「こわい」
呟かれた声に、そちらを向いた。
ソファの上にちょこんと座り、膝を抱えている恋人は、また。
「…こわい」
こぼして、俺にもたれかかる。かわいげのあるそれに微笑んでしまうのはしょうがない。なるべく見せないようにはしつつ。
「珍しいな」
そう、声音だけはいつも通りに、呟いた。
今現在、恋人とホラー映画を見ている。
街に敵であるゾンビがスパイとしてやってきて、そいつがどんどんゾンビ現象を感染させていくというもの。
幽霊や怪奇現象には耐性のある恋人は、それを見て、最初はじっと観ていたものの。
中盤にかけて向こうのゾンビ勢力が勢いを増し、襲われる生物も増えていくにつれて、恋人は膝を折り。
その膝を抱えて、こちらに身を寄せてきた。
正直、呟いた通り珍しいことである。
恋人は勇敢で、割と物怖じしないタイプだ。そこでか、というタイミングで果敢に立ち向かっていくこともあるし、基本的に男前というか、小柄ながらどっしりと構えていることが多い。
怯えを見せるとしたら本当に一般的というか、それは誰でも怖いだろうという、知らない誰かに追いかけられるとかそういうもの。それもたまに果敢に立ち向かうときもあるが。こちらの心臓がもたないのでとてもやめてほしいんだが今はそれを置いておいて。
「クリスもこわいものある」
「あるのは知っているが」
少しだけむくれた表情は、こちらには向けられない。こわいと言いながらも目を離さないかわいい恋人にまた笑って。
もたれてきている体に、腕を回す。
ほんの少しびくついたのはなんとか笑いをこらえてやって、小さな頭に寄り掛かった。
「こういったものが怖いのは意外だったな」
「そう?」
「そう。お前だったら果敢に立ち向かうだろう?」
「んぅ…」
その問いに、恋人は少し悩んで。
「目の前で起きてるのと、観てるのは、ちょっとちがう」
あぁ、それはわかるかもしれない。
「目の前で起きていると防衛本能的なもの働くよな」
「そう…。どうにかここを切り抜けなくちゃって思う…。でも、観てるとなんか、いつかこんな風になっちゃうのかなとか、不安とかでこわい」
理屈としては理解できるが、その豊かな感性に関しては相変わらず同調してやることはできず。
恐怖をまぎらわせるように身を寄せてくるクリスティアの肩を、もう少しだけ強く抱くことしかできない。
「リアスは、こわくない?」
「お前ほど感性が豊かなわけではないしな」
「クリスがいつか、襲われるかもしれない」
「それは大変困るが」
なるほど、身近な生物がいつかこうなるかもしれないと考えるのか。そう、答えながら分析をして。
恋人を理解するため、ひとまず脳内で想像してみる。
穏やかだった街。
そこに、ゾンビがやってきて。街の生物達をゾンビに変えていく。
逃げ惑う生物達にまぎれて、俺達も逃げていく。
けれど奴らの方が足は早く、追い付かれてしまった。
そうしてクリスティアめがけて――
「……どう考えても襲われそうになった瞬間お前殴らないか?」
「失礼…」
「いや今までの人生振り返ってみたらどう考えてもそうなるだろ……」
やめろ顔を映画に向けたままこちらに手を振りかぶるな。
「そういうところだろ」
「いざそうなったらかよわい女の子になるかもしれない」
「それは今かよわくないと認めたということでいいな?」
「普段からかよわい…もっとかよわくなる…。リアス助けてって」
「いや全力で助けるけども」
普段から助けたいと思っているけれども。
お前その男心かっさらって勇敢に立ち向かってくだろ。
どう想像しても勇敢なヒーローにしかならない脳内の恋人に首を傾げながら。
「……かっこいいクリスティアにしかならないな」
そう、呟けば。
ぎゅっと、体にしがみつかれる。
目を落とせば、映画から目を離したクリスティアが少しむくれた顔で俺を見上げている。
そうして、ぽつり。
「かわいく、ない?」
なんてとんでもなくかわいいことを言うから。
今度は口角を上げることは隠さずに、覆いかぶさるように抱きしめ返す。
「かっこよくて最高にかわいい恋人だが?」
そう、耳元で甘く囁けば。
「♪」
満足した恋人は俺の首に腕を回してきた。
「こわいのふっとんだ」
「それは何より」
上機嫌にすり寄ってきた恋人の意識はもう俺の方なんだろう。だいぶクライマックスだが、もう観ないであろうことは想像できる。
どうせ返却期限まではまだある。また観ると言うだろうから、今は映画を切って。
甘いにおいを吸い込んで、また強く抱きしめて。
「あそぶか」
「うんっ」
俺へと意識を向けてくれた恋人に、我ながら上機嫌になるのを感じながら。
抱きしめたまま座り直して、まずはどうあそぶかという会議を始めた。
『いつだって、かっこよくてかわいいヒーローの一番でいたい』/リアス