部屋が血に染まっていたはずだ。

「お前が観察に優れているのはいいことだ」
「わぁ、今日はよく褒めてもらえるね」
「ただ一つ。長年生きている天使から訂正をしておいてやる」

 そう言えば、閃吏は興味深そうに俺をのぞき込んだ。一度それを見て、また前を見る。

「まず、お前が言うように人には合う言葉がある。欲しい言葉を的確に言えるのは好ましいことだ」
「うん」
「だが、人間関係はパズルのようにうまくは行かない」

 閃吏の顔が、心底驚いた顔に変わったのを視界の端で捉えた。構わず、続ける。

「もちろんぴったりと合う人間に恵まれることだってある。お前は時々強かではあるが、立ち回りもうまいし、人付き合いであまり恵まれない、というのはなかったんだろう」
「うーん、確かにないかも?」
「ただそれはお前が生きてきた小さな世界の中で、だけだ。生涯そのピースに出会えない生物もいる。むしろその方が多いと言ってもいい」

 すべての生物が自分に合うピースに恵まれる世界。

 そんなものは、存在しない。

「合わないからこそ誰かが悲しんだり、戦争が起きたりする」

 そして。

「その合わない部分に、惹かれることだってあるんだ」

 俺が彼女の自由さに救われ、惹かれたように。あの頃。クリスティアの自由さに救われていた。だからこそ守りたいと思い、愛した。

「苦労もする。毎度心臓が止まりかけるくらい心配する。あいつの自由さは俺と合わないことくらい長い付き合いだし知っている。けれどそこを愛した。それだけだ」

 そう言えば、閃吏は少し間をおいて。

「そ、っか」

 小さくこぼした。納得は出来ていないんだろうと声を聞けばわかる。自分の短い人生の、小さな世界で見てきたものとは全く違うのだから。ただそれが、事実。

「それと言うことがもう一つ」

 うんうんうなり始めている閃吏の思考を遮るように言った。振り返ってみてやれば、驚いたようにこちらを向いている。

「えっと、何かな」
「こっちは俺の考えであって正しいわけじゃない。鵜呑みにしなくていい」
「うん?」
「人は手に入れたい、手放したくないと思うから執着する。たとえ自分に合ったピースでなくとも。惹かれて、手放したくないと思ったら執着していく。人でなくてもわかるものはあるだろう? 小さな頃に大好きなおもちゃを捨てられそうになったとき、駄々をこねるとか」
「あは、うん、あったかも」
「それも執着だ。俺はそれを刹那に向けている」
「手放したくない、ってこと?」
「そうだな。そしてその執着心は行きすぎれば人を変える」
「変える?」
「さっき、俺たちのピースは合っていない、と言ったな」
「うん」
「確かに、合ってはいないだろう。そして俺もさっき言った通り、その合わない部分に惹かれているのも事実だ」

 きょとんとして頷く閃吏に、微笑んだ。

「ただな」

 執着心は、人を変える。

 良い方向にも。

 悪い方向にも。

「人間関係のピースなんて、自分の好きなように歪めて、自分に合うピースにすることだって出来るんだ」

 俺があいつを歪めたように。

 仮にそれが自分の目的の為の副産物で身についたものだとしても。

 歪めたのは事実。

 そう、言ってやれば。
 ただただ飲み込みきれなくて驚く閃吏。

 それにもう一度笑って。

「お前はもう少し柔軟さを身につけるといいだろうな」

 それだけ告げて、歩き出した。

『0911』/リアス
志貴零

 高いところは、嫌いじゃない。

 でも、高いところにある物は、嫌い。

「…」

 だって届かないんだもの。

 クリスティア=ゼアハード、見た目年齢16歳。実年齢不明。

 身長、140センチ。

 年齢にしては決して高くない身長は、リアス様といるとき以外は基本恨むべき数字。

 目の前を、見上げる。

 高い棚に上げられた段ボールの山。

 ねぇどうしてそんな高いとこに置くの??

「いみ、わかん、ないっ…」

 もう少しで、文化祭。
 レグナを中心に衣装もだいぶ完成で、明日にはサイズチェックしようね、ってところ。クラスのデコレーションも順調。クロスも買ったし、ぬいぐるみも土日で確保してくれた人多くて。レグナがきつくなりそうだね、って言ってたけど思ったより順調に進みすぎて、もう少し凝ってみようか、って話になった。
 ただあんまり経費がないから、段ボールでできそうなことしようってなって。みんな自分のお仕事してるし、わたしは丁度空いてて。じゃあわたしが取ってくるね、って珍しく1人で段ボール置き場に来た。

 そこまでは良かったの。

 来てみたら絶望だよね。

 見回してみたら段ボールが無くて。もうみんな使っちゃったのかなってたまたま上を見上げてみれば。

 わたしが届かない絶妙な高さの棚に積み上げられてるじゃないですか。

 嫌がらせですか??

「っ、もう、なん、でっこんな、とこにっ」

 でも段ボールは欲しいから。この小さな身長を伸ばすためにぎりぎりまでつま先を立てる。どうにかちょっとだけでも段ボールに触れるように思いっきり手を伸ばした。

 あー、釣る。めっちゃ釣りそう。

 どうして低身長に優しくない場所に置くの。みんな使うじゃん。

「したにっおいてよっもうっ!」

 ジャンプしてみるけど届かず。
 ムカついてきた。これ棚倒しちゃだめかな。あとで戻すから。
 忙しくてもレグナつれてくれば良かった。「1人で行かせるとリアスに怒られる」って言うからじゃあレグナにもバレないように行けばいいじゃないってこっそり来たのが間違いだった。

「ふっ…」

 でも戻るのもめんどくさい。頑張ってもっかいぎりぎりまで伸びて、手を伸ばす。もうちょっとかも。頑張れわたしの腕。

 体がプルプルして、下を向いたときだった。

 影が、差す。

「何しているんだお前は…」

 直後に、呆れた声。
 その声に、安心半分、絶望半分。

 振り返って見てみれば、

「わぁ今逢いたくなかった…」
「恋人にずいぶんな言葉だな」

 やっぱり、リアス様。呆れた目をしながら、少し背伸びして、ずっと苦戦してた段ボールを取ってくれた。

 好きな人が後ろから多い被さるようにして物を取ってくれる。そんな女子が憧れる(らしい)シチュエーション。これ普段ならわたしもちょっとどきってした。

 今違う意味でどきどきしてる。

「何個いるんだ」
「3つくらい…」

 言ったとおり3つ段ボールを取ってくれる。影が消えたから、リアス様が後ろから離れたんだなってわかって、わたしも棚から離れる。

「で?」
「…」
「理由を聞こうか?」

 段ボールを受け取るためにリアス様の方を見たら、目が怒ってる。

 ですよね。怒りますよね。まじでごめんなさい。

 怖くて見れなくて、地面に目線を向けながら答えた。

「き、緊急、事態でして…」
「レグナは」
「衣装で、忙しくて…みんなもばたばたしてて…」
「それで1人で来たと?」

 若干怒った声に、頷く。ため息を吐かれた。

「どうしてお前は毎度毎度言いつけを破るんだろうな」
「緊急、だった…」
「段ボールを取りに行くのに緊急も何もあるか」

 俯いてたら、ザッザッて音がして、リアス様の靴が見えた。上を見ずにいたら、リアス様がしゃがむ。強制的に、紅い目と合った。
 たださっきみたいに怒った目、って感じはしない。

「文化祭準備でどうしても1人で行動しなければならないのはわかる」
「ん…」
「お前が言うように緊急で1人で駆け回ることだってあるだろ」
「うん…」
「ただ連絡か何かはしろ。何の為にこの現代にスマホがあると思ってる」
「通販で欲しいもの買うため…」
「この状況でふざける勇気があるのは立派だな」
「冗談ですごめんなさい…」

 リアス様の肩辺りの裾を掴んで。

「…ごめんなさい」

 そう言ったら、呆れた目をされて立ち上がる。

「わっ」

 直後に、思いっきり頭わしゃわしゃされた。怒った後にやる、お許しのサイン。

「次同じ事をやったら来年から文化祭に参加させないからな」
「はぁい…」
「どうせ来年には忘れているんだろうがな」
「そんなこと…」

 あ、自信持ってNOって言えない。

「あるだろう?」
「が、がんばるもん…」
「本当に頑張ってくれ頼むから」

 言って、リアス様はわたしの頭から手を離して歩き出した。それを追うように、わたしも歩き出す。

 いつもみたいに背中の裾を掴んで、ちゃんと着いてきてることを伝えた。

「龍は、段ボールいらないの…?」

 ゆっくり校舎に向かって歩きながら、聞いてみる。

「俺はそもそも段ボールを取りにここに来たわけではないからな」
「美織たちにでも、聞いた…?」
「いや? たまたま外装の飾り付けを頼まれて廊下に出ようとしたら見慣れた水色が視界に映ってな」

 クリスティアですよね。

「一目散に玄関側に駆けて行くのを見て嫌な予感がしたから来ただけだ」
「最初っからバレてたの…」
「そうだな。お前が一生懸命背伸びして段ボールを取ろうとしているのもしっかり見た」
「初めっから助けてよ…」

 なんだったのあの段ボールとの攻防。

「初めから助けて欲しいなら一言言うんだな。そもそもレグナには言ったのか」
「………言、った」
「もう一回聞くぞ。レグナには言ったんだな?」

 あ、この威圧たっぷりな言い方はラストチャンス。

「…黙ってきました…」
「お前怒られるとわかっていて何故毎度嘘を吐くんだ…」
「もしかしたらだませるかなって思うじゃん…」
「この長いつき合いで俺にまだ嘘が通用すると思っている事が不思議だ」

 挑戦したくなるじゃん。

「昔はだまされてたくせに…」
「そりゃ表情が変わらないからな」
「今だって同じだもん…」
「お前は表情ではなく言い方で嘘を吐いているとすぐわかる」
「…今度から気をつける」
「先にその体が先に動く方を気をつけろ」

 ごもっともです。

 あ、そうだ。
 のんびり周りを見回しながら歩いて、ふと思い至った。

「ねぇ文化祭の出番っていつ…? そろそろ教えて…?」
「お前の中で今の話はすでに終わったんだな?」
「気をつけるで終わったじゃん…」
「もう少し怒られたからと反省する様子はないのか」
「反省もしたし気をつける、ってちゃんと言った…」

 そう言ったらすごいため息吐かれた。いつものことだから、裾を引っ張って答えを促す。

「出番…」
「2日目がフルで出る。1日目がフリーだ」
「1日全部出るの…?」
「片方完全に開けておけばお前の方にもいけるだろうしな。その分1日目は宣伝しながら歩かなければならないが」

 わぁぜひファンシーな看板持たせて欲しい。めっちゃ写メ撮りたい。

「お前は?」
「ん…?」
「シフト。決まっているのか」
「うん…両方とも午前出番…午後フリー…」

 そのままリアス様をのぞき込んで、安心してと言うように親指を立てる。

「ちゃんとレグナとシフト一緒…」
「それは何よりだ」

 ほんとにクラスの人たちに感謝しかない。

「喫茶店だったか? 人は殺すなよ」
「そもそもわたし店員じゃないもーん…」

 言ったら、へぇって意外そうな声を上げた。

「道化あたりが推していそうだと思ったが」
「蓮が止めてくれた…」
「あいつには頭が上がらないな」

 もうほんとにね。

「俺ももう少し止めてくれる人間がいたら嬉しかった」
「龍のとこも喫茶店だっけ…」
「指名喫茶」

 うわぁ絶対リアス様目当て殺到しそう。なんて思ってたら、むってしてたのがわかったのか、安心しろって言うように頭をなでられた。

「ただ俺はキャストではなくウェイターだ。よって指名はされん」
「そうなの…?」
「色々条件を提示して華凜に畳み掛けさせたら承諾をもらった」
「よかったね…」

 わたし的にもとてもよかった。リアス様をのぞき込んで。

「2日目の午後、蓮と一緒に行く…」
「拒否しても来るんだろう?」

 そりゃもちろん。頑張ってる姿見たいもん。

「龍のコスプレ見たいもん…」
「おそらく本音と建て前が逆になってると思うんだが」
「わたしの口は素直だから…」
「大事な部分では素直じゃない癖にな」
「うわぁ意地悪…」
「今更だろ」

