旧9月編(改稿前)で見た目・編集の重さチェック

終わってしまえばあっという間な夏休みを終え、九月一日。
 いつも通り、クリスティアが起きる前に起きて、布団を捲って叩き起こしリビングへと二人で向かう。流れでリモコンを取り、テレビをつけてからキッチンへ。

《──で、再来年には全国普及を向けて鋭意制作中と述べており》

 自分のコーヒーと恋人のココアを入れながら、なんとなくニュースにも耳を傾ける。

《異種族間の会話を可能とするイヤフォンを進めている”ハイゼル=クロウ”氏を筆頭とした研究学会はまた──》

「…テレビ…」
「聞いている」

 キッチンでパンが焼けるのをまだかまだかと待ちわびるクリスティアにココアを渡してやって、先に席へと着いた。

「おとーさんに、そろそろ呼ばれるんじゃないの…?」
「知るか」

 一度コーヒーを啜って、

「俺は研究されるのなんて懲り懲りだ」

 少し強めに、テーブルへと置いた。

「刹那ちゃーん! 華凜ちゃーん!」

 九月一日と言えば始業式。
 演習場で全校生徒参加の始業式を終え、一年はそのまま合同演習を行うからと残った。いつもの四人で固まり、制服だから少し動きづらいなと話ながら待機していれば、明るい声が聞こえて目を向ける。
 そこには少し久しぶりの道化。後ろに閃吏とユーア、祈童が着いてきていた。

「美織…」
「新学期あけましておめでとー! 元気してたかしら!」
「えぇ、とても」

 女子で固まり夏休みの思い出だなんだと話し始めるのを見ながら、こちらの男性陣にも挨拶をする。

「閃吏とユーアは二週間ぶりだな」
「うん、そうだね」
「祈童はちょっと久しぶり。夏休み逢わなかったよね」
「あぁ。長期休みは家の手伝いが多くてな」
『交流会も最後の方に来たですっ』
「お前ら最後までいたのか……?」
「あは、色んな人の戦い見たくって」

 そう笑う閃吏と頷くユーア。向上心だけは人一倍だと改めて感心したところで、杜縁の声が聞こえる。

「おはよう諸君。新学期始まってすぐだが、本日は恒例の合同演習の日である。前回伝えたとおり、一度組んだペアとはなるべく組まないよう気をつけること」

 ん?

「三十分後に順次演習を始める。ペアが決まったらいつものようにくじを引いて待機。以上だ。各自行動に移れ」

 言われて、一年が動き出す。動き出すのはいいんだがちょっと待て。

「おい蓮」
「はーい」
「一度組んだペアとは組めないとはどういうことだ」
「あ、そういえば前回いなかったんだっけ」

 絶賛説教中だったからな。

「えっと、毎月一回だし、一年の間は十回もあるかないかだから、なるべく色んな人と勝負するように、って方針らしいんだ」
『なので我と閃吏ももう組めないですっ』

 レグナに代わってしてくれた二人の説明に、こちらとしてはただただ迷惑なものだとため息を吐いた。

「どうする龍? 俺もうお前とも華凜とも組めないんだけど」
「私も蓮と刹那とは組めませんわ」

 女子の話し合いは終わったらしく、ひょっこりと兄の後ろから顔を出してカリナが言う。クリスティアと組めるのは俺かレグナ。四人の中で組むという決まりはなかったがクリスティアだけは別だ。
 この点に関しては一番の問題である恋人に目を移す。当の本人はわかっていないのか首を傾げてしまった。

「俺が刹那と組んで華凜と組む?」
「この男のお相手はできれば願い下げたいんですが」
「別にお前達が誰と組むのはなんでもいいんだが」

 さてどうするか。今日と次回は一応大丈夫だが問題はその後。何故一度組んだペアとは組んではならないのか。余計な事をしやがってと内心舌打ちをした。

「聞いているところ、炎上は氷河を他の誰かと組ませたくないように伺えるな」

 じっと話を聞いていた祈童に頷く。

「少し問題があってな。できれば俺以外とは組ませたくない」
「あら、炎上くんたら恋人を独占したいのかしら?」
「そうでなくてだな……」

 本気の戦闘になると言うことを聞くのは俺だけ。個人的には自分だけに従う恋人は大変好ましいがこういったことには多少苦労する。どのみち一度組んだら次組めなくなるのであれば病み期に俺とぶつけた方がいいか。それはレグナも同様。制御が利きづらい時に俺かレグナをまわした方が得策か。