 そう言って、楽しそうに肩を揺らした。軽く背中を叩いてやる。気にせずリアス様は続けた。

「シフト的には1日目にお前のところに行こうと思うが。店員じゃないなら逢えなさそうか?」
「逢えるよ…お会計係やってるから…」
「だいぶ無難な役職に就いたな」
「うん…みんなが考えてくれた…」
「そうか」

 また、頭をなでられた。たぶん「よかったな」って言いたい感じ。

「かわいい服も着るから…」
「それは楽しみだ」

 話してたら、校舎にたどり着く。靴履き替えて、教室に向かった。

「段ボール、ありがと…」
「あぁ。今度は何かするなら一言言えよ」
「わかってるもん…」

 段ボールを受け取って、念押しされる言葉に頷く。目を見たら信用してない感ハンパない。ひどい。

「だいじょうぶ…怒られたくないから…」
「すでに怒られているんだがな」

「おーい炎上ー? 戻ったー?」

 恨みがましく睨んで叩こうとしたら、リアス様のクラスの方で声が聞こえた。2人でそっちに振り返ってから、お互いに目を戻す。

「戻る」
「ん…」
「けがはするなよ」
「わかったから…」

 心配性な彼氏様にそう言って、その背中を見送った。

 教室に入ってくのを見届ける。

 …バレてないよね。

 段ボールを、抱きしめる。

 たぶん平気だよね。
 ほんとに店員では出ないし、お会計係も嘘じゃない。

 ただ一個だけ、言ってないこと。

 リアス様が来たときだけは、リアス様専用でお話できるキャストになること。

 レグナを始めクラスのみんなにこれだけは本人に言わないようにね、って言われてるけど大丈夫だったよね。
 嘘吐くとすぐわかるって言ってたけど、嘘言ったわけじゃないし。

 せっかくならサプライズ成功させたい。
 ぽろって言わないように。

 文化祭まであと3日くらい。

 最後まで気を抜かないようにって自分に言い聞かせて、教室に戻った。

『0912』/クリスティア

志貴零

 服の裾にレースをつけて、リボンにビーズをあしらって。
 最後の確認をするように、ウエスト部分のゴムを伸ばしてみる。

 ―うん、平気かな。

「終わったぁ」

 衣装最後の仕上げが終わって、思いっきりいすにもたれ掛かった。
 周りからは、波風お疲れーと自分をねぎらう声がちらほら出てくる。それにお礼を言っておいた。

 明日に迫った文化祭準備も大詰め。
 どこもばたばたしてて、あっちこっちであれはどうだこれはどうだ、って声が聞こえる。うちは衣装以外は比較的早く準備が終わったから追加で飾り付け中なのでばたばたすることはなかったけど。
 個々で違う衣装のリメイクも今日で終わって、あとは各キャストに着て最終チェックだけ。

「キャスト組ー、衣装合わせー」

 そう声を掛ければ、作業をしていたキャスト組はキリの良いところで俺の方にやってきた。
 道化、祈童を始め全員揃ってるか。

「お疲れさま波風くん」
「さんきゅー。これ道化の分」
「ありがと!」
「これ祈童ね」
「礼を言うぞ波風」

 各々のイメージに合わせた衣装を手渡していって、キャスト組は更衣スペースへ向かっていった。それを見届けて一息つくと、女子の実行委員が声を掛けてきた。

『波風くんは衣装合わせしないの?』
「俺は元々サイズ合ってるし大丈夫だよ」
『じゃあ、氷河さんは?』

 言われて、黙々と段ボールを切って色塗りをする幼なじみへ目を向ける。一瞬うーんと悩んで。

「平気でしょ。サイズは華凜に聞いてるから合ってると思うし」

 それに、と言い掛けたところで。

「刹那」

 教室のドアから、聞き慣れた声がした。そっちに目を向けたら、案の定リアス。向こうはもう終わって迎えに来たらしい。

「あー、炎上見ちゃだめだろ!」
『まだ準備中ですー!』
「…悪い」

 瞬間、クリスを隠すように数人のクラスメイト(すべて男子)がドアへと押しよる。思わずリアスも身を引いた。

「迎えに来たんだが。作業はまだかかりそうか」
「あ、どうだろ。氷河さーん」

 リアスの問いに、1人の男子がクリスティアに声を掛けた。

「…」

 ただ本人は没頭しているらしく、黙々と作業を止めない。段ボールを切り、形を確認し、またちょっと切り、を繰り返してる。
 あれたぶん延々と続けそうだわ。

 見かねたリアスが声をかけようとしたときだった。

『ひょーうーがさんっ』

 近くにいた女子が、クリスティアにのぞき込む。それでも没頭し続けてる彼女に、女子はそっと目元に手を持って行って。

『それっ』
「!!」

 パチンッと指を鳴らした。
 いきなり目の前に手が出てきてさらに音が鳴ったことに、クリスティアはぱっと視線をあげた。

「…なぁに」
『炎上君お迎え来てるよ』

 言われて、クリスティアは教室のドアを見た。リアスを捉えて、ほんの少し雰囲気が嬉しそうなものに変わる。

『向こうは終わったんだって。氷河さんはまだ時間かかりそう? って聞いてたよ』
「時間…」

 自分の手元に目を移して、女子じゃなく、リアスに向き直った。

「5分…」
「わかった」

 それだけ言って、リアスは教室を出ていった。それを見届けてから、隣にいるアライグマさんにさっきの続き。

「あーやって突然来るから。当日じゃないとばれちゃうかも」
『ふふっ、確かにそうみたいだね』
「刹那ちゃんの衣装は気合い入れたものね!」

 笑ってたら、シャッと勢いよくカーテンを開ける音と共に道化の声が聞こえた。目を向けると、衣装ではなく道化の制服姿。

「どうだった?」
「ぴったりだったわ! 特に苦しくもないし、かわいくて最高よ!」
「僕も大丈夫だったぞ波風!」
「お前らほんとにテンションたっけぇな」

 後を追うように男子更衣室からも祈童が出てくる。この2人揃うとすげぇ喧しい。楽しいけど。

「他は? 平気そう?」

 全員合わせは終わったらしくて、道化と祈童を先頭にぞろぞろとキャスト組が出てきた。聞けば、全員が頷く。

「ぴったりだったよ~」
『文句ナシの出来映えだぜ!』

 口々に褒めてくれる声に照れくささもありつつ、お礼を返した。

「波風君のおかげで助かったよ」
『お裁縫うまいんだねー』

 一緒に衣装係を勤めてくれた女子たちもそう言ってくれる。裁縫はほんとは俺よりカリナの方がうまいんだけども。褒められて悪い気はしない。

「そんなことないよ。みんなも手伝ってくれてありがと」
『いーえー。波風の見てて勉強になった!』
「そりゃどーも」

 なんて返して、近寄ってくる気配があったのでそっちに目を向けた。

 とてとてと歩いてきたのは、予想通りクリスティア。

「終わった…」
「お疲れ」
「帰っても、平気…? やること、まだある…?」

 俺の労いの言葉に頷いてから、クリスティアはアライグマ委員に聞く。彼女はそれに首を振って。

『大丈夫だよ、たくさん手伝ってくれてありがとう氷河さん。炎上君待ってると思うし後は任せて!』
「途中で帰っちゃってごめんね…」
『気にしないで!』
「氷河さんありがとうね、この前レース張り手伝ってくれたのすごい助かったよ」
『段ボール切るのもすげぇうまいし、氷河いてよかった』

 申し訳なさそうにするクリスティアに、クラスのみんながそう言葉を掛けた。
 元々うちのクラスでは悪く見る人はいなかったけど、この文化祭でさらに関係良くなったなぁ。親友目線で見ると寂しいけど兄目線で見るとすごい嬉しい。

「よかったね刹那。みんなの為になって」
「ん…」

 そう声を掛けたら、照れくさそうに頷いた。

『ほら、炎上待ってるぞ!』
「くれぐれもまだ言っちゃだめよ氷河さん!」
「ん、がんばる…」

 男子がクリスの荷物を渡してやって、ほんの少しまだ名残惜しそうにクリスティアはドアへと向かっていった。

「またね…当日、がんばる…」
「期待してるわよ刹那ちゃん!」
「気をつけて帰るんだぞ氷河」
「明日ちょい早めに来てな刹那、衣装合わせも含めてやるから」
「ん…」

 頷いたクリスティアが教室を出ていったのを見送った。
 リアスとクリスティアが玄関に向かって行ったのを見て、全員また作業に戻る。って言ってもクリスが小物づくり終わらせてくれたし、あとはちょっと飾り付けと片づけだけ。

 俺は全員から衣装を受け取って、畳んでいく。

「炎上くんっていつ来るか聞いているのかしら」

 隣で一緒に服を畳んでくれてる道化に答えた。

「初日の午前っつってたかな」
「それはまた随分早いんだな」

 裁縫道具の方を片づけてくれている祈童に頷いて。

「初日がフリーで2日目がフルらしいよ」
「大変なシフトなのね」
「1日フリーならうちのクラスの出し物見に来れるだろ、って考えらしい」
「自分を酷使してでも恋人のところに行こうとするとは、氷河も愛されているね」
「そりゃあもう」
「でもそしたら1日目しか刹那ちゃんのかわいらしい衣装見れないのね。残念じゃないかしら」
「刹那は2日目の午後に龍の店行くって言ってたし、衣装そのままにしとけばいいんじゃない?」
「看板を持たせたら宣伝にもなりそうだね」

 果たして持ってくれるだろうか。持ったとしても動きに支障が出た瞬間に外す気がする。その時は俺が持てばいっか。

「それにしても楽しみだわ! 刹那ちゃんの衣装! 2種類よね!」

 道化さん楽しみなのはわかるけどそのテンションだと服がごっちゃごっちゃ。

「会計係用と龍が来たとき用だからね」

 よれよれに畳まれた服を道化から奪ってきれいに畳む。

「初日の午前で来るならもう初日は初めから炎上用を着るのか?」
「いや、龍も何時に来るかわかんないし。エシュト外のお客なら一番で入ってきたりはするだろうけど、たぶん龍なら朝から準備の方に引っ張りだこだろうからまずは会計用着せる予定」
「すぐ来たら刹那ちゃん大変になっちゃうわね。それに炎上くん出て行ったらまた着替えるんでしょう? 初日はバタバタね」
「大丈夫だよ。どうせ龍は一回入ってきたら刹那が交代までずっといるって」

 1人で祭り関係ぶらつくタイプじゃないし。幸いうちの店は何分制、って縛りはないし。

「でもこのファンシーな中で炎上くんがいるのはなんか笑いそうね」
「それは僕も思った。恋人の為とはいえ入ってこれるのか?」
「そこも大丈夫、あいつは刹那のためならプライド捨てるから」

 何せぬいぐるみを友達認定だってしてやるからな。親友の名誉のために言わないけど。

 なんて話してたら。

「蓮」

 聞き慣れた声が聞こえて、ドアの方を見る。ひょっこりと顔を出したのは黒髪の妹。

「かり…」
「華凜ちゃん!」

 道化さんや、何故俺より先に嬉しそうに飛んでいく。

「あら美織さん」
「そっちは終わったのかしら!」
「えぇ、先ほど解散になりましたの。龍が刹那だけ連れていたので蓮がいると思ってきましたわ」
「いるわよ!」

 すげぇ楽しそうに話してんな道化。

「彼女は道化のあこがれだそうだよ」

 呆然と2人が話してるのを見てたら、隣の祈童が言った。え、そうなの?