「どする?」
「……だいぶ悩む」
「ですよねぇ。私もその制度は知りませんでしたし」
「ねぇ、いいかしら」

 悩んでいても時間は迫る。さてどうするかと逡巡していれば、道化が俺をのぞき込むように声を掛けてきた。

「どうした」
「その問題がどういうものかはわからないけれど、もしよければあたし、刹那ちゃんのお相手願いたいわ」

 こいつは死ぬ気なのだろうか。

「本気か? 刹那の戦闘力を見たことがないわけではないだろう?」
「初めての合同演習できちんと見たわ」

 笑守人に来る人間は精神だけは立派なのだろうか。精神”だけ”は。

「ただここにいるあたしたちもほとんどがお互いで一度組んじゃってるから、もし大丈夫なら炎上くんたちとお手合わせ願いたくて来たの」
「えっと、歯が立つ立たないは別として、経験として。どうかな」
『願いたいですっ』
「炎上、もし心配なら予め緊急時用の対策をさせてもらったらどうだ?」

「……だってさ」
「……まぁそれが一番か…」

 四人からの提案に、正直頷くことしかできず。一度ため息を吐いて、了承した。

「刹那との戦闘をする上で絶対に守ることは二つ」

 あの後。クリスティアは道化、俺は閃吏、レグナはユーア、カリナは祈童とペアを組み、申告して観覧席へと上がってきた。順番はクリスティアの七十から連番。杜縁にはクリスティアの戦闘後、何があるかわからないので俺が止めに行くことを許可して欲しいと言ったら「何かしでかすのはお前ではなくてか」と言われたが、それには首を振り許可をもらった。これで俺がクリスティアを止めにいく準備は完了。あとの問題はこっちだ。
 八人で固まれる場所に座って、主に道化に忠告をする。

「絶対に守らなければならないことがあるくらい危険なのかしら」
「ものすごくな」
「生きて帰ってきたら褒めて欲しいわ」
「そりゃあもう思う存分褒めてやる。とりあえずだな」

 一息置いて。

「戦闘中はもちろん、戦闘終了後、俺が行くまで絶対に気を緩めるな。審判が終了だと言ってもだ」
「えっと、前の演習のときにもそうだったよね。炎上君が止めに行ってた」

 閃吏に頷く。

「それとその戦闘終了後、俺が行くまでの間。刹那から一切目を離すな」
「目? 刹那ちゃんの目を見てればいいのかしら」
「簡単に言えばそうだな。終わったからと言って無闇に力を抜いたり視線を別のところに向けたりはするな」
「もし、それをしたら……?」

 恐る恐ると言うような道化に、少し微笑んで。

「首が飛ぶ」

 そう、告げておいた。

「今とてつもなく不安だわ」
「ちゃんと手加減、する…」
「それに俺もここにいる。首が飛ぶ前に止めてやるから安心しろ」
「絶対よ。まだ生きていたいわ」

 以前よりはギブアップも減り、午後に差し掛かる頃、クリスティアの順番が来た。特別措置としてクリスティアと道化が戦う結界内に入れてもらい、端の方で魔力結界にもたれた。挑む前には嬉々としていた道化の表情は、笑ってはいるが少々恐怖が混じっている。

「では双方、構えっ」

 担当の教師がそう言うと、お互いに武器を構えた。クリスティアはいつもの氷刃を両手に持ち、道化は普通の剣をぐっと握りしめる。

「はじめっ!」

 その声で、道化だけが走り出した。
 勢いに任せ、剣を振り切る。弾かれれば体勢を立て直してから振り下ろす。そのまだ拙い斬撃をクリスティアは受け流すだけ。

 ここまではなんとか守るかと安堵した。

 一、斬撃の受け身の練習として初手からこちらからは攻撃を仕掛けないこと。
 二、どこまでが相手を傷つけない踏み込みか覚えること。
 三、魔術は相手が避けられる範囲のものに留めること。