「うちの妹に憧れる部分ある?」
「それは君の妹が聞いたら刀が飛んでくるんじゃないか?」
「龍じゃないから大丈夫だよ」
「炎上だと飛んでくるのか…」

 そりゃもう問答無用で。祈童はこほんと咳払いをして。

「交渉術、笑顔、物腰の柔らかさ。自分の向かうべき夢に必要なものが揃った人、だそうだ」
「祈童よく知ってんね」
「道化とは仕事柄、取る授業が少し被っていてね。同じクラスだから隣に座るんだ。授業が暇になるとよくそういう話をする」

 いや授業受けろよ。

「最近の悩みは授業も被らないしクラスも違うから、彼女から学ぶ機会がないことだそうだ」
「あー、確かにないね」

 俺と同じ授業だから全く系統違うだろうし。

「そういえば今度昼を一緒したいと言っていたよ」
「お前ほんとによく知ってんね?」
「よく話すんだ」

 話しすぎだろ。

「まぁ食べるなら着いてくればいいんじゃない? 刹那も2人のこと好きみたいだし」
「氷河に認められたなら大丈夫そうだな! 僕も行って良いのか」
「そりゃ道化だけで祈童はだめ、なんてことはしないよ」

 そう言えば祈童は嬉しそうに微笑んだ。そこで、女子委員の声が聞こえる。

『波風くんたちー、片づけこっち終わったからあとは自由解散でー』
「あ、わかったー」

 それに頷いて。

「華凜ー、ちょい待ってて」
「はいな」
「じゃあもう少しお話ししましょ!」
「お前はこっち来て手伝え道化」
「えー…」

 不満そうな道化を呼んで、残ってる衣装をぱぱっと畳んでいく。

「ねぇ、今日一緒に帰ってもいいかしら」

 衣装を更衣室の棚に置いてると、道化が声を掛けてくる。まだ話したいことはいっぱいあるんだろうな。
 ただ。

「今の道化さんはぽろっと文化祭のサプライズ系を言いそうなので却下」
「えー! ひどいわ!」

 そう言えば、道化は頬を膨らませて文句を言う。うん、ひどいのはわかってるんだけどね?

「仮にサプライズのこと言って龍の耳に入ったらどうすんだよ。台無しじゃん」
「うっ、まぁそうだけど…」
「僕も波風に賛成だね」
「祈童くんもあたしを信用しないのかしら」
「君はぽろぽろ話すじゃないか。テンションが上がると更に」
「うぅ…」

 さすが同じ授業取って交流が多いだけあるな。説得力すげぇ。
 残念そうに眉を下げてる道化に笑って。

「昼ご飯一緒に食べたいんでしょ? 今度刹那たちにも言っとくからさ。それで今回は我慢してよ」
「本当!?」

 言った瞬間、道化の顔はぱっと明るくなる。切り替え早ぇ。

「約束よ!」
「わかったわかった」
「忘れたら承知しないからね!」
「うん、わかったから道化さんや、そのテンションで服持たないで。せっかく畳んだのが崩れるから」
「楽しみだわ!」
「聞いて」

 嬉しそうに衣装を抱きしめる道化。そんなに華凜が好きか。妹が好かれるのは大変好ましいけれど衣装を離してくれ、皺になる。

「あとは僕が引き受けるから行ったらどうだ波風」
「いいの?」
「このテンションだとそのまま一緒に帰る羽目になる」
「まじか」

 今日だけは困る。
 未だに楽しそうにしている道化に目を向けて、また祈童に戻した。

「…平気?」
「任せてくれ!」

 まぁ交流が多い分こうなったときの対処もわかってるんだろうと思って、頷いた。

「んじゃ頼むわ」
「あぁ。明日はよろしく頼むぞ」
「こちらこそ。道化ー、俺帰るから。衣装汚すなよ」
「任せて!」

 すげぇ不安だ。
 ただ祈童がいてくれるのでそこは任せて、自分の荷物を持ってドアへと向かっていった。

「お待たせ」
「お疲れさまですわ」

 廊下で待っていた妹に声を掛けて、歩き出す。

「お店、ファンシーな作りでしたのね」
「かわいいでしょ」
「えぇ、とても。クラスの方々と合いそうですわ。お話喫茶ですっけ」
「そ」
「蓮も出るんでしょう?」
「道化に道連れにされたからな」

 靴を履き替えて、いつもの通学路へと出た。少しだけ日が落ちるのが早くなって、薄暗い道を2人で歩く。

「華凜出番いつだっけ?」
「初日が午前で2日目が午後ですわ」
「じゃあ2日目は見れるね。指名喫茶だっけ」
「はいな」

 なんかホストみたいな感じなのかな。名前聞いただけだからなんも想像できないや。

「蓮も刹那も両日午前でしたよね」
「そうだよ」
「2日目の午前、見に行きますわ」
「待ってるよ」
「でも刹那はキャストさんじゃないんでしょう?」

 一瞬NOって言い掛けたのを喉でぐっとこらえて、頷く。

「刹那は暴れたら危険だから会計係」
「残念ですわ…いくら払ったらお話しさせてくれるんでしょう」

 すげぇ真面目なトーンで言ってる妹がそろそろそっち方面に行きそうで心配。

「会計のとこでなら多少話もできるよ」
「ずっとそこに居座りたいですわ」
「それは他のお客に迷惑だから却下」

 まぁカリナが来た場合も多少は話の時間設けると思うけど。そこはまだ内緒と言うことで。

 歩いていれば、いつもの別れ道に着く。

「送ってこうか?」
「いいえ、平気ですわ」
「そう? んじゃ気をつけて帰れよ」
「はいな、レグナも襲われないようにお気をつけて」
「俺が襲われるってどんな物好きだよ…」

 呆れながら笑って、カリナに手を振って別れた。

 だいぶ暗くなるの早くなったし、冬はちゃんと送ってこうかな。家真逆なのがちょっと不便だよなぁ。あ、でもテレポートすりゃいいのか。

 妹の件は解決して、明日の予定へと思考をシフトした。

 明日は少し早めに起きて、クリスが来たら衣装合わせして、その間に他の子の最終チェックして…。
 コテとか持ってった方がいいかな。女子が誰かしら持ってくる? あ、でも一台しかなかったら間に合わなくもなりそうだから俺も持って行っておこうかな。確か義母さんのとこに何個かあったはず。

 んでリアスが来たら。

 そこまで考えて、きっと驚くであろう親友の顔を想像して、広角をあげた。
 妹も一緒に見せてあげられないのは残念だけど、服はまた後で着せてあげればいいと解決して。

 明日から始まる文化祭に、期待で胸を膨らませた。

『0913』/レグナ

志貴零

「苦しくない?」
「平気…」
「んじゃこっちの服はおっけーね」

 文化祭当日がやってきた。
 少し早めに家を出て、偶々同じくらいに出てきたらしいカップルと逢って。今日は待ち合わせはしてなかったけど、カリナとも逢って。いつものごとく4人でエシュトに向かい、教室の前で別れた。
 俺とクリスはそのまま更衣室に行って、クリスの最後の衣装合わせ。まずはリアス用の服のチェックを終わらせて、次は会計係用の服を手渡した。

「次、はい」
「ん…」

 会計係だから目立ちすぎず、だけど店のファンシーには合うように。白いワンピースに、裾や袖にはパステル調の紫のリボンをつけて。もちろん長袖ということは忘れずに。クリスティアが着終わった後、腰に同じ紫のベルトリボンをつけてやれば、スカートはふんわりと広がった。うん、我ながら良い出来。

 あとは髪型もちょっとかわいく。

「巻く? どうする?」
「巻いた方が、かわいい…?」
「んー…」

 クリスの周りを一周しながら、イメージを膨らませていく。どっちも良いけど、たまにはいつもと違った感じの方が楽しいよね。リアス用の衣装にも合わせるなら緩め。

「毛先だけ緩く巻こっか」
「ん…」

 言えば、クリスはおとなしくいすに座った。コテを暖めている間に、彼女の髪を少しいじっていく。

 そんな中。

「すっげぇ視線感じるんだけど」

 自分に向けて感じる、視線。ちらっと横を見てみれば。

 すでに着替え終わった女子たちによる、羨望のまなざし。
 とりあえず、その中心にいる道化に向けて聞いてみる。

「なに?」
「波風くんばかりずるいわ」
「なんでさ」
「かわいい女の子のかわいいコーディネートをしてあげる特権があるなんて。羨ましいにもほどがあるわよ」

 道化が言えば、他の女子たちもそうだそうだと頷く。
 クリスが好意的に見られているのは結構なんだけども。

「元々刹那は人に触られるのあんまり好きじゃないんだよ」
「今あたしは刹那ちゃんの幼なじみとして生まれたかったと後悔しているわ」

 幼なじみとして生まれたら何千年も生きる羽目になるぞ。

 クリスティアの髪を片サイドのハーフアップにして、暖まったコテで毛先だけを巻いていく。

「羨ましいのはわかったから店の準備しろよ。こっちも終わり次第手伝うから」
「せめてお化粧だけでもさせてくれないかしら!」
「残念化粧はもう朝の時点で龍がやってくれたらしい」
「どうして男性陣がそんなに女子力高いのよ!」
「かわいい妹分を持つと兄気質が発動して面倒見ちゃうんだよ」

 リアスは恋人にかっこよく見せたいっていうプライドもあるけども。

「だから刹那の件は諦めて各々準備に入ってくださーい」
「うぅ…」

 そう言えば、道化を筆頭にした女子たちは悔しそうに去っていく。それに一度息をついてから、クリスティアの最後の仕上げ。

「あとはこれな」
「…紅いのー…」

 事前にリアスに借りておいた、紅いカーネーションの髪留めを見せてやる。元々やる気はあるけれど、これつけてれば更にご機嫌になって店的にもいいだろうと思ったら大正解。目にした彼女はパッと明るくなってご機嫌そうに足をパタパタと揺らした。クリスが痛くならないように、なるべくヘアゴムに引っかかるようにしてつけてやれば。

 これはこれはかわいらしいクリスティアの完成。

「よし、終わり」
「ありがと…」

 自分で全体の鏡を見たクリスティアは気に入ってくれているのか上機嫌。それを見た俺も気分はいい。頑張ってよかったかも。これから文化祭始まるんだけども。

 そこで、更衣室のカーテンが開いた。目を向ければ、バーテン風の衣装に身を包んだ祈童。

「波風、杜縁先生がそろそろ集合だそうだ」
「まじか」

 俺まだ着替えてねぇわ。

「すぐ着替えるから重要なことあったら聞いといて」
「わかった。氷河、行こう」
「はぁい…」

 祈童はクリスティアを連れて更衣室を後にした。それを見送ってから、自分の準備をぱぱっと進める。
 昨日置いておいた自分の衣装に袖を通して、鏡を見る。

 うん、なんで俺こういうのかな。

 リアスを思わせる紅いワイシャツに、グレーのカジュアルスーツ。

 ホストかよ。

 道化が「波風くんはこれがいいわ!」って俺が持ってきた衣装の中からぱっと取ったもの。そして他の女子も混ざってあれよあれよとこんなコーディネートになったわけで。別に俺イケメンじゃなくない? こういう服装ってリアスの担当じゃない?

 なんて思いながらも決まってしまったものはもう仕方がないので、櫛で髪をとかしてから更衣室を出る。髪を特にいじらないのは、リアス曰く目が派手だから。髪型まで変にやると顔面うるさいって言われてことがあるからこのままで。

 更衣室を出れば、杜縁先生が教壇に立って話してる。祈童やクリスティアがいるところに近づいていった。

「よく似合ってるじゃないか」
「そりゃどーも」
「やっぱりあたしの見立て通りね!」
「俺浮いてない?」

 道化は薄紫のミニスカメイド服。クリスティアと同じように裾や袖にリボンをつけて、メイドと言うよりは魔法使いをイメージした感じに。他のキャストも種族関係なくお姫様調だったり、きちんとした正装っぽくして従者みたいな感じだったり。それなのに何故俺ホスト。

 けれどこれを決めた当の本人は何か不満があるのかと首を傾げるばかりだった。

「いいじゃない、個性豊かで」
「まぁ確かにそれをコンセプトにしているけども」

 調理側も表には出ないけれどおしゃれにしてるし。上のワイシャツはみんな固定。エプロンや下に穿くものは怪我がない程度なら自由。個性豊かな衣装で彩ってるから、その分内装は道化案のファンシーだけど控えめな状態に。実際みんな衣装着てみてどうかなぁとは思ったけど案外喧嘩しなかったな。道化やっぱりすげぇわ。
 そう思いながら、最後の忠告に入る杜縁先生の声に耳を傾けた。

「この笑守人文化祭の目的は2つ。我々笑守人の人間が人々を笑顔にすることと、将来的に実施されるであろう規制線解放の実験だ。その政策のため、この文化祭にやってくる一般市民には笑守人のヒューマン、ビーストがつけている異種族翻訳イヤフォンを強制的に貸し出している。未だに試作段階ではあるが、近い未来の完全普及のために市民に協力してもらう形を取っている。よって笑守人学園内での争い発生率は減るだろう。ただしまださっきも言ったとおり完全ではないため、ときたま誤作動を起こすこともあれば、イヤフォンを信用しない者もいるため争いが起きないわけではない。そこは迅速に対応するように」

 それと、と一息置いてから。

「毎年どこかしらにいるが、普段と違った服装であるが故に、女子に不埒な行為をする輩もいる。氷河」
「はぁい…」

「そういった者がうちのクラスで出た場合、問答無用で手をたたき落とせ。全責任は俺が取ってやる」

 まさかの教師から武力行使おっけー宣言きました。

「任せて…」
「波風も同様だ」
「了解でーす」

 それに杜縁先生は頷いて。

「ではあと10分で開場となる。調理組は準備を始めろ。キャストの半分はまずは宣伝へ。いいな」

 その言葉に全員で頷いて、動き出す。

 俺たちが笑守人に来て初めての文化祭が、始まった。

「あ、さっきの女の子が宣伝してたのここじゃない?」
「ほんとだー、あ、いるじゃんオッドアイの男の子!」

 笑守人の文化祭が始まって30分弱。宣伝担当組がうまくやっているのか、割と人は来ていた。
 男女比率はほぼ同じ。女性が来ると何故か毎回”オッドアイの男の子がいる”、っていうのがすげぇ気になるけどあとで道化に聞いておこう。

 人が入ってきたら、まず出迎えるのはクリスティア。

「いらっしゃい…」
「わぁかわいい!」
「…ファンシー喫茶にようこそ…好きなクマさんがいる席に座って…」

 そう言って、彼女は教室内のテーブルを指さす。
 空いているテーブルの一つの席には、俺たちと同じ格好をしたクマのぬいぐるみ達。お客さんには好きな席に座ってもらって、そこに座っているクマと同じ衣装のキャストが配膳・トークを行う仕組み。

 当然女子受けはよく、かわいいかわいいと言いながら、やってきた人型女性2人組は席に着いていった。

 一番奥の窓側に座っているのは、赤いワイシャツにグレーのスーツを着たクマさん。

 俺じゃん。

 とりあえず水が入ったグラスを2つお盆に乗せて、向かっていく。営業スイッチを入れて。

「おはよ、テーブル担当の蓮です。よろしくね」

 そうスマイルで言って、水を置く。普通ならそのまま「注文決まったら呼んでね」、なんて言うのがカフェの基本だけど、うちは違う。

 座ってるクマさんを取り上げて、彼(?)が座っていた場所に俺が座り、ぬいぐるみを抱え込む。

「注文決まったら言ってね、持ってくるからさ」

 テーブル担当になったら客が帰るまでそこに居座らなければならないのである。
 にっこり笑ってやれば、女性陣はものすごく緊張したような面もちになった。あれ、俺なんか圧与えるようなこと言った?

「あ、あの、おすすめってありますか?」
「おすすめ? えーとね」

 ばっと差し出されたメニューを一緒に見る。

 うちのファンシー喫茶のメインはパンケーキ。ただし、衛生面上あまり生物は使わない。フルーツとかは別として、生クリーム系は却下になった。異種族といういざこざが起こりそうなものが大前提としてあるから、争いの引き金になりそうなものは極力避けるという杜縁先生の配慮。
 その分どうするかといえば、パンケーキにチョコペンとかで落書きしたり、形を変えたり。アニマル調にしてしまうとビーストに悪いから、花とか星とか、当たり障り無い感じに。つまりは見た目で勝負。ちなみに男が喜ぶであろう、メイド喫茶よろしくチョコペンでメッセージを書く、なんてサービスもある。
 ただ俺がおすすめするのは。

「この花柄かな。かわいくない?」

 メッセージを書くという面倒なんてごめんなので当たり障りのない、かわいらしい花の形をしたパンケーキを選んでおいた。

「じゃ、じゃあこの花柄パンケーキと」
「あたしこの星形がいい!」
「おっけー。じゃあちょっと言ってくるね」

 注文のメモを取ってから、厨房があるカーテンに向かう。そこに掛かってるポストに入れておけば、あとは調理担当が作ってくれる仕組み。すぐに自分だってわかるようにメモには自分の名前を書いて、調理担当に呼んでもらう。なるべく時間のロスがないように、って実行委員が考えた案。できあがるまではキャストはおしゃべり。というわけで席に戻り。またクマを抱え込む。

「今日どっから来たの?」
「あ、と、隣町から!」
「へぇ、わざわざ来てくれたんだ」
「毎年おもしろい、って噂でね、来てみたんです」

 茶髪で元気な女の子と黒髪で控えめな話し方の女の子と当たり障りない話をしていく。

「ねぇ、ピンクの髪の子がね、オッドアイの男の子がいるって言ってたんだけど」

 やっぱ道化か。

「俺かな?」
「そのオッドアイってカラコンなんですか?」
「いや? 元から」
「すごいねー、オッドアイって初めて見たよ! きれい!」
「ありがと」

 にこっと営業スマイルで笑ったら、なんか顔が赤くなってる気がする。大丈夫かこの人たち。

「蓮くーん」
「はいはーい」

 注文したものができたらしく、俺の名が呼ばれる。女子には待っててね、と声を掛けて、取りに行った。そこで、宣伝から戻ってきてキャストとして動き始めた道化と逢う。

「さすがモテモテね」
「お前だろ、オッドアイのやつがいるって」
「そうよ、オッドアイのイケメンとおしゃべりできますよ、って言っておいたわ!」

 なんつー余計なことを。

「次俺が宣伝になったらピンクのかわいいかわいい女の子とおしゃべりできるって言っとくわ」
「あら、光栄ね」
「ぜってー大変だからな」

 そう笑いあいながら言って、俺は注文した者を受け取り、席に戻った。

「お待たせ。花柄パンケーキと、星形パンケーキね」

 パンケーキの中心や周りに苺をあしらった花柄のものと、パイナップルやみかんで小さな星を演出した星形のパンケーキを出した。見た瞬間に、女子2人の顔はぱっと明るくなる。

「かわいいです!」
「すごーい! ねぇ写真撮ってもいい!?」
「もちろん」

 変にキャストを映さなければ。許可を出せば、2人はパシャパシャと写真を撮る。すっげぇ喜んでるが女性よ、そのデザインを考えたのはうちの杜縁先生だ。それを知ってる俺は何か複雑だわ。

 一通り撮って満足したのか、パンケーキを口に運んでいく。おいしいおいしいと言いながら食べてくれるのは悪い気はしない。

「今日はこれからどうすんの?」
「えっとね、演劇とかもあるみたいだからそっち見たいなーって!」
「あと、1年生、だったかな? 8組でエプロンシアターやってるそうなので、見てみようと思ってます」

 8組って雫来のクラスじゃなかったっけ。まじか、後で見に行こう。

「そっか。結構いっぱいあるから楽しめると思うよ。明日も来るの?」
「はい、一日では回れそうにないので」
「じゃあ俺また午前いるからさ。もしよかったらまた来てよ」

 なんて笑って言えば、2人はこくこくと頷いた。すっげぇ俺今ナンパしてる気分。すげぇむずがゆいわ。

「ごちそうさまでした」
「おいしかったよ!」

 話しながらも食べる手も進んでいき、2人は案外あっという間に食べ終わった。そうして立ち上がるのに合わせて、俺も立つ。

「もう帰る?」
「あ、はい。色々見てみたいので」
「そっか」
「お会計ってどこでするの?」
「始めに受付してくれた水色の子いたでしょ? その子に渡してあげて」
「わかったわ! ありがとう、楽しかった!」
「いーえ。また来てね」

 そう手を振って、2人を見送った。

 思わず息をつきそうになるのを、必死にこらえる。

 実際やってみたけど結構きっついわこれ。知らない人に愛想振りまいて当たり障りない会話して。バイトとかってしたことないけど接客業って大変だな。尊敬するわ。

 彼女たちが去ったテーブルを片づけて、また自分のクマを置く。是非このクマの存在に気づかず終わって欲しい。

 フラグだったけどな。

「じゃあまたな」
「おー、今度おすすめのゲームやってみるわ!」
「はいはーい」

 見送って、息をつく。
 時計を見たら11時半前。今日の宣伝担当組のおかげなのか割と評判がいいのか、人の入りは上がっていた。そして案の定俺も特に休み無く。さっきは1人でやってきた男子とゲームの話で盛り上がり、その前はカップルの恋愛相談に乗り。楽しいけどもトークスキル高い方じゃないから結構堪えるなぁ。周りを見ると道化や祈童は慣れたように話してる。他の子も楽しそうだ。さすがそっち方面に向かうだけあるなぁと感心した。見習ってもう一頑張りしますかと首を回して、自分のクマを置いたときだった。

「随分繁盛しているんだな」
「いらっしゃーい…」

 聞き慣れた、声。俺も、話をしていたキャスト組も一斉にそっちを向いた。

 その視線の先には、リアス。

 宣伝係なのかウェイターの格好をして、看板を持ったリアスは教室をのぞき込むようにして立っていた。捉えた瞬間、全員の雰囲気が変わる。あくまで話をしている組はちゃんと話をしたまま。リアスのためにと練った作戦を、動ける者で実行していく。

「おひとり様…?」
「そうだな。随分かわいらしい格好しているじゃないか」
「でしょー…蓮がやってくれた…」
「良かったな」
「入ってく…?」
「今から暇だしな。お前を待っている間いようかと思っているが」

 なんて会話を聞きながら、俺がいたテーブルのいすには、さっきまで置いていた俺のクマじゃなく、調理組がさっと渡してくれた違うクマに変える。水色を基調としたワンピースを来たクマさん。当然俺が衣装チェンジするためではない。

「やっほー、龍。案内するよ」
「ああ」

 セッティングは終わって、担当がいなくて空いている俺は2人に接近。本来は空いている席にどうぞ、だけど今回は好きに座られては困るので俺がご案内。ここに座れと言うように水色のワンピースを着たクマさんの前のいすを引いた。

「…随分ファンシーなクマだな」
「かわいいだろ。んじゃ担当の子が来るから。メニューでも見てちょい待ってて」
「わかった」

 おそらく俺が案内している間に誰かしらがクリスティアと会計を交代しているはず。リアスがメニューを広げたのを見て、ちらりと会計場を見た。そこにはアライグマ委員さん。ぐっじょぶ委員さん。

「あれ炎上君じゃない?」
『ほんとだー』

 周りが少し騒ぎ始めているのは気にせず、俺はそのまま自然に更衣室へと入っていく。

 そこには交代してきたクリスティア。彼女専用の衣装棚に置いておいた服に袖を通し終わったところだった。ナイス俺。

「髪ちょっと解かそうな」
「ん…これ、こんな感じで良い…?」
「うんおっけ。苦しくない?」
「へーき…」

 クリスティア専用のクマと一緒の、ちょっとアリスチックな衣装に変えて、着替えるときに乱れてしまった髪の毛を整えてやる。全体を見て。

「よしかわいい。行くか」
「はぁい…」

 2人で頷いて、ちらりとカーテンから外を覗く。リアスはメニューに目を落としたまま。入り口にはなんかうちの学校の女子が増えてるけどそこはまあ気にせず行こう。
 俺はこのままフリーになるので、待ってるお客の相手をしつつ全体の見張りに移る。廊下で待ってしまうと他の方の移動の邪魔になってしまうので、うちは教壇の方の窓側に待合い場を作ってる。そしてリアスがいるのは提供スペースの窓側。うん、しっかり声も聞けそう。

 とりあえずどのみち同じ方向には行くので、クリスを連れてリアスの元へ。気配が近づいてきたのがわかったのか、こちらを見上げた。

 瞬間、あまり表情の変わらないリアスの目が、開いた。

 思わずにやけそうになるのをこらえて、営業スマイルで。

「お待たせしました。当店特別のキャストでーす」
「でーす…」

 かわいらしい格好のクリスティアは止まっているリアスに構わず自分のクマを抱き上げ、リアスの目の前に腰を下ろす。

「んじゃお楽しみください」

 そう声を掛けてから、俺は待合い場へ。って言ってもそこに座っている女子は全員リアスに目線が行っているので俺の出番はなさそう。いいことだ。俺はこのままあいつらの会話に耳を傾けたい。
 窓に寄りかかって、一応全体は見てみる。あ、他の女子もキャストそっちのけでリアス見てるわ。じゃあ良いかとリアスたちに意識を向けた。