 道化に忠告したのと同様に、クリスティアにも言いつけておいた事柄。正直実戦ばかりをしてきた身としてはあまり気が乗らないが、クリスティアが自身を抑える練習と考えれば妥協できなくはない。
 基本ゼロか百しかない極端な恋人は、この学園での戦闘は不向きである。その不向きなものを教え込んだのは紛れもなく俺なんだが。自分でも身を守れるようにとあいつには相手を再起不能にする戦術しか教えていない。平和になってきた世の中ではだいぶ不要になったが、いざというときはやはり必要ではあると思って今でも変わらず叩き込んでいたのが仇となった気がする。

「えいっ…」
「わ、きゃあっ!!」

 一応カリナの時と同様すぐに首を狙いに行かないだけまだましなんだが。踏み込みを調整しているのか、ほんの少し離れたところから道化の腹部めがけて薙ぐ。俺達ならば踏み込みが甘いと言うけれど、あまり戦闘経験のない彼女からしてみればそれだけでも恐怖は十分なわけで。思い切り飛びずさる。
 それを追って、クリスティアはさらに間合いを詰めた。

「手加減されてるとわかっていても怖いわ!! ものすごく!!」
「だろうな。今の時代で剣を向けられることなんてそうそうないだろう」
「ほんとよ──わぁあっ!」

 手加減されている分俺と話す余裕はまだあるらしく、逃げ回りながらも俺に恨みがましく言ってくる。恨むのは結構だが挑んだのはお前だ。

「油断するなって言ったけど油断することだってできないじゃない!」
「良いことじゃないか。頑張れ。防戦一方になってるぞ」
「わかってるわよ!」

 届くことはないクリスティアの斬撃から逃げながら、道化は右手を強く握りしめた。そして本当に微かに聞こえる機械音。そういえば以前レグナが言っていたな。透明な三Dプリンター手袋をして、魔術のように色んなマジックをすると。

「行くわよっ!」

 握りしめた手を、クリスティアの前に思い切り突き出す。一瞬身を引いたクリスティア。行けると思ったのか思い切り手を開く。

 そこからはびっくり箱よろしくバネの着いたピエロが飛び出して来た。

 それはもうびよよーんというような効果音が聞こえるような。

 いや何で今それをチョイスしたんだお前は。

 色んな意味でびっくりはしたがクリスティアは意に介さず。危険でないと判断した瞬間に一気に踏み込んだ。

「えっ、刹那ちゃんびっくりしてくれないの!? 前はあんなに喜んでくれたじゃない!」
「戦闘中で喜ぶバカがいるか」
「七月が嘘のように怖い目しているわ! っきゃあ!」

 そりゃ戦闘中にお遊びのようなものを出されたらバカにされていると思うだろう。しかも沸点の低いクリスティアだぞ。言っておけば良かったかと思っても後の祭り。案の定バカにされたと思ったのかクリスティアは問答無用で道化の足を引っかけ、馬乗りになった。

 そのまま魔力を練って全方位に氷刃を展開し、右手の刃を道化の首に突き立てる。

 結局いつも通りじゃないか。

「ちょ、ちょっと待って刹那ちゃん、首は怖いわ」
「…」
「待って待って刃は進めちゃダメよ!」

 あのピエロのせいで思いっきりスイッチが入ってしまったクリスティアと、言いつけ通り恋人から目を離さずなんとかなだめようとしている道化にため息を吐いて、早急に二人の元へ向かう。

「審判、続行不可能だ」
「みたいだね。ではよろしく頼むよ」

 事情を聞いていた担当の教師に頷き、クリスティアの首に腕を回し、引っ張る。

「刹那。終わりだ。もういい」
「いい…?」
「解除してやれ。道化が死にそうだ」
「………終わり……」
「そう」

 言い聞かせるように言ってやれば、しばらくの沈黙の後。

「………わかった」

 俺の言葉を飲み込んで、魔術を一気に解除し、道化の上から退いた。

 瞬間、道化は一気に力を抜く。

「初めて死ぬかと思ったわ」
「死の淵を経験した感想はどうだ」
「二度と味わいたくないわね。強くなることを決心したわ」
「それは結構だ」
「美織、ごめんね…?」
「謝ることないわ! 次はもう少し刹那ちゃんに本気出してもらえるように頑張るからね!」