「…キャストはやらないと聞いていたが」
「やらないのは、本当…でも、龍が来たときは、専用のキャストになるの…」
「初耳だ」
「サプライズ…」

 そういえば、リアスはまた一度目を開いて、ふわりと笑った。

「そうか」

 わぉすげぇ女子の歓声。

「服も変えたんだな」
「うん、キャスト用…」
「よく似合っている」

『やばいあれ言われたい』
「もうやばいしか出てこない」

 女子の語彙力が無くなり始めました。

「なんか、食べる…? 飲む…?」

 クリスが聞いたら、リアスはもう一度メニューを見て。

「コーヒーと…。あとこれ」
「わかったー…」

 一つを指さして、クリスティアはメモを書いてカーテンのポストへと投函しに行った。そのまま座ろうとしたクリスティアを止めて、リアスは全体を見るように彼女を目の前に立たせ、髪をいじる。あいつここ家だと思ってねぇよな。

「髪も巻いたのか」
「似合うでしょー…」
「あぁ」

 こてんと首を傾げれば、リアスは緩く笑う。それに伴って女子が奇声を上げた。うちの店の雰囲気全部持って来やがったリアスのやつ。別に良いけども。
 しかもちらっとドア付近を見てみればさらに女子が増えている。何故。やっぱイケメン効果かとリアスの方に目を向ければ、あいつが持ってきた看板が目に入った。よく目を凝らしてみてみると。

 ”午前の後半、1年1組にいます”

 カリナさんや、うちの集客してどうする。

「午後はそれでまわるのか?」
「どっちがいいー…?」
「明日、どうせ着替えないならそっちでいいんじゃないか」
「じゃあこれでまわる…」

 それにしてもあっまいなこの雰囲気。ちょうどクリスが調理担当に呼ばれて注文したものを取りに行った。帰ってきた彼女のお盆の上には、コーヒーと花柄パンケーキ。

 あ、クリスに食わせる用だ。

「食べるの…?」
「俺が甘いものを食うとでも? お前の分だ」

 案の定クリスティア用らしく、リアスは彼女の前に皿を置く。

「わたしは今お仕事中…」
「キャストに何も食わせるなとは聞いていないが」
「常識…」
「よくあるだろう、バーだってバーテンに一杯くれてやることもある」

 なおも首を振るクリスティア。見かねたリアスはフォークで一口分のパンケーキを取り、クリスティアの口元へ持って行った。
 今現在横では「やばいやばい」と女子の興奮した声が聞こえております。

「ほら」
「…」
「刹那」
「食べないなら、頼まなきゃ良い…」
「無性に苺が食いたくなった。ただ苺だけなんてないみたいだからな」

 なんて言ってしまえば、利害は一致するわけで。クリスはあまり乗り気ではないけれど差し出されたパンケーキを口に含んだ。

「…おいしい」
「よかったな。ほらフォーク」
「ん…」

 そのままリアスからフォークを受け取って、クリスはパンケーキを食べ始める。甘い物を食べれて幸せそうな雰囲気がすげぇ伝わってくるわ。

「いちごー…」
「あ」

 リアスも普段と違う格好で満足しているのか、差し出されたいちごをぱくりと食べた。俗に言う「あーん」ですね。もう2人の世界じゃねぇか。

「おいし?」
「あぁ」
「甘くない…?」
「いつもみたいに生クリームがあるわけじゃないからな」
「生クリームはねー、衛生上やめになった…」
「うちでは使っていたが」
「ほんと…? 明日食べに行く…」
「待っている」

「…ねぇ炎上君ってあんな甘い顔するんだねー」
『いっつも無表情でクールな感じかと思ったら、恋人にはすごいあまあまじゃない?』

 2人の世界を見ていたら、小さな声で聞こえ始めたそんな言葉。確かに基本表情変わらないからあそこまで外で甘い顔見せるのって珍しいかも。どんだけあいつ舞い上がってんだよ。2人で楽しそうに話しているのを見ながら、聞こえ始めた言葉に耳を傾けていった。

『氷河さんって7月にすごいぶわーってなったじゃん』
「あったねー。でもさぁ?」
「うん、炎上くんのことめっちゃ好きーって感じやばくない?」

 あ、そんな悪い感じの言葉じゃなさそう。

「前にテストの時に一緒になった子たちがさぁ、笑うとめっちゃかわいいみたいなこといっててー」
『あー聞いた聞いた! 全然嫉妬するように見えない、ってやつでしょ?』
「そうそう! あれ見てるとすごいわかるわぁ」

 俺もわかるわぁ。あんまりすぐに掌返しって好きじゃないけど。女子に混ざって思わず共感してしまう。

 お互いほんとに大好きだもんなぁ。互いに不器用だから守りたい手段が強硬手段なだけで。
 ふと、周りもこの女子たちと同じ感じなのかなと見回してみる。そこで目に入ったのは、あの7月の時にクリスを傷つけた先輩方。一瞬いらっとしたけれど、よくよく見てみればその目からはクリスに対する嫌悪感は感じられない。さりげなーく近づいて、俺の姿は捉えられない位置に行って耳を傾けてみた。

『ねぇ炎上くんいるじゃん』
「やばくない? なにあの甘い顔。見たことなインだけど」
「氷河さん限定的な?」
「やばいやばいあれ見て、あの顔。見て。見た!?」
『見てる見てるやばい』

 すげぇリアスの表情が変わる度に語彙力がなくなってるわ。

「うわぁ是非あたしたちに向けてほしかったあの顔」
『いや無理でしょ。なんかもう恋人大好きです、って顔じゃんあれ』
「氷河さんもやばくない? 初めてあんな甘い嬉しそうな顔見たんだけど」

 ほっとんど見れないレアな顔なので是非脳裏に焼き付けてほしい。

「お互いのあれ見たらもうダメだわ。なんか敵わない」
『あんだけ大好きならそりゃ盗られるかも、ってなったら怒るよねぇ』
「うわ超良いあの顔」

 その言葉を聞いて、リアスに目を向ける。うっわすげぇ甘くほほえんでるよ。なんだあれ。

「やばい氷河さんぐっじょぶ超良いの見れた」
『ていうか氷河さんもすごいかわいい。7月と大違い』
「わかるわぁ。あのお互い大好き感がにじみ出るのやばい。カップル推しになりそう」
「普段無表情なのに2人でいると顔面崩壊するとかなにそれ最高。かわいすぎかよ」

 少しずつ遠のいていく声。たぶん満足して去っていったんだろう。なんか思わぬ方向に行ってるけど完全解決、なのかな?
 再び待合い場に戻れば、似たような声がちらほら聞こえる。

 恋人の為にファンシーな店に1人で来るのやばいかわいい、初めて恋人っぽさ見たかもしれない、お互いの大好き感ハンパない。

 大体そんな感じの声。ただ言われてる本人たちは2人の世界なのでまったく聞こえておらず。クリスがリアスにいちごを食べさせ、話、時折笑いあう。俺たちから見たら当たり前の光景だけど、普段外でいちゃつかない分周りの人にとっては目を疑うような光景。

「あんな風に笑うのね」
「道化」

 窓に寄りかかって見ていたら、聞き慣れた声。目を向けると、リアスたちの方を向いている道化。

「仕事は?」
「今現在みんなあのカップルに夢中よ。いてもお話も何もしないからこっちに来ちゃったわ」

 見ると他のキャストも客から離れて各々違う仕事をしている。うちのカップル効果すげぇな。再びリアスたちに目を戻して、道化と話す。

「あんな甘い顔全然しないからね」
「ほんとよ。一瞬別人かと思ったじゃない」
「2人だと案外あんなもんだよ?」
「いいわね。とてもおいしいシチュエーションだわ」

 あぁそれはわかるわ。

「7月ではあまり良い感じに見られてなかったけれど、今日のでもだいぶ変わったわね」
「だなぁ。あんまり掌返し、って好きじゃないんだけど」
「あら、きっかけはいつだって突然よ。終わりよければすべてよし、これで刹那ちゃんに嫌な目を向けるやつが減るならいいじゃない」
「まぁそれはね」
「ついでにあんなの見せられちゃったら炎上くんにあわよくば、って子も減るんじゃないかしら」

 クリスの口元についたパンケーキをリアスが掬う。それを彼女の口元に持って行けば、迷うことなく口に含んだ。

「むしろ増えそうじゃね? 確かに敵わないって言ってる人も多いけど。自分に向けてほしいから頑張ります、みたいなさ」
「あら、彼女たちを見た子がなんて言ったか知ってる?」
「ん?」

 のぞき込むように言われて、道化を見る。彼女はいたずらに笑って。

「龍刹最高、だそうよ」

 あの2人は新しいカップリング名まで作りやがったか。

『0914』/レグナ

志貴零

4/25から執筆開始!

 文化祭一日目、午後。
 レグナと一緒に午前のシフトを終えて、一緒にいたリアス様と三人でカリナを待つこと数分。

「かっわいいです……」
「うん…」
「最高です刹那……」
「そう…」
「いくら貢げばお話ししてくれます??」

 やってきた親友が本気で道を開拓しそうで、心配。

「そもそも刹那の時間は終わっただろう」
「そうですね、あなたが独占したせいで」
「お前が午前にシフト入っていたのが悪いんだろうが」
「今全力で文化祭前に戻りたいです……」

 カリナ目がガチ。

 って今はそうじゃなくって。

「時間、なくなっちゃう…」
「そうだよ、早く行こ」

 文化祭は午後の四時まで。
 明日はリアス様一日シフトって言ってたし、四人で回れるのはこの時間だけ。
 一秒も無駄にはできない。

「明日、いっぱいお話しするから…」
「本当です? 明日まで頑張って生きますね」
「明日以降も頑張って生きてよ」

 カリナの若干本気の目にみんなで笑いながら、一組の教室前から歩き出す。

 ところで、

「まず、どこ行くの…?」

 歩き出したわりにどこ行くかとかなんにも決めてなかった。
 思わず全員で立ち止まって、目を合わせる。

「……刹那とお茶してるときにそういう話なんもしてなかったの?」
「していなかったな、可愛さにかまけていた」
「同じ状況なら私もそうなりそうなのでとがめられないです」
「そうだろう」
「ばかなこと言ってないで決めようよ…」

 どこ行くのって、主にリアス様を見上げて首を傾げる。
 三人はまた目を合わせて、ちょっと思考中。

 一番に口を開いたのは、レグナ。

「とりあえず俺八組には行きたい」
「一年のか?」
「うん、雫来とエルアノのとこで劇やってんだって」
「あら、面白そうじゃないですか」
「近くに、ティノの教室もある…」
「知り合いのところは一通り行ってみるか」

 リアス様の提案に、うなずいて。
 今度こそしっかり、歩き出した。

『〈あぁっ、王子様!! 私はあなたをこんなに愛していますのに……!〉』
『〈すまない、ボクには心に決めたヒトができてしまった……!〉』

 一般の人もいて、いつもより少し狭い廊下を歩いてくことしばらく。
 八組まで来て、「入り口」って書かれてるところから少し薄暗くなってる教室に入っていった。

 ちょっと明るくなってる黒板の方を見たら、王子様の服を着たワシのビーストと──

「エルアノだー…」
「ほんとだ」

 お姫様の冠をつけた、エルアノ。いつも首につけてるリボンもお姫様みたいにレースいっぱいで、かわいい。

『〈許嫁の私よりもそのヒトがいいって言うの!?〉』
『〈……、すまない……!〉』

 舞台から逃げようとするワシ王子様に、エルアノは翼をのばす。

「……これどんな話?」
「えーと、異種族間が仲良くなれるようにと、異種族の愛を描いたお話らしいですね」

 伸ばした翼は届かなくて、王子様は舞台からいなくなっちゃう。
 しばらく固まったあと、エルアノは地面に翼をついた。

「エルアノすごい…」
「名演技だな」

『〈ふ、ふふふ……〉』

 うつむいたエルアノから、笑い声が聞こえてくる。

 え、笑い声?

『〈ふふふ、ふふふふふっ……良い度胸じゃありませんか……〉』

 あ、顔上げたエルアノの目が座ってる。

『〈私をコケにしたことっ、今に思い知らしてあげますわ……!!〉』

 わぁすごい殺気全開でエルアノ去って行っちゃったよ。
 これ絶対ドロドロなやつじゃん。

「昼ドラ系なの…?」
「復讐劇をまじえた純愛ものらしいですよ」

 復讐劇が入った純愛ってなに。

「そして残念なことに蓮」
「はいよ」
「この回に雫来さんはいらっしゃらないようですわ」
「まじか」

 パンフレットを見てたカリナがうなずく。

「明日の方には名前がありますが、今日一日の出演者の方にはありませんね」
「そっかぁ、ちょい残念」
「ならひとまず出るぞ」

 雪巴がいないってわかったリアス様が、わたしの背中を押す。
 え、もう?