 そう笑って言う道化。閃吏の周りは向上心が高い奴ばかりなのかと的外れなことを思いながら彼女を起こしてやる。

「歩けるか」
「足がちょっと震えてるけど大丈夫よ。起こしてくれてありがと」
「少し、ベンチで座ってよ…?」
「その間にお話しましょっか!」
「ん…」

 出番は終わったのですぐ交代。ほんの少しふらついている道化に気をつけながら、彼女を連れてクリスティアはスタジアムの脇にあるベンチへと移動していった。それと入れ替わりになるように、俺の対戦相手がやってくる。

「氷河さんに睨まれちゃった」
「だろうな」

 閃吏が笑いながらそう言うのに俺も苦笑いを返す。誰かと組む、という話になれば閃吏は当然俺にやってくるわけで。クリスティアは嫌がってはいたが、今回は自由演習ではなく学校での決まり。それはきちんとわかっているし、初期の段階よりはまだ許せるようになってきたのかそこまで反発はしなかった。

「武器と魔術の使用は?」
「えっと、どうしよっかな……。ちょっと剣、っていうかナイフ使いたいかも。魔術はお好きな感じで」
「わかった」

 了承して、閃吏がヒューマン用の貸し出し所から持ってきたナイフを構えたのを見て、俺も自分の短刀を手に出す。閃吏がぐっと力を込めて。

「では、はじめっ!」

 審判の合図で、互いに走り出した。

 上からの振り下ろしを薙払う。次いでやってきた横からの斬撃は身を引いてかわした。

「炎上君たちってさ」

 体育祭前よりはほんの少し立ち振る舞いが変わった閃吏の攻撃を受け流していれば、まだ余裕はあるのか聞いてくる。

「なんだ」
「ほんとの実戦のとき、ヒューマン相手にも魔術って使ったりするの?」

 弾いて少し崩れたところを見逃さず、間合いを詰めて話に応じた。

「時と場合によるな。戦争なら迷わず使うが、争いの鎮静が条件なら使わないことの方が多い。あくまで今の規制は”自分に害が及びそうな時にのみ武力行使可能”だからな」
「なんかこう、魔術で相手を意のままにして強制鎮静とかってしないの?」
「それはさすがにしてはいけなくないか?」

 根本的な解決にはならないし。
 短刀を軽く下から振り上げてやれば、閃吏は身を引いてかわした。

「俺達は双方が納得するように解決するのが務めだ。強制的にどうこうは御法度だな」
「そっかぁ。あ、そういえばさ」
「お前今日は随分お喋りだな……そんなに余裕か?」

 一応手加減はしているけども。こうも話されるとそこまで余裕にさせているかと思ってくる。
 俺の言葉に、閃吏はナイフを横に振り払って笑った。

「ううん、全然余裕はないんだけど。知識豊富なのは炎上君、って愛原さんが言ってたから。せっかく炎上君の時間もらえるんだからいろいろ聞いておきたいなって」

 あの女余計なことを。

「こういう時じゃないと聞けないでしょ? 氷河さん怒っちゃうから」
「刹那が毎度すまないな」
「見てて楽しいから大丈夫だよ」

 あぁ、それは少しわかるかもしれない。斬撃を返しながら、で? と促す。

「炎上君て意識干渉型じゃないよね?」
「そうだな。一般型だ。何故?」
「えっと、氷河さん意のままにできるから。どうなのかなって」
「あれは俺の言うことを聞くように刷り込んでいるだけだ」

 聞かないこともだいぶ多いが。
 上からの斬撃を、受け止めて弾いた。

「あれってさ、誰でもできるの?」
「刷り込みか?」
「うん」

 成長したとは言えどまだ拙い斬撃をかわしながら、まぁ、と曖昧に返す。

「時間と気力があればできるんじゃないのか?」
「そっかぁ」

 その刷り込みを誰にするのかというのは聞いてもいいのだろうか。いやあまり聞かない方がいいか。これ以上周りに変態が増えるのは好ましくない。

「う、わ!」

 話を断ち切るように短刀で薙ぎ、崩れた姿勢に止めを刺すように間合いを詰めた。

 あくまで怪我はさせないように。けれど続行不可能になるように。クリスティア同様足を引っかけて、倒してやる。

「いっ」
「お話はまた今度付き合ってやる。そろそろ終わるぞ」

 魔力を軽く練って、仕上げとばかりに首元に、短刀を突き立てようとした瞬間だった。
 ふっと閃吏が横を見て、その男にしては大きめの瞳をさらに大きく開く。

「ねぇ、氷河さん、なんか変じゃない?」

「……………は?」

 それを聞いて、短刀をこいつの首に持っていこうとした手は止まる。一瞬何を言っているかわからなくて問いただすように閃吏を見るけれど、こいつの視線は横に向けられたまま。

 変? クリスティアが? 怪我をした様子はなかった。確かに戦闘スイッチは入ったが止めた。なら何だ。いきなり体調不良か。

 考え出したら止まらなくて、思わずクリスティアの方を振り返った。

 その、視線の先は。

 こちらが驚いたように見たことに驚いた表情を見せる、クリスティア。

 ──しまった。

 刃の気配がして、思い切り身を引いた。目を閃吏へと戻せば、俺の首めがけてナイフを振りかざしているところ。それを、矛先を変えるように薙払った。

「あ、惜しかった」
「お前……」
「前に体育祭で見てもしかしたら、って思ったけど当たってたね」

 恐れもなくそう言い放つ閃吏に、苦笑いがこぼれた。そう言えばモニターで流れていると言っていたな。俺の前に走った後モニターを見ていたのか。そしてこいつは、俺が武煉にやられた戦法を見て半分以上使えると確信して実行したと。なんつー度胸と観察力。もしかしてさっきの刷り込みの話はこれの確認でもあったのか。まさかな、とできれば信じたくはない。

「刹那を使うとは良い度胸だな」
「でも、怪我してなかったし大丈夫でしょ?」
「それはまぁな」

 体勢を立て直すように離れて、魔力を練る。倒したら一気に仕掛けてやる。

 ほんの少し切り替えている間に、閃吏はまた聞いてきた。

「炎上君て、終わるときは首狙うよね」

 構え直す閃吏に、なんとなく頷く。

「首を飛ばせば終わりだからな」
「あとは、逃げられないように包囲、かな」

 確認するように、俺の戦術をこぼしていく。

「なんだいきなり」
「うーん、炎上君の分析、かな? それと頭も狙うね」
「脳天打ち抜けば十分だろう」

 内側を入り込もうとされているのがあまり気分のいいものではなくて。さっさと済まそうと走り出す。

「わ、っと」

 数回斬撃を繰り返し、閃吏はギリギリでかわしていく。もちろんかわせるようにしてはいるが。斬撃を目で追うようにしている閃吏に、なんとなく、違和感。

 左右からの斬撃の後、上から振り下ろそうと、手を上げかけたときだった。

「上から、かな」
「!」

 すでに行動し始めた手は止まらず、閃吏の言うとおり上から短刀を振り下ろす。わかっていたらしい閃吏は身を引いてかわし、下からナイフを振り上げてきた。
 それを飛び退いてかわす。

「よくわかったな」
「あは、俺、観察得意なんだよね。相手に余裕がなくなったら不意をつくのかなぁって」

 笑って言う閃吏に、得意なんて軽いものじゃないだろうと心の中で悪態をつきながら平静を取り繕った。

 相手の不意をつくのは戦闘の基本。たかが数ヶ月の付き合いだろうが戦闘を見せた回数が少なかろうが、戦闘を経験すれば相手の不意をつくというのは覚える。そこまではいい。

 問題は「何故上からと確信したか」。

 不意をつくとしたら大きく絞って上か下かの二択。

 それを上からと確信するのは、筋肉の動きまで細かく観察していなければまず無理だ。
 これが陽真やレグナ達のように戦闘経験が豊富ならなんとなくの付き合いだとか、癖だとかでわかるんだろう。