「まだ見たい…」
「却下。内容が教育に悪い」
「それはちょっと賛成ですわね、刹那には刺激が強いですわ」
「これも、勉強…」
「その勉強はまず龍との純愛スキンシップが終わってからにしようね」

 ちくしょう。
 ほっぺ膨らましてみたけど、背中引っ張られたり手引かれたりしたら力でかなうはずもなく。
 ほぼ無理矢理八組の教室をあとにした。

 それから、ちょっとだけ歩いて、十組へ。

「フリーマーケット…」
「手作りの品からお古のものまで目白押し、ですって」

 立てかけてあるかわいい看板を横目で見ながら、教室に入っていく。

 と。

「わぁ…」

 おっきい教室いっぱいに、いろんなミニお店が。
 ひとつひとつのお店には、教室前にあったようなかわいい看板。

 アクセサリー、ぬいぐるみ、洋服…。

「いっぱい…」
「走るなよ」
「うんっ…」

 早く、とリアス様を引っ張りながら、端からお店を見ていく。

「あ、ゲームもあんじゃん」
「あら、これ懐かしいですわね」
「発売直後やったね」

 二人とも、三十年くらい前のゲームにそんなこと言うから店員さんが「君いくつ」って顔してるよ。
 一応現在十六歳で通してるから。

「聞こえていないな」
「だね…」

 そんなわたしの目には懐かしいゲームを見てはしゃいでる双子は気づかず。
 リアス様と肩をすくめて、わたしたちは先に見ていく。

「…!」

 ちょっと歩いていって、目に入ったのは。

 リアス様の目見たいに紅い、星のストラップ。

「紅いのー…」
「おい引っ張るな」

 そう言われつつも、きれいなそれを早く近くで見たくて、リアス様をぐいぐい引っ張る。
 近づいていってきちんと見ると、光に当たってきらきらしてて、とってもきれい。

「かわいい…」
『いらっしゃい!』
「!」

 掛けられた声に、ぱっと上を見た。

 そこには、

「ティノだー…」
『氷河さんいらっしゃーい! 来てくれてありがと!』

 目的のビースト、ティノ。

「ここ、ティノのところ…?」
『そうだよー!』
「すごいきれい…」

 改めて、テーブルに広げられたティノのお店を見回す。
 さっき見た星のストラップ、月の形の中がきらきら光ってるブローチ、奥にはオルゴールみたいな箱。

 真ん中に置いてある、ひし形のきらきらしたヘアゴムを手にとって、リアス様を振り返る。

「きれい…」
「あぁ」
「かがんで…」
「俺に当てるのか……」

 あきれながらもちょっとかがんでくれたリアス様に、手に取った薄緑のきらきらを当てる。

「かわいいー」
「それはどうも」

 かわいいのを確認して、元の場所に戻す。
 手前にはヘアピンに、くしもある。

 あと手前に──

「…てづくり?」
『あ、う、うん! そうなんだ』

 手前に置かれてた看板には、「手作りアクセサリー店」って描いてあった。

 このきらきら、手作りなの?

 え、すごすぎでは?

「ティノが、一個一個…?」
『うん……そうだよ』
「すごい…」
『え』
「え…」

 ティノの、びっくりした顔を合う。
 あれわたしそんなおかしいこと言った?

『す、すごい、かな? 変じゃない?』
「?」

 ティノが首をかしげながら聞いてきたけど、その質問にわたしも首をかしげちゃう。
 二人して首をかしげて、しばらく。

 とりあえず答えなきゃって、口を開いた。

「変じゃないよ」

 ちょっとだけ、ティノが目を開いた。

「ティノ、すごい。おっきい手で、小さなきらきらいっぱい作ってる」

 ふわふわでおっきい手で、長い爪で、こんな小さくてかわいいもの、作れる手。

 まるで、

「ティノの手は、魔法の手みたいだね」

 わたしの言葉に、ティノはもっとびっくりした顔になった。
 それに首をかしげてから、もっかいリアス様の方に振り向い──

「…なににやにやしてるの」
「していないだろう」
「でも、楽しそう」
「まぁ、そうだな。相変わらずだと思って」
「…?」

 それには意味わかんない、って返して。

「それより、これ…」
「ん?」

 さっき見た星のストラップを指さす。
 一番好きなきれいな紅。

「これ欲しい…おさいふ…」
「あぁ」
『え、えっ、買ってくれるの?』
「うん…」

 おどろいた声のティノに向き直って、うなずく。
 どうしてそんなにおどろいた顔してるのかはわかんないけれど。

「あら刹那、お買い物です?」
「お、ティノ。やっほー」
『あ、い、いらっしゃい!』

 そこで、さっきまでゲーム見てた二人がこっちに来た。
 カリナにうなずいて、紅いストラップを指さす。

「まぁかわいらしい。レジンですね」
「ティノが作ったんだって…」
「まじか。すごいね、超丁寧」
『あ、ありがと!』
「刹那はこの紅いお星様を買うんです?」
「うん…」
「ほら」
「ん…」

 リアス様が渡してきたおさいふを開けて、小銭から見てく。
 ストラップは八百円。小銭は…

 あ、ないや。
 六百円しかない。

「千円出してお釣りなしでもいい…?」
「俺は別に構わないが」
『ボクが構うから!!』

 思いっきり首振られちゃった。

「六百円しかないんだもん…」
「小銭で六百円あればいい方だと思うけど」
「ぴったり出したいならこうすればいいだろう……」

 ちょっとあきれた声で言いながら、リアス様は手を伸ばしてくる。
 手に取ったのは、

 隣にある、色違いの、水色の星。

「これと二つ買えば千六百円になってぴったり出せる」
「じゃあそうするー…」
『え、えっ?』
「二人がお揃いにするならわたしだってしたいですわ」
「ピンクと黄緑あるじゃん」
「四つで三千二百円ですね、ぴったりです」
「勝手に人の金で払おうとしてんじゃねぇよ」
「じゃあご飯おごりで貸し借りなし」
「お前らな……」
『え、えっと』

 わたしが持ってるお財布をリアス様に渡して、お金を出してる間に。

「ティノ」
『!』

 四人の色みたいな星のストラップを手にとって、ティノの前に出す。

「これ、ください」

 またびっくりした顔していたけれど、ティノはだんだん、うれしそうな顔になって。

『はい! ありがとうございます!』

 いつもみたいに元気に笑った。

「…♪」
「それにしても本当にきれいだな」
「これが手作りってすごいですよね」
「クオリティやばい」

 ティノの教室をあとにして、四人でさっき買ったストラップを見ながら校庭の方に歩いてく。
 光に当たるともっときらきらしてすごいきれい。

「どこにつけましょうか」
「けーたい…?」
「刹那のはしっぽがでかすぎて埋もれるでしょ」
「ならバッグは」
「あなたにしてはまともな意見ですね」
「お前だけ倍の金額請求してやろうか」

 二人のいつもの掛け合いに笑って、校庭の真ん中に歩いていくと。

「あ、雫来だ」

 レグナが声を上げた。
 見ている方向に、目を向ける。

 ………めっちゃ人だかりなんだけど。

「どこ…?」
「真ん中のとこ」
「どれだ」
「え、いるじゃん、あの帽子の子」
「あなたあの人の隙間からよく見えましたね」
「目立つでしょ」
「単体なら目立つがあの人だかりで見つけられるお前がすごいんだが」
「えぇ……? そんなことなくね?」

 不思議そうに言うレグナに首を振って、雪巴がいるらしいひとだかりに歩いてく。
 途中で、

「お前はストップ」
「来ると思った……」

 あと五メートルくらいってところでリアス様のストップ入りました。
 超過保護なリアス様がここまで近づけさせてくれただけ成長だよ。

「あら、龍はもったいない選択ですわね」
「わざと言っているのか」
「過保護は存じておりますけれど、ほら」

 一緒に立ち止まったカリナが指さしたのは、看板。

「…図書委員の、本配布…?」
「どうやら不要図書をボランティアとしてお配りしているそうですね。仕方ないとはいえど、本好きのあなた方にとっては少々もったいない選択かと思いまして」

 あ、リアス様ちょっと行きたそうな顔してる。

「行く…?」
「……いや」
「結界張っておけばいいでしょう。この学園内ならなにが起きても誰も疑問に思いませんわ」
「それはそうだが」
「そのための笑守人学園入学じゃないですか。使えるものは使いなさいな」
「……」

 相当悩むこと、しばらく。

「……刹那、結界」
「はぁい…」

 珍しく人混みにもオッケーいただきました。

「さすが華凜…」
「ふふ、お任せくださいな」

 二人で親指を立てて、リアス様がわたしに結界かけたのを確認して、いざ図書スペースへ。

「ところで蓮は…?」
「彼なら雫来さんのところへまっしぐらでしたわ」

 いつの間にかいなくなったレグナを探してみると、カリナがまた指を指す。
 その先には、雪巴とお話ししてるレグナが。

「随分仲がいいんだな」
「趣味が合うらしいです。この前ゲームショップで逢ったんだとか」
「へぇ」
「図書室でも、仲良さそうだった…」
「趣味が合うとはいえ、まっしぐらに行くくらいなのは珍しいな」

 話しながら、目の前に広がった本を見てく。
 あ、この本は読んだ。こっちは、作者さんは知ってるけど本は読んだことないや。

「おや、後輩さん方じゃないですか」
「あら武煉先輩」
「やぁ華凜、今日もきれいですね」
「まぁありがとうございます」

 リアス様に本を指さしたりしながら見ていくと、聞き慣れた声が聞こえてきた。
 目を上げたら、武煉。でも──。

「俺に会いに来てくれたんですか?」
「まさか。兄の知り合いがいたのを発見したから来たんですよ」
「それでも俺と逢うのは運命だね」
「相変わらずポジティブなこと」

 にこにこ笑い(カリナは愛想笑い)ながら、二人も話してく。
 その間に周りを見てみるけど、やっぱりいない。

「陽真は、一緒じゃないの?」
「おや、俺たちは別にいつも一緒なわけではないよ」

 まぁ、

「今日はそもそも来ていないだろうけどね」

 少し寂しげな顔に首をかしげたら、諸事情です、って返された。
 そっか、ってうなずいたら、またいつものやさしい顔に戻る。

「陽真先輩がいないとなったら、あなたもお休みしそうでしたけれどね」
「それだと華凜が寂しがると思いまして」
「自意識過剰ですよ」

「刹那」
「ん」

 なんだかんだ楽しげに話してるカリナをおいて、わたしたちは本探しを再開する。
 古めの本もあって、読みたいのを手に取りながら歩いてく。

 まわり始めたとことは反対側、レグナが雪巴と話してるのを越えて、また本を見てく。

「楽しそう…」
「だな」

 ちらっと見たレグナと雪巴は、お互いに楽しそうに話してる。
 ゲームの話かな。

 カリナたちの方になんとなく目を移したら、あっちも話が盛り上がってるみたい。

「華凜も蓮も、雪巴とか武煉のこと、気に入ってるよね…」
「本人たちは普通と言うがな。端から見るとお気に入りだろう」
「しかも異性…いつもより、楽しそう…」

 リアス様を見上げたら、紅い目と合う。
 首をかしげて、

「二人とも、恋愛には、どんかん…?」
「……まぁ、必ずしも恋愛ではないんだろうが、鈍感ではあるんだろうな」
「相手は苦労しそうだね…」

 って言いながら、また本に目を戻すと。

「……お前も人のことは言えないと思うがな」

 ちょっと呆れた声のリアス様に、また首をかしげておいた。

 わたしこんなにさといのに。

『0915』/クリスティア

志貴零
4/29~執筆開始!志貴零5/5済み
8/2 9月編へ移動

 さぁ十月にも入り、文化祭後半戦。

 リアスは今日一日フルでお店番。クリスティアとレグナも午前はお仕事。
 そして私は午後からお仕事。

 というわけで。

「なんと寂しい文化祭二日目の午前ですわね」

 友人も兄もいない、いわゆる「ぼっち」で文化祭を回ることになってしまった。

「どうしましょう、刹那のところへ先に行くか、あとに行くか……」

 先に見たいなという欲もありますし、午後の店番への活力として拝んでおきたいという思いもある。
 一般の方々でいつもよりにぎわう廊下で、一人、顎に手を添えて悩みます。