 ただこいつは戦闘経験も何もなかった奴だぞ。

 さっきのクリスティアの鎌掛けの件と言い、少ない情報量で正解を導き出すなんてどんな観察眼だ。得意という言葉ではいそうですかと納得できるものじゃない。

「……あまり敵に回すのは好ましくないタイプだな」
「炎上君にそう言ってもらえるなんて嬉しいよ」

 ついでに男にしては可愛らしい笑み。狙ってではないと思うが下手したら油断もする。甘く見ていたな。

 息を吐いて、ほんの少し切り替える。その間に、閃吏はこちらに走ってきた。

 薙払ってくる刃をかわす。

「こうやったら、後ろに引くね」
「そうだな、っと」

 上半身を引けば、すかさず残っている足をどうにかしようと足払いをしてくる。それを飛んでかわしたら、基本的には跳躍時はどうにもできないのを知っているらしく追い込むように刃を振りかざす。

 確認するように、同時に観察するように。
 俺がどう動くのか、どうやったら自分の思うように動くのか。

 じりじりと解剖されていく感じが、気にくわない。

「これが、こうかな?」
「閃吏」
「えっわっ」

 何かに夢中になっている奴ほど気を引くのなんて容易い。必死に観察しているこいつの目の前に手を出して、パチンと指を鳴らせば、簡単にねこだましが成功して気が逸れた。

 それを確かめてから、魔力を練ってテレポートする。

 一瞬消える間際に、閃吏は笑って。

「あ、後ろからかな」

 そう言うから。俺も笑う。

「残念」

 テレポートはした。

「え……」

「前からだ」

 閃吏の目の前に。そのまま、短刀を閃吏の心臓に向けて、切っ先を軽く当てる。

「観察眼が立派なのは結構だ。実戦でも使える。けどな」

 ついでに右手に銃を出して、額に押しつけて。

「俺は研究対象になるのが大嫌いだ」

 そのまま、ハンマーを引いた。

「やっぱ勝てないやぁ」
「本気を出したら一瞬だろう」
「でもシオン、初めの頃に言ってたよりは頑張ってたじゃない」
「手加減もしてくれてたしね」

 閃吏が死の恐怖でその場に崩れてしまったので結果は俺が勝利。引きずってとりあえずクリスティア達がいるベンチへとやってきた。入れ替わるようにレグナとユーアが入り、現在は千本とユーアの爪が交錯している。

「…こっち見たとき、びっくりした…」
「俺も色々と焦った」
「また刹那を盾にされたんですの?」
「そうなるな」
「波風が言っていた刷り込みというやつか!」

 下に降りてきていたカリナ達も交えて話す。正直苦笑いしか出ない。できれば話を逸らしたいので何かないかと思考を巡らせれば、そう言えばとさっきふと思ったことを思い出した。

「閃吏」
「ん?」
「弓矢をやったらどうだ」

 突然の言葉に、全員が首を傾げる。うまく話も逸れたのでそのまま続けた。

「観察力が異常に高い。実戦なら遠距離の方が向いている。接近戦が出来て損はないが、遠距離の方が能力を発揮できそうだ」
「えっと、弓道習えばいいってこと?」
「なんでもいい。その内華凜と組んで実戦で使ってみろ」
「確定事項ですか」
「俺はもう組めないからな」
「随分勝手ですこと」

 面倒くさそうに肩をすくめるが、まぁいいでしょうと頷く。

「じゃあ三ヶ月後くらいにお願いしようかなぁ」
「ずるいわシオン! 華凜ちゃん、あたしも組みたいわ!」
「美織さんは固定武器を決めてからの方が良いですかねぇ」
「その前に僕との演習を頼むぞ愛原」
「わかってますわ」

 次々とカリナの予定が決まっていく中で、それを見ている恋人へ。

「人気だな」
「そうね…」
「嫉妬しないのか」
「大丈夫…華凜の一番はわたし…」

 大層自信に満ちた目で言われたので。

「そうか」

 とりあえず、彼女の頭をなでておいた。

『その自信をぜひ俺にも向けてほしい』/リアス
志貴零