「おいそこに突っ立っているだけなら手伝え」
「お断りします。店番じゃないので」

 見なくてもわかる男には振り向かずにそう告げて。
 ひとまず午後まではこの男と二度と会うまいと、そのまま上に上がれる階段がある一組の方へ歩き出しました。
 もれなく舌打ちが聞こえましたがスルーで行きましょう。あとで覚えていなさい。

「あら!」
「…!」

 そんな怒りも秒で頭からすっぽ抜けましたわ。
 黒板側の方をちらっとのぞくと、昨日見たときとは衣装が違うクリスティアが。
 白いワンピースに薄い紫色のリボンがあしらわれたなんと可愛いお洋服。

「さっそく来たの…?」
「導かれましたわ……!」

 颯爽と教室の中へ入っていき、小さく首をかしげるクリスティアに、おいでおいでと教卓から出てもらうよう手招きをする。
 けれど、いつもの無表情で首を振られてしまった。

「営業中でーす…」
「えぇ……いくら貢げば出てきてくれます……?」
「華凜さいきん目がやばい…」
「そんなことないです……」

 親友とお話ししたいというのは当然の気持ちのはず。

「とりあえず、ここいるとつまっちゃうから…席…」
「うぅ……刹那ぁ……」
「あとで…、早く好きなとこ座って…」

 私の好きなところはクリスティアの隣なのに。
 目で訴えても「早く」とむっとした目を向けられただけなので、あきらめて席を探しましょうか。

 さて、ここは確か席に座ると、対面に座っているクマちゃんが着ている衣装と同じスタッフが来るとか。
 クリスティアがだめとなればもう決まりですよね。
 お兄さまの衣装と思われるクマちゃんの元へ、足を向けると。

「華凜さんたまにはお兄ちゃん離れしようねー」
「嘘でしょうお兄さま」

 思ったことがわかったのか、レグナが通りすがりにそんなことを言ってきましたわ。

「親友に振られて傷心している妹を慰めてくれないんです?」
「営業中でーす」
「お二人そろってひどいですわ」

 もう、っと少し頬を膨らませて、仕方ないと席を見回す。
 できれば知り合いがいいんですけれども。知らない人とか間が持たない。もし知らない人だったらなんとか言いくるめて次に行きましょうか。

 そう思いながら見回して、目に入ったのは。
 薄紫のメイド服を着たクマちゃん。どこか魔法使いを思わせるその衣装に惹かれ、足が進みました。

 かわいらしいクマちゃんの対面に座り、彼女(?)の顔に目を向ける。

「……あら」

 その右目の下には、雫のワッペンが。
 この位置に同じペイントが施されている子を私は知っていますわ。
 そして知っているその子は、私が座ってすぐにいらっしゃいました。

「華凜ちゃんじゃない!」
「やっぱり。美織さん」

 同じ衣装を着て、右目の下にペイントを施した彼女、美織さんは、嬉しそうに笑ってクマちゃんを手に取り、代わりに対面に座ります。

「いらっしゃい! 今日は楽しんでいってね!」
「えぇ、よろしくお願いしますわ」

 知り合いでよかったですわ。ほっと胸をなで下ろし、「どうぞ」とかわいらしい笑みで渡されたメニューを見る。
 星や花柄の、このお店に合ったファンシーパンケーキ。おいしそうとは思うけれど、時刻はまだ十時を過ぎたところ。朝ご飯もしっかり食べたので正直まだおなかは空いていない。
 せっかくなら朝ご飯抜いてくれば良かったかしら。

「決まりそうかしら?」
「うーーん……そうですわね」

 とりあえず。

「紅茶をお願いしますわ」
「あら、飲み物だけでいいの?」
「えぇ、まだ朝早いですから」

 申し訳なく笑って言うと、美織さんは確かに、と笑って、メモを持ってキッチンの方へと向かっていきました。
 ポストにそれを投函して帰ってくるのを目で追う。
 視線の先の彼女は、再び目の前に座り、にっこりと笑った。

「それじゃ、ゆっくりお話ししましょ!」

 楽しさをにじませたその笑みに。

「えぇ」

 私も、微笑んでうなずいた。

「ふぅ……」

 広い廊下を、また一人で歩いていく。

 その合間に出るのは、満たされた吐息。

 先ほどまで美織さんとお話していたのですが。

 さいっこーに楽しかった。

 延々とクリスティアの話で盛り上がりましたわ。
 今日の衣装かわいいですよねとか昨日のも最高だったとか。そしてさかのぼりテストのときもかわいかったねとかもうとにかく最高でしたわ。

 こうして彼女のことを語る機会ってなかなかないですものね。
 最終的にはずっと聞いていたらしいクリスティアが呆れた目で見てきましたけど。その目も最高ですとはさすがに言わずに、彼女のクラスが混んできたこともあって私は違うところへ行くことに。

 できればもう少し互いに話したかったけれど、混んでいるときに居座ってしまうのは申し訳ない。

 ということで、先ほどのことを思い返しながら、二年生のクラスがある二階を一人で歩いています。

 お化け屋敷、お祭り風……二年生は比較的アトラクション系が多いようですね。
 お化け屋敷は興味がありつつもさすがに一人ではいくのは寂しすぎる。お祭り系は昨日四人で回ったのでもういいとして。

 どうしましょう、一人で文化祭ってハードルが高すぎる。
 ぼっち悲しい。

「あら」
「おや」

 やっぱりクリスのところに戻りましょうかと思いながら見回して、四組の手前で、視界に入った人物と目が合う。

「華凜じゃないですか」

 文化祭なのにいつもの制服姿のそのお方は、見慣れた笑みで私の元へやってきました。立ち止まり、彼を見上げる。

「武煉先輩」
「俺に会いに来てくれたんですか?」
「昨日も言いましたがそんなことないですわよ」

 そう言うと、特に残念そうでもなく「それは残念」と笑う。

「華凜はこれからどこへ?」
「一人では面白味に欠けるので、刹那のところに戻ろうかと」
「それなら俺のクラスへ来ませんか」
「今の話でどうしてその思考回路になったのかしら」

 「戻ろう」からなぜ「それなら自分のところに」となるの。
 しかし私の怪訝な目は意に介さず、さりげなく腰に手を添え教室に入るように促していく先輩。

「せっかく来たんだから、何かの縁だと思って」
「今ここに兄がいれば腕が飛んでいったのに」
「一人で残念だったね」
「えぇ本当に」

 けれどクリスのところは混んでいたし、これからお昼になるからさらに混むでしょう。
 どのみち行ったところで待つのは必至。

 それなら、お言葉に甘えましょうかと。

「まぁ、暇つぶしのお時間をくださったことには感謝いたしますわ」

 その言葉に微笑んだ武煉先輩に、いつものごとく人当たりのいい笑みで笑い返して。

 腰に回った手はたたき落とし、四組へと入っていった。

「おー、華凜ちゃん」
「あら、陽真先輩」

 四組へと入った途端に、教室からはソースの匂い、そして聞き慣れた先輩からの声が。
 ドアのすぐのところにあるテーブルにいたのは、昨日はいらっしゃらなかった先輩の片割れ。

「一人か?」
「えぇ、午前は私以外みんな出番ですの」

 そう話しながら、陽真先輩は座っているテーブルの正面の、空いている席に指を指す。
 どうぞということでしょう。失礼しますわと声をかけて、彼の目の前へ座りました。

「今日はご一緒なんですのね」
「武煉クンが離してくれなくて、な?」
「まぁ」

 なんて言われるといつもなら。
 あらおいしい展開じゃないですかありがとうございますと思うけれど。

 目の前の先輩に目を向けると、笑ってはいますが、その目の下にはひどい隈が。

 それだけで、おそらく一人にはしておけないのでしょうと予想がつく。
 加えて昨日の武煉先輩の寂しげな表情を見たところ、これは触れてはいけないだろうと言うことも。

 だから、気づかなかったフリをして。
 近場にあったメニューに手を着けました。

「相変わらず仲良しですのね」
「中学からのつき合いだかんな」
「俺の話ですか?」

 何が良いかしらと、主に焼きそばを扱っているとわかるメニューを見ていると、水が置かれると同時に声が落ちてくる。
 この人どうしてこんなに自信過剰なのかしら。

「武煉先輩と陽真先輩のお話ですわ」
「俺の話もしてたんじゃないですか。光栄だね」
「仲がいいですねという話ですよ」
「それはもう、当然ですよ」

 そう言って、武煉先輩は少しかがんで、抱きしめるように陽真先輩の肩を組む。
 今度こそありがとうございます。できれば写真を撮りたかった。

 重いだとかいいじゃないかとか最高のシチュエーションに、なんとかいつも通りを保って。

「ところで、そろそろ注文しても?」
「あぁ、もちろん」

 これ以上はいけないと話を逸らし、武煉先輩へと尋ねる。
 彼はするりと陽真先輩から離れ、代わりにテーブルへ手を着きました。ちょっと残念に思ったのは黙っておきましょう。

「何にしますか?」
「普通の焼きそばで。陽真先輩はなにか頼みます?」
「んや? さっき食ったからいーわ」

 そうですか、と返し。

「ではそれで」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」

 カフェの店員のようにスマートに言って、武煉先輩は去って行きました。
 ここ焼きそば店ですよね。一瞬カフェに思えてしまった。

「普通にしていればイケメンなのに……」
「華凜ちゃん本音ダダ漏れ」
「あらまぁ思わずこぼれてしまいましたわ」
「悪気いっさいねぇのな」

 と笑う陽真先輩に私も笑う。
 いつもの楽しそうな笑みに安心していると、彼は再び口を開きました。

「華凜ちゃんは今日店番あんの」
「えぇ、午後に。ついでに今日は龍がフルでいますよ」
「マジか行くわ。ぶれーん」
「午前で上がるので華凜と一緒に行こうか」

 さらっと一緒に戻ることが確定してしまった。
 もれなくリアスの舌打ちが聞こえそう。クリスティアに頑張ってもらうしかありませんね。

 ただ、

「一緒に行くならちょっと条件がありますわ」
「ん?」

 こちらを向いた陽真先輩に、少し申し訳なさそうな顔を作って笑う。

「文化祭が楽しみで眠れなかったのはいいのですが、その隈はさすがに刹那が心配してしまいます」

 驚いた顔をした陽真先輩は意に介さず、あくまで「楽しみだった」という体で進めていく。

「あなたを見たら優しいあの子は”どうしたの”と聞いてくるでしょう。口には出さずとも、蓮や龍だって心配すると思いますわ」

 だから。

「もしよければ、少しお化粧で隠しません?」

 首をかしげて問うと、黙った陽真先輩はしばらくして。

「ふはっ」

 楽しそうに笑う。

「ソウ来たか」
「なんのことでしょう」
「んや? ま、そういうコトにしといて。化粧は──」
「ちょぉどいいところにポーチがあるわよぉ」
「ぉわっ!!」

 陽真先輩が言い掛けたところで、突然彼の背後から人が。
 その方は先月から少し絡むようになったお方。

「まぁ、フィノア先輩」
「はぁい華凜ちゃん、外で話聞いてたけど良い提案するじゃなぁい」

 このお方どこから聞いていたの。まったく気づかなかった。

「おや」

 そこで注文の品ができたのか、武煉先輩がお盆を持ってやってきました。
 テーブルに置いて、その手は彼女の腰へ。

「夢ヶ崎先輩じゃないですか」
「チカンはんたぁい」
「ふふ、危ないですよ」

 流れるような彼女の裏拳をさらっと避ける武煉先輩。
 この人本当に誰彼構わず触ろうとするのですね。

「こっちのバカはおいといてぇ、華凜ちゃん、化粧するんでしょぉ?」
「あ、はい。目元にファンデーションをと」

 そう言うと、フィノア先輩は。

「それじゃぁ」

 ポケットに入れていたであろう、かわいらしい紫のポーチを取り出して。

「フィノアちゃんにまかせなさぁい」

 楽しそうに、笑った。

『0916』/カリナ

 5/7執筆開始 志貴零
5/11済み
8/2 9月編へ移動

「……何でいるんだろうな?」

 このくそ忙しいときに。
 その思いも込めて睨むと、目の前の女はそっと目をそらした。

 文化祭もあと数時間。
 カリナの思惑通り店は混み、入店待ちもあるくらい大盛況となっている。

 その、くそ忙しいときに。

 何故俺が嫌いな上級生どもがいるのか。

「お前はそろそろ嫌がらせが生き甲斐にでもなってきたのか?」
「とんでもないですわ。偶然、そう偶然逢ったんですよ」
「俺に逢いに来てくれたんですよね」
「武煉先輩ちょっと今は黙っててください」

 怪訝の目を向けると、「本当です」と念を押される。
 まぁこいつ自身も上級生が大好きというわけではないからそこは信じるとして。

『すみませーん!』
「金髪の人ー注文お願いしまーす♪」

 なりやまない注文の嵐に、一つため息を吐いてから。

「華凜、とりあえず何でもいいから店に入れ。人手が足りん」
「大人気だな龍クン」
「おかげさまで店がな」

 なんだその「いや違うだろ」という顔は。いや、

「というかお前なんだその目」

 向けた流れでよくよく見てみると、陽真の目には普段はないラインのようなものが。
 アイラインだったか。他にもチークだとかファンデーションだとか妙に化粧をしている。

「遊ばれちった」
「出し物ではなくか」
「かわいいでしょう、俺の陽真です」
「冗談きついコト言ってんなよ相棒」

 隣の武煉を小突く陽真。

 ……まぁおおかた、うっすらと見える目の下の隈を隠すためだろうと結論づけて。

「では着替えて参りますわ」
「あぁ」
「じゃぁご案内お願いしまぁす」
「あんたらは順番まで外で待ってろ」

 カリナが着替えに行くのに頷き、文句を言いながら外へ出る上級生を見送った。

「それでどうしてお前達は共にいるんだろうな」
「並んだときにたまたま逢っただけだって」
「本当かよ……」

 それからしばらく。
 ウェイターなのに指名されて注文を受けるという謎の状況が続き。
 適当にあしらいつつ客の入れ替えをしていけば、先ほど見た上級生組と、その後ろに何故かクリスティアとレグナがいた。
 たまたまとかとか行っているが、喫茶で着ていた服を着ているのを見たところお前ら絶対上級生見つけてそのまま来ただろ。

「ため息を吐くのは結構ですけれど、ご案内しないと詰まりますわよウェイターさん。それとご準備を」
「……わかっている」

 後ろから掛けられた親友の妹の声には再度の溜息混じりでそう返して。
 身内だからとぎこちなくなった笑みを浮かべ、教室内に手を指す。

「……空いている席へどうぞ」
「無愛想なウェイターサマだな」
「うるさい。それと刹那」
「…!」

 陽真達が歩き出したところで、後を追おうとするクリスティアへ声を掛ける。

「なぁに…」

 嬉しそうに俺の元へやってきて服の裾を掴むクリスティア。
 平気だとは思うが、念には念を。彼女の首裏の方の呪術に触れる。

「俺はウェイターだ。多少他の奴と話す機会も多い」

 そう言うと、ほんの少し不服そうになる顔。
 嫉妬深い恋人に微笑えんで。

「嫉妬をしてくれるのは嬉しいが、騒動を起こすと”ここ”」
「…!」
「使いかねん」

 少し力を入れて撫でると、その目に不安が宿った。

「おとなしくしていれば使わない」
「…」
「いい子でいられるな?」
「…」

 不満げに、顔を埋めてくるクリスティアの頭を撫でてやる。

「いい子でいられたらそれなりの褒美はある」
「くっきー…?」
「お前は食い意地ばかりだな……」

 そうでなく、と。
 見上げてきた彼女に、優しく微笑み。

「お前がしてくれた”特別”を、俺もしてやれる」

 こぼした言葉に、愛しい恋人はただただ首を傾げるだけだった。

 今更だが、うちの出し物は”指名喫茶”というものである。
 基本はクリスティア達と似たように、キャストと話ができるというシステム。
 違うのは、キャストではなく”服装”を指名できること。ヒトだと特定の人物にしか行かなくなるという懸念があり、そう決まった。

 のだが。

「ねぇそこの金髪さーん!」
『こっちにもー!』

 何故か俺への指名が絶えないんだが。
 しかも俺はキャストでなくウェイターなのに。

「……ご注文は」
「お兄さんのスマイルが欲しー♪」

 んなもんあるか。
 そう悪態をつきたくなるも、現在は営業中。さすがに店の評判は落としたくないので、ひきつり始めた笑みをなんとか浮かべる。

 そのまま強引に注文を受け、教室奥の厨房の方へ。

「ちょっと、まだご準備してないのです?」
「お前今のこの状況見れば無理なことわかるだろうが」

 ちょうど衣装の変更にやってきたキャストのカリナには隠すことなく不機嫌に返した。
 ただこいつは俺のそういった雰囲気に慣れているので、意にも介さず衣装掛けから指名の衣装を探していく。

「文化祭もあと一時間ですわよ。もう他のお方に注文お任せしなさいな」

 ほら、と。
 自分の指名の服を持った手とは反対の方で渡されたのは、本日”クリスティアが来たとき専用”の服。

「……さすがに途中で交代というのも悪くないか」
「それを言っているとキリがありませんわ。それに」

 手招きをされて、少しだけカリナに持ち上げられた厨房 兼 衣装室とカフェ側を隔てるカーテンから外を覗く。

 そこには、レグナと対面に座り、つまらなそうに足をふらふらさせているクリスティア。

「せっかくの文化祭、最後は恋人の笑顔を見たいでしょう?」

 そう聞かれたら、頷くことしかできないわけで。

 一度息をついて、違うカーテンの入り口から入ってきたペンギンのウェイターへ。

「すまない、そろそろいいか」
『お、やっと? おっけー』

 事前にクラス内で話はしていたからか、嫌な顔などせず笑って了承してくれたそのウェイターに礼を言って。

 カリナに渡された和服を、手に取る。

「私も手伝うので、着終わったら帯手伝ってくださいな」
「お前も和服か、指定」
「えぇ、武煉先輩からの」

 そのまま脱がしたりしないよなあいつ。
 さすがに公共の場では慎むよな。

 そう上級生に不安を抱きながら、ウェイター用のベストを脱ぎ、長着から着ていく。

「和服は昔以来だな……」
「あの頃も本当に笑いましたわ」
「”も”ということは今も笑うと言うことだな?」
「金髪に和服であなたの人相だと不良なので」
「俺は何を着たら不良じゃなくなるんだ……」

 カリナに位置を調整してもらい、代わりにカリナの方の帯を締めていく。

「きつくは?」
「ないですわ、ありがとうございます──あっ」
「何だ」

 いきなり焦ったような声を上げたカリナに、思わず帯から手を離す。
 顔を見ると、本当に「どうしよう」というような顔。

「どうした」
「ちょうど二人とも着替え終わったじゃないですか」
「そうだな」
「二人して着物じゃないですか」
「あぁ」
「このまま二人で出たら恋人やら夫婦に見られそうで死にたいです」
「別々に出ていくという発想より”死にたい”で来たか」

 確かに俺もそう思われたら死にたいけれども。
 まぁただ、それならば。

「答えは決まっているだろう」
「そうですね、思わぬ出来事に取り乱しましたが。先に出るので五分後にでも出てください」
「わかった」
「時間きっちりお願いしますね」
「いいからさっさと行け、時間が少ないと言ったのはお前だろうが」

 向き合い、互いの着物の最終調整をしながら言い合って。

「では、恋人との素敵なお時間を」

 そう笑って言うカリナに頷いて、カーテンを抜けていくその背を見送った。

 さて。

 彼女のはどんな反応をしてくれるだろうか。

「……五分経ったな」

 つけていた腕時計を確認し、秒針含めてきっちり五分。
 これならさすがに文句は言われないだろう。

「すまない、後は頼んだ」
『おっけー』
「楽しんでこいよー」

 厨房の奴らの言葉に礼を言って、カフェ側とを隔てるカーテンへ手を掛ける。
 ……お気に召さなかったらどうしようか。

 若干不安にはなるものの。

 残り、一時間もない。
 先ほどカリナがしたようにちらりとカーテンを上げて見た恋人は、

 やはりつまらそうな、顔。

 恋人には笑っていて欲しいというのは当然の心理。

 意を決して。

 カーテンを、開けた。

「え、あれ炎上君!?」
『えっやばっ』
「残りの時間でキャストやるの!?」

 瞬間に聞こえる女子達の声。担当のキャストには目もくれず、視線が集まる。

 居心地の悪さを感じながら、その女子達には構わず。

 向かう先へと、一直線。

「…」
「……待たせた」

 辿り着いた彼女は、俺を見上げ、呆けている。
 何が起こっているのかわからないんだろう。つい昨日、俺も似たような思いをしたなと笑いがこぼれた。

「ごゆっくり」
「あぁ」

 いち早く察したレグナが席を立ち、俺の肩を叩いて去っていく。
 目だけで追うと、カリナがいる上級生のテーブルへ行ったようだ。恐らく武煉への牽制もかねてだろうと、再び恋人へと目を戻す。

「…」

 愛しい恋人は、未だ呆けて俺を見上げていた。
 そんな彼女に向かって、衣装だということなど気にもせず、片膝をつく。

「刹那」

 小さな、手を掬って。

「今から、お前専用のキャストだ」
「…専用」
「言ったろう、お前がしてくれたことを、俺もしてやれると」
「…」

 空いた手で、彼女の頬を撫でる。

「いい子で頑張ったな。褒美だ」

 だんだんと、少女の顔は明るくなった。

「ご一緒にしても?」

 そう、問うと。

「うんっ」

 至極嬉しそうに、俺の愛した笑顔で、彼女は頷いた。

 いつもなら、カリナとクリスティアが前を歩き、俺とレグナがその後ろを歩く。

「…♪」

 けれど今日は、クリスティアと手を繋ぎ、双子の前を歩いていた。
 隣を歩く恋人は上機嫌そうに腕まで絡ませている。

「喜んでくれたのはいいんだが」

 俺としても楽しくしているクリスティアは好ましいし。

 ただ。

「…♪」
「この衣装で帰るとは思わなかったな」
「お似合いですよ」
「よかったじゃん、貰えて」
「半ば強引に押しつけられただけだろう……」

 先ほどのやりとりを思いだし、溜息を吐いた。

 あれから。

 クリスティア専用のキャストとなって、他愛のない話ばかりをしていた。
 今日の客でレグナが大変そうだったとか、こっちもひっきりなしで注文があったとか。

 周りからうらやましいだのいいなーだの、よくわからん言葉はあったものの、邪魔をされることもなく。
 互いに、笑みを浮かべて文化祭を終えられた。

 クラスで一度ホームルームがあるからとそれぞれ別れたあと。打ち上げはカリナと共に断り、さぁ着替えて帰るかと帯に手を掛けたところで、それはやってきた。

 クラスの連中がざわついたので前方を見ると。

 ひょこりと教室のドアから顔を出していたのは、文化祭の衣装そのままのクリスティア。
 どうしたなどと声を掛ける間もなく彼女は俺の元へととことこやってきて、言ってきた。

 このままがいい、と。

 それはもうごきげんそうに、服を掴むどころか腰に少し手を回して見上げてくる恋人。
 ぐっと来たし、いつもならすぐ「わかった」と返すが、まず先に問題があると気づき首を振った。

 そもそもこれは俺の服ではないと。

 文化祭用に、クラスで用意したものだから、と。

 そう言えば、クリスティアは理解し、頷く。が、見るからに残念そうに眉を下げてしまった。

 そうなってしまえばうちの双子が黙っているわけがなく。
 そして何故か、クラスの連中も加担し。

「持って帰るだけでなく着て帰るとはな」
「クリスは喜んでくれたじゃないですか」
「それはそうだが……」

 お前ら絶対他の奴らなど視界に入っていないだろう。
 見ろ、そこらへんのサラリーマンとか毎回二度見してくるぞ。
 主婦なんて一瞬やくざかと思ってスマホ取り出してるぞ。後ろの学生服の双子のおかげで何かの出し物と気づいたようだが。

 けれど、まぁ。

「…♪」
「……そんなに嬉しいか」

 外にも関わらずくっついてくる恋人が。

「…うれし」

 それはそれは嬉しそうに笑うので。
 それだけで。

「……そうか」

 この衣装を用意してもらったことも。

 文化祭に参加したことも。

 よかったと、思えた気がした。

『0917』/リアス

